千景viewer
今日、朝のニュースでやっていた。大地が腐敗して、作物が育たなくなってしまった土地ができたらしい。巨大地震も起きて、数十人もの死者が出たのだという。
どちらも、あのバーテックスの毒液の影響だった。
この四国は神樹様の恵みによって成り立っている。作物が育つ栄養もそうだ。それがうまく供給できなくなるほど樹海は被害を負ってしまった。あの量の毒液が触れたのだから当然だ。
ここは大社の管理する病院。その中の個室。
聖陵院くんは白いベッドの上で、安らかな顔で眠っている。
その傍らに、私と高嶋さんはパイプ椅子を広げて座っていた。
千景「聖陵院くん、笑っているわね……」
友奈「楽しい夢でも見てるのかな」
千景「こっちは心配してるのに……いいご身分ね……」
思わず悪態を吐いてしまったけど、本当に怒っているわけではない。
仕方のないことだと、わかっているから。
ただ、悲しくて、遣る瀬無かった。
聖陵院くんの頬を撫でる。
意外と柔らかい、人の体温を感じる、生きている証拠。
聖陵院くんを見ていると、いつも暖かい気持ちになった。
でも今は、寂しさと悲しさと不安も、湧き出てくる。
千景「……高嶋さん……相談、していいかしら……」
友奈「いいよ。いつでも、なんでも言って」
高嶋さんは即答してくれた。
その顔は、女神のような微笑みを湛えている。
私は、ゆっくりと口を開いた。
千景「今回の戦い、聖陵院くんがどうにかしなかったら、みんな死んでしまっていたのは分かる……でも、わかるからこそ、どうしようもなくて……力を使わないでなんて、とても言えなくて……」
千景「私には、聖陵院くんを助けられない……。なんとかしてあげたいのに、弱くて、何もできない……」
思わず高嶋さんを縋るように見てしまう。高嶋さんは微笑んだまま私を見て、静かに聴いてくれている。
千景「高嶋さん、どうしよう……。聖陵院くんが、遠くに行ってしまいそうで、怖い……」
そう、怖い。聖陵院くんが好きで、だからこそ、暖かくて、怖い。
いつの間にか、体が震えていた。
抑えようと右手で左手を強くつかんだ、震えは一切衰えない。
友奈「ぐんちゃん……」
ぬくもり。
高嶋さんが、私を抱きしめていた。
高嶋さんに抱きしめられたのは初めてだ。
不思議な感覚。暖かくて、柔らかくて、いい匂い。
震えが、少しずつ収まっていく。
私は無意識に、高嶋さんの背に腕を回して抱きついていた。
友奈「だったら、強くなろう。もっともっと強くなって、たけくんに無理させないようにしよう」
千景「それは今までも……そうしてきたわ……でも、無理だった。すぐに強くなんてなれない……強くなれたとしても、聖陵院くんがどうにかなってしまうまでに、きっと間に合わないわ……」
友奈「それは一人だったからだよ。一緒に頑張ろう。みんなで強くなればいいんだよ。そしてたけくんを守る。私たちで守るんだよ」
高嶋さんは力強く笑った。
友奈「だから、私が一緒だから大丈夫だよ、ぐんちゃん」
その言葉には強い意志がこもっていた。自分だけでも必ず守るという意思が込められているような気がした。
だったら、私も一緒に、頑張る。
高嶋さんと一緒なら、頑張れる、恐くない。
友奈「そうと決まれば、みんなにも話してみよう。きっと協力してくれるよ」
高嶋さんが端末で呼びかけて、乃木さんと伊予島さんと土居さんを呼んだ。
みんなにも同じ話をする。
若葉「当然だ。強くなって、わからず屋を守ろう」
杏「武谷さんを、助けたいです」
球子「タマに任せタマえ」
みんなで一緒に鍛錬するために、訓練場にすぐ向かった。
いつもよりハードに、鍛錬をする。
実戦形式で、みんなで武器を持ち戦った。
結局都合のいい解決策なんてない。だから一緒に頑張る。強くなれるところまで強くなる。
強くなるために行動を起こして、戦う。それしかない。
でも、一人じゃない。
不安を掻き消すように、高嶋さんたちと武器を振るった。
mainviewer
暖かい。
意識の奥底、夢の中で、暖かいものを見た。
ガヤガヤ、ガヤガヤ。仲間との
みんなと過ごした日々は、とても、とても暖かくて。
そして――
目を覚ます。
真っ白な天井。
しばしぼーっとする。
やがて思考力が戻ってきた。
今度は、何を忘れた……?
