聖陵院武谷は勇者である   作:ソウブ

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9話 このひとときだけ

 

 彼女は今日もピアノを弾く。

 ぼくは音楽室でそれを聴く。

 彼女の弾く曲は今日も良かった、はずだった。

 最近、ぼくは彼女の様子に違和感を覚える。

 

 彼女の名前を呼んだ。

「……なに?」

武谷「ピアノが好きなら頑張るのはわかるよ、でも」

武谷「なんで、そんな辛そうに、死にそうな顔してまで、そこまで必死になってピアノを弾くんだ?」

 

「パパに、認めてもらいたいから……」

「それだけよ……」

 

 彼女はそれ以上話したくなさそうだった。

武谷「お父さんが大好きなんだね」

「うん……」

 なら、仕方ないか。

 そのときは、そう思った。

 そのときだけは。

 

 

 

 千景さんと友奈さんと遊びに出かけた日から、少しの日々が過ぎた。

 

 今、ぼくたち勇者と巫女一名の計七人は、瀬戸大橋記念公園に立っている。

 これからぼくたちは結界の外へ調査遠征に出かけることになっていた。

 ひなたさんたち巫女が受け取った神託で、バーテックスの襲撃がしばらく来ないことが分かった結果、今なら可能だと調査することになったのだ。

 この前に襲撃で現れた巨人バーテックスは、かなり強力な個体だった。敵側は、恐らくあれで戦力を大幅に使ってしまった事が原因でしばらく襲撃休止をしているのだろうと推測された。

 ぼくたちは今から、白鳥さんが守っていた諏訪や生存の可能性が見出された北方を目指す。

 外にはバーテックスが存在するので、乗り物は使えず徒歩だ。

 

 ぼく以外の少女勇者たちは超人的な身体能力を有しているので、外を徒歩でも問題ないが、ぼくとひなたさんは身体能力が普通の人間と変わらない。

 そのため、他の誰かに背負ってもらい移動することになっていた。

 

ひなた「すみません、皆さん」

 

友奈「気にすることないよ、いつもヒナちゃんには、私たちができない巫女のお仕事をやってもらってるんだから!」

 

ひなた「ありがとうございます、友奈さん」

 

武谷「ぼくもみんなみたいに動けたらな……」

 超人的身体能力が在れば、みんなにかかる迷惑が減るだろう。

 無いものねだりかもしれないが。

 

千景「聖陵院くんは、勇者システムが私たちとは違うから仕方がないわ……」

 

武谷「ありがとう千景さん」

 気遣ってくれて。

 そんな思いをぼくに向けてくれるようになってくれて。

 ここ最近、千景さんと着実に仲良くなれている。そのことが確信できて胸が暖かくなり心が踊る。

 千景さんは頬に少し朱を落として目を逸らした。

 

球子「それじゃ、最初は誰が二人を背負ってくか、ジャンケンで決め――」

 

 タマさんが言い終わる前に、若葉さんはひなたさんをお姫様抱っこした。

 そしてぼくは、スッと歩み寄ってきた千景さんにお姫様抱っこされた。

 

若葉「では、行くか」

千景「行きましょう……」

 

武谷・球子・杏・友奈「「「「…………」」」」

 

 前回の戦いで抱えられたことを思い出すが、あの時はお姫様抱っこではない。

 女の子にお姫様抱っこされるのは、かなり抵抗がある。

 止めさせようとは不思議と思わなかったけど。

 

杏「……確かに武谷さんは千景さんが運んでいくべきですよね」

友奈「うんうん」

球子「でも、なんかこう、スカされた感が……」

 

杏「さも当然かのように二人ともお姫様抱っこですね……」

球子「なんか、見てるこっちが照れるっ!」

 

若葉「……? 何かおかしいか?」

千景「おかしく……ないわね」

 

友奈「お姫様と王子様みたいだね!」

武谷「おい」

 ぼくの場合は逆だ。

 自分を王子様などとは思わないが。女の子的ポジションだと思われるのは嫌だ。

 ひなたさんは照れたような笑みを浮かべ、若葉さんはきょとんとしている。千景さんはこの状態が当然だというような無表情、いや、少し口が笑みの形をしている。

 

友奈「じゃあ、若葉ちゃんとたけくんの荷物は私たちで持つね!」

球子「そうだなっ!」

友奈「よーし! それじゃあ勇者、しゅっぱ~つ!」

 

 勇者たちは跳躍し、瀬戸大橋を通って本州へと向かう。

 

 

 結界の外は世界の終わりのようだった。

 建物はほとんど破壊され、崩れているか(ひび)割れている。

 人は当然、ぼくたち以外一人も存在しない。

 空気だけが、以前より綺麗だった。

 

 大敗し、退廃した世界。

 その光景を、千景さんのぬくもりを感じて運ばれながら、ただ眺めていた。

 

 

