紫苑に誓う   作:みーごれん

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お気に入りが二桁に乗った嬉しさににやけてます。

ありがとうございます!



この土日は忙しくて更新出来なさそうなので、今のうちに…



対話

ディィィン――ディィィン――――

 

(今日は何だ…?)

 

そっと目を開くと、青い色が飛び込んでくる。ここは薫の精神世界だ。空と、海なのか湖なのか、ともかく凪いだ水面がどこまでも広がっている。ここには地面というものがないため動くたびに波紋ができるのだが、体が沈んでしまうということはない。深い深い水面の下を覗くと、わずかな恐怖心と多大な好奇心と、一種のあきらめが湧き上がってくる。それほどまでに、ここは殺風景だった。

 

『ようおいでなさいました。今日もお疲れのようですね』

 

青い着物で身を包んだ女性が薫の目の前に座っている。淡い色合いが、〈彼女〉の白い肌を一層引き立てている。纏められないまま腰の下あたりまで伸びている〈彼女〉の髪は緑色で、毛先の方には葉を象った小さな飾りがいくつもついている。どこからともなく風が吹くたび、その髪はさらさらと音を立てた。

 

ディィィン―――

 

薫の斬魄刀である〈彼女〉は、彼が話し出すのを待ちながら手に持った楽器を弄っていた。

 

「…今日は琵琶かい?」

 

『えぇ。良い音でしょう?』

 

「あぁ。君は何を弾いても良い音を出す」

 

『面白味が無いと言われているようですわ』

 

「そういうわけじゃァないよ。まァ、君が弾けずにあたふたするのを見てみたいという気持ちはないこともない」

 

『まぁ!ふふっ』

 

〈彼女〉がこちらを見た。髪の色と同じ、緑色の瞳が薫を映す。若草色から深緑色にグラデーションがかかっていて美しい。

一呼吸おいて薫が口を開いた。

 

「どうだった?」

 

何が、とも誰を、とも聞かない。

 

『皆様、嘘は吐いておられませんでした』

 

「そうか…ありがとう」

 

ここ二日で、あの事件の真犯人を見つけるために薫は四つの隊を回った。十三、十二、十一、そして十番隊だ。今回、本命は京楽の親友浮竹が率いる十三番隊と喜助が隊長を務めていた十二番隊だったわけだが、協力者がどこにいるか分からないため常に気を張っていた。たった二日でここまでとは、先が思いやられる。ともかく、〈彼女〉にも協力してもらって薫が接触した相手に不審な点がないかどうか見てもらっていた。あの事件の話題に触れた折、彼らがどう反応していたか…〈彼女〉が言うのなら間違いはあるまい。

 

 

『浮竹様は心根の真っ直ぐなお方なのですね。薫様が門にぶつかったとお聞きになった時、本当に心配していらっしゃいましたよ。どの言葉にも嘘やお世辞が一切ありませんでした。涅様も、ある意味そういうお方ですね。ただ、浦原様の後任というお話も少しわかりました。あの方のお心を理解して差し上げられるのは、浦原様のような方だけなのかもしれません』

 

「辛辣だね。涅マユリにも僕にも。これからは彼とも友好的でないといけないんだけどね」

 

『ふふっ!ひねくれ者同士、気が合うのではありませんか?』

 

「言ってくれるじゃないか。彼はともかく、僕のどこがひねくれ者なんだい?」

 

『だって薫様、貴方全然わたくしの名を呼んで下さらないんですもの。こうして頼って下さるのは大変嬉しいことですけれど、貴方が堂々とわたくしの名を呼んで振るってくださることに勝る幸福など、わたくしに有りはしないのですよ?本当の実力を隠し続けているなんて、相当な変わり者です』

 

そっと懐に入れてあるものに触れてみる。これは喜助が唯一形を持って薫に残したものだ。

 

「情報は知るものが少ないほどに価値がある。時としてその価値は本来の情報そのものを超えることだってある」

 

『わかっております。言ってみただけです』

 

「…まァ、いつまでも隠せるものじゃァないがね。現に今は副鬼道長になってしまった。もしもの時は、僕を助けてくれるかい?」

 

『勿論です!わたくしは薫様のためにいるのですから。ですが、無理はしないと誓ってくださいまし』

 

「ありがとう。無理も程々にしておくよ」

 

『約束ですよ?…また、いらしてくださいね』

 

「勿論。寧ろ、これからが本番だ。そうだろう?」

 

『はい。薫様の道に幸多からんことを』

 

目が覚める。自室で〈彼女〉と対話するのはやはり、邪魔が入らなくて良い。

〈彼女〉が何も言わなかったということは、後の二隊で会った者は僕の印象そのままなんだろう。

 

 

