これ以降の投稿は作者の都合でスローペースになります。
すみません…
(何も.…聞こえない?)
斬魄刀と対話するための形、
いつも〈彼女〉に会いに行くと、その時々に〈彼女〉は楽器を弾き鳴らしていた。毎度毎度楽器が変わることは有っても、無音ということはなかった。
恐る恐る目を開けると、〈彼女〉が薫を抱きしめていた。
「え…?〈―――〉?」
思わず〈彼女〉の名を呼ぶ。一瞬その腕に力が籠ったが、ゆっくりとそれも解けていき、〈彼女〉は薫から手を離した。手を離したといっても、一歩も〈彼女〉は動いておらず、また俯いたままのため、〈彼女〉より背の高い薫にはその顔が見えない。
「―――泣いて……いるのか…?」
動かない二人が立つ水面には、絶えず小さな波紋ができては広がっていく。
『貴方があんな大胆なことをなさるとは思っていませんでした』
意外にもきっぱりした口調で〈彼女〉は言った。
『藍染は黒です。真っ黒です。きっとあの人は貴方に目を付けた』
「………」
こんな〈彼女〉は初めて見た。泣くほど動揺しているところも、誰かの名前を呼び捨てにしているところも、一度も薫の名を口にしないところも。
うなだれて乱れた〈彼女〉の前髪を耳にかけ、薫は跪いてその顔を仰ぎ見た。泣いたせいで目元が赤い。唇を噛み締めているため、口元も紅を差しているかのようだ。肌の白さとのコントラストが艶やかで、儚げだ。
『無理はしないでと言いました』
「あァ」
『藍染が敵であることもわかっていらした』
「あァ」
『他ならぬ彼が、
「あァ」
『なら、なぜあんなことを言ったのですか⁉』
あんなこと、というのは、藍染に面と向かって犯人かどうかを聞いたことを言っているのだろう。
「…ああでも言わなければ、彼は動揺なぞしてくれなかった。彼に欺かれていたかもしれなかった」
『わたくしは欺かれたりしません』
「君が言ったんだ、あの男はあの浦原喜助をも陥れた。万が一にも君が欺かれたら、僕にそれを知る術はない。…それでも、すまなかった」
『……』
沈黙した〈彼女〉の目からは、絶えることなく涙が零れ続けた。最後の薫の一言で、その雫は更に大きなものに変わった。
「これァ僕の持論だが、女性を泣かせる奴はゴミだ。生ゴミだ。だから、君が泣き止んでくれるのなら僕にできることは何だってしよう」
彼女の顔が微かに持ち上がる。何度か言葉を言いかけて
『…それでは、敵とはもう接触しないと誓ってくださいますか?』
「立場上全く、ということはできないが、極力君に従おう。それでは駄目かな?」
『誓ってくださるなら』
「あァ、誓うよ。僕ァ彼らと極力関わらない」
『ッッ!薫様!』
跪いていた薫の上から〈彼女〉が被さってきた。あァ、余計に泣いてしまっているじゃァないか…
〈彼女〉が泣き止むまで、薫はその頭をそっと撫で続けた。
(やけに静かだ)
橘昴は薫の部屋の前で聞き耳を立てていた。
年頃の女が何をやっているのかと言われそうだが、彼女には良くあることだ。良く言えば大胆なその行動は、ある意味、彼女の魅力の一つだ。
ともかく、薫の部屋から何の音もしない。彼の霊圧はそこにあるのに全く動かないし、部屋に入るタイミングを完全に逃してしまっていた。
(ええい、面倒くさい。どうせ薫との仲なんだ、大概のことは大丈夫だろ)
「おっす、薫!聞いてく…れ…」
部屋に入って分かった。薫は刃禅を組んでいたのだ。そういえば、薫が斬魄刀を用いた修行をするのを見るのは初めてだ。見たからどうということはないのだが、食い入るように見つめてみる。
「こんな奴のどこがいいんだ…」
先日薫が十三番隊に来ていた時、昴と一緒に歩いていたのを都三席に見られていたらしい。彼は誰?かっこいいじゃない!紹介して!という話になったわけだ。都さんも人が悪い。横にいた志波副隊長の反応を見て面白がってただけじゃないのか…
ということを考えていると、薫が動く気配がした。薫と目が合う。
「え?昴?え、何?何でここに⁉」
薫の動揺っぷりにニヤニヤしながら、昴は「連絡事項がありまして」と口火を切る。
「この度、わたくし橘昴は十三番隊第十席を拝命することとなりました~!」
「えええぇぇぇェ⁉そんな席次、始解ができないと、え、まさか、昴」
一層笑みを深めた彼女は、幼い少女のように歯を見せながら笑った。
「そのとーり!やっと始解を修得できたんだ!」
「‼やったじゃないか!」
「えっへん!そこで、先輩の死神二人がお祝いをしてくれることになったんだ。薫も来てお祝いしたまえ!」
昴は相変わらず騒がしい奴だが、薫にはそれがいつも心地良い。
「何で上から目線なんだよ…しかし良い先輩だな、こんな後輩のためにお祝いしてくれるなんて」
「どーいう意味だ!全く…それで、来る?来ない?」
ニヤリ、と今度は挑戦的な視線だ。薫も同じ視線を返す。
「行くに決まってる。おめでとう、昴」
「へへ!ありがと!じゃ、行こう!」
(…今日の話だったのか…)
薫がこっそりため息を吐いたのは、彼だけの秘密だ。
