紫苑に誓う   作:みーごれん

35 / 56
昨晩投稿する予定が、寝落ちました。
不覚…


反発

「おっかしいっスね~?」

 

喜助にも異変は認められなかったらしい。薫の斬魄刀は何故か現在沈黙を貫いていた。

 

「そんな気ぃ落とすなって。ほら、さっき切ったリンゴ。食うだろ?」

「イチゴも…ありますよ」

 

ジン太と(ウルル)が薫に果物を持ってきてくれた。年端もいかない子供たちに慰められるいい大人…情けないこと極まりない。

 

「ありがとう、二人とも。いただくよ。しかし済まなかったな、折角下りてきてくれたのに始解を見せてあげられなくて」

「別に、そこまで気になってたわけでもねえし!」

「もう、ジン太くん!薫さん、私たちのことは良いんです。心配してくれて、ありがとうございます」

 

薫が謝ると、二人は各々返してくれた。ジン太も、ああ言ってはいるが薫を気遣ってのことだろう。二人とも心優しい子たちだ。

落ち着いてきた薫は喜助が結論を出すまで二人が持ってきてくれた果物を食べて待っていた。暫くすると、喜助が薫に向き直った。

 

「貴方の斬魄刀に異常は見られません。霊圧は安定していますし、以前と変化したところも外見上には見られません」

「そうですか…」

 

そんな予感は薫にもしていた。だから驚きはしなかったが落胆した。

これからどうすれば…

 

「何ともおかしな話っスね。つい数時間前には振るえていた刀が今は使えないとは。こんな話は今まで聞いたことがありません。状況から判断するなら、中身の問題かもしれませんね」

「中身…」

「ええ。百目鬼サン、一度〈彼女〉と対話してみてくれませんか?」

 

思えばいつからやっていないだろうか?暫くバタバタしていたから、〈彼女〉の声に耳を傾けるという発想自体が薫の頭の外から追い出されていた。

 

「やります。可能性があるなら」

 

鞘から引き抜いた白銀の刀身が光った。

 

 

 

 

 

 

 

(ピアノ……とか言う弦楽器の音だ)

 

目を開くと、目の前には大きくて黒いピアノが一台置いてある。しかしその椅子に奏者はいなかった。椅子の方に回ると、鍵盤だけが動いている。音楽に疎い彼には何の曲か分からなかった。ただ、いつもの繊細な演奏に比べて今日は些かささくれ立ったような感じがする。

 

「どうして、姿を見せてくれないんだい」

 

『…………』

 

「君の力を借りたいんだ。これからの戦いで少しでも多く救うために」

 

『…………』

 

「駄目かな…やはり僕が君に頼りすぎて、負担をかけてしまっていた?」

 

『…………』

 

「何を直せば、君ァ許してくれる?」

 

『……何故、わたくしが”許す”のです?』

 

「”何故”?僕に不満があるから沈黙していたのだろう?だったら、それに気付けなかった僕ァ償わなければ」

 

『わたくしにとって大切なことは”許し”ではありません』

 

「では何だい?」

 

ピアノの音が止むと同時に〈彼女〉の姿が現れる。初めて見る真っ赤な着物だ。まるで、今の〈彼女〉の瞳の奥の様な…怒りを体現したような…

 

『貴方が生きていてくださることです』

 

「!」

 

一呼吸置くと、〈彼女〉は堰を切ったように訴えかけた。

 

『負担などありません。この百年ずっとお側で使い続けていただけたこと、大変光栄なことです。これからとて、きっと貴方の為なら…貴方が生きていてくださるならわたくしは何だっていたしましょう。しかし貴方はあの時――藍染を討ち果たさんとした時、他ならぬわたくしで貴方を殺させようとした。今とてそうです。このままわたくしが無尽蔵にお力添えを続ければ、いずれまたあんなことになります。そうなるくらいならわたくしは貴方に留まって安らかに在っていただくために、貴方に力をお貸ししたりしません』

 

一通り話し終えた〈彼女〉を見つめ返す。瞳に湛えられていた怒りはいつの間にか哀しみへと変わっていた。

 

「矛盾、だね。君はあの後確かに”昴のために戦う”ことを選んだ僕に異論は無いと言っていなかったかな」

 

『‼…………』

 

〈彼女〉の瞳が揺れる。動揺したのだ。

 

「ふふッ!異論は無い、なんて、えらく見栄っ張りな嘘だねェ。つまりは、こっちが君の本心なんだろう?」

 

『…はい。薫様、戦線から離れてくださいまし』

 

〈彼女〉の着物はいつの間にかいつもの青い色に戻っていた。両手を自身の胸の前で交差して重ねて、懇願するように薫に言った。本心からの言葉なのだろうが、その心の奥に諦めが隠れているのを薫は見逃さなかった。

