新聞記事を読み流してみれば、原作と同じことが起こっていると把握できた。
もう既に始まっているこの新学期から、オールマイトは主にヒーロー科の授業を受け持っているらしい。
死柄木さんがオールマイト、というかヒーロー全般を嫌っているのは知っている。そのオールマイトをラスボスと称し、いきなりUSJに突っ込むことも当然覚えている。
いやラスボスなら中ボスとかいないとおかしいだろ、そう思ったが口には出さない方が利口だ。とにかく死柄木さんはオールマイトを殺すことを目標にしている。
「本当にやるのか?」
やる気が出ない。本当に。
全身でそう表現して尋ねてみれば「当然だ」と返された。
「雄英高校に直接襲撃をかけることができれば、面白いことになるだろうなぁ……!」
生徒が危険に晒されたとすれば雄英高校の責任問題になるし、そこでオールマイトが死ねばそれこそヴィラン時代の幕開けだ。平和の象徴という抑圧がなければ、個性を持て余している連中は好き放題し始めるだろう。
もちろんそれはできたらの話だ。
正直に言えば、俺という未来の情報を知っている人物がヴィラン連合に協力すれば、オールマイトを殺すことはできると思う。
確かあのときのヴィラン連合の敗因は、生徒の一人を取り逃がしプロヒーローを大勢呼ばれたことにある。俺が積極的に飯田君を殺したり、黒霧さんに進言しておけばそんなことは防止でき、オールマイトを殺せる可能性はぐっとあがるだろう。
まあ、しないけど。当然だ、するわけない。
オールマイトを殺したヴィランたちを、社会は許さない。
それこそ死に物狂いで俺たちを捕まえに、もしくは殺しに来るだろう。
原作の乖離も得策ではないし、報復がふつうに怖い。オールマイトは怖いが、悪い人ではないのに殺すなんて俺の良心もそれなりに痛む。
そういう訳で、USJにおいて俺のとるべき行動はただ一つ。
何もしない。てきとうに死柄木さんや黒霧さんの盾になり、傍観し、それから逃げる。
俺が基本方針を固めているのをよそに、死柄木さんはすぐに雄英襲撃のプランを練り始めた。
生徒、という守るべき存在が多く、教師であるプロヒーローが少ない時間帯。オールマイトが担当している授業で、すぐには他の教師・プロヒーローの応援が見込めない状況。
手駒の方はここ一年でスカウトしたヴィラン、というかチンピラがたくさんいる。それなりの個性を持っていると予想される生徒たちは彼らに任せればいい。
「校舎から離れていればなお都合がいいな」
「そんな都合のいい場所があるのか?」
「あるさ。雄英はバカデカい」
死柄木さんはインターネットの雄英のホームページを開いてそれを見ながら言った。
施設案内にすべてが書かれている訳じゃないだろうが、ほかのヒーロー科のある高校よりはずっと演習場や、体育館が多いのは事実である。
「だがまあ……詳しい情報は必要だな。黒霧」
「はい」
「情報収集だ」
「どこへ?」
「決まってる、雄英さ」
黒霧さんは特に口答えすることなく、ワープゲートを発動する。死柄木さんはそこに足を踏み入れ、黒い靄が晴れればあとには何も残らない。
ナチュラルに置いていかれたのは……俺の個性が不要だったってことか。
ん? そういえばこんなことあった気がしてきた。USJの前に雄英に忍び込み、マスコミを焚き付けてカリキュラムを盗んで来たんだっけか。案外死柄木さんもマメだよな。
* * *
有り難く昼寝を決め込んでいたのだが、戻ってきた死柄木さんに叩き起こされた。
「起きろ、ゼロ」
「起きただろ……」
いちいち個性発動しようとするのやめてくれないだろうか?
目をこすりつつ、死柄木さんの手を回避する。
どうやって情報を盗んだのかは知らないが、紙にプリントされたカリキュラムを目の前に突きつけられた。
受け取って流し読みすれば、たしかに数日後にウソの災害と事故ルーム、という訓練場で1年A組の授業が入っている。その担当教師はオールマイト、それから13号だ。
「ほら、あっただろ?」
都合の良い場所が。
わかったからドヤ顔するのやめろ。
原作通りにことが進んでいるようで、内心複雑である。
「この授業の時にオールマイトぶっ殺しに行こう……あいつらも全員連れて行く。そうだ、先生!」
あいつら、とはチンピラのことだろう。
何か思いついたらしい死柄木さんの声に反応して、備え付けのモニターが光った。
SOUND ONLYの白い文字が点滅する。
『なんだい?』
「脳無、連れて行くけどいいよな?」
『勿論だ。あれは対平和の象徴のための改人。連れていかないで何になる?』
「よし」
自分だけのおもちゃを与えられて喜んでいる様はこどもと同じだが、その悪意は無邪気なこどもと比べ物にはならない。
彼はそのまま、黒霧さんに指示を下す。
「黒霧。今こっちに連れてこい」
「はい? 今ですか?」
「早くしろ」
苛立った声に、黒霧さんはすぐにワープゲートを開く。
どうやら所定の位置をすでに確認していたらしく、ぬるっと見たことのある脳無がこちらに引っ張り出されてきた。
紫がかった黒の肌、頭蓋骨は行方不明になったらしく脳みそは剥き出しのまま。知性が感じられない顔つきのわりに、オールマイトと同程度のパワーを持つと豪語する通りの筋骨隆々な体躯。
俺が『先生』のところに行った時にはくっついていた管などはなく、もう調整は終わっているらしい。
『死柄木弔。君の声に反応するように調整してある。存分に使うといい』
「へえ、気がきくじゃんか。じゃあまずは……」
どこか楽しげに、死柄木さんは指を回すとふいに俺を指差した。
「あいつを、思いっきり殴れ」
「は?」
あいつって、その指差した方向から察するに俺だよな?
