紫苑に誓う   作:みーごれん

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今回も読んでくださる皆さま、ありがとうございます。

今作者は、こういうのどうですか?
という気持ちです。
そんな気持ちで読んでくださると、作者の胃が助かります。
割と切実にそんな感じです。


化けの皮

地中から三つの立方体が出現し、一つは足元に、後の二つは左右に分かれ、彼女の脚と腕を固定した。拘束された体は一気に磔架に上昇した。

 

彼女の―――ルキアの心中は、他の者からすれば意外なほどに静かだった。

 

(私はもう、十分に生かされた。先ほど乱れた心も、もう落ち着いている。これ以上、私のために誰かが傷つくことがあってはならない。そうまでして私を救う価値は、ありはしない)

 

双極の封印が解かれていく。そして、その本体が姿を現した。燬鷇王(きこうおう)――不死鳥を思わせる神々しいその姿は、自分の命を摘む処刑人だ。

ルキアはそっと目を閉じようとして、信じられないような光景を見た。

 

「昴殿⁉」

 

昴が処刑台の上に降り立った。切れ切れの息のままにこちらに駆け寄ってくる。

 

「いけません、昴殿!もうすぐ双極が私を貫く。ここにいては、貴女まで巻き添えを」

「ちょっとルキアは黙ってろ!くそっ、間に合うか…?」

 

そう昴は言うと、ルキアの拘束具に手を添えて何やら口上を述べ始めた。

 

「断罪の聖女 裁決の愚王 (コトワリ)に背きて秤を揺らす道化 ―――」

 

それを聞いて、呆然としていた処刑台下の鬼道衆の何人かが声を上げた。

 

「何故、それを護廷隊士が知っている…?」

 

それは、鬼道衆の中でも各班班長以上しか知らないはずの高等な詠唱のはずだった。

 

「―――法を護る偽善 天に沈み地に浮かぶ 空に這いて地に飛ぶものよ その身を裂きて如何に屈せん」

 

そう昴が言い終えると、ルキアの拘束具の一つが弾け飛んだ。その場にいた全員が呆然とそれを見ていた。

 

「ちっ、流石は祭具だ。全く違う霊圧で詠唱しなくてはならない、と。三人がかりでやっと外せるというのはこういう意味か。しかし、無理にルキアを外すわけにはいかないし」

「昴殿、もういいのです!おやめください!このままでは――」

 

ルキアがそう言ったところで、燬鷇王がルキアを裁こうとこちらに向かってきた。

 

(昴殿だけでも逃げて―――!)

 

彼女は固く目を閉じた。しかし、いつまで経っても自分が貫かれる感覚が無い。そっと目を開くと、新たな人物がルキアの目の前に立っていた。

 

「一護――――?」

「よう、ルキア。今度こそ、助けに来たぜ」

「馬鹿者!何故来たのだ!」

 

やいやい一護とルキアが言い合っていると、一護に行く手を阻まれた燬鷇王がもう一度距離を取った。今度こそ皆纏めて消し飛ばすつもりだろう。一護がそれに備えて構えたその時、燬鷇王に何かが巻き付いた。

 

「よう、この色男。随分と待たせてくれるじゃないの」

「すまない、解放に手間取った」

 

紐らしきものを辿っていくと、盾のようなものにそれぞれ繋がっていた。片方を浮竹隊長、もう片方を京楽隊長が持っている。それに二人が自分の斬魄刀を突き立てると、双極は真っ二つに折れ、破壊された。

 

一護が登場してから黙り込んでいた昴がようやく口を開いた。

 

「髭の隊長殿、後は任せておけとか言ってませんでしたか?全然間に合ってないじゃないですか‼」

「ごめんねぇ~、昴ちゃん!浮竹の不甲斐なさは勘弁してあげてよ~」

「俺のせい…だな。すまん、橘」

「浮竹隊長じゃなくて、私はそこの鬚に怒ってるんですよ!」

 

そんな昴の隣に一護は降り立った。

 

