紫苑に誓う   作:みーごれん

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閑話をどのタイミングで入れるか迷いました。
迷いに迷った挙句忙しくて機を逃し結局当日になって中途半端に入れてしまうという…
何をやってるんだ…

今話は本編の続きです。
ちょっと時間が経ってます。


こんな時間に投稿しておいて言うなという感じですが、夜や起き掛けに読む話じゃないです。お気を付けください。


激情

雨竜と恋次は、幾つもの臓腑を目の前の破面―――――ザエルアポロ・グランツの能力によって潰され、満身創痍の状態で地に伏していた。

それを前に、ザエルアポロがほくそ笑む。

 

「君たちが藍染様に滅ぼされることに理由があるとしたら、そのぐぼらっ⁉」

 

唐突に彼の上に大量の砂が降り注いで台詞が断ち切られた。

彼は何が起きたか理解できず、必死にその土の中から体を出そうと顔を出す。

 

「な、何だこれは⁉一体どこかグフッ‼」

 

彼の顔は無残にも上から降ってきた人物によって踏みつけられた。

その人物を見て、恋次と雨竜は揃って声を上げた。

 

「薫さん‼」 「百目鬼さん‼」

 

死覇装を纏い、斬魄刀を下げている薫だった。砂山からザエルアポロの宮だった残骸に音もなく降り立った彼は小さく二人に手を振る。

 

「やァ、恋次、雨竜!遅くなってすまない。…ところで、二人は一体何をしているんだ?」

 

不思議そうに薫に見られて、地に伏したまま動けなかった二人は少し顔を赤らめた。

 

「いえ、その、敵にボロボロにやられちまいまして」

「敵?あァ、でもここに姿が見えずに君らが生きているってことは倒したんだろう?何故そんなに恥じているんだ」

「倒した?彼らが僕をかい?冗談にもなっていないよ」

 

砂山から全身を出したザエルアポロが、薫に顔を踏まれたせいで出た鼻血を拭きながら言った。後ろから聞こえた声に薫は少し目線を向けたが、すぐに恋次たちの方へ視線を戻した。

 

「そうか、君たちの戦闘を邪魔してしまったんだな。すまない。僕ァ先を急ぐから、まァ、頑張ってくれ」

「えええ⁉薫さん、加勢してくれないんスか⁉」

「当り前だろ。僕らの目的はあくまで織姫の救出なんだ。ここに戦力を集めることに意味ァ無い」

「百目鬼さん、後ろ!」

 

呑気に恋次と会話していた薫は、雨竜の声を聞くや否や二人を抱えて瞬歩でその場を離れた。先ほどまで三人がいた場所には、袋状の細長いものが垂れ下がった羽のようなものがザエルアポロから伸びている。

 

「ほお、これを躱すとは、流石は百目鬼薫、といったところか。しかしそれは僕を無視して良い理由にはならないんだよ」

「まァ、そう怒るなよピエロ君。まだ鼻血出てるぞ」

「うるさい!僕の名前はザエルアポロ・グランツだっ!」

 

薫の煽りにキレるザエルアポロ。さっきまで余裕だった彼をここまでコケに出来る薫に恋次はちょっと感嘆した。

 

「ふん、先程の砂には驚いたが、今日僕は本当にツイているらしい。二体の特殊なサンプルだけでなく、君の様なモノまで手に入れられるなんてね!」

「そんな衝撃発言も、鼻血を垂らしながら言われると…ねェ?」

 

全く動揺しない薫は尚もザエルアポロを煽っている。その様子を見て雨竜はマズイ、と思った。

 

「百目鬼さん、下手に刺激しない方が良い!奴の能力は非常に厄介なんです!」

「だろうな。君らどちらかだけなら兎も角、二人揃ってそんなにボロボロになってるんだ。どんな能力だ?」

「知りたければ、体験させてやろう‼」

 

先程の羽のようなものが薫に真っ直ぐ伸びてくる。それを彼は冷静に見ていた。

 

(ここでそれを使うという事は、あれに触るなり捕まるなりするのは不味いという事か。しかし四本もあるんだ。初撃を躱した後のことを考えると、ただ躱すだけでは後の三本も加わって躱す側に不利になる。ならば――――)

