紫苑に誓う   作:みーごれん

30 / 56
閑話その一です。
肩の力を抜いてお読みください。


変化

「花~、いるかァ~?」

 

特に用もなく、薫は四番隊に顔を出した。

現世行きまでまだ日数があったが、荷物も大分纏まってきた彼は、有り体に言えば暇を持て余していた。……現実逃避、が正しいかもしれない。

 

「薫さん!どうしたんですか」

 

奥からひょっこり顔を出した花太郎は、薫の姿を見つけると子犬のように駆けてきた。

 

「いや、どうしてるかなと思ってさ。まだまだ忙しそうだな」

「そうですね。幸か不幸か先日の騒動での犠牲者は中央四十六室のみでしたが、それでも大規模な戦闘の後ですから負傷者が多くて……」

 

ため息を吐いた花太郎の表情は、疲れ半分、諦め半分という感じだった。

 

「何だ?ただ疲れてるだけって感じじゃないな」

「ええ、まあ……負傷した十一番隊の隊士が、四番隊を馬鹿にして絡んでくるんですよ。配膳を運ぶのも一苦労なんです」

 

それを聞いて薫は眉を(ひそ)めた。十一番隊の隊士たちは、相変わらずのようだ。一体誰のお陰で彼らが戦い続けられていると思っているのやら…

 

ぐう、と薫の腹が鳴った。配膳の話を聞いたからか、単純に今が昼餉(ひるげ)時だからか、はたまた奥から配膳用の食事の良い香りがしてきたからか…はにかみながら薫が腹を押さえると、花太郎は笑顔になって薫の手を引いた。

 

「もうお昼ですし、良かったら薫さんもここで食べていきませんか?配膳用に沢山作ってありますから!」

「良いのか?許可もなくそんな事言ってしまって」

「許可いたしますよ?」

 

柔和そうな声の主は卯の花隊長だった。

彼女はにこりと薫に笑いかけた。

 

「例え貴方が総隊長に対して隊長どころか隊員となることさえしないと啖呵を切っていて、護廷十三隊に所属すらしていない()()()だったとしても、花太郎の身内も同然の貴方なら受け入れない理由はありません」

「…………やはり、遠慮しておきます」

 

何で?という風に花太郎が見てくるが、流石にここまで言われてお邪魔するわけにはいかない。普段察しの悪い薫も、今回ばかりは遠慮した。ところが、卯の花隊長は細めていた目を薄く開いて続けた。

 

「食べてお行きなさい、百目鬼さん。ただし、働かざる者食うべからずと言いますし、配膳の手伝いをして行ってくださいませんか?花太郎、貴方の担当の四号室と五号室の配膳を代わっていただきなさい」

「ええっ!だ、駄目ですよ!だってあそこは十一番隊の…いえ、薫さんにご迷惑をかけるわけには……」

 

成程、花太郎を困らせている困った輩たちの部屋だったらしい。だったら、ちょっと灸を据えに行ってみてもいい。

 

「そういう事でしたら、お手伝いさせてください。どれを運べばいいですか?」

「花太郎、ご案内なさい」

「は、はい……」

 

押し負けた花太郎は、不安そうに項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

味噌汁を零さないように気を付けながら、出来るだけ早く廊下を歩く。

 

「次は五号室っと…」

 

先程薫が覗いてみると、四号室はもぬけの殻だった。不審に思って近くにいた伊江村三席に尋ねたら、どうやら脱走されていたらしい。まァ、班目一角の個室だったと聞いて合点がいった。

 

「昼食をお持ちいたしましたァ!失礼しまァす!」

 

四膳を一気に抱えて戸を開くと、中に居た四人同時に薫を睨んできた。

喧嘩を売る元気があるならサッサと自隊に帰ればいいのにと思いながらも部屋に入ると、早速一人が突っかかってきた。

 

