死ぬとき、心は仲間に預けていくものなのだ、と。
もし本当にそうだったなら、あいつの心は何処にいってしまったんだろう。
こんなに空っぽな自分の中を探しても、見つからないんだ。
僕の手からすり抜けたソレは、何処に消えてしまったんだろうか。
眩しい
ああ、もう僕ァ昴じゃァなくなったんだっけ
ここはどこなんだろう
こんなに気分が良いのだから、きっと天国というやつだ
昴に会えるだろうか
「――おる―ん?薫さんっ!」
目を開けると花太郎の顔が目の前にあった。
此処ァ天国のはずだろう?
僕ァ生きていられるような怪我じゃなかった。
「は、な…?――あァ、可哀相に……花まで死んでしまったのか?」
「薫さん!貴方は死んでなんかない!ちゃんと今生きているんです!生きているんですよ‼」
花太郎が泣いている。生きていて良かったと泣いている。
――――――良かった――――――???
〈波枝垂〉が手元にない。ゆっくりと起き上がると、花太郎の斬魄刀が目に入った。するりとそれを抜き取ると、喉元に当て―――
「ッッ!何してんだアンタ⁉」
血。痛くない。目の前にある刃は、誰かが素手で掴んでいた。その手から血が
腕を辿っていくと、見覚えのある顔だった。
「あァ、君は黒崎一護だったか?手、血が出ているぞ。痛くないのか?」
「痛ぇに決まってんだろうが!くそっ、なんつー力だっ!おいアンタ、何やってんだ!力緩めないと喉に刀が刺さって死んじまうぞっ!」
「ふふッ!そんなの当たり前だろう?一々確認するなんて、君ァ真面目なんだねェ。なに、手を放して直ぐ瞬歩を使えば返り血を浴びずに済む」
「そんな話をしてんじゃねえよ!おい、花太郎、こいつから刀を奪うの手伝え!早く!」
花太郎は震えてしまっている。可哀相に。
「そんなに怒鳴ったら、花がおびえてしまうよ。もう少し柔らかく言ってあげなくちゃァ」
刀を持つ手にもう少し力を籠め、今度は首を前に出す。
「ッ!」
頭に衝撃を感じ、手の力が緩む。その隙に黒崎一護が刀を薫の手の届かないところへ放り投げた。
「これはどういう状況だい、黒崎」
前髪を真ん中でぱっくりと割った色白の眼鏡の少年が部屋に入ってきていた。さっきの突きは彼か?確か名前は、石田――何だったかな…兎も角、見事だった。
「どーもこーもねぇよ!花太郎が何か叫んでんなーって思って部屋を覗いてみたら、そいつが自分で刀を喉元に突き付けようとしてて…」
「そういうことか…貴方が百目鬼薫さんですよね?目を覚まされたなら、隊長方を呼んできますよ」
「何故?」
「”何故”?…彼らは貴方に聞きたいことが「無いよ」…え?」
「僕から話すことはなァんにも無いよ。だから来ても意味ァない」
石田が固まっていると、一護が激昂した。
「アンタ、さっきから一体何なんだよ⁉いい加減にしろっ!折角助かったのに死のうとしたり、何か大事なこと知ってるくせに隠そうとしたり…一体何がしたいんだ⁉」
「昴に会いたい」
ひゅ、と一護が短く息を吸い込んだ。
「……アンタが殺したって言ってたヒトか?」
「あァ」
「…何で殺したんだ?」
「僕の不注意で僕を庇って斬られた」
「それは殺しっていわ「僕があんなミスを犯さなければ彼女は死ななかった。僕の傲りがあいつを殺した」…俺も、俺の幼稚な正義感でお袋を殺した」
「そうなのか。お揃いだな」
薫が笑顔を向けると、一護は眉間の皺を更に深くした。
「いつも家族の中心で、太陽みたいな人だった。それを俺は奪っちまった。でもな、最近親父に言われたんだ。‘‘お袋が命懸けでお前を護ったんだ。だからお前はその分出来るだけ長く年を食って俺より後に死ね‘‘ってな。その通りだと思ったよ。アンタがどういう状況でそのヒトを喪ったかは知んねーけどよ、アンタが大切に思ってたそのヒトは、アンタがそのヒトを追って死んで喜ぶような奴なのかよ⁉」
薫は硬直する。
『そんなはずはありません』
透き通った声がした。声のした入り口を薫以外が見ると、そこには青を基調として波紋のように円がちりばめられた着物を纏い、緑色の髪をした色白の女性が―――薫の斬魄刀が立っていた。
『貴方の知る昴様は、そんな方ではありません。もう分かっていらっしゃるのでしょう?薫様』
やめろ、と薫が呟いた。
『貴方を庇って昴様は亡くなった』
「やめてくれ」
『昴様も、貴方のことを――――』
「やめろッて言っているだろうがッ!」
バチンッ!