 

「百年という時間は死神にとっても短くはない時間だ。その間ずっと僕を支えてくれたこと、本当に感謝しているよ。藍染を討とうとした時のあれは、一時の気の迷いとはいえ君には悪いことをしたと思っている。済まなかった。そしてここまで共に来てくれた君だからこそ、もう分かっているだろう?僕が引き下がるはずがないと。たとえ君がそれを理由に僕を見限ってしまっても、僕ァ行くよ。戦うって決めたんだ」

 

それを聞くと〈彼女〉は、そっぽを向いてしまった。

 

『薫様は…いつもわたくしの心配をより深刻にする方に事を運んでしまわれるのですね』

 

その声は、先ほどまでの様な憂いを含んでいなかった。

 

「僕がこういう奴だってことはもう分かっていただろう?」

 

『ええ、ええ!勿論です!いつも、その心配をよそに貴方は飄々としていらっしゃる。理解に苦しみます』

 

「厳しいなァ!でも、何だかんだでいつも君ァ僕の唯一の理解者であり支援者であり同志でいてくれた。感謝してもしきれないよ」

 

彼女が顔だけこちらに向ける。長い髪の隙間から白いうなじが珍しく覗けた。

 

『もうお終いの様な言い方をなさいますね。意地悪な方!わたくしが何を考えているか、もう分かっていらっしゃるくせに』

 

痛いところを突かれた。確かに、薫の望む言葉を〈彼女〉に言わせるように誘導してしまっていた。薫は苦笑すると、すぐに真剣な表情に戻った。

 

「それもそうだね。卑怯なやり口だ。僕から言わなければね」

 

〈彼女〉の前にゆっくりと回って跪く。

片膝をつき、着いた膝の前に握った拳を置く。立てた足の(もも)にもう片方の手を軽く乗せ、〈彼女〉を見上げた。

 

「〈波枝垂〉、この百目鬼薫にその力を貸してほしい。藍染を討つ、そのために」

 

〈彼女〉はゆっくりと目を閉じると、ふうっと短く一息吐いた。そして再び目を開く。長い睫毛が僅かに露を抱えている。

 

『―――わたくしに出来ることならば、今度こそ、喜んで。薫様、御武運を』

 

「君がいてくれるなら、運など関係ないだろうさ」

 

薫の言葉に一時彼女は目を大きく開いたが、一呼吸の後に目を細めた。

 

『お上手ですこと!さあ、浦原様達がお待ちかねですよ。…薫様を心配なさっています』

 

何故最後の一言を付け加えたのかと考えて、薫に思い当る節があった。

 

「全く、君って子は…それもあって僕をここに呼んだね?」

 

『ええ。貴方はすぐに無理をなさいますから。これで少しは自制してくださるかしら?』

 

(したた)かになったことだ。百年前より君は少しばかり強引になったね」

 

『貴方は変わりません。…良くも悪くも。貴方の身を案じるのは最早わたくしだけではない事をお忘れなきようお願いいたします、薫様』

 

〈彼女〉が薫に微笑みかける。まだ心配は残っているのだろうが、〈彼女〉の覚悟も決まったらしい。もう薫を強く止めはしない。さればこそ、きちんとそれに応えなければ。

 

「あァ。行ってくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、大丈夫かよ⁉」

 

ジン太の顔が薫の目の前にあった。口元にぬるりとした液体の感触がある。薫はそれを拭うと、笑顔で言った。

 

「大丈夫!それより、見たがっていた始解を見せてあげよう」

 

そう言うと薫は刃禅を解いて立ち上がった。斬魄刀を引き抜いて先ほどのように構える。

 

「さざめけ、〈波枝垂〉」

 

長さの違う金属の棒が持ち手近くで繋がっている、折れた音叉の様な形が現れる。

久しぶりにちゃんとこの姿を見たような気がする。

おかしな話だ、と微笑みながら薫はジン太と雨のために〈彼女〉を振るった。二人が喜びそうなものは一つだ。

 

「二ノ型――陽炎」

 

途端に辺り一面が暗闇に包まれた。熱くも寒くもない、何もない空間――

その中には、いつの間にか無数の光が漂っていた。

様々な色で、あるものは蛍のように、あるものは流星のように、またあるものは星のように煌々と輝いた。

 

「すっげえ…!」 「綺麗…!」

 

感嘆の声が二人から漏れた。喜んでもらえたようだ。

目が傷まないようにゆっくりと明るさを戻すと、二人ははしゃぎすぎて疲れたのか眠ってしまっていた。雨がどうかは分からなかっが、ジン太は飛んでいる光を追いかけまわしていたようだったから。