「ああん?何だテメエ?四番隊はやっぱどいつもこいつもひょろっちいなあ!」

貴方(アナタ)方のようにただ体を大きくしているだけでは四番隊は務まりませんから」

「何だとぉ!」

 

後の三人も続いて薫に文句をつけてくる。

しまった、料理を渡してから返答すればよかった。

 

「後方支援のくせに、口答えしてんじゃねえぞ!」

「そうだそうだ!いつもの隊員みたいに‘‘すみませぇぇんん‘‘って泣いときゃあいいんだよ」

「ぎゃははは!あれは傑作だったよなあ!」

 

花太郎の最近の苦労が目に浮かぶ。

はあ、と大人気もなく薫はため息を吐いた。

一人がずかずかとこちらに歩いてきた。

 

「テメエ、ここなら俺たちが手を出さないだなんて思ってねえだろうなあ?」

 

今にも胸倉を掴みそうな勢いだ。

ちらりと料理を見て、これを床に置く時間は無いな、と思った。掴まれたら味噌汁零れちゃうな、とも。別に彼らの食事が台無しになるのは構わない。自業自得だ。しかし食材が勿体ない上、これを作ってくれた給仕の方々に申し訳が立たない。なら…

 

「縛道の一、(サイ)

 

一応怪我人だから軽めに手の動きだけを封じた。だが霊力量からみても、簡単には外せないだろう。現に動きを封じられた隊員は表情が凍っている。

しかしそれに気付かない他の三人はお気に召さなかったらしい。

 

「縛道の一だあ?嘗めてんのか⁉」

「ちまちました手ェ使いやがって!」

「やんのかコラア⁉」

 

今度はしっかり盆を近くの棚の上に置き、薫は頭を下げた。

 

「すみませんでした‼」

「ああん?謝ってすむと思ってんのか⁉」

「いいえ。()()()()()をしてしまったお詫びに、ちゃんと対応させて頂きます。―――五柱鉄貫(ゴチュウテッカン)

 

‘‘縛道の一‘‘に不満を言った隊員に五柱鉄貫をかまし、後の二人に白打で当たる。怪我がどこにあるか分からないので、首筋に手刀を入れて瞬殺した。……勿論、気絶だ。五柱鉄貫を掛けられた隊員も、込められた霊圧に当てられて気絶している。

 

六号室に配膳しに行こうとしていた花太郎が通りかかった。

中の状況を見て、今にも盆を落としそうなほど驚いている。

 

「ななな、何やってるんですか、薫さん⁉」

「山田七席!申し訳ありません!」

 

唯一意識のある隊員に見せつけるように薫は花太郎に深々と頭を下げた。

 

「ええっ⁉どうしたんですか!」

 

少し頭を上げて、花太郎にだけ見えるように唇に人差し指を当てた。

花太郎にウインクして、薫は続ける。

 

「山田七席が、怪我人だからと今までその広いお心で受け流していらっしゃった罵倒に思わず手を上げてしまいました。本当に申し訳ありません!今後の精進の為、彼らが四番隊を退舎するまで私をここの担当にしてください!」

 

サーっと、最後の一人の血の気が引いていくのが分かる。喧嘩を売った相手―――卯の花隊長―――が悪かった。きっとこういう事を意図して薫にこの件を任せたのだろう。彼らにも良い薬だ。暫くは四番隊に近づく気も起きまい。

 

「ま、待ってくれ!悪かった!謝るから、それだけは勘弁してくれ!」

「‘‘ああん?謝ってすむと思ってんのか⁉‘‘でしたっけ?貴方方が仰ったんですよ?それに、私は山田七席にお願いしてるんです。貴方は引っ込んでいてください」

「ひいいいいいい‼」

「その辺にしといてやれよ、薫さん」

 

やれやれ、という表情で廊下から顔を出したのは一護だった。その後ろには死神代行メンバーが揃っているらしい。

 

