紫苑に誓う   作:みーごれん

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一手

身支度を整えて薫が自室を出ると、すぐ目の前を人影が(よぎ)った。相変わらず表情の読み辛い帽子を被っているが、今の彼は珍しく少しの疲労とそれを上回る安堵した空気を纏っている。

その雰囲気に薫はそっと胸を撫で下ろした。

 

「おはようございます、浦原さん」

「おやあ、おはようございます、百目鬼サン!昨晩はバタバタしちゃってすみませんでした」

「構いませんよ。(ウルル)の容体はどうなんですか?」

 

いつも通りの笑みを浮かべていた喜助の表情が和らいだ。

雨の寝室の方を薫が向くと、つられたように彼もそちらを向いた。

 

「もう落ち着きました。ご心配をおかけしました。ああ、それと、昨日の依頼、受けて下さってありがとうございました」

 

昨日の依頼というのは破面の捕縛のことだ。

 

「いいえ。下級大虚(ギリアン)のようですが、あれで限界でした」

「十分っス!隅から隅まで調べさせていただきます」

 

喜助の笑みはうっかりするとちょっと身を引いてしまいそうになるほど狂気の混じったモノに見えたが、薫は黙っておいた。

 

 

 

 

 

 

「なんだあ?今日は欠席者が多いな。石田、黒崎、朽木、茶渡…まあ、あいつらはほっといても大丈夫だろ」

 

越智先生がおおらかにそう言うのを、薫は呆っとしながら聞いていた。昨晩はあんなことがあったんだ。皆思うところがあるのだろう。

 

「百目鬼さん、黒崎について何か知ってる?」

「……えッ?いえ、知りません」

 

越智先生から振られたのに一瞬反応が遅れてしまった。何か知っているのに隠しているみたいに返してしまった…まあ実際そうなのだが。

 

「ふうん?まあいっか。おーし、ホームルーム終わり!一限目は移動教室だから遅れんなよ~!」

 

ガタガタと生徒が移動していく中、薫を凝視していたのが一人、薫に向かってきたのが一人―――有沢竜貴と織姫だった。

竜貴は暫くすると移動したが、織姫は誰もいなくなった教室で話しかけてきた。

 

「薫さん、本当に黒崎君がどうしてるか知らないんですか?」

「あァ。昨晩別れてから会ってないよ」

「そうですか……」

 

俯いて心配そうにしている織姫に、何もしてやれない薫は拳を握りしめた。

 

「織姫、僕ァもォ戻らなくちゃ。君も移動しないと授業に遅れるよ」

「……実は、お願いが有るんです」

 

織姫の決意は固かった。

 

 

 

 

 

 

「お願いしますよ~、阿散井サン!」

「嫌だって言ってんだろうが!修行ならアンタがやってやりゃあ良いだろうが!」

 

浦原商店に帰ると、喜助と恋次が口論をしていた。

 

「只今帰りました。あのォ、二人で何してらっしゃるんですか?」

「ああ、百目鬼サン、お帰ンなさい。いえね、茶渡さんがアタシに修行をつけてほしいってんですけど、アタシはソレどころじゃないんで阿散井サンにお願いしてたところなんスよ」

「へェ。恋次、やってやればいいじゃないか」

 

薫が恋次の方を向くと、恋次はキレ気味に薫に向き直り、喜助の方を指さした。

 

「薫さんまで!このヒト、卍解して稽古付けてやれって言うんですよ?このヒトだってできるくせに!」

「やだなあ!一介のハンサムエロ商人のアタシが卍解なんて出来るわけないじゃないですか」

「アンタ今回の事の顛末知らねえのか?アンタが昔十二番隊の隊長だったことも、崩玉を作った張本人だってことも、もう全部とっくの昔にバレてんだよ!――それなら薫さん、貴方がやればいいじゃないですか」

 

いきなり話を振られて薫は弱ってしまった。何故なら――

 

「とにかく駄目なんスよ。アタシらの卍解は人を鍛えるとか、人に力を貸すとか、そういうのには向いてない」

 

