千景「聖陵院くん……きて……」
ある日、そう言った千景さんに袖を引っ張られて着いた場所、訓練場。
千景「聖陵院くん、そこで見てて……」
千景さんは鍛錬をしだした。
ぼくは傍らに腰を下ろす。
断る理由もなかったし、ぼくは千景さんに幾らでも頼っていいと以前言ったから。
千景さんは大鎌――大葉刈を振るう。
振り薙ぎ、振り下ろし、振り上げ、また振り下ろし、袈裟掛け、斬り返し、逆袈裟、また斬り返し。
なぜぼくに見てもらおうと考えたのか。
誰かに見ててもらった方が鍛錬がはかどるからだろうか。
千景さんは、一生懸命に強くなろうとしていた。
強さを、表していた。
まるで、それを見てもらいたかったかのように。
そうして。
あくる日。
その日も千景さんの鍛錬を近くで見ていた時。
樹海化警報が、鳴った。
世界は押し寄せる光に包まれ、神樹の創り出す結界、樹海と化す。
傍らにいた千景さんはすぐに変身して深紅の装束へと成った。
変身した他のみんなも合流してくる。
若葉「敵もかなり強くなってきている。気を引き締めろ。だが、無理はするな」
球子「最近色々と危なかったからな」
杏「慎重に、冷静にいきましょう」
友奈「そうしてみんなで協力すれば絶対に勝てる!」
千景「聖陵院くん、私だって、強いから、ちゃんと見てて……」
千景さんが、ぼくを見て言った。
見てと言うのなら。見よう。
ちゃんと見てる。そして危なくなったら守る。
視界の向こうから、バーテックスの大群が押し寄せてくるのが見えた。
通常バーテックスに、火や氷を宿したバーテックスもいる。
杏「グングニルともう一つの力はまだ温存しておいた方がいいでしょう」
ぼくは頷いた。
皆が飛び立って、バーテックスの大群へと
いつもどおり、若葉さん、千景さん、友奈さんは前衛、タマさんは中衛、杏さんは後衛だ。
二つの群がかち合い、斬撃と大口を開けた飛び掛かりと拳と矢が飛び交いバーテックスを倒していく。
――あれ。
なんか。
多分。
恐らく。
絶対。
確実。
全てのバーテックスが、ぼくを狙っていた。
一斉に、大量のバーテックスがぼくへ向けて一直線に向かってくる。
警戒、されているのか。
今までも優先的に狙われたことはあった。
けれどここまで露骨に、絶対的に殺す意思を以って全力で来られたのは初めてだった。
つまり、そこまで警戒されている。
千景「聖陵院くんは、私が守る……!」
千景さんが吼え、ぼくに迫るバーテックスを真っ二つにした。
皆の奮闘により、バーテックスが減ってくると、バーテックスが幾つもの箇所でグループを作るように寄り集まり出した。
点在する星のように散らばったグループは、融合を始める。直ぐに進化体バーテックスが完成する。
攻撃して形成を止める間もなかった。
以前にも見たことのある進化体、巨大な蛇のような姿のもの。大量の、蛇。それらが、火や氷を宿している。
確か、前のときは体が切断されても分裂していた奴だ。
杏「まだ、これくらいなら、私たちでも倒せます」
千景「私たちは、強いわ……!」
彼女たちの言う通り、みんなはこいつら程度なら倒せる強さを持っている。
より強い敵がまだ出てくるかもしれないから、力を温存しておいた方がいいというのは分かる。
だから今は使わない。
けれどもしもということもある。いつでも使えるように準備はしておく。スマホの画面に指は添えたままだ。
進化体を倒す為に、みんなは切り札を使い精霊の力を身に宿した。
みんなが切り札を使うのが、もう普通になってしまっている。
いつ、何の影響が出てくるのか不安だ。
でも、使うなとも言えない。使わなければ死ぬ可能性がある。ぼくが倒せばいいのかもしれないが、この先の敵の出方次第で今使うのが下策になる可能性もある。
とにかく、今はごちゃごちゃと考えても仕方ない、みんなが戦うのを見守ろう。
ぼくはみんなが死なないようにしてやればいい。
燃える旋刃盤が蛇を分裂させることなく跡形も無く焼き尽くす。吹雪が凍りつかせる。竜巻を宿した拳が分裂体を巻き込んで消し飛ばす。刀による凄まじい速さの斬撃が分裂できないほど細切れにする。七つの大鎌が同時攻撃で分裂させる間もなく命を割断した。
火が舞い、氷が吹き荒れ、凶悪な咬み付きが勇者を襲う。
危なげなく避け、危なげに避け、反撃の攻撃を放つ。
物量の咬み付き、避ける、防ぐ、怪我は、無い。
もどかしい。本当に危ないように見えたら撃とう。
けれど一度もぼくは力を使うことなく、蛇型のバーテックスは数を減らしていった。
そして。
蛇のような姿をした進化体は、すべて倒され、いなくなった。
ここには、ぼくたち勇者しかいない。
はずだ。
球子「終わった、か?」
杏「敵は、いません、ね……」
若葉「いや、警戒は怠るな」
友奈「まだ、戦えるよ」
千景「…………」
されど、樹海化は、未だ解けなかった。
――地の底から響くような音。
それは、すぐには何か分からなかった。
ただ、何かがうねっているということしか、理解できなかった。
千景「…………え?」
気がつけばそこにあった巨大。
見上げる、首が痛くなるほど見上げて、ようやく全容を掴む。
蛇。それは巨大な蛇だった。
結界外にいた太陽のような円環に牙のようなものが生えたバーテックスよりも、光り輝く女神像のようなバーテックスよりも、以前倒した巨人バーテックスよりも、それこそ先程まで
それが、今そこにいるバーテックスだった。
遠方から来るバーテックス、それはもう怪獣とすらいえた。
奴は迫る。うねる。
杏「……ひ」
球子「や、やばくないか」
若葉「倒せないわけじゃないはずだ……」
友奈「デカいだけだよきっと……」
千景さんは、ぼくを見ていた。
心配そうに、不安そうに。
けれどそれは、この状況を何とかしてほしい、助けてほしい、みたいな視線ではなかった。
ビル一つを丸呑みできそうな大口が、開かれた。大きく大きく、開口される。
脳内。感覚。
警鐘。
警笛。
ガンガンガンガンガンガン!!!
