『自称神(笑)』と『転生者(笑)』を赤屍さんに皆殺しにしてもらうだけの話   作:世紀末ドクター

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第十一話 『リリカルなのは』の世界で その10

 本来であれば、原作の主人公である高町なのはとの最初の出会いがある筈の場面。

 だが、どういう訳か高町なのははその現場には来ず、彼女の代わりに現れたのは白い少女と黒い男の二人組だった。

 そして、フェイルの前に突然現れた二人は、彼女に向けてこう告げた。

 

 

「―――私は間久部。そこの黒い『運び屋』の雇い主だ。単刀直入に言うと、キミを殺しに来た」

 

 

 フェイルにとって、間違いなく彼らは初対面の筈だった。

 だが、彼らは間違いなくフェイトではなく、フェイルの方を見据えてそう言ったのだ。

 無論、初対面でいきなり殺されなければならないだけの何かをした心当たりなど彼女には無い。

 だから一瞬、何かの冗談かと思ったが、彼女の本能が直感的に見抜いた。彼らの佇まいの中から感じる静かな殺意。そして、白い少女の傍らに立つ黒い男がその内に秘めた尋常ならざる戦闘力を。

 

 

(コイツ、こんな…一体どれほどの…!?)

 

 

 彼女自身、前世においては少林寺拳法を中心に多くの武道の修練を続けて来た経験と自負がある。実際、前世においては少林寺拳法は六段まで取得しており、路上での実戦もそれなりに経験して来た。

 少林寺拳法 六段というのは一般人からすれば十分に達人の域であり、少なくともそこらの素人相手には負けるつもりなど全く無かった。それに加えてこの世界での魔法を習得してから、彼女の強さには更に磨きが掛かっており、その実力は既に並大抵のものではない。

 真正面からの戦いならば、既に今の彼女はリニスよりもプレシアよりも遥かに強い。

 その彼女が一目で確信していた。

 

 

 ―――何をしてもコイツには勝てない。真っ向から戦えば、間違いなくここで死ぬ。

 

 

 それを一瞬で確信してしまう程に目の前の相手は別格だった。

 よって、この場で彼女が取れる選択肢は『逃走』の一択しかない。

 

 

(ダメだ、ここは逃げるしかない! けど、コイツがそれをそう簡単に許す相手!?)

 

 

 デバイスを構えながら相手を窺うが、当の相手には全く隙が無い。

 それどころか少しでも隙を見せればその瞬間に全身がバラバラにされかねない。

 フェイルが内心で冷や汗をダラダラに流しながら構えていると、ふと黒い男の方が話しかけて来た。

 

 

「フム…無理のない良い『構え』ですね。これまでの連中のとってつけたようなハリボテではなく、長年の鍛錬に裏打ちされた武術的な『冴え』が見えますよ」

 

 

 彼女の構えに『冴え』が見えると黒い男は言った。

 黒い男にしてみれば本心からの称賛の言葉だったが、普通、こんな状況で言われても喜ぶ奴は居ない。

 彼女が何の言葉も返さないでいると、黒い男は何を勘違いしたのか先に名を告げる。

 

 

「ああ、失礼。私の方の自己紹介がまだでしたね」

 

 

 そう言うと、黒い男は帽子のツバを持ち上げるようにして名乗った。

 

 

「―――赤屍蔵人。アナタをあの世に運ぶ者の名です」

 

 

 婉曲な表現だったが、その言葉の意味するところは明確だ。

 思わず何もかもを諦めそうになる心を必死に抑え、フェイルは赤屍と名乗った男に問いを投げる。

 

 

「…こっちは、アンタらに殺されなきゃならないようなことをした覚えはないんだけど?」

 

「クス…、別にアナタに恨みがある訳じゃありませんよ。私は単にそういう依頼を受けただけですので、そうした理由については私ではなく依頼人の方に訊くべきですね」

 

 

 そう言いながら赤屍は雇い主である白い少女へと視線を向けた。

 視線を向けられた少女は肩を竦めながら、それに答える。

 

 

「私もキミ個人に恨みがあるという訳ではないよ? ただ、キミの魂に刻み込まれた『チカラ』の欠片に用があってね。その『チカラ』を回収するというのが我々の目的だ」

 