真剣な声になった喜助に、恋次は少し怯んだ。

喜助のものがどうかは見たことが無いので知らないが、薫に関してはその通りだった。薫の卍解――〈演舞・波枝垂尽帰塵〉は敵味方、生死を問わず全てを砕き塵に返す。修行やら何やらで使えるようなモノじゃない。

居住まいを正すと喜助は再び切り出した。

 

「よぉ~し分かりました。そんじゃこうしましょう。阿散井サン、アタシに聞きたいことがあるんスよねえ?ここらで一つ取引しませんか。阿散井サンが三ヶ月ウチで雑用係をやってくれれば、どんな質問にもお答えしましょう」

 

喜助の調子に飲まれた恋次は、それでもなお抵抗を示した。

 

「修行の相手は雑用じゃねえだろ」

「雑用っスよ!手間も命も、掛けることには変わりないでしょ?それとも聞きたいことを訊くのを諦めますか?」

 

恋次は、そう言われて信念を曲げる奴じゃないのは周知の事実だろう。

とうとう彼はチャドとの稽古だけでなく、雑用まで押し付けられてしまった。

 

(馬鹿……)

 

と、浦原商店の全メンバーと薫が思ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局一護はその後二週間たっても学校に戻らず、今日―――薫の実習終了日となった。

 

「というわけで、今日まで実習だった百目鬼さん。何か一言宜しく!」

 

越智先生に促されて前に出る。最後だというのに、一護もチャドも雨竜もいないというのは寂しいことだ。

 

「皆さん、今日まで本当にお世話になりました。僕のつたない授業にちゃんと付き合ってくれたり授業外でも質問にきてくれたりして、とても実りの多い時間を過ごさせていただきました。またどこかで会ったら声を掛けてくれると嬉しいです」

 

月並みな挨拶になったが、皆拍手までしてくれた。本当に良い子たちだ。

 

 

 

貰った色紙や花束を携えて商店に戻ると、中で冬獅郎と乱菊が待っていた。

 

「あれ、冬獅郎に松本副隊長。お久しぶりですね。前回の襲撃以来ですか?」

「日番谷隊長だ。お前、わざとやってるだろ……それはともかく、以前連れて帰った破面はどうなった」

「そういうのは浦原さんに聞いて下さいよ。―――――浦原さァん!」

 

店の奥に呼び掛けても返事がない。

 

「店長なら買い出し中だぜ」

 

ジン太が奥から出てきてくれた。恐らくさっきも冬獅郎たちとこの会話をしたのだろう。悪いことをしてしまった。

 

「そうか、ありがとう。悪かったね」

「別に。代わりにこいつらに茶ぁ()いどいてくんねえ?」

「あァ。分かった」

 

パタパタと戻ったジン太はすぐに野球道具を持って出て行った。対応係が帰ってくるのを待っていたのだろう。遊ぶのを我慢していたとは、良い子だ。

二人に茶を注ぐと、冬獅郎の方が切り出した。

 

「あれからは全くと言っていいほど破面(アランカル)側の接触が無え。お前もなんか聞かされてねえか」

「えェ。蒲原さん(あのヒト)は基本必要最低限の事しか話してくれませんから」

 

薫が微笑みながら言うと、冬獅郎は眉間の皺を深くした。

 

「……なあ、お前は何であんな奴に従ってんだ」

「それが正しいと僕が思うからです。冬獅郎だって、そうだから総隊長に従っているのでしょう?」

 

一瞬冬獅郎は黙り込んだが、またすぐに口を開いた。

 

「俺は、藍染をあそこまで身を挺して倒そうとしたお前を信用してる。だが、浦原は別だ。あいつからは信用に足るようなあらゆる誠意が感じられねえ。お前から見て、あいつは信用に足る男か?」

「あの人ほど信用できないヒトはいないでしょうね」

 

冬獅郎は零れそうなほど目を見開いた。意外だったのだろう。当然だ。先日の薫の行動は下手をすれば冬獅郎たちの信用を失いかねない――もう失っているかもしれないが――行為だったわけで、薫がそうまでして従っている喜助のことを薫は当然信用していると思っていたのだろう。隠しているわけでもないし、と薫は言葉を継いだ。

