ぼくも含め、皆が退院をした頃。
樹海化警報が鳴り響く。
樹海化。
樹海化だ。
樹海化が起きる。
また。
今日も、バーテックスはやって来る。
並び立つぼくたちの視界の先。
最初は、黒い点に見えた。
でもそれはすぐに大きくなる。
それの大きさ自体が変わったわけではない。近づいたことで元々の姿が見えてきただけだ。
それは、俗に云うドラゴンだった。無機物のような、ドラゴンだった。
巨大な翼を持ち、二本の角を生やし、黒、金、白、三色の色合いをした巨体。
竜型バーテックスが、翼を羽ばたかせ、豪速で来襲してくる。
スマホの画面をスワイプ。詠唱。
武谷「『グングニル』」
轟音轟雷。
雷纏う巨大な黄金槍が発射される。
竜型バーテックスは、避ける素振りもなく突っ込んできた。
真正面から命中する。
轟き響く大音。
黄金槍は竜の胸を貫通し、雷撃を迸らせた。
投槍は彼方へと消えていく。
竜型バーテックスは胸に大穴を開けられ、全身に罅が入っていた。
だが。
瞬時に、その穴が塞がった。
罅も、すでに見当たらない。
竜は健在だ。
止まらず、空を駆けて来ている。
武谷「は」
真正面から、完全に、グングニル――北欧神オーディンの槍の――そのすべての力を受けて無傷。いや、急速回復。
あり得ない。
武谷「……馬鹿げている」
されど、竜は止まることなくこちらへ向かってくる。
それが雄弁に事実を物語っていた。
武谷「まったく」
六つの頭を持つ怪物といい、大狼型バーテックスといい。
来る奴、来る奴、急速に馬鹿げた存在に成っている。
武谷「化け物が」
すぐに次弾を撃ちたいが、ミョルニールの射程範囲内には、まだ奴は入っていない。
代償を払ってグングニルのゲージを満タンにすることはできるが、たった今竜型バーテックスはそれを受けて無傷だった。ミョルニールの方が効果的かもしれない。
友奈「来い、酒呑童子!」
若葉「降りよ、大天狗!」
二人が、三大悪妖怪の一角をその身に宿した。
友奈さんは二本の角を生やし、巨大な手甲を纏った赤い鬼に。若葉さんは漆黒の翼を持ち、大太刀を携えた天狗に。それぞれ姿を変える。
友奈さんは地を蹴り疾駆し、若葉さんは神速で飛翔した。
炎を従えた若葉さんは、大太刀で斬りかかる。
竜型バーテックスの体は容易く断裂し、炎で全身を焼かれた。
けれど、死なない。一瞬の後には、その傷は修復されている。
そして傷を負おうとも怯むことなく、速度を落とさず、止まらない。
変わらず
友奈さんが巨大な赤の拳を放った。
その超攻撃力は、竜の腹に直撃、破壊する。
竜型バーテックスの体は無残に上半身と下半身に別たれたが、即、繋がった。
止まらない。
輪入道を宿したタマさんが炎纏う旋刃盤を投擲する。
雪女郎を宿した杏さんが猛吹雪を射出する。
七人岬を宿した千景さんの内六人が、三日月を描くように斬閃する。
斬り刻まれ、凍結されても、瞬間回復。奴は、飛んでくる。
何度も、何度も、拳で穿たれても、炎で焼かれても、斬り落とされ、斬り払われ。斬り消されても、凍らされても、竜型バーテックスは止まらない。どれだけ攻撃されても回復し、止まらず飛翔する。ぼくたちの元へ迫り来る。
殺しきれない。
奴の生命力は、桁外れだ。
止まらない。
奴は、とまらない。
確実にぼくたちを殺す気だ。人を、勇者を、ぼくたちを殺す執念を感じた。
友奈「おおおおお!!」
友奈さんが、真横から竜に突進した。
竜の体は何割か消し飛ぶが、瞬時に修復。そして、吹き飛ばされることもなく動じることもなくぼくと千景さんと杏さんとタマさんのいる
――ミョルニールの射程範囲に入った。
画面をフリック、そして下にスワイプ。詠唱。
武谷「『ミョルニール』」
上空に出現した白い巨大魔方陣から、白雷が迸る。
一を必殺する雷槌が、竜型バーテックスに落とされた。
轟音轟雷。
竜は両手を頭上に掲げ、防御行動を取った。
直撃。
竜型バーテックスの両腕と頭が消し飛んだ。
だが、数秒も経たないうちに元通りへと直る。
一を必殺する雷槌は、必殺できなかった。
命中、したというのに。
北欧神様、代償を払います。
ぼくは、何度も雷槌を放った。
竜型バーテックスはもう、眼前へと肉薄している。
その巨体に圧し掛かられただけでも、ぼくはあっさり死ぬだろう。