「アンタ確か、橘昴だったか?それ外すのに時間かかりそうか?」

 

一護がルキアの拘束具を視線で示す。

 

「ああ。口上が後二回必要だ」

「そうか、じゃあアンタはちょっと下がっててくれ」

 

昴が下がると、一護が斬魄刀の柄から続いている布を持ち、〈斬月〉を回転させ始めた。

それを見たルキアが動揺した。

これ以上騒ぎが大きくなっては、流れる血が多くなるだけだ。

 

「何をする気だ一護!」

「決まってんだろ、壊すんだよ。この処刑台を」

「よせ、それは無茶だ!」

 

そこまで聞いて、一護は刀の柄を握り治すと、霊圧を込めて磔架に突き立て、拘束具ごと破壊した。ちゃっかりルキアを俵巻きにして抱えている。

 

「助けるなとか帰れとか、ゴチャゴチャうるせえんだよ、テメェは。言ったろ、テメェの意見は全部却下だってよ。今度こそだ。助けに来たぜ、ルキア」

 

一護がそう言ったのを聞くと、ルキアは顔を僅かに伏せて声を震わせた。

 

「礼など言わぬぞ、馬鹿者」

 

「良い雰囲気のとこ悪いけど、さっさとずらかるぞ。いくら何でもここで捕まるのは間抜けすぎる」

 

昴の声でハタとルキアは気付いた。

 

「一護、昴殿。これからどうするおつもりです?これほどの目の前で上手く姿を眩ませる方法など――」

「「逃げる」」

「なっ!相手は隊長です!逃げ切れるわけが」

「じゃあ、全部倒して逃げるさ」

 

一護が自信ありげに答えたその時、恋次が駆け込んでくるのが見えた。

 

「恋次!生きておったのだな」

「来ると思ってたぜ」

 

安心したような一護とルキアとは対極に、昴と恋次は驚いた。

 

「恋次⁉どうしたんだその傷は!」

「え、昴さん!何でここに⁉」

「アンタら知り合いかよ。なら、ルキアを任せた」

 

二人がお互いに状況を理解できていない中、一護はルキアを昴に渡した。

ルキアから伝わる生きたぬくもりを感じて昴は刹那表情を柔らめる。すぐに気を引き締め直すと、真剣な声音で一護に問うた。

 

「黒崎一護、君一人で大丈夫か」

「ああ。振り返らずに逃げてくれ」

 

それを聞いた昴は瞬歩で恋次の隣に立つと、揃って走り出した。後ろに副隊長三名の霊圧を感じたが、振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く走ってから、昴は恋次に今までの経緯を聞いた。

 

「そうか、朽木隊長に負けたか。まあ死にさえしなけりゃいくらでも再戦の機会はあるさ。のんびりやれよ」

「卍解まで使って負けたんですよ?正直落ち込むっス」

「じゃァ、諦めるのか?」

 

そう言われた恋次は顔を昴の方に向け、真っ直ぐに見つめ返した。

 

「諦めるくらいなら、腹割って死んだ方がマシっすよ」

「ははは!だろうな。そういう真っ直ぐなところが変わってなくて何よりだ。時に恋次、ルキアを預けても良いか」

「良いですけど、何でですか?」

「他の旅禍のメンバーと合流してくる。恐らく彼らはまだあそこに向かってるだろうから」

 

納得した恋次はルキアを受け取った。一瞬顔をしかめたところを見ると、まだ傷がふさがりきっていないのがよく分かった。だが、‘‘大丈夫か‘‘なんて聞くのは野暮だ。

 

「頼んだぞ」

「ええ」

「昴殿、ありがとうございます。それと…すみません」

 

ルキアが絞り出すように言った。

気にすることは無い、と昴は笑った。

 

「私は自分の声に従ったまでだよ。だから、結局は自分のためだ。ルキアが感謝したり謝ったりすることじゃァない。ルキア()は黙って恋次()()に連れ去られてればいいんだ。じゃあな」

 