十一番隊の新隊長、更木剣八はこれまた嘘とか駆け引きとかとは縁のない人物のようだった。強い者と戦うためだけに全ての力を注いでいるような男だ。まさか会って数秒の者に切りかかってくるような事態があるとは…これからは被害にあった隊も訪ねるんだ。後ろから刺されるくらいの事態は想定しておかなくては。

副隊長の草鹿やちるは小柄ながら相当機敏で、身体能力も高い。あの様子なら、護廷隊一の戦闘部隊と言われているあそこでも十分やっていけるだろう。

 

 

十番隊は、事件前から隊長、副隊長が空席だったようだ。そのため、三席だった志波一心という死神に会ってきた。成程、上二席分の仕事を担ってきただけあって相当優秀なようだ。志波家の出身者とは…次の隊長は彼かもしれないな。何となく、人となりが昴に似ている気がした。

 

 

 

 

(明日は…九番隊からか…)

 

ふと見上げた窓の外は、夕日が見える時間だというのに雲に隠れて陰ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼道衆からの距離でいえば、十三番隊よりも九番隊の方が近い。だが、昴と十三番隊に行った日よりも九番隊の門の前まで来るのに時間がかかったような気がする。きっとこれが他の隊ならまだましだっただろう。あの事件で被害を受けた隊の中でも、ここは別格と言っていい。

 

隊長、副隊長のみならず、三、四、六席を失った。他隊に支えられてやっと機能している状態だ。

 

「鬼道衆副鬼道長、百目鬼薫と申します。東仙要殿にお目通り願いたい」

「お引き取りください」

 

門前払い、か。まァ予想はしていたが。しかし、この声…

 

「東仙殿ですね。わざわざ申し訳ありません」

「!お話しすることは有りません。謝罪の言葉など幾ら言われたところで、彼らが返って来るわけではない」

「僕がここへ来たのは謝罪のためではありません。これからの話をするためです。中に入れてはいただけませんか」

「………」

 

ズズ…という重苦しい音を立てて門が開いた。噂とは違い今日はマスクを着けていないようだ。サングラスを掛けているが、その閉じた瞼もその下の隈も、薫から見えた。

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、これからの話、というのは何でしょうか」

 

誰もいない道場の中に入ると、東仙要が口を開いた。ここに来るまでほとんど隊士を見なかった。隊士たちへの彼なりの気遣いなのだろう。

 

「あの事件で、あなた方護廷隊と我々鬼道衆の間に流れる空気は悪くなる一方です。特に鬼道衆は被害者と加害者両方を出し、恨み恨まれる状況になっています。これは護廷隊と鬼道衆だけの問題ではなく、瀞霊廷、延いては世のためにならないことだと僕は考えているのです」

「…」

 

理解()できる、という風に東仙は俯いた。

 

「世のために身を捧げるという目的が同じであるにも関わらず、これほど大きな蟠りがあっては、協力すべき時にそれができない。これは世の大きな損失だとは思いませんか?正義というものは、悪のために揺るがされることがあってはならないのです」

 

最後の台詞に、彼の瞼がピクリと反応した。

 

「…誰もが貴方のように理性的になれるわけではないのです。慕っていた上司を、部下を、喪う哀しみは貴方も知っているはずだ」

「えぇ。勿論です。すぐに理解していただかなくて良いのです。ですが、まず聴いていただくことが大事だと僕は思っています。お忙しい中、ありがとうございました」

「いいえ。こちらこそ、失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。正義を志すは我らも同じ。私も微力ながら、協力させて頂きます」

「…助かります」

 

 

 

 

 

 

 

九番隊の門を出て、ほぅと胸を撫で下ろした。東仙要は聡明な死神のようだ。理性と感情を切り離して冷静に分析できる者はそういない。

 

『…そうでしょうか?』

 

〈彼女〉が囁く。そうか…あの違和感は、やはり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その足で薫は八番隊に向かった。門の前に立って名乗ろうとしたら門が開いた。

 

「お待ちしておりました。百目鬼副鬼道長、中へお入りください」

 

小さな子供の死神が出迎えてくれた。隊舎内だからか、帯刀していない。身長は十一番隊の副隊長より少し大きいくらいだが、彼女のしている眼鏡も相まって大人びて聡明そうな印象を受ける。伊勢七緒という名らしい。薫を隊首室まで案内すると、彼女は帰って行ってしまった。扉を叩くと、中から間延びした声が聞こえてきた。

 

「どォ~ぞぉ~!入って入って~!」

 

薫一人しか入ってこないのを見て八番隊隊長、京楽春水は首を傾げた。

 

「あれ?七緒ちゃんは?」

「ここまで僕を連れてきてくださった後、帰って行かれました。お待ちいただいたようですみません。こんなことなら、連絡しておくべきでした」

「そうなんだ…あぁ、気にしないでいいよ~!浮竹が好きに回れって言ったっていうのは聞いてるからさ。でも、番号順に回ってるのは、そういう意味なんでしょ?」

 