 

「縛道の三十七、吊星」

 

飛び上がりながら羽に向かって放つと、周りにあった瓦礫を支えに吊星が現れた。途端、ザエルアポロの羽は吊星によって地面との間に挟まれて動けなくなる。

 

「なっ!」

「僕ァ君にも君の能力にも全く興味ないんだ。先を急いでるから、遊んであげる余裕も無いしね。じゃァ」

「……なんてね」

 

サッサと立ち去ろうと背を向けていた薫がザエルアポロの不穏な雰囲気に反応して咄嗟に振り返った瞬間、ザエルアポロの方から目が眩むほどの光が放たれた。

 

「なんだ⁉目潰しじゃないな?………⁉」

 

薫は急激な眠気に襲われて片膝をついた。白伏の様なモノを掛けられたらしい。

 

「百目鬼さん⁉」 「薫さん!」

「これ、は…マズイ………」

 

耐えられず、彼は重すぎる瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハハハッ!こんなに上手くいくなんてねえ!素晴らしいよ。ここまで完璧な状態で百目鬼薫を手に入れられるなんて、準備してきた甲斐があった!」

「薫さんに何しやがった!」

 

倒れ伏した薫を見て満足そうに高笑いをするザエルアポロに恋次が食って掛かった。雨竜も黙ってはいるが、先程以上に余裕が無くなっている。

 

「そうだねえ、君たちにはこの状況だけじゃ理解できないだろう。しょうがないから教えてやろうか。これは特定の人物に対してのみ発動する誘夢装置でね、百目鬼薫には眠ってもらったのさ」

「眠った…?白伏みたいなもんか?それなら―――」

「そんな程度の低いモノじゃない」

 

装置を片手で弄りながら、ザエルアポロがゆったりと椅子に腰掛け直した。

 

「百目鬼薫の斬魄刀に対して物理攻撃はあまり意味が無い。物理的な術に関しても、彼は死神の術のスペシャリストだから対抗される。なら、彼を戦闘不能にするにはどうすればいいか?―――彼の精神を閉じ込めてしまえばいいのさ」

 

鷹揚に手を前に突き出しながら語るザエルアポロを前に、雨竜は小声で恋次に指示を出した。

 

「何らかの術で強制的に縛るにはタイムリミットが有る筈だ。その時まで時間を稼ぐんだ」

「タイムリミットなんて有るわけないだろう?」

 

恋次が返事をする前にザエルアポロが嘲笑した。

 

「ヒトが最も苦痛なく、自ら拘束されたがるのはどんな状況だと思う?」

「……まさか⁉」

「ふふ、そっちの滅却師は分かったみたいだね。答えはその状況が最も彼にとって幸福である場合だ」

「薫さんはそんなMっ気無えぞ!」

 

反論した恋次を雨竜が制した。

 

「阿散井君、さっきアイツは”百目鬼さんは夢を見ている”と言っただろ。そしてこの状況が百目鬼さんにとって幸福なのだとしたら、彼は今、幸せだったころの夢―――具体的には橘昴との過去の夢を見せられているという事だ」

「御明察!悪夢を見せても良かったけど、万が一夢から覚められると完全な状態で回収できない可能性があったからね」

「くそっ、このままじゃ…百目鬼さん!目を覚ましてください!百目鬼さん!」

 

薫の近くまで行って雨竜が声を張り上げても、恋次が身体を揺すっても、薫の安らかな表情が動くことはなかった。

 

「さて、三人そろって僕の研究室に来てもらおうか。下手に抵抗しないでおくれよ」

「くっ…師匠(センセイ)、僕はどうしたら…」

 

石田の言葉が聞こえた瞬間薫の表情が歪み、とんでもない量の薫の霊圧が辺り一面に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はた、と薫は動きを止めた。自分は今何をしていたんだったか?

