スリーピング・ナイツ①
Side Koharu
小春にとって、それは幸せな一時だった。
「ご、ご主人さまぁ……」
涙目になりながら、羞恥でプルプルと震えているのは、身長百四十三センチ、小柄な体躯にフリフリのエプロンドレスを纏い、猫耳を模したカチューシャをつけた西洋風の少女。
メイドカフェを訪れた小春は、自身の恋人である深紅にオプションの『猫耳メイドとチェキ』を無情にオーダーした。そしてホクホクとした笑みを浮かべながらも、インスタントカメラを構えるメイドにピースを向ける。
苦笑しているカメラマン――小春の友人である虹架は「はい、チーズ」とシャッターを切った。
「う、うう……メイド服は良いとしても、猫耳は恥ずかしい……しかも、写真まで……」
「可愛いよ、深紅」
「ありがとぉございまぁす!!」
深紅がやけっぱちの様に叫んだ。
店内には他の客も当然居るが、日常茶飯事なようで誰も気にする事はなく思い思いにメイドとの一時を過ごしている。何人かは微笑ましそうな目で深紅を見ているが。彼女は早くもマスコット的立ち位置を獲得したようだった。
「うーん、ホントは尻尾もあれば完璧だったんだけど」
「え」
「小春ちゃん、実はあるよ。猫の尻尾」
「虹架先輩!?」
「注文します」
光の速さで売られた深紅は、オーダーは絶対と言うことで、着替えるためにすごすごと控室へ戻っていった。
尻尾ってどうやって着けるんだろう。小春はワクワクとした気持ちを抑えきれずにいた。
入店時に案内された席へと戻り、深紅の着替えを待つ最中。不意に小春のスマホにチャットの通知が届いた。
「うん? ギルドのグループの方だ」
誰からかと思えば、ALOでのギルドメンバー用のグループチャットに誰かが投稿したようだ。
スマートフォンを取り出し、確認してみれば発信者はkirito――キリトからだった。
kirito:ギルドに今来客があった。
kirito:なんでも、俺達に協力してほしい事があるって
協力してほしい事……?
小春達のギルド《ウィンクルム》はいい意味でも悪い意味でも有名だ。
わずか九名の零細ギルドでありながら、その名はそこそこ知れ渡っているだろう。つい先日も、MMOトゥデイ等の大型専門サイトに記事が掲載されたばかりであり、大型ギルドや各種族領主等から悲喜こもごもなお言葉を頂戴した事は記憶に新しい。
少数ながら戦力という意味では一線級であるという自負はあるが、わざわざ自分たちを頼るようなものがあっただろうか。
小春は疑問を覚えながらも、グループチャットに返信をした。
koharu:誰からですか?
そういえば、今ギルドハウスに居るのはキリトと、深紅の妹である深藍の二人だ。キリトは副団長の権限が与えられており、ただの来客であれば彼一人で対応出来るように思えるが、厄介な案件なのだろうか。
すると、数秒も待たずに、おそらく一緒に居たのであろう深藍――アイがメッセージを投下した。
ai:スリーピング・ナイツってギルドだそうです。リーダーのユウキって人は、お姉ちゃんのフレンドだって言ってます。
スリーピング・ナイツ。それにユウキというプレイヤー。
どちらも小春は知らない名前だった。いつの間に知り合ったのだろう。
koharu:ちょっと本人に聞いてみます
丁度いいタイミングで深紅が着替えを終えて戻ってきた。
ふわふわなブロンドヘアーに、背伸びをしているような丈のメイド服。頭には猫耳カチューシャが存在感を主張しており、腰から伸びる尻尾はどういう原理かぴこぴこと動いている。
小春はあまりの可愛さに卒倒しそうになった。
店内から「おぉ……」という感嘆の声が漏れた
「ご、ご主人さま……おまたせしました……にゃあ」
小春はあまりの可愛さに鼻血が出そうになった。
店内は「うおおおおお!!」と歓声を上げスタンディングオベーションだ。
とっさに鼻を抑えて顔を背ける。
まずい。絶対に可愛いからと思って注文してみたが、破壊力が高すぎる。
例えるなら、《ネリウス・ジ・クラーケンロード》の触腕が一撃。あるいは、《ザ・フェイタル・サイス》の鎌攻撃か。
あっという間に小春のHPバーが危険域に突入した。ぴこん、ぴこんとアラート音の幻聴が聞こえる。
「こ、小春……は、恥ずかしいから。早く写真……とろ? にゃ、にゃあ」
小春に致死量のダメージ。小春は歯を食いしばって耐えた。
なんなのだ。この可愛い生き物は。
そもそも、何故語尾に「にゃあ」とつけるのか。深紅は小春を殺す気なのだろうか。
ここが外ではなくて自宅等人目が着かない場所であれば、小春は理性を焼き焦がしオオカミへと変貌していたことだろう。
もっとも、自宅では深紅もこのような衣装を着てくれる事はなかっただろうが。