轟音。
轟音。
轟音。
ぼくたちの総攻撃力が、今竜型バーテックスに集中していた。
けれど。
それでも。
どれだけやっても。
奴は、とまらない。
竜の手が、ぼくの目の前にあった。
武谷「あ」
死ぬ。
押し潰される。
そう思った。
まずは、ぼくを殺すのか。
妥当な判断だろうな。
そしたら、次は誰を殺すのだろう。
杏さんか、それとも友奈さんか若葉さんか、タマさんか、千景さんか。
誰も、殺させたくない。
新しい力。
間に合わない。
死は目前。
千景「宿れ――
ぼくのそばには、千景さんの背中があった。
千景viewer
聖陵院くんが、狙われている。
聖陵院くんが、殺されてしまう。
聖陵院くんが、死んでしまう。
それを理解した時、私は自然と、三大悪妖怪最後の一角へと手を伸ばし、呼んでいた。
千景「宿れ――玉藻前!!」
今まで感じた事もない凄まじい力が私に降り、宿った。
背後に
私は聖陵院くんの前に立つ。
目の前には、竜型バーテックスの手。
あと一秒もない先に、私たちを潰す。
私は、九枚刃の大鎌を振り下ろした。
真正面の竜の手の平に、獣の爪の如く突き立てる。
重い……っ!
瞬時に、尾の八本を地面に突き立てた。
武谷「うわっ」
そして一本を、聖陵院くんに巻き付けて包む。
千景「ああああああああ!!」
かなりの距離、地面を削りながら押された。
やがて、勢いは完全に止まる。
竜型バーテックスは、左腕を振り上げた。
そのまま振り下ろされたら、防げないかもしれない。
でも。
その腕が振り下ろされることはなかった。
竜型バーテックスの動きは、すべてが、完全に止まっている。
玉藻前の力だ。
伝承では、玉藻前は息絶えたとき、その直後に巨大な毒石に変化し、近づく人間や動物等の命を奪ったといわれている。
毒と呪い、それが玉藻前の特性だ。
呪い。
呪う。
呪う、呪う、呪う。
この九枚刃の大鎌に傷を負わせられた存在は、毒と呪いを受ける。
呪いが一瞬にして回り、竜型バーテックスのすべてを、驚異的な回復力をも蝕む。
竜の体は今、指一本動かせない。
千景「聖陵院くんは、私が守る……!」
一閃。
九枚刃の大鎌を振り抜く。
竜の体は、上下に
呪いで殺し続けることによって、神級生命力を無効化する。
竜型バーテックスは回復ができず、消滅していった。
私は、聖陵院くんを守れた。
それを理解すると、意識は急速に遠のき。
暗い底へと、落ちた。
mainviewer
また入院してしまったぼくは、病室のベッドに座りながら適当にスマホを
記憶に支障は、この前から大してない。
ドアがコンコンとノックされる。
千景「聖陵院くん、入っていいかしら……」
武谷「どうぞ」
スライドドアを開けて、病衣姿の千景さんが入室してきた。
彼女も今回の戦いで三大悪妖怪の力を使い倒れたため、入院している。
千景さんは倒れた後、目を覚ますのにぼくよりも時間がかかっていた。
……それでも今、ここにいる。
千景さんが近づいてくる。
そして、手を握ってきた。
小さく、柔らかい。
千景「これで私も、同じ場所に立てたかしら……」
死の直前に見えた千景さんの背中を思い出した。
武谷「千景さんが助けてくれなければ死んでいた、だから、ありがとう」
千景「うん……」
千景さんはぼくの座るベッドに腰掛けた。
千景「……生きてるわよね」
武谷「ああ、生きてるよ」
千景「ここにいるわよね」
武谷「ああ、いるよ」
千景「よかった」
千景「触っていいかしら」
武谷「触る?」
千景「ええ、触る」
武谷「まあ、いいけど」
千景「いいのね」
武谷「いいよ」
千景「触るわ」
武谷「どうぞ」
千景「うん」
千景さんは手を伸ばし、ぼくの顔に触れる。
千景「体温があるわ」
武谷「なければ死んでるね」
徐々に下に手を持って行く千景さん。
千景「胸堅いわ」
千景「お腹引き締まってるわね」
千景「全体的に鍛えられてるわね」
――――。
千景「すぅ……すぅ……」
いつの間にか、千景さんはぼくの胸に顔を預け抱きつくようにして眠っていた。
あどけない寝顔は、幼子のようだ。
千景さんは寂しかったのだろう。
人のぬくもりが欲しかったのだろう。
不安、なのだろう。
ならぼくは、好きにさせてあげよう。