鳴らされる。
叩き鳴らされ荒れ狂う。
やばい。
今からやばいことが起きる。
冷や汗が体から排出された。冷たい。
千景「あ…………」
世界樹のような蛇の口から、大量の液体が流れ出てきた。
それは滝の如く、
濃い紫色だ。
正に滝の音を響かせながら、津波、洪水と化す。
蛇の形をしたものが吐き出す紫色の液体。毒、そんな一文字が頭に強く浮かんだ。あれは絶対に危険だと判断する。
飲み込むどころか、触れただけで死に至りそうな雰囲気を露わにしている。いや、確実に死ぬだろう。
――ああ、考えるまでもなかった。現在進行形で毒液に浸された樹海の根が一瞬で腐り落ちた。
広範囲に渡って、樹海が腐敗していく。
かつてないほどのダメージを樹海は受けていた。
杏「そん、な……」
目の前で迫り来る毒液の津波。
どう考えても避けられない。
後ろにも横にも前にも下にも退路はない。上に逃げる時間は既に
ぼく以外にこの津波を防げる手段を持ち得る者がいない。そして防ぐことができなければ、一瞬にして死ぬ。
ならば方法は、ひとつしかない。
即座にスマホの画面中心に存在する魔方陣をスワイプ、詠唱を口にした。
武谷「『グングニル』」
雷纏う黄金槍が射出される。
轟音。
轟雷。
黄金の槍は真っ直ぐ毒液の津波へと突き進み、穿つ。
毒を全て超常の雷で焼き尽くした。
されど世界樹のような蛇は健在だ。膨大な量の毒液を消滅させるのにグングニルのリソースを全て割かれた結果、奴に傷を負わせる事すら出来なかった。
危険すぎる。こいつは確実に直ぐに殺さなければ。
このバーテックスは、超が付くほどの巨体だ。
巨体だということは、面積が広い。
面積が広いということは、この樹海内で奴とぼくたちの距離はそう離れていない。
だから、ほんの少しぼくが前に足を踏み出すだけで、この力の射程範囲内に入る。
それが、巨大すぎるが故の奴の弱点だ。
フリックして変更したスマホの画面中央に存在する白い魔方陣を下にスワイプ。高速回転、綺麗な音色、巨大な魔方陣が、世界樹のような蛇バーテックスの頭上に展開される。 詠唱した。
武谷「『ミョルニール』」
轟音。
轟雷。
一を必殺する純白の雷槌が、バーテックスの頭上から振り下ろされる。
命中すると、世界樹のような蛇バーテックスの体はいともたやすく破壊された。
陶器が割れるように、粉々に崩れていく。
殺した。
確信する。
――――なのに。
どうしてだ。
目を疑う光景。
奴の体は割れた、けれど、液体の入った壺が割れたように、その内側から、奴の超巨体と同じ質量なのではないかと思えるほどの、毒液が溢れた。
潰れた体から、先の倍。巨体全てに毒液が詰まっていたのではないかと思える量の毒液が弾け溢れた。
押し寄せる毒の洪水。
また樹海が腐り落ち、甚大な被害を受けている。
グングニルの再使用時間もミョルニールのゲージも溜まっていない。
死ぬ。
いや死なない。
今持っている力で対処する術はない。前までだったら、ここで詰みだったろう。
けれど。今は。
――代償を払います。だから、力を下さい。
ぼくは北欧神様に祈った。願った。頼んだ。
そうして祈りは届き、願いが叶えられる。
グングニルのゲージが、刹那の間に満タンになった。
ああ、ぼくは幸福だ。なんて幸福なんだ。みんなを守れる。守れるんだ。
武谷「感謝を……」
北欧神様、身に余る奇跡をありがとうございます。
ぼくは嬉々としてスマホの画面をスワイプした。魔方陣高速回転。綺麗な音色。巨大な黄金色の魔方陣展開。
詠唱。
武谷「『グングニル』」
轟音。
轟雷。
北欧の最高神オーディンの力、黄金の槍グングニル。
巨大魔方陣の中央から射出されたその力は、雷を広範囲に撒き散らし、全ての毒を消し飛ばす。
世界樹のような蛇バーテックスの巨体は既に破壊済み、毒も完全に消滅している。敵は見えない。もういない。ぼくが殺したから。
勝った。
ぼくはわらった。
頭が痛い。
殴られたような痛み。
ズキンズキンズキン。
痛い痛い痛い!
頭の中で列車が走っているかのようだ。
視界がチカチカする。
――プツン。
ぼくは倒れた。
千景「聖陵院くん……っ!」
走り寄る音。
千景「また……私が、弱いから……」
悲しげな声が聞こえた。