 

 

 

「……どうでしたか」

 

子供二人に膝枕を差し出している喜助が口を開く。これだけ聞けば、薫は何を話すべきか理解するだろうという雰囲気だ。

 

「〈彼女〉に”戦わないでくれ”と言われました」

「それで?」

「”僕の意思は変わらない、それでも力を貸してくれるか”と。許してくれました」

 

”それで?”と言いたげに喜助が帽子を軽く持ち上げた。ここで黙っておくのは今後のために得策ではない、か。

 

「刃禅中に僕ァ血を吐いたみたいですね。別に〈彼女〉と中で闘ったりしたわけじゃありません。もう数えるのも面倒になるほど前からなんですよ、これは」

 

薫は〈波枝垂〉を戻し、鞘に納めると喜助の前に座った。

 

「もう長いこと患っています。僕ァもうそう長くはないでしょうね。藍染との決戦にはまだ万全でいられるはずですが」

「…井上サンの〈舜俊六花〉はどうなんスか」

「僕の状態を治すのは無理だと〈六花〉の一人に言われました。織姫はこのことは知りません」

「……そうですか。百目鬼サン、このことはここだけのお話に。勿論、総隊長にも知らせないでいてくれませんか」

 

喜助の真剣な表情に、薫は思わず噴き出した。

 

「ブッ、ハハハハ!僕が総隊長に⁉なんでそんなお互い面倒なことをしなくちゃァいけないんです!僕は護廷隊士でも鬼道衆でもない、謂わば野良死神ですよ?それに、アレのほとぼりが冷めるまでは彼と接触したくないですしね」

「貴方ってヒトは…ところで、”アレ”ってのは‘橘昴‘の件ですか?」

 

勿論薫が昴として護廷十三隊を欺き続けていたことも尸魂界に戻りたくない大きな理由の一つであるが、総隊長に目通りを願うだけなら彼はもうそれを許していたからそれ程苦ではない。問題はもう一つの方だ。

 

「いえ、どちらかというと別の理由の方が大きいです。実は僕ァ現世に来る直前まで王族特務に追われてたんですよ」

「……何をしたんスか」

「悪いことは何も。霊王が僕に興味があるから来い、みたいに言われたので断ったら追われました」

「ほう…よく逃げ切れましたね?」

 

興味深そうに喜助が昴を覗き込んだ。彼もまた、王族特務を知っていたようだ。

薫は不敵に笑いながらお手上げのポーズを取った。

 

「お察しの通り、真っ当な勝負なんてしていませんよ。〈彼女〉の力で幻影を映してました」

「幻影?誰に仕掛けたんですか」

「確か、兵主部一兵衛(ひょうすべいちべえ)修多羅千手丸(しゅたらせんじゅまる)という名前だったと思います」

「それはあり得ないっス」

 

そう言うと、喜助は再び真剣な表情になった。

 

「特に、兵主部一兵衛の異名は”真名呼(まなこ)和尚(おしょう)”――モノの正しい名を見抜く目を持っている。彼に幻影の類は無効のはず。それでも貴方は彼を欺いたって言いたいんスか?」

「誰も、幻影だけとは言っていないでしょう」

 

薫は一瞬躊躇(ためら)ってから言った。

 

「あれには僕の…魂の欠片を込めてあったんですよ」

「どういうことっスか?」

「僕が作ったのは幻影よりも分身体に近いモノだったということです。魂の一部をちぎって虚像に埋め込んだ、ね。余程の力を持った死神を騙す時にしか使いませんが」

 

藍染に幻影を見せた時もこれを使った。かなりの精度で薫にそっくりの存在を作ることができるが、失った魂は回復が非常に遅いためにそう何度も使えない。

 

「魂をちぎる?そんなことが可能なんスか」

「えェ。四十六室にばれたらマズイ類のものですから御内密に」

「禁術って奴ですか。そう言えば百目鬼サンは副鬼道長だったんスよね?何処まで使えるんスか?」

 

鬼道衆は護廷十三隊とは別組織であったため、階級の区分が護廷隊のそれとは違う。大鬼道長、副鬼道長と上二人が続き、その下に班長が細かい分類に基づいて分けられる。大きく分けると戦闘向きの部隊の機動班、大規模な行事(処刑なども含まれる)を担う祭祀班、新たな鬼道の探求及び既存のものの改良を行う研學班となる。

 

そして役職が上がるごとにその資格を持つかどうかについて当然基準を設けられる。

班長になるためには、八十九番以下の破道、縛道の修得が求められる。部下の鬼道が暴走した際、反鬼相殺――同量、同質、逆回転の鬼道をぶつけて鬼道同士を相殺する技術――によって周囲及び班員の命を護れるようにするためだ。

