紫苑に誓う   作:みーごれん

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学名:Commelina communis
科名:ツユクサ科
大きさ:背丈15~50cm




”懐かしい関係”





ツユクサ・前編

 翌日、馨は重たい瞼を擦りながら呼びだされた隊首室へ向かっていた。

 彼女が寝不足なのには理由がある。――昨晩、十三番隊舎から盛大に迷って十番隊舎まで帰れず、瀞霊廷内を彷徨い続けていたのだ。結局、帰ってこれたのは隊長たちが帰舎してから三時間も経った後だった。

 

「おっはよう! あら、馨、顔色悪いわよ? どうしたの」

 

 後ろから突然声をかけられた。振り返ると乱菊だった。

 

「おはようございます、乱菊さん。ちょっと寝不足なだけなんで大丈夫です」

「あら、ダメよ? オンナノコは美容に力を入れてなんぼなんだから! 折角の美人が台無しよ?」

「ありがとうございます。気を付けます」

 

 

 

 

 睡眠時間が短かったせいか、今朝は変な夢を見た。

 

 馨は真っ暗な空間に浮かんでいた。周りには何かの気配がしたが、姿は見えない。

 何か自分以外のものが無いか探してみると、なんとそこには師匠がいた。

 

師匠(センセイ)!)

 

 声に出そうとしたが、上手く出ない。仕方がないから近づこうとすると、何故か体が思うように動かない。

 師匠の方はというと、こちらには気づく様子もなく俯いていた。涙が零れているわけでも嗚咽(おえつ)が漏れているわけでもないのに、彼は泣いているように感じた。それもさめざめとではなく、号泣の類のものだろうことが何故か分かった。

 

(師匠、どうして泣いているんですか? 泣かないでください。貴方が悲しいのは僕も悲しい)

 

 その言葉が聞こえたのかは分からないが、唐突に師匠が顔を上げて馨を見た。

 彼の口が動いた。声は聞こえなかったが、何を言っていたのかははっきりと見えた。

 

 ――――――――すまない、馨――――――――

 

 そこで目が覚めた。

 

 

 

 

 

「――り? か~お~りってば! 何、そんなに寝不足なの?」

 

 夢のことを思い出して馨が意識を飛ばしていたのを、乱菊が心配そうに覗く。

 

「あ、すみません。ちょっと考え事を……ところで昨日、僕が帰された後って皆さん何をしていらっしゃったんですか?」

 

 馨の問いに乱菊は顔を引き攣らせた。視線が逸れる。

 

「ああ、あの後? それはあの~、ほら、あれよ。なんてゆうか――」

「薫さんと昴さんを出汁(ダシ)に思い出話に興じていたんです。おはようございます、松本副隊長、立花三席」

 

 急に後ろから声がして振り返ると、昨日の集まりにいた眼鏡の美人秘書風な死神――伊勢七緒が立っていた。手に書類を持っているから、それを届けに来ていたらしい。

 

「七緒! おはよ!」

「おはようございます、伊勢副隊長」

 

 馨が頭を下げると、七緒は何故か悲しそうな顔をした。だがそれも一瞬のことで、すぐに彼女は眼鏡を掛け直しながら書類を持ち直した。

 効果音は”シャキーン!”だ。

 

「お二人とも、これから執務室ですよね? ご一緒しても?」

「勿論です。といっても、もうすぐそこですが」

 

 執務室の標識は既に目に入る位置にあった。

 言葉に詰まった七緒を見て、言わなくても良かったかな、と馨は心の中でちょっぴり舌を出した。

 

 

 

 

 

「失礼しま~す!」

 

 松本の声と共に、冬獅郎が呼びだしていた立花、そして京楽からの遣いの伊勢七緒が入室した。

 

「おう、おはよう。立花、朝早くから悪いな。お前の初任務が決まったからその連絡だ」

 

 眠そうだった馨は、その言葉で瞼を全開にした。

 

「本当ですか! 何時(イツ)です? 何処(ドコ)です? 何をするんです?」

「ちょっと落ち着け。一週間後、訓練を兼ねた現世での(ホロウ)討伐の出張任務だ。俺が引率として付いて行く。二三日いる予定だから、用意しといてくれ」

「現世……!」

 

 興奮冷めやらぬ、といった表情で呟いた馨に、冬獅郎は咳ばらいを一つした。

 

