紫苑に誓う   作:みーごれん

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早く進めたいのに進まなくてもどかしいです。
クライマックスまで進んだ時、多くの読者さんに受け入れてもらえると良いなあ…


再び

「本日の業務しゅ~~りょ~~っと!」

 

日下が伸びをしながら喚いた。その気持ちは昴と森田も切実に理解できた。

(やっと終わった……)というのが三人に限らず、五番隊員たちの総意と言っても過言ではない本音だった。

 

殆ど班の構成が変わらないとはいえ、上三人は普段行動をする側の立場だったから中々指示を出す機微が分からず苦戦した。幸い旅禍に遭遇したり戦闘に巻き込まれたりする隊士がいなかったのは助かったが、全ての旅禍が捕まっていない以上まだ安心するには早かった。

 

ただし、これまでに二人の旅禍が捕らえられたという話を耳にした。一人は京楽隊長に、もう一人は朽木隊長に、それぞれ斬られたが四番隊に担ぎ込まれたらしい。朽木隊長の方は(とど)めを刺そうとしたそうだが、間一髪で浮竹隊長が彼を()めに入ったそうだ。その旅禍がルキアを救おうとしていたからだろう。実に彼らしい。その場にいた後の二人の旅禍は取り逃がしたとかなんとか。詳しい話は分からなかった。

 

こちら側の損害といえば、捉えた旅禍が二名であることを加味すれば散々な結果だった。隊で言えば最も被害を受けたのは八番隊だ。ここは今日、三席以下の隊士多数が負傷する程の損害が出たそうだ。七緒に何もなかったのは唯一救いではある。しかし最も痛手だったのは十一番隊の更木剣八隊長が倒されたということだろう。倒すと言うだけなら簡単なように聞こえるが、十一番隊隊長というのは代々〈剣八〉を継いでいる。これは‘‘何度斬られても倒れない‘‘最強の戦士としての称号であり、今代の彼もまた最強と名高かった。そんな者が倒されたのだ。大きすぎる損害だった。

―――戦力的にも、精神的にも。

 

色んな意味で痛い頭を押さえながら昴は筆を置いた。

 

「ふう、それじゃあ上がらせてもらうとするか」

「お疲れ様です、橘四席。もう自室に戻られますか?」

「いいや。桃の様子を見てから帰ろうと思ってる」

「それなら僕も一緒に行きます!丁度行こうと思っていたので」

 

気ぜわしく準備をする森田に、ゆっくりでいいと声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何となく落ち着かなくて、森田は隣を盗み見た。

さっきと変わらず昴が隣を歩いている事実は変わらないのに、何故か彼女といるといつも何か不安な気持ちになる。

彼女が、ここにいないような――――

 

以前、本人の前でそれをうっかり漏らしたことがある。

 

「橘四席って、時々ここにいるのか分からなくなる時があります」

 

言ってから自分は何を言っているんだと口を押えたが、昴は笑うどころかどこか真剣な表情で‘‘そうか…‘‘とこぼした。

 

(あなが)ち、間違いでも無いんじゃないか?私は、生きながらに死んでいる。亡霊みたいなものだからな』

 

その言葉に返せなかったことを、彼は今でも後悔している。

いつもの快活さを飲み込んだ彼女の表情の暗さに、胸が軋んだ。

 

 

 

それから森田は、よく昴を見るようになった。

自分のことを亡霊と呼ぶ彼女が、いつかどこかにふらりと消えてしまう気がして…

 

そして気が付いたのは、いつも彼女は一人で行動しているという事だった。

業務も、食事も、休み時間も、必要があるとき以外は単独行動だ。

近しい者と言えば四番隊の山田七席と八番隊の伊勢副隊長くらいで、阿散井副隊長達や十三番隊の朽木殿にはあくまで先輩として親身になっているという感じだった。

松本副隊長など親し気に接している様に見えるヒトは多かったが、その瞳の奥は冷めている、そんな感じが森田にはしていた。

 

『そうか…森田君はよく橘のことを見てくれているんだね』

 

彼女の元上司、浮竹隊長にそのことを相談した時に言われた。

 

