紫苑に誓う   作:みーごれん

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某漫画の、”真実の奥の更なる真実”というフレーズが好きです。今後そんな仕掛けの有る作品が書けたらいいなあと思っております。

……今回は会話文過多です。
読みにくくてすみません…


告白

部屋の中にずらりとヒトが並んでいる。護廷十三隊の隊長及び副隊長、一護達、そして花太郎が中で一人の人物を待っていた。

 

 

 

―――百目鬼薫…

百年前に一か月のみ副鬼道長を務め、死んだことになっていた男だ。彼が実は橘昴としてその後の百年を護廷十三隊で過ごしていたことが発覚したのは、二日前―――

 

 

 

「失礼しまァす」

 

室内の空気の重さを吹き飛ばすかのような、場違いに明るく大きな声を上げて薫が入ってきた。

 

「やァやァ皆さんお揃いで。ッと、その前に、井上織姫さんってここにいらっしゃいますか?」

「あ…私です!」

 

薫につられるように織姫が大きな声を挙げた。

 

「君が僕の治療をしてくれたと一護に聞いたよ。こんなに綺麗に治してくれてありがとう。君には本当に感謝しているんだ」

「いや~、そんなことないです。当たり前のことをしただけですから!お気になさらず!」

 

照れながら手をパタパタと慌しく振る様子は、ただそれだけのことなのに彼女がやると何故だか微笑ましかった。

 

「ふふッ!当たり前、か。君は実に良い子なんだねェ。一護が君のことを太陽のようだと言っていたのは、僕も賛成だな」

「えっ?黒崎君がそんなこと言ってたんですか⁉」

 

織姫が頬を紅く染めると、「そんなこと言ってねえぞ⁉適当言ってんじゃねえ!」と一護が慌てながら訂正した。

 

「別に照れなくても良いのだよ、一護。彼女は君の母上なのだろう?子供が母親を慕うのは当然のことだ。顔はあまり似ていないが、髪の色がそっくりだね」

「違ぇよ!どう見ても井上は母親って年じゃねえだろうが⁉」

「若くして亡くなったなら、そういうこともある。流魂街で見つけて連れてきたのかと思ったのだが…そうか、違ったのか」

「連れてきたって、拾ってきた猫みたいに言うなよ…」

「あァ、そうだな。勘違いをしてすまなかった。兎も角、井上殿、貴方に一番に感謝を伝えたかった。ありがとう」

「いえっ、あの、どういたしましてッ!」

 

ちょっと残念そうに織姫が言うと、ぴしりとした声が部屋に響いた。

 

「もう良いかの?百目鬼薫」

「えェ、総隊長殿。お待たせ致しました」

 

流石は礼儀を重んじる死神の頂点だ。薫が何を最初にすべきかを考えて待っていてくれた。多少茶番が入ってしまったが、今言ったところで詮無いことだ。

 

「では百目鬼、聞きたいことは山ほどあるが、まずは百年前――お主が行方を眩ませる直前に何があったか話してもらえるかの?」

「そうですねェ。それを話すにはまず、僕の斬魄刀をご紹介しなくちゃァいけないんですが、これはここだけの話でお願いしたいんです」

「何故じゃ?」

「…聴いていただければわかりますよ」

 

 

 

斬魄刀を抜き、左肩から体の前で弧を描くように振り下ろす。

 

「さざめけ――〈波枝垂〉」

 

薫が斬魄刀を解放すると、およそ剣として何かを斬ることなどできなさそうな刀身が現れた。音叉の様に二本に分かれた先端の長さは大分違う。長い方は一メートルほどあり、始解前と刃渡りは変わらない。

 

「これが僕の斬魄刀です。中々面白い能力を持っているんですよ。試しに、そうだなァ―――――一護!」

「な、何だよ」

 

突然名指しされて一護は慌てた。

斬りかかって来られるのか⁉とビクビクしていると、顔だけ一護の方に向いていた薫が、斬魄刀を持ったまま手を掲げた。

 

「これ、なァ~んだ?」

「なん…だと…⁉」

 

一護は驚愕した。一瞬前までは確かに薫は自身の斬魄刀を握っていたはずだ。

 