派手な音が響いた。
薫の頬が腫れている。
唇を切ったのか、口から血が出ていた。
『藍染惣右介は逃げました。追わないのですか』
薫を叩いた手を下におろしながら〈彼女〉は言った。
「追う?僕があれだけやって殺せなかったんだぞ?僕にはもうこれ以上進めない」
『そうまでして
「………」
『あの場にいた他の誰も殺めたくなかったからではないのですか』
一護が何かを言いかけて石田に制される。
「だったら何だというんだ」
『貴方はもう誰も死なせないという信念を貫いた。ならなぜ、あの方の仇を討つという誓いを貫かないのです』
「言っただろ!もう僕にァ……――ッ!まだッ、頑張れっていうのか⁉」
『それをお決めになるのは薫様です。貴方がお決めになった事なら、わたくしは従います。後悔の残らない方をお選びくださいませ』
薫はこの時、目を覚ましてから初めて〈彼女〉の顔を見た。きっと〈彼女〉は薫を不甲斐無い主だと怒っているのだろうと思っていたが、意外にも〈彼女〉は微笑んでいた。そんな顔を昴はしたことがなかったはずなのに、何故か昴に重なった。
(昴なら何と言うだろうか…)
きっと〈彼女〉のようにはいかないだろうな。出会い頭に一発殴って、僕が腑抜けているのを見てもう一発殴って、最後には蹴っ飛ばして‘‘勝手にしろっ!‘‘とか言う。絶対。でもきっと、昴は僕を否定しない。否定されないからこそ、あいつに、昴に誇れるように在りたい。
拳を握り、再び〈彼女〉を正面から見据えた。
「戦うよ。――――藍染を、今度こそ―――殺す」
『…はい。薫様』
「……覚悟は、決まったようじゃの」
扉の外の廊下から声が聞こえる。夜一だった。
『器をお貸しいただき、ありがとうございました』
〈彼女〉――〈波枝垂〉が夜一に頭を下げる。薫は具象化する意思がなかったのに出てきた〈波枝垂〉を薫以外が認識できていたのは、夜一が持っていた転神体―――斬魄刀を突き立てることで強制的に具象化する道具―――を使っていたせいだった。刀の姿に戻った〈彼女〉を、花太郎が手渡してくれた。
「ありがとう、花。見苦しいところを見せてしまったね」
「そうですよっ!薫さんまでいなくなったら、僕はッ…!うわあぁぁん!」
緊張の糸が解けたのだろう。花太郎はものすごい勢いで泣き崩れた。そうだ、彼の昔馴染みは自分だけになっていたのだった。そんなことにも気が回せなくなっていたのか。
壁際で居心地悪そうにしている一護と石田に向き直る。
「君たちにも、手間を取らせたね。すまなかった。黒崎一護殿、手の怪我を治そう。こちらへ来てくれないか」
花太郎のせいで動けない薫は、「本当はそちらに行くのが礼儀なのだが」と苦笑しながら付け加えた。
「なぁ、二つ聞いていいか?」
薫が回道の光を一護の怪我に当てていると、一護が口を開いた。
‘‘勿論‘‘と返す。
「まず、アンタの本当の名前を教えてくれるか?橘昴じゃなかったんだろ」
「あァ、これはすまない。僕ァ百目鬼、百目鬼薫だ。薫で構わない」
「分かった。俺のことも一護でいい。じゃあ二つ目なんだが、さっき薫さんの斬魄刀が言ってた、‘‘他の誰も殺さないために卍解を解いた‘‘って、どういう意味なんだ?」
「…?そのままの意味だよ。僕の卍解は範囲を絞ることが難しいんだ。一護達の位置なら、ゼロ距離と変わらない場所だったしね。あの場にいたメンバーでも、全員、無傷では済まなかっただろうさ。あれは霊圧の量に関係なく、皆等しく破壊する技だからね」
死神の戦闘は、基本的に霊圧量でその勝負の優劣が決まる。破壊力然り、防御力然り、ぶつかり合った霊力量の差分がそのままダメージの量となる。
霊力によって生じさせた波ならば霊力がより高い者には通じないが、薫の卍解は、あくまで刀身を震わせることで波を生じさせているだけ。
いかに霊圧が高かろうと、一旦共鳴現象を起こせば待つのはその先の崩壊だけだ。
「使用者ごと破壊すんのかよ⁉どんな卍解だ!」