「そっ、そんなことはありません!」

『あはは!変な意味じゃないよ。確かに君の言った通り、橘はあの事件以降、深く人と関わらなくなった。海燕の一件の後は、それがもっと酷くなったよ。元々面倒見のいい(タチ)だから、気付いてない者が殆どだろうけれどね。もしかしたら、本人も無自覚なのかもしれない』

「あの事件、ですか?」

『ああ。もう、知らない死神の方が多いだろうね。彼女は過去に、自身の幼馴染を斬り捨てているんだ』

 

‘‘きっと、橘は深く繋がって再び失ってしまうのが怖いんだよ‘‘、と彼は言った。

 

だとしたら――――

 

再び森田は昴を見た。

 

(再び関係者を―――朽木ルキアをこんな形で失うことを、本当に彼女は受け入れられるのだろうか?幾ら指導しているだけとは言っても、朽木殿は確か志波副隊長の紹介で引き合っていたはず。阿散井副隊長らよりその情は強いのではないだろうか)

 

しかし彼に、それを昴に言う勢いはなかった。

元来彼は真面目な性根であったがために、掟や命令を守るという行為に対して頑固なところがある。

そして今の命令は――――‘‘朽木ルキアを極刑に処せ‘‘だ。

余程事態が急転しない限り、彼の口がソレを告げることは無い。

 

 

「さっきから何だ、森田?チラチラこっちを見て」

 

不思議そうな昴の声で森田は我に返った。思わず声が上ずる。

 

「いえっ、考え事をしていたものですから」

「ふうん?程々にな。顔赤いぞ、知恵熱か?」

「そんなことないですよ」

「……本当か?真面目なヤツの‘‘大丈夫‘‘は信用できない。今君に倒れられたら五番隊は終わりだ。無理せず休んでくれよ?」

 

苦笑する昴を見て、森田は言いようのない胸の痛みを感じた。

同時にそれは、大きな不安となって彼の胸を占有した。

 

「どうした?」

 

昴が森田に振り返る。彼女の手を、彼が掴んで引き留めたのだ。

 

「―――貴女は、ここに居て下さいますよね?突然消えたりしませんよね?」

 

我ながら子供のようだと思いながら、それでも彼女に問うた。

ルキアの処刑宣告、そして藍染隊長の死から一層薄くなっていく彼女の気配は、彼の心をざわつかせ続けている。

それを加速させるような儚い笑みを昴は浮かべた。

 

「居るときは居るし、消えるときは消える。死神なんて、そんなもんだろ?」

 

自然な流れで振りほどかれた森田の手が、再び彼女を捉えることは無かった。

 

これ以上踏み込んではいけない、と彼の直感が告げた。

これ以上彼女に踏み込んだら、酷く彼が傷つく何かが起こる気がした。

それでも彼は、昴をその視界から外すことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

森田と隊舎牢まで行き、扉を開いた昴は風が通るのを感じて一瞬立ち止まった。

 

(風……?牢の窓ってこんなに風通しが良かったか?)

 

桃の牢の前に行って、昴はあの風の意味を理解した。

牢の壁には大穴が空き、看守は気絶し、―――そこに桃の姿は無かった。

 

「まさか、雛森副隊長が………?」

「森田、すぐに一番隊に連絡を。今の彼女は何をするか分からない。急いで呼び掛けて捜索してもらうんだ」

「はい!」

 

森田が行ってしまってから、昴は天挺空羅で冬獅郎に繋いだ。

 

「冬獅郎、こんな時間にすまないが、悪い知らせだ。桃が脱獄した」

 

 

 

 

 

 

 

 

現場検証は冬獅郎たちと森田に任せて、昴は情報収集に四番隊に来た。するとそこで再び思いがけない人物に出会った。

 

「花⁉……何でここにいるんだ?」

「昴さん……僕ら、捕まってしまったんです。結局僕は、隊長格の霊圧に当てられて動けなくて……」

「何のお話ですか?」

 

振り返ると、満面の笑みで卯の花隊長が立っていた。

 