忘れたくないことを思い起こす。
千景さん、友奈さん、杏さん、タマさん、若葉さん、ひなたさん、みんなのことは、しっかり覚えている。
白鳥さんのことも、忘れていない。
…………うん。大丈夫だ。
まだ、大丈夫だ。
大切はここにある。
失われていない。
病室にはぼくだけがいた。
酷く静かだ。
とりあえず体を起こす。
武谷「……っ」
頭がふらついた。
視界が一瞬ぼやける。
けど、それだけだ。
ベッドから立ち上がる。
立ち眩み。
転びそうになった。
足を前に踏み出し、バランスを取る。
転んではいない。
武谷「…………」
まあ、問題ない。
数日後、また樹海化が起きる。
なんかやべー奴が来たからぼくが殺した。
次も、みんなが死にそうになったから一瞬で敵を殺した。
その次も敵が強かったからぼくが殺した。
そのまた次もやばかったから殺した。
なんかあれだったからころした。
やべーなとおもってころした。
なんか、ころした。
千景viewer
結局、今できることをするしかない。
高嶋さんのおかげで吹っ切れて、みんなで頑張った。
けど、それだけで、必ず解決する訳じゃない。
ここ最近の敵はいつも強大で、圧倒的な力を持っていた。私たちの切り札でも倒せない敵ばかり。
だから、聖陵院くんが倒すしかなかった。
何度も何度も、聖陵院くんは倒れた。毎回戦いが終わると、意識を失い、病院に入院する。
私は無力感に何度も苛まれた。だけど、できることをするしかない。頑張る、戦う、強くなる、届かない。高嶋さんが励ましてくれる。少し元気が出て、また頑張れる。
何度も倒れるなんて、普通じゃない。なのに、聖陵院くんは倒れてから目が覚めると、いつもと変わらなかった。
元気に話すし、健康に動く、いえ、少しふらついてるような気もする、だるそうな動きにも見える、でも、それ以外、外見上は、異常は見られなかった。
私たちも切り札を使うとかなり疲れる、だから動きがぎこちないのは、それと同じだと思った。
私は、この期に及んで、まだ楽観していたのかもしれない。
世界は優しくないんだって、前から知っていたはずなのに。
聖陵院くんのせいで、聖陵院くんのおかげで、忘れていた。
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気がついたらベッドの上だった。ぼくは、何をしていたんだっけ。
大切なものを思い出そうとする、毎回、こうして起きた時にそうしていたような気がする。
親しい人――知り合い――
思い起こそうと時間をかける。
時間をかけている時点で覚えていないことを悟った。
ぼくの大切な人たちって、誰だっけ。
そもそもそんな人がいるのかな。
覚えていないから、わからない。
ならぼくは、どうやって生きてきたんだっけ。
武谷「…………」
ぼくは、なんだ。
…………。
なんか体も節々痛いし、動かしにくい。
でも、こんな弱っているところを、誰にも見られてはいけないような気がする。
見られたら、困るような気がする。
とりあえず、情報を、集めよう。
近くにあるものから。
といっても、この病室にはほとんど目ぼしいものはない。そもそもこの病室が、病院がどこなのかも覚えていないが。
それでも少しでも情報を得られないかと、ここにあるものを一つ一つ確認していく。ぼくの座っているベッド、畳まれているパイプ椅子、棚。
その棚の上に、携帯端末が置かれていた。
誰かが忘れていったものでなければ、多分ぼくのだろう。
手に取り、