 

「隙有りぃ!」

 

スコォン!という音と共に、自分の頭頂部に衝撃と痛みが走った。

 

「痛ってェ…一体誰だよ?」

「”誰”だあ?何だよお前、打ち合いの最中に寝てたのか?」

 

涙目になりながら頭を押さえ、正面にいる自分を殴った人物へ目を向ける。

呆れ顔の彼女を見て薫は硬直した。

 

「昴―――⁉何で生きてるんだ!」

 

木刀を構えて薫の前に立っていたのは、昴だった。

 

「はあ?そもそも死んでないし。どんな夢を見てたんだよ?他の科目ならともかく、この授業中に寝るとか有り得ないだろ」

 

周りを見回すと、そこは懐かしい風景―――霊術院の道場の中だった。薫と昴を含め皆が木刀を持ち、霊術院の制服を着て打ち合いをしている。

呆れ顔の昴はあどけなさを少し残した顔立ちだ。

 

――――いつから見て懐かしいとか、あどけないと思ったのだろう?

 

「夢、か…何かとても嫌なモノだったような気がするんだが、思い出せなくて…」

「コラア!其処の二人、まだやめるように言っとらんぞ‼」

「馬鹿!お前のせいで怒られただろうが!―――すみません!続けます!」

 

呆ッとしていた薫は教師に怒られて、今度は素手で昴に頭を叩かれた。

ただそれだけの事なのに胸の中が暖かくなる。こんな時期もあった、と思った自分を不思議に思いながら、その理由に触れるのを恐れている自分を自覚して薫は首を横に振った。

 

(集中、集中!)

 

木刀を構え直して昴と向き合う。一呼吸の後、二人の刀は再び交わった。

 

 

 

 

 

 

 

「お前、大丈夫か?なんか今日変じゃないか?」

 

次の授業への移動中、昴が薫の顔を覗き込みながら言った。

柄にもなく心配そうな昴を見て、本当に今日はどうかしている、と薫は思った。

 

「あァ、何か凄く現実味のある夢を見たような気がしたんだ。でも、覚めてよかった。具体的なことは思い出せないんだが、お前が―――昴が死んでしまうような(クダリ)があったような気がしたんだ」

「はあ?ま、良かったんじゃないか、お互い無事で…予知夢じゃないと良いけどな」

 

冗談めかして言った昴の言を聞いて薫は青褪めた。

 

「そんなわけないだろッ‼」

 

廊下中に響くような声で怒鳴ってしまった薫は、呆然としている昴を置いて駆けだした。次の授業はサボって頭を冷やさなければ。一体自分はどうしてしまったのか…

 

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ!薫っ!」

 

相当走ってから薫は手を掴まれた。昴が追いかけていたらしい。

振り返ると、昴が困惑した顔を驚愕へと変えた。

 

「薫?泣いているのか?―――⁉」

 

掴まれた手を振りほどいて昴を抱き寄せる。突然抱きしめられて昴があたふたしているのが分かるが、そんな事には構わず薫はさらに強く彼女を抱いた。

 

「良かったッ!生きていてくれて、本当に良かったッ!」

 

この反応、この香り、この声、この姿―――間違いなく昴だ。昴はここにいる。

自分の手の中に居てくれている、その事実が彼の心を満たしていった。

そんな彼の状態を見て、昴は大きく息を吐いた。

 

「馬鹿、死んでないって言ってんだろ?たかが夢で動揺しすぎだって。ったく、そんな状態じゃこの後の授業出れないか?」

「……出るよ。お前と一緒に居たい」

「馬鹿、そういう台詞は付き合ってる彼女とかに言うもんだ。やっぱ出ない方が良いな」

「出る」

「……」

 

昴が脱力したのを感じて薫も腕の力を緩めた。立ち位置は変わらないから薫から昴の表情は見えないが、困ったように笑っているのが分かった。それを感じながら、自身の心が落ち着いていくのが分かる。目を閉じようとした時、どこかから小さく声が聞こえた。

 

『…師匠(センセイ)…』

 

弾かれたように薫は昴から距離を取った。

何処で聞いたか思い出せないその声の主に反応したのではない。その単語ソノモノに薫は反応した。

 

「薫?どうしたんだ?」

「今、何か言ったか?」

「言ってないけど?」

 

師匠(センセイ)、次はいつ帰っていらっしゃいますか?』

 

丁度目の前にいる昴とそっくりな少女がおずおずと彼にそう訊いたのを思い出す。

 

