ドゴオォォォン……‼
大きな音と共に、チャドが吹っ飛ばされ、岩山にぶつかった。
四日ぶりに帰ってきた薫は、恋次とチャドの修行を見ている喜助に声を掛けた。
「只今戻りました、浦原さん」
「おやぁ、お帰りなさい、百目鬼サン!入れ違いだったっスねえ」
「入れ違い?」
喜助の話によると、先ほど乱菊が来て尸魂界からの新たな情報をもたらして行ったらしい。
藍染の真の目的、それは王鍵の創生ということが発覚した。恐らく彼は王族の抹殺を目論んでいるらしいということも。この王鍵とは霊王や王族の住まう空間へと行くための鍵であり、創生するには10万の魂魄と半径一霊里の重霊地が必要となる。そして、現在の重霊地は――――ここ空座町だ。
「王鍵⁉そんなものが藍染の手に渡ったら、世界の均衡ごと破壊しかねないということですか」
「そうなります。最悪の展開になってきてるっス」
そこまで行ったところで後ろに気配を感じて振り返る。夜一と織姫だった。
「ど~もぉ~!井上サン、お久しぶりっス!」 「久しぶり、織姫」
「お久しぶりです…」
「いや~、ここんとこむさ苦しい男二人ばっか見てたもんで、やっぱこう、職場に女性がいると華やぐっスねぇ!空気が!」
そういう言い方をするものだから、喜助と夜一が揉めている。夜一が女性の換算に入っているかどうかという話だ。それを取り敢えず煙に巻いた喜助は織姫に向き直った。
「ささ、井上サン、ここに座ってください」
その直後、再び轟音が轟いた。恋次の卍解がチャドを吹き飛ばし、チャドが地面に激突した。
「茶渡君!恋次君!」
修行が荒っぽいのに驚いたのだろう。織姫は居辛そうにしている。
「浦原さん、あのう…お話って何ですか?」
「先程、十番隊の松本サンがここに来ました。御存知っスよね?王鍵の話っス。急な話で流石に少し
総力戦だ。恐らく、今まで以上の血が流れるでしょう。そしてアタシたちも尸魂界も、今まで以上の戦力が必要になる」
表情を引き締めた織姫は、はっきりとした口調で言った。
「はい。私も、もっと強くなります」
織姫と薫の目が合う。
それに喜助は目を細めると、短く息を吐いた。
「そっスね。それじゃあ申し上げましょう。井上サン、貴女には今回戦線から外れてもらいます」
「「「⁉」」」 「「……」」
その場で動揺しなかったのは、喜助以外には夜一と薫だけだった。
「井上サンの能力、〈舜俊六花〉には、重大な欠点があるっス。それは、〈六花〉本体の強度があまりに低い事っス」
「それは…」
「違いますか?現に
「ちょっと待ってくれ、浦原さん!」
口を噤んだ織姫に代わって、今度はチャドが口を挟んだ。
「井上は俺たちの仲間だ!尸魂界でも必死に戦ってくれた。本人が強くなると言っているのに、そんな簡単に置いていくことはできない!」
「感情論じゃないっスか。君は井上サンを死なせたいんスか?」
「違う!井上には、戦闘よりも重要な防御と回復の力がある」
「はあ…”三点結盾”の防御力なんてたかが知れてる。今回の戦いでは役に立たないでしょう。回復にしたって四番隊がいます。今回は恐らく、卯ノ花隊長や虎徹副隊長クラスが前線に出てくるでしょう。井上サンが抜けた穴を倍ほども補って余りある」
「しかし――」
「しつっこいなあ。井上サンじゃあ、足手まといだと言ってるんスよ。ねえ、百目鬼サン?」