「何でもありません。卯の花隊長、実は、お願いが有ってこちらに伺いました。五番隊は本日ごたごたしていて情報が回ってこなかったんです。ですので」

「旅禍に直接話が聞きたいと?」

「――そうです。できれば、花も一緒に」

「許可が下りるとお思いで?」

「下ろしていただきたい。卯の花隊長にご迷惑はお掛けしません」

 

暫くお互い視線を動かさなかったが、卯の花隊長の方が折れてため息を吐いた。

 

「…良いでしょう。ただし、尋問と言う体にしてください。何か有力な情報を得られたときは報告してくださいね?」

「勿論です」

 

 

 

 

廊下を花太郎と歩きながら、昴は独り言のように彼に言った。

 

「戦えなかろうが何だろうが、生きてるもの勝ちだ。私は、花が生きていてくれて本当に嬉しかったよ」

 

花太郎は俯いて、すみません、と呟いた。そこはあやまるところじゃないと思いつつ、昴は結局何も言わなかった。

 

 

 

 

 

コンコン

 

「失礼するよ」

 

返事がないが気にせず扉を開くと、そこには包帯まみれでガタイの良い男二人が、片方は椅子に座り、もう片方はまだ寝台で横になっていた。二人とも意識はあるようで、昴と花太郎の方を向いた。

 

「おお!花じゃねえか!無事だったみたいでよかった!んで、もう一人は―――ああああ!お前確か、橘昴⁉何しに来やがった!」

「その声、志波岩鷲か!それにその傷…朽木隊長に斬られたのは君だったのか。解放状態の彼の斬魄刀を受けて生きているとは大した生命力だな。兎も角、生きていてくれて良かった。なに、ちょっと話を聞きに来ただけだよ」

「知り合い、だったのか」

 

低い声がする方を向くと、椅子に座っているもう一人だった。あの顔は……

「ああ、茶渡君か。やはり君も来ていたんだね」

「ちょっと待て、どういう繋がりだ⁉」

 

岩鷲の頭に‘‘?‘‘が浮かんでいる。

なんだ、お互い知らなかったのか。

 

「志波岩鷲、地下で話しただろう?‘‘私は黒崎一護の安否を確認しに行ったことがある‘‘って。その時、彼にも会っているんだよ。名前は聞いただけだがね。茶渡君の方にも一応言っておくと、志波岩鷲とは別に昔からの知り合いってわけじゃない。互いに認知したのはつい先日だよ」

 

花太郎たちの話によると、彼らはあの後懺罪宮(せんざいきゅう)に向かう途中で剣八に出くわしたらしい。一護が足止めをして、花太郎と岩鷲がルキアを助け出そうとした。そこに白哉が現れて岩鷲が斬られ、(とど)めを刺されそうになったとしたところで浮竹隊長に助けられた。その間に、剣八との斬り合いを制した一護が割り込んだらしい。だが、白哉に勝負を挑もうとしたところで乱入者があった―――四楓院夜一、かつて瞬神とまでいわれた元二番隊隊長兼隠密機動総司令だ。彼女が六人目の旅禍。どうりで懐かしいわりに思い出せなかったわけだ。

 

最後は、花太郎が不安そうにこう言って話を閉めに掛かった。

 

「去り際にその四楓院さんって死神が言ってました。‘‘三日で一護さんを朽木隊長よりも強くする‘‘って。一護さんをどうするつもりなんでしょうか…」

 

(あのヒトが絡んでいるなら、この襲撃には何か裏があるな。三日後…何があるっていうんだ)

 

ルキアの処刑はまだ先のはず。なぜそんなに事を急いでいるんだ?