「立花、分かってるとは思うがこの任務は訓練とはいえ一歩間違えば命を落とすことだってあるものだ。上位席官でも雑魚虚と侮って返り討ちにあった奴を何人も知ってる。遊び気分で来るようなら容赦なくお前は置いていく。いいな?」

 

 その言葉に馨は表情を引き締めた。

 

「はい! 隊長の足を引っ張らないよう、死に物狂いでやらせて頂きます」

 

 

 

 

 

 元気よく部屋を出た馨を、冬獅郎、乱菊、七緒は見送った。

 乱菊は扉が閉まるなり大きく息を吐いた。

 

「はぁ~、さっきは助かったわ、七緒。あの後のことをいきなり聞かれるなんて思ってなかったから焦っちゃった」

「あんなにあからさまに反応しては駄目ですよ。彼女、勘付いてないと良いですけど」

 

 二人の会話を聞きながら、こうやって隠していけるのも時間の問題だと冬獅郎は悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に出現した壁に危うく頭を打ち付けそうになった馨は、何とか足を踏ん張ってそれを堪えた。

 

「あれ? 行き止まり⁉ じゃあさっきの道で合ってたのか」

 

 十三番隊への書類を抱えながら、馨は自分の隊舎からすら出られずにいた。

 師匠と生活していた時は生活圏が限定されていたから迷うという経験を殆どしたことが無かったのだが、この瀞霊廷どころか隊舎は広すぎる! それに加えて建物の外観が似たり寄ったりだったから、馨はなかなか道を覚えられずにいたのだ。

 

 すごすごと道を引き返すと、さっき会った伊勢七緒とばったり出くわした。

 

「立花三席? こんなところで何をしているの」

「伊勢副隊長……いえ、十三番隊にこの書類を届けに行こうとして迷っていたんです」

「あら、それなら門は反対方向よ? この先にはお手洗いくらいしか無い筈だけど」

「え、あ、あれ⁉」

 

 自分の顔が紅くなっていくのが分かる。他隊の副隊長の方が隊舎に詳しいのはどういうことか……これでもここ数日馨は隊舎内を歩き回っていたはずなのだが……

 その様子を見て七緒がフォローを入れてくれた。

 

「大丈夫! 隊舎の作りなんてどこも似たようなものだから、私の方がここの作りを覚えやすかっただけよ。それに、ここに来ている回数も二桁なんてものじゃないし……気にしないことね」

「あ……ありがとうございます……」

 

 尚もはにかむ馨に、明るく七緒が言った。

 

「私も今から帰るところですし、途中まで一緒に行きましょう?」

 

 

 

 隊舎を出て少し行くと、昨日の道順を少しずつ思い出してきた。

 

「確か昨日はここを曲がって行きました」

「そうなの? そっちの道は確かに近いけど、夜は暗いから一人で通っては駄目よ? いくら瀞霊廷の中とはいっても危険が無いわけではないから」

 

 落ち着いてきた馨は、折角なので一週間後の現世行きがどんなものかを七緒に尋ねてみた。ところが、彼女はそれには参加したことが無いのだという。

 

「私は昔から鬼道は得意だけど剣道は苦手で……後方支援しかできないから必要以上に実践的な任務には就かせてもらったことが無いの。参考にならなくてごめんなさい」

 

 肩を落とした七緒は、その見た目に違わず真面目で一生懸命なヒトなのだろう。乱菊とはまた違った意味で心を許せるヒトだと馨は思った。

 

「良いんです! 伊勢副隊長、他に誰か現世へ行ったことのある方をご存知ですか」

「今から十三番隊に行くなら、朽木さんに話を聞くといいわ。まあ、彼女の場合は少し特殊な経験をしているけれど、現世について結構詳しいはずよ」

 

 朽木さん、というのは、昨日会った朽木ルキアの事だろう。彼女もまた真面目そうな、でもちょっと抜けたところのありそうな印象の死神だった。

 

「特殊な経験、ですか」

「ええ。小説が一本書けそうなくらいの、ね。さ、着いたわ」

 

 気付くとそこは十三番隊の門前だった。途中で分かれるはずだったのに、七緒は馨を心配して付いてきてくれたのだろう。

 

「最後まで付いてきて頂いてしまってすみません。ありがとうございました」

「いいえ。また困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」

 

 七緒と別れた後、十三番隊に足を踏み入れた馨は、事務室に辿り着いた。

 

「失礼します。十番隊の者ですが、書類のチェックをお願いします」

「こちらでお預かりします。――――はい。問題ありません」

 

 チェックしてくれている隊士がちらちらと馨を見ている。こういう対応も、もう慣れっこだ。

 