端末の裏側に、小さな写真、プリントシールが一枚貼られていた。
そこには、ぼくと、二人の女の子が写っていた。
真ん中に、ぼくと赤毛を小さくポニーテールにした女の子の腕を握って、笑顔を浮かべている黒髪の女の子、左右に満面の笑みの赤毛の子と、戸惑いつつも嬉しげなぼくが写っていた。
幸せそうな写真だ。
――でも。
この二人、誰だよ。
酷く悲しくなった。
複雑な感情が胸の中で渦を巻く。
覚えて、いないのに。
退院した翌日、ぼくは寮から出て、丸亀城の教室へ向かう。
普段の生活に必要なことは、幸い覚えていた。
逆に、それぐらいしかほとんどわからないけれど。
歩く、歩く、教室へ向けて。
せめて気だけは強く、明るく行こう、と、顔を上げた。
丸亀城を視界に捉える。
なんか、変な光の
もや。
もやもや。
もやもや。
もやもやもやもや。
混濁。
頭が痛い。
頭を振った。
痛いまま、変わらない。
わからない。
ぼくは。
ぼくは、どうなっている?
教室に着いた。
ガラリとドアをスライドし、中に入る。
教室内には、すでに六人の女の子がいた。プリントシールに写っていた二人の女の子もいる。
武谷「おはよう」
みんな、ぼくの挨拶に返してくれた。
黒髪の子がぼくを見ていた。事前に名前は調べてある、郡千景さんだ。
千景「聖陵院くん……体に異常はない……?」
心配そうな表情で問いかけてきた。
ぼくは、みんなが誰なのかは覚えていない。でも、感情は違った。
ぼくにとって、この子たちは大切な人だ。
記憶はないけれど、確信できる。
だから、この女の子たちには、記憶があるように振る舞わなければならないような気がした。
武谷「問題ないよ、郡さん」
千景「? ……?」
郡さんは、言われた意味がわからないといったように、戸惑いと混乱を露わにした。
ああ、そういうことか。今の反応は、ぼくとこの子は結構仲が良かったということだろう。
だから郡さんなんて呼ばれて戸惑った。
なら。
武谷「ごめん、変な呼び方して。冗談だよ千景」
千景「……!?」
「「「「「!?」」」」」
千景も、他の五人も一斉に驚きの顔をしてぼくに振り向いた。
武谷「あれ? だめだった……?」
名前呼び捨ては、違ったか……?
早計な判断だったかもしれない。
冷や汗が垂れる。
千景「いえ……だめじゃ、ないけど……」
千景は、顔を真っ赤にして俯きながら、小さくそう言った。
だめじゃない? なら、なんでみんなこんな反応なんだ。呼び方じゃないのか……?
わからない。
その日は、普通に授業を受けて鍛錬をして過ごした。千景たち五人の勇者は熱心に鍛錬をしていた。
数日後、樹海化が起こる。
スマホを携え、ぼくは、戦いに臨む。
無機物のような化け物。
この化け物共と戦っていたのは、なんとなく覚えている。
戦い方も、しっかりと覚えている。
ふと、思う。
どこかで冷静になって、一瞬思ってしまう。
ぼくはなんで、こんな見ず知らずの少女たちと一緒に戦っているのだろう。なんで、こんなに怖い、いつ死ぬかもわからない戦いに駆り出されているのだろう。なんで、守らなければならないのだろう、と。
でも、不思議と止めようとは思えなかった。感情だけが、ただ在った。代償を払うことも、守るために全てを賭けることにも躊躇いの感情は湧かなかった。
ぼくには記憶がない、だからただ感情を信じて前に突き進むしかなかった。
それに強い充足感も幸福感も覚えた。
一つの感情だけは、今も強く熱く灯ったまま。
今のぼくは、感情だけで動いている。
この感情だけが、今のぼくのすべてだ。