 

「彼は、目的の為なら手段を(えら)ばない。必要とあらば自分すらも駒として使い捨てるでしょう。もし信用できるところがあるとすれば、その執着とそれを為すために必要な彼の頭脳だけです。でも、僕からすればそれで十分なんですよ。藍染を倒せさえすれば、僕という駒自体がどうなったって良い。だから僕は彼に従います」

「言いたい放題っスねえ、百目鬼サン」

 

入り口を振り返ると、喜助が立っていた。店の前からは鉄斎と恋次の声がする。荷物持ち要員だったのだろう。

 

「でも、事実でしょう?」

「まあ、否定はしません」

 

喜助は帽子を深く被りなおし、店内に入ってきた。

 

「何か御用ですか?日番谷隊長、松本副隊長」

「ああ。先日の破面の情報の提供を求めるのと、一つ商品を注文したい」

「…承知しました。お二人とも客間へどうぞ。百目鬼サンも一緒に待っててください。ああ、その注文ってのはここで聞いても大丈夫なモンっスか?」

 

逆光になっていて喜助の顔がよく見えないが、声の感じでは緊迫感が無い。

 

「構わない。尸魂界と映像通信できる機器を取り寄せたいんだが、ここで取り扱っているか」

「勿論っス!お支払いは?」

「十番隊に付けてくれ。護廷隊が支払う」

「了解っス」

 

 

 

 

 

客間に入るなり乱菊が大きく息を吐いた。

 

「はぁ~、隊長も薫さんも、雰囲気重いですよぉ。肩凝っちゃった」

 

薫が彼女に対して日下のようだという感想を持ったのは昨日今日の話ではない。

 

「まァ、重くならざるを得ないのではありませんか、松本副隊長。先日の襲撃で痛手を被ったばかりなのですから。何か嫌な予感がしてますし」

「もお、まずその話し方、止めてくれます?昴の時みたいに話してくれないと、アタシまで敬語使わないといけないじゃないですか」

 

あっさりと”昴みたいに”と言い放った彼女の顔をまじまじと見つめ直す。ルキア以上に昴と薫の問題にドライというか抵抗がない死神は初めてかもしれない、と薫は驚いた。

 

「あ…あァ。分かったよ、乱菊」

 

薫がそう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべながらバシバシと薫の背を叩いた。

 

「そぉ来なくちゃ!これからも仲良く行きましょ!」

「……そうだな。この前は突然縛道を使ったりして済まなかった」

「良いわよぉ!気にしないで。確かにあのまま破面を消してしまうのは性急だったもの」

「すまな…いや、ありがとう」

 

薫は再び謝ろうとして止めた。彼女が望んでいるのはそれではないと分かったからだ。案の定、彼女はそれを聞いて微笑んだ。

 

「いいっていいって!あ、薫さん、お茶のお代わり貰える?」

「えェ。ちょっと待っててください」

 

丁度お湯が切れてしまったから、沸かし直すために薫はキッチンへと引っ込んだ。

 

 

 

 

 

「”橘みたいに”とは、一か月前のお前では考えられねえ言葉だな」

 

冬獅郎は、乱菊にぼそっと呟いた。

他の隊員にはあまり気付かれていないようだが、ギンが尸魂界を―――というよりかは乱菊を裏切って藍染と共に消えてから数日、彼女は相当傷心していた。

それに追い打ちをかけるように、彼女の友人の一人だった昴までもが自分を騙し続けていたことを知らされた。その時の荒れ様は冬獅郎も見ていられない程だった。

酒の量は倍になったし、普段より何倍も静かに仕事をした。

 

その時のことを思い出したのだろう。乱菊の表情が愁いを帯びた。

 

「やっと言えました。ここまで時間が掛かっちゃうなんて、アタシもまだまだですね」

「いや、俺から見れば早いと思うぞ。気持ちの折り合いをつけるってのは口で言うほど簡単じゃねえ」

 

