紫苑に誓う   作:みーごれん
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学名:Kalanchoe
科名:ベンケイソウ科
大きさ:背丈15~40cm 横幅20~40cm




”たくさんの小さな思い出”
”あなたを守る”





カランコエ

馨が入隊してから三日後

 

「乱菊さん!さらっと貴女の業務僕に押し付けないでください!あとこれとこれ、僕じゃ署名できないですッ!」

「じゃあそれだけ寄越して後はやっといて!馨は仕事早くて助かるわ~」

「やりませんよ⁉隊長に怒られるのは乱菊さんなんですからね?知りませんからね?」

 

馨と乱菊はすっかり仲良くなっていた。この期間に業務を覚えた馨は、今日まで乱菊の仕事ではなく三席の仕事を手伝ってきていた。

 

「うるせえぞ!黙って仕事しろ!ったく、田沼の最終出仕日くらい真面目にやれっての」

 

冬獅郎は青筋を立てながら二人にキレた。これからもこれが続くのかと思うと先が思いやられる、という感じだ。

 

「僕も怒られるんですか⁉ヒドイ…」

 

涙目になりながらも、結局彼女は少し増えた仕事をこなした。

 

 

 

 

 

「田沼三席、今日までご苦労様でした!」

「ありがとう、立花君。君もこれから色々と大変だと思うけど頑張ってね。陰ながら応援しているよ」

 

業務終了と共に、三席は任を去った。彼は前回の出撃でもう戦えない体になっていたらしい。それでも事務仕事を続けてはいたが、家の方から帰って家業を手伝うよう言われてしまったのだそうだ。

 

「こちらこそありがとうございました。三席もお元気で」

 

お辞儀をすると、田沼三席は困ったような照れたような笑みを浮かべた。

 

「気を付けるよ。立花君もね」

 

そう言って彼は大勢に見送られながら十番隊の門を出た。

 

 

 

 

 

 

彼が去った後、冬獅郎、乱菊、そして馨は、十三番隊へ向かった。

そこで馨と関係者の情報共有が行われるらしい。

 

馨は正直、入隊してから今日までをこの時のために費やしていた。

師匠(センセイ)は自身について全く語らないヒトだった。決して無口なわけではなかったから、意図的に隠しているだろうことは分かった。それでも一度、ねだってみたことがある。”師匠の過去について聞かせてほしい”、と。

 

『……馨、それを言う勇気のない僕を許してくれ』

 

師匠は一言そう言うと、悲しそうに俯いた。その顔を今でも馨は忘れない。後悔、哀しみ、憎しみ、嘆き…あらゆる負の感情を混ぜこぜにしたような表情を見た時、馨は胃を握られたような鈍い痛みに似た感情を知った。コレは触れてはいけないものなのだと、知ることを諦めていた。

それが今、分かるのだ。不安はあったが、それ以上に好奇心で体がふわふわと軽いような錯覚さえする。

 

「日番谷、松本、立花だ。入るぞ」

 

冬獅郎が襖を開けた先には、既に何名もの死神が待機していた。

 

「おお、来たか!君たちで最後だ。遅かったな」

「悪い、浮竹。ウチの三席が今日付けで除籍だったものだから、見送りに行っていた」

 

そうかそうか、と冬獅郎と話している白い長髪の死神を見て、馨の頭がズキリと痛んだ。

 

「立花?大丈夫か?」

「隊長…?え、はい!大丈夫です」

 

咄嗟に頭を片手で抑えたのを冬獅郎に見られていたらしい。痛んだのは一瞬だったし、特に異常はないだろう。

 

「日番谷隊長、それでは、その者が立花馨なのですか」

「そうだ」

「何と……信じられぬ…」

 

癖のある黒髪に大きな瞳の女性死神が、一層目を見開いた。

他の死神も程度に差こそあれ動揺していた。していないのは先ほど浮竹と呼ばれたヒトと、ピンク色の羽織に笠をかぶった死神だけだ。―――要は、この前の入隊の儀で顔合わせを済ませた隊長だけだった。