「それでは、橘昴の十三番隊第十席拝命を祝しまして、
耳に心地よく響く低めの声は志波海燕副隊長のものだ。その隣でにこやかに盃を掲げているのが志波都、彼の妻で十三番隊第三席を務めている。以前薫が十三番隊にお邪魔した時には二人の姿を見なかったが、上位席官であるのに初対面でも砕けた雰囲気を纏った彼らと一緒にいると、まるで以前からの知り合いだったかのような気さえしてくる。
「お二人の目から見て、こいつァ隊に溶け込めていますか?」
薫は昴を指してきいてみた。
「そうねえ、ある意味、溶け込めていないかもねえ」
「都さん⁉」
そんなぁ、と昴が落ち込んでいる。しかし、都はまだ続きがあるという顔だ。
「ある意味ってどういう意味なんですか?」
「ふふ、彼女は高嶺の花なのよ、薫クン?」
「「ええっ?」」
都の発言を、聞き間違いかと思ったのは昴もだったらしい。薫と揃って驚いている。
「実はね、昴さんは大胆で気品があって、しかも美人だから話しかけ辛いんですって!」
「本当ですか?大胆で美人だっていうのは分かりますけど、気品がある?昴に?それはちょっと話を盛りす…ぎ…」
しまった、言い過ぎたか?昴の顔が真っ赤になってる。まずい、殴られる―――
と青ざめていたら、横から見ていた海燕が吹きだした。
「ぶふっ!あはは、百目鬼お前、反応するとこそこなのかよ⁉」
(そこってどこだ?何か発言を間違えたか?)
薫が頭上に“?”マークを浮かべていると、都がにこやかに
「変なことなんて何もないわよね?昴さん、美人だものね?」
と聞いてきた。
「昴ほどの美人は中々いませんよ。都三席と同じくらい遭遇率が低いです」
「おおっ、百目鬼、分かってんじゃねーか!ほら、飲め飲め!」
急に海燕が上機嫌になった。もう何の話か分からない…
少しすると、昴はもう酔いが回ったのか机に突っ伏し、ほろ酔いで弁舌が達者になってきた海燕をしばらくしてから都が手刀で沈めた。部屋に運ぶため薫が海燕を担ぐと、「紳士ね」と都に頭を撫でられた。そういえば、人に頭を撫でてもらったのは初めてかもしれない。僕ァこんなに優しく〈彼女〉に接せていただろうか…?
翌日、三番隊、二番隊に話をつけに行き、最後に一番隊にやってきた。前二つの隊は、経緯は違えど隊長を失った。どちらの副官も他人ではなく、自分の実力不足を悔やんでいた。彼らなら、隊をキッチリ立て直すだろう。
「副鬼道長、百目鬼薫です。入室の許可をいただきたい」
答えが返ってくるまでに一瞬の間があった。緊張のせいか、その間が酷く長いように感じた。
「入室を許可する」
「失礼します」
壁の一面が取り払われた一番隊執務室は、その部屋の開放的な構図に反していつも身が縛られるような雰囲気を漂わせている。それは、この部屋の主、山本元柳斎重國のせいであることは明白だった。
「話はきいておる。じゃが、その是非を答える前に一ついいかの?」
「勿論です」
「何故、一番隊を最後に訪れた?」
なァんとなく、なんて答えられる雰囲気じゃない。まァ、そうではないから正直に答えればいいわけなのだが…
「何故、最後ではいけないのですか?」
総隊長の質問に質問で返す、なんて、鬼道衆の二番手でもなければ若造には口にすることさえ許されないことだろう。現に、雀部 長次郎 一番隊副隊長は薫に向けて霊圧を全開にしている。
「何故じゃと?そんなこと聞くまでもあるまい。一番隊は護廷十三隊全隊の模範であり指針。護廷隊と協力したいなら、ここに一番に来るのが筋じゃろう?」
「だからこそです」
「何じゃと?」
薫は深呼吸してから、はっきりと言った。
「だからこそだと申し上げたのです。一番隊が真っ先に我々に賛同すれば、各隊長格の面々はそれに従うでしょう。しかし私は、一番隊に、あなたに従って協力する護廷隊とは真に協力することはできないと思ったのです。各隊長、副隊長、隊員たちがどう鬼道衆への感情の折り合いをつけるのか、それを見極めてからあなたにお会いしたかった。それだけです」
山本重国は、思わず目を見開いた。
(―――――長次郎の霊圧をあれだけ浴びておきながら、眉一つ動かさずこれほどの啖呵を切るとはのう。これは成長が楽しみだわい)
「相分かった。お主の心、無駄にはせん。一番隊も、全面的に協力しよう。じゃが、これほどの規模ともなると、お主一人での立案は難しかろう?お主にその手腕が育つまでは、わしにこの件を預けてはもらえんか」
「はい。そこに関しましては、私はまだまだ若造です。総隊長殿にお任せ致します。自分で言い出しておいて、何とも不甲斐無い話ですが」
ニヤリと不敵に笑う薫は決して不遜さを感じさせず、寧ろ人を惹きつける魅力を感じさせた。
「ほっほっほ!なに、お主なら十年と掛かるまい。死神には一瞬のようなものじゃ」
「ありがとうございます」
薫が一番隊を出ると、昴が立っていた。
「よォ、昴。どうしたんだ?こんなところで」
「いや、あの、都さんたちが…昨日の二次会をやろうってことになって…」
なぜそんなに歯切れが悪そうなんだ?
