あくる日。皆で教室にいるとき。
樹海化が、起きた。
根ばかりの世界で、ぼくらは変身してスマホを握り締めて並び立つ。
息を吸い、吐く。落ち着ける。今回も、全力で戦うだけだ。
前を、見据える。周囲にも、意識を巡らす。
ぼくたちは、身構えていた。
バーテックスが、いつ、どこから、どのようなやつが現れてもいいように、警戒していたんだ。
そう、ぼくたちは少しも油断せず、最大限警戒していたんだ。
でも。そのうえで。
ぼくには、視界の奥で僅かに影のようなものが過ぎったような、程度だった。
だから、バーテックスの初撃に反応できたのは、ぼくたちの中で最も早く、反射神経と戦闘の直感が鋭い若葉さんだけだった。
激しい金属音、衝突音が聞こえたと思った時、一瞬見えた。
生太刀を振り上げる若葉さん、その刀に、鋭すぎる煌く爪を薙ぎ払うバーテックスの姿が。
それは、巨大な狼のような姿形をしていた。
何ものをも裂いてしまいそうな煌く鋭い爪と牙を持つ、大狼型バーテックスだ。
薙ぎ払われた若葉さんは、ボールのように跳んでいった。
友奈「若葉ちゃん!」
球子「若葉っ!」
ぼくも若葉さんが心配だが、振り返っている余裕はない。
恐ろしく速い大狼型バーテックスは、目に見えない。少なくとも、ぼくの目では追えないんだ。
最近のバーテックスはどいつもこいつもそうだったが、この大狼型バーテックスも危険すぎる。
なにしろ、速すぎるのだから。
即刻、殺す必要がある。
精霊、七人岬を宿した千景さんの分身、その一人がぼくの前で引き裂かれた。
ぼくには、見えなかった。
今は敵を倒す為にやるべきことをやるだけだ。
心配も何もかも、今は考えるな。
ぼくは高速ですべての工程を為していった。
スマホの画面を上にスワイプ、巨大魔方陣が展開、詠唱。
武谷「『グングニル』」
轟音轟雷。
雷を撒き散らしながら黄金槍は一直線に放たれる。
ぼくは大狼がどこにいるかわからない。でも、雷を撒き散らす範囲攻撃も兼ねた黄金槍ならば当たるはず。
そう思っていた。
グングニルが消えた後。
大狼は、無傷だった。
無数に走る雷を、この化け物はあろうことかすべて避けたのだ。
瞬。風を裂く音。ぼくは、死を予感した。
死んで、たまるか。
刹那の間に、工程は完成する。
スマホの画面をフリックし切り替え、中央魔方陣を下にスワイプ。巨大な純白色の魔方陣がぼくの目の前の上空に出現。詠唱。
武谷「『ミョルニール』」
ぼくの目の前に迫っていただろう大狼型バーテックスがいる地点に、白雷纏うハンマーが落とされる。
一を必殺する雷槌を受ければ、この化け物とて一撃で滅するだろう。
そう、当たれば。
大狼は、ミョルニールまでも避けたのだ。
死んでいない。手応えで解る。空ぶった。何もない空間を雷槌は押し潰しただけだ。
必殺の攻撃も当たらなければ意味がない。
奴は生きて、今もぼくらの命を狙っている。
代償を払わないぼくの攻撃はこれで尽きた。
だが、けれど、されど。
代償を払ってグングニルやミョルニールを何度撃ったとして、果たして奴に命中するだろうか。
ぼくは、直感する。今まで死線を潜っていた経験から、確信する。
確実に、一発として当たることはない。そんな結論だけが冷たく存在した。
若葉「――私に、任せろッ!!」
とても、力強い声音。
今は彼女に頼るしかない。
現在のぼくは、抵抗感なく当然のように、そう思えたんだ。
若葉viewer
私は血を吐き捨て、立ち上がる。
根に叩きつけられたが、大した怪我ではない。
――。
私は自らの内に意識を集中する。神樹様にアクセス、三大悪妖怪の一角の力を、引き出す。
刹那の間に、刹那を越えて、超常は為された。
若葉「降りよ――大天狗!!」
神にも比肩する大妖、魔縁の王、とある伝承によれば天上を一夜にして灰燼に帰したという大天狗。
背中から漆黒の巨大な翼が生えた。勇者装束は伝承に記される天狗のような衣装に変化する、生太刀も形状を変え、より大きな刀へと成る。
これが三大悪妖怪である大天狗を宿した、私の姿。
羽ばたき、飛翔する。
風を切り、いや、風と共に。
翼を得たことによる圧倒的機動力、速度。
大天狗の力によって、私の速さは神域の世界にまで足を踏み入れていた。
今なら、大狼の姿が見える。無機物のようだが大狼の姿を象っている化け物の姿が。
大狼型バーテックスに肉薄。大太刀を振るう。
バーテックスは鋭き爪を揮った。
切り結ぶ。爪と刀が弾き合う。この速度の世界には、今私と奴以外にいない。
金属音。連続音。止まず、絶えず、何度も幾度も、神速の剣戟が続いた。
だが、私は奴と違い、高速飛行によって生じた莫大な重力加速度が、自身の内臓や脳にダメージを与える。ただ戦っているだけで、動き回るだけで傷を負っていく。
だから、時間との勝負だ。
――瞬。
大狼型バーテックスの体から、突然鎖のようなものが幾本も伸びた。
不意を打たれた私はそれに強く巻き付かれ、何重にも巻かれ拘束される。