 そうこうしている内に、神戸に着いた。

 かろうじて形を残しているビルの屋上に皆降り立つ。

 そこから神戸の全景を一望する。

 壊れている。先までと変わらずそれだけだった。

 

 時間短縮のために二手に分かれて探索することになった。

 

「「「「「「「グーとパーで別れましょ! ほい!」」」」」」」

 

 ぼく、千景さん、若葉さん、ひなたさん。友奈さん、杏さん、タマさんというグループ分けに決まる。

 三時間後に神戸港のフェリー乗り場近くに集合することに決め、それぞれ別方向に向かう。

 

 廃墟と化した街並みを歩きながら、生存者の気配を探す。

 崩れた建物の瓦礫や横転した車が各所で道を塞ぎ歩き回るのも困難だった。

 どれほど多くの命が、ここで失われたのだろうか。

 

 命。失われた命。

 命は、いつか無くなる。

 命が、強制的に消される。

 そう、バーテックスに。

 消された。

 

 頭を振って気を取り直した。

 

ひなた「生き残ってる人は、いないのでしょうか……」

千景「ここも全滅したのよ……きっと……」

若葉「まだそうと決まったわけじゃない。どこかに避難した人がいる可能性だってある」

 千景さんは、視線を落とした。その瞳は悲しげだ。

 

 そうだ。まだ生きている可能性だってある。若葉さんの言う通りだ。

 ぼくは走り出す。じっとしていると胸がむかむかしてきたから。

 

若葉「おい! あまり離れるなよ!」

武谷「わかってる!」

 

 近くの建物内を覗き、倒壊しそうになかったら中に入って生存者がいないか探した。

 目を皿にして探索する。

 バリケード程度だとバーテックスなら容易に破壊してしまうだろうから、隠し部屋や地下部屋に身を隠していないか確認する。

 まずそれらがあるのかすら分からないが、少しの違和感でも見つけられるように神経を人を探す事だけに使い研ぎ澄ます。 

 

 別にぼくは、誰かのために探しているわけじゃない。

 もちろん生きているに越したことはないし、生きていたら嬉しい、けれどそれが本当の理由ではなかった。

 

 生きている人を見つけられたら、何かを変えられる気がして、いてもたってもいられなかったんだ。

 これまで旨くできていないぼくは、それを足掛かりにしたかった。 

 

 探す。捜す。求める。見つからない。

 

武谷「あ……」

 

 瓦礫の影に、白い巨体の化け物――バーテックスが数体うごめいているのが見える。

 すぐに周囲へ視線を走らせるが、ぼくは若葉さんにわかっていると言ったにもかかわらず、少し距離が離れて孤立してしまっていた。

 離れないように気をつけていたつもりだったが、途中から意識が探索の方に多く回されてしまっていた。

 

 ぼくを捉えると、跳び迫ってくるバーテックス。

 

 ――グングニルを使うしかないか。

 

 温存しておきたい。強力なバーテックスにゲージが溜まるまでの間に遭遇する可能性もある。

 だから、こんな雑魚数体相手に使いたくないけど。

 ぼくはスマホの画面に指を添えた。

 迷っている暇はない。

 

 固く、人体など難なく噛み潰してしまう歯が並んだ大口が目の前まで近づいた。

 赤閃(せきせん)が瞬き、大口は上下に別れ、消滅した。

 

 深紅の大鎌を携えた千景さんが、次々とバーテックスを斬り刻んでいく。

 すべて殲滅し、千景さんは振り返った。

 

千景「聖陵院くん、離れすぎ、乃木さんに注意されたでしょう……?」

武谷「ごめん……」

 完全にぼくの間抜けな失態だ。

千景「それと、あの雷の槍はこんなところで使わないで。もっと多いか強いやつが来た時に使って」

千景「今みたいに危なかったら私が守るから、冷静になって」

千景「聖陵院くんなら、もっと適切に使えるはず」

 

武谷「ぼくなら……」

 確かに、結果論を抜きにしたら、今まで適切な場面で力を使えてきたのだろう。

 それでもみんなに任せなければならないくらい、どうにもならなかっただけで。

 

武谷「千景さんありがとう。冷静になるよ」

 

 事実、現実、力が足りない限り、みんなに頼らざるを得ないのだ。

 

若葉「こらっ、離れるなと言っただろう!」

ひなた「めっ、ですよ武谷さん。危ないことはやめてください」

 追いついてきた二人が言った。

武谷「ごめん。反省してる」

 ぼくは頭を下げた。三人ともぼくを心配してくれたのだから。

 

若葉「千景が間に合わなかったらどうなってたか……」

ひなた「武谷さんの力なら一度は難なく切り抜けられるのでしょうけど、それでも危険ですよ」

 

 一番年上なのに、ぼくは年下のように叱られていた。

 

 

