慌しく隊士たちが行き交う廊下に、二人の死神が立ち止まって話している。状況が状況なだけに、勿論ただの世間話などではない。
「吉良君、これ…」
「阿散井君の副官章⁉雛森君、このことを隊長たちには?」
「ううん、言ってない」
恋次の副官章を見つけた桃は、イヅルにだけこのこと―――恋次が副官章を置いて行動していること―――を相談していた。副隊長の副官章着用が義務付けられている今外しているということは、恋次が個人的に行動していることの宣言に等しい。そして、現在の状況下で隊長の指示もなく副隊長が単独行動を取ったとなると、厳罰が下る可能性が高かった。
「それが賢明だろうね。万が一のことがあるから、探しに行ってみよう」
「この事、昴さんには言っておいた方が良いかな…?」
あの人なら、きっと恋次を守るためにはどうすべきかを分かってくれるし、力を尽くしてくれるだろう。それは吉良にも伝わったようで、お互いが頷き合った。
「雛森君は昴さんに連絡を!僕は阿散井君を探してみるよ」
「うん、分かった!」
(何でこんなことに…誰にも傷ついてなんかほしくないのに)
桃の思いは、
「昴さん!」
偶々隊舎に戻っていた昴に、前のめりに桃が飛び込んできた。
「どうした?桃、一旦落ち着け」
「阿散井君がっ!」
事の次第を聞いた昴は、桃と六番隊舎に向かった。イヅルがそこに向かうよう地獄蝶という通信手段で伝えてくれたのだ。
目に飛び込んできたのは、かなり深い刀傷を負った恋次の姿だった。その怪我から漏れ出る霊圧に昴は眉を顰めると、イヅルの方に顔を向けた。
「ひどい傷だな。何で四番隊に移送しないんだ?」
「朽木隊長が隊舎牢に放り込んでおけ、と仰って…」
「じゃあ私、救護班の要請を出してくるね」
「その必要あらへんよ。ボクが声かけといたる」
桃が駆けだそうとした瞬間、気配が無かったはずのところから声がした。
「ひゃあっ!市丸隊長⁉」
「市丸隊長!」
イヅルは慣れているのか余裕がある。気配を消して入ってこられたら、桃の様な反応になるのが普通だ。
慣れている側の昴はギンの方を向くと、呆れ顔になった。
「貴方って人は、気配消すのが趣味なんですか?そうでもしないと存在感出せないんですか?気配を消してるくせに」
「相変わらず昴ちゃんは辛辣やなあ。気ぃ抜いてる方が悪いんよ。さ、行くで。ついておいで、イヅル」
「はい!」
「宜しくお願いします!」
ギンはその身を翻すと、こちらに振り返らずにサッサと歩き始めた。桃の感謝に律儀にこちらに礼をしてイヅルはそれに付いて出て行った。するとまた、急に後ろから声がした。
「うわあ、こりゃ派手にやられやがったな、阿散井のヤロー」
「ひ、日番谷君⁉」
「おいおい、俺も隊長だぜ?良いのかよ、その呼び方で」
桃が、隊長たちは足音を消して入って来ないでほしいとぼやいている。全くその通りだ。一々寿命が縮んでしまうじゃないか。
精一杯の桃の抗議が終わった後、冬獅郎はひどく真剣な、低めの声で囁いた。どこか陰のある言い方だ。
「忠告に来たんだ…三番隊には気をつけな。特に、市丸のヤローにはな。吉良もどうだか…」
「何か知ってるのか?それとも勘か?」
昴の発言に彼は眉を引き攣らせた。
「橘、お前一回口の利き方から霊術院で学びなおして来い。隊長に対してそれはねえだろ!」
「へえ、隊長としての忠告なら根拠があるのか。というか、桃との対応の違いありすぎだろ。ま、いいけど。三番隊、ねェ…」
昴が考えを巡らそうとすると、冬獅郎の声が響いた。
「俺は口の利き方の話をっ…くそっ、これは俺の個人的な忠告だ。気を付けておいて損は
「なァんだ、勘か。まあでも、その要因くらいは有るんだろ?」
「…この前の隊首会中に旅禍の侵入が起きたんだが、その時丁度市丸の処罰を審議してたんだ」
昴の口調を改めることを諦めた冬獅郎は渋々話し始めた。
「処罰?何の」
