聖陵院武谷は勇者である   作:ソウブ

17 / 28
17話 代償の結果

千景viewer

 

 

 なんだか胸の奥に何かが(こご)っているような。むかむかする。

 もう朝、窓から日が差している。

 時計を見ると、もう起きなければならない時間、教室に行かなくては。

 でも、体を起こす気力が湧かなかった。

 指一本動かすのも、面倒。

 

 なんでこんなにやる気が出ないのだろう。

 悩みでもあるからかしら。

 悩みってなんだろう。

 聖陵院くんのことだ。

 

 聖陵院くんが何度も倒れるから。

 でも、その後はいつも何事もなく日常に溶け込んでて。

 でも、何度も倒れているのだから、何もないはずがないのではないかって、不安になって。

 

 聖陵院くんは、なんであんなに平気そうな顔をしていられるのかしら……。

 

 …………。

 なぜか。

 

 沸々と、怒りが、湧き上がってくる。

 暗い感情が、理不尽に増幅されていく。

 

千景「聖陵院くん……」

『聖陵院くんを、守らなければ』

 

 顔を上げると、私と全く同じ顔をした人間がいた。

 これは夢なのかしら、と思いつつ、疑問を掘り下げる気にはなれなかった。

 私の姿をした目の前の存在は、口を三日月型に吊り上げ、作り物のような笑みを浮かべる。

 

『聖陵院くんを、守るのよ』

 

 さっきまでの気力の無さが嘘のように、私は跳び起きた。

 

 

mainviewer

 

 

 その日の放課後、ぼくは千景さんに寮の自室へと呼ばれた。

 この前の戦闘でまた記憶が消し飛んだけど、みんなの呼び方は、スマホのメールとかまで確認して予習済みだ。

 そうしてぼくは、千景さんの部屋の前までやって来た。

 ドアをコンコンとノックする。 

 

武谷「千景さん、来たよ。話って何?」

千景「開いてるから、入って……」

 

 言われた通り、ドアノブを握り回して、部屋へと入った。

 正面には誰もいない。横に人影が見え――

 

 頭に強い衝撃。

 転んだ。

武谷「いってぇ……」

 何が起きている。かなり痛い。意識が朦朧と。

千景「気絶してない……頭だと加減が……」

 千景さんの声。

 目だけで見上げた時には、千景さんが何かを振り下ろしていた。

 顎に衝撃。

 

 意識はすぐに、ブラックアウトした。

 

 

 …………ん。

 ゆっくりと。

 景色が開いた。

 頭が、少し痛い。

 

武谷「ここは……」

千景「私の部屋よ……」

 

 目の前に、千景さんが座り込んでいた。

 ぼくは壁に寄りかかって座っている状態だ。

 動こうとした、けど、動かせない。ギシッ、と音を立てて、阻まれる。

 視線を下に。見ると、ぼくはロープで縛られていた。

 腕までがっちりと縛られているから、自分で抜け出すのは無理そうだ。

 

武谷「どういうことだ……」

 いや、千景さんに気絶させられたのであろうことは途切れる前の記憶からわかるのだが、どうして気絶させられたのか、どうして縛られているのか、それについてのどういうことだ。

千景「聖陵院くんが……悪いのよ……」

武谷「ぼくが、悪い?」

千景「聖陵院くんが……何度も倒れるから……どこかにいこうと、するから……」

 

武谷「…………っ」

 ぼくは息を呑んだ。

武谷「千景さん、なんて顔してるんだよ」

 よく見ると、千景さんの顔は、酷くやつれて、今から自死でもしそうな暗さを湛えていたからだ。

 

千景「名前、呼び方戻ったわね……」

 千景さんの発言に、意識を逸らされた。

武谷「そ、そう?」

 ちゃんと確認したはずだ。この呼び方で間違いはないはずだ。

 ……でも、少し前に記憶を失ったぼくが、呼び方の確認を今のぼくより怠っていたとしたら?

 それとも、最近呼び方を変えたのか?

 千景さんは、呼び方が戻ったと言った。どちらの可能性もある。

 だからぼくは判断がつかず、戸惑った。

 戸惑ってしまった。

 

千景「聖陵院くん……?」

武谷「…………」 

千景「ねえ、やっぱり、最近のあなたおかしいわ……」

 

 今の千景さんもおかしいと思う。とは口にできなかった。

 それよりも、千景さんの追求を躱さないと、という思考に移っていた。

 

千景「なんで、呼び方変わったの……?」

武谷「や、やっぱり、そっちの方がしっくりくるかなって……」

千景「なんで、そう思ったの……?」

武谷「なんでって……」

 やばい。冷静に、理に適った理由を答えないと。

 でも、すぐに思いつかない。その時間の空白、困惑が悪かった。

千景「わからないの……?」

武谷「わからないわけじゃない……」

 苦し紛れに言葉を繋ぐ事しか出来なかった。

千景「わからないわけではないのなら、言えるわよね……」

武谷「……言えない。言えない理由があるんだ」

 そういうことにして、乗り切ろうとした。言えない理由があるから何も言わないだけだと、わからないわけでは、覚えていないわけではないと、そう思ってもらう為に。

 

千景「納得、できない」

 千景さんは俯き、しばらく考えている様子だった。

 やがて口を開く。

千景「……今、思いついたわ」

 

千景「もしかして……聖陵院くん、覚えていないの……?」

武谷「……っ」

 喉から声が漏れる。表情は何とか堪える。目はいつもより開いてしまった。

 そう、ぼくは、そんなふうに反応してしまった。

 それは重大なミスだ。

 

千景「まさか、本当に記憶がないの……?」

 本当に意外という顔をしていた。つまり、ぼくはカマをかけられたのか。

 

