千景「聖陵院くん……」
私は面会謝絶になっている病室の前にある長椅子に膝を抱えて座っている。
戦いが終わって目覚めるまで私を含め五人は数日かかった。
でも、聖陵院くんだけは未だに目を覚まさない。
もうすぐ、あと少しで結界が完成する。そうしたらもう戦闘はしなくていい。
だから、私たちの戦いは終わったのかもしれない。
でも、聖陵院くんはまだ眠ったまま。
聖陵院くんはもう二度と目を覚まさないかもしれないと、大社の人は言っていた。
千景「…………」
みんなも来ていたけれど、今はここにいない。
私は病室を出られるようになってから、ほとんどずっとここにいる。
若葉「千景」
声の方向に視線を向けると乃木さんが立っていた。
乃木さんは全身包帯だらけで病衣姿だった。
私も包帯だらけで病衣姿だけれど。
若葉「みんな休憩所で集まっている。千景も来ないか?」
千景「……ここにいるわ」
若葉「そうか……来たくなったらいつでも来てくれ」
千景「ええ……」
乃木さんは去っていった。
静かで薄暗い廊下が戻ってくる。
千景「聖陵院くん……」
――もちろんぼくも、いなくならない。
いなくならないっていったじゃない。
――うん、いるよ。約束する
いるって約束したじゃない。
千景「…………」
友奈「ぐんちゃん」
千景「……高嶋さん」
今度は高嶋さんが立っていた。
高嶋さんも例に漏れず包帯だらけの病衣姿だ。
私の隣に座ってくる。
友奈「そりゃー!」
唐突に抱きついてきた。
千景「た、高嶋さん……!?」
戸惑っていると。
友奈「大丈夫、きっとたけくんは約束を守るよ」
高嶋さんは、そう言った。
千景「…………」
友奈「きっと、絶対、大丈夫」
千景「そんなの、保証がないわ……」
友奈「そうだね。でも、私は信じるよ。信じないと、始まらないもん」
千景「…………」
千景「……そう、ね…………」
それから数日経った。
私はずっと、聖陵院くんが眠る病室の前にある長椅子にいる。
今日、結界の完成は間近だという報告が上里さんから聞かされた。
乃木さんが近くにいた。
若葉「なあ千景、今日くらいは、いや、一回だけでも向こうに来ないか?」
千景「いかないわ……」
若葉「……そうか」
乃木さんはそれで立ち去ることなく、私の座る長椅子の隅に腰掛けた。
無言で静寂の時間が過ぎて行く。
いつの間にか、遠くから聞こえてくる足音や人の声すら聞こえなくなって。
――。
おかしい。
まったくの、無音。
それは、多くの人が存在するこの病院ではありえないはず。
乃木さんを見る、乃木さんも私を見ていた。
若葉「来る、みたいだな」
その一言を皮切りに、視界が光に包まれていった。
樹海化。世界が幻想的に染まっていく。
まだ、終わっていなかったのだ。
結界は完成間近、すぐに完成する。
だから、これが、最後の戦い。
若葉「千景、戦えるか」
千景「愚問ね……当たり前じゃない」
聖陵院くん、私勝つから、だから、戻って来て。
スマホの画面をタップして変身した。
みんなが合流してくる。
杏「まだ怪我が治りきってないのに……」
球子「タマの旋刃盤も完全に直りきってないんだけどな、まあ、しょうがないか」
友奈「大丈夫、みんなで頑張れば、絶対乗り越えられるよ」
全員包帯だらけの姿だ。
壁の先、視界の奥からは人類の敵が襲来する。
その光景は、目を疑いたくなった。
無数の節に分かれた長い体を持つバーテックス、四本の角を持つバーテックス、巨大な二つの水泡を従えたバーテックス、魚のように地を泳ぐバーテックス、膨らんだ下腹部を持つ異形のバーテックス、棒のようなものを周囲に無数に従えたバーテックス。それらは全て火と氷を宿し纏っていた。
そして、以前結界の外で相対した超巨大バーテックス二体。
太陽そのもののような円環に牙を持つバーテックス。
強烈に光り輝き、女神像のような姿をしたバーテックス。
これらが、敵の全戦力だ。
若葉「多いな」
千景「ええ」
杏「すごく強そうですね」
球子「そうだな」
千景「実際以前敵わなかったやつが二体いるわね」
