聖陵院武谷は勇者である   作:ソウブ

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11話 桜という植物に咲いた花が、散る前に

 

 彼女の悩みを何とか詳しく聞き出すことには成功した。

 それでも今日も、彼女は酷く辛そうで、周りが見えないくらいピアノに集中している。

 それを止めたくなった。

 やっぱり、このままでは駄目だと強く思う。

 

 彼女の名前を呼んだ。

 彼女は気づかずにピアノを演奏している。

 ぼくはもう一度話しかけた。

 気づかない。

 ぼくは椅子から立って彼女の至近距離まで近づいた。

 そこで名前を呼んでも、気づかない。

 色々別のことを言って話しかけても、気づいてくれない。

 

 つい、これなら無視できないだろうと、口走った言葉。

武谷「君のスカートの中が見たいんだ」

 そんな言葉でさえ、無視された。

 ぼくは痺れを切らした。

 

 彼女の名前を大声で呼んだ。

 それでも彼女はピアノを弾く。

 

 ぼくは最終手段に出た。

 名前を大声で叫ぶように呼びながら、肩に触れて無理矢理演奏を止めた。

 

「やめて」

 彼女は冷たくその一言を発した。

「私は、上手くならないといけないの……」

 だけど、続く言葉ですぐに冷たさは悲痛さに塗りつぶされる。

 ぼくは、それを見ていられない。

 

武谷「でも、――さん辛そうで」

「うるさい……」

 彼女は音楽室を出て帰ってしまった。

 拒絶の意思が見える背中を、ぼくは追いかけられなかった。

 

 

 

 夢。

 そう、これは夢だ。

 ぼくは、夢を見ている。

 

 夢で、そしてこれは、神託だ。

 

 人型が見える。

 その人型の中に光があった。

 その人型は武器を手にした。強力な武器だ。

 だが武器を手にすると、人型の中にあった光が消えた。

 永遠に、失われた。

 

 その光景が消えると、その次にまた別の光景が映った。

 

 空のような空間に、大きな存在が複数いる、それは二色に分かれていた。

 それとは別で、地上の方に花を宿した少女たちの傍にいる大きな存在もあった。

 そして空の方の大きな存在の集合から、他よりも一際大きな二つの存在が、離れた。

 地上にいる、少年の様に見える人型の方へと行き、落ち着いた。守るようにその場にいる。

 

 それで神託は終わった。 

 

 

 ぼくは神託を受け取った次の日の朝、教室でヘッドホンを付けてあの子のピアノ曲を聴きながら思考していた。

 

 以前ひなたさんから聞いたように、神託というのは抽象的だった。

 神託の内容を何とか理解し、要約して考えてみる。

 

 まず、神託で見た光景の後者から。

 これは恐らく、強い北欧神様がぼくの味方に付いている、ということだろう。

 北欧神の大半は日本の天の神と徒党を組んだが、二柱の北欧神様だけは人類側に味方しているということか。

 だからこそ北欧の勇者システムなんてものを使えている。

 そして北欧神様に感応できるのがぼくだけだからか、巫女ではないけれど神託もぼくに送ってくる、ということか。

 

 そして、前者。

 

 力が欲しいのなら、代償を払えということだろう。

 ぼくの祈りがようやく届いたのだ。

 代償が必要、つまりぼくはただでは済まない。

 だがそんなことはどうでもいい。

 いつだって、力はそう簡単には手に入らないのだから。

 

 薄々、こうなることは心の奥底では気づいていた。

 けれど覚悟が足りなかった。そうでないと北欧神様はぼくに代償を伴う力を貸してはくれない。今や北欧神様と感応できるのはぼくだけだから、ぼくをそう簡単に失いたくないのだろう。

 だからこそ100%の覚悟が必要だった、それが溜まったのがあの時。それでようやく力をもう一段階貸してくれる気になったのだろう。

 ぼくが、仲間と協力して全力を尽くすしかない案件になぜあれほど苦悩していたのかはそれが理由だったのだ。

 代償を払えば、力が手に入る。だがそれは冥府への片道切符。一度乗ったら戻れない。

 ぼくは、どんな手を使ってでもみんなを守りたかったが、それでも今までは100%には足りなかった。無意識下で抵抗があったんだ。

 終わりの階段に足をかけることになるのだから。

 

 でも、もうそんな迷いなんて終わりだ。

 力は簡単には手に入らない。いやというほど知った。

 諏訪に行って、覚悟はとうに決まっている。

 

 ぼくは、みんなを守る。

 

 ピアノ曲の優しい音色だけが、ぼくの耳朶を打っていた。

 

 

千景「聖陵院くん……」

 

 声に振り向くと、千景さんが教室にいた。

 思考に没頭しすぎて気づいていなかった。

 

武谷「おはよう、千景さん」

千景「おはよう……」

 

千景「それ、何の曲聴いてるの?」

 

