紫苑に誓う   作:みーごれん

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お久しぶりです。
やっとひと段落出来ました。
これからもよろしくお願いします!


第三幕 鈍(にび)た刃で仇は斬れぬ
来訪


一護が教室に入ると、井上が大きく手を振った。

チャドと石田も彼を認めると各々反応した。

 

「おっはよー!黒崎君!」

「ム…」

「おはよう。今日も能天気な髪で何よりだ」

「おう。ってか石田は一言余計なんだよ」

 

尸魂界から帰ってから数日後。一護たちの新学期が始まろうとしていた。結局あれ以降薫から音沙汰もなく、ただ雑魚虚を斬る日々が続いていた。

 

 

「ほれ、席に就け!ようし、皆揃ってるな?関心、関心!大島と反町がいないけど、あいつらヤンキーだから。まあ、良いか」

 

そんなんで良いのか⁉とブーイングが飛び交っている。

…だが、気のせいか?担任の越智先生の様子がいつもと違う気がする。

その一護の疑問は、すぐに解を得ることができた。彼女は名簿を閉じると教室の入り口の方をちらりと向いた。

 

「今日から一か月、このクラスに教育実習生が入ることになった。学校全生徒への通知は次の集会で行うがここには今日から入ってもらうから、顔と名前を覚えるように!」

「教育実習生ってことは、ピチピチの大学生っスよねえ!お姉さま?お姉さまに違いない‼」

 

騒いでいる一護の友人、浅野啓吾を無視して、越智先生が続ける。

 

「入っていいぞ!」

 

外で待っていた実習生が中に入ってくる。同時に、女子から黄色い声が飛び交った。いわゆるイケメン、と言う奴なのだが、まさか――

 

「アンタは⁉」

 

思わず立ち上がって指さした一護に彼は微笑み返した。またもや黄色い声が上がる、とかそんな周りが見える程、今の一護に余裕は無かった。

 

「本日から教育実習に入ります、百目鬼薫です。担当は古典です。宜しくお願いします」

 

真っ黒な死覇装…ではなくスーツに身を包んだ薫が満面の笑みで一礼した。

 

「何だ?黒崎、知り合いか?」

 

越智先生が不審そうに聞き返してくる。

しまった、どう説明すれば…

 

一護が固まっていると、薫が動揺もせずにさらりと言った。

 

「僕と黒崎君は遠縁にあたるんですよ。かなり前に一度会ったっきりでしたので、まさか覚えていてくれたとは思いませんでした」

「ああ、そういうこと。黒崎、まあなんだ、気持ちはわかるがあんまはしゃぐなよ?」

「えっ、いやっ、その」

 

越智先生は呆れたようにそう言った。どうやらこんな雑な説明でも納得したようだ。

一方の一護がしどろもどろしていると、薫はもう黙っていろとでも言うように首を振った。

 

「は…はい。スンマセン…」

 

席についても一護の頭の中は一杯一杯で、昼休みまで全然授業に身が入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「百目鬼センセ~!私たちと一緒にご飯食べませんか~?」

 

クラス中の女子からお誘いを受けている薫を遠目に見て、一護の友人の浅野啓吾は恨めしそうに声を上げた。

 

「なんだよう、ちょっと顔が良いからってチヤホヤされやがってよう…大体名前”(かおる)”って、中性的だよ!どっちだよ!」

「勿論男性ですよ」

 

声がした上の方を恐る恐る啓吾が向くと、薫はすみません、と話を続けた。

 

「僕、女性からこのようにお誘いを受けるのは初めてで…気に障ったなら謝ります。名前のことは、どうしようもないですけどね。幼馴染にもよく言われましたし」

 

申し訳なさそうに薫が首を傾げた。

素直に謝られて、啓吾の方があたふたしてしまっている。

 

「いや、あのっ、こっちこそサーセン!」

「な、何で君が謝るんですか?僕に悪いところがあるなら言ってください!あ、でも、空気を読めっていうのは苦手で…」

 

さっきの女子たちの誘いを断ってここにきたのなら、理由は一つだ。

一護は立ち上がると、啓吾を挟んで薫と向かい合った。

 

「薫さん、ちょっと良いか」

「えェ、黒崎君。僕も旧交を温めたいと思って来たんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか集合していた井上、チャドも交えて、一護は久しぶりに薫と対峙した。