「何をそんなに驚いているんだ?黒崎」

 

横にいる石田が真剣な表情で一護に聞いてくる。

 

何を?お前こそ、何でそんなに平然としてられるんだ?だって――

 

「いつの間に薫さんは俺から〈斬月〉を奪ったんだ…?」

「⁉何を言っている。〈斬月〉はお前がちゃんと背負っているじゃないか」

 

言われてから、反射的に背中側に手を伸ばす。そこには、しっかりと手になじんだ愛刀が確かに存在していた。だというのに、薫の手にはいまだに〈斬月〉が握られている。

 

「ふふッ!訳が分からないッて顔だね。君は分かりやすいなァ、一護?」

「…何をしたのじゃ?」

 

総隊長は動じることなく聞いてくる。

 

「これは〈彼女〉の能力の一端なんですよ。〈彼女〉の能力は、‘‘波の掌握‘‘――振動さえあれば、それは彼女の能力が及ぶ範囲なのです。光も――というより、ほとんどの物がですが――波の性質を有しています。今の場合は一護の目が拾う光に干渉して幻影を見せたんです。彼には、僕が〈斬月〉を持っているように見えているのですよ。この技の名を、‘‘陽炎(カゲロウ)‘‘――幻影を操る範囲は狭いですが、使い方次第で有効範囲は幾らでも広げられます」

「…成程のぅ、過程は違えど藍染と似たような能力というわけか」

「えェ。というか、その気になれば再現も可能です。音も、体温も、その他の色んなものも、この世界に満ち満ちている小さな欠片たちの動きで発生しているのですから。敢えて違いを挙げるなら、〈鏡花水月〉が誤認を齎すものであるのに対し〈彼女〉は実際にそれを認識させる状態を作り出せると言ったところですね。そして百年前、僕ァそれを利用して藍染を出し抜こうとしたんです」

 

そう言うと薫は、苦し気に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

百年前

斬魄刀を解放した薫は、まず自分の姿の痕跡を跡形もなく消し、虚像を離れた地点に出した。結界が破られた形跡はないから、きっと奴らは…藍染と東仙はまだ中だ。そこでふと、昴も危ない、と思った。彼らは薫が昴と近しいのを知っている。もしかしたら、薫の持つ情報が昴に渡ったと考えているかもしれない。…藍染と東仙がここにいるという事実を。

そう考え付くや否や、昴の霊圧を探る。ちょうど今、(ホロウ)を倒し終えたようだ。周りに隊士もいない。今のうちに…と、昴にも同じように‘‘陽炎‘‘を施した。

 

これが、昴を殺す一助になってしまった。

 

〈波枝垂〉は波を掌握できる。それはつまり、あらゆるものの振動を感じ取り、把握できるということだ。いくら霊圧を消そうが、目をくらまそうが、そこに存在しているだけで彼女の前から隠れることはできない。

 

(見知らぬ二人…捕捉。もう虚像の近くじゃないか!急がないと)

 

藍染が虚像に斬りかかったところを逆に斬る。単純だが、相手が完全に薫の存在を捕捉できていない今は絶大な効果を持つ。藍染は絶対に自分で斬りかかってくる。五席の東仙では薫を斬れないのは、さっき威嚇で木ごと斬りかかったときに分かっただろう。

 

もうすぐ虚像だ、というところで、藍染が刀を抜いた。と、そこに虚が現れた。虚像がそちらを向く動きを見せる。臨戦態勢をとるのが間に合うか否かという速さだ。藍染が刀を振り上げる。虚もまた、その長い鎌のような腕を振り上げ――――

 

「薫ッ!バカ、何やってんだっ!」

「昴ッ!こっちに来るな!来ないでくれッ!」

 

藍染に気を取られ過ぎて、これほど近くに来るまで気づかなかった。昴が―――薫以外には確認できない昴が、薫の虚像の前に立って虚の鎌を受け止める瞬間、藍染の刃が、向かい側にいた虚もろとも昴を――――

 

「間に合った!」 「間に合わな――」

 

…切り裂いた。

 

「おや、()()()()()()()()……失敗だ」

 

力なく倒れた昴を受け止めた薫に、後ろから藍染を斬る余裕などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「昴!昴ッ!」

