紫苑に誓う   作:みーごれん

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以前、浮浪人トール様に感想欄でいただいたアイデアを乗せてみました。
花太郎、出番全然なくてゴメン!

そして浮浪人トール様、アイデアを使わせていただきました!
ありがとうございます!


ツユクサ・後編

 やっとのことで馨が隊舎に戻ると見覚えのある姿が目に入った。

 

「あ、えぇっと…山田四席!」

 

 肩の上で切りそろえられた髪になで肩、そして俯きがちな猫背をした死神が振り返った。

 

「貴女は立花さん! どうも、先日ぶりです」

「えへへ、先日ぶりです」

 

 どこか落ち着く雰囲気を纏った彼と向き合って、互いにヘラッと笑った。

 

「どうかなさったんですか?」

「いえ、お姿をお見掛けして嬉しくなってしまって……あ、そうだ! 山田殿、先日はありがとうございました!」

「ええ⁉ 僕何かしましたか?」

「お忙しい中師匠のことを思い出すために態々(わざわざ)集まってくださったことにお礼を言いたくて。あ~、そういう意味で言うと今日は御礼し損ねてばかりです」

 

 苦笑しながら馨が言うと、一瞬驚いた顔をした彼は再び深い笑みを浮かべた。

 

「いいえ! 僕らも薫さんのお話をしたり聞いたりできて嬉しかったんですから! 本当に懐かしいです。僕が最後に会ったのはほんの半年前のハズなのに……」

 

 彼の表情が僅かに影を孕んだ。

 

「百年前にはもう二度と会えないって覚悟してたんです。でも半年前にもう一度会うことが出来て、そのせいで今は変な感じなんです。多分、あの場に居た皆さんが……薫さんが死んじゃったなんて嘘みたいで……ひょっこり帰ってくるんじゃないかってどこかで思ってるのかもしれませんね」

 

 “変なこと言ってすみません”と彼は笑った。

 師匠に死んでほしくなかったヒトが自分以外にも居た。その事実が馨には嬉しかった。

 同時に申し訳なくもなった。

 

「……すみません」

「どうして立花さんが謝るんですか!」

「きっと山田殿は師匠を見送りたかったでしょう。僕だけが彼の最後を独り占めにしてしまったんです。きっと師匠だってもっと大事なヒトに――」

「そんな事有りませんよ」

 

 花太郎が馨の手を取った。

 彼の両手が馨の片手を強くつかむ。

 彼の手の温もりが伝わる。

 

「薫さんと立花さんがどれだけ互いを大事に想ってたのかは十分僕らに伝わってます。確かにお別れの挨拶ぐらいはしたかったですけど、それは立花さんのせいじゃないです! 何も伝えなかった薫さんが全部悪い‼ ――でもいいんです。薫さんはそういう困った所のあるヒトでしたから……全部全部自分で抱えて一人で何とかしようとしちゃうんです。ですから、薫さんが大事なヒトと居ながら亡くなれたのなら……こう言うと不謹慎かもしれませんけど、良かったと、そう僕は思うんです。独りで背負って独りで亡くなることほど寂しくて悲しいことはありませんから」

 

 その手は少し震えていた。

 いや、震えていたのは手だけではなく声もだった。

 もうすぐ泣き出しそうな……と馨が顔を上げた直後、彼の涙腺が決壊した。

 

「や、山田ご「うあああああん! 薫さぁぁん‼」おおおお落ち着いて下さい、山田四席! どうしよう、ええっと……」

「ちょっとアンタ達、何やってんのよ?」

 

 呆れた声の通りの顔で、馨の後ろから乱菊がやって来た。

 珍しく手に書類を持っている。

 

「乱菊さん! いえ、先日のお礼をしていたんですが……」

「お礼? 感極まって泣くほどのをしたわけ?」

「えっと、直接的な要因は違うんですけど、引き金の引き金がそれと言いますか」

「はっきり言いなさいよ、まったく……もお、とりあえず花太郎が落ち着くまでそこの会議室に入ってなさい。ここじゃ人目について仕方ないわ」

 

 

 

 乱菊が指さした扉に花太郎を案内して、狭いながらもちゃんとした給湯室で茶を入れる。

 話す内容が思い浮かばなかった馨にとって、その作業で時間を稼げるのは幸いだった。

 

「取り乱してしまってすみませんでした……」

 

 お茶を渡すと、会議室にある数多くの椅子のうちの1つに気まずそうに腰掛けた花太郎が言った。

 

「いいえ。僕も師匠が目の前で亡くなった時は酷く取り乱しましたから……お気持ちは分かります」

 

 自分の茶を机の上に置こうと持った瞬間、ほんの一瞬だけ視界が暗転し声が聞こえた。

 

『そんだけ目も頭も動いといて寝たままとか……アンタはホント、器用で馬鹿だよ』

 

 湯呑が割れる音で我に返った。

 

「立花さん⁉ お怪我は有りませんか‼」

「怪我、ですか?」

 

 呆然としながら床を見ると、大きなひびが走った湯呑から零れている茶は意外に少ない。

 妙に死覇装が温かいと思ったら自分に掛かっていたようだ。

 

「大丈夫です。死覇装が濡れてしまっただけですから」

「結構熱いですよね⁉ 火傷してるんじゃないですか⁉」

「いえ、痛いところはありませんから!それより湯呑を割ってしまいました……しまった……」

「そ、そっちですか……?」

 

 項垂れた馨を見た花太郎はおずおずと斬魄刀を抜いた。

 

「では、お茶のお詫びに。――内緒にしてくださいね。満たせ、〈瓢丸〉!」

 

 花太郎の斬魄刀は普通の日本刀より少し幅が広く何か枠のような窪みがあった。

 それをそっと湯呑に当てると、そのヒビが消えた。

 

「―――え? 何で……凄い!」

「僕の斬魄刀、〈瓢丸〉は傷を吸い取って癒す力を持ってるんです。今回みたいに僕が傷だと思うものならモノでも直せるみたいで……完全に割れちゃうと無理なんですけどね」

 

 うなじのあたりを照れながら擦って彼は言った。

 暫くして彼は慌てたように斬魄刀を仕舞った。

 

「本当は上位席官の瀞霊廷内での斬魄刀解放は規定違反なので、内密にお願いします!」

「分かりました! でも本当に凄いですね。あんなに派手に入っていたヒビがこんなに綺麗に直ってる!」

「そんなことないですよ。一定量以上の怪我は治しきれませんし、戦いには全然使えませんから……」

「そんなこと有ります‼」

 

 力を込めて馨が言うと、花太郎は目を丸くした。

 

「僕にはヒトを傷つける技術しかない。回道は師匠に教わってますけど、山田殿みたいに上手くいかないんです。虚が斬れるだけで仲間を護れるわけじゃない。師匠が仰ってました。“護廷十三隊を支える最も欠くことのできない部署は四番隊だ。彼らが居るから僕らは安心してギリギリまで戦える”って。その意味が今ならわかります。あれは自分の怪我を気にしなくて済むって意味じゃない。仲間を護るとき、それ以上敵に攻撃させないために動くことに専念できるようになるって意味なんだって! 仲間を癒してくれる人たちがいるからこそ、その人たちに背を預けられるって事なんだと思います。それを体現したような斬魄刀じゃないですか!」

 

 馨が一気に捲し立てると花太郎は暫く呆気に取られていた。

 気まずくなった馨が呼び掛けると、彼は困ったように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「たいちょ~う! 四番隊から書類回ってきましたよぉ! 副隊長から直接渡すようにって言われたんですけど、何の書類なんですか?」

「これは……」

 

 乱菊から受け取った書類に目を通した冬獅郎はそれを彼女に見せた。

 

「何ですか?――――“南流魂街四十地区〈饗庭(あえば)〉調査結果”? 実働隊は二番隊、四番隊、十二番隊⁉ 少数ずつとはいえ、こんなに人員を裂いて一体何を?」

「百目鬼の死亡確認だ」

「‼」

 

 乱菊の目が見開かれる。

 

「奴が死んだと言われても、あいつが以前やったことを鑑みれば疑うのが道理だ。事実確認に二番隊、あいつが息を引き取った場所の調査を四番隊、同じく暮らしていた家の調査を十二番隊が行ったらしい」

「結果はどうだったんですか」

「………ほぼ確実に死んでいるとの事だ。調査中の小隊の位置と立花の位置は〈波枝垂〉の有効範囲から大分離れているから、それによる偽装の可能性はねえ。強いていうなら、十二番隊が妙な痕跡を発見したってことくらいだ」

「妙な痕跡、ですか」

「ああ。どうやらその家に残された百目鬼の霊子の一種が少なかったらしい」

 

 眉間に皺を寄せながらパラパラと冬獅郎が資料を捲り、該当ページを開いた。データが様々添付してあるが、乱菊の知らない用語ばかりで彼女は首を傾げた。

 

「結局、どう問題があるんですか」

「問題って程じゃねえが、死神が死んで霧散する際に発せられるモノだったらしい。誤差とは言えない程に減少量が激しいのなんのと書いてある」

「それって、薫さんは生きてるかもしれないって事ですか?」

「いや、その霊子は死後にしか発生しねえそうだ。だから観測されている時点でその可能性はほぼ無え。加えて黒崎の証言から見ても、間違いは無いと結果が出てる」

 

 元死神代行・黒崎一護の証言によると薫が失踪する前、彼の胸には斬魄刀が二本刺さっていた。本来なら即死するはずのその傷で、彼は普通に一護と受け答えをしたというのだ。

 