喜助がいきなり薫に話を振った理由は分かっている。
薫は眉を寄せると、一瞬織姫を見た。
彼女は辛そうに顔を伏せている。
「意地悪な人だ。僕が織姫に指導していたことを知っていて訊いてますね?」
前回の破面襲撃後、元鬼道衆副鬼道長―――つまり、言霊のスペシャリストの薫に織姫は指導を求めてきた。手取り足取りというほどのことはしなかったが、それでも今までより彼女の術は洗練されていた。
「勿論。そこんところ、貴方から見てどうっスか」
僕が何を言うかなんて分かりきっているくせに。
彼女の〈六花〉達が攻防共に深化しているのは確かだ。が―――
眉を寄せたまま薫は静かに言った。
「一か月前から見れば、見違えるほど強くなっています。ちゃんと狙えば
「薫さん!」
「いいの。ありがとう、茶渡君」
織姫は喜助と薫の方に向き直った。
「ありがとうございます、浦原さん、薫さん。はっきり言ってくれて…良かった。――――失礼します」
去っていく織姫を追いかけようとしたチャドが恋次に止められる。
織姫は四番隊のように戦闘訓練を積んでいたわけでもないタダの人間で、かつ彼女の優しすぎる性分はこれからの戦闘で彼女を追い詰めるだけだ―――喜助が正しい、と。
確かにその通りだが―――
「感情的になっているのはチャドだけですかねェ?」
喜助にだけ囁いたその声に、彼は反応しなかった。
数日後
トン、テン、カンという音がそこら中に響いている。
目前には空座町とそっくりな街並みが半分ほど出来かけており、沢山の死神が慌しくそこを資材やら何やらを運びながら駆けていく。
ここは流魂街の外れ――――薫と十二番隊の隊士たちが極秘任務を遂行中だ。
「阿近殿、これ、追加の計画書です」
「ああ、どうも。これで最後でしたよね?」
「えェ。この日数でこれ全部やれとか、浦原さんってば鬼畜だなァ…」
薫と阿近は二人揃って苦笑交じりのため息を吐いた。優に三徹を超えた二人は目の下に大きなクマが出来ている。
「百目鬼さんはこれから別行動なんでしたか」
「そうです。今から南流魂街の方に向かいます」
「南、ですか?」
阿近が気遣わし気に薫を見た。こんな状態でも、彼の頭はまだ回転しているらしい。南が薫にとって因縁のある地だという事に思い当って気を回してくれているのだ。
「心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫、大したことをしに行くわけではありませんから。寧ろ貴方はご自身の心配をなさった方が良い。後四日はこれが続くわけですから」
薫の言に再び彼は大きくため息を吐いた。彼の上司の涅マユリは実質この指令を阿近に丸投げしていたから、彼の心労は薫には計り知れなかった。
(‼―――虚の霊圧か。数は一、僕だけでも十分だ)
阿近に労いの言葉をかけて別れた薫は、その霊圧の方へ向かって行った。この方角は――丁度昴が死んだ場所だ。
虚が視界に入ると、触手を何か目掛けて振り下ろしているところだった。何故かはわからないが、非常に興奮しているらしい。
瞬歩で近づき、触手を斬る。その先には子供が立っていた。
「君!危ないから下がっていなさい。町に戻るんだ!」
虚から目を逸らさずに言ったが、聞こえていないのか足が竦んでいるのか、兎も角その子は動かなかった。
(仕方ない、このまま片を付ける!)
