西暦二〇一八年、八月末近く――。
暑い日差しが存在する天気のいい日。
ぼくの地毛である金髪に眩しいほど照り返してしまうほどだろう。
ぼくたちの学校として一部改装され使われているから、校舎裏といえる。
日陰になった僅かに涼しくマシな空間だ。
僅かに涼しいといっても暑いことに変わりはなく、校舎裏なのでひと気が一切ない。
そんな場所に、クラスメイトであり勇者である郡千景――千景さんをぼくは呼び出していた。
校舎裏の壁に背を預けて待っていると、角からひょっこりと千景さんが姿を見せる。
ぼくは壁から背を離し、しっかりと立ち深呼吸。
これは、決意表明だ。
ぼくは今から千景さんに宣言する。
それはぼくが突き進むための儀式であり、千景さんをぼくの関与できないところで潰させないための保険である。
千景さんは歩いてきて、ぼくの前に立った。
千景「
千景「……いいたいこと?」
千景さんは警戒したのか身構えた。
武谷「そう、大事なことなんだ」
千景「大事なこと……」
ぼくは深呼吸をしてから、言い放った。
武谷「千景さんは、価値のある存在だ」
千景「……突然、なにをいってるの……?」
武谷「千景さんがどうあろうと、ぼくはあなたを肯定する。ただそこに存在してくれるだけで、ぼくは価値を認めるよ。ぼくは君に生きていてほしい。何もしなくても、何をしても、千景さんはぼくにとって価値のある存在だ」
千景「なに……なにを……」
武谷「何かあった時は、いつでもぼくを頼ってくれ。ぼくは千景さんの絶対的な味方だ」
ぼくは、千景さんを安心させるための――安心してほしいがための言葉を言い切った。
ポカン、とした顔をして固まっている千景さん。
やがて、口を開く。
千景「……馬鹿じゃないの?」
一言目が、それだった。
千景さんの頬がみるみる赤くなっていく。彼女のこんな顔は初めて見た。
千景「……ば、馬鹿じゃないの?」
二言目は、震えていた。
千景「……わ、私帰るわ……」
三言目のあとには、ぼくに背を向けていた。
そのままぎこちない動作で歩いて行く。
ぼくは千景さんのことを今まで見てきて、知って、千景さんが抱えているかもしれない問題を、なんとかしたいという思いが芽生えた。
その結果が今の出来事だ。
本当に千景さんがなにかを抱えているかは、確信はない、さらに本人の口から聞いたわけではないけれど、この予感は確信に近い。
似ている人をぼくは知っていた。その人にかなり似ているのだから、ほぼ間違いない。
ぼくがなんとかしてあげようなんて、何様だと自分でも思う。これはそんなおこがましい考えで、自己満足だ。
だけど、正直ぼくの勘違いでもなんでもいい。
ただ、言いたかった。
記憶に根づくあの子に言えなかったこと、既に言ったこと。
似ている千景さんに、押し付けてしまっただけだ。
それでも、押し付けでも、ぼくは行動がしたかった。
千景さんの心は強くないだろう。きっと折れやすい、
だから、言葉をかけたかった。
そうすれば、今度はぼくでも何かを変えられると信じて。
千景さんは帰ってしまったけれど、ぼくの言葉はちゃんと聞いてくれたから、大丈夫なはずだ。
ぼくに頼ってくれるのかはわからないけれど、意識の片隅にでも置いておいてもらえれば、ストッパーにはなるはず。
自暴自棄になったり、一人で抱え込んで潰れてしまうようなことは回避できるだろう。
そうであってほしい。
とにかくぼくは、千景さんのためならなんでもするよ。
それは、千景さんだけでなく、勇者全員にだけれど。
千景さんは、特に気になったんだ。
side viewer
――ところ変わって、今起きた事を陰からこっそりと隠れて見ていた五人の少女。
若葉「今のは、なんだ……?」
腕を組み首を傾げる若葉。
杏「告白に決まってるじゃないですか! 初めて生で見ました!」
頬を上気させ、両手を頬に当てて
友奈「すごい熱烈だったね! あんなぐんちゃん初めて見たし、どうするのかな」
球子「逃げてたし、断られたってことじゃないのか?」
ひなた「いえ、そうとは限りませんよ。むしろあの反応は……」
杏「ひなたさんの言う通りです! 絶対あれは満更でもないけど照れて逃げちゃっただけです!」
球子「あんず、お前は少し落ち着け。いつになく騒がしいぞ」