 

 その言葉に彼女はピンと来るものがあった。

 この世界に転生する前に出会った『神』と名乗る者から与えられた転生特典だ。

 そして、わざわざチカラを「回収する」という言い回しをしているということは、つまり―――

 

 

「つまり、アンタらはあの時に出会った神様の手先ってわけ?」

 

 

 相手の言い回しから考えたらそう考えるのが一番自然だ。

 だが、この次に彼女から返って来た言葉は、フェイルの予想を超えたものだった。

 

 

「いや、違う。神を名乗っていた連中は、すでにジャッカルが全員を狩り終えた。今は、彼らがバラまいた連中を始末している途中だよ」

 

 

 その言葉にフェイルは思わず絶句する。

 この少女の言葉が正しいとするなら、この二人はあの時に出会った『神以上』の存在だということに他ならない。

 フェイルは相手のヤバさに内心で戦慄しながら、後ろに庇っているフェイトに指示を出す。

 

 

「フェイト、今すぐ逃げて」

 

「え、で、でも?」

 

 

 状況を把握できていないフェイトの反応は鈍い。

 だが、目の前のコイツは、とてもじゃないがフェイトを庇いながら対応できる相手じゃない。

 

 

「いいから早く逃げ――…!」

 

 

 そして、彼女がフェイトに逃げるように繰り返し言おうとした瞬間だった。

 その瞬間、何か風を切るような音を聞いた気がした。

 

 

「―――ッッ!!」

 

 

 正直、何故それを防げたのか彼女にも分からない。

 この時の赤屍の初撃を凌げたのはほぼ奇跡だと言っていい。

 彼女の首を狙って横薙ぎに繰り出された赤い斬撃。その斬撃を彼女はデバイスである錫杖の"中の柄"の部分で受け止めていた。

 前世の時点ですでに達人クラスにまで高められ、染み着いた『武』の技術が、頭で考えるよりも先に反応したとしか言いようが無かった。

 受け止めた赤い剣と自分の錫杖との間で、ギリギリと鍔迫り合いのように押し合う形になる。彼女一人だけなら素直に後ろに下がって距離をとるべき状況だが、後ろにフェイトが居る以上、後ろには下がれない。

 

 

「お、う、ぁぁあああああ!!!」

 

 

 恐怖と不安を振り払うように気合を込める。

 彼女はデバイスの錫杖に力を込め、相手の身体ごと赤い西洋剣を押し飛ばした。

 大人と子供。その体格差を普通に考えれば腕力で勝てる訳は無い。だが、体内を循環する莫大な魔力が彼女の筋力を数十倍以上に強化し、人体物理の限界を超えた動きを可能としていた。

 だが、そんな人間離れしたパワーでも、赤屍にとっては余裕で対応可能な範囲でしかなかった。

 押し飛ばされた赤屍は、まるで何事も無かったかのようにフワリと後方に着地している。

 

 

「キミが最初からその『赤い剣』を持ち出すのは珍しいな、ジャッカル」

 

「クス…単に彼女がそれに足る相手だということです。実際、今の私の初撃も見事に防いでみせた」

 

 

 白い少女と黒い男とのそんな会話がフェイルの耳に聞こえた。

 自分の力量を認めてくれるのは悪い気はしないが、実際の彼我の力量差はあまりにも歴然だ。

 今の一瞬の接触でそれは骨身に染みて分かった。まともにやり合っても勝ち目はない以上、方針は最初から変わらない。

 

 

「フェイト!」

 

 

 未だに状況を理解しきれていないフェイト。

 フェイルは最速最短で転送術式を起動させ、フェイトを転移させる。

 

 

「姉さ…!?」

 

 

 転移させる直前、呆けたような表情のフェイトが見えた。

 本当ならフェイル自身も同時に転移できる筈だったが、高速で投擲された何本ものメスに邪魔されてそれは出来なかった。

 

 

「クッ!?」

 

 

 咄嗟の体捌きと振り上げた錫杖で飛来したメスを弾くことに成功した。

 メスという小振りの刃物の質量では、到底あり得ないほどの衝撃が手元に伝わる。

 

 

(手を抜いていて、この衝撃!?)