後に深紅は語る。バックヤードで店長に
「あら。猫耳と尻尾までオプション付けてくれたの? いいお客様じゃない。じゃあ深紅ちゃん、サービスでそれ着けてる間は語尾に『にゃ』ってつけること。店長命令よ」
と言われたのだという。
小春はそれを聞いて、一生この店の常連客で居ようと決めた。
「深紅」
「な、なんですか……にゃあ」
「帰ったら覚悟しといてね」
「にゃ!?」
アリスが突然の死刑宣告に悲鳴を上げるが、小春はもういっぱいいっぱいだった。
何故か鼻にティッシュを詰めている虹架が再びカメラマンを務め、深紅と小春はツーショットを撮影した。
撮影後はそそくさと深紅が着替えに行ってしまい、そこでやっと小春は正気を取り戻した。
しまった。キリトから送られてきたチャットの事がすっかり頭から抜けてしまっていた。
小春は先の写真をどうにか売ってくれないかと金を積む客をやんわりと断りながら、深紅を待った。
少しして、いつもの制服に着替えた深紅が再びバックヤードから戻ってきたので、軽く手招きをして呼び寄せる。
「深紅、ごめんね独占しちゃって」
「ううん、今日はスタッフが結構いるから、一人に一人着く形になっても平気だよ。店長も気を利かせてくれるしにゃ。……あ」
「深紅」
「はい」
「今夜は寝れると思わないでね」
「お、お手柔らかに……」
また話が脱線してしまっていた。
小春は気を取り直し、深紅が誘惑してくるのが悪いと開き直った。
「んんっ! えっとね、キリトさんから連絡があって、《ウィンクルム》のホームに、えーっと、《スリーピング・ナイツ》っていうギルドのユウキさんって人が来てるんだって。知ってる?」
ようやく本題に入る事が出来た。
深紅はその固有名詞二つを聞いて「あー……」と思い当たる事があるような素振りをみせた。
「知り合い?」
「うん。知り合いっていうか、一度助けて貰った事があるんだ。ほら、二十二層攻略した時に、わたしが漁夫の利してこようとしたプレイヤー集団の足止めしたじゃん。そのとき手伝ってもらったの」
「へぇ……」
そういえば、あの時深紅は一人だけ残ってバックアタックを仕掛けてこようとした集団を止めていた。あの後すぐにアスナが購入したログハウスでのパーティがあったり、深藍が深紅のサブアカウントに恋心を抱くといった事件があったため放念していた。
「でも、ユウキにわたし達が手助け出来る事ってあるのかなぁ」
「どういうこと?」
深紅の溢した言葉の意味が分からず聞き返すと、深紅は「だって……」と言って口元に手を当て
「わたし、何度かユウキにデュエル挑まれたけど、一回も勝った事ないもん。わたしより……あと、たぶんキリトよりも遥かに強いよ、ユウキは」
と衝撃の事実を口にしたのだった。
◇
小春――SAOから続くコハルというVRMMOプレイヤーにとって、アリスというプレイヤー……剣士は絶対の強者だった。
もちろん彼女も最初から強者だったわけではないだろうが、少なくとも、コハルがアリスと共に過ごす様になってからは、負ける姿――とくに、対人戦において彼女が誰かに敗北した場面を見たことが無かった。
コハルの見ていないところで《二刀流》を装備したキリトとデュエルし、一度負けた事があるそうだが、それでも最終的な直接対決の戦績は一勝一敗一分けと言っていたし、二人の間に優劣は無くどちらも剣士の頂点なのだと信じて疑わなかった。
だから、そのアリスが「自分より遥かに強い」と言ってのけたユウキというプレイヤーの事がコハルは気になった。
気になったので、確かめてみる事にした。
深紅に「ごめんね」と謝り会計を済ませた後(猫耳と尻尾のオプションが意外と高くつき、コハルの財布から諭吉が消え去った)キリトに対して《スリーピング・ナイツ》を、ユウキを引き留める様依頼してからコハルは自宅へととんぼ返りし、すぐさまアミュスフィアを被って仮想空間へとダイブした。
「キリトさん、お待たせしました。それで、お客さんは……?」
「談話室でくつろいでるよ」
ログイン通知を見たのだろうか、キリトはコハルがログインするとすぐに迎えにやってきた。
やや小走りで廊下を駆けて談話室の扉を開くと、そこにはソファに腰かけた見慣れない五人の妖精達が各々くつろいでいた。
闇妖精の少女、火妖精の少年、土妖精の男性、レプラコーンの青年、スプリガンの女性。
なるほど、事前に聞いていた通り種族は全員バラバラで、見た目の年齢も分かれている。見た目についてはアバターがランダム生成であるためなんとも言えないが、それぞれの落ち着き具合を見ている限り、実年齢も上と下で開きがあるような気がする。