そんなんじゃねえよ!という恋次の声を無視して双極の丘の方へ昴は体を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒崎君…」

 

井上織姫は、眼前に広がる雑木林の奥で闘っている一護を想って思わず声を漏らした。

恐らく相手は隊長格なのだろう。凄まじい霊圧のぶつかり合いは、織姫の体中に悲鳴を上げさせていた。本能が言っているのだ、ここは危険だと。それでも震える体を理性で何とかこの場に縛り付けていた。

 

(見届けなきゃダメ!黒崎君が帰ってくるまで、ここで待っていなくちゃ。例え今私にできることが無いとしても…)

 

「大丈夫?井上さん、もう少し下がったら」

 

石田が織姫を気遣ってくれた。彼は何だかんだで優しいのだ。

 

「ありがとう、石田君。でも、ここに居たいの」

 

それ以上彼は何も言ってこなかった。聡い彼のことだ、織姫の気持ちを汲んでくれたのだろう。

ふと、知らない霊圧を近くに感じて振り返った。そこには、一人の女性死神が立っていた。

 

「やはりここにいたか、旅禍の諸君」

 

その声に、その場にいた全員が振り返った。

 

「「橘昴!」」 「橘四席!」 「あっ、すーちん!」

 

茶渡、岩鷲、マキマキこと荒巻真木造、そしてやちるちゃんもとい草鹿やちるがそれぞれ声を上げた。

 

「なんだ、皆知り合いだったのか?茶渡君まで…一体彼女は何者なんだ?」

「橘昴、というらしい。俺も、捕まってた時に会って驚いた。味方かどうかは…まだ分からない」

 

意味深に会話する石田と茶渡を置いておいて、やちるが彼女に話すために一歩前に出た。

 

「すーちん、こんなところに何しに来たの?」

「あなた方をお迎えに。急いでここを離脱してください。既にルキアは我々の手の中にあります。さあ!」

「でも、黒崎君がまだあそこにいるんです!置いてけない」

 

昴と名乗る死神が織姫に答えようとしたその時、やちるが口を挟んできた。

 

「ねえ、あなた、ホントにすーちん?」

 

一瞬で皆の動きが止まる。織姫もまたどうすることもできず、何も言えなかった。

 

「どういう、意味ですか?草鹿副隊長」

「すーちんはアタシのこと副隊長、なんて呼ばないよ」

「時と場合によりますよ」

「でもねぇ、なんか変な感じがするんだよね。ねえ、本物のすーちんは何処にいるの?」

 

やちるの目は、最早警戒しか孕んでいなかった。目の前の人物が昴ではないと確信していた。

すると、‘‘昴‘‘はクスリと微笑んだ。

 

「ふふッ!これだから勘のいい子は苦手なんだよねェ。そんなに僕ァ焦ってたのかな?まァいいさ、兎も角ここから全員離れてもらおう。力ずくってのは性に合わないんだが仕方ない。草鹿副隊長、昴がどこにいるか、だったね。僕に勝てたら教えてあげるよ」

 

そう言って彼女は斬魄刀も抜かずに構えた。やちるも身構えた、と思った刹那、‘‘昴‘‘の姿が視界から掻き消えた。

織姫たちの少し前に立っていたやちるの前に彼女は移動しており、その掌をやちるの顔に当てていた。

かと思うと、やちるは力なく崩れ落ちた。何か、睡眠を誘う術だったようだ。

 

「やちるちゃん⁉」

「静かに。大丈夫、一時的に気を失わせただけだよ。でも、これで分かっただろう?今の君たちじゃァ僕に勝てない。大人しく引いてくれないかな?」

「そんなことを言われて、僕らが引くと思うかい?」

 

石田が食って掛かった直後、後ろの霊圧のぶつかり合いが止んだ。

織姫はいてもたってもいられずに一護の方へ駆け出した。彼女は追ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりだ?」

 

石田は思わず叫んだ。‘‘昴‘‘の目に促されるまま、話を繋ぐ。

 