乱菊から視線を逸らした冬獅郎が思考を飛ばしたのは、雛森桃についてだ。藍染逃亡時に刺されてからまだ彼女は目を覚まさない。

あの時のことを思い出すと、(ハラワタ)が煮えくり返るような思いがぶり返してくる。今すぐに斬魄刀を引き抜いて、周りにあるものをズタズタに切り裂いてしまいたいほどに。

 

(藍染……次に刀に刺されることになるのはお()ェの方だ)

 

きっとこの感情は、自分が奴に止めをさしても消えることはないのだろう。

風化などさせない。絶対に仇は取る。

 

冬獅郎の翡翠色の瞳は、憎しみの業火で一瞬黒く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

「ゴホ…ッ」

 

冬獅郎と乱菊に聞こえないよう、小さく咳をする。咄嗟に口元を押さえた手には、赤い液体が数滴飛んでいた。口の端に付いたそれを親指で擦り取って手を濯ぐ。

 

「調子はどうっスか」

 

キッチンの奥に喜助がいた。扇子で口元を隠している。

 

「良い方です。浦原さんに頂いた薬が効いてるみたいですね」

「そうですか。それは良かった」

 

薫と入れ違うように喜助は並んで立った。パチンと扇子を閉じる音が聞こえる。

 

「まだ貴方に倒れられては困りますから」

「可笑しなことを仰る。決戦までは大丈夫だとお伝えしたはずですが」

「ええ。貴方の病気がそれだけだったら、ね」

 

薫は顔を動かさずに目だけを喜助に向ける。彼の方は正面を向いたままだ。

 

「何が仰りたいんです?」

「……貴方の斬魄刀の能力は、貴方の病気と相性が悪いんス。使えば使うほど、貴方の命は縮んでいく」

 

ふと薫は違和感を覚えた。ここ最近、薫は殆ど自身の斬魄刀を使っていない。ウルキオラとの戦闘での傷が良くなかったとかそういう事でもない限り、ほとんど安静と言っても良いほどだ。なのに喜助の言い方だと、まるで既に寿命が縮んでいっているようじゃないか。それも、斬魄刀を使っているせいで―――

そこまで考えて、薫は一つの答えに辿り着いた。

 

「あァ、成程。浦原さん、貴方は僕に何をさせたいんですか?」

 

今使っていないのにその言い草という事は、考えられる理由は一つ。

これから多大に斬魄刀を使うことになるという事だ。

 

やっと喜助がこちらを向いた。その目は、いつになく真剣だった。

 

「”お願い”()()()の準備をしていただきたいんス。具体的には―――」

 

彼は珍しく嘘をついていた。

正しく言うなら、喜助は恐らく今までももっと沢山薫に嘘やそれに近いことを言ってきているのだろうが、それを初めて薫に悟られた。

だがその真意が何なのかは薫には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

やっと客間に戻ってきた薫は、喜助も連れてきた。

 

「いやあ、お待たせしました!」

 

いつもの調子で入ってきた彼はちゃぶ台の前に座ると、四人分のお茶が出てから話し始めた。前回の襲撃に関する考察と、捕らえた破面から得られた情報を開示するためだ。

冬獅郎は一言一句聞き逃すまいと居住まいを正した。

 

「まず、捕らえた破面は下級大虚でした」

 

雑兵の部類に位置する破面だったということだ。予想がついていたこととは言え、冬獅郎たちは驚いて目を剥いた。

 

「やはりあれ以上がウヨウヨいると考えた方が良いって事か」

「そうなりますね。日番谷隊長が戦っていらっしゃった破面も恐らくは。確か”十一番”と名乗ったんでしたよね?」

「何でお前が知って…ああ、百目鬼が側で聞いてたんだったな。十番以上は殺傷能力が高い順に割り振られ、十刃(エスパーダ)と呼ばれているらしい。奴によると、そいつらのレベルは奴らとは別物だそうだ」

 

そこに薫も入ってきた。

 

「確かに、桁違いの戦闘力でした。真面にやり合っていたら、隊長格を凌ぐかと。前回襲撃してきたグリムジョー・ジャガージャック、そしてウルキオラ・シファーは恐らくソレです」

「ふむ…やはり雑兵破面一体ではっきりしたことは言えませんが、中途半端な霊圧の死神では刃すら真面に通せないでしょう。さらに厄介なことに、彼らが使う歩法”響転(ソニード)”は我々の霊圧探知能力では感知できない上に、”帰刃(レスレクシオン)”と呼ばれる斬魄刀の解放は死神で言う卍解に近い効果を持つことが分かりました」

「卍解、だと⁉」

 

冬獅郎は思わず立ち上がった。一体相手取るのにこれだけ消耗したというのに、この戦力が確実に隊長格以上になるということは、その卍解など相手にして勝ち残れるのか…?