 

「立花、ここにいるのは特に百目鬼薫と橘昴に親しかった者達だ。俺と松本はそこそこの付き合いでしかなかったから、詳しい話を聞くためにこいつらに集まってもらった」

「タチバナスバル…?乱菊さんが僕をそう呼んだ人ですか?」

「ああ。そういう説明はすぐにするが、取り敢えず来ている面子を紹介しておく」

 

そう言うと彼は京楽、浮竹に始まり、花太郎、七緒、ルキア、恋次を紹介した。

 

「初めまして、立花馨です。本日は宜しくお願い致します!」

 

元気よく頭を下げた馨に対する反応は様々だった。

朽木ルキアと阿散井恋次もそうで、恋次の顔を見てルキアが小突いた。

 

「おい、恋次。何をそう照れておるのだ気持ち悪い」

「んなっ、そこまで言わなくてもいいだろうが!いや、だって昴さんはこんな素直に頭を下げるタイプじゃなかったってか雰囲気が違い過ぎてよ」

「馬鹿者、当たり前だろう。立花殿は全くの別人なんだからな。それにその言い方は昴殿というより薫殿に失礼ではないか?あの方は元々素直な方だぞ」

「そうか?……あれ、雛森と吉良は来てねえのか」

「貴様、浮竹隊長のお話を聞いておらんかったのか⁉両副隊長は隊長が新しくなられた関係でお忙しいのだ!暇な貴様と違ってな」

「テメエ…ならお前だって暇なんだろうが!」

「貴様よりはな。あ~、五席は忙しいことだ。どこぞの副隊長より仕事が多くても有能だと早く片付いて参る」

「このっ…」

「はいは~い、そろそろいいかい?」

 

馨を含む他の面々が反応に困ってきたところで京楽が二人の話を切る。今回集まった趣旨を今更ながら思い出した彼らは顔を赤らめながら頭を下げた。

それを皮切りに冬獅郎が口を開く。

 

「取り敢えず、百年前の話から始めるか」

 

 

 

 

 

その話は、馨には俄かには信じられないものだった。師匠が元副鬼道長だったとか、世界の危機を救う手助けをしたとかも驚くべきことだったが、何より百年もの間周りの者から自身を偽り続けていたこと、そしてそれが彼の幼馴染を殺した者への復讐の為だったことが、馨には現実とは思えなかった。

あの穏やかな師匠にそんな過去が有ったなんて…

馨は話が終わってから暫く呆然としていたが、ふと我に返った。

 

「あのォ、僕ってそんなにその昴さんって方と似てるんですか?」

「似てるなんてもんじゃないねぇ。僕ら隊長勢は、君を最初に見た時また薫クンが変装してるのかと思ったくらいだよ」

「そうなんですか…実は、師匠も僕のことを三度だけそう呼んだことがあるんです」

 

羽織に笠の――京楽隊長は、ホウ、と馨に続きを促した。

 

「初めて師匠に出会って命を救われた時に一度と、師匠が息を引き取る間際に二度…最後は譫言(うわごと)の様に僕を”昴”と呼んだんです。”済まない”とも。そういう事だったんですね」

「馨チャン、もうちょっと詳しく彼との生活の話をしてくれる?」

「はい。僕と師匠が出会ったのは、南流魂街の森の中でした―――」

 

 

 

 

 

「君!危ないから下がっていなさい。町に戻るんだ!」

 

誰かの声がしてふと我に返ると、目の前にバケモノがいた。

そして逃げ出そうとして、別の問題に気が付いた。

 

自分のことがわからない。

町に逃げる?どこにあるのか、自分がどこにいるのかも分からない。どう逃げればいいのか、逃げたところでその後はどうすればいいのか、皆目見当もつかない。

彼女が立ち尽くしていると、先ほど声をかけてきた黒い着物を着た人物がバケモノを倒し、こちらに向かってきた。

 

「君、怪我は―――――」

 

彼はそう言い掛けて、思わず、といった風に呟いた。

 

「す……ばる?」

 

すばる?もしかして、それが自分の名前なのだろうか?

