今回はいつもの物語とは少し毛色を変えまして、幕間の物語となっております。
主に後半の方などいつもと違った物語を楽しめるかと思われます。
それでは、幕間の物語開幕でございます。
「ほう、これがヤミか」
幽香を運び、ポンが合流したのでヤミを見せてもらう事にした。
「こんなのがまだ何体も居るって怖いよねー」
「怖いよねーって他人事じゃないからな?」
「で、これどうしよっか?」
「どうしよっか、って処分するんじゃないのか?」
「その、言い辛いんだけど──」
「処分が出来ませんっていうのは無しだぞ?」
「──テヘペロッ☆」
ポンがわざとらしく拳を頭に添え、舌を出す。殴りたい、この笑顔。
最近、嫌な予想がことごとく当たります。辛いです。
「はぁ、しょうがない。それ貸せ」
「? いいけど一体なにする──」
ごくり、と飲み込んだ。つるっと丸ごと全部。
「君は何をやってんのさ! 吐き出して! 早く!」
「アホか、飲み込んだ物をそう簡単に吐き出せる訳無いだろうが。それに吐き出してその後ヤミはどう行動する?」
「新しい感染者を探しに行く……」
「そうだ、よく言えたな。ヤミを処分する方法が無いなら見つかるまで閉じ込めときゃいい話だろ。それに俺にはお前が付いてるだろ」
「〜〜〜っ、君って本当に卑怯!」
「人外の化け物共にステゴロで勝負しようってんだ。多少は卑怯じゃなけりゃやり合えるかっての」
「そういう事言ってるんじゃなくて……もう、鈍感!」
ヤミが喉を通り過ぎ、やっと胃に辿り着く。胃に明らかな異物を感じ、吐き気がこみ上げる。
「ポン、水をくれ」
「だからその呼び方やめてって」
「良いから早く寄越せ!」
つい声を荒げてしまった。
「すまん……怖かったか?」
「ううん、大丈夫だよ。今出すから」
ポンに気を使わせてしまったようだ、後で謝っておこう。押し流し、留めるように水を飲む。気付くと空になっていた。
大きく息を吐き、呼吸を整える。胃だけじゃなく、全身が重く、冷たい。深い海の底に沈んでしまったかのように。
それ以上に、声が聞こえる。身体の中から恨み、憎しみ、悪意……人間の持つ闇を煮詰めた様な怨嗟の声が語りかけてくる。
「ねエねエ私の事がすキなら望みをカなエて?」
「あなタはワタシのモノ、だけドワタシはあナタのモノじャなイ」
「私の事好き? すき? スキ? スキならワタシの我がママを聞いて?」
「わたしだけのものに、なって」
透き通る様な美しい声。だがその声が紡ぐのは酷く歪んだ愛。子供のように純粋で、わがままな願い。
美しい声、歪んだ愛、子供の様な願い。 何一つとして噛み合っていないのに、とても綺麗に聞こえた。
だがそれに気を許した瞬間、
「もう、誰にも渡さないから」
引きずり込まれる事は明らかだ。無視し続けていると次第に声は聞こえなくなった。どうやら精神的に落ち着いていると平気なようだ。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
「何とかな、それよりも一つ言っておく事がある」
「何?」
「この事は誰にも話すな、俺とお前だけの秘密にしてくれ」
「それは、命令?」
「命令と言うより頼みだ。命令よりも、信頼する相棒なら頼みを断らないと思ってな」
「ほんっと君ってそういう所卑怯だよね! ……それよりも相棒って今言った?」
まずい。他の奴ならまだしもこいつに聞かれてしまったのはまずい。
こいつの性格上ヤミを払い終わるまで延々とこの事でからかい続けるだろう。何とかして誤魔化さなければ!
