原作主人公、
ナンバーワンヒーロー、オールマイトに資質を認められ、個性『ワン・フォー・オール』の後継者に選ばれた人間だ。
ヘドロ事件から二か月あまり、今頃オールマイトと一緒に体を鍛えているところだろう。
予想外のエンカウントにやばいなと思いつつも、思わず観察してしまう。
初対面の印象は、原作通りのちょっと気弱な細い少年、といった感じである。隣に立っている爆豪君のような、着やせタイプではない正真正銘の細身だ。
まだ二か月。体に大きな変化がみられる時期じゃないか。
「……なんで、デクがここにいんだよ」
「いや、たまたま通りかかったというか、ほんと偶然だねって感じで……かっちゃんこそ、どうしてここに?」
「どうでもいいだろうがクソが」
素直にトレーニングしてたっていえばいいのに。本当に正直にいろいろと語ろうとしないな、この人。
だが爆豪君の暴言にはビビりつつも完全に慣れっこな様子の緑谷君の視線は、次第にちらちらと俺を見てくる。
完全に知らない人だからな。そりゃ気になるだろう。
ここは適当に別れよう。「かっちゃん」「デク」などと呼び合う二人組が出てきたら、普通既知の間柄でそれなりに仲良しなのだろうと思うだろう。
友達同士にしてあげて、不自然にならない程度にフェードアウトだ。
意を決して言葉を選ぶ。
「爆豪君の友達か?」
「ダチじゃねえよ!」
聞き方間違えた。普通の場合はこう聞けばいい、という定型が爆豪君には通用しないのだった。
「そういうなよ。同じ中学校かなんかなんだろ」
「チッ」
「あはは……」
舌打する爆豪君と対照的に頬を掻いている緑谷君。器の差がこんなところにもでてるぞ。本人は気付いていなさそうだけれど。
気を取り直して。
「そろそろ俺は帰る。中学一緒なら家も近いんだろ。二人も一緒に帰れば?」
「はあ!? 誰が誰と、一緒に!?」
爆豪君が怒気をはらんで叫んだのとほぼ同時、緑谷君も目をむいたのが見えた。爆豪君は俺に向かってキシャーッと威嚇しているので気付いていないけれど、二人して驚いているの面白いな。
気付かないふりをしてさらに言葉を紡いでみる。
「爆豪君が、なんだっけ、デク君だっけ? デク君と一緒に」
「真面目に返してんじゃねえよ、クソが」
「いやぁ……いやさすがに……」
「あぁ!? どういう意味だデクぅ!」
「そういう意味じゃないか?」
まごうことなくそういう意味だろうよ。思わず言ってしまえばまたも鋭い視線で睨まれる。本当にヴィラン向きだと思うぞ、その睨み。あ、犯罪者どもに睨みを利かせるという意味では有効かもしれない。
「……チッ、おいどっか寄るぞ」
俺を見て突如そんなことを言う。
「どっかって?」
「どこでもいい、とりあえずこいつと同じ時間に同じ道を通るのはごめんだ」
「本当に家近くだったんだな」
正直そういう細かい原作のことは忘れかけていたから、「確かそんなんだった気がする」程度のうろ覚えの知識だったのだが当たっていたらしい。
緑谷君が微妙な顔をしているぞ。
そこまでして同じタイミングで帰りたくないのか? だがしかし。
「悪いな、あんまり遅くなると面倒だ。……じゃあな、仲良くやれよ」
まだ無理だろうけど。
ひらひら手を振って歩き出す。どうせ爆豪君たちの家路と俺の戻る道は逆方向だ。二人を放置してさっさと戻ることにする。
かなり離れてから一度振り返ったら、結局それなりの距離をとって二人同じ方向に帰っていった。
緑谷君も大変だな。わざわざ距離をとったのはきっと爆豪君の主張だろうし。
ふふ。
『おいコラ、デク! 俺の視界に入んじゃねえぞ!!』
正直台詞も思い浮かぶ。
* * *
「か、かっちゃんその……あの人は?」
「バーガー野郎」
「ええ?」
「るっせえ、俺の視界に入んじゃねえ!!」
* * *
夏だ。
予想外に緑谷君とエンカウントしてからしばらくの時間が経った。
いつだったか、俺が昼寝している間にアジトに誰もいなかったときがあった。
特に気にせずまた寝た。次に起きたときには黒霧さんも死柄木さんもアジトに戻ってきていたので、二人でどこかしらに出かけていたのだろう。
行先は聞いていないが、帰ってきた死柄木さんがどことなく気分がよさそうだったから、もしかしたら『先生』のところに行ってきたのかもしれない。
四六時中『先生』のところに行っててくればいいのに。