そう思っていると、彼はぶんぶんと顔を横に振った。

 

「君…名前は何と言うんだ」

 

その言葉は、何かに縋る様に出されたように聞こえた。

 

「わからない。おぼえてない…あなたは?」

「―――あ、あァ、僕ァ…百目鬼薫というんだ。ねェ、君の――」

 

百目鬼薫――――その言葉を聞いた時、何故かはわからないが胸が締め付けられる思いがした。知らぬ間に涙が頬を濡らす。胸に広がったのは、安堵と幸福感。しかしそれは後から思い返してから分かったことで、それ程大きな感情の揺れは彼女に動揺しかもたらさなかった。

 

「なッ!急にどうしたんだ⁉やはりさっき怪我を?」

「わからない…なにも……」

 

そこで彼女の意識は途切れた。

 

 

 

目を覚ますと、自分は布団の中にいた。さっきの彼が自分を覗き込んだ。

 

「おはよう。何か違和感は?」

「…いいえ」

「そうか。なァ、君はさっき何もわからないと言っていたが、何故あそこにいたのかとか、いや、もっと基本的なこと―――家がどこかとか、誰か知り合いの顔とか、そういう事も覚えていないのかい?」

 

目を閉じて過去の記憶が無いかを探ってみる。しかし、いくら思い出そうとしても、見えるのは自分の瞼の裏だけだ。彼女は静かに首を横に振った。

 

「そうか…」

 

彼は何か考え込んでいる様子だったが、不意に口を開いた。

 

「君、名前が分からないと言ったね。そのままでも不便だし、何か僕が勝手に付けても良いだろうか」

 

思わず、という風に彼は口を押えていたが、彼女には彼の言葉が灯台のように感じられた。何もない自分が、何かになれる、その機会だと。

 

「ほんとうに?」

 

彼女の言葉に彼は驚いて顔を上げたが、すぐに笑顔になった。

 

「あァ、本当だよ。といっても、名など付けるのは初めてだから、気に入らなかったらそう言ってくれ。そうだなァ――――かおり…立花馨、はどうだろうか」

 

困ったように彼は頭を掻いたが、その響きは彼女の心に温かく広がった。

どこか懐かしいような、ふわふわとした気分になる。

 

「たちばな かおり―――」

 

自分で口に出してみて、”これが良い”と思った。何度も首を縦に振ると、彼は”気に入ってくれたなら良かった”とまた笑った。

 

 

 

 

それからの三日間は、大半を彼と過ごした。馨は読み書きができることが分かったから、午前は勉強、午後は就職活動をして過ごした。

彼の名を呼ぶのが少し憚られて、途中から師匠と呼びだした。別段彼は何も言わなかった。

 

仕事も決まり、大分この世界のことを分かってきたところで師匠は一旦現世に帰ると言った。寂しかったが、それは出会った時から分かっていたことだ。

 

「なに、すぐに戻るよ。急に一人になって不安だろうが、君なら大丈夫」

 

笑ってそう言っていた彼は、その四日後に戻ってきた。

 

嬉しかった気持ちは、彼の状態を見て吹き飛んだ。あちこちに怪我をしている。この怪我がどの程度のものなのか、当時の彼女には分からなかった。

彼は唯、寝かせておいてくれとだけ言って泥のように眠った。

 

 

 

 

 

「それから半月は師匠を介抱しながら過ごしました。その間に勉強した本に書いてあったんです。死神と呼ばれる存在と、その役割が。師匠がそれだという事はすぐに分かりました。だから頼んだんです、僕も師匠の様な死神になりたいですって」

 

『馨、それだけは承服できないなァ。アレは危険な仕事だ。好き好んで就いてほしくない』

 