杏「それをいったらタマっち先輩だっていつになく冷静ですね。――っは、もしかしてさっきの告白見てドキドキしちゃいました!? トキメキましたか!? やっと恋愛小説の良さをわかってくれました!?」
球子「ばっ!? 違うし! タマはいつもこんなんだ! そうくーるだ!」
杏「顔赤くしちゃってかわいいですねタマっち先輩」
球子「あ、赤くねーよ! 普通だ! むしろ真っ青だ! たとえ赤かったとしても元からだ!」
若葉「ふむ……あれは告白なのか……。私には強い意思を持った決意表明のようなものに感じたが……」
ひなた「ふふっ。若葉ちゃんはそのままでいてくださいね」
友奈はニコニコとしながらそんなみんなのやり取りを見ていた。
友奈は思う。
なにはともあれ、ぐんちゃんが幸せになる結果になったらいいな、と。
main viewer
二〇一五年八月。
ぼくが勇者たちと出会ったばかりの頃のこと。
バーテックスに世界中が蹂躙され、四国に逃げ込んだ後、勇者達だけが――ひとりだけは巫女だが――通っている学校で、始めてみんなと会った時のこと。
教室にみんなが集まった。
若葉「乃木若葉だ。よろしく頼む」
ひなた「上里ひなたです。若葉ちゃんとは幼馴染です。よろしくお願いしますね」
球子「タマは土居球子だ! 仲良くしようなっ」
杏「伊予島杏です。よろしくお願いします」
友奈「高嶋友奈です! みんなと友達になりたいです!」
武谷「ぼくは聖陵院武谷だ。一人だけ男でなんかアウェーな感じだけど、仲良くしてくれると嬉しいよ」
そして、最後の一人。
千景「…………」
みんなが挨拶していく中、何も言わずに隅の席に座り、話しかけるなオーラを発しだした一人の女の子。
一目見て、似ている、と思った。
ぼくの記憶に根付いた人に。
だから、かなり気になったんだ。
そして、行動に起こした。
その女の子の前まで近づく。
武谷「よろしくね」
気になったはいいけど、何を言ったらいいのか思いつかなくて、結局無難に先に言ったのと同じ、仲良くしたいという意思を伝えるだけになってしまった。
千景「…………」
武谷「えっと……」
黙られたら、どうしようもなかった。
これは根気強く何度も話しかけないと駄目かな、と思った時。
千景「……郡千景」
武谷「え?」
千景「私の名前……」
武谷「……ああ! よろしくね、千景さん!」
千景「……いきなり、名前呼びとか……」
ボソッと、何かを言ったのが聞こえた。
けれど小さすぎてなんて言っているのかは聞き取れなかった。
ぼくの耳は悪くない方だが、本当に小さすぎて分からなかったんだ。
武谷「ん?」
千景「……なんでもないわ」
ぼくと千景さんのファーストコンタクトは、そんな感じだった。
それから、日々が過ぎて行く。
ぼくは何度も千景さんに話しかけた。
ある時には、教室でゲームをしているのを見かけて接触を図ってみた。
武谷「ゲームが好きなんだね。それどんなゲーム?」
千景「…………」
千景さんはヘッドホンを付けて画面ガン見で集中していたので返答はなかった。
友奈さんも、初日からぼくと同じで千景さんに話しかけていた。
友奈「ゲーム好きなんだね! それどんなゲーム?」
千景「……FPS」
友奈「えふぴーえす……?」
千景「……自分の視点で、敵に銃を撃って倒したりするゲーム」
友奈「へー! 難しそう」
ときには友奈さんに便乗して挨拶してみたり。
友奈「おはよう、ぐんちゃん!」
武谷「おはよう、千景さん」
千景「……おはよう、高嶋さん……と聖陵院くん」
ついでみたいだけど挨拶を返してくれた。
武谷「千景さん、一緒にご飯食べない?」
千景「……遠慮するわ」
それだけ言って去っていく千景さん。
あれ、ぼく嫌われてないだろうか。
そんな馬鹿な。
そんな思考が過ぎったことも最初の方は何度もあった。
けれど、何度も話しかけるうち。
武谷「千景さん、おはよう」
千景「……おはよう、聖陵院くん」
挨拶を普通に返してくれるようになったり。
武谷「そのFPSって面白い?」
千景「……面白くなければ、やらない」
武谷「そりゃそうだね」
普通に話に応じてくれるようになった。
友奈さんはぼくよりも信頼を勝ち取っていたけれど。
友奈さんは凄い。
あの明るさは天性の才能だ。
それでもとにかく、千景さんは初対面の時よりはぼくに少し打ち解けてくれたんだ。