 それからぼくらは待ち合わせ場所で三人と合流するが、収穫が無かったことを伝え合っただけだった。

 タマさんの提案で、今日は山の方のキャンプ場でキャンプをすることに決まる。

 タマさんのおかげで、テントを張るのも焚火を付けるのも容易だった。

 そして現在。

 夕食後、ぼくは川で身を清めるみんなが奇襲されないよう、見張りをしていた。

 もちろん、みんなの方は見ないようにして。

 見たら殺すと三人くらいに言われた。

 

球子「ううっ、冷たいっ! これが夏だったら、もっと楽しいのになぁ……こう、水のかけ合いとかしてさっ!」

 バシャっと、水の音。

友奈「うわっ! 何するの、タマちゃん!」

球子「友奈も水、かけてこい! せめて気分だけでも、夏のキャンプ気分を味わうんだ!」

友奈「よーし、わかった! だったら容赦しないよ!」

 バシャバシャと水を掬って放つ音が聞こえる。

 

若葉「冷たい水に浸かる時は、ジッとしているべきだ……動けば、体温を余計に持っていかれる」

ひなた「ええ、まったくですね……」

杏「冷水の中で動き回るなんて、銃撃戦の中に自ら飛び込んでいくようなもの――」

 

球子「うりゃああっ!」

杏「ひゃあああ!」

 

ひなた「むむっ、不意打ちは卑怯ですよ、球子さん!」

球子「うるさーいっ! どうせ動いてもジッとしてても冷たいんだっ! だったら、お前らも遊べーっ!」

友奈「そうそう! みんなも一緒に楽しもうよ!」

若葉「くっ、ならば私も容赦しないぞ!」

 

友奈「ぐんちゃん、それー!」

千景「わぷっ……高嶋さんったら」

友奈「ぐんちゃんもほらほらー!」

千景「……えい」

友奈「きゃー!」

 

 見張りだからあまり遠くに離れすぎることもできず、みんなの声が聞こえてくる。

 その声を聞いていると劣情が掻き立てられた。

 今この会話をしながら、彼女たち六人は全裸なのだ。なにも着るものを纏っていないのだ。あんなところやそんなところが晒け出されているのだ。

 覗かないが。絶対に覗かないが。ええ、覗きませんとも。

 世界平和についてでも考えよう。

 世界平和を考えながら見張りをして、みんなの声をシャットアウトしていた。

 

杏「きゃー! バーテックスです!」

 

 なに!?

 ぼくはすべての思考を吹き飛ばし、焦燥と恐怖に駆られてみんなの元へ走った。

 誰も殺させるわけにはいかない。

 みんなは今なにも身に着けてなくて、武器もスマホも手放しているだろう。

 近くに置いていたとしてもすぐそこまで迫るバーテックスに襲われる前に間に合うかどうか。

 ぼくが守らなければ。

 

 しかし、川まで来ても、バーテックスのバの字もなかった。

 あの奇妙な姿の化け物は、一体も見当たらなかった。

 周囲を何度も見まわす。やはり、いない。

 どういうことだ。

 正面に視線を戻す。

 

 ぼくが立つ正面には、全裸の杏さんが立っていた。

 全裸の杏さんが立っていた。

 

 その肢体は、白く美しい。

 生命の美。世界の神秘だ。

 身体の曲線のラインが、世界に感謝してしまいたくなるほど究極的。

 

 杏さんのポカンとしたままの顔から少し下に視線を移すと、発展途上の貴いふくらみの登頂に小さく可愛らしく綺麗なピンク色の先っぽ。

 さらに下に視線を向けると、綺麗な一筋のへそ。

 下腹部のさらに下、女の子の大事な部分も全部見えている。

 

 いわゆるラッキースケベ。

 初めてリアルで見た、いや、体験した。している。

 

 他に視線を向けても、肌色だらけ。正面にいる杏さんに遮られて見えないところもあるが、概ねみんなの素肌が見えていた。見えてはいけない部分も。

 

「「「「「「「……………………………………………………………………」」」」」」」

 

杏「きゃ……」

 

武谷「きゃ?」

 

「「「「「「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」

 

 ぼくは大鎌の背と旋刃盤の表面と刀の峰でボコボコにされた。

 本気の殴りだった。とても痛かった。

 見たら殺すという発言は冗談だと思っていたが、半ば本気だったのだ。

 あと千景さんとタマさんの勢いが一番凄かった。殺意すら雑じっていたと思う。

 殴られてる間も千景さんたちの裸体が目に入っていた。ぼくは記憶に刻む。

 

 リンチ後の気絶から目が覚めて、時間が経ってから話を聞いたが。 

 ぼくの聞いた声は「これも訓練の一環だ、バーテックスの攻撃だと思え」と若葉さんが言いながら水をかけ、それを食らった杏さんの反応があの言葉だったというわけだ。

 紛らわしすぎる。

 そこら辺の会話を聞いていなかったぼくも間が悪いが。

 

 あと、なんかバーテックスがその後襲来したけど、みんなの苛立ちがぶつけられてすぐに殲滅されていた。

 

 

 ぼくは、このひとときだけ、全ての嫌なことを忘れていた。

 

 

 

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