「―――一刀両断でした。正直、賛成してくれると思っていたのでショックでしたね」

「でも結局薫クンは紹介状まで書いて君をここに送ってきた、という事かい?」

「はい。諦めきれなくて、本に書いてあった鬼道を試しに使ってみたんです。そしたら大失敗して―――」

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした!どうしてもやってみたかったんですッ!」

「……怪我は?」

「ありません!」

「…………大きな力は使い方次第で毒にも薬にもなる。その位の事、お前なら理解してくれていると思っていたんだがね」

 

当時のことは、今思い出しても胃が縮みそうになる。師匠が本気で怒ったのは、後にも先にもそれっきりだった。

師匠は長く息を吐くと、絞り出すように言った。

 

「そんなに死神になりたいのかい」

「はい!師匠を助けられるように、そしていつか僕も、僕が師匠に助けられたように誰かを救いたいです」

「英雄気取りか?その程度の覚悟では真っ先に死ぬ」

「その程度、などではありません!」

 

馨はそれまで伏せていた顔を思い切り上げて彼の目を睨みつけた。

 

「師匠は僕があの時どれだけ救われたかを知らないんです!自分のことが何もわからなくて絶望していた僕を、立花馨にしてくれた!僕に希望をくれた!」

「やめなさい‼」

 

その時馨は初めて怒鳴られた。先ほどから怒られてはいたが、師匠は静かに諭すように怒るタイプのようだったから、これほど大きな声を出しているのを初めて聞いた。

 

「僕ァお前にそんなことを言われる資格はない。救われる資格は無いんだ!お前を死神にしたら、再び絶望を与えてしまうかもしれないよ?今の平穏な暮らしに不満でもあるのか」

「師匠だけが戦うなんて嫌です!誰か他の者が犠牲になるのも嫌です!犠牲の上の平穏で僕ァのうのうと生きていることはできません!」

 

師匠の瞳が驚愕に染まっていくのが分かった。同時に、説得を諦める気配も感じた。

 

「………弱音を吐いたら二度と指導したりしないぞ」

「‼――ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

「そうだったのか……それじゃあ馨チャンは、四か月半の指導でここまで来たって事かい」

「正確には四ヶ月だけですが…師匠の容体が悪化しましたから」

 

それを聞いて、冬獅郎と乱菊は密かに目を剝いた。

 

 

 

 

 

 

 

「師匠、今日は御加減如何ですか」

「存外悪くない。なァ、馨、その封筒と斬魄刀を取ってくれるか?」

 

ゴホッ、と師匠が血を吐きながら起き上がった。さっきは調子がいいと言っていたのに……

 

「どうぞ」

「ありがとう。馨、お前の決心は――――死神になりたいという決意は固いかい」

「勿論です」

 

彼は目を細めた。その表情が笑顔だったのか憂いを帯びたものだったのかは今でも分からない。

 

「ならば、この二つをお前に預けよう。これは護廷十三隊へのお前の紹介状。瀞霊廷の門番に渡しなさい。そしてこれは僕の斬魄刀。〈彼女〉の声に耳を傾け、〈彼女〉と共に戦いなさい」

「師匠……?」

 

礼を言う間もなく彼は布団に倒れこんだ。

 

「師匠?師匠⁉」

「昴…すまない、僕のせいだ……お前は僕のことを恨んでいるだろうな…」

「師匠、僕は馨です!立花馨!しっかりしてください!」

 

幾ら揺すっても、彼の瞳はどんどん光を失っていく。苦しそうに再び血を吐いた。

 

「泣くなよ、昴。この程度の苦痛、お前のに比べれば屁でもない。これはお前を苦しめ続ける僕への罰なんだ」

 

いつの間に泣いていたのか、馨の両目からは涙が流れ続けた。それを師匠はそっと拭った。

その手は力なく布団の上に落ちると、動かなくなった。

ゆっくりと彼は目を閉じた。その瞼の動きは酷く緩慢で、一瞬の事なのに何時間も経ったように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「そして師匠は息を引き取りました。僕に遺されたのは、師匠の斬魄刀の〈氷華〉だけです」