そういう日はスカウトに出かけない場合の方が多いから、ぜひとも行っててほしい。俺としては『先生』にはあまり会いたくないので、置いてけぼりにされた方がずっと良い。
もう夏で、中高生や学生が夏休みなせいもあってか街は夜のイベントも増えてくる。その分夜の人通りも多いし、軽犯罪を犯すヴィランたちが暴れるのは勝手だが、まだ姿を見せる予定のない俺たちは普段以上に裏路地に潜み、人目を避けなければならない。
黒霧さんがいる以上移動に気を遣わなくて済むのは楽だが、体力を必要以上に使いたくないのが本音だ。やる気も出ないし。
「その点君はやる気あるよな」
「アァ?」
持参してきたタオルで汗をぬぐっている爆豪君。
夏だということは、爆豪君のように汗が爆発の源になっているような個性は独壇場といってもいい。動けば動くほど、汗をかけばかくほど爆発の威力は高くなり、戦闘の後半により強い攻撃を仕掛けることができる。
集中力を維持する必要がある俺みたいな個性だったら、持久戦は分が悪い。
もともと夏が強いのかもしれない。暑さをものともせず爆発を起こして暴れているようだ。
「こんなに暑いのによく動く気になるよ」
俺は動きたくない、と付け足せば、
「お前がまともに動いてることなんかあったか?」
と冷静に言われた。
確かに。基本ベンチで座ってるだけだし、爆豪君の前では走ったりしたこともないかも。
「大体、暑いならそんな服装してんじゃねえよ」
それもまあ、確かに。
冬は当然冬用のコートを着ていたし、マフラーもつけていた。服の隙間から寒さが吹き込んでくるので手ももちろん常にコートのポケット突っ込んでいた。
爆豪君は冬の時点でも比較的薄着だったけれど、夏の今は本当に半袖のTシャツと七分のズボンだけである。
大して俺が今着用しているのは、夏用のシャツとメンズのサマーコートだ。七分あたりで袖をまくっているとはいえ、長袖である以上暑苦しく見えるのは自覚している。
でもいいのだ。
「俺は個性で涼しくしてるから」
「は? 個性? 今発動してるのか?」
「そう」
怪訝そうな顔つきも無理はないだろう。
俺の個性は透明だ。目に見えるはずがない。
パーソナルスペースを
結果として、たいていの人が涼しいと思えるそよ風程度しか俺は感じない。気分はいつでも小春日和である。
ちなみにこれは夏限定だ。もともと冬に強いせいもあるし、マフラーやコートを着用するのが好きなせいもあって冬の寒さ程度は個性無しで乗り切るようにしている。
……ん? なんか爆豪君がこっちを見て驚いている。
「おい、どういう個性だ。涼しくしてるって?」
純粋な疑問だったらしい。
「そのままだよ。自分の周囲を快適な気温にできる。暑さとは無縁ってわけだ」
「じゃあいつもそんなクソ暑そうな恰好なのは……」
「個性でいつも涼しくしてるから」
嘘は言っていない、嘘は。本当のことも言っていないが。
もちろん体力は消費する。けれど攻撃を防ぐときのようなストレスを感じない分、暑さを防ぐ程度のためにずっと個性を発動しているのはまったく苦ではない。
「なんだそりゃ、エアコンか」
「……まあ、そういうことだ」
エアコン……。個性の基本的な使い方なんだが、まあそういえるよな。本当のことを知らなければそういう個性に聞こえるよな、そりゃ……。
「エアコン野郎、じゃあ俺の方にもそれ使えや。暑い」
「それは無理」
「はあ? なんで」
「疲れるから」
「このクソ野郎!!」
パーソナルスペースっていうのは他人を入れたくない自分の領域のことだ。その領域をおかされるとストレスがたまる。
爆豪君ならまあいいかなって一瞬思ってしまったけど、やっぱり無理だ。疲れることはしたくない。
憤怒の表情だが、俺と違って夏が得意そうだから一人で頑張ってほしい。そもそも俺の個性はエアコンじゃない。断じてエアコンじゃないのだから。
「そういえばこの間の地味めの人ってさ、無個性のクソナード君?」
「……」
「ヘドロ事件のときに突っ込んでいった同級生じゃないのか」
「るっせえその話蒸し返すな!!」
怒られた。この話は本当に天敵だな。
さて、そろそろ考えるべきことがある。
爆豪君に個性の一部でも教えてもいい気分になったのは、その思いに由来する。
いい加減この状態どうにかした方がいい気がする。死柄木さんのとこにずるずる居続けたら本格的に敵になってしまう。
もともとヴィランなのは否定しないけれど、ナンバーワンヒーローと本格的に敵対するような間柄にはなりたくない。終始付け狙われるような生活はごめんである。