二〇一八年八月末。
丸亀城の学校にある放送室。
その場所に、ぼくは若葉さんと共にいた。
長野を守っている勇者、白鳥歌野さんと通信するためだ。
最初は若葉さんだけが通信していたんだけど、ぼくも話してみたかったので今日はここにいる。
遠くにいて、今後会えるかもわからない勇者とも交流しておきたかったんだ。
出来ることなら会いたい、この四国以外にいるすべての勇者とも会いたい。
そして力になりたい。
けれど今は無理だ。
そんなことが出来るほどの力が無いから。
若葉「今から繋ぐぞ」
そうぼくに伝えてから、若葉さんが無線機のスイッチを入れて通信を繋いだ。
歌野『……諏訪より、白鳥です。勇者通信を始めます』
若葉「香川より、乃木だ。よろしくお願いする」
武谷「と、付き添いの聖陵院武谷です。よろしくお願いします」
歌野『聖陵院さん……? ってことは』
若葉「ああ、例の男の勇者だ」
武谷「ぼくって"例の"なんて言われる存在だったんですか?」
若葉「唯一の男の勇者なんて、異常な存在だからな。自然と目立つ」
歌野『男の子の勇者なんて、頼りがいがありそうですしね』
歌野『それでは改めて自己紹介を。長野で勇者をしている、白鳥歌野です。聖陵院さん、よろしくお願いしますね。乃木さんを助けてあげて下さい』
武谷「もちろん助けます」
若葉「私は別に助けを求めてはいないのだが」
歌野『なにかあったときに助けになってあげて下さい、みたいなニュアンスですよ』
若葉「ふむ、そうか……」
若葉「それで、白鳥さん、そちらの状況はどうだ?」
若葉さんが本題へと入った。
ぼくは黙って聞くことにする。
歌野『
若葉「……違いない」
歌野『今は現状維持ができるだけ……ザー……でしょう』
若葉「すまない、通信にノイズが入ったようだ」
歌野『ああ、現状維持ができるだけでも御の字だと言ったのです。通信のノイズ、最近多くなっていますね』
若葉「そうだな……」
歌野『この通信もいつまで続けられるか……」
一間空き、一転して若葉さんは口調と話題を変えた。
若葉「ところで白鳥さん。そろそろ決着をつけようじゃないか……』
歌野『ええ、私もそう思っていたところです。今日こそは雌雄を決しましょう……』
若葉・歌野『「うどんと蕎麦、どちらが優れているか、を!」』
若葉「もちろん、うどんの方が優れているに決まっている。比べるまでもない」
歌野『ええ、比べるまでもなく、蕎麦の方が優れているのは明らかです』
そこから始まり、若葉さんと白鳥さんは反論の応酬をしていった。
ぼくは見かねて、特に深く考えずに口を挟んだ。
武谷「うどんと蕎麦はどっちも美味しいと思うんだけどな、どっちが上とかどうでもいいんじゃないかな?」
若葉・歌野『「どうでもよくない!」』
怒鳴られた。
それはもう、物凄い形相で。
白鳥さんの方は見えないけれど、きっと若葉さんと同じ顔をしている。
武谷「……う、うん。そうだね。どうでもよくない。大事なことだ」
こっわ。この話題は口挟むのもうやめよう。
校内にチャイムが鳴り響く。
若葉「時間切れか。蕎麦は命拾いをしたようだな」
歌野『それはこちらの台詞です。うどんこそ命拾いをしましたよ。……明日からは新学期が始まりますから、通信は放課後の時間にした方がいいですね』
若葉「うむ、そうしよう。では、また明日も。諏訪の無事と健闘を祈る」
歌野『四国の無事と健闘を祈ります』
武谷「ぼくも、祈ってます」
みんなが幸せに生きていくことを。
深夜。
寮の部屋。
暗い自室。
ベッドの上。
天井見つめ。
苦しい。
――助けたい。
凝った思いは呪いのように心を蝕む。
勇者を助けたい。
千景さんを助けたい。
手を伸ばすその手は塵となって消える手が無い届かない力無い手の先に在った存在消される何も無い闇手を伸ばす手は無い世界思考腐り落ちる散る墜ちる墜ちるオチル血がチガ違う、ちががガ――
頭を壁にぶつけた。
天井見つめる。視界ボヤケ。
タスケタイ。
死は駄目だ死は駄目だ死は駄目だ失は駄目だ失は駄目だ失は駄目だしぬな。
救いたい。
スクイタイ。
すく いたい
過去の面影が脳裏をちらつく。
武谷「ぐ……ぐうぅぅ゛……」
唇を噛んだ。
強く、強く、意識を強く保つように。
唇は噛み切れ、血を滲ませていた。
――――神様……。