「な「立花、さっきお前、四ヶ月しか百目鬼と修行してないっつったな」……っ!」

 

ルキアが何か言おうとして、冬獅郎が遮った。浮竹がルキアの肩を掴んで何か言っているが馨には聞こえない。

 

「えェ。その通りですけど…もしかして、席官になるには才能ない程遅いですか」

「逆よ、逆。模擬戦とはいえ副隊長のアタシを負かすほどの実力を一からたった四ヶ月で身に着けるなんて早すぎるわ」

「そんなことが…入隊早々三席になった者自体、俺の知る限り君意外に三人ほどしかいないよ。どの子だって、少なくとも一年は霊術院で学んでいる。正直に言って、君の成長スピードは異常だよ…っ!ゴホッ」

 

愕然としかけた馨に、乱菊、浮竹と続いた。この話の流れだったこともあり、馨は尋常じゃないくらいに浮竹の咳に反応した。

 

「う、浮竹隊長!もうお休みになった方がよろしいのではありませんか⁉無理して体に障ったら…」

「大丈夫だよ!今日は調子が良いんだ」

 

さらに馨の顔色は悪くなった。師匠も死ぬ直前まで大丈夫だと言っていたからだ。

 

「駄目です!思っている以上に状態が良くない事だってあるんですから!ほら、()()()()()()()()心配してしまいますし!」

 

その言葉に全員が動きを止めた。唯一人、馨を除いては。

 

「あァ、でも押しかけてしまっているのはこちらですし、我々が退出し「立花、今何て言った」…え、いえ、あの、ですから、一旦十三番隊から場所を移した方が良いかと…」

「違う、その前だ」

 

冬獅郎が真剣になって聞いてくる。ただでさえ動揺していた馨は、一層動揺した。

 

「えェと…”思ってる以上に状態が良くないことだってある”と言ったと思います」

「その後、付け足して何て言ったかって訊いてんだ‼」

 

馨は吃驚して肩を竦めてしまった。最早何を答えるべきか、頭が真っ白になっている。

 

「す、すみません。分かりません」

「……すまん、怒鳴って悪かった。お前、確かに”海燕副隊長が心配するから”と言ったな?」

 

それを聞いて馨は目を瞬かせたが、すぐに首を横に捻った。

 

「そんなこと言いましたか?海燕副隊長、ってどなたなんですか?何か聞いたことあるような気はするんですけど…」

「…いや、知らないなら良い。今日はこれでお開きだ。立花、お前は先に帰ってろ。これは命令だ」

「え?でも「命令だ」…はい」

 

誰も動く気配が無いのを再度確認して、馨はしょんぼりしながら部屋を出た。

こんな空気の中じゃ、言えない。

”隊舎までの道、まだ覚えてないんです”なんて…

誰か気付いてくれないだろうかという淡い期待は残念ながら叶えられることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

肩を落として馨が部屋を出てから、冬獅郎は深く眉間に皺を寄せながら言った。

 

「アイツは本当に橘昴と別人なのか?」

「確かに、最後のは聞き捨てならなかったねぇ。今は海燕クンが浮竹の副官だなんて言う者はもう護廷十三隊にはいないから、偶々どこかで聞いたとかいう可能性は無い。けどさぁ、それじゃあ彼女の見た目年齢と合わないんだよねぇ」

 

確かに、京楽の言は的を射ている。

百年は、長きを生きる死神にとっても決して短いとは言えない時間だ。それこそ、現世で言う小学生程のサイズだった七緒が大人の女性にまでなるほどの時間なのだ。一定の年齢になればそうした成長は勿論急激に減衰するが、馨の見た目は昴よりも寧ろ若返っている。そんなことは普通起こりえない。

 

「確かにそうだ。霊圧も橘に似ているが、それまでだ。同じとは言えない」

 

浮竹もそれに同調した。そこに、ルキアが挙手しながら入ってきた。

 

「あのう、宜しいでしょうか」

「ああ、朽木、さっきは遮って悪かった。斬魄刀の話はまだ立花には早いと思ってな」

 