突然現れた自分に、彼女たちは目を丸くして驚いていた。少し焦って来すぎただろうかと反省し、一先ず自身が何者であるかを説明するために口を開いた。
「あ、えっと……初めまして。ギルド《ウィンクルム》のコハルです。団長のアリスは用があってこれないので、私が代理としてお話を伺いに来ました」
そう言って頭を下げると、来客である五人の内の一人、闇妖精の少女がまず声を上げた。
「初めまして! 《スリーピング・ナイツ》のリーダーのユウキです! よろしく!」
肌は闇妖精の特徴である、影部分が紫がかった乳白色。長く伸びたストレートの髪は艶やかなパープルブラックで、黒曜石のプレートアーマーの下から除くチュニックとロングスカートは、矢車草のような青紫色をしていた。
ユウキと名乗った彼女は、満面にまぶしいほどの笑みを浮かべ、友好的な雰囲気を全身から発している。
「僕はジュン! コハルさん、よろしく!」
次いで自己紹介をしたのは、小柄な火妖精の少年だ。頭の後ろで結んだ、オレンジ色の小さな尻尾が彼の挙動に合わせてぴょこりと揺れた。
「あー、えーっと、テッチって言います。どうぞよろしく」
その次に席を立ったのは、土妖精の巨漢だ。豪快な様相をしているが、砂色のくせっ毛の下でにこにこと細められた両目が、柔和な雰囲気を与える。
「わ、ワタクシは、そ、その、タルケンって名前です。よ、よ、よろしくお願いし……イタッ!」
ひょろりとしたレプラコーンの青年が、自己紹介の途中で悲鳴を上げた。
彼の隣に座っていた女性が、重そうなブーツで彼のむこうずねを蹴り飛ばしていたのが見えていた。
「いいかげんその上がり生を直しなよタルは! 女の子の前に出るとすぐこれなんだからさ……っと、悪かったね、コハルさん。アタシはノリ。会えて嬉しいよ」
太陽の様に広がった黒髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら、最後の女性が名乗りを上げた。
パン、と手を叩き、リーダーであると名乗ったユウキが場を締めた。
「以上、ボクたち《スリーピング・ナイツ》の仲間たち! 本当はあと一人ウンディーネのメンバーが居るんだけど、今はお休みしてるんだ。というわけで、よろしくね! コハルさん!」
「よ、よろしく……?」
どうやらユウキという少女は快活な性格らしく、にかっと笑うと手を差し出してきた。あっけにとられながらもその手を取ると、ぶんぶんと上下に振り回す。
主導権が向こうに握られている。不快な感じはしないが、コハルは気を取り直すようにごほんと咳ばらいをした。
「それで……私達に協力してほしい事があるって事なんですけど……」
言いながら、コハルは五人を順に見回す。
強い。
コハルは剣士としての実力はそこまで高くない為、気配で対峙した者の強さを図る事は出来ない。しかし、SAOからALOまで、長い間VRMMOを経験してきたことから、アバターの立ち振る舞いである程度の実力を見抜くことは出来た。
自然体過ぎるのだ。五人が、五人とも。
VRMMOのアバターは、慣れていない者程操作にぎこちなさが出てくるものだ。一挙手一投足に目を配れば、自然にふるまっていてもどこかで現実の身体との違和感に動きが不自然になってしまう。
しかし、この五人は違う。
席を立つ。お辞儀をする。表情を動かす。それらの些細な動きのどこにも不自然な様子が見えない。
まるで、アバターを現実の身体同様に動かせるほど習熟しているかのような……。
そんなことが出来るのは、VRMMOを初めて長い者……ALOの古参プレイヤーや、それこそSAO生還者ぐらいのものではなかろうか。
この時点で、コハルはアリスより強いというユウキだけでなく、《スリーピング・ナイツ》のメンバーが全員自分よりも強者であると認識を上方修正した。
だとすれば、尚の事彼女たちが自分たちのギルドに協力を求める意味が分からない。戦力は揃っているし、人数が必要なのであれば、わざわざ零細ギルドである自分たちを訪ねてくる理由が無い。
思案に暮れるコハルを余所に、ユウキは朗らかに――しかし、真剣な面持ちで願いを口にした。
アイは談話室の端でひっそりと話を見守っています。
コハルが来るまではキリトとアイの二人で相手をしていましたが、ギルド加入希望でもなく協力依頼だった為他のメンバーの意向を聞く必要があるだろうと二人とスリーピングナイツは雑談しかしていません。よって、彼女たちの目的については二人も知っていません。
猫のしっぽ
腰に直接巻くベルトのようなもので装着する。
ベルトには生体電流を感知する機能がついており、ゆらゆらと本物のように揺れる
猫、犬、狐の3バージョン同時発売