その通りだ。いくら浮竹隊長からの紹介だとは言え、いきなり副鬼道長が来たら困るだろう。かと言って連絡を取ると、彼の好意を無駄にしてしまう。というわけで、一日に三隊ずつ、番号を遡りながら訪ねていくことにした。順番がわかってしまえば、いつ薫が来るかを気にせずにすむだろう。気を回し過ぎだったろうか…

 

「えぇ。お気遣いありがとうございます。改めまして、副鬼道長の百目鬼薫です」

「八番隊隊長、京楽春水です。ご丁寧にど~も!」

 

今後の協力関係の話を始めると、彼はすでに浮竹隊長から聞いていたようで快く了承してくれた。話が事件の方へと流れた。

 

「ウチはリサちゃん…あ、彼女はウチの元副隊長なんだけどね、その子が欠けちゃって、仕事が滞る一方なんだよ~…薫クンのところなんてもっと大変だったんじゃない?」

「そうでもありませんよ。うちの現大鬼道長は事務仕事の天才ですから。こうやって僕が外に出ていても向こうは通常運転でしょう。そういえばあの夜、副隊長が出立なさった後に京楽隊長は五番隊に顔を出していらっしゃったんですよね?何をなさってたんですか?三席の方に仕事を押し付けちゃァ駄目じゃないですか」

 

薫は、ちらりと春水の顔を見た。

 

「あぁ…実はちょっと気になることがあったんだよね~。気のせいだったみたいだけどさ」

「気になること?」

「うん。僕のカンってやつだよ。だから気にしないで」

「はァ…」

 

 

 

 

 

「ところで薫クンさ、読書は好きかい?」

「え?えぇ、まァ嗜む位には」

 

いきなり話がそれたため、変な声が出てしまった。京楽の方は相変わらずニコニコしている。

 

「じゃあ、お願いがあるんだけどさ、さっき君をここに連れてきた七緒ちゃんに月一回、本を読んであげてくれないかい?」

「伊勢殿にですか?何でまた僕なんです?」

「薫君は彼女が帯刀してなかったの見たでしょ?彼女は鬼道が抜群に上手いんだけど、それ以外が苦手らしくてねぇ。それなら鬼道を極めようと頑張ってるらしいんだよ。今まではリサちゃんが本を使いながら教えてあげてたみたいなんだけど、それもできなくなってしまった。副鬼道長の君なら、専門的なことも含めて彼女に指導してあげられるんじゃないかな~と思ったんだよ~!どうかな?八番隊と親睦を深める一環だと思って!」

 

確かにこれは願ってもない機会だ。具体的にどう各隊との繋がりを持っていこうかと模索中だった薫にとって、良いヒントを得られるはずだ。

 

「僕の方は鬼道に苦手意識があるんですが…まァ、彼女の習得状況にもよりますが、お引き受けしますよ」

「どぉもありがとう!副鬼道長なのに鬼道が苦手なんて、薫クンは変わってるねぇ」

 

 

以前、喜助に聞かれたことがある。何故鬼道を苦手に思っているのに、昴と同じ護廷隊に入らず鬼道衆に入ったのか、と。答えは簡単だ。護廷隊に入らなかったんじゃない。入れなかった。薫と昴が霊術院を卒業する年、鬼道衆への入隊希望者が十名を下回った。毎年、護廷隊への希望が大半だが、通常二十は下らない人数が鬼道衆を希望する。それでも人手不足なのだから、その年彼らは泣く泣く護廷十三隊希望者から何人かを引き抜いて入隊させた。引き抜かれ組のうち、一人がこうして副鬼道長を務めているのだから彼らの目は正しかったのだろうが、こちらとしては複雑だ。

 

「人生色々ですよ」

 

薫の言をどう受け取ったのかは分からないが、京楽は薫に対してニンマリと笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

七番隊では、小椿刃右衛門副隊長が待っていた。隊員の気持ちを考慮して中に入ることは断られたが、個人的にではあるが協力を約束してくれた。

 

門内に入れてもらえないのはこれが初めてだったが、薫にしてみればもっと色々なところでこうなると思っていたので、大して残念ではなかった。

 

 

 

 

 

 

(明日も中々大変そうだ)

 

自室に戻りながら一人、薫はため息を吐いた。

 

 

 




今回も読んでいただき、ありがとうございます!

矢胴丸リサ元副隊長と七緒の本読みの件は本編とは違う設定だと思います。
二人が読んでいたのは、実践的なのではなくもっと可愛い本だった様な気が…



次回、対ラスボスです。
主人公大丈夫かな…






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