 

昴の頬を叩く。

最早どんな体勢にしても、昴の血が止まらない。

何度も呼び掛けて、やっと彼女は薄く目を開いた。

 

「か…おる?良かった…無事で…」

「良いわけあるか!なんで、こんな…ごめんッ、ごめん昴ッ!僕が…僕のせいでこんな…」

「いい、って、ば。だって、かぉ…る、わ たし、ぉまえ が 」

 

好き、と昴の唇は動いていた。彼の斬魄刀が無ければ分からないほど微かな動きだ。

 

『私は、大事な誰かを―――出来ることなら自分が一番愛した人を護って死にたいです』

 

つい最近、酒の席で昴が言っていた。

確かにあの時、今なら嫉妬だと分かる感情が渦巻いていたのは確かだ。でも、だからって、こんなことを望んでいたわけじゃない。

 

「嫌だ…死ぬなッ!酒を奢ってくれるんだろ?もう文句なんて言わないからッ!」

 

心臓の鼓動が弱まっていく。体温が下がっていく。命が、零れていく。

〈波枝垂〉に手を掛けると、〈彼女〉が首を横に振った。

 

「何故だ⁉体温を元に戻せるだろう?心臓を元通り動かせるだろう?昴を、助けられるだろう⁉」

 

『一度冷え切った身体を元の温度に戻しても、心臓が止まってしまいます。心臓を動かしても、血液が足りません。血液を戻しても、一度外気に触れたものはいずれ固まります。それに、傷ついた細胞が、内臓が、元に戻るわけではありません』

 

「応援が……救護班が来るまででもいい!もたせるんだッ‼」

 

『薫様』

 

我に返ると、〈彼女〉は泣いていた。己の無力を嘆いて泣いていた。

その一瞬で、理解した。いや、自覚した。

 

「…わかっている。昴は、間に合わない…当たってしまってすまなかった」

 

『いいえ。申し訳ございません』

 

昴の体が冷えていく。逝ってしまう。

 

「昴、僕もだよ。僕もお前に惹かれていた。好きだったんだ…全然手入れしてない髪も、鍛錬しすぎてガサガサの手も、悪態ばっかり吐く口も。お互い、こんなギリギリになって言うなんて、へそ曲がりなのはそっくりだな。大好きだ。愛してるよ、昴」

 

(バーカ、そっくりなわけないだろ)、とでもいう風に、昴の唇の端が上がった気がした。

 

「最後まで五月蠅(ウルサ)い奴だ」

 

その時、二人は初めて唇を重ねた。

 

 

 

 

 

「橘昴の姿が見当たりません」

 

東仙の声の方を向く。昴を探していたのか。馬鹿な奴だ。昴はここに―――いや、もう世界の何処にもいないのに。

 

「そうか…彼女には、悲劇のヒロインになってもらいたかったんだがね」

 

藍染のその一言で、薫は全てを理解した。

‘‘陽炎‘‘で昴に扮すると、目の前に薫の姿が現れた。手に持った斬魄刀は、隊士の血で濡れていた。その薫を――――〈鏡花水月〉によって映し出された幻影を、‘‘昴‘‘は斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静まり返った室内を見回して、薫は「ほゥ…」と一息ついた。思っていた以上に重い空気だ。軽いと軽いで微妙な気分だが、こういうのは慣れない。

 

「まァ、そんな感じです。質問がある方はいませんかァ~?いませんねェ~?帰っていいですかねェ~?」

「待たんか、百目鬼。それほどの話、何故その時にせんかった?」

「物証が無いじゃァありませんか、総隊長殿。対してあっちは、僕の血まみれの斬魄刀やら何やらを揃えていました。勝ち目なんてありゃァしませんよ。それでは浦原喜助の二の舞です」

 

「ところでさ~、薫クン。さっき、〈鏡花水月〉に対抗しようとしたって言ってたけど、いつから藍染の斬魄刀の能力に気付いてたの?」

「京楽隊長はいつからだと思いますか?」

「謎掛けかい?僕はそういうの苦手なんだけどな~。そうだねぇ、合同演習で模擬戦をやったって言ってた、あの時かな?」

「いえ、あの時は既に思い当っていました。その確認と、発動条件を知ったのはあれでですが」

 