拘束した私を殺さんと刹那の
私の意識は、その刹那で引き延ばされる。
眼前には、鋭い爪。
大天狗――それは炎と関わりが深い精霊である。伝承において、天を一夜にして焼き尽くし、かつて京都の半分を大火によって滅ぼした。三大悪妖怪の一角たる大妖の炎は、神をも脅かす埒外の力。
意識を集中させる。大天狗を宿した時から、力の使い方は本能的に理解していた。
大妖の炎が、呼び起こされる。
私を取り囲み、守るように炎が出現していた。
その炎は眼前の凶爪を焼いた。
大狼は半分焼失した爪を庇いながら瞬時に後退する。
私を拘束していた鎖は、全て焼け落ちた。
大太刀を構え、大狼を見据える。
私を中心として発生した熱は炎は際限なく大きくなっていった。世界全体を覆い尽くさんとするように。炎の熱は、私自身をも傷つける。勇者装束は焼け落ち、皮膚は火傷で爛れる。
若葉「化け物が。
されど、この大天狗の力は、そのデメリットを補って余りあるほど強大だ。
この力で敵を斃せるのなら、仲間を守り、民を守り、ひなたを守って帰ることができるのなら、この程度の代償生ぬるい。
炎を従え、大太刀を携え、神速で飛翔する。
大狼は鎖のようなものを無数に体から生やし伸ばし、こちらにけしかけながら逃げ回った。
一閃、二閃、三閃、幾千。
その全ての鎖を斬り落とす、この刀に斬られた鎖はすべてが炎で焼かれ、焼滅した。
大量の炎を、津波のように放った。
大狼は神速で避けようとしたが、これは面攻撃、炎の壁が迫る範囲は凄まじく広い。
奴は、完全には避けられなかった。
大狼型バーテックスの下半身は、焼け落ちた。
止めを刺さんと、私は一気に踏み込んだ。
飛翔し、一瞬の間に大狼へと肉薄する。
突然、唐突、刹那の間に。
大狼型バーテックスの頭が、巨大化した。
山をも飲み込むほどの質量に、瞬時にして成ったのだ。
そして私は、その広大な洞窟のような口内にいた。
大狼の口内は、針山剣山だった。全てが煌めく鋭利な牙で埋まっている。視界は牙以外に存在しない。
更に、その牙が凄まじい勢いで伸びてきている。
飲み込むのではなく、私を斬り刻み串刺しにするつもりなのだろう。
後退を考えたが、既に後ろの口内への入り口は閉じられていた。
牙は、目前。
若葉「おおおおおおおおっ!!」
私は炎を操り、大太刀を揮い、一直線に牙の壁に突っ込む。
牙を炎で焼滅させる、牙を切り落とす、だが、数が多すぎる。一度に対処はできない。なにしろ視界全てが鋭い牙だ。
体は斬り刻まれ、鮮血が舞う。
それでも、私は止まらない。止まるわけにはいかない。
一千、二千、三千と、牙を焼き落し、斬り落としていく。
体を裂かれながら、前に進む。
そして、ついに。
一直線に進んだ終端、その壁を一閃、外へと 突き破り脱出した。
漆黒の翼をはばたかせ、振り返る。
外に出ると、奴は隙だらけだった。
口を閉じ、巨大すぎる頭を鎮座させている。
若葉「終わりだ」
幾閃、斬撃を喰らわせ、焼き尽くした。
バーテックスが消えていく。
私は勝利したのだ。
それを確信した時、私の意識はゆっくりと沈み、閉じた。
ひなたviewer
大天狗の力を宿した若葉ちゃんは、入院しました。
私は、今その若葉ちゃんが眠るベッドの隣に椅子を置いて座っています。
若葉ちゃんの寝顔は、穏やかです。
ここに来てから、私はずっと、若葉ちゃんの寝顔を見ています。
若葉「ん……ぅん……」
若葉ちゃんが起きたようです、瞼が開かれていきます。
若葉「ひなたぁ……ここ、どこだ……」
ひなた「ここは病院ですよ若葉ちゃん」
若葉「病院……病院か……ああ、確か、あいつを倒して、それで……」
ひなた「若葉ちゃん、お疲れ様です。今回は人一倍頑張ったんですよね」
こんなに、ボロボロになってまで。
そんなことを考えて、病衣姿で包帯の巻かれた若葉ちゃんを見ていると……見ていると……。
押し殺していた気持ちが、出て来てしまいます。
本音をいうと、私も戦いたかったです。傷つかないでほしい、死なないでほしいです。戦わないでほしいです。私が戦って、若葉ちゃんを守れたらいいのに。
ひなた「若葉ちゃん……」
思わず、その思いが声に出てしまったのか。
若葉「大丈夫だひなた。私たち全員が、なりふり構わず戦うんだぞ。負けるわけがない」
若葉ちゃんは、力強い言葉をかけてくれました。
ひなた「はい……」
若葉「ひなた、いつだって、必ずお前の元に帰って来るから、心配するな」
若葉「私は守るために戦う、私が死んだら、ひなたを守れないからな」
若葉ちゃんは、自信をもって、絶対にそうすると誓うように、真摯な強い瞳でそう言ってくれました。
ひなた「はい……っ」
私は、若葉ちゃんがそう言ってくれるなら、信じます。
私は私にできること、私にしかできないことをしましょう。
若葉ちゃんは、きっと帰って来てくれます。
だって、若葉ちゃんは私のヒーローなんですから。