友奈「そうだね」
若葉「だが」
友奈「勝つ!」
球子「ああ!」
千景「ええ!」
杏「これを乗り越えれば、終わりですからね」
若葉「その通り!」
若葉「みんな、行くぞ!」
「「「「おう!!」」」」
若葉「降りよ――大天狗!!」
友奈「来い――酒呑童子!!」
千景「宿れ――玉藻前!!」
私の背後に濃紫色の九本の尾が顕現し、勇者装束が着物のような装束に変わり大葉刈が九枚刃の大鎌に成る。高嶋さんの勇者装束が深紅に染まり赤い角と巨大な手甲が現れる。乃木さんの勇者装束が天狗のような
私を含め三大悪妖怪を宿した三人が接近していく。
翼を持ち最速の乃木さんが一番槍と成った。
だけど敵に攻撃できる範囲に行く前に、光り輝くバーテックスの纏う光が瞬いた。
それは変質し、刃へと。
斬。巨大な光の刃が振り下ろされる。
その斬閃は、そのまま神樹様の元まで届きそうなほど長く巨大すぎた。
これを避けたら、神樹様が殺されるか多大なダメージを受けるだろう。
乃木さんもそう判断したのか、瞬時に対応した。
大太刀を切り上げ光の刃に真っ向から対抗する。
だがすさまじい勢いで押され地面に足が着いた。その地面が陥没する。
友奈「手を貸すよ若葉ちゃん!」
千景「はあっ!」
押し切ろうとする特大の光の剣に高嶋さんの赤い拳と私の九枚刃の大鎌を振り上げぶつけ加勢した。
重い。
重い、けど、耐えられないほどじゃない。
「「「ああああああ!!!」」」
三人とも吼え、力を入れ、光をかち上げた。
光の刃は霧散する。
バーテックスに接近しようと動き出したところで、間髪入れずに敵の攻撃はすでに迫っていた。
巨大円環に牙を持つバーテックスが生成した太陽のような巨大な焔の球体が目の前にある。
凄まじい熱さを感じる、この攻撃も前に見た、確か大地が根こそぎ焦土と化し、着弾した一帯を地獄に変貌させていた。先の攻撃と同じで、避けたら神樹様はただでは済まないはず。
また三人でそれぞれの武器を揮った。
衝突し、押されるが、何とか踏みとどまる。
「「「おおおおおお!!!」」」
眼前の燃え盛る太陽を、大天狗の業火で、酒呑童子の超威力で、玉藻前の呪いで対抗、全力でぶつける。
太陽は消失した。
だけど、二連続で高威力の攻撃を防いだことで、疲労が激しい。
無数の節に分かれたバーテックスが雷撃を発した。それには火と氷が絡まっている。
球子「タマに任せろおお!」
炎を宿し刃を回転させる旋刃盤が雷撃と私たちの間に割り込んできた。
その二つは威力を殺し合い、雷撃は消え、旋刃盤は跳ね返される。
だがその旋刃盤は土居さんの意思でいかようにも動く。飛空し土居さんの元に戻っていった。
膨らんだ下腹部を持つバーテックスの下端にある銃口のような穴から、火と氷を纏った丸いものがいくつも発射される。
杏「凍って!」
伊予島さんが放った猛吹雪に触れた丸いものは、その瞬間に爆発した。
その爆発で吹雪が散らされていくが、爆発の衝撃は吹雪により防がれる。
突然。
うまく立っていられないほどの地震が起きた。
四本の角を持つバーテックスが地面に角を突き刺し震動しているのが見える。
あのバーテックスがこの地震を起こしているようだ。
空を飛んでいる乃木さんには効いていないようだけど。
目の前に、水の塊が迫っていた。
巨大な二つの水泡を従えたバーテックスから射出されたものだ。
私と高嶋さんは地震に隙を作られ、避けられなかった。
千景「がぼっ……っ!」
全身が超常の水に包まれる。
この水の中には火と氷が
私と高嶋さんを閉じ込めていた水泡が一瞬にして霧散した。
乃木さんが大天狗の炎を放ち水泡を蒸発させたのだ。
友奈「助かったよ若葉ちゃん」
千景「悪いわね……」
若葉「気にするな、やるぞ」
乃木さんが最も近くにいた水泡を従えるバーテックスに肉薄した。
大太刀を構え突撃し、攻勢に入る。
バーテックスに刀が届かんとした時、その前に板が割り込んだ。
棒のようなものを周囲に無数に従えたバーテックスの棒が展開した白い板が乃木さんの刀を受け止めた。