謝る冬獅郎に、ルキアは滅相もないと首を振った。

 

「それはもう良いのです!私が申し上げたいのは、若返りの症例を一件だけ聞いたことがあるというものでして」

「本当か⁉」

「はい。井上からの伝聞ですし、霊圧の変化まで有ったかは分かりませんが、数年前に頭を割られた破面の女性が力を失って幼女化していたという話をしていました」

「破面か…死神にそれが適応できるかは怪しいな」

 

死神は死ぬと尸魂界を構成する霊子となって形を保てなくなる。

橘昴を看取ったのはあの百目鬼薫だ。彼女が消えたところまで見ていたはず。瀕死の重傷で生き延びたその破面とは若干状況が違う。

加えて、馨は当時の昴よりも霊圧も実力も上がっている。凌駕していると言っても良い。恐らくソレが原因ではないのだろう。

 

「でもさあ、彼女が以前昴チャンだったとしたら、薫クンの言動の辻褄は通りそうじゃない?ホラ、馨チャンに”僕はお前にそんなことを言われる資格は無い”、”死神にしたくない”って言ってみたり、彼女のことを”お前”って呼んでみたりさ」

「京楽、やはりお前も気付いていたか」

「…どういうことだ」

 

意味深な発言をする京楽と浮竹に、冬獅郎が食って掛かった。二人は一瞬目で相談するかのようにお互いを見、浮竹が口を開いた。

 

「実は、百年前から薫君は橘に対してしか”お前”と呼ばないんだ。彼が橘を演じていた時も、薫君の事しかそう呼んでない。日番谷隊長も、冬獅郎、もしくは君、としか呼ばれていないはずだ。違うかい?」

 

冬獅郎は記憶を探ってみた。確かに彼は自分のことを一度も”お前”呼びしたことが無かった。

 

(しかし、そんなこと気付くか、フツー?)

 

二人の観察眼にちょっと冬獅郎は驚いた。

 

「じゃあ、アイツの最後の言葉は何だ?”この程度の苦痛、お前のに比べれば屁でもない。これはお前を苦しめ続ける僕への罰なんだ”って、今の立花を見る限り、苦しんでるようには見えねえぞ。現在形なのが確かに引っ掛かるが…」

「記憶を失っている苦しみ、とかでしょうか。昴殿が自身を取り戻せないことに対する贖罪、のような」

「いや、それは多分無えな」

 

ルキアの考えは、あっさり冬獅郎に否定されてしまった。

 

「百目鬼は、立花に自身の過去について殆ど何も語らなかったそうだ。記憶を戻させたいならそんな真似はしねえ」

「殆どってことは、何か伝えてはいたってこと?」

 

京楽が興味津々に冬獅郎に訊いた。言うかどうか迷って、結局冬獅郎は呟いた。

 

「俺の事だけは伝えられていたらしい。”お前の上司になる男だから”と言われたそうだ」

 

それを聞いて京楽は、目をぱちくりさせるや否や、苦笑いになった。

 

「前々から分かってはいたことだけど、薫クンってば気味の悪いくらいに頭の切れる子だよねえ。じゃあ何?今までの経過は彼の掌の上ってこと?」

「すべてがとは言わねえが、少なくとも立花の入隊先はそうなんだろうな」

 

その直後、さっきから貝のように押し黙っていた山田花太郎と伊勢七緒の声がはもった。

 

「「あのっ、」」

「僕」「私」

「「のことも伝わっていないのでしょうか⁉」」

「恐らくな。お前たち二人のことを伝えていないことをとっても、百目鬼はどちらかというと過去のことを立花に知られるのを恐れていたような印象を受ける」

 

意気消沈している七緒の肩を慰めるように叩きながら京楽は話を纏めに掛かった。

 