何で俺を殴るように脳無に命令するのかさっぱり分からない。が、しかし死柄木さんのいうことを聞くよう調整されているらしい脳無は、ぐるりと目玉をギョロつかせ、首を回して俺を見た。
あ、やばい。
「近づくな」
咄嗟に個性を発動する。発動が終わったその瞬間、まるで掻き消えたように脳無の姿はさきほどの場所から消え、代わりに俺の目の前でその拳が壁にぶつかって停止していた。
ごうっ!と遅れた風がバー全体を揺らし、酒瓶のいくつかが棚から落ちて地面に叩きつけられ、中身をぶちまける。アルコールの匂いがむせかえった。
初撃は回避、したのか?
どっと冷や汗が流れ出た。
ぜ、全然見えなかった。急に目の前に現れたからビビって体が縮こまっていた。バクバクと心臓が波打つ。
「おい、マジかよ」
ついでにいうと脳無の攻撃は止まらなかった。パンチが防がれたと見ると、一拍置いて目にも留まらぬ連打が始まった。
いや、本当に近づかないでほしい。拒絶、拒絶、本当に拒絶。
俺はサンドバッグじゃないんだよ。攻撃を防ぐにもそれなりにストレスが溜まる。
どんっ、と勢いよく拒絶して距離をとらせるが特にダメージを受けた様子の無い脳無は軽く首をひねると愚直に殴りかかってくる。
「ははっ、すごいなぁ……これが脳無か……!」
「おい、死柄木さんどういうつもりだ」
「怒るなよ、ただの動作確認だ」
笑う死柄木さん。はぁぁ?と苛立つ俺。
もういいぜ、と落ち着いた死柄木さんにより攻撃が止んだが、俺の苛立ちの方はまだおさまっていない。どうしてくれるんだ。
それに不用意にこんなところで脳無の力を試したせいで、バーの建て付けは多分悪くなったし、酒や水の瓶やグラスがかなりお亡くなりになっている。
今は脳無の力に驚いている黒霧さんも、我にかえったらこの惨状に絶句することだろうよ。
「なぁゼロ、今わざとお前を殴れっつったのは別に嫌がらせとかではないんだぜ?」
「……ほんとかよ」
「ああ゛?」
威圧してきたので話を元に戻す。
「……それで?」
「チッ……こいつは、オールマイト並みのパワーと瞬発力、それからそのパワーに耐えられる体を持ってる。そのパワーで繰り出されたのがさっきのパンチだ。意味わかるよな?」
「……」
あれ。それってつまり?
「お前の個性で脳無の攻撃を防げた。つまり、オールマイトの攻撃防げるんだな?」
「……そう、なるな」
そうなってしまうな。
考えたこともなかったが、そういえば俺は自分の個性の強度を知らない。とにかく拒絶した攻撃が俺の個性を破って俺を傷つけたことは一度もなかったから、無意識に自信を持っていた。俺の個性だとオールマイトの力でも破れないのか?