その板は、乃木さんの一撃を受けても壊れていない。
地中を潜行していた魚のようなバーテックスが地上に飛び出し、火と氷を周囲に渦巻かせ乃木さんに勢いよく突進してきた。
乃木さんは翼をはばたかせ、その機動力で後方に回避する。
攻勢の出鼻は挫かれた。
光が瞬く。光り輝くバーテックスから発されている光が変質、特大な剣状と化す。
地平線の先まで切り裂く光の剣が振り落とされる。
あれを神樹様に届かせるわけにはいかない。
私は九枚刃の大鎌を先と同じように全力で振り上げた。高嶋さんと乃木さんも同じように光の剣に手甲と大太刀を打ちつける。
強い衝撃、しかし押される、
地面が割れる沈む、身体が軋む。
耐えて力を衝突させていると、光の剣はやがて消失する。
千景「くっ……」
三大悪妖怪を身に宿していることによる反動、敵の攻撃を耐えたことによる疲労が襲い来る。それは高嶋さんも乃木さんもだ。
なんとか攻撃を当てなければ。先から敵の攻撃を凌いでいるだけで体力が削られていっている。
敵の猛攻は続く。
無数の節に分かれたバーテックスが火と氷を含んだ雷撃を、膨らんだ下腹部を持つバーテックスが火と氷を纏った爆弾を、四本の角を持つバーテックスが地面に角を突き刺し地震を、二つの水泡を従えたバーテックスが水泡を、射出する。
基本は避けることを意識して、避けれないものは流し、防いだ。
体力は消耗されていく。身に余る力で身体にダメージが蓄積されていく。
それでも攻撃するために敵に近づこうと前に足を踏み出して進む。
円環に牙を持つバーテックスが燃え盛る太陽のような火炎球を発射する。
避けてはいけない。人類を終わらせない為には防ぐしかない。
先までと同じように防いだ。
火炎球を消すことはできた。
しかし、私たちはボロボロだ。
疲労と傷と力の代償が蝕んでいる。
千景「聖陵院くん、私、負けないから、私だって、強いから……!」
友奈「負けるもんかあああああ!」
若葉「化け物共に、いつまでも後れを取っていられるか!」
杏「絶対に、生きて帰るんです!」
球子「タマだって、強くなるんだっ!」
けれど敵に攻撃できなければ倒すこともできない。
だから。
刹那の間に、気力と全力と本気を発揮させ、神速、高速で動いた。
すでに敵には接近している、ただ強く跳ぶだけで、武器を届かせることができた。
気合い。決死の反撃。最高の猛攻。猛り叫ぶ。
ボロボロの状態からの高速の動きに、バーテックスたちは対応できなかった。
九枚刃の大鎌を揮い、刃を突き立て、呪いを送る。白い板――反射板はそれで消滅した。そのまま何度も振るい、反射板すべてを呪い殺し、本体に刃を一閃させ、斃した。
すかさず地面に大鎌を振り下ろし刃を突き立てた。
呪いを地中に送り、潜行する魚のようなバーテックスに命中させる。
呪いに苦しんで地中から飛び出してきたバーテックスに大鎌を振り抜いた。真っ二つに別れたバーテックスは消滅する。
乃木さんは神速で飛翔し、水泡を従えるバーテックスに肉薄、大太刀を一閃、水泡を従えるバーテックスは焼き尽くされ焼失した。
更に間髪入れず大天狗の炎を四本の角を持つバーテックスに津波のように放ち、炎で包み全身を焼き焼失させた。
高嶋さんは膨らんだ下腹部を持つバーテックスに肉薄、バーテックスの白い巨大な帯で薙ぎ払われる、高嶋さんは右の赤い手甲を握り締め殴りつけた。白い帯は千切れ飛ぶ。そのまま左の拳をストレートに発射し、爆弾を射出していた銃口を砕いた。二度三度本体を殴りつけ壊し倒した。
止まらず跳躍し、無数の節に分かれたバーテックスへと殴り掛かる。殴り粉砕したそばから無数に別れ増殖していくバーテックス。だが殴る、殴る、何度も強力無比の力の権化、酒呑童子の超火力で殴り続ける。直ぐに跡形も無く、増殖したバーテックスは一体も残らず消滅した。
私たちの猛攻の間、土井さんと伊予島さんは自由自在に跳ぶ旋刃盤と吹雪で、敵をかく乱、隙を作り出し、超巨大バーテックス二体への牽制までやってのけた。
残るは、超巨大な二体のみ。
私たちは再度気合を入れ、攻勢に出ようと武器を構え接近する。