 

「さあなァ…私にはさっぱりだ。ところで志波岩鷲、君がそこまでルキアのために体を張るとは思わなかったよ」

「全くだ。会って初めて分かったよ、アンタが言ってた‘‘運命の悪戯‘‘って意味が。朽木ルキア――兄貴を殺したもう一人の死神だ。でもな、あそこで動かなきゃ、(オトコ)(すた)るってもんだろ?」

 

それを聞いて、昴は心が温かくなるような錯覚を覚えた。

 

「……そうだな。はは、君はやはり海燕副隊長の弟なんだな」

「どういう意味だよ?」

「そういう察しの悪いところとかそっくりだ」

 

何だと⁉と叫びかけて岩鷲が体の痛みに悶えている。そういうすぐカッとなるところも似ている。

 

「一つ、教えてくれないか」

 

茶渡君が口を開いた。彼の方は一人で京楽隊長に挑み、敗れた。彼が元々無口なのはあるだろうが、それ以上の情報は不要だと彼が判断したのだろう。多くを昴に語らなかった。

 

「私の権限で答えられることならば」

「何故俺たちは生かされてる?」

 

まだ十五、六年しか生きていない者の台詞(セリフ)とは思えない。それほどの覚悟をして彼はここに立っていたのだ。

 

「…隊長が一人殺されたんだ。まだ犯人は不明。つまり、君たちはその最重要参考人ってことだ」

「俺たちじゃない」

「分かってる。少なくとも私はね。藍染隊長はああ見えて相当強い。めちゃ強い。そんな人が、たとえ黒崎一護を含む旅禍全員に相対したとしても無抵抗で殺されるどころか致命傷を負わされるなんてことはあり得ない。だが、君たちだってむやみに殺されないならそれに越したことはないだろ?」

 

茶渡君はその長い前髪の奥で複雑そうな顔をした後、ゆっくりと頷いた。

 

「……そうだな」

「私からも一ついいか?」

 

来たか、という風に彼は身構えた。

 

「そう固くならなくて良い。黒崎一護と四楓院夜一を見つけるのはほぼ不可能に近いだろう。で、だ。後の二人、石田ともう一人の君たちの仲間は何処にいる?」

「⁉何でそれを」

「それってのはどれか分からないが、人数のカウントは合ってたみたいだな。なに、君たちが遮魂膜を通過した時に一瞬漏れた霊圧を感知したんだよ。種も仕掛けも無い。で、どこにいるか知らないか?実は私はルキアの知人でねェ。出来ることなら彼女を助けに来てくれた者たちに危害が及ぶ前に保護したい」

 

こっそり瀞霊廷から彼らを出そうとしていることは伏せておく。最悪ここで何もわからなくても、殆どの隊長格は今後旅禍を斬り捨てることはないだろう。問題は一部―――例えば涅マユリとか…から彼らが逃れられるかどうかだ。一旦保護なり四番隊に収容されるなりすれば、彼らを逃がすことは容易い。

 

彼が昴を探るように見ている。それはそうだ。もし彼が何か知っていたとして、まだ敵かどうか怪しい相手に軽々しく口など開けない。

 

「…知らない。石田たちとはあの爆発でバラバラになったままだ」

「そうか、信じよう。怪我をしていたところをすまなかったな。ゆっくり休んでくれ」

 

昴が部屋を出ると、花太郎もそれに続いた。

 

 

卯の花隊長と花太郎に礼を言い、その日は隊舎に戻った。

その頃には桃が見つかったと冬獅郎から連絡があり、皆が自室に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瀞霊廷のどこか―――

 

彼は目を閉じ、思索に耽っていた。

 

(藍染が死んだ?馬鹿を言っちゃァいけない。きっとあそこに身を潜めているんだろう。これでこちらもまた動きやすくなった――とは手放しで喜べないな)

 

しかし、夜一まで来ているとは思わなかった。つまりこれには喜助が絡んでいる、ということだ。ややこしいことになった。できることなら夜一に直接問いたいところだが、もう隠れきってしまっているだろう。致命的な情報不足だ。

 

だが、彼とて無為にこれまでの時間を過ごしてきたわけではない。

沈思黙考して、ふと、ある答えを弾き出した。

 

(まさか、そんなことが…いや、彼なら―――浦原喜助ならやるかもしれない)

 

 

 

復讐の時は、刻一刻と迫っていた。

 

 

 




勘のいい方はそろそろ展開が読めてきたかとは思いますが、どうか今暫く胸中にお納めください!
頑張って早めに更新していきますので!

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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