「私に何か?」

「いえ、貴女が噂の立花馨三席ですよね? 本当に昴さんそっくりで驚きました」

 

 素直に答える隊員に、眼鏡を掛けた柔和そうな男性が優しく注意した。

 

「こら、君、きちんと業務に集中してください。書類の下段の記入漏れを見逃していますよ」

「可城丸八席! すみません、気を付けます」

「え、本当ですか? すみません、直します」

 

 書類を見てくれた隊員と馨が同時に反応すると、いいえ、と彼は馨の方を向いた。

 

「構いません。これくらいなら僕がやっておきます」

「すみません、ありがとうございます……」

 

 申し訳なく思いながら部屋を出る前、見回してみてルキアがいないのに気が付いた。可城丸の方も、馨が何かを探しているのに気付いたらしい。

 

「立花三席、誰かお探しですか?」

「えェ……朽木殿はいらっしゃいますか」

「朽木五席ですか? 彼女なら先ほど早めの昼休憩で鍛錬場に向かって行かれたところですよ」

「そうですか! ありがとうございます!」

 

 扉を閉めると、馨は鍛錬場の方に駆けて行った。

 

 

 

 

 

「朽木さん! じゃなかった、朽木五席! 待ってくださいッ!」

 

 ちょっと瞬歩を使ったりして、馨はやっとのことでルキアに追いついた。ルキアの方は、突然呼び止められて驚いていた。

 

「立花殿⁉ どうしてここに?」

「いえッ、ここには、書類、を届けに、はァッ、来ただけなの、ですが」

 

 切れ切れの息で、現世で実地訓練をすることになったため、現世についての話をきいておきたいと七緒に相談したらルキアを紹介されたというようなことを伝えると、尚もルキアは不思議そうに首を傾げた。

 

「そこまでのお話は分かりましたが、よく私がここにいると分かりましたね?」

「あァ、それは可城丸八席に貴女が鍛錬場に向かったと聞かされていたからです」

 

 そこまで言って、馨はふと違和感を覚えた。何か、今の状況は不自然ではないか?

 その正体が分からずもやもやしていたが、馨の答えに得心が行ったのかルキアは快く応じてくれた。

 

 

 

 

 

「私が単独で現世に向かったのは、今から九か月ほど前が初めてだったのです――――」

 

 鍛錬場の外れにあった大きめの岩に腰を下ろすと、徐に彼女は語りだした。

 

 彼女が担当した町で、一人の異常に霊圧の高い少年にあった事。

 彼とその家族を救うため、自身の死神の力を彼に譲渡した事。

 それが原因で尸魂界から捕らえられ、極刑に処される決定が下った事。

 それを阻止しようと、彼女に助けられた少年が尸魂界に乗り込んできた事。

 そして、一連の出来事が藍染という死神の策だと発覚し、皆が事なきを得た事。

 

 七緒の言は正しかった。コレはまるで冒険小説だ。間違いなくルキアはその姫役。

 一通り話し終えると、ルキアは懐かしそうに嘆息した。まるで、目の前に彼女を助けに来た死神代行を見ているかのようだ。

 

「それで、その黒崎一護という死神代行は今はどうしているのですか?」

「…………あ奴は、藍染を封印する際死神の力を失ってしまったのです。最早、戦うどころか私をその目に映すことすらできませぬ」

 

 その眼には後悔の色が浮かんでいた。きっと、彼の犠牲の下による決着は彼女の望みではなかったのだろう。

 沈黙に耐えかねたのか、ルキアは急に大きな声を出した。

 

「そう言えば、立花殿は現世についてお聞きになりたかったのですよね? 話が逸れてしまってすみません」

「いいえ! 僕が聞きたかったのはこのお話もでしたから!」

 

 その後、ルキアが現世で見た面白いモノや変わったモノの話をしてもらった。

 紙パックや制服など、見てみたいことが沢山できた。

 

「そう言えば、現世の方も殆どが霊力をもっていないのでしょう? 瞬歩以外の長距離の移動手段はどうしているんですか?」

 

 面白いものが沢山あるなら、何か画期的な移動手段があるのかも、という読みだ。

 

「近いところでは徒歩ですね。しかし、自転車や自動車、電車というものもあちらにはあるようです。自動車は一日に何霊里も、電車は何十霊里も駆けることができるカラクリだと聞いています。ただ、電車は乗るのに難儀な手続きが必要だったり、迷ったりすることもあるそうで――――」