「そこまでが正しいことだと仮定するなら、これから僕らはどうした方が良いだろうね?既に色々教えちゃってるけど、馨ちゃん自身が何か思い出したとか気付いたとかいう風には感じなかったけど…今日は伏せておいた斬魄刀の話とか、今後出てくるだろう矛盾点とかって伝えない方が良いかなあ」

「だろうな。百目鬼の斬魄刀がわざわざ橘の斬魄刀の名を騙っているのはアイツの指示なんだろ。そこに何かあるのは確実だが、斬魄刀に直接訊こうにも立花は具象化まで行ってねえ」

 

行き詰った議論に活路を見出したのは花太郎だった。

 

「あのぅ、それでは四楓院夜一さんに、斬魄刀を強制的に具象化する道具をお貸しいただいてみてはどうでしょうか」

「「「‼」」」

 

その手があったか、と隊長三人は顔を見合わせた。以前、確かに一度〈波枝垂〉を転身体という、隠密機動の最重要特殊霊具を用いて具象化させたと聞いた。黒崎一護の卍解修得にもそれが使われたという。

 

「でかした、山田!素直に話すかは分からんが、話を聞いてみる価値はある。早速現世行きの任をでっち上げる」

「そんな事堂々と言っちゃって良いんですか、隊長?」

「構わねえ。どうせ口外する奴なんてここには居ねえだろ?」

 

松本の問いに冬獅郎が口の端を挑発的に上げると、全員が頷いた。

そんな冬獅郎を見て、京楽がにやけながら言った。

 

「しかし意外だねえ、日番谷隊長?君がこんなに熱心に彼女に手を貸してあげるなんてさ」

「別に。ただ、ここまで来たら俺も気になって来たってだけだ」

「優しいねえ!ところでさ、その現世行の任務って僕も付いてっちゃ駄目かな」

 

逡巡の後、冬獅郎は出来ないと分かりつつも理由を問うた。

 

「…理由を訊きたい」

「相手はあの薫クンの斬魄刀なんだよ?普通に訊いたり話したりするだけじゃ躱されちゃうかもしれないでしょ。僕はそういう駆け引きがこの中では一番の自信がある。その場に立ち会っておきたいのさ」

「……十番隊として実行する以上、京楽が付いてくるのは任務としては無理だ。だが――」

 

一呼吸おいて、冬獅郎はそっぽを向きながら言った。

 

「個人で休暇中の奴にまで付いてくるなとかとやかく言ったりはしねえ」

「ありがと~!」

「京楽隊長!私も「七緒チャンは僕がいない間お留守番。いいね?」……っ、はい」

「ごめんね。下手に大人数でいくと警戒されちゃうからね」

 

申し訳なさそうに京楽は七緒をなだめた。あまり大人数でいくべきではないというのは、冬獅郎らも賛同した。

 

「じゃあ、馨と現世に行くのはアタシですか、隊長?」

「いや、今回は俺が行く。松本は十番隊を任せる」

「え~!何でですか~?アタシも現世行きたい!」

「遊びに行くんじゃねえんだ。それに、浦原にも協力を仰ぐなら俺が出向くべきだろ」

 

服だ化粧だお土産だと騒ぐ乱菊を置いておいて、冬獅郎と京楽はお互いの予定を擦り合わせた。

 

「じゃあ、出立は一週間後。浦原への連絡は俺から済ませておく」

「了解!休暇なんて取るの久しぶりだねぇ」

 

それをもって、この集まりは終了した。

 




元三席の田沼さんは、実は「十五話・理由を」で名前だけ出ていました。当時は四席でした。
「あ、そうなんだ」と思った方。それが普通です。こういう説明する場の無い細かい伏線が色々あったりするので、この作品が完結した時、もう一度読んでみると新たな発見があるかもしれません!
「ああ、やっぱり!」と思った方。あなたはこの作品を読み込み過ぎです。勿論、そこまで読んでくださっているというのは作者冥利に尽きることですので凄く嬉しいですが、全部が全部伏線というわけではないので悪しからず…
というかそんな方いらっしゃるんでしょうか。
多分いませんよね。すみません…読み流してください。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!







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