 

「あくまで性質が、です。解放によって霊圧は何倍にもなり、使える能力に特化した身体になります」

 

状況は思った以上に悪かったようだ。どこから総隊長に報告すべきか…

 

「ただし、破面化の代償もあるみたいなんス」

「代償?」

「ええ。第一に、彼らは超速再生が使えない可能性が高い」

 

超速再生とは、上位の虚が使える自己回復能力だ。これを使われると、再生速度以上の攻撃を決め続けるか、的確に急所を両断するかしか倒すことができなくなる。

 

「そして第二に、解放後の体の損傷は治らないみたいっス。これも卍解に似ていると言った所以の一つっスね」

 

死神の斬魄刀に関しても、始解までなら時間と共に回復するが、卍解は損壊すれば二度と戻らない。戻ったように見えたとしても、それは見せかけだけのものになり、本来の力からはダウングレードしてしまう。

 

「あっちにもそれなりのリスクがあるってことだな」

「そういう事っス。ただし、あくまでこれが可能性の一部に過ぎないことを忘れないでくださいね。今のままでは情報量が少なすぎますから」

「分かっている。十分だ、助かった」

 

そう渋くもない茶を啜って冬獅郎は顔を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い石が視界の全てに飛び込んでくる。

幾つも運動競技が出来そうなほど広い室内には巨大な段差が一つあり、その上にはまた白い石で作られた大きな椅子が一つある。そこに一人の人物が片肘をついて坐していた。

 

段差の下には二人が跪き、二人は直立不動の構えで壇上の人物に控える様に立っていた。

 

「よく来てくれたね。ウルキオラ、ザエルアポロ」

 

台上の人物――藍染惣右介が優しく語り掛ける。

 

「はい」

「滅相もありません、藍染様」

 

淡白に答えるウルキオラと必要以上にへりくだったザエルアポロ。

どちらも癖の強い人物に相違ないのだが、今はそれについて言及しない。

 

「今日二人に来てもらったのは、それぞれに命を下すためだよ」

 

藍染の頭を支えていた左手が、人差し指を出して彼の左目の隣に添えた。

ゆっくりとしたその動作はとても優雅で、彼が他人を嫌が応にも惹きつけることをその動作だけで納得させるほどだ。

 

「まずはウルキオラ。一か月前に下していた計画を進めてくれ。決定権は君に与えよう」

「承知しました」

「ただし」

 

花のような笑みが姿を消した。

其処に残ったのは唯の無表情だ。

 

「浦原喜助と百目鬼薫の二名にはくれぐれも気を付けるんだ。実行の際はできるだけ速やかに完遂してくれ。時間を掛ければあの二人は恐らく何が何でも妨害してくるだろう」

「藍染様、お言葉ですが、百目鬼薫に関してそれ程警戒する必要が有るのでしょうか?」

 

ザエルアポロが真剣な表情で問うた。

それに藍染は再び笑顔になって返す。

 

「先日のウルキオラとの戦闘のことを言っている()()()なのかな。しかし発言は正確にね、ザエルアポロ。君が彼に興味津々なのは分かりきったことだ。私の注意を彼から無理に逸らすことは出来ないよ。そこで君にも一つ命を下す。彼を戦闘不能にする発明品を作ってみてくれないか。手段も過程も問わない」

 

藍染の答えに途中から苦々し気に顔を歪めていたザエルアポロは程なく再び口を開いた。

 