そこに驚いたのは浮竹だ。

 

「‼それじゃああの時、君は〈鏡花水月〉に掛かっていなかったのかい?」

「えェ。今もですけどね。あの時、藍染は一歩も動かずに模擬戦に臨んでたんですよ。ふざけているでしょう?」

「…!しかし、君は海燕と同じく彼の攻撃を躱していたじゃないか!」

「浮竹隊長、貴方は、網膜で捉えた視覚情報をどうやって脳まで運んでいるかご存知ですか」

 

唐突に話が変わって浮竹は驚いたようだったが、すぐに取り直して続けた。

 

「何だい、急に…いや、知らないが…」

「色々省略すると、ぶっちゃけ微弱な電気信号なんですよ。それを感知できれば、他人の見ている景色を再現できるんです」

「君の斬魄刀はそんな情報まで拾っているのかい⁉相当な負担が君に掛かってしまうんじゃないのか?」

「えェ。ですから普段はやりません。というよりできません。あの日、海燕副隊長の目線で自分を見た後、すごい頭痛になりました。今はもうそんなことは有りませんけどね。今までずっと、周りにいる誰かの目を通して〈鏡花水月〉の幻影を確認していました。例えばあの事件の時は最後に生き残っていた隊士の、先日の藍染の遺体は冬獅郎の目を通して、ね」

 

信じられない、という風に浮竹は薫を見ていた。当然だ。視覚を勝手に覗かれていたことに、海燕本人でさえ気づいていなかったのだから。勿論冬獅郎も血相を変えている。

 

「それで結局、いつから気付いてたの?」

「浦原喜助が追放されてから一週間てところですね」

「「「‼」」」

 

サラッと言い放った薫に室内の殆どの面子が目を剥いた。

総隊長も、片眼を開いて薫を覗いた。

 

「成程、あの時、鬼道衆との協力を各隊に呼び掛けていたのは、犯人一派の炙り出しが目的じゃったというわけか」

「半分は、ですが。協力が必要なのは事実でしたから。実をいうと、京楽隊長も容疑者だったんですよ」

 

意地悪く薫が言うと、その場にいた殆どの視線が一気に京楽を貫いた。当の本人も、目をぱちくりさせている。

 

「ええ~⁉僕ぅ~⁉」

「えェ。あの時、浦原喜助が嘘を吐き藍染に罪を着せようとしたと四十六室が判断したのは、貴方が彼の目撃証言をしたのが決定打でしたから」

「ああ、あれねぇ…僕も彼にちょっと思うところがあったんだけど、まんまと術中に嵌ってたってわけだねぇ」

「えェ」

 

「ちょっ…ちょっとお待ちください!」

 

二番隊隊長、砕蜂(ソイフォン)が口を挟んだ。

 

「その男っ、百目鬼が本当に百年我々から自身を隠していたということは、その斬魄刀は霊圧の質まで変質して我々に知覚させられるということですか⁉私は橘昴と話したことさえ有りませんが、彼女の霊圧と今百目鬼が発している霊圧が全く別物だということはわかります!それに、霊圧をどんなに消そうとしても、完全に遮断することなんて」

「できますよ」

「⁉」

「確かに、斬魄刀やら術やらを使えば霊圧を完全に消失させることはできません。それそのものが霊圧の痕跡となってしまいますから。白伏を使えば可能かもしれませんが、気を失ってしまいますからそれは問題外とします。でも、それ以外なら――――特殊な道具を使えば可能です。百年前僕らが襲われたとき、藍染らに斬りかかったあたりで特殊な繊維で編まれた布の切れ端を発見しました。あの時、彼らはそれを使って我々に接近していたと思われます。斬りかかる瞬間まで、彼らの霊圧を全く感じ取れませんでしたから」

「それは儂にも心当たりがある」

 

夜一が会話に入ってきた。

 

「百年前、喜助が総隊長の待機命令を無視して現場に向かった時、あやつ自身が作った完全に霊圧を遮断する外套を着て行ったそうじゃ。じゃが、霊圧を作り替える類の話は聞いたことがないのう」