「旅禍を処分し損ねたことについてだ。仮にも隊長が旅禍一人を殺し切れずに帰すなんざ、護廷十三隊の威信に関わる話だからな。ともかく、そんなタイミングで鳴った警報に、藍染も不信感を覚えていたようだ。解散後に市丸に食って掛かっていた」
これに反応したのは桃だ。今までは黙って聞いていたが、藍染も関わってくるとなると黙っていられなかったらしい。
「藍染隊長が⁉もし本当に市丸隊長が何かを企んでいたりしたら、危ないんじゃ…」
「一旦落ち着くんだ。これは不確定な情報だし、君が敬愛する藍染隊長は市丸隊長にやられる様な死神じゃない。違うか?」
「それはそうですけど…」
勢い込んだ彼女を昴は宥めた。固く握りしめられた桃の拳をそっと降ろさせる。
冬獅郎は、話の持って行き方を間違えたらしい。しまった、というように額に手を当てた。
「橘はともかく、雛森、お前はこの件に深く関わるな。嫌な予感がする」
「でも日番谷君…」
「桃、察してやれよ。冬獅郎は君を危険な目に合わせたくないんだ」
「何でですか?私は副隊長です!」
必死の形相で訴える桃に、昴は呆れ顔になってしまった。
「…あまり鈍いと冬獅郎が可哀相だぞ?」
「橘、お前はもう黙っててくれ」
青筋再び。恋次の移送班がやって来たので、後を二人に任せた。冬獅郎に睨まれたが気にしない。しかし、あの若さであの眼光にあの眉間の皺ってどうよ?彼の将来が色々と不安だ。
一番隊に各隊の隊長が集められた。全員がいるのを確認し、一番隊隊長及び護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國は重々しく口を開いた。
「事態は火急である。遂に、護廷十三隊の副官を一人欠く事態となった。最早、下位の隊員達に任せておけるレベルの話ではない。よってこの事態を受け、先の市丸の単独行動については不問とする」
「……おおきに」
「尚、副隊長を含む上位席官の廷内での斬魄刀の常時携帯、及び戦時全面解放を許可する」
――――――――――――諸君、全面戦争といこうじゃないか――――――――――――
(戦時特例、か。恋次には悪いが、タイミングは悪くない)
自分の斬魄刀を下げて花太郎を探しに行こうとする昴に、隊舎を出る前藍染が話しかけてきた。
「やあ、橘君。こんな時間に見回りかい?」
「えェ、まァそんなところです。藍染隊長はどうなんです?」
「僕はこれから自室に帰るところだよ。……君は結局、その話し方を変えなかったんだね」
薫の話し方のことを言っているのだろう。悲し気に昴を見つめる彼に、昴は笑顔で返した。
「ああ、これはまあ、あいつを忘れないようにです。でも今は、藍染隊長に拾っていただいた時みたいな後ろ向きな感情じゃない。これを糧にしていこうっていう前向きな気持ち、マジナイみたいなモンなんですよ。心配なさらず!」
すると彼は、いつものように困ったように首をかしげながら、
「しょうがない子だ」
と笑った。いつものことなのに、何故かそれは儚げに見えた。
「藍染隊長?何かありました?」
怪訝そうに昴がそう聞くと、藍染は何かを言いかけて、止めた風だった。
「何でも無いよ。――少し引っかかることがあっただけなんだ。橘君、これからも五番隊を頼んだよ」
「何、死にに行く戦士みたいな
「君なら、そんな彼女を支えてくれるだろうからね」
にこやかに言っているが、それって…
「私に可愛げが無いって言われてる気がするんですが違いますか」
納得いかない、という風に昴が不服そうに言ったのを見て、藍染は一瞬目を丸くした後すぐに笑顔になった。
「そんなことは無いよ。でも、君もそんなことを気にするんだね!意外だよ」
「セクハラで訴えますよ?」
「ははは!」
もう休む、と言って引き返していった藍染
世の大学受験生たちに幸あれ。
切に願います。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。