『あの、師匠がもしまた私に護身術を教えて下さるなら、今度は刃物を使ってみたいのです』

 

頭が痛む。思い出したら辛いことまで背負わねばならないのが分かる。なのに、思い出さずにはいられない。

 

『師匠をお助けできるようになりたいのです!…僕なぞにはおこがましいでしょうか』

 

「そんなことはない。そういう意味じゃないよ、馨」

「かおり?誰だ、それ」

 

不思議そうに訊き返す彼女に、薫は冷ややかな視線を投げかけた。

既に彼は全てを思い出していた。昴は本当にいなくなっていること、今彼がザエルアポロの術中にあること、そして、馨という少女―――薫が償わなければならない、背負わなければならない罪のことも。

 

「悪趣味だ。これ程僕らのことを踏みにじって、タダで済むと思っているのかねェ?ザエルアポロ、あァ、口に出すのも嫌気がさすよ。君ァ僕の逆鱗に触れてしまった」

 

怒りに任せて霊圧を解放する。勿論、この程度の術と相手に全開にしたりなどしない。

 

「薫⁉こんなところで「黙れ」―――薫…」

「さようなら、僕の虚像。君ァ僕の願望だ。でももう、君じゃァ僕をこんな世界に留めておくことは出来ない」

「………行くのか」

 

取り繕うことを止めたらしい彼女は、諦めたように薫に訊いた。反抗したりしらを切りとおすと思っていた薫には少し意外だった。

 

「あァ」

「…なら、止めない。薫、さらばだ」

 

彼女の言と同時に薫の周囲の世界が暗転した。そう思ったのも束の間、再び彼の五感が”現実”に戻ってくる感覚があった。

 

 

心に、鈍い痛みを抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

その場にいた三人共、何が起きたのか分からなかった。

 

「まさか、夢から覚めようとしているのか⁉そんな筈はない!どれだけ精神の強い者でも、感情がある限り甘い記憶に縋らずにはいられない筈だ!」

「全く、最悪な気分だよ、ザエルアポロ・グランツ」

 

いつの間にか薫は目を覚ますどころか立ち上がっていた。薫の声には一切の抑揚が無く、真上を向いていたため誰からも顔が見えなかったが無表情なのが分かった。その無表情は勿論無感情から来るものではない。怒りと殺気を孕んだその一言一句が三人の背筋を冷やし、彼らの逃走本能を刺激した。

薫の顔がザエルアポロの方に向けられる。

 

「何も知らないくせに僕たちのことに首を突っ込んでくるなんて良い度胸だ。その無知と愚昧に報いよう。さざめけ、〈波枝垂〉」

 

雨竜と恋次は心底薫の後ろの位置にいてよかったと思った。それでも凄まじい殺気なのだ。真面に喰らったら臓腑をいくつも潰されている自身の身がもたない。

 

「僕が無知で愚昧だと?死神風情が調子に乗「〈波枝垂〉」―――グアアアアア‼」

 

薫が斬魄刀を横薙ぎに振るうと、ザエルアポロの両足が爪先から砂のように崩れ始めた。

血こそ出ないが、その悲痛な叫びと表情で想像を絶する痛みなのが見て取れる。

太もものあたりで崩れ落ちるのは止まった。

 

「流石は十刃、破面を纏める存在だな。この痛みでショック死しないだけでも大したものだよ」

「はっ…はぁっ………貴様っ…」

「勘違いするなよ?本番はこれからなのだから。六ノ型―――枷鎖(カサ)

 

既に足で立つことが出来ず這いつくばるザエルアポロに薫が斬魄刀を向けると、ザエルアポロの腕が持ち上がった。

 

「何だこれはっ!腕が、勝手に」

 

そのまま彼の腕は自身の羽を一つ掴むと、思い切り自身から引き抜いた。

肉が千切れ骨が砕かれる生々しい音と共に再び悲痛な悲鳴が響く。

 

恋次は直視できず、薫の死覇装の裾を必死で引っ張った。

 

「薫さん、もういいだろ!それ以上やっても意味は()え!さっさと(とど)めをさしてやってくれ!」

五月蠅(ウルサ)いな。それは君が決めることじゃない。黙ってろ」

 