いや、しかし本物じゃないからな。確信はできない。
『脳無の攻撃が防げるなら、きっとゼロの個性で防げるさ』
思わぬところから援護がきた。画面越しに状況を把握したらしい『先生』は楽しげに推測を語り、それから死柄木さんに向けてはっぱをかける。
『ーーー前も言ったけれどね、オールマイトは今弱ってる。教師なんて職に就いたのもその表れさ』
一拍置いて『先生』は続けた。
『思うままに、やってみなさい』
ただそれだけ言って、通信が途切れる。
何というか、変なところで放任主義というか。教育論なんて俺には理解できないが、もう少し手綱を取ってくれてもいいのではないだろうか。死柄木さんが調子に乗ってしまうじゃないか。
『先生』から直々に許可を得たようなものだ。死柄木さんは『先生』の言葉を噛み締めると、
「さっそく作戦会議でもしようか。黒霧、できる限りたくさん手下どもを呼べ」
具体的な実行のために統率を図り始めた。
* * *
雄英高校の教師たちはみなプロヒーロー。これは有名な話だ。
だからこそ学校のガードは固く、容易に生徒たちに手出しはできない。
でもプロヒーローである以上個性はある程度公表されている。そういう訳で、雄英襲撃に備えてプロヒーローたちの個性を手下たちと共に頭に叩き込む作業に追われていた。
「あなたは手伝ってくれませんでしたけどね」とちくりと嫌味を言われつつ黒霧さんから資料を受け取る。そう言えばそのときはストライキしていたからな。『先生』からの資料・情報もあっただろうが、こうして紙などにまとめたのはきっと黒霧さん一人でやったのだろう。
なんか少し申し訳ないような気持ちになるな……。
ともかくプロヒーロー、特に13号、オールマイト、それからイレイザーヘッドの個性を見ていく。他はまぁ念のためだ。
13号の個性『ブラックホール』。直接触られなければ問題無し、だと思う。たぶん。
オールマイトの個性、不明。原作によれば『ワン・フォー・オール』。超怪力みたいなもの。これも脳無と同じパワーしか出せないなら問題無し。たぶん。
そして問題なのは1年A組の担任、イレイザーヘッドだ。
完全に個性頼りの俺の天敵だ。彼の目にとまったら個性が発動できなくなり、俺はあっさり捕まってしまうのではなかろうか。
それだけは避けたい。どうするか。
死柄木さんの背中に隠れるか……。
うんそうだな、何かに隠れて関わらないようにしよう。そう考えれば当初の方針からズレないし、問題ない。
それからUSJの地形を考え、手下たちを個性の相性ごとに振り分けていく。
けっこう似た個性を持った人たちは、スカウトされた同士でそれなりに仲良くなっていたのかトントン拍子に話は進んでいった。
誰もが死柄木さんという悪に惹かれたのだから、彼が主導権を握っていれば誰からも文句は出ない。ほんとに誘蛾灯だ……。
そしてあっという間に決行当日。
時刻は十三時を回り、そろそろ授業は始まっている頃だろう。
アジトにぎゅうぎゅうづめになったチンピラたちは、みなそわそわと各々の武器を揺らしている。
オールマイトを殺す、などと大それた計画にみな浮き足立っているのだ。
「ーーさて、行こうか。
死柄木さんが号令をかける。
故意に強調された言葉に仲間意識が刺激されたのか、チンピラたちの意思は一つに集約されていく。
所詮チンピラはチンピラでしかなく、生徒や教師用の駒でしかないのだが、彼らはそれでもいいらしい。
気合いが入るならそれはなによりだ。俺は捕まりたくないので、自分の都合だけで動く気満々である。
ふう、息を吐いて気分を落ち着かせる。
普段通りでいるのが肝要だ。
たくさんのナイフを収納するためにいつもとは違うサマーコートを羽織っているが、その他は一緒だ。
ただ、フードは深くかぶっておく。
死柄木さんみたいに全身になんかよくわからない手をつけていたり、黒霧さんみたいにそもそも顔の作りが分からない人ではないのだ。成功するにしないにせよ、初犯でこれだ。追われるのが確定する以上、フードなどで顔を隠しておいた方が、気分的にも楽だ。
念入りにフードを被り直したとき、黒霧さんが大きくゲートを開いた。
まずは土砂、水害、火災などの個別のゾーンに配置する手下たちを送り込み、その後に倒壊、山岳ゾーンに送り込む。
最後に死柄木さんが手を突っ込み、ゲートを割り開くように広げた。そこから一気に手下たちは雪崩れ込む。行先は雄英高校『ウソの災害と事故ルーム』中央広場。
次々と手下たちが向こう側に消えていくのを見届け、最後にゲートをくぐった。瞬間、大きな声が耳に入る。
「ひとかたまりになって動くな! あれは、
向こう側に足がつく。顔を上げると正面に施設の入り口があったらしく、随分と段数の多い階段の上で生徒らしき少年少女たちがひとかたまりになってこちらを見ていた。
そして彼らを庇うように立っているのが黒い服と白い拘束具、ゴーグルが特徴的なプロヒーロー、イレイザーヘッド。
その後ろにいるのは宇宙服を着た13号だ。
現れた瞬間に攻撃を仕掛けてきそうなオールマイトの姿はどこにもない。
「13号に……イレイザーヘッドですか……。先日いただいた教師側のカリキュラムの中ではオールマイトがここにいるはずなのですが……」
「やはり先日のはクソどもの仕業だったか」
「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…オールマイト……平和の象徴……。いないなんて……」
いきなり計画から外れて、正直ざまあみろと思わないでもない。
が、そんなこと言っている場合でもないな。
「ーーーこどもを殺せば、来るのかな?」
遠くの方にいるのは1年A組の生徒たち。
たぶん……というか間違いなく、あそこに爆豪君がいる。
「バレたくないね」
犯罪者としての大きな一歩。
息を軽く吐いて、改めてヴィランとして踏み出す。
評価、感想いつもありがとうございます。
誤字脱字報告、とても助かります。ありがとうございます。