「どっかいい場所、無いかな?」
「あァ、なんだ、今度は幹事を任されたのか。しかし一日開けてって、何でわざわざ…そうだなァ、だったら…」
薫が提案し終えると、昴の顔がパッと明るくなった。
「それで、ここ?」
都が呟く。驚きを隠せない、という感じだ。何故ならここが―――流魂街の外れにある平野だったからだ。
「えェ!昨日のは昴の昇進祝いですが、昴が始解したってことはそれと同等にめでたいことです。折角なので、お披露目会をと思いまして」
海燕と昴は何かもめているようだ。
「と、いうわけで副隊長、お披露目会の演出を手伝ってください」
「嫌だ!俺の斬魄刀とお前のは相性最悪なんだぞ⁉」
「だからこそですよ!それに、折角ですから副隊長の雄姿も薫に見せてあげてください」
「それが雄姿じゃなくなるから嫌だって言ってんだろうがぁぁっ!」
で。
「水天逆巻け、〈捩花〉!」
都の鶴の一声で斬魄刀を解放した海燕は、独特の構えで立っている。三又槍とはまた珍しい。
昴が息を整え、「いきます」と宣言した。
「
刀身が平たく、大きくなった。それ以外に大きな変化はなかったが、一つだけ明らかだったのは、このあたりの気温が一気に下がったということだ。
「一度しかやらねえからな?いくぞ、橘!」
そう言って海燕は飛び上がりながら槍を高々と掲げた。それを振り下ろすと同時に、大量の水が溢れ出る。飲み込まれれば一瞬で気を失う量と速さだ。
(昴っ!)
思わず動きそうになった薫を都は制した。
「昴さんなら大丈夫よ」
都が目で促した先にいた昴はしっかりと流水に向かって剣を構えている。その剣先が水に触れた瞬間、水はもう水ではなく、氷になったかとおもえば弾けて消えた。
一瞬の出来事に薫は呆気にとられたが、すぐにそれがどう引き起こされたかを理解した。
(そうか!あれだけの水量が一気に氷になったから、体積の変化に耐えられずに割れてしまったんだ)
弾けた氷がキラキラと月明かりを散らしながら舞っていく。美しい景色だ。
斬魄刀を封じた昴が駆けてきた。
「どうだったね、薫クン?」
「僕が見た中で一番容赦のない斬魄刀だったよ」
昴の拳骨が薫の頭に炸裂した。
「しかし、氷雪系とはねェ…」
昴の斬魄刀〈氷華〉は、切りつけたものの温度を自由に下げられる能力を持っているんだそうだ。
「昴の性格上、僕ァてっきりお前は炎熱系だと思ってたんだが…」
「失敬な!お前の目は節穴か!」
そうやってすぐ煽られる熱いところを言っているのだが、昴には伝わらなかったらしい。
ちょっと意地悪でもしてやろう、と、薫は海燕に顔を向けた。
「そんなことないですよね?海燕副隊長?」
「百目鬼お前、俺にふるなよ⁉まぁ、言いたいことは分かるけど」
「ヒドイ!わかるんですかッ」
「昴ちゃんの一生懸命さがきっとそう映ったのよ。怒らない、怒らない!」
都の目を見て薫は深追いするのをやめた。折角のお祝いなのだ。あまり苛めてはいけないだろうと海燕と頷きあった。
たった二週間前に知った、日常はあっけなく崩れ去るものだ、ということを本当の意味で理解できていなかったと思い知ることになるのは、このほんの三週間後のこと。
この場にいる誰もまだそれを知らない―――――――
投稿できたことに驚いてます。
今日は絶対帰宅後すぐ寝ると思っていたので…
今回は小話集合の様な形だったので、サブタイトルを付けるのに苦労しました。
偶然の出会いや、団結することを表すのだそうです。
今回は結構色々大事な回だったのですが、読み返すといまいちシリアスになれないというか、主人公って実は馬鹿なんじゃないかと思うような感じになりました。
深夜に原稿を手直ししたりするからですね。反省です。
今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました!