紫苑に誓う   作:みーごれん

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学名:Zinniia
科名:キク科
大きさ:背丈25~100cm 横幅20~40cm




”警戒を怠るな”





ジニア

 満腹になったところで、馨は先程自分が寝ていた部屋へと案内された。

 

「お待ちしてましたよ、立花サン」

 

 ニコ、と喜助が微笑んできたが、どこか陰のある笑い方だ。そんな馨の不信感が伝わったのだろう。彼はすぐに真面目な声音になった。

 

「やはり、貴女は虚化しているようです。日番谷隊長にお願いして、今日の午後もお休みさせてもらえることになりました」

「え……ええッ⁉ 本当ですか? そんな自覚もないですし、何かの勘違いじゃァ……」

「いいえ。専門家として、あまり無理をしてほしくない状態っス」

 

 血の気が引いていく。虚化なんて、ただでさえ聞いた事の無い現象で不安だったのに、自分がまさかそうだったなんて……

 

「そ、それでは、死神としての業務も出来ないってことですか?」

 

 恐る恐る馨が訊くと、喜助はその帽子の鍔を片手で下げ、目元を隠しながら言った。

 

「それは続けていただいて構いません。ナニ、そこまで恐ろしいモノではありませんよ。現に、今の三、五、九番隊の隊長は皆サン虚化してらっしゃいます」

 

 ですから、と彼は続けた。わざとなのか、声が少しおどけている。

 

「尸魂界に帰還後、五番隊隊長、平子真子サンにお話を伺いに行ってみてください。何か助言を貰えるはずっス!」

「ええと、何でその方なんですか?」

「……平子サンは、虚化した死神の集団のリーダー格だったんス。詳しいことを色々知ってるはずです。ま、その辺も含めて、尸魂界でお話を伺ってみてください! あ、店内なら、基本的に好きに歩いてもらって構いませんので」

 

 ”それじゃ、アタシは仕事がありますから”と喜助は席を外した。

 突然やることが無くなった上、不安を共有することのできる相手のいない孤独感に馨は震えた。

 

 一つ所に留まっているのが怖くて、馨は店内をフラフラと彷徨い始めた。

 

 

 

 

 

(僕に一体何が起きているんだろう? 虚化だなんて……そんなの、前兆もなく自分に起きてるなんて思いもしないじゃないか。――――前兆もなく? 本当にそうなんだろうか……?)

 

 馨には、半年以上前の記憶が無い。何か原因があったとすれば、その前なら今の彼女が感知できなかったのも分かる。

 

「邪魔するでェ!」

 

 偶々店の玄関に来ていた馨は、荒々しく戸を開いた少女と目が合った。

 金髪を左右の高いところで括り、赤いジャージを着て下駄をはいている。背負っているのは……斬魄刀だろうか?

 

「ああん? 見ん顔やな。お前、ナニモンや?」

 

 呆然としていた馨にその子は訊いてきた。聞きなれない話し方に戸惑いながら、馨はあたふたしながら答える。

 

「えと、護廷十三隊十番隊第三席、立花馨です! 僕も、貴女のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか……?」

 

 おずおずと訊き返すと、彼女は顔を顰めた。

 

「ケッ、死神かいな! アホ丸出しやけどな。現世で尸魂界の所属言うヤツあるかい、ボケ! こんなんが三席とか、十番隊は大丈夫なんか?」

「なっ! 僕のことは兎も角、十番隊を悪く言うのは止めてください‼」

 

 突然の馨の剣幕に、彼女は少し驚いたようだった。馨自身も、自分がこんなに大きな声を出せるとは思っていなかった。思わず口に手を添える。

 それを見た目の前の少女は、バツが悪そうに片手を頭の後ろに回して掻いた。

 

「――猿柿ひよ里」

「……え?」

「ウチの名前や。もう言うたらん。で、上位席官が現世に何の用やねん」

「あ……現世で実習任務が命ぜられたんですけど、僕の状態が良くなかったらしくて、その……」

「降ろされたんか」

 

 イラついているのか、ひよ里は片眉をピクピクさせながら馨の話を切った。

 

「はい」

「何や、病気かなんかか」

「そんな感じです」

「あ~~~! ったく、なんやねん⁉ ハッキリ言わんかい!」

 

 いきなりひよ里は地団太を踏んだ。

 ふと、こんなに見ず知らずの人に話して良いモノか馨は迷った。しかし死神や護廷十三隊を知っている時点で一般人ではないのは分かったから、深く考えるのを止めてひよ里に話してみた。

 

「僕、虚化と言うヤツになってしまったらしいんです」

「なんやて⁉」

 

 思わぬ食いつきに、馨は再び驚いた。

 

「虚化を御存知なんですか?」

「ああ。ソレ、喜助に言われたんか」

「はい」

 

 それを聞いてひよ里は少し何かを考え込んでいたようだったが、顔を上げると馨の手を引いた。

 

「ちょっとウチに付いて()い。ええトコ連れてったる」

「え⁉ でも、猿柿殿、用事があってお店に来たんじゃないんですか」

「今すぐじゃなくてもええことや。それより、気になることが――――」

 

 店の扉を二人が出掛かったところで、馨の腕が別の誰かに捕まれた。

 驚いてそちらの方を見ると、喜助がヘラヘラ笑いながら二人を見ている。

 

「お久しぶりです、ひよ里サン! すぐに出られなくてスミマセーン! 何の御用だったんスか?」

「喜助……ちょっとコイツ貸しいや」

「駄目っスよぉ! 彼女は今、絶対安静なんですから。立花サンも、言ったでしょう? ”店内なら”好きに歩いて下さいって。勝手に出て行っちゃ困ります」

 

 僅かに喜助が馨の腕を握る手に力を込めた。それに気付いたひよ里が眉間に皺を寄せる。

 喜助の方はひよ里の様子を意に介さないかのように店内に振り返ると、もう片方の手を添えて声を張り上げた。

 

(ウルル)! 立花サンに、お茶菓子をお出しして!」

「ハイ!」

「え、いえ、あの」

 

 あれよあれよという間に、馨は店内に戻されてしまった。

 

(現世……もっと見て回りたかったのに……)

 

 雨と呼ばれた少女に手を引かれながら、馨は一向に晴れない気持ちのやり場に困った。

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間に馨が見えなくなると、ひよ里はじろりと喜助を見上げた。

 

「どういうつもりや?」

「はて、何のことでしょう?」

「あの馨とか言うヤツのことや! アイツ、虚化なんかしてへんやろ」

 

 ひよ里の言に、喜助は目を細めた。

 

「やはり、貴女方なら――仮面の軍勢(ヴァイザード)なら、気が付きますか。止めておいて良かった」

「ウチはどういうつもりやって訊いてんの、やッ!」

「顎が痛い!」

 

 堪忍袋の緒が切れたひよ里は、その身長差にもかかわらず喜助を蹴り上げた。

 赤くなった顎を擦りながら、喜助は真剣な表情に戻った。

 

「見当は付いているんですが、正直なところお伝えできるような話が無いんスよ。ただ、下手に貴女方に接触させるわけにはいかない。彼女に関しては何がトリガーになるか、分かったもんじゃ無いっスから」

「チッ……答えになってへんやんか……」

 

 追及を諦めたひよ里は、店の扉を出た。

 

「ひよ里サン? 御用があったんじゃ無いんスか?」

「気ィ萎えた。また来る」

 

 スタスタと歩いていったひよ里を見て、喜助はそっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

「どうぞ……」

「ありがとうございます」

 

 お茶菓子を出してくれた雨と出された馨は、互いに何をすればいいのかわからずもじもじしていた。

 

「ええと……君も一緒に食べる?」

「いいえ。私達の分は別にありますから」

「そう、ですか……」

「…………」

 

 そう言いつつ馨を覗き込んでくる雨に、馨は恐る恐る訊いてみた。

 

「あのォ、何か僕に御用ですか?」

「えぇと……アナタは、男の子なんですか?」

「……え?」

 

 意味がよく分からない質問に薫の思考は止まりかけたが、何とか言葉を繋いだ。

 

「オンナノコですけど……」

「……? ――じゃあ、何で自分のことを”僕”って呼ぶんですか?」

 

 やっと質問の意味が分かった。

 

「あァ、これは師匠の口癖なんです。真似っ子ですよ」

「真似……? 師匠って、どなたですか?」

「百目鬼薫という方です。この町にも少し住んでいらしていたことがあるそうなんですが、知ってますか?」

「薫さんですか? とっても懐かしいです!」

 

 キラキラと目を輝かせながら彼女は食いついてきた。

 彼女曰く、師匠は気さくで、優しく、彼女ともう一人のここの子供のジン太をよく楽しませてくれたのだそうだ。

 

「薫さんが斬魄刀で空を斬ると、急に真っ暗になって、よく見たらキラキラしていて、とっても綺麗だったんです!」

 

 興奮気味に話す彼女の話を聞いていると、馨は不思議な気持ちになった。

 馨の知る師匠は確かに雨の話す薫ソノ人なのだが、どこか全く知らないヒトの話を聞いているかのように感じた。

 

(斬魄刀が解放できなくて子供に慰められる師匠……想像できない)

 

 思わず馨が笑みを零すと、つられて雨も笑った。

 

「良かったです……なにか、思いつめたような顔を、その、なさってましたから……」

 

 馨の頬が仄かに紅く染まる。

 あァ、師匠もこんな気持ちだったのかもしれない、と彼女は思った。

 そして、知りたい、という気持ちが湧き上がってきた。

 

 馨はあまりに何も知らない。

 師匠のこと、昴のこと、そして自分のこと。

 ヒトから与えられる情報だけでなく、自分からも思考し、知ろうとしなければ。

 

「雨殿、もしこのお店に資料室の様なものがあれば、案内していただけませんか?」

「資料室、ですか……? いいですけど……」

 

 不思議そうに首を傾げた雨は一度店の奥に引っ込むと、何やら鍵の束をもって戻って来た。

 そのまま二人は、書庫へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 ガッ、ガチッ……ギシッ

 

 鍵が開かない。――どころか変に軋む音が耳につく。

 

「おかしいです……この鍵のハズ、なんですけど……」

 

 ボキン

 

「「あ」」

 

 ……折れた。

 それはもう見事に鍵穴に鍵が詰まり、もう専門家を呼ばないと開けられないのが素人の二人にも分かった。

 鍵を折った雨の顔色がサアッと青褪めるのが馨にも分かる。

 馨がそっと雨の肩に手を添えると、その肩がビクリと跳ねた。雨の不安を宥める様に優しい口調で声を出す。

 

「大丈夫ですよ。ありがとう、雨さん。これは僕が頼んでやってもらったことです! 気になさらないで!」

「で、でも……」

 

 俯いた雨に掛ける言葉が見つからなかった馨は、閃いた。

 ――――勿論、普通は駄目なことだが。

 

「てやッ!」

 

 ズゴンッ‼

 

 派手な破壊音と共に扉が馨によって蹴破られた。

 

「な、何を……」

「あははは! どうせもう鍵は使い物にならないんです。この扉も同じ事でしょう? 通るのに邪魔なら、ちょォっと退いてもらえばいいだけのこと!」

 

 ニッカリ笑った馨に雨は数秒呆然としていたが、思わず、といった風に彼女も噴き出した。

 

「そ、そんなの、強引すぎますよぅ……」

「まァまァ! これで、怒られるのは僕の方ですよ! じゃァ、中の資料を見せてもらいますね」

 

 部屋に入るとツンと古い紙独特の匂いが立ち込める。

 資料を目で追っていくと、書架には百一年前の資料が無い。

 室内を見回すと隅に机が置いてあり、紙が山積みになっていた。

 それを覗くと案の定、百一年前のものだった。

 

「隊長格虚化事件⁉ こんなことが……こっちは――」

 

 その資料には、師匠が起こしたとされていた事件の報告が書かれていた。

 ページを捲っていくと、京楽達に受けた説明の通り、間違った事件のあらましが書かれていた。

 

「こんな風に師匠は汚名を着せられていたのか……ん?」

 

 資料の中ほどの情報に、馨は目を奪われた。

 

『百目鬼薫による犠牲者(確定)

 ・小野原健司 (十三番隊)

 ・蔭島裕士郎 (同上)

 ・田代浩平  (同上)

 ・水島司   (同上)

 

 関連性有り(未確定)

 ・沢渡香奈江 (鬼道衆)

 ・田辺泰人  (同上)

 ・水上康也  (同上)

 ・米沢尚斗  (同上)』

 

「……? この名前、何処かで――――」

「アララ、派手にやったっスねえ?」

 

 入り口から声がして振り返ると、しょんぼりと項垂れた雨と、その隣で扇子を広げて口元を隠した喜助が立っていた。

 扉だった破片を身軽に飛び越えながら、彼は馨の方にやって来た。

 

「困りますねえ、立花サン! 入りたいならアタシに一言そう言って下さればよかったのに」

「あはは……すみません。僕がやった事なので、雨さんを怒らないでください」

「素直で結構。雨、後はアタシがやっておきますから、店番に戻っておいてください。――ところでそれは何の資料っスか?」

 

 喜助が覗き込もうとしたのに咄嗟に馨の体が動いた。思わず開いていたページを閉じる。

 

「……何で閉じたんスか」

 

 スッと資料から馨に流れた喜助の視線の冷たさに、馨は背筋を震わせた。

 

「何で? わ、わかりません」

 

 何故閉じてしまったのかは本当に馨には分からなかった。ただ、何となく喜助には知られてはいけない、そんな気がしたことは黙っておく。

 それを知ってか知らずか喜助は目を一瞬細めたが、すぐに資料に目を戻した。

 

「フム。これ、百目鬼サンの事件の資料っスか。大分古いモノですが」

 

 喜助は馨の持っていた資料を親指と人差し指で摘まんでスルリと抜き取った。

 そのままパラパラとそれを捲る。

 彼の手が止まったのは、馨が直前まで開いていたページだった。

 

「――!」

「……何か、思い当ることでも?」

 

 喜助が口元を覆っていた扇を閉じた。その口元には、へらッとした笑みが浮かんでいた。

 

「そぉんなビクビクしなくて大丈夫ですよん! 取って食やァしないんですから♪」

「浦原、オレの部下で何やってんだ」

 

 再び入口の方を向くと、呆れ顔で冬獅郎が扉の枠に凭れながら立っていた。

 

「隊長!」

「日番谷隊長、お帰んなさい! お早い帰還っスね」

「死神代行の代行が後はやるから帰れとよ。だが浦原、あまりアイツに頼るなよ? 本来は――」

「わ~かってますって! ただ彼の性格上、ある程度仕事を回さないと自分で全部やっちゃいますからねえ。これでもセーブしてんスよ」

「……ならいい」

 

 話に入りそびれた馨は、二人の会話が終わるのを待って冬獅郎に頭を下げた。

 

「隊長、申し訳ありません! 結局訓練もままならないままになってしまって……」

「気にすんな。許可したのはオレだ。そろそろ尸魂界に帰還するから荷物を纏めろ」

「はい……」

 

 冬獅郎に促されて馨は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 馨が廊下を小走りに去っていく。それを見ていた冬獅郎の隣に喜助が立った。

 

「で、この部屋の扉は何でこんなことになってんだ」

「大方、雨が扉を開けようと無理に鍵を回したらそれが折れて詰まって、雨が怒られないように立花サンが蹴破ったってところでしょう」

 

 それを聞いた冬獅郎が片手を額に当てて俯いた。

 

「~~~~ッ! あの馬鹿……すまん、浦原。立花の給料から弁償させる」

「いいっスよぉ! この扉は、一隊士の給料で賄えるようなモンじゃないっスから」

 

 冬獅郎は顔を上げると目を剥いた。

 

「この扉がか⁉ それこそ、一隊士が蹴破れるような――」

「ですから、普通はそんなこと出来るはずないんですよ」

 

 続けながら、喜助の表情が険しくなる。

 

「ココは、アタシの研究こそ無いものの資料室っス。そんな軟なつくりにはしてません。鍵が折れたのは当然なんスよ。立花サンが下手な影響を受けないよう、変えたばっかりだったんですから。それで追い返せると思ってたんスけど、まさかこうもあっさり破られるとは」

「――――!」

 

 二人の間に緊張が走る。普段の喜助からは考えられないような声音で彼は言った。

 

「彼女の崩玉としての覚醒が、始まりつつあるのかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 馨と冬獅郎は浦原商店の前の空き地に、持ってきた少量の荷物を抱えて立った。

 

「そろそろ時間だ。立花、穿界門を」

「はい! ――〈開錠〉!」

 

 斬魄刀で空を刺し、回す。

 カチリと何かが噛み合う確かな手ごたえが手に伝わると同時に、手前に一般的な、奥に円形の襖が出現した。

 それらが音もなく開くと、地獄蝶が()()飛んできた。

 

「――え? アレ? 地獄蝶の数、間違ってますよね?」

「そんなこと無いよォ!」

 

 後ろから風を感じて馨が振り返ると、京楽隊長が片手をパタパタ振っていた。

 

「ヤッホー! 現世任務お疲れ様、馨チャン」

「京楽隊長⁉ 隊長もいらしてたんですか?」

「ウン! 休暇をこっちで過ごしてみたくなってねえ。現世ではこういうのを”ばかんす”って言うらしいよぉ! いやー、久しぶりの現世、やっぱりいいねえ!」

 

 京楽の言に馨は顔を顰めた。

 それを見た京楽が”何で?”という風に首を傾げる。

 

「どしたの?」

「……僕は全然楽しめませんでした。殆ど訓練も出来ませんでしたし……」

 

 そっぽを向いた馨を慰める様に、京楽は馨の肩に手を置いた。

 

「そう気落ちなさんな! これから先、現世に来る機会なんて山ほどあるんだからさ」

「そうでしょうか? 京楽隊長、先程”現世は久しぶり”と仰ってました」

「う……」

「それに」

 

 馨はむくれていた顔を悲し気に変えた。

 

「今回僕は何もできませんでした。結果を残せなかったんです。日番谷隊長の期待に応えられませんでした」

 

 ”期待”という言葉に、京楽はほんの少し罪悪感を覚えた。

 今回の任務は元々馨の現状を知るためにでっち上げたものだったから、京楽と冬獅郎からすれば成功といってもいい結果だった。だが、それを知らない馨からすれば大失態だと思うだろう。

 何も――――本当に何も、彼女は出来なかったのだから。

 

 京楽は真面目な顔に戻ると、馨の頭を優しく撫でた。

 

「それこそ、挽回の機会は山ほどあるさ。ボクや日番谷隊長、それこそ薫クンだって、もっと酷い失敗をやってきてるんだよ?」

 

 馨が唇を噛み締める。

 彼女の潤んだ瞳を見て、美しい、と京楽は思った。

 

 

 

 

 

 

 京楽が馨と立ち話をしているのを、冬獅郎と喜助が後ろから見ていた。

 

「結局バラすのか。立花が疑ってる風でもないからいいけどよ……」

「ま、終わっちゃえば何とでもなりますから。ところで日番谷隊長、これをお渡ししておきます」

 

 そう言って喜助は伝令心機の様な機械を冬獅郎に手渡した。

 通話ボタンはあるが、ダイヤルが無い。

 

「通話ボタンを押せばアタシに直通します。何かあったら連絡してください」

「分かった。……使わずに済むことを祈ってる」

「勿論っス。アタシらの杞憂だったら良いんスけどね」

 

 冬獅郎は顔を顰めると、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「京楽、それ以上は伊勢に怒られるだけじゃ済まなくなるぞ」

 

 冬獅郎の声で京楽は我に返った。

 目の前の馨は、自身の頬に添えられた京楽の手にどう接して良いのかわからずカチコチに固まっている。

 

「アレ? ごめん、馨チャン!」

「あ、え、いえ、はい……?」

「ったく、何やってんだ。行くぞ」

 

 三人は振り返って浦原商店の面々に向き直った。

 

「世話になった」

「ありがとうございました!」

「また来るねえ」

 

 三人に、喜助は半開きにした扇子をゆったり振りながら、

 

「はいな! またいつでもいらっしゃってください!」

 

と言った。いつもの通り、食えない笑みを浮かべて。

 他のメンバーも、各々が三人を送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 

 穿界門に入ってすぐ、冬獅郎はジロリと京楽を睨んだ。

 後ろを走る馨に聞こえないよう、京楽が小声で弁明する。

 

「ゴメンってば、日番谷隊長。変な気を起こしたわけじゃないから安心して」

「ほー。アンタの普段の素行を見ててもそうは思えねえけどな」

 

 頭を掻きながら神妙な顔をした京楽に、冬獅郎は怪訝そうに訊いた。

 

「どうした」

「う~ん……上手く言えないんだけど、この感じ――」

 

 京楽の瞳が冬獅郎を捉える。その瞳が微かに揺れていたのに冬獅郎は気付いた。

 

「さっきボクは多分、馨チャンの霊圧に当てられてたんだ」

「――――⁉」

「日番谷隊長に声をかけられる直前まで、といってもほんの数秒のことだけど、ボクの意識は飛んでいた。……意識が無くなる直前、馨チャンは感情が(たかぶ)っててね? 彼女の霊圧が揺れたところまでは覚えてるんだ」

 

 霊圧に当てられる、それも意識が飛ぶほどとなると、相手との霊力量の差が相当無ければ起こり得ない。それが隊長格をもそうさせたという事は、馨の潜在霊力は隊長格を遥かに凌ぐ事を意味する。

 

(”使わずに済むことを祈ってる”、か)

 

 愁いを帯びた冬獅郎の表情を、後ろを走る馨に見られることは無かった。

 冬獅郎は、さっき預かった通信機がやけに重く感じた。

 

 

 




”ばんかい”と打って出る候補が”挽回”の前に”卍解”になっていました。当然と言えば当然ですが、このPC、誰にも明け渡せないなと思った今日この頃です。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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