「ったく、流石にやりすぎだろ…何だアレ?柱か?あれも鬼道とかいう術か?」

「そうだろうね。しかし、込められた霊圧と術を受けた側の霊圧の差が圧倒的過ぎて、最早憐れだな」

「ム……退かしてやった方がいいか…?」

「茶渡君、アレ退かせられるの?すごーい!」

 

順に一護、石田、茶渡、井上だ。彼らの怪我は既に回復しているが、仮宿代わりに四番隊を使っていると聞いた。どうやら近くの部屋だったらしい。

…というようなことを薫が考えていると、花太郎がもう限界、とでも言いたげに腕を上下にバタつかせた。

 

「薫さん!早く片付けないと、このことが他の隊員にまでバレちゃいます!」

「他の?あァ、四番隊は今大勢泊っているんだったな。片付けるよ」

「俺たちも手伝うぜ」

 

一護達と花太郎の協力の下、床に散らばっていた三人を寝台に乗せ、ついでに昼食の盆をその隣の棚に乗せておいた。

 

「薫さん!この方の縛道も解いてください!」

「わかった」

 

薫が縛道を解くと、その隊員は力なく倒れた。いつの間にか気絶してしまっていたらしい。

彼らが昼食を食べる頃には冷め切ってしまっているだろうなァと他人事のように彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……………あんこ?)

 

薫の思考が一瞬フリーズした。今、何か変な単語が聞こえなかったか?

ふっと息を吐き、苦笑する。

 

「…僕ァ思ったより疲れているのかな?今、井上殿が‘‘味噌汁にはあんこを入れる‘‘といったような気がしたよ」

「合ってますよ?その方がおいしいんだけどな~!」

 

現在、配膳を終えた薫は一護達と共に昼食を摂っていた。出汁の効いた香りのよい味噌汁を前にそんな発言が出てくるとは思わなかった。

 

チラッと男性陣を覗くと、皆井上を直視せずどこか明後日の方向を見ながら食事を進めている。

それに井上は気付いていないようで、ニコニコと話を続けた。

 

「ところで薫さん!」

「何かな」

「‘‘井上殿‘‘って固すぎませんか?折角ですし、もうちょっとラフな呼び方が良いな~なんて!」

「ラフに、か。そういえば、一護以外のフルネームってまだ聞いてないな。教えて貰っていいだろうか?」

「はいは~い!じゃあまず私から!井上織姫です!好きに呼んで下さ~い」

 

右手を左右に振って元気よく彼女は言った。

 

「‘‘織姫‘‘か。綺麗な名前だね。じゃァ、そう呼ばせてもらうよ」

 

薫の言葉に一護は少し驚いたようだった。

 

「すげえな、薫さん。井上のファーストネームを何の抵抗もなく呼ぶとか…」

「何か変か?名は体を表すとはよく言ったものだと思うけれど」

「そういう事を恥ずかしげもなく言える時点で変だと思うぞ」

 

苦笑しながらそう言った一護は、はにかみながら目を逸らした。

一護の隣に座っていた茶渡君が今度は口を開いた。

 

「俺は、茶渡泰虎だ」

「泰虎⁉いかついな。どう頑張ってもラフにとか無理じゃないか?」

「いや、別に無理にラフにしなくても良いんですけど…」

 

今度は石田が苦笑して言った。それに構わず一護は茶渡君を親指で指さした。

 

「仲いいクラスメートはチャドって呼んでるぜ。薫さんもそう呼んでみたらどうだ」

「チャド?へェ、お洒落な名前だな。じゃァそうしよう。石田君の本名は?」

「石田雨竜です。普通に呼んでもらって構いませんので」

「戦国武将みたいな名前だな。折角だし、雨竜と呼んでみようかな」

「なっ!何でそうなるんですか⁉」

 

ペシペシ床を叩いて異議を唱えている雨竜を見て皆が微笑した。

カタそうな名前の通り彼は真面目なのだろう。

薫は、銀髪緑眼低身長の隊長を思い浮かべてクスリと笑った。

こういうタイプを弄りたくなってしまうのは仕方ない。

 

(だよなあ?)