武谷「ん……? うん、まあ、ピアノ曲だよ」

千景「ピアノの、何の曲? 題名とかは……」

武谷「題名……」

武谷「良く知らないかな」

 

 ぼくは言葉を濁して誤魔化した。

 これはあの子のオリジナル曲。

 題名は確か、無かった。

 あの子が決めることをしなかったからだ。

 

千景「そう……」

 千景さんはまだ何か言いたげだったが、何も言わなかった。

 

 

 学校が終わると、放課後にぼくはホームセンターに向かった。

 買い物を終え、寮の自室に帰宅するとさっそく作業に取り掛かる。

 ぼくは今朝、ネットで神様を祀る祭壇の作り方を調べた。

 願いを叶えてもらうのだ。今までよりもさらに敬い、祀ろうと思った。

 それで思い付いたのが祭壇建設だ。

 

 北欧神様を信仰しているのは、今残っている人類ではぼくしかいない。

 理由はいろいろと複雑だが、最たる大きな理由は二つだ。

 宗教が二つもあると、後々宗教戦争に発展する可能性があることがひとつ目。

 二つ目は、ぼくたちに味方してくれている北欧神様は、敵側の北欧神と存在としては同じものがあるのだ。つまり、味方の二柱を信仰すれば敵の北欧神にも信仰が行ってしまい、その分敵の力が強くなる。

 だから大社が北欧神信仰が広まらないように手を尽くした。

 

 それでも、信仰するのがぼくだけだったとしても、二柱の北欧神様は味方をしてくれたんだ。

 だからぼくだけは、もっと信仰しよう。

 ぼくは味方の北欧神様の力を授かった勇者だ。ぼくの信仰なら、味方の北欧神様の元にだけ届くのだから。

  

 祀るための台とか、御神体にする十字架とか、和風だけれど注連縄(しめなわ)とか紙垂(しで)も買って来た。

 そして、グングニルに見立てた槍型の飾りもネットで購入した。明日この祭壇に並ぶことになるだろう。

 色々荒いけれど、祀る対象としての重要性、神様との関連性があればいい。大切なのは敬う心、感謝の心だ。

 

 そうして、祭壇がほぼ完成する。

 木の台の中心に十字架を立て、その周りに祈りと感謝を込めて作った注連縄と紙垂を等間隔に並べた。あとはグングニルを模した槍が十字架の隣に並べば完成だ。

 

 ぼくは祭壇の前に正座し、両手を合わせ握り込み、瞑目した。

 

武谷「北欧神様、どうか、ぼくの祈りを、願いを、汲み取り賜え」

 

武谷「北欧神様のお力でぼくはみんなをここまで守ることができました。そのことに心よりの感謝を。惜しみない感謝を示します」

 

武谷「でも、今のままでは守り切れない状況になってきています。だからどうか、ぼくにみんなを守るための力を賜り下さい」

 

武谷「ぼくはいつまでも感謝し続けます。信仰を奉納し続けます。だから、お願いします……っ」

 

 ぼくはそれから毎日、この祭壇に拝み、祈り、感謝し続けた。

 

 

 

 今までにない事態とひなたさんが受け取った神託は、未だに現実になっていない。

 バーテックスの襲撃は、しばらく来なかった。

 

 

 

 気づいたらいつの間にか春になっていたようで、ただ一人中学三年生だった千景さんに卒業証書を送ろうという話になった。

 勇者たちの通う教室は変わることはなく、今までと同じで変化はあまり感じられないが、千景さんの大切な節目だからみんなで祝おうということになったのだ。

 

 千景さん以外のみんなで一枚の卒業証書を作って、朝早く教室に集まって千景さんを待ち伏せした。

 

 ガラガラガラ。教室のスライドドアが開けられる。

 

千景「……なに……みんなしてニヤニヤと……気持ち悪いわよ」

 みんなで思わず笑みを零しながら並んでドアの周りを囲んでいたら、開口一番千景さんはそう言った。

 

友奈「せーのっ」

「「「「「「卒業おめでとう」」」」」」

 ぼくたちは一枚の卒業証書を六人で持ち千景さんに向けて差し出す。

 

千景「……そつ、ぎょう」

友奈「うん、卒業!」

 

 千景さんはぎこちない手つきで受け取る。

 

千景「卒業なんて、すっかり忘れてたわ……」

杏「今までと変わらないですもんね」

球子「そうだよなー。盛大に超宇宙勇者とかになれば絶対覚えるんだが」

若葉「どんな勇者だ」

ひなた「ふふ」

 

武谷「千景さん、一応高校生の先達としてよろしく」

千景「偉そうね……先輩」

 

 千景さんはほんの少し、笑ってくれた。

 

 

 

 更に日は過ぎ、教室に全員登校してくると、杏さんとタマさんがお花見をしようという話をした。

 