「言ってない」
「言ったよ!」
「言ってない!」
「今言ったじゃん!」
「いい加減しつこいぞ!」
「とにかく言ったの!」
「例え言っていたとしても本人が言っていないと言ってるんだから言ってちょっと待て頭こんがらがってきた」
「言ったよ! ゲシュタルト崩壊するくらいなら言ったで良いじゃん!」
正直自分でも無茶苦茶だと薄々感じてきている。
「ひっ……ぐぅ……言っだもん……」
子供じゃないんだから泣かないで欲しい。
「言ったったら言ったの! 言ってなくても言ったの! 君が何と言おうと僕は君の相棒なの!」
あっこいつ子供だわ。
そうなると困った、泣き喚く子供はかなり苦手だ。このまま放置していると、根に持たれていつかとんでもない要求をしてきそうなので泣き終わるのを待って謝る事にした。ポンの事だからすぐ忘れそうだが、危険の芽は早めに摘み取っておこう。
……大人気なかったかなという気持ちも少しはあるが。
「おーい、ポン」
返事は無い。聞こえなかったのだろうか、大きめの声で話しかけてみる。
「ポーンー、聞こえてるかー?」
やはり返事は無い。と同時に確信した。
完全に無視である。聞こえなかった可能性は無視していいだろう。
人里でいきなり声を出したなら確実に危ない人認定されるであろう声量だったからだ。
「ぽんぽこ山のポンさーん? お腹の調子でも悪いんですかー?」
「ばーか」
突然の悪口に戸惑っていると、丸められた紙を投げつけられた。
「開けて」
言われた通りに開ける。
「ばか」「意地悪」「きらい」「おたんこなす」
罵詈雑言にも満たない子供の様な悪口が書いてあった。
少し間が空き、また紙を投げつけられた。たまにティッシュを混ぜてくるのはやめてほしい。
そこには「うそつき」と少し読みづらい字で書かれていた。
それは他の紙よりぐしゃぐしゃで、字が滲んでいた。
「どうしたもんかな、これは」
信頼する相棒、そんな言葉を軽く使ってしまった自分に苛立った。
口から出まかせというわけでもなく、その場しのぎで言ったわけでも無い。信頼や相棒という言葉が軽々しく言っていいものでも無いという事も分かっていたつもりだった。
だけど、分かっていた「つもり」だったんだ。
あいつが今まで何人に断られて、それでも諦めないで何度でも助けてくれと頼んだのか分からない。もしかしたら1人目だったかもしれないし、10人、100人、もっと多いのかもしれない。自分が何人目で、了承した時あいつがどんな気持ちだったかも分からない。あいつと一緒に話して、作戦を立てて、命を落とすかもしれない場面を何とかギリギリで乗り越えて、信頼する相棒と言われて、あいつがどれだけ嬉しかったか分からない。
そして、言ってないと言われて、自分の勘違いだと思ってしまったあいつがどれだけ悲しかったか、涙を堪えていたか。
自分がからかわれるだろうという理由だけで認めずに、あいつを泣かせてしまった。
散々子供扱いした癖に、本当に子供だったのは自分じゃないかと自嘲する。
自分の両頬を叩く。1回だけじゃ足りない、繰り返し叩く。あいつの心の痛みには全く及ばないだろうが、叩いて思考を纏める。考えることは1つ。あいつの涙を止めて笑顔にさせる事だけだ。
「あー、困ったなー! どこかにポンはいないかなー! 信頼できる相棒のポンは居ないかなー!」
「別にもう良いよ、君は言ってない。いつまでも拗ねて居られないし、さっさと次の所に」
「いや、良くない」
「言ってない」
「言った」
「言ってない!」
「さっき言った!」
「いい加減しつこいよ!」
「しつこいと言われても言ったものは言った!」
「何でそこまで食い下がるのさ! さっきは言ってないって事で終わったんでしょ!? なら言ったとしても言ってないって事ででも君は言ったって言ってちょっと待って頭痛い」
「お前もゲシュタルト崩壊してるじゃん」
「う、うるさい! そもそも誰のせいだと」
ポンが叩くために手を外に出す
「ああ、俺のせいだ!」
その手を取り、ポンの身体を引きずり出し
「え、ちょっと待って──」
抱き留めて、頭を撫でた。
「──痛たた……何、して」
「ごめんな」
「別に、君は悪くないよ」
「ごめん、〇〇〇の気持ち、考えてなかった」
「君はそういう時だけ、名前呼んで、本当にずるい……」
〇〇〇の声が震え、すすり泣きが聞こえる。
「辛かった、泣いてる間、ずっと」
「私だけ嬉しくて、勘違いだったんだって、思って」
「そしたら、涙、止まらなくて」
ゆっくりと、声を詰まらせながら話す◯◯◯の頭を優しく撫でる。
「君が、大きな声で、相棒って、言ったとき、本当は嬉しかった」
「そうか」
「その、頭、撫でられると、泣いちゃうから……」
「幾らでも泣けばいい、◯◯◯がこっちに来る事なんて滅多に無いんだから。誰に見られたって良いだろ?」
「ばか、きらい、もう知らない!」
「はいはい、よしよし」
背中を殴られながら頭を撫で続ける。子供をあやすように、自分の非を詫びるように。背中の痛みは今までの詫びだと思って耐える。
「いま、見せられない顔してるから、ぎゅっとして、見えないようにしてくれる?」
◯◯◯を強く抱き寄せる。
「私が、君を、絶対に守るから」
耳元で◯◯◯が囁いたのを聞いた。その後鼻をかむ音が聞こえた。
「うわっ! お前人の服で鼻かむなよ!」
「べーだ! 泣かせたお返しだよー!」
「その様子じゃ元通りみたいだな。それにしても嫌なお返しだこと……」
「全部終わったら甘味処行く予定に追加で買い物も一緒にするんだから! もちろん今回のお詫びとして君の奢りでね!」
「なっ!? お前後出しはずるくないか!?」
「あーあ、誰かさんに言ってないって言われて悲しかったなー」
「このポンコツアドバイザー……全部終わったら覚えてろよ」
「うん、だから、生きて帰ろうね」
「それと、呼び方が違うんじゃない?」
「ああはいはい、分かったよ。相棒」
「うん! 相棒!」
泣き腫らして少し赤くなり潤んだ眼をしながら、彼女は満面の笑顔でそう言った。