「僕らをここから離したいなら、何故井上さんを行かせたんだ」

「黒崎一護もここから遠ざけておきたいんだ。彼女が連れてきてくれるなら任せるさ」

「何故、そうまでして僕らを遠ざけようとする」

「君たちが弱いからだよ。これから起こることの中で、君たちを護りながら戦える自信は無い」

 

石田は反論を飲み込んだ。今の彼には、そうする権利が無かったからだ。今の彼に戦うための力は――滅却師(クインシー)の力は残っていなかった。

そして、一番気がかりだったこと―もしかすると相手の手札を増やしてしまうかもしれない事―を聞いてみることにした。

 

「さっき貴女は、‘‘ルキアは我々の手の中にある‘‘と言ったが、朽木さんは無事なのか」

「…信用できない相手にそんなことを聞くなんて、よっぽど気になっていたんだねェ!大丈夫。今は阿散井恋次が彼女を抱えて逃走中だよ。僕も彼女を逃がす目的は君たちと一致してる。そこは安心して良い」

 

にこやかにそう言う彼女から目を離さぬよう、石田は警戒しながら黒崎たちの帰りを待った。

 

 

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだ‼」

 

黒崎の雄叫びが聞こえた。無事だったことに安心しながらも、石田はこれからのことに思いを巡らせる。

 

(目的は達成した。一刻も早くここを去るべきだろう、普通なら。しかし、状況を正確に把握できていない今、それは最善か?さっき彼女は‘‘これから起こること‘‘から僕らを遠ざけたいと言った。一体これから何が起こる?)

 

 

石田がそう考えていると、フラフラになった黒崎を井上が支えてやって来た。すかさず茶渡が黒崎を受け持った。

 

「お前らも来てくれてたのか!…皆、ボロボロだな」

「まあね。でも、黒崎の怪我に比べれば無傷みたいなもんさ」

 

石田は呆れ顔で言った。それもそうだ。黒崎は最早立っているだけで精いっぱいだと顔に書いてある。そんな石田の対応に、今の彼は素直に返した。

 

「そうだな…って、え⁉アンタは橘昴!何でここに?ルキアはどうしたんだ!」

 

慌てる一護に彼女は悠然と答える。

 

「案ずるな。ルキアは恋次が抱えて走ってくれている。他の隊長格も、他のことで手一杯だ。今のうちに逃げろ」

「アンタはどうすんだよ⁉護廷十三隊の人間なんだろ」

「ははは!人間じゃないけど、まァそうだな。でも私にはまだやることが残っているんだ。ここに残ってそれを片付けて、後のことはその時考えるさ。君たちはさっさと行け。そうそう逃げる機会など有りはしないぞ?」

「そうか、分かった。生きてまた会えるよな?」

 

その一言に、一瞬彼女は固まって、すぐに笑顔を作った。

そう石田には見えた。

 

「キミみたいな脳筋はこれきりで十分だよ」

 

それを聞いた黒崎は、どこか不安そうな面持ちのまま、‘‘きっとだぞ‘‘と告げて双極の丘を降りる階段へと向かっていった。それが肯定ではないことは明らかだったが、彼らに残された道はそう多くは無かった。

 

今が逃げる好機だというのは石田にも理解できたから、特に異議を唱えたりはしなかった。状況の確認は逃げながらでもできる、と甘く考えていたところがあったこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一護たちが階段の半ばに差し掛かったころ、どこからか声がした。知らない女の声だ。

 

《護廷十三隊各隊長及び副隊長・副隊長代理各位、そして旅禍の皆さん。こちらは四番隊副隊長、虎徹勇音です。

 

緊急です。これは四番隊隊長卯ノ花烈と私虎徹勇音よりの緊急伝信です……

 

――――これからお伝えすることは、全て真実です》

 

そこで語られたのは、三名の隊長の一連の謀反についてだった。刑の裁量を司る部署を惨殺、掌握し、ルキアの刑を早め、元同僚を斬り捨てた。彼らの行き先は―――ここ双極。

 