 

「ふふッ!あの時の一護の狼狽(うろた)え様ったら、ルキアにも見せてあげたいくらい傑作だったね」

 

いきなり薫にそう切り出された一護は、不服そうに顔を逸らした。

 

「何の連絡もなくあんな事されりゃあそうなんだろ。ったく、それで、なんでアンタがよりによってここに――学校に居るんだよ⁉」

「折角の現世なんだ。楽しまなきゃ損だろう?それに、昼の(ホロウ)――特に修学中の虚退治はここから行った方が君らは安心するだろうと思ってね」

「どういう意味ですか?」

 

井上も疑問に思ったのだろう。昼に活動するなら、尚のこと学校関係者などになるべきではないはずだ。

だが薫はクスクス笑いながらはぐらかすばかりだった。

 

「細かいことは虚が出てからのお楽しみだよ。兎も角、学校に居る間の虚は全て僕の獲物、その後の分は分担という形にしようという提案だ。どうかな?」

「薫さんの方こそ大丈夫なのかよ?」

「なに、まだまだ僕ァ現役なんだぞ?何を心配されているのか分からんな。あァ、心配と言えば、僕に何か現世にそぐわない言動が合ったら後で教えてくれ。修正する」

 

真剣な表情の薫を見て、さっきの啓吾への対応はかなり切実なものだったらしいと知った。ルキアもそうだったが、駐在任務というものがあるなら現世に関する教育をすればいいのに、などと思う一護だった。

 

「ところで今って、薫さんは何処に住んでるんですか?」

 

井上が首を傾げながら言った。そういえば、ルキアは駐在任務だったくせに義骸に入ってるときは一護の家で生活していた。尸魂界から来た死神に宿とかは有るのだろうか。

 

「今は浦原さんの所でお世話になってるんだ。何か僕に用が有ったらそこに行ってくれればいい」

「……尸魂界側から宿の用意とかはしてくれねえもんなのか?」

「駐在任務なら無いねェ。今回は特例的に有ったのかもしれないけど、ゴタゴタしたせいでそういう説明全部聞かずに現世に来ちゃったから分からない」

「それでいいのかよ……」

 

この問題意識の低さは問題だと一護は切に思う。ちょっと前のルキアのように突然一人食い扶持が増えるのは、少なくとも現世では大ごとなのだ。

 

 

――この思考がフラグだということは御存知の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その時はやって来た。一護の持つ〈代行証〉が虚の訪れをけたたましく知らせている。よりにもよって、実習生の――薫の授業中だ。

 

教室を出ようと席から立ち上がると、薫は

 

「では、黒崎君。ここを答えてくれますか?」

 

と、当ててきた。にこりと一護を見た後、薫が黒板側へ向いたと思った次の瞬間、義骸から薫の魂魄が弾き出される。どうやらあの一瞬で義魂丸を飲み込んだらしい。

だが、あくまで義魂丸は義魂丸。薫じゃない。

 

(薫さん、何考えてんだ⁉義魂丸じゃ授業出来ねえぞ!)

 

そうこうしている間に彼は教室を出て行ってしまった。

完全に出遅れた一護は、さっさと薫を追いかけて事を終わらせようと決めた。幸い選択問題だ。適当に答えればいい。

 

「答えは…ええとっ、一番です!」

 

それを聞いた薫…の義魂丸は振り返ると、困ったように笑った。

 

「黒崎君、選択肢は”い・ろ・は・に”のうちの一つですよ?それに、”い”のつもりだったのなら残念! 大変惜しいです。これは、間違えた人も結構いるのではないでしょうか?」

 

(……は?)

 

目の前にいるのは薫の義骸に入った義魂丸のはずだ。

だが、見えてない者なら気づかないほど薫にそっくりに授業を進めている。

寧ろ見えている一護の方が変な感じだった。違和感がないことに違和感を感じるという意味不明なことになっていた。

 

その一部始終を見ていた内の一人、石田が眼鏡を上げながらもう片方の細腕を高々と掲げた。

 

「先生、質問してもよろしいですか?」

「どうぞ、石田君」

「十三行目の波線部ですが、他の文献ではこれを二つの助動詞だとして訳しているものがありました。何故こちらの訳になさったんでしょうか」

 

石田が敢えて切り込んでいく。だが一護からしたら義魂丸が変なことを言い出さないか気が気でなかった。井上の方はというと”すごーい!”と感心したように小さく手を叩き、チャドの方はいつも通り動じず動く気配がない。

え、ナニコレ、俺がおかしいの?