 

(アイツ)の声がした気がしたのは、きっと気のせいなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

一護達の皿も纏めて抱えて台所に向かうと花太郎が丁度出てきた。

 

「あっ、薫さん!わざわざすみません」

「これくらいしかできないからな。花が謝るようなことじゃない」

 

薫が笑って言うと、花太郎はホッとしたように胸を撫で下ろした。

 

「花?何かあったのか」

「いえ……僕が知っている薫さんはさっきみたいに好戦的じゃありませんでしたから、どこか違和感があったんです。でも、今はそんなこともないなって。優しい薫さんです」

 

それもそうだろう。薫はこの百年‘‘昴‘‘として振舞わねばならなかった。

声や姿形が同じだとか言うだけではすぐにボロが出てしまう。昴の思考を真似、そう立ち回っていたからこそ今回の一件を起こすことが出来た。

百年もそれを続けていれば、自ずとそれは薫にも染み付いていく。それが花太郎には違和感に感じたのだろう。

 

「僕ァ変わっちゃったんだな」

「百年もあれば変わるのは当たり前ですよ」

 

思わずこぼした言葉に返ってきた答えに薫が目を丸くすると、花太郎はふわりと笑った。

 

「でも、一番大事な部分は変わってない。薫さんはやっぱり薫さんなんですよ。優しくて、仲間思いで、強い、薫さんなんですよ」

 

 

 

こういうのは、困る。

無防備に何の前置きもなく薫の心に入ってくる花太郎の言葉に返す言葉を、薫は持ち合わせていなかった。

 

 

 

あァ、ありがとう、花。

君は全然変わらない。きっと、何物にも染まらないからこそ、君は僕とは違ったやり方で救いを齎して行くのだろう。

 

 

俯いた薫の背に、花太郎はそっと手を添えてくれた。

 

 

 

 




改めまして、人物紹介です。

百目鬼(どうめき)(かおる)
 男性死神。本作主人公。百年前、一ヶ月という短期間副鬼道長を務める。百年前の事件で死んだとされていたが、藍染によって嵌められたせいで身を隠していたことが判明。現在は野良死神のポジションを自称(尸魂界での役職を放棄)している。
 百年身元を偽っていたせいか、性格が多少曲がった。他者の死に関して異常なまでに敏感になっている。一方自身に関してはかなりルーズで、割と簡単に自分を切り捨てられる。虚に関しては斬る本質が罪を雪ぐという事実から斬ることに躊躇はない。
 ホイホイ卍解出来ないため、基本性能が高め。鬼道の苦手意識もまあまあ直した。他に比べるとちょっと不得手なくらい。
 追い詰めすぎると何するか分からない。基本は冷静&常識的。ちょっと抜けてるところがある自覚はない。
 容姿に関して作者は特に考えていない。ただ、そこそこ顔面偏差値高めで青年くらいのイメージ。

 斬魄刀:〈波枝垂〉…あらゆる波を掌握する能力を持つ。
 卍解:〈波枝垂尽帰塵〉…発動と同時に〈波枝垂〉の刀身が無数に表れ、震えることで周囲にある物体を悉く破壊する。広範囲無差別攻撃。



(たちばな)(すばる)
 本作ヒロイン。薫と幼馴染。百年前に他界。彼女が今後どう話に関わってくるのかは謎。というか関わって来れるのか自体謎。少なくとも主人公は昴以外になびかないことが予想される。
 百年前は十三番隊第十席だった。藍染に斬られて死去。
 さばさばした性格で、人間関係は広く浅くが基本だった。都には”高嶺の花”と称されており、密かに人気はあったらしい。細かい容姿は美人ということ以外設定していない。

 斬魄刀:〈氷華〉…斬りつけたモノの温度を自由に下げられる。薫に”今までで一番容赦の無い斬魄刀”と評された。



書き分けられるのか不安でいっぱいですが、頑張って行こうと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。