それを聞いた石田は、‘‘昴‘‘の言葉を思い出した。

‘‘君らは弱い‘‘ ‘‘これから起こることの中で、君たちを護りながら戦える自信は無い‘‘

 

(今からあそこで謀反人の粛清が行われるということか⁉)

 

反射的に、石田は引き返そうとした一護を引き留める。

 

「黒崎、一旦落ち着け!僕らがここに協力する義理はないだろう?それよりも、巻き込まれないようにするのが先決だ」

「落ち着くのはオメーだよ、石田!今の話聞こえてたんだろ?その何とかってヤロー共はわざわざルキアの刑期を縮めてたんだぞ?ルキアが危ねえだろうが⁉」

「……っ!これは、朽木の霊圧……」

 

石田と一護は茶渡の方へ振り向いた。今回は一護の方が正しかったようだ。ルキアの霊圧が突然双極の丘に出現した。

一護が飛び出すのを、石田は最早止めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

石田たちがやっと引き返してきたとき、そこにはたったの()()しかいなかった。

 

三人は悠然と立ち、二人は地に伏し、一人はしゃがみ込んでいた。

無論、三人とは藍染、市丸、東仙であり、二人とは一護と恋次、そして最後の一人はルキアだ。

 

(彼女が、いない……?)

 

石田が動揺している間に、ルキアを狙っていた一派の一人が石田たちの前に立って霊圧を解放した。その強大さに身動きが取れない。

 

そして事態は進んでいく。

三人のうちのリーダー格と思しき人物がルキアにゆっくりと歩み寄っていく。

何かの機械でルキアの中に手を突っ込み、球のようなものを取り出した。

その男はルキアを自分の前に掲げると、部下の一人に何かを命じた。霊圧で押さえつけられよく聞き取れなくても何を言っているかなど容易に想像がつく。

 

―――――‘‘もう、用済みだ‘‘―――――

 

命令を受けた死神の刀が伸びていく。あれは確か、尸魂界に侵入してきたときに黒崎を門の外に出した死神だ。非武装のルキアが受けきれる威力ではない。

 

「朽木さん!―――――」

 

石田が叫んだ時、二つの影がそこに割り込むのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルキアにギンの神槍の切っ先が伸びていく。

 

(動けない…)

 

死を覚悟したルキアがギュッと目を閉じる。

 

(何も…起こらない…?)

 

ルキアがそっと目を開くと、目の前にはよく見知った顔が二つあった。彼女を護るように抱いて神槍を受けた義兄と、ルキアを掴んでいた藍染の手を掴み、斬魄刀の刃をその首元に突き付けている彼女の先輩死神だ。

 

「白哉兄さま…昴殿…」

 

「朽木隊長、さっさと離れないか。ルキアが危ないだろう?」

「……」

 

朽木白哉が距離をとるのを見届けると、昴は手に力を込めた。

市丸ギンや東仙要も、後にたどり着いた隊長格に取り押さえられている。

 

「僕ァ、この時が来るのをずゥッと待っていたよ。藍染惣右介」

「過去の亡霊の真似事か?滑稽なことだ。橘昴、君がこの状況を待つ理由など有りはしない。君程度の力では、私を止めることなどできない。その亡霊ならあるいは傷くらいつけられたかもしれないが」

 

余裕のある藍染に‘‘昴‘‘は思わず笑みを零した。

 

「ふふふッ!過去の亡霊の真似事?今さっき止めたところじゃァないか」

「憐れなものだな。愛していたものを(うしな)って、とうとう壊れてしまったか」

「あァ、僕ァ本当に愛していたんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」

「貴様、一体何を言っている?」

「悲しいなァ…僕のことをのけ者にするだなんて、あんまり酷いじゃァないか」

 

その台詞(セリフ)は、先ほどまで聞いていた元部下の女の声から徐々に百年前に()()()()()()()()()()()()()()()男のものに変わった。藍染が目だけで声の主を辿ると、そこには――――

 

「百目鬼…薫…!?」

 