薫と目が合った恋次はそれ以上声を出せなかった。出そうにも、体がそれを拒絶するのだ。彼に逆らってはいけないと恋次の本能が言っていた。

一つ、また一つと羽が抜かれ、最後の一本にザエルアポロの手がかかった時、新たな乱入者があった。

 

「そのくらいにしておきたまえヨ。それ以上形が崩れたら研究しにくいじゃないカ」

 

声と同時に薫の肩のあたりから先のとがった金色の金属が生えてきた。崩れ落ちるように倒れる薫とその後ろに現れた人物を見て、薫が斬魄刀に刺されたのだと彼を含めた三人は理解した。

 

「涅マユリ…」

「フン、呼び捨てかネ?百目鬼薫、貴様には、この〈疋殺地蔵(あしそぎじぞう)〉で指一本動かせなくなった今のうちに仕置きしておいた方が良いかネ」

 

擬態を止めて風景から現れた涅マユリは、自身の斬魄刀〈疋殺地蔵〉をゆっくりと振りながら薫を見下ろした。

彼の斬魄刀の能力は斬りつけた相手の脳の四肢を動かす電気信号系を遮断するというものだ。従って薫は今、マユリの言の通り指一本動かせない筈だった。

 

「僕ァ貴方が浦原さんの後任だなんて認めてないのでね。多少扱いが雑になってしまうのは仕方のないことでしょう?」

 

そう言いながら薫はゆらりと立ち上がった。マユリは一瞬目を大きく開いたが、すぐに深い笑みをその顔に浮かべた。

 

「ほう…鬼道でも滅却師の乱装天傀の様なモノでもない。とすれば斬魄刀の能力かネ?成程、脳からの電気信号が伝わらないから、斬魄刀で強制的に電気の振動を作り出して体を動かしているというわけか。先程あの破面を操っていたのも同じ原理だネ。面白い、君にも興味が持てそうだヨ」

「それはあなたの勝手ですが、僕の邪魔はしないでいただこう。ザエルアポロ(アレ)はこの程度の苦痛では済まさない」

 

最早味方すら手にかけかねない勢いの薫に、マユリは大きくため息を吐いた。

 

「ヤレヤレ、仕方ない。百目鬼薫、浦原喜助から伝言だヨ」

 

その言葉で薫の動きが止まった。

 

「”百目鬼サンへのお願いその三は貴方の判断次第っス。なるたけ使わずに済むように行動してください。勿論それは、その過程も含めてっスよ!”だそうだヨ。貴様が暴走したら伝えるように奴から言われていたんだが、貴様はそれに沿っているのかネ?全く、この程度の伝言をこの私にさせるとは……大きな貸しだヨ」

「……………分かりました。この場は貴方にお任せします。失礼します」

 

返事も聞かずに薫は瞬歩で去った。

 

「つくづく失礼な男だヨ」

 

薫の消えた方を向きながらマユリはポソリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ァァァァァァアアあああいいいぜぇぇぇんんん!!!!」

 

ドカーンという派手な爆音と共に薫は壁を突き破った。勿論これはタダの憂さ晴らしだ。

ステージのように高くなった台座の方をキッと睨みつけると、東仙、ギン、そして藍染が立っていた。

藍染は微笑をその顔に貼り付けたまま薫の方を向いた。

 

「真っ直ぐこちらに向かってくるとは意外だったな。仲間思いの君なら、井上織姫の方へ行くと思ったのだが」

「それはそれは、当てが外れて残念だったねェ?なに、あそこには一護だけじゃなく更木隊長もいるんだ。彼女はこちらの手の内にあるに等しい。それなのに動こうとしない君の方が気になってねェ?兎も角久しぶり、藍染。織姫に治してもらって男前が上がったよ」

 

衝動的に抜刀しようとした東仙を制して藍染が続ける。

 

「光栄なことだ。しかし百目鬼薫、いつまで余裕でいられるかな?―――縛道の八十一、断空」

 

薫の目の前に断空が現れた。不審に思って後ろに下がろうとして、後頭部を強打した。

 

「~~~~~ッ⁉」

 