千景「記憶が、ない……? 何度も倒れてる。あの力を使い続けてるから……?」

千景「ああ……ああ、ああ、ああ……」

千景「どうして……」

 千景さんは、死にそうな顔を濡らしていた。涙を流していたんだ。ぼくなんかの為に。

 

武谷「違うんだ、千景さん」

千景「そんな反応しておいて、どう違うというのよ……!」

 もう、言い逃れはできそうになかった。

 間抜けにも、最後まで隠し通そうとしていたぼくの秘密は、あっさりとバレたんだ。

 

千景「聖陵院くん、記憶がなくなるって、それをわかってて、あんなに沢山、使い続けてたの……?」

 ぼくは沈黙した。

 

千景「あなた、壊れてるわ……」

千景「おかしい。普通、そんなこと、できない……」

 

武谷「そうかな」

千景「当たり前じゃないっ……」

 そうかもしれない。

 

千景「馬鹿……大馬鹿よ……」

 ぽふぽふと、胸を叩かれる。全然痛くない。

 

千景「馬鹿……っ! 嫌いよ、あなたなんて……っ!」

武谷「うん。そうだよね。ごめんね」

 ぼくは千景さんを泣かせた。嫌われても仕方がない。

 でも。

 

千景「……なんで」

 千景さんはぼくの言葉に、より悲しそうな顔をした。

 

千景「嘘に……決まってるじゃない……」

千景「私が……聖陵院くんに救われたのは本当なんだから……嫌いになんてなれるわけないじゃない……」

千景「いなく、ならないでよ……」

千景「ずっと、そばにいてよ……」

 

 告白みたいな言葉。

 もしかしたら、これは告白なのかもしれない、とは思った。

 でも、これからぼくがしていくことを考えると、その言葉については何も考えない方がいいと結論を出す。

 

武谷「ごめんね。ぼくはかなり我が侭なんだ」

 自分のしたいことをやり通すことしか考えていないから。

 

千景「いや……もう絶対に、戦わせない……」

武谷「ぼくにはそれしかないんだ」

千景「縛ったまま、外してやらない……」

 そういえば、ぼくは今縛られていた。

 

 まあ、樹海化したらどちらにしろここからでもバーテックスに攻撃できる。そもそもこのロープが樹海化の影響で消える可能性もある。こんなことをしても意味はない。

 それを千景さんに伝えた。 

 

千景「そんなことわかってたわよ……! でも、じゃあ、どうしろっていうのよ……! いやなのよ……もう、いやなのよ……」

千景「絶対に、いかせないから……」

 

 そう言って、千景さんはぼくを解放せず、監禁することに決めたようだ。

 意味なんて、無いのに。

 

 

 それから、しばらく経つ。

 ぼくは千景さんに怒る気になれなかった。

 ここで監禁されたところで守れなくなるわけではないから。

 それに、こんなことは長続きしないだろう。

 心は穏やかに凪いでいる。

 ただ千景さんのしたいように、されるがままでいた。

 

 ぐうぅぅ。

 ぼくのお腹が鳴った。

千景「……そういえば、もうそんな時間ね」

 時計の針は、夕飯時を差している。

武谷「ご飯食べたいからこの縄解いてくれないかな」

千景「だめよ」

 駄目元で頼んでみたけど、即答だった。

 

千景「私が、作ってあげるから、待ってて……」

 ぼくは待つことにした。

 

 数分後。

千景「あーん……しなさい……」

武谷「あ、あーん?」

 口を開けると、そこに箸に掴まれたうどんを千景さんが入れようとする。

武谷「あつっ、あちっ、熱いって!」

 麺類だから自分で箸を使わないと食べにくく、唇や顎に熱々の汁に浸かっていた麺が当たって熱い。

 

武谷「ねえ」

千景「なに……?」

武谷「なんでうどん、しかもインスタント」

 そう、千景さんは湯気を上げるカップうどんの容器を手に持っている。たった三分で出来上がった夕食である。いや、お湯を沸かす時間もあったから三分ではないか。

千景「うどん、美味しいから……」

武谷「そりゃ、そうだけど」

千景「それに、私ほんとは料理そんなにうまくないし、今は作る気になれない……」

武谷「そう……」

 

 ぼくはもうどうでもよくなった。されるがままに、うどんを啜った。

 熱い。

 

 

武谷「トイレに行きたいんだ」

 食事を取って少し経つと、当然の生理現象が来る。

千景「…………仕方がないわ」

 千景さんは縄を解いてくれた。

千景「逃げないでよ……」

 トイレの前まで連れていかれ、その前に千景さんは陣取った。

千景「逃げようとしたら、これでまた殴るから……」

 千景さんは大鎌を構えた。

 どうやらぼくはこの部屋に入った時、大葉刈(おおはがり)で殴られたらしい。多分柄とかで。

武谷「わかってるよ」

 逃げるつもりもない。

 トイレの中には窓があったけど、人が出れる大きさではなかった。出られたとしても、音で気づかれて殴り倒されるだろう。逃げるつもりはないけど。

 

 

 夜。

 そう、もう夜中になってしまった。

 外は真っ暗な深夜。そんな中、女の子の部屋で二人きり。

 でも、何も起こらない。

 なにせぼくは縛られている。

 

千景「……おやすみなさい」

 千景さんはぼくに布団を羽織らせて、自分も布団に包まって、ぼくの膝に頭を乗せてきた。

武谷「……自分のベッドで寝た方がいいんじゃないかな」

千景「いえ、ここがいい……」

 千景さんのその様子は、まるで父親に甘える娘、兄に甘える妹だった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。