 

 その時、馨の中で錠前が外れるような感覚があった。さっきの違和感の正体だ。

 

「それだああ‼」

「ど、どうされました!」

 

 いきなり立ち上がって叫んだのを恥じながら馨は座りなおした。

 コホン、と一息つく。

 

「話を切ってしまってすみません」

「いえ、殆ど終わりかけでしたから。して、立花殿、どうなさったのです?」

「そのォ、先程から感じていた違和感の正体が分かったものですから」

 

 馨が反応したのは、ルキアの”迷う”という発言だ。

 馨はまだ入隊してから日が浅い。それこそ昨日今日で自隊に帰れないだけでなく隊舎内でまで迷ってしまうほどに。それなのに、十三番隊では一度も迷っていない。事務室に直行し、鍛錬所に向かったルキアに一発で出会ってしまえたのだ。

 七緒の言っていた通り、隊舎内は似たような構造になっているのだろうが、自隊のものまで把握できていない馨にそんなことが出来たことに違和感を覚えたのだ。

 

「何か来たことあるように感じたんですよね。既視感ってやつですね」

 

 あはは! と頭を掻きながら言うと、ルキアは黙って考え込むような素振りを見せた。

 

「朽木五席?どうなさいました?」

「え、いいえ、何も……ところで、他の隊舎でも似たようなことは有ったのですか?」

 

 似たようなこと……と考えて、一つ思い出した。

 

「門前にしか行っていませんから中までかは分かりかねますが、日番谷隊長に瀞霊廷を案内していただいた時、五番隊だったかに似たような感覚を味わったような気がします」

「五番隊、ですか?」

「えェ。門の作りなんて似たり寄ったりなのに、変ですよね」

 

 もっと難しい顔になったルキアを見て馨は戸惑った。何か自分は不味いことを口走ってしまっただろうか?

 すると、向こうから人影がこちらに向かってくる。あれは確か――

 

「可城丸八席?」

「ええ。もう覚えて下さったんですね。ところで朽木五席、まだここにいらっしゃったんですか」

 

 困った顔をした彼の顔を見て、ルキアの顔が青くなっていくのが分かった。

 

「今、何時です?」

「二時半になります」

「「しまったああああああ!」」

 

 ルキアと馨は同時に立ち上がった。既に昼休憩をとっぷり一時間は過ぎてしまっている。

 

「すみません、朽木五席! こんなに付き合わせてしまって……」

「構いません。お役に立てたのなら幸いです。また何でもお聞きください!」

 

 可城丸に礼と詫びを述べ、二人は全速力で各々の仕事に戻った。

 勿論、馨はすぐには仕事場にすら戻れなかったわけだが…………

 

 

 




幕外
 十番隊執務室
 副隊長の乱菊が部屋を見回して、その部屋にただ一人いた上司の冬獅郎に声を掛ける。

「あれ、隊長、馨知りません?」
「十三番隊に書類を届けに行ったっきりだ。どうせまた迷ってんだろ」
「な~んだ……ちょっと仕事手伝ってもらおうと思ってたのに。居ないんじゃ仕方ないか」

 口を尖らせながら書類を振る乱菊に、冬獅郎が細めた目を光らせた。

「自分の分くれェ自分でやれ! 立花は口には出してねえだけで、松本が勝手に押し付けた仕事分を把握してるぞ」
「そうなんですか⁉ ……はっ、まさか、道に迷っているっていうのはあたしの仕事から逃れるための口実⁉ 油断ならないわね。今度あたしもそう言ってサボってみようっと」
「口じゃなくて手ぇ動かせ! それと本当にやったら今度こそ減俸だからな⁉」
「冗談に決まってるじゃないですか、真に受けないでくださいよ! あ、あたし七緒に用が有ったんだった! 隊長、緊急の用事なんでこの書類お願いしても良いですか?」

 全く信じていないという目で冬獅郎が見たのを気にも留めない様子で乱菊は扉の前まで移動した。

「十二時までに行かないといけないんで、宜しくお願いしまーす♡」
「……何処にだ」

 扉から半身を出した乱菊はウインクして舌を出しながら早口に、

「八番隊の近くに出来た甘味屋です! 早く行かないと席が無くなっちゃうんですよ」

 と言うだけ言って脱兎のごとくその場を去った。

「――松本オオオォォ‼」

 冬獅郎の怒声が響く。
 十番隊は今日も平和だ。




2018/5/12 書式変更しました。




今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
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