友奈「楽しそう! やろう、やろう!」

ひなた「ええ、いいですね。丸亀城にいて、お花見をしないという選択肢はありえません」

若葉「いい息抜きになるだろうし、悪くないな」

 

千景「そうね……いいかもしれないわ……」

武谷「ぼくも賛成かな」

 

 呑気にしていられる状況ではないのかもしれない。

 今までにないほどの何かがある、バーテックスの襲撃が神託されているのだ。

 けれど、こんなときだからこそ、みんなに心穏やかにいてほしいと思った。お花見をしてほしいと思った。

 それに障害が立ちはだかるなら、ぼくが全霊を(もっ)て潰そう。

 ぼくはみんなが思うように生きてほしい。

 

球子「よーし、じゃあ次のバーテックスとの戦いが終わったら、祝勝会を兼ねたお花見だーっ! 俄然、やる気が出てきたぞっ!」

 

杏「約束、ですからね?」

武谷「? うん」

 なぜか杏さんがぼくを見ながら言ってきたので、とりあえず頷いた。

 

杏「早くお花見、できたらいいなぁ……」

 

 その杏さんの言葉が妙に耳に残った。

 このお花見の約束は、必ず達成させなければならない、強くそう思う。

 

 花の命は短いから。

 散ってしまう前に――

 

 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 それは不穏な暗喩のようなものに思えて。

 妙な焦燥感に駆られて、すぐに考え直す。

 

 桜という植物に咲いた花が、散る前に。

 

 だから頭の中で改変した。

 ただ桜というバラ科モモ亜科スモモ属の落葉広葉樹の花は、開花してからすぐに散ってしまうから、お花見をしたいなら早くしないといけない。

 ただそれだけで、他の意味など微塵もないのだと。

 暗喩などさせない。

 桜が散るようにみんなを散らせはしない。

 人は、少女は、みんなは、簡単に散ってはいけない。

 

 ぼくが守る。

 

 

 

 その日の夕方、世界は樹海化した。

 とうとうバーテックスの襲撃が起きたのだ。

 

 ぼくたち六人は根ばかりの世界で並び立ち、視界の向こうを見据える。

 

若葉「多いな……」

杏「多いですね……」

 

 そこには、何千体もいるだろう、正に無数のバーテックスが迫っていた。

 

 今すぐにでもあの真ん中にグングニルをぶち込んでやりたいが、それは早計、軽挙だろう。

 進化体でもない雑魚なら、みんなでも余裕で倒せる。

 しかし、あの物量は度し難い。どうするか。

 

杏「あの……聞いてもらえますか?」

 

 杏さんが自分の立てた作戦をみんなに説明する。

 丸亀城に攻め込んでくる敵を、それぞれの位置で交代で迎え撃って守るというものだ。

 これなら物量を相手取った体力の消耗も軽減される。

 

若葉「よし、それで行こう」 

 

 みんなも異論はない。

 今まであまり表出していなかったが、杏さんの頭がいいのは前から知っていた。策を考えたり指示をするなら杏さんは適任だろう。

 

友奈「そうだ、みんなでアレやろうよ!」

球子「アレ?」

友奈「みんなで肩を組んで丸くなって、『行くぞー!』ってやる奴!」

杏「円陣ですね。そういえば、勇者になる前の学校では球技大会なんかでやってるチームがありました」

若葉「……いいかもしれないな」

 

 罪悪感が疼いた。

 そんなもの、みんなを守るためならと捨て去っていた筈だ。

 ぼくは、頼ってほしいと言ってくれたみんなを裏切る。

 どの面下げて一緒に円陣なんて組めるんだ。

 ぼくはみんなと協力して戦いはするが、みんなを頼らずに一人で戦おうとしている。

 みんなを守るためだ。万が一にも死なせてしまうなんてことにさせないためだ。そう言い聞かせても、裏切ることには変わりない。

 

千景「…………」

 千景さんは、ぼくを見ていた。

 まさかぼくの考えが気づかれていないだろうな。

 表情はいつも変えないように気をつけている。気づかれていないはずだ。

 

友奈「ほら、ぐんちゃんとたけくんも!」

千景「……うん。聖陵院くん、いくわよ……」

武谷「あ……」

 

 友奈さんが千景さんの手を取り、千景さんがぼくの手を握った。

 円陣の中に入れられる。

 もう抜けられる雰囲気ではない。

 時計回りに、ぼく、杏さん、タマさん、若葉さん、友奈さん、千景さんの順に並んだ。ぼくの左右に杏さんと千景さん、正面に若葉さんがいる形だ。

 

若葉「諏訪の人たち、白鳥さんの思いを無駄にしない為にも私たちは負けるわけにはいかない。この戦いも、必ず四国を守り抜くぞ! ファイト、」

 

「「「「「「オーッ!!」」」」」」

 

 勇者たち六人の声が合わさる。

 何か感づかれないように、声だけは合わせた。

 

 

 

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