では副鬼道長以上はどうか?それは、護廷隊で言う所の卍解の修得のようなモノ――禁術の会得が必須条件となる。

中央四十六室によって定められた禁術は五つ。副鬼道長はその内の三つ、大鬼道長は全ての禁術を扱えなければならない。そしてその修得は大鬼道長または副鬼道長の指導の下で行われる。指導といえば聞こえはいいが、結局のところ禁術を扱える人間の把握及び管理を行うためのシステムだ。

 

薫が百年前、いやいやながらも副鬼道長になった理由はここにあった。当時、副鬼道長の資格を満たしていたのは彼だけだった。わざわざ適材がいるのに空席にしておくわけにもいかず、その席に薫は座らざるを得なかった。

 

「依然三つしか扱えませんよ」

「禁術なんスから三つでも十分凄いっスけど…そんじゃ、何が出来ないんですか」

 

五つの禁術とは、”時間停止・空間転移・時間回帰・空間回帰・魂魄截取”だ。最後の一つが薫が行った術で、魂魄を切り分けて分離するモノである。倫理的な面で禁術とされた。後の四つについては、倫理面ではなく術の難易度から指定されている。暴発した際のリスクが高すぎるのが特徴だ。しかし場合によっては大鬼道長、副鬼道長の権限で行使しても罪に問われない規定もある術でもある。百年前の鉄斎は状況が状況だったがためにどうともならなかったが…

 

「時間回帰と空間回帰の二つです」

 

そう言って薫は俯いた。その意味を察して喜助も少し口を噤んだ。

 

この二つが修得できていれば、と薫は思わずにはいられなかった。

百年前には既に彼は回道を修得していたが、それは四番隊が行うものには遠く及ばなかった。今でもそうだ。薫にはヒトを治癒する才能が無い。

もしそう在れたら昴は助かったかもしれないと、性懲りもなく思ってしまうのだった。

 

「ご覧になったことはありますよね」

 

暫くして喜助は呟いた。薫に訊いているのか微妙な声量だ。

 

「勿論ありますよ。それがどうかしたんですか」

「単刀直入に聞きます。井上サンの”双天帰盾”はどういったものだと思いますか」

「‼――…あらかじめ断っておくと、僕ァ織姫に治してもらった時の記憶がありません。ただしあの時…僕ァ間違いなく回道でも治療不可能なほどに傷を負っていました。それをたった一日で治したとすれば、彼女の力は―――二つの禁術以上に高度なものだと考えるべきでしょう」

 

顔を上げた薫に代わって今度は喜助が顔を伏せた。帽子を片手で更に深く被る。

 

「やはりそうですか」

「なぜわざわざ僕に訊いたんですか?鉄斎さんなら使えるじゃァないですか」

「いえね、念の為って奴っスよ。思った通り…彼女、危険っスね」

 

声の調子から考えて、これは二重の意味なんだろうと薫は思った。

そのチカラが()()()に目をつけられたとき、彼女自身の身が危ないちう意味が一つ。

そして万が一それが()()()に渡った時、こちらのアドバンテージかつ()()()のディスアドバンテージの一つが無くなる可能性が高いというのがもう一つ。

 

「………参りましたねえ。どうしたもんか」

 

ヘラッとそう言いながら沈黙を破った喜助の目は帽子で隠れて見えなかった。

 

 

 

 

その後、薫は一心が何故現世へと姿を眩ますことになったのかを喜助から聞いた。異質な虚に命を奪われかけた彼がある女性に命を救われたが、それが原因で彼女の命が危うくなった。それを回避するたった一つの方法が、一心と彼女の魂を繋ぐことだった。しかし、そのためには一心の死神の力を封印する必要があったが、彼は迷わずその話を受け、彼女を救った―――

 

細かいところが所々抜けているが、喜助はこのように言って口を噤んだ。これ以上の情報は不要、ということだろう。この様子なら一護もこの話を知らないらしい。ならば、そこまで踏み込んで話を聞こうという気に薫はなれなかった。

 

 

やっと一息ついた二人は眠ってしまったジン太と雨をそれぞれ抱えて勉強部屋を出た。

今日はもうゆっくり休もう、と薫は心に決めた。

 




鬼道衆のあれこれは全て作者の想像です。
ただ、魂魄を切り取る術は藍染の手下が乱菊さんの魂魄に対して行っていたので有るだろうという解釈をさせていただきました。

重い、暗い、進まない…

加えて最初の方を読み返してみると句点の多さに驚きを隠せません。
読み辛い!
訂正していかなければと思うと気が重いです…

今も読みにくい?
ハイ、スミマセン…
それでもここまで読んでくださっている皆様には感謝しかありません!

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。