 

「そうですね。確かにここには諸説あります。詳しい話をここでしてしまうと時間が押してしまいますから、どうしても知りたければ授業時間外にお願いできますか。勿論、ここ以外にも本業の学者ですら意見が分かれていることは山ほどあります。僕の言ったことを鵜呑みにせずに、石田君のように疑問に思ったら他の皆さんも自分で調べたり、質問に来てくださいね」

 

見事な返しである。そうこうしている間に薫は戻り、結局石田の質問にもキッチリ答えていた。

その後薫が”大丈夫だっただろう?”という風な視線を送ってきたが、心労の掛かりまくっていた一護からしたら”何が『ここから行った方が安心できる』、だボケェ!”という殺気を出してしまったのは仕方のないことだ。

 

結局丸一日、一護は薫のせいで勉強どころではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薫さんの義魂丸ってすげえな。授業まで出来んのか」

 

放課後、偶々一緒になって一護と薫は帰り道に話していた。

今日あった諸々の鬱憤を晴らすのも面倒なくらい疲れた一護はそういう追及はしなかった。

 

「あァ、今日みたいな時のためにキッチリ仕込んであるんだ。しかし雨竜があんなにえげつない質問をしてくるとは思わなかったよ」

 

思い出したように冷や汗を拭う素振りを見せる薫に一護は驚いた。彼の行為そのものではなく、その前の発言についてだ。

 

「仕込んだ⁉すげえ…ウチにも義魂丸ってか改造魂魄がいるんだけど、そいつはもう自己中でうるさくてスケベで……最悪だぜ」

「ふふッ!会ってみたいなあ!そういう子もいた方が、世界は面白くなるんだよ?」

「やっぱ薫さんは人間出来てんな~」

 

人間じゃないが、と薫が返すと、表現だと一護はむくれた。結局、薫はコンに会うため黒崎家に訪れることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在薫は一護と共に黒崎家前に居た。

扉に手を掛けた一護が思い出したように薫に振り返る。

 

「てか、良いのか?仮にも()()が個人宅に出入りしてよ?」

「当り前だろう?だって僕ァ君の()()だぞ?」

「……本当に大丈夫か?」

 

一護の眉間の皺が深くなったが、薫が一向に気にしていないのを察して彼は諦めた様に扉を開いた。

 

 

 

お邪魔します、と一護に続いて薫が中に入ると、一護に聞いていた妹二人はまだ帰っていないらしい。父親らしき人物が近づいてくる足音がした。全力疾走しているようだ。

 

「おっかえりー、い ち ごふう⁉」

 

いつものことのようで、飛び蹴りに来た父親を一護は容赦なく回し蹴りした。

派手に顔が壁にめり込んだのを見ることもせず一護が溜息を吐く。

 

「ったく、今日は客が居んだから静かにしろよ」

「客ぅ?まさかお前、カワイ子ちゃんを連れ込んだりしてねえだろうなあ?どこに―――」

 

薫と目が合った。その顔は―――

 

「ふうん、なんだあ、野郎かよ。見て損した」

 

――志波隊長⁉

 

薫を見ても、彼は何を取り繕うこともなく興味を失ったように引っ込んでいった。しかし、あれはどう見ても…

そこで彼は思い当った。薫は結局百年前に三席だった彼と一度会っていただけだ。その後、彼が隊長を務める間接していたのは”昴”だった。薫の顔を彼が忘れているのも無理はない。

 

「一護、ちょっと君の父親と話をつけてくるよ」

「ああ、遠縁って話か?俺の家族は単純だから、すぐに話は纏まると思うぜ」

「…どうかな?あァ、君は先に部屋に行っててくれ」

 

一護が階段を上がっていくのを見ながら、薫の表情は真剣なものへと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

志波一心――今は黒崎一心か――に近づきながら、本当に彼の正体を掘り下げるべきか薫は悩んでいた。もしかしたら彼は今回の一連の事件を何も知らないかもしれない。

いや、そうだとしたら、尚のこと確かめなければ。

 

〈彼女〉を振るっているうちに、大体の者に対してならその仕草や表情で少なくとも相手が嘘を言っているかどうかは分かるようになった。だから斬魄刀を使えない義骸に入っていてもなんとかなるだろう。