「そっちは僕の斬魄刀の能力ですから」

「…薫クンさぁ、そういう駆け引き、()めにしない?」

 

先程のお返し、というように、ニヤリと笑いながら京楽が入ってくる。

 

「どういう意味です?京楽隊長」

「いや~、だって、君が言ったんじゃないか。術を使えば、何らかの痕跡が残るって。一瞬の戦闘中や今回みたいな混乱状態ならともかく、常時斬魄刀を解放しておきながら僕や浮竹、そして藍染を騙し続けることなんてできないんじゃない?いいからその種明かしをしちゃいなよぉ~!この期に及んで隠し事とか、そんな水臭いこと止めようよ」

「…まァ、ちょっと無理がある議論ですが、仕方ありませんね…」

 

そういうと、いつぞや〈彼女〉と薫自身の力を隠す隠さないの話をした時のように懐に入れていたものに触れる。そして、そっとそれを取り出した。喜助が唯一、薫に形を持って残したもの――――

 

楕円形のそれは、薄い卵の様な形で灰色をしていた。

一見すると小石のようだ。

 

「これは浦原三席―――あァ、今はただの浦原さんですが―――に作ってもらった、自分の霊圧を偽装する装置です。名前は忘れちゃいましたが」

「何だネ、それハ⁉そんな物が作れるのかネ!ちょっと君、それをこっちに寄越し給えヨ!」

「ふふッ!駄目ですよォ、涅殿」

 

そう言うと、薫はそれに〈波枝垂〉を振るった。〈彼女〉の出す波に共鳴したそれは、粉々に砕け、塵になって掻き消えた。

 

「なっ…!何てことをしてくれたんだネ!これでは解析が」

「浦原さんとの約束なんですよ。これの存在がバレたら、どんな手段を使ってでもこの世から消すようにって」

「そうじゃろうな。そんなもの、悪用されるとどうなるかなんぞ子供でもわかる。しかしまた、何でこんなもんを作るよう喜助に頼んだんじゃ?」

 

夜一の目が、薫の発言を見定めようと細まる。

それを意に介さず、薫はヘラヘラ笑って首を傾げた。

 

「僕ァ、実力を他人にあまり知られたくなかったんですよ。こういっちゃァ何だが、僕ァ当時からそこそこ実力が在りましたが、鬼道衆ではそういう人間ほど実戦から離されたんです。祭事なんかの、より大規模なものに携わらせられる。でも、僕が死神になったのは護る為。僕が戦えないものに代わって盾となり、刃となり、血を被ると決めたからなのですよ。だから、それを貫くための道具が欲しい、自分の霊圧を他の者には小さく感じさせる物を作ってほしいと浦原さんに頼んだんです。霊圧を他のモノに偽装できる仕様なのは、あの人が勝手に付けたオプションです」

 

部屋の空気が一層重くなった。それが真実であれば、彼の周りで起きたことは皮肉以外の何物でも無かったからだ。師と仰いだ者には置いていかれ、愛する者も敬愛する先輩も喪い、目を掛けていた後輩を失いかけた。彼は己の無力をどれだけ噛み締めてきたのか…?

 

 

 

「グスッ…」

 

沈黙が続いていた部屋に、大して大きくもなかったその声は盛大に響いた。部屋にいた全員がその声の方を向くと、織姫が大粒の涙を一心に拭っていた。

 

「井上さん⁉大丈夫かい?」

「ごめんっ、石田君。私は全然大丈夫…ど、百目鬼さんの気持ちを考えたら…、何か涙出てきちゃって」

 

織姫は優しい子だ、と改めて薫は思った。

他人のことを自分のことのように感じ、心を揺らすことができる素晴らしい感性だ。だからこそ、彼女はルキアを救うべく尸魂界に来たのだろう。だが、彼女は剣を持つべきではない。その優しさは、いずれ自分も他人も傷つける。

 

「ありがとう、井上殿。君は本当に優しい子だね。でも、泣くことは無いよ。僕ァこう見えて、結構この百年充実してたんだからね。ところで君たち、ここまでの話の流れ、付いてこれてたのかい?」

 

そう言うと、織姫を気遣いながら隣の石田が口を開いた。

 