ぼくは、ここにいる。
退院して数日経った頃。
ぼくは自室で、よくわからないものを見つけた。
黄緑色の、見ているだけで神聖さを感じる髪飾りが、机の棚の中にしまってあった。
これ、なんだ。
ぼくみたいな男が持っているには不自然な物。
これは女の子に似合う髪飾りだ。だからぼくのではないのだろう。
でもぼくが持っている。
消失した記憶の中に答えはあるだろう。
だって、感情が訴えている。これは大切なものだと。
とりあえずポケットに入れておいた。もしぼくが預かっているだけだとしたらいつか誰かが取りに来るはずだ。その時の為に肌身離さず持っていることにした。
まあ、まずは勇者たち六人に訊くところから始めよう。それで心当たりがなかったらそのまま所持する。
スマホの着信音が響く。
取り出して画面を見ると、千景さんから電話だ。
画面をタップし電話に出る。
千景『……聖陵院くん、今から私の部屋に来てくれる?』
武谷「千景さんの部屋に? いいけど」
千景『それじゃあ、すぐ来てね……』
電話が切れた。
千景さんは理由を話していない。
……まあ、行ってみるか。
自室を出て廊下を歩き、階段を上り、廊下を歩き、千景さんの部屋の前に着いた。
ドアをコンコンとノックする。
武谷「千景さん、来たよ」
千景「……入っていいわよ」
と言われたのでドアノブを捻って入室――
パアンッ。パパアンッ。
破裂音。断続的に破裂音が響いた。
それはクラッカーの音だ。
散った紙やテープが空を舞いぼくに掛かる。
千景「聖陵院くん、誕生日おめでとう」
友奈「たけくん誕生日おめでとー!」
若葉「武谷、おめでとう」
ひなた「武谷さん、おめでとうございます」
球子「武谷、おめでとうっ!」
杏「武谷さん、誕生日おめでとうございます」
皆笑顔でクラッカーをぼくに向けていた。
かなり驚いて硬直してしまう。
武谷「たん、じょう、び……?」
そういえば。
ぼくの誕生日っていつだ。
千景「そう、今日は聖陵院くんの誕生日……名簿を見て知ったわ」
名簿か。なら情報は確かだろう。
今日は、八月
そうか、ぼくの、誕生日なのか。
千景「このサプライズは、私の卒業式の時のお返しよ」
千景さんの卒業式……。
思い出せない。いや、記憶がない。
友奈「今日はたけくんのお誕生日会だよ、さあ座って座って!」
促されるまま腰を下ろす。
目の前には、華やかな光景が広がっていた。
色とりどりの料理に、テーブルの中央にはホールケーキが置かれている。ホイップクリームが塗られ様々なフルーツが乗っている。チョコプレートには"たけやくん誕生日おめでとう"と書かれていた。
室内の様相も変わっていた。煌びやかに飾りつけされている。折り紙で作る鎖みたいな飾りも四方八方にあった。
いつの間に作ったんだ。
千景「それでは、食べましょう」
それからみんなで食事をしていく。
ひなたさんが切り分けてくれたケーキを一口食べる。
武谷「うまい」
味が分からなくとも、凄く美味しいんだ。それは本音だった。
杏「みんなで作ったんですよ。千景さん凄く頑張ってました」
千景さんを見ると、顔を赤くして俯いていた。
食事も落ち着いてきた頃。
球子「それじゃあ、そろそろプレゼントタイムだっ」
タマさんがいきなりそう言った。
杏さんからは本人お気に入りの小説を、若葉さんからは時計を、ひなたさんは力の籠もったお札の入ったお守り、タマさんからはアウトドアチェア、友奈さんからは指ぬきグローブを貰った。
武谷「ちょ、ちょっと、みんなこれ本当に貰っていいの……?」
一部高そうなのが混ざっている。申し訳なくなってくるのだけど。
若葉「誕生日なんだ。素直に受け取れ」
友奈「そうそう、誕生日のたけくんは、今日は王様みたいなものなんだから」
ひなた「むしろ貰ってくれない方が悲しくなりますよ」
球子「どーんと構えてろっ」
杏「読んで感想聞かせてほしいです」
武谷「う、うん」
静々と千景さんが包装紙に包まれた箱を取り出した。
千景「聖陵院くん……私のプレゼントは、これ……」
受け取った箱を包装紙を剥がし開けると、ゲームソフトが入っていた。
千景「……前に、もうすぐ発売だから買ったら一緒にやりましょうと言っていたゲームよ……」
ぼくの記憶には、ない。消えてしまったのだろう。