誘導尋問みたいなことは嫌いなんだが、と薫は苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと良いですか?」

 

薫はそっと一心に声を掛けた。偶々今の院内は暇らしく、彼は快く応じてくれた。

 

「ああ、アンタさっきの一護の連れか。そういえば、名前を聞いてなかったな。名前は?」

「黒崎君のクラスで教育実習生をしている、百目鬼薫と言います」

「百目鬼 か、おる…?」

 

彼の顔が真っ青になっていく。これなら〈彼女〉を使うまでもなかったな、と薫は追い打ちをかけた。

 

()()()()、こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」

 

薫は、百年以上生きている死神からすればちょっとした有名人だ。それもそのはず、錯乱して同士討ちなぞ護廷十三隊の千年以上ある歴史の中でも皆無に等しい。

この裏には刑軍が不穏分子を片っ端から蛆虫(ウジムシ)の巣という収容所に入れて飼い殺しにしていたという事実が有るのだが、刑軍というか隠密機動の総司令と軍団長だった夜一も喜助もそれを薫に言う機会が無かったから薫は知らない。

 

何はともあれ、そんな惨劇を起こしたとされる張本人がそこに立っているのだ。

この反応から察するに、一心はまだ直近の尸魂界の状況を把握できていないらしい、と薫は冷静に観察した。

 

「お前こそ、一体――!一護に何をするつもりだ⁉」

 

いきなり胸倉を掴まれた。

成程、一護が死神の力を得ていることはもう知っている、と。

 

「彼は死神の力を譲渡された者ですから。監視及び抹殺の係が来るのは当たり前でしょう?」

 

一心の目が揺れる。手が握られる。

この反応は――――

 

 

 

ピリリッ、ピリリッ  ピリリッ、ピリリッ

 

 

 

無機質な機械音で緊迫した空気の弦が揺れる。

 

一心に胸倉を掴まれたまま薫はそれに出た。この電子音はこちらに着いてから喜助に貰った伝令心機もどきの着信音だ。直接電話が掛かることは珍しいと聞かされていたから取った方が良いと判断した。それを見て一心も動きを止めた。

 

いつも通り軽い調子の声が聞こえる。

 

『もしもぉーし!あ、百目鬼サンで合ってますか?』

「えェ、浦原さん。何か緊急案件ですか」

『まあ、そっスね。貴方今、どこにいるっスか?』

 

このタイミングで彼から掛かってきたことを考えると、どこかから見られていたのだろう。そういうところは本当に変わっていない。

 

「黒崎家です。今取り込み中なので後にしていただきたいんですが」

『まあまあ、そう仰らずに』

「この件には貴方が噛んでいたんですね。困った人だ。志波隊長が失踪した時の十番隊の動揺っぷりは目も当てられなかったんですよ?」

 

それを聞いて、一心の瞳が揺らいだ。

 

『…分かりました。それについては、きちんとご説明します。ですから、この通話をそのままにして一心さんに代わってもらえないっスか?』

 

少し溜めてから確認してみる。ささやかな威圧だ。

 

「それは命令ですか?」

『いいえ?これは僕の個人的な頼みっス』

 

逡巡の後、渋々ながら薫は一心に代わった。受け取った彼は、何やら騒がしく口論している。

暫くすると、一心はすまん、と言いながら薫を離して既に通話を終えた電話を返した。彼もまた喜助から話を聞くのだろう。

懐にそれを仕舞いながら薫は彼に背を向けた。ふと用件を思い出して首だけ彼の方へ向ける。

 

()()()()、僕と一護は遠縁で大分前に一度会ったきりという設定ですので、口裏合わせをお願いします」

「……ああ」

 

にこりと笑いかけたが、顔を逸らしていた一心には見えなかったようだ。薫は特に気にせず一護の部屋へ上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薫が扉をノックすると向こうから一護が開けてくれた。

 

「あァ、ありがとう。”VIP待遇”ってやつだな!知ってるよ」

「別に、そんな大層なもんじゃねえよ。随分時間が掛かってたが、大丈夫なのか」

 

不安そうに一護が薫を覗いてくる。彼は家族に心配をかけたくないのだろう。優しい奴だ。

 