――――薫が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総隊長との対峙を終えてここにたどり着いた浮竹十四郎は、目の前で起きていることが信じられなかった。否、信じたくなかった。

 

『過去の亡霊の真似事?今さっき止めたところじゃァないか』

 

昴だった人物が放った言葉が頭の中で何度も繰り返される。

そんな…まさか…

 

「そのまさかですよ、浮竹隊長」

 

あぁ、何と懐かしい声だろうか。何度昴に聞かせてやりたいと思ったか知れないその声は、容赦なく浮竹の耳に入ってくる。

「昴は…橘昴()()は、百年前のあの日に殺されたんです」

 

薫と浮竹の目が合う。

彼の声は話の内容に反して軽やかだった。

 

「僕らにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆!奴らから離れるのじゃ!」

 

夜一の声が聞こえる。薫はそれを無視した。

 

(離れる?まさか。これをずッと待っていた)

 

藍染と共に光に包まれる。反膜(ネガシオン)―――大虚(メノスグランデ)が仲間を護るために放つ、外界と内界を分ける絶対的な壁。その内側に二人はいた。

 

「やっとお前のトコロへ()ける。――昴」

「百目鬼薫ッ!貴様っ⁉」

 

 

 

 

 

 

―――――卍解、演舞・波枝垂尽帰塵(ナミシダレジンキジン)――――

 

 

 

 

 

 

 

狭い空間を埋め尽くすように波枝垂の刀身が現れ、それら一つ一つが固有の波長で振動する。細胞という細胞が共鳴し、震え、限界を超えて弾けていく。

 

骨が軋む。肉が爆ぜる。血が舞う。

そんな状況で、薫は微笑んだ。

 

 

 

 

この光の中ならば、傷ついて死ぬのは僕らだけ

 

藍染、悪いが僕ァ一緒に地獄には逝ってやれない

 

昴はきっとそこにはいないから

 

 

 

 

「このっ!こんなっ…ところでっ!」

 

藍染が切りかかってくる。崩れた足場が薫の傷を心なしか浅くした。だがすでにそんな怪我が些細なモノであるほどに、薫の卍解は二人に猛威を振るっていた。

 

(まだ腕の筋肉が使えるのか。まァ、もうじきそれもできなくなるさ)

 

(ぼう)ッとしていたら、降り注ぐ光が揺らぐのが見えた。

 

(幻覚じゃない。あァ、反膜を放っていた大虚の方が先に消えてしまったか。マズイな、卍解(これ)を外の面子に浴びせるのは非常にマズイ。だからなるべく周りに何もないようにしようとしていたっていうのに)

 

光が消えたと同時に卍解を解くと、藍染と薫は揃って倒れた。だが、空に空いた穴中を埋め尽くす大虚は再び藍染の身体を反膜で包んだ。

 

そこには勝者も敗者もなく、皆が皆己の無力に歯を食いしばっていた。

 

(すまない、昴。仇を、討ち、そ こね、た)

 

彼の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薫さん!薫さんっ!くそう、僕の力じゃ間に合わない!誰か!誰でもいいから薫さんを助けてください!」

 

回道ではどうしようもないほどに薫の体は傷ついていた。花太郎の斬魄刀、〈瓢丸〉を使っても一向に怪我が消えない。彼の必至な叫びを聞いて、黒崎一護の治療を終えた井上織姫が駆け寄った。

 

「今助けます!動かさないで!〈双天帰盾(ソウテンキシュン)〉、私は拒絶するッ」

 

彼女の言霊、〈舜俊六花(シュンシュンリッカ)〉の一翼である〈舜桜(シュンオウ)〉は、薫の余りの怪我の酷さに顔をしかめた。

 

『織姫さん、これは結構時間がかかるよ?』

 

「〈舜桜〉…間に合うよね?」

 

『五分五分ってところかな。この人の生命力次第だよ』

 

二人の会話を聞いていた花太郎は、為す術もなくそれを見ているしかなかった。

 

 

 

 

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