後頭部を抑え、思わず振り返るとそこには断空が張られていた。それどころか、上下左右も合わせて六枚の断空が彼を閉じ込める結界のように張られている。

 

「これは…まさか!」

「流石、これを知っていたのかい?そう、これは疑似重唱を用いて大前田希ノ進が四楓院夜一を拘束するために使っていた結界だよ」

 

夜一は二番隊の隊長時代も自由気儘な性格だったから、仕事をサボって抜け出すことが間々あった。それこそピンクの羽織の隊長以上に。しかも速力は廷内一ときたものだから、当時副隊長だった大前田希ノ進は相当彼女に仕事をさせるのに苦心していたそうだ。

最終的に彼は夜一が逃げた後に捕まえるのを諦め、その前に結界の中に閉じ込めておくことで解決を図った。

八十九番以下の破道を完全に防ぐ断空を六枚も用いた結界を開発するくらいだから、その涙ぐましい過程が垣間見える話である。

彼はこれを、六度の詠唱をすることなく、しかし効果はそのままにする技術・疑似詠唱を用いて完成させた。

 

つまり、今薫は当時の夜一と同じ状況にある―――どころではなく、実質完全に隔離されてしまったのである。

普通の隊員が放った断空であったら最悪力ずくでも何とか破壊できるが、今これを張ったのは藍染だ。そんな(ヤワ)なものであるはずがないことは喜助に聞かされた百一年前の話で知っていた。当時の藍染は詠唱破棄の断空で鉄斎の詠唱済みの飛竜撃賊震天雷砲を難なく防いだ、と。ならば、鬼道で破壊など不可能だ。というかこれほどの密閉空間で九十番台など放ったら、例え断空を破壊できても薫も無事では済まない。

 

(〈波枝垂〉、これを破るのにどれくらいかかる?)

 

薫は結界の一面に触れながら心の中で訊くと、〈彼女〉は少しむくれた。

 

『これは……疑似詠唱の影響か、或いは藍染の故意か、断空の密度にムラがあります。砕くには少しお時間をいただきたいです』

 

(少し、とは?)

 

『そうですね………ニ分で砕いてみせます』

 

無念そうな彼女を宥めながら、薫は眉を寄せた。それを見た藍染は後ろに控えていた東仙とギンの方へ向き直った。

 

「彼が出てこないうちに、僕らも行こうか。要、天挺空羅を」

「はい」

「行く?一体ど―――」

 

何処へ、と薫が訊こうとした時、その目の端に動くものを捉えた。そちらに目を向けると―――

 

「織姫⁉」 「薫さん⁉」

 

織姫がそこに立っていた。

 

「君、さっきまで一護達のところに居たんじゃァなかったか?」

「それが―――「随分と辛そうな顔をするね、井上織姫?」…!」

 

藍染の声に、織姫がおびえて肩を縮こめる。

 

「君は彼らの手から離れ、僕を癒し、その力を我ら同志のために捧げることでその身をここに置くことを許されていたはずだよ。この状況で君は笑わなければ。太陽が影れば、皆が悲しむ」

「勝手な理屈だな、藍染。馬鹿を言っちゃァいけない。織姫がさも嬉々として協力していたみたいな言い方をするな。脅迫して屈服させておいて、その上笑えだと?面白くない冗談だ」

 

その返しに、藍染は表情を変えた。

 

「ほう?そうは思えないような状況に仕組んだ筈だったが、君は分かっていたのか。何故それを護廷隊に報告しなかったんだい」

「そういう状況だったからだよ。こういう時、彼らが一死神の言で決定を覆すはずがないと分かっていたからああいうやり方にしたんだろう?」

 

薫の言に、邪悪な笑みで藍染は応えた。

 

「その通りだよ。そして、私は護廷十三隊が彼女の能力を重視していたことも分かっていた。案の定、彼らも虚圏(ウェコムンド)に隊長格の死神を送り込んできた。それも四人も、だ。これ程の戦力を、我々は虚圏に幽閉できた」

 

それと同時に藍染達の後ろに黒腔が開いた。その穴の奥には―――――

 

「井上織姫は第五の宮に置いていく。私がいない間、虚夜宮(ラスノーチェス)はウルキオラに任せるよ。井上織姫、百目鬼薫、君たちは私が空座町を()して帰ってくるまでそこで待っていると良い」