「……それは、達成にはあまりに情報が足りなさすぎる命ではありませんか」

「そうかな?彼の斬魄刀の名、形、そして卍解を見れば君なら彼の能力がわかっている筈だ。成功した暁には、彼は君の好きにしていいよ」

 

それを聞いてザエルアポロは弾かれたように顔を上げた。

 

「本当ですか⁉」

「嘘など言わないよ。私も科学者の端くれ。貴重な検体を独占したい気持ちは分かる。健闘を祈るよ」

「はい。全力を投じます!」

 

深々と頭を下げた彼を見て藍染が薄く笑った。

思い出したように藍染は立って控えている二人の部下のうちの一人、市丸ギンに視線を向けた。

 

「ギン、要に伝言を頼めるかな」

「ええですよ。何ですか」

「要の斬魄刀と百目鬼薫のソレは相性が悪い。だから要と彼との戦闘は禁止する」

「分かりましたけど…本人はそんなん聞きますかね」

「これは命令だよ。要に拒否権はない」

 

ギンは肩を竦めると、困ったように笑った。

そして段差を体の側面にして()()()()()()()()()()()()()東仙に向き直った。

 

「“斬魄刀の相性悪いから百目鬼薫とは戦うな”やそうや。命令やって」

「!―――…はい……」

 

悔しそうに藍染に頭を下げた東仙を見て、ギンはちらりと藍染を盗み見た。

其処には変わらず彼が鎮座しているように()()()

しかしその姿は事実とは大分異なっているはずだ。

なぜなら今ギンが見ている藍染は〈鏡花水月〉の効果が掛かっているからだ。

 

 

 

尸魂界から離反し脱出する際、藍染は薫の卍解をもろに食らった。

霊圧の高さ、則ち生命力の高さから命を落としさえしなかったものの、藍染の身体はグリムジョーに言わせれば“ボロ雑巾のよう”になってしまった。

東仙の懸命な治療によって彼は回復しつつあったが、部下への指示は〈鏡花水月〉を以て行っていた。従って彼の詳細な現状を知っているのは〈鏡花水月〉に掛かっていない東仙だけなのだが、直接東仙と藍染の意思の疎通ができていないらしく、忠誠を誓う主の意を汲めないと東仙はいつも苛ついていた。

 

それが約一月前、藍染をそんな状態にした張本人である薫に会って藍染の状態について挑発を受けてからずっと東仙はイライラしっ放しだった。よくもまあ今まで薫を殺しに飛び出さなかったものだと思うほどに。

それが禁じられ、あのような反応になるのは仕方のないことだ。

 

しかしギンが真に考えていることは東仙のことではない。

 

(……やっぱり今やないか)

 

彼はついと視線から藍染を外した。

藍染の現状をギンは知ることが出来ない。

東仙の様子から藍染が声を出すことが出来ないのが分かるが、それ以外が分からない。

 

声が出せないだけなのか、声すら出せない程未だに傷が深いのか、もしかしたらそういう風に演じているのか。

もし最後の仮定が正しかった場合、ギンの最終目的を実行に移しても絶対に失敗する。

 

(焦ったらあかん。確実に絞め殺して丸呑みにするんや。蛇は蛇らしゅう地を這って機を狙う)

 

彼の表情は胡散臭い笑顔のまま微動だにしなかった。

 

 




薫 「ここ最近、更新が遅くなっていませんか」

作者「そ、そんなことはない、と、思いたい…」

薫 「……スランプって奴ですか。困りましたねェ」

作者「違うよ⁉忙しいだけだよ!予定詰まり過ぎてるだけだよ!」

薫 「ですが、今よりずっと忙しかった開始時の方が更新速度早くありませんでしたか」

作者「な、何故それを…」

薫 「伏線を張るのも良いですが、読者の皆様が”そんな記述有ったっけ?”となってしまっては意味が無いの分かってますか?」

作者「分かってる!分かってます‼すみません!でも、”あ、それ伏線だったの⁉ナルホド~!”っていうのがやってみたいんです!」

薫 「はァ…言うからにはちゃんと実行してください」

作者「ごもっとも。申し訳ありません」(土下座)



更新頑張ります!
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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