「まさか!本来はそんなことはない。ただ、自身を護ったら攻略されそうだったからね」
ここからは企業機密だよ、と笑顔を作る。一護は渋々追及を諦めた。
「もう、あんな事すんなよ。井上が悲しむ」
井上、というのは、薫を治療してくれた少女の名前だそうだ。こんなにきれいに治してもらったんだ。大きな借りを作ってしまったな。
(借りを返すまで、死ねなくなったな。昴、どえらく待たせることになりそうだ)
そうやって笑った薫の瞳には、昴の後姿が映った気がした。
今日の兄さんは、いつもよりも元気がなかった。
「それでは、行って参ります」
家の門扉を出掛かった彼の着物の裾を掴んで引き留める。
「兄さま、今日もおしごとですか?せっかくおうちに帰っていらっしゃったのに…」
「すまないね。今日は明日に備えて必要なものを取りに来ただけだから、すぐに出仕しなくてはいけないんだ」
「明日、何かあるのですか?」
兄さんの顔に影が差した。
「隊葬…と言ってもまだ花太郎には分からないかな。私の上司が戦死なさってね。隊の皆で葬式をするんだよ」
「戦死…」
「そうだよ。立派な方だった。惜しい方を喪った」
そう言った清之介兄さんは暫く呆っとしていたが、思っていたよりも過ぎてしまった時間に気付いて足早に仕事に向かって行った。
「タイソウ?花の兄さまって体操するのか?」
「多分お前の言ってる“たいそう”じゃないと思うぞ。多分こういう字だ。“隊葬”」
結局兄姉に遊んでもらえず集まった昴と薫に、花太郎は今日の清之介のことを話した。
「兄さま、隊の皆でお葬式をするって仰ってました」
「やっぱり。護廷十三隊は、上位席官が戦死した時隊葬を行うってこの前本で読んだよ。でも、清之介さんって四番隊だよな?珍しい」
「珍しい?そうなのか」
「あァ。四番隊は救護専門部隊だから、戦死者は珍しい筈だぞ」
確かに、清之介がそんな用事で帰ってきたのはこれが初めてかもしれない。
―――元々隊葬をされる様な死神が亡くなること自体珍しいのは、まだまだ彼らの知るところではない。
「でもなァ、戦死って言われても実感湧かないよなァ…」
薫が呟いた。
それもそのはず、花太郎たちは下級とはいえ貴族の一端。住まいは瀞霊廷内だ。
ここで暮らしていれば、流魂街の外れのように虚や人殺しが出たりすることは全くと言っていいほど無い。
加えて瀞霊廷どころか屋敷の近辺くらいでしか生活するのを許されていない程、彼らは幼く、未熟で、故に無知だった。
「なあなあ、ちょこっと屋敷を抜け出してさ、花の兄さんの職場を見に行ってみようよ!どうせ将来死神になるんだから、見ておいて損はないだろ?」
「確かに!花も来るだろ?」
「え、え~~⁉」
不敵な笑みを浮かべた二人に押し通されたのは今回が初めてではない。
結局花太郎も親の言いつけを破る羽目になった。
「あァ、昴違うよ、そこ左」
「はあ?本当に合ってんのか?ここら辺は似たような景色ばっかしで迷いそうだ」
「合ってるはずだ。一応家にあった地図を写してきたから」
ガサガサ紙を広げながら薫が昴に指示を出す。
花太郎ははぐれまいと必死になって彼らに付いて行った。
そして着いたのは、大きくて真っ白で、“四”と書かれた門だった。普通なら閉まっていたであろう其の門扉は開け放たれており、三人は案外あっさりその中に足を踏み入れた。
一応無許可で色々やっている自覚はあったから、生け垣に隠れながらコソコソ移動した。
暫く進んでいくと、後ろの方から大人数でやってくる気配がして三人は縮こまった。
「おい、しっかりしろ!」
「聞こえるか?返事しろ!もうすぐだからな‼」
「皆さん落ち着いて!揺らさないように持ってください!」
「――――ゴホッ…」
担架で運ばれていた隊士らしき人物が咳をした―――と思った次の瞬間、ビチャッと液体が跳ねる嫌な音がして、花太郎の頬に生暖かい感触がした。
恐る恐る手で触れ、目の前にかざすと…
赤
「――――っ‼」
(静かに!)