 

そう言って藍染は後の二人と共に、空座町へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

黒腔(ガルガンタ)が閉じると、織姫は薫の方に駆け寄って来た。

 

「薫さん!私はどうすればっ!」

「落ち着くんだ。―――ッ!織姫、後ろッ!」

「きゃあっ」

 

織姫は、いつの間にか屋内に入り込んでいたウルキオラに肩を掴まれ、無理やり結界から離された。

 

「藍染様が待て、と仰っていただろう。その程度のことも分からぬなら、その耳は要らないか?」

「織姫!」

 

薫の叫び声に彼は反応すると、視線だけこちらに向けた。

 

「この霊圧…藍染様の結界か。足止めを喰らってそのザマとは」

「”そのザマ”かどうか、試してみるか?」

「ふん、虚勢もその位にしておけ」

 

興味をなくしたように彼は織姫に向き直った。

静かに問答をしているようだが、僅かに殺気を出したウルキオラが織姫の胸元に手を添えるのが見えた。

 

(〈波枝垂〉!まだ破れないのか)

 

『お待たせいたしました。いつでも破れます!』

 

薫が結界を破ったのと、凄まじい斬撃が部屋に乱入してくるのが同時だった。

 

(これは、一護の月牙天衝!なら、加勢して戦うべきか?)

 

その思考は、喜助の顔が頭に過って却下された。最悪の展開に備えるよう行動しなくては。

薫はどさくさに紛れて姿を眩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この辺りでいいだろう」

 

一見すると包帯に見える細長く白い布を彼が放り投げると、それはひとりでに空中で動き出してヒトがニ、三人は入れるほどの長方形を描いた。

 

薄いその形が出来るのを見た彼は低い声で詠唱を開始した。

それは鬼道衆に入った者ならば何千と唱えさせられる詠唱だ。

次第に霊力によってその長方形で区切られた空間が歪んでいく。

 

「―――開門」

 

最後の掛け声を引き金に一瞬目映い光が走ったかと思うと、その中に彼は飛び込んだ。

 

”穿界門”という名で死神が使うこの空間移動の通路は本来、現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)を繋ぐもの。しかし座標さえ分かってしまえば、彼にとってそれを虚圏からの移動法として使うのは簡単なことだった。

 

薄く光を放っていたそれは暫くすると形を成していた布が端から燃えだし、火が回りきって弾けると消えた。

それは誰にも知覚されること無く、ただ静かに役割を終えた。

 




薫が戦うのはザエルアポロにするかアーロニーロにするかで迷いました。
パターンは一緒なのですが。(薫がキレる→相手をボコボコにする→花太郎が必死に止める)
アーロニーロパターンだと花太郎を出せたのですが、折角ザエルアポロが伏線っぽいことをしていたのでやめました。
ザエルアポロ氏、もっと色々発明品とかあっただろうに出す暇も与えない薫は鬼畜です。彼を追い詰めすぎたザエルアポロも半分悪いのでこれは自滅という分類になるんでしょうね。きっと。


発明品と言えば、浦原さんもそう言う対破面戦用の武器を作ってますよっていう描写をしようと思ったんですが止めました。
一護→そもそも破面に近いので対破面用武器を使って大丈夫か微妙。加えてその後ネルが合流するので使えない。
石田→有効活用してくれそうなヒトその一だったけど、その後ペッシェと合流するので使えない。
チャド→虚の力が混ざっているので使えるか不安。破面と虚は霊圧が違うらしいので使えるかもしれないが、有効に使ってくれそうなイメージが無い…(ファンの方、ごめんなさい!)
ルキア→有効活用してくれそうなヒトその二。アーロニーロルートで行くなら結構これはアリかなと思ったが、結局作者が投稿しなかったためボツ。
恋次→チャド氏の後半と一緒。しかもドンドチャッカと合流するためもうどうしようもない。(ファンの方本当にごめんなさい)
……結論・お悔やみ申し上げます。

折角寝食を惜しんで作っていた(と書こうとしていた)のに残念極まることです。

説明が雑なのは作者が眠いからです。
すみません!


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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