「一護の証言って……見間違いとかじゃなかったんですか⁉」

「いや、浦原によると、百目鬼の斬魄刀の能力を考えれば有り得る話なんだそうだ。だがその後……余命は大分縮んでいたとみられる」

「余命? 何の話ですか」

「あいつはずっと前から患っていたんだそうだ。浦原にしか明かしていなかったようだがな」

「そう……ですか…………結局、薫さんは殆ど誰にも心を開かないまま……」

 

 俯いた彼女に冬獅郎は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「朽木です。失礼します」

 

 入室すると、浮竹十四郎が下半身を布団に入れたまま上半身を起き上がらせてルキアを迎えた。

 

「おお、朽木。今日もお疲れ!」

「浮竹隊長! お加減はもう宜しいのですか?」

「ああ。昨日だって良かったんだぞ? その後ちょっと興奮しすぎただけだ」

(いやいや隊長、そこが問題なんですって)

 

 昴の声が聞こえた気がしてルキアは一瞬硬直した。こんな幻聴が聞こえるのも、今日立花馨と話をしていたせいだろう。

 

「ところで朽木、どうしたんだ? こんな時間に来るなんて珍しいな」

 

 そうなのだ。今は午後九時――夜勤の隊士くらいしか業務についていない時間だ。体の弱い隊長をこんな時間に尋ねる者もまずいない。勿論、三席の小椿仙太郎と虎徹清音も自室に戻っている時間だ。

 だからこそ今来た。

 

「遅くに申し訳ありません。実は、お耳に入れておきたいことがあるのです」

 

 ルキアは、今日馨と話したことについての報告をした。内容はもちろん、彼女が述べていた”既視感”についてだ。

 

「十三番隊と五番隊に既視感を感じたと、確かに立花はそう言ったのかい?」

「五番隊の方は番号が少し怪しい感じはしましたが、そうです。これで増々立花殿と昴殿が同一人物であるという確証が――」

「いや、それは違うぞ、朽木」

 

 浮竹の顔が険しくなった。

 

「五番隊と深く関わっていたのはあくまで薫君の方だ。橘は生前、生活の殆どを十三番隊で過ごしていた」

「しかし、四番隊には花太郎がおります! 立花殿は五番隊ではなく、一つ手前の四番隊と勘違いしていたのではありませんか」

「山田が入隊したのは橘が亡くなった後だ。それまでは彼の兄が同じく四番隊だったが、殆ど関りが無いという事を本人が言っていた。本当に橘なら、ここを除いて既視感を持つなら精々、喜助君の居た十二番隊くらいだろう。彼女はよく薫君に付いて遊びに行っていたらしいからね」

 

 暗雲が立ち込める、というのはこういうことをいうのだろう。

 

「それでは――――立花殿の感覚が正しいとするなら、彼女は一体誰なのでしょうか……」

「…………」

「馨チャンは馨チャンだよ」

 

 ルキアが後ろを振り返ると、いつの間にか京楽が後ろの障子にもたれかかっている影が見えた。音もなく襖が開く。

 

「こんばんは! 二人して秘密の相談とは、連れないねぇ」

「京楽……!」 「京楽隊長!」

「まぁったく、真子クンの言う通りになってるじゃない。なあ、浮竹、ルキアちゃん、君らにとって馨チャンって何だい? 昴チャンが生きていてくれたらいいのにっていう君たちの願望を押し付ける(マト)になってない?」

「「⁉」」

 

 二人は反論出来なかった。否、してはならなかった。

 ”彼女は一体誰なのか”など、愚問中の愚問だ。そんなもの、立花馨に決まっている。

 例えその正体が別の誰かだったとしても、今彼女がいることに変わりはない。そんなことも思考できない程、二人は冷静ではなくなっていた。

 

「ありがとう、京楽。見失う所だった」

「いいよ~! こっちも、盗み聞きして悪かったねえ。偶々ってわけじゃないんだ」

 

 ルキアが首を傾げると、京楽は続けた。

 

「馨チャンがルキアちゃんに会う前、七緒チャンに会ってたらしいんだよね。その経由で何か分かったことはないか聞きに来てたんだ」

「流石だな。それで京楽、お前はこの話、どう思った?」

「どうだかねえ……ただ、一筋縄ではいかないってことがはっきりしたってことしか今は分からないよ」

 

 兎にも角にも、一週間後になってみなければ事態は進まないのだ。

 厳しい顔になった京楽と浮竹に挟まれて、ルキアは居心地悪そうに座り直すことしかできなかった。

 

 

 




前回の投稿後に文章の書き方についてメッセージでご指摘をいただきました。
目から鱗なことが多く、とても勉強になりました!
お名前を出してよいのか分からなかったので一応伏せさせていただきますが、再度感謝を。

そしてまだまだ拙い作者の文章を今回も読んでくださった皆様にも感謝を込めて。

ありがとうございました!

(注:最終回ではありません。なんかそれっぽくなってしまったので念の為)

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