向かってくる触手を斬りながら虚に近づいた薫は、一瞬の隙を逃さずにその仮面を叩き切った。
やれやれ、と薫は刀をしまうと、さっきから立ち尽くしている子供の方へ歩いていった。どうやら少女らしい。喪服の様な真っ黒な着物を着ているのが遠目に見えていた。
「君、怪我は―――――」
無いか、と聞こうとして、薫は硬直した。
「す……ばる?」
少女の顔は、嘗て自分が愛した幼馴染みのモノと全く同じだった。厳密にいうなら、薫の記憶の中にある彼女の少しあどけなさを残した時期の顔に酷似していた。
「君…名前は何と言うんだ」
先程から身動ぎ一つしない少女に問うてみる。コレは昴ではないと頭では分かっていても、そう思わずにはいられなかった。確かに自分は彼女を看取ったはずで、有りもしない希望を持つなんて珍しいこともあるものだ。
「わからない。おぼえてない…あなたは?」
呆然とした声で起伏無く聞かれたが、薫は暫く反応できなかった。彼女の言葉の意味が理解できなかったわけではない。ただ、その声までもがまごうことなく昴のものだった。
「―――あ、あァ、僕ァ…百目鬼薫というんだ。ねェ、君の――」
ここまで言って薫は言葉を止めた。突然彼女が泣きだしたのだ。声すら上げず、ただただ目から涙を零していた。
「なッ!急にどうしたんだ⁉やはりさっき怪我を?」
「わからない…なにも……」
そう言うと、彼女は気を失って倒れた。咄嗟に体を受け止める。落ち着いてみると、先ほどの虚が何故興奮していたのかが分かった。かなり霊圧が高いのだ。まず間違いなく彼女を喰おうとしていたのだろう。
(間に合って良かった)
ほっと息を着いてから、私情が大分入っていることに薫は驚いた。もう、このまま彼女を放っておけないほどに。
町で宿を借り、そこの布団に彼女を寝かせた。いつ目覚めるともしれない彼女を、唯々薫は見つめていた。
どれほど時間がたっただろうか。彼女の呼吸に乱れがあった。驚いて彼女の顔を見ると、彼女は薄く目を開いたところだった。
「おはよう。何か身体に違和感はないかい?」
「…いいえ」
「そうか、良かった…なァ、君はさっき何もわからないと言っていたが、何故あそこにいたのかとか、いや、もっと基本的なこと―――家がどこかとか、誰か知り合いの顔とか、そういう事も覚えていないのかい?」
彼女は少しの間目を閉じて考えている風だったが、再び目を開けるとゆっくり首を横に振った。
「そうか…」
連れてきてしまった以上、放り出すわけにもいかない。かといって薫に何か考えがあるわけではなかった。それでも、未だに感情を露わにしようとしないこの少女の――昴によく似た顔を、そのままにしたくはなかった。
「君、名前が分からないと言ったね。そのままでも不便だし、何か僕が勝手に付けても良いだろうか」
そう言ってしまってから、薫は自身の口を押えた。こんなことをしては手を離せなくなる。引き返せなく―――
「ほんとうに?」
その後悔は彼女の声で吹き飛んだ。初めに露わになった感情は、驚きと喜び―――微かではあったが、それが表層に現れた。
「あァ、本当だよ。といっても名など付けるのは初めてだから、気に入らなかったらそう言ってくれ。そうだなァ――――かおり…
我ながら未練たらしい名前になってしまった。だが、出した言葉はもう戻せない。
「たちばな かおり―――」
その名を聞いた彼女は噛み締めるようにその名を口にすると、首を縦に何度も振った。気に入って貰えたらしい。
「気に入ってくれたなら良かった。では馨、君は読み書きは出来るか?」
「わかりません」
「それはどっちの意味だい?読み書きができないのか、そもそも読み書きができるかどうかが分からないのか」
薫も始終彼女といられるわけではない。だから、彼女には薫がいない間一人で生活していく必要がある。薫はいつ戻って来られるかは全く分からないのだ。心苦しいが、仕事にも行ってもらわねばならないだろう。少しでも負担の少ない仕事に就こうと思ったら、読み書きは出来た方が良い。
「できるかどうかがわかりません」
「分かった。それじゃあ、これは読めるか?」
そう言うと、薫は手近に有った炭で手に字を書いた。
―――護廷十三隊―――
「ごていじゅうさんたい――?」
パッと思い浮かんだ文字を書いてみた。せめて数字だけでも読めれば、と思っていたが、彼女はあっさりと読んだ。
「ふむ、読み書きはある程度できそうな雰囲気だな。僕は後三日ほどここにいるつもりだから、どこか落ち着ける場所と働き口を探さないとな」
三日、という言葉に彼女は反応した。
「ここからいなくなるの?」
不安、戸惑い―――違う。こんな顔をさせたかったわけじゃない。
「一時のことだ。大丈夫、僕ァ帰ってくるから」
それから三日。
薫たちは、午前は薫は用事、馨は図書館でこの世界についての勉強、午後は二人で護身用の鍛錬や仕事、部屋探しを行った。
無事借家も馨の仕事も決まった。商家の事務仕事の手伝いに就けた。
その間、薫は驚きを隠せなかった。馨の呑み込みの早さは尋常ではないのだ。異常だと言っても良い。知識も護身術も覚えが早すぎる。最早覚えていくというより、忘れていたことを思い出していっているかのようだ。
記憶を失う前の彼女は一体何者だったのか―――?
それは、他ならぬ彼女ですら知らないのだ。
(だが、知る術が無いわけじゃない)
薫はそっと自身の斬魄刀に触れると、彼女と会った場所へと向かった。
薫が帰ると、馨は夕餉を用意し終えたところだった。
「お帰りなさい、
「ただいま、馨。この後、僕ァ一旦現世に戻るよ」
「はい。こんなによくして頂いて、ありがとうございました」
寂しそうな彼女に薫は明るく言った。
「なに、すぐに戻るよ。急に一人になって不安だろうが、教えたことを護れば大丈夫だ」
ちなみに、彼女は二日目に図書館から帰ってすぐ薫のことを”
夕餉では、たわいもない話をした。馨の同僚の話、客の話、感銘を受けたことなど、普段の薫の生活とは程遠い平穏な日常の話だ。
(昴も、こんな風に生活していく道も有ったんだろうか…)
そう思いながら
「師匠?」
「何でもないよ。さて、そろそろ発つよ」
「…はい。いってらっしゃいませ」
不安げに目を伏せた彼女の頭をそっと撫でて、薫はその場を後にした。
再び流魂街の外れ
技術開発局局員、壺府リンが、ある人物を見つけて手を大きく振りながら駆け寄った。
「阿近さーん!百目鬼さんって何処にいますかー?」
「知らねーよ。何で俺が知ってんだよ」
リンに呼ばれて阿近が不機嫌そうに振り返る。それを見てリンは一瞬怯んだが、気を取り直して続けた。
「うわ、凄いクマ!いえ、最後に一緒に居るのを見たのが阿近さんだったんで…うーん、いないのか~、どうしよう…」
「最後にって、三日前だろ?ここにはもう居ねーよ。てかなんか用だったのか」
「僕じゃなくて裏廷隊の方が伝令にいらしてて。緊急連絡があるらしいんですけど、困ったなあ」
困り果てた風のリンを見て阿近は溜息を一つ吐いた。
「詳しくは知らねえが、南に行くとだけ言ってたぞ」
「やっぱり知ってるんじゃないですか!早く言って下さいよ」
「大した情報じゃねえだろうが。裏廷隊が把握してねえって事は
「
「他人事だろ。こっちも忙しいんだから帰ってもらえ。どっちにしろここにゃ居ねーからな」
シッシッという風に阿近が片手を振ると、リンは眉を寄せた。動く気が無いらしい。
「えー⁉」
「サッサと行けよ。相手待ってんだろ?」
「うう…だって凄い剣幕なんですもん…二番隊の人って怖すぎです」
「ま、あそこは特殊だからな。しかし百目鬼さん宛てに隠密機動から緊急の連絡が来たって事は、現世絡みで何かあったか?こっちも巻いてかねえとな」
再び溜息を吐くと、阿近は休憩を早めに切り上げて指令のために動きだした。
この話の前に一話閑話を入れようと思っていたのですが、最近全然話が進んでないのでやめました。
主人公が酒に酔って周りが真っ青になる話だったのですが、書いてみて作者にギャグのセンスが無いことを痛感しました。無念…
どうやったら面白おかしい話が書けるのか知りたいです。他の作者の方々は本当に凄いなあといつも思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!