光。
光が、迸った。
思わず目を開けていられないほどの光。
目を庇った。
光が治まり、視界がまともになった時には、先程の攻勢で倒したバーテックスが全て存在していた。
千景「……っ」
そのバーテックスたちは、ただ元の状態になっているわけではなかった。視覚的にもうわけがわからないことになっていた。火と氷と光が渦を巻き姿の輪郭さえ朧げな怪物と化している。
先の光も、今複数のバーテックスが纏っている光も、光り輝くバーテックスと同じものを感じた。
あいつが、何かをしたんだ。
この程度で、絶望していられない。
今までの戦いだって厳しかった。今さら驚いている場合じゃない。
倒す、それだけ。
私は大鎌を握り締め、光り輝くバーテックスに向けて跳躍接近肉薄する。
乃木さんも高嶋さんもすでに動いていた。
気づいたら、無数の火と氷を螺旋状に纏わせた光の矢が迫っていた。
壁の外から、新たな二体のバーテックスがやってきている。
一体は、巨大な口と、そこから生えた巨大な矢を持つ個体。
もう一体は、黒い。ただ、ただただ黒い存在だった。輪郭は人型の、黒い巨人。黒い者は右手に太陽のように輝く炎の剣を
この無数の矢は、巨大な口と矢を持つ大型個体が差し向けたものだろう。
奇襲。不意打ち。そんな言葉が頭を駆け抜けて消えていった。
大鎌を振るい、九本の尻尾で矢を払うが、全てを捌けない。
腕に、足に、刺さり貫かれる。
肉体が焼ける凍る熱い冷たい。
黒い者が、炎の剣を大きく薙ぎ払った。
痛くて、隙が出来て、反応はギリギリしても、力が入らなかった。
大鎌と九本の尾を楯に、衝撃を殺せず叩き飛ばされる。
炎の剣に宿る炎は、私の体を焼いた。
視界に入る高嶋さんも乃木さんも、奴らの攻撃に傷を負っていた。
黒い者が持つ炎の剣が振り下ろされる。
それは伊予島さんを狙っていた。
土居さんが伊予島さんの前に立ち、旋刃盤を楯状にして決死の表情で受け流していた。
楯は瞬時に半壊され、その破片と共に土居さんは吹き飛んでいた。
地面に叩きつけられ転がる。傷を負い、疲労度が高く、玉藻前の力の反動が襲う、身体に力がうまく入らない。
それでもすぐに立たなければ。倒れたままでは、殺してくださいと言っているようなものだ。
でも、流石にすぐには立てなかった。
光。
瞬く光。
天まで届く特大で超巨大な光の剣が、光り輝くバーテックスによって顕現していた。
振り下ろされる。
私に。
今、私は防御行動も回避行動もまともに取れない。
私は、勝って、聖陵院くんの元に帰る。
そして、聖陵院くんに戻って来てもらう。目覚めると信じる。
だから、絶望もしないで、絶対に諦めない思いを持って全力で抗った。
それでも、敵は強大で。
圧倒的な化け物たちにはそのうえで敵わない。
今ここで無残に、死にかけている。
聖陵院くん、私、一緒にいたい……。
聖陵院くん……聖陵院くん……聖陵院くん……。
破滅の光が、視界を埋め尽くした。
mainviewer
地獄の底から這い上がるように、意識が不鮮明ながら、強制的に取り戻された。
白い天井がぼんやりと見える。
助けないと――。
みんなが、千景さんたちが危ない。
それがわかった。
世界は樹海化している。幻想的な色合いの世界、病院内を根が張っている。行かなければ。
体に力を入れる。
立てない。
どれだけやっても、まともに動けない。
見ると、右腕がなかった。
それでも立て。
そうしなければ、誰も助けられない。
柔らかい光が視界に入る。
傍らの棚に置いてあった髪飾りが光っていた。
それを呆然と見ていたら、誰かと意識が繋がる感覚が刻まれた。
「ハロー武谷。お久しぶりね」
いつの間にか、ベッドの傍に半透明の体をした少女が立っていた。
肩口までのショートな緑がかった黒髪に、同じ色の瞳、どこかの制服を着ている。
武谷「誰、ですか?」
なんだか、この子を見てると目の奥が熱くなってくる。
「あ、そういえば覚えていないんだったわね」
「それじゃあ心して聞きなさい。私の名は白鳥歌野、あなたのフレンドよ」