こう、自然にフェードアウトしたい。
ただそれにはな……『先生』の干渉から抜け出す必要があるんだけど。
なんかあの人妙にたくさん個性を持っていて、そのすべてを俺に明かしているわけではないようだ。なんかこう、追跡だとか監視だとか、そういう追尾が可能な個性を持っていた場合逃げ切るのが難しい。
死柄木さんや黒霧さん、『先生』がいる以上原作のように悪役になっていくのはもう確定された未来だ。俺がそこからはい出るには、ヴィラン連合から遠ざかるのが一番である。
原作みたいに主人公たちの敵でなければ、案外楽な生活なんだけれどな……。チンピラたちのスカウトも、面倒だけれど俺自身が怪我を負うことはないからな。
うん。本当にどうしたものか。
悩みながらアジトに戻ると、何故だか黒霧さんが待ち構えていた。
「ゼロ。戻ってきましたか。では行きましょう」
「……どこに?」
「先生のところです。呼ばれたんですよ」
先生が?
死柄木さんや黒霧さんが最近ちょくちょく呼ばれていることに関係するのか?
俺あの人苦手だからなるべく近づきたくないんだけど。しかし黒霧さんは問答無用である。
「死柄木さんはいいのか?」
「今回呼ばれているのはゼロだけですよ」
うわ、俺一人か。
溜息をつく間もなく黒靄が広がり、一歩踏み出した瞬間そこは別の部屋だった。
電気はついていないが、そこら中におかれたモニターのおかげで周囲の様子は判別できる。どれも鮮烈な光を放っていていかにも目に悪そうだ。健康にも悪そうである。
ここ、来た事がないな。アジトがたくさんあるのは知っていたが、まだ俺の知らないアジトもたくさんありそうだ。
「待ってたよ、ゼロ。久しぶりだね」
「……どうも」
実に一年近い。死柄木さんのところに行ったのがちょうど去年の秋からだ。
相変わらず、全身に管を巻いている男である。初対面の時は工業地帯で空気を洗浄する機能をもっているかのようなマスクを着けていたから、のちにベッドや椅子で治療用の管が必要な体だと知ったときは驚いたものだ。
じっと見ていれば彼はゆっくりと頬杖をとく。
何考えてるのかわからなくて、本当にいやだなこの人。
顔がほとんどないようなものだから、表情から感情なんて読み取れるはずもないし。いちいち不気味だ。
「それで、今日は何か用か?」
「マイペースだね。変わっていなくて安心したよ。手短に行こう、今日は君に見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
なんだか、嫌な感じだな。『先生』は楽し気に俺の前にたって先導し始めた。
どこかの場所につながっているらしい扉を抜けると、妙に薬品のにおいが鼻についた。廊下も窓はなく、電気はぽつぽつとまばらについていて、どこか空気が冷えている。地下なのだろうか。
「ここだよ」
くるりと『先生』は振り返り、体で隠していたものを俺に見せた。
巨大な水槽がいくつも並んでいる。水槽は青い透明度の高い水で満ちていて、それぞれに黒い物体が入っていた。その黒い物体からケーブルや管が引っ張られていて、また別のパソコンや液体につながっている。薬品のにおいもここから来ていたものであるらしい。
というかすごく見覚えがある。
脳みそが丸出しな人間なんて、ほかにはいないはずだ。
「これは、対平和の象徴のために作った人間兵器さ。通常の人間には出せないようなパワーや瞬発力を引き出せるようにしている。まだまだ調整中で実践向きじゃないけれどね。名前は
……やっぱり脳無かよ。
忘れてた、『先生』たちはこれを作っていたな、そういえば。
生で見ると、本当にえげつないヴィジュアルしてるな……。
「これ、人間か?」
当然現時点では俺がこれを知るはずもないので、適当にしらばっくれておく。
原作を読んだときにうっすらと覚えているのは、これらがなんらかの方法で全身をいじくられた改造人間であり個性を複数持っている、ということくらいだ。
妙な液に浸されているのを見ると、とことん人間らしくは見えない。
実際に、俺の率直な質問に対し、『先生』も率直に返答をよこす。
「人間だよ。元はね」
元は。なんだか聞き捨てならないワードが。
「ゼロや弔が熱心にスカウトしてきてくれたから、材料が豊富で助かったよ。替えが利く」
「……」
え。
スカウト、ってチンピラの?