「大丈夫だ。ちょっと話を盛り過ぎてな。言いたいことは伝わった」

「本当に大丈夫なのかよ…?」

 

一層不安げになった一護に、飛び蹴りをするライオンのぬいぐるみを薫は見た。思わず目を擦ってからもう一度見ても、ぬいぐるみが動いていた。義魂丸が入っているらしい。こんな器でも動くのか…

 

「オイコラ一護テメエ!紹介したい奴ってこいつか⁉こいつなのか⁉くそう、オメーが思わせぶりな態度をとるから、ルキア姉さんみたいな俺の癒しを捧げる気になったのかと思えば、漢か!しかも顔の整った男かよう!こんな、全冴えない男に対する敵みたいなやつを連れてきやがって……」

「お前今、さらっと自分が冴えない男って認めなかったか?てか、そいつらを敵に回してんのはオメーの方だよ」

 

そのやり取りを見て、薫はクスリと笑った。

 

「なんだ、仲が良いようで何よりじゃァないか!」

「「どこがだ!」」

 

その時、一護の代行証と薫の伝令心機もどきが同時に鳴った。画面を見て顔をしかめた薫を見て、一護が首を傾げる。

 

「どうしたんだ、薫さん?」

「……いや、何でもない。一護、君が向かってくれるか?僕ァ野暮用が入ってそっちに行かなきゃならなくなった」

「いいけどよ……じゃあ、コン!久しぶりに体を貸してやる。くれぐれも変なことすんじゃねーぞ」

 

そう言って体から抜け出した一護は、また明日、と薫に手を振って出て行った。

薫もまた目的地へ向かうため腰を上げた。

 

「じゃあ、コン君。くれぐれも彼の体を頼むよ?」

「はいは~いっと!」

 

あれは絶対部屋に居座ったままなんてことは無いなと思いつつも薫は部屋を出た。下に降りると一心の姿がない。妹もまだ帰っていないようだ。

 

(しまった、どうする⁉ここで家を空けたら空き巣に在ったりしたとき対処できないじゃァないか!)

 

急いで一護の部屋に引き返し、窓から飛び出そうとしているコンを引き留めた。妹が帰るまで家から絶対に出ないように、と脅しておく。勿論、脅し文句は「このことを一護に言われたくなければ……」というやつだ。

 

一護の家を出ると、薫は真っ直ぐに浦原商店に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと!ふうっ、今日は何か多いな」

 

昇華していく虚を見ながら、一護はため息をついた。

これは別に、ヘバッたとかそんなんじゃない。

 

にしても今日は何だか虚が多い。夕方に家を出たが、もうすっかり暗くなってしまった。

一護が帰ろうと振り返ると、アフロ頭の死神が立っていた。何者だ何だと騒ぐから代行証を見せると、

 

「代行証⁉そんなものは見たことも聞いたこともないこうしょう!あーっはっはっは!」

 

―――この反応。

 

「なんだこれ、全然役に立たねえじゃねえか!」

 

呆れながら代行証を見ていると、不意に後ろから殺気を感じた。

 

「はっ」 「⁉」

 

刀と刀がぶつかり合い、鈍い金属音を立てる。相手の霊圧に呼応して自分の霊圧も上がるのが分かる。それに当てられてさっきの死神が吹っ飛ばされたが、それに構っていられない。

 

「テメエ、その制服、ウチの高校の生徒か!そいつは…斬魄刀⁉何者(ナニモン)だ!」

 

しーっ、とその男は一護をなだめる様に人差し指を唇に当てた。サラサラの金髪を前髪と後ろ髪でそれぞれ同じ高さに揃えてある。所謂おかっぱ頭だ。

 

「あんまし騒ぎなや、黒崎一護。お前みたいな霊圧の奴がそない簡単にざわついたらあかん。世界に響いて勘付かれるで?」

「何で俺の名前を知ってやがる!ってか、勘付かれる?誰にだ」

「誰に、やと?そこまで言わな分かれへんのんかい、ボケが」

 

周りに現れた複数の虚を確認した彼は、面倒くさそうに言った。

 

「来よった…見てみい、言わんこっちゃない。おんどれが霊圧ガタガタさせよるからやぞ?」

「一体テメエは何者だって聞いてんだよ!」

「難儀なやっちゃのう。そない俺がナニモンか気になんのンかい。しゃあないのォ」

 