千景「覚えていなくてもいいわ……一緒に遊びましょう」
武谷「……うん」
武谷「ありがとう、みんな」
こんなに盛大に祝われたのは、他の記憶にはない。
友奈「たけくんと一緒に、本当に色々あったんだよ」
友奈「楽しいこと、いっぱいあったの」
友奈さんは優しげに笑んでぼくを見ていた。
千景「聖陵院くんと過ごしたこと、話しましょう」
ひなた「それはいいですね。写真もあるので見ながらで」
ひなたさんがアルバムをどこからともなく取り出した。
ページを開いていく。
ひなたさんが一つの写真を指差す。
ひなた「この写真は、四国への最初の襲撃を退けたときのですね」
その写真にはぼくを含めた七人が写っていた。
若葉「リーダーと副リーダーを決めたな」
杏「そうですね。少し前のことなのに、懐かしいです」
千景「これ、高嶋さんと三人でプリシーを撮ったのよ」
友奈「あの時も楽しかったね」
千景さんはスマホの背に貼ってある小さな写真を見せてきた。
武谷「あ、それならぼくのスマホにも貼ってあるよ」
千景「貼っててくれたのね。嬉しいわ……」
友奈「お揃いだね!」
ひなた「川で水浴びをしたこともありましたね」
杏「あ、あのときのことは……」
杏さんはなぜか顔を赤くした。
杏「お花見も、しましたね……」
若葉「ああ、綺麗だった」
球子「うむ、美味かったな」
杏「タマっち先輩は食い気の方が大事なんだね」
友奈「これが、ぐんちゃんの卒業式の時の写真だよ」
友奈さんが指差した写真で、千景さんが微笑んでいた。
それからも、色々な話を聞かせてもらった。
でもぼくは、それを全部、忘れてしまった。
友奈「思い出はこれから作っていけばいいんだよ。私たちは生きるんだから」
千景「そうよ……ずっとそばにいてもらうんだから」
その二人の言葉が、耳に胸に心に、すっと入ってきた。
じんわりと、暖かく広がる。
球子「そういえば、タマにも三大悪妖怪みたいなの使えないかな」
杏「ここ最近のバーテックスは、三大悪妖怪の力でないと倒せないほど強大さを増していますからね」
ひなた「すでに大社に確認してみましたが、今の時点では三大悪妖怪以上、または同等の精霊はいないそうです。勇者システムのアップデートは進めているようですが、いつになるかはわかりません」
球子「そうか」
球子「なら、もっと強くなる」
タマさんは静かに、しかし強く、瞳と声音に乗せて宣言した。
ひなた「それと、結界の強化が、今儀式をしたりして準備が進められていますから、それが成されたら、もうバーテックスの侵入を許すことはなくなります。少なくともあと数十年は」
ひなた「北欧神様の協力もあって、かなり強力な結界になるみたいですから」
ひなた「だから、みんなが戦うのはその時に終わりです。勇者の御役目は次の世代へ渡りますので」
若葉「あともう少しの辛抱ということか」
杏「それなら、希望が持てますね」
友奈「うん! あともう少し頑張るだけだもんね!」
千景「あと、少し……」
球子「強くなって、守ればいいだけだ。なあに、タマに任せタマえ」
武谷「そうか、もうすぐ終わるのか……」
感慨深く思っていると、訊くことがあったのだと思い出す。
武谷「これって、ぼくの部屋にあったけど、誰のなのかな?」
ポケットから黄緑色の髪飾りを取り出してみんなに見せた。
若葉「――あ…………」
千景「……?」
球子「武谷のじゃないのか?」
杏「見たこと、ありませんね……」
友奈「綺麗な髪飾りだけど、誰かへのプレゼントだったとか?」
ひなた「……これは、もしかして」
みんな、本当に知らない様子の中、若葉さんとひなたさんが反応していた。
若葉「――それは、武谷が持っていたのだろう?」
武谷「うん、まあ、ぼくの部屋にあったよ」
若葉「なら、武谷が持っていてくれ」
若葉さんの表情は、優しげだった。
それを見ていると、言う通りにするのが正解なのだろうと思えてくる。
武谷「じゃあ、そうするよ」
若葉「そうしてくれ」
パーティーは最終的に、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎになった。
みんな、少しはっちゃけ過ぎてる節があったが、今はそれくらいが丁度いい。