……考えてみれば当たり前だ。
原作でも確かに言及されていた。彼らは、元は裏路地に潜んでいるようなチンピラだ、と。
特にチンピラたちの顔を覚える気もなかったし、死柄木さんたちのようにもう一度会ったりもしなかった。彼らのうち誰かがこの脳無になっているとしても、俺には区別がつかない。
俺が補助してスカウトした連中の中の誰かが、今俺の目の前で液体に浸っているのかもしれないのか。
「ふうん」
意識して、気のない返事を心がける。
待て、なんでだ。なんでこいつらを俺に見せて説明なんてしている?
「彼らには私の個性のうちいくつかを渡してある。オールマイトには、一つの個性じゃ足りないからね」
「……個性の複数持ちってことか。チートだな」
まあ確かに原作でも脳無はぶっ飛ばされていた。
「ところでゼロ。君の個性の調子はどうだい? また新しい使い方とか発見したりしたかい?」
「……別に。特には」
いやいやいや。なんでこのタイミングで俺の個性なんて聞くんだよ。
俺の個性、パーソナルスペースのことは話してあるが特に使い道が増えたりとかもしていない。
「ゼロのその個性は便利だ。それに面白い」
「……」
「脳無が持っていたら面白くないかい?」
「あげないからな」
即答する。
嫌な予感が的中した。
こいつ、俺の個性を奪う算段か? だったら徹底抗戦するしかない。
集中力を研ぎ澄ませる。勝てないまでも、今この瞬間に逃げ出す選択肢は用意しなければならない。
「ははは、冗談さ。脳無は自意識がほとんどないからね。君の個性を持っていたとしても、使いこなせはしない。元の持ち主が持っているのが一番いい」
どうだか。『先生』本人が使う分には大して問題がないはずだ。奪った個性を使うのに制限がありそうではあるが。
「使い勝手のいい個性だろう。君がここにいて、弔のそばにいてくれればそれでいい。ああ、いらなくなったら教えてくれ。私が有効活用させてもらう」
「そんなときは来ないから、諦めてくれ」
誰が生まれ持った個性を奪われたいだろうか。その個性がなんであれ、アイデンティティを失うのと等しい。
それに、今の言葉。
俺がここから消えようとすれば、追ってきて俺の個性を奪っていこうとするんじゃないだろうか、これ。そんな気がする。というか間違いない。
そして、彼が俺の個性を奪わない条件は、『死柄木弔の部下でいること』。
本格的にヴィラン連合からフェードアウトしようと考えた矢先にこの念押しか。つくづく心が読めるんじゃないかと疑いたくなる。
やっぱり無理かなあ。ここから抜けるの。なんだかそんな気はしていた。
こうなったらとことん死柄木さんたちをサポートして、なるたけ俺自身が捕まる可能性を排除していくしかないのだろうか。
きっと、物語終盤まで死柄木さんは捕まらないし、同様に『
「……先生。何を心配しているかわからないけど、あんたにはそれなりに感謝してるんだよ」
嘘だ。本当はあんまり感謝していない。
バーでいつでも昼寝できる環境をくれたりだとか、衣食住には不自由していないとか、そういう感謝はしている。だけど捕まる可能性だとか悪行に手を染めざるを得ないところとか、そこらへんのつり合いは正直とれていないと思っている。
でもまあ、なるようにしかならない。
二度目の人生、難しいことは考えずに生きていきたいものだ。面倒くさいからな。
今は今、この『先生』や死柄木さんに殺されないようにしていこう。
今回の話で気付いた方もいらっしゃると思うのですが、主人公の原作知識は「アニメ二期終了時」つまりショッピングモールで死柄木さんと緑谷君が会話した回までです。