そう言うと、彼は頭の少し上に手を掲げた。そこに一護の視線が行くと、徐々にその手に仮面が――虚の仮面が出現した。

 

「虚の…仮面…!」

「俺の名前は平子真子(ひらこしんじ)。死神から虚の領域に足を踏み入れた者。仮面の軍勢(ヴァイザード)、言うてお前の同類や。俺らンとこへ来い、一護。お前はそっち側へ居るべき人間やない」

 

その時、一護は巨大な二つの霊圧が今にもぶつかろうとしているのを感じた。

考えるより先にそちらへと体が動く。

 

「って、ああああ!待てぇ、コラ、どこ行くねん、一護!まだ俺、話の途中やぞ!」

「断る!」

「まだや言うてるやろ!」

 

それを聞くと、一護は一旦止まって平子に振り返った。

どんな顔になっているのか自分でも分からない。どんな顔をしていいのかも…

 

「いいんだよ、話の内容なんか。オメーらのいう仮面の軍勢ってのがどんな組織だろうが、俺はオメーらの仲間になる気はねえんだからよ」

 

平子と一護は睨みあったが、その重苦しい沈黙は一護のふり絞るような一言で断ち切られた。

 

「俺は……死神だ!オメーらの仲間じゃねえ!」

 

自身に言い聞かせるようなその言葉は、その場を離れても重く一護の心の中にこびり付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズズン…

 

重い重低音と主にビルほどもあった虚が倒れ、昇華していく。

刀を納めた黒い人影に、帽子を目深に被った男が下駄を鳴らしながら歩み寄った。

 

「心は、晴れましたか」

「…まあまあだ。元々言うほど恨んじゃいねえんだよ、あんな虚のことは。俺がこの二十年の間で欠片も晴れねえほど恨んでることがあるとすれば、そいつはあの夜真崎を救えなかった俺の無力だけだ」

 

妻の仇を一刀両断にした一心は、複雑そうな面持ちで喜助に返していた。喜助に渡された霊圧を遮断するコートを着て少し離れたところからそれを見ていた薫は、この空気の中どう出て行こうか悩んでいた。今の虚もどき――…一心は”あらんかる”と呼んでいた――が彼の妻の命を奪っていたこと、過去に一護が対峙して取り逃がしていたことくらいしかまだ説明を受けていなかったから、どう声を掛けていいものか分からなかったのだ。

そうやって悩んでいたのに、喜助はそれを意にも介さない様子で声を上げた。

 

「さあ、ここから引き揚げますよぉ!黒崎サンが真っ直ぐこちらに向かってます。百目鬼サンも、いつまでそこにいるつもりっスか?」

「百目鬼⁉アイツも来てたのかよ!」

 

一心が露骨に眉を寄せる。そこまで毛嫌いされると、薫だって傷つく。

薫はコートのフードが脱げないように片手で抑えながら二人の方へ駆け寄った。

 

「その言い方は無いでしょう?僕が何したって言うんですか」

「恐喝と誘導尋問に決まってんだろ!浦原、後でちゃんと説明してくれるんだよなあ?」

 

恐喝はともかく、誘導尋問はその通りなので言い返せない。言葉に詰まった薫を見ていつも通りの笑みを顔に浮かべながら喜助は一心に答えた。

 

「勿論っス!取り敢えず、浦原商店(ウチ)に来てもらいましょうかね。ああ、コンサン、今日目にしたことはくれぐれも御内密に」

 

呆然と地面に転がっていたのは、一護の改造魂魄が入った身体だ。一護と間違われてさっきの虚に追われていた。一護の父親が死神だったことが今でも信じられない、というように彼は頷いた。

 

 

 

 

 

 

一護がそこに辿り着いた時には、そこに居たはずの人物の名残すら消え去ってしまっていた。

 

 




暫くは日常の様な日常じゃないような回になります。
作者は暗いイメージがあるのでサクッと終わらせて原作で言う所のの虚圏救出編に行きたい気持ちで一杯です…

まあ、章の名前からお分かりのように全体的に主人公は散々な目にあいます。後半に集中してますが…
頑張れ主人公!負けるな主人公!

ちなみに章の名前について
(にび)た”という読みは普通しません。”鈍色(にびいろ)”というものは有りますので、そこから取らせていただきました。意味は文字の通り受け取っていただければ大丈夫です。



今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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