「百年前、大体どういう出来事が起きたのかについては総隊長に伺いました。ですから状況は分かっているつもりですが、何故僕らが呼ばれたのか、お伺いしても宜しいでしょうか?」

「それは儂から話そう」

 

そう言うと、総隊長は椅子から立ち上がり、そこにいる者たちを見回して言った。

 

「四楓院夜一から浦原喜助の伝言を受け取った。藍染が手にした〈崩玉〉は、完全覚醒まで一年の猶予がある。それまでに、各々が戦力の増強に努めること。それの伴い、百目鬼の処遇について、お主ら死神代行一行に伝えておかねばならん事がある」

「処遇?まさか爺さん、薫さんを処刑するなんて言い出さねえだろうな⁉」

 

一護が総隊長に食って掛かる。物凄い剣幕だ。

 

「まあ落ち着くがよい、黒崎一護。藍染にあれ程の傷を負わせた者にそんな恥知らずな真似はせん。戦力増強を図るのなら、百目鬼にはまだまだ働いてもらわねばならんしの」

「それなら良いんだけどよ…」

「本来なら、卍解まで修得している身。隊長職に就いて貰いたいところじゃが……」

「僕ァそういうの、性に合ってないんだよねェ」

 

それだけ、というわけでもないが。

 

「…本人からの経っての願いで、百目鬼は現世に派遣することにした。折角じゃから、空座町に行ってもらおうと思うておる」

「俺らの街に来んのか!」

「応。お主らの補佐として、のぅ」

 

すると、石田が口を挟んだ。

 

「それでは、朽木さんの後任で来ていた死神と交代ということですか?」

「否。彼の者には継続して任に就いて貰う」

「何でそんなに人員を…?」

「…こちらの都合じゃよ。四楓院夜一には、百目鬼が現世でも生活できるよう援助を頼んでおるからお主らに直接何かを頼むものではないのじゃが、伝えておいた方が混乱が少なかろうと思うての」

「…わかりました」

「薫さん、これからもよろしくな!」

 

石田は若干その答えに不服そうだったが、他の一護たちは快諾した。

 

 

「それでは、これにて終了とする!」

 

総隊長の号令で、各々は解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ!百目鬼さん、だっけ?』

 

小人――妖精?――のようなものが薫に向かって飛んできた。

 

「あ、あァ、そうだが、君は一体何だい?」

 

『僕は〈舜桜(シュンオウ)〉!織姫さんの力の1つだよ。ボクともう一人の仲間の〈あやめ〉が、貴方の傷の手当てをしたんだ』

 

「そうだったのか!これはどうもありがとう。本当に助かったよ」

 

『どういたしまして!一応、貴方に伝えておかなくちゃいけないことがあるんだ。ボクらの力は、“盾の内の破壊又は、事象を拒絶する”――簡単に言えば、攻撃を受ける前の状態に何かを戻す力なんだ。これは、逆に言えば』

 

「攻撃されていないものを改善させることはできない、だろう?良いんだ。目が覚めた時から気付いていた。このことを彼女は知っているかい?」

 

『…織姫さんにはまだ伝えてないよ』

 

「それなら良い。彼女には黙っていてくれ。彼女は優しすぎるからなァ…きっと自分の力が至らないとか、そう言ってまた泣かせてしまいそうだ。それは駄目だ」

 

『…分かった』

 

「なに、君がそんな顔をすることは無いよ!君も優しいんだね。――ありがとう」

 

(バレるのは時間の問題、だなァ)

 

去っていく〈舜桜〉を見ながら、これからどうしたもんかと薫はため息を吐いた。

 

 

 

 




はい。
やっぱり伏線回収しきれませんでした。
追々、ですね…

ちなみに、総隊長が空座町に死神を置きっぱなしにしたのは一応薫の監視の意味を込めてです。イモ山さんにそんな器用なことが出来るのか…?
隠密機動に交代しなかったのは、そこまで心配してないからでしょう。きっと。
監視だろうなって事は薫も既に分かってます。それを総隊長の方も分かってます。”変なことしないよね?一応ね?”みたいな一手です。
今後説明する予定の無い設定でした。


後数話してから新章に入って行くつもりです。


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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