声を上げそうになった花太郎の口を薫が塞いだ。彼の手も僅かに震えている。
「これ以上の出血はマズイ…私が回道で治療しながら運びます!貴方はこっちを持ってください!」
「はい!どうかコイツを助けてやってください!」
「最善を尽くします!」
淡い緑色の光を放ちながら去っていった集団を、三人は彫刻のように固まって見た。
花太郎の眼前には、生け垣越しに生々しい血反吐が、尚も波立っていた。
「後何名ほど収容予定ですか」
「三名です。幸い後の方々は怪我が軽いので、人員は何とかなりそうです」
「分かりました。先程清之介が戻ったのが大きいですね。…………あら?」
白い羽織を羽織り黒髪を前で三つ編みにしている女性と、短髪で眼鏡を掛けた男性死神が門の方から早足で歩いてきた。
女性死神の方が地面の血の方を見て立ち止まる。
「卯の花隊長、どうかなさいましたか?…ああ、後で清掃しておきます」
「…ええ、ありがとう。ところで裕士郎、先程の三名が収監されれば門は閉まるんでしたね?」
ス、と彼女の視線が花太郎たちに流れた。生け垣で見えていないはず、と三人は身を一層縮こまらせながら思った。
一瞬の後、彼女は視線を逸らした。
「はい。その通りですけど…どうして今更そのようなことを?」
「何でもありません。ただ、もう少し門に関して考えねばなりませんね。緊急時に門を開け放ったままでは、いつ
「はあ…?」
彼女の言に、薫がピクリと反応した。
二人が過ぎ去った後、薫は二人に今すぐここから離れるよう言った。
「何でだよ?まだここ入り口もいいとこだぞ?」
「馬鹿、さっきの話聞いてなかったのか?後三人門から運び込まれたら門が閉まって僕らは出られなくなる。離れよう」
「でも「それに」―――何だよ?」
「あの女の人は僕らに気付いてた。さっきのはきっと“次は見逃してやらないぞ”って意味だ。見学にはあまりタイミングが良くなかったみたいだな。来る機会は今後幾らでも有るから、今日はここまでにしよう?」
「……分かった」
ムスッと昴がそう言ったのを聞いて安心したらしい薫は、花太郎の方に向いた。
「花も、それでいいな?」
「え、あ、はい!」
(声が大きい!)
花太郎は再び薫に口を塞がれた。
屋敷への道中、花太郎は薫の顔色を見て自分もきっと同じような顔をしているのだろうと思った。
思いがけず瀕死の重傷を負った者を見てしまったことで、二人は将来死神になるのだという事実が怖くなってしまっていたのだ。
そんな中、一人昴だけが元気だった。
「昴、お前なんでそんなに元気なんだ?あんなことを目の前で見た後だっていうのに…」
昴は僅かに上気させた顔を薫の方に向けた。
後ろからそれを覗いた花太郎は、昴の表情に驚かされた。
彼女が湛えていたのは―――怒りだった。
「お前は、悔しくないのか?」
「悔しい?隊舎の奥まで入れなかったことか?だからそれは悪かっ「違う」…じゃあ何だよ?」
昴は立ち止まると、固く拳を握りしめた。その瞳がギラギラと輝いた。
「こうやって毎日過ごしているうちに、あんなになって傷ついているヒトがいることを知らなかったんだぞ⁉彼らだけが戦うなんて嫌だ!誰か他の者が犠牲になるのも嫌だ!犠牲の上の平穏でのうのうと今まで生きてきた自分に腹が立つ‼」
濁流のように容赦なく押し寄せた彼女の感情に薫と花太郎は息を呑んだ。
その小さな体に押さえきれない熱量にこちらの方が当てられそうだ。
彼女の強さが煌々と輝いた。
「………敵わないな」
普段から冷静な薫が珍しく興奮した面持ちで彼女の方を見ていたのが、花太郎には印象的だった。
「……はっ!」
花太郎は目を覚ました。変な体勢だったせいか、背骨が痛い。
「むにゃ…」
目を擦って周りを見ると、救護詰め所の個室に居た。目の前には清潔な寝台があり、そこに突っ伏してしまっていたらしい。そしてそこには―――花太郎とは反対方向を向いて、薫が眠っていた。
彼の生存のその後の顛末で泣き疲れて寝てしまったのだろう。もう結構な時間が経っているらしく、花太郎には毛布が掛けられていた。
視線を寝台に戻すと、そこに垂れていた花太郎の
「ししし、しまったああ!どうしよう、拭かないとおお!」
『あははは!おねしょか?おねしょかあ?』
『ち、違いますよう!涎ですって!』
『はっずかし~!今いくつだよ~!』
『だから、違いますってば~‼』
彼女に大分前にそうやって弄られたことがあった。
「昴さん……」
彼は再び泣いた。
生まれて初めて、さめざめと、泣いた。
薫の斬魄刀の能力、もう殆ど答えですね。
話の持っていき方を間違えたと思った時点で時すでに遅し。
作者のMPは尽きました。
次回から少しずつ伏線を回収しつつ張るという感じになっていきます。
今まで取っておいた伏線、全部回収できるかな…
少なくとも次回だけでは無理です。
頑張ります!
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
P.S.
2018/4/10 誤字修正しました。(本来であれば前書きに書くべきでしたが、今話は書けませんでした)
2018/5/12 誤字修正しました。土下座布団様、誤字報告ありがとうございました!