 

 

 相手との間に感じる絶望的な実力差。

 おそらく本気ならフェイルすら一瞬で殺せるほどの力量を持っている筈の相手だが、明らかに手を抜いて戦っている。

 だが、手を抜かれている現状ですら、すでにフェイルにとってはギリギリだった。

 

 

(本気を出されたらどうしようもない…。けど――!)

 

 

 たとえ、どんなに絶望的な状況であっても、自分のできることを尽くすだけだ。

 絶望的な状況ではあるが、フェイトだけは逃がせたことは大きい。これで気兼ねなく本気が出せる。

 自己暗示の類だが、フェイルはすぐに自らの精神状態を本気の戦闘用に切り替えた。そして、デバイスである錫杖をまるで手足の延長であるかのような滑らかな動作で一旋させる。

 シャラン、と一旋された錫杖から音が鳴り、ある一点で先端がぴたりと止まった。足の震えも、首の後ろを流れていた冷や汗もいつの間にか止まっている。そんな完璧な戦闘態勢を整えたフェイルに対して、赤屍は本心から感心していた。

 

 

「…本当に、これまでの連中とは格が違いますね、アナタは」

 

 

 無論、赤屍からしたら遥かに格下の雑魚に過ぎない。だがそれでも、これまでに赤屍があの世に運んできた有象無象な転生者とは遥かに格が違う相手だと言えた。

 鍛え上げた技と心身は決して己を裏切らない。それは、この世で何よりも信頼できるものの一つだからだ。彼女の立ち姿には、ただ他人に与えられた外付けのハリボテなどではない―――確かな鍛錬に裏付けされた武術的な『芯』が通っている。

 そして、赤屍の見立てではその『芯』となっているのは―――

 

 

「――おそらくは『少林寺拳法』ですかね?」

 

「少林寺…? それはアレかな、サッカーの映画で有名な?」

 

「それは少林拳ですね。よく間違われますが少林拳は中国拳法で、少林寺拳法は一応日本の武術ですよ」

 

 

 白い少女に訊かれた赤屍は自分の知識を説明する。

 実際、赤屍の指摘通り、彼女の戦闘技術のバックボーンにあるのは前世で培った少林寺拳法だ。

 そして、あまり一般には指導されていないが、少林寺拳法の中には『錫杖伝』と呼ばれる技術がある。

 錫杖を武器として扱う棒術の一種だが、素手の技の動きがそのまま棒術の動きに転化できるように組み立てられていて非常に合理的な技術である。

 よく少林寺拳法は弱いと言われるが、それはその流派が強い弱いのではなく単にその人が弱いだけだ。実際、過去の少林寺拳法の使い手の中には、フルコン空手の全国大会に出場して上位入賞したが、それが元で少林寺拳法を破門になった者も居る。

 そして、赤屍の前に立つこの少女は、間違いなく強い部類に入る者だと言えた。

 

 

「クス…少しだけ、面白くなってきましたよ。アナタがどれだけ使えるか試してあげましょう」

 

 

 そう言って、赤屍は嬉しそうに笑う。

 赤屍の嬉気に反応して、彼の纏うオーラとも言うべき雰囲気が明らかに禍々しさを増した。

 そして、赤屍が一歩踏み出そうとした瞬間だった。

 

 

「!」

 

 

 その一瞬前にフェイルが飛び出していた。

 弾丸のような―――いや、実際の弾丸以上の速さの飛び込みだった。

 武術的には『気の先』と呼ばれる機先の制し方。相手が突こう、蹴ろうと思った瞬間、体の動く前の一瞬、その『気配の起こり』に対してカウンターをとる技術。

 

 

 ガキィン!!!

 

 

 突き出された錫杖と受け止めた赤い剣の衝突音。

 だが、その音が周囲に聞こえた時には、二人の姿は既にその場に居ない。

 二人ともが音を遥か置き去りにする領域の速さで動いていた。尋常でない膂力と速さに空気が切れ、1合、2合と打ち合うごとに強烈な振動を帯びた空気が、周囲の物を吹き飛ばした。

 

 

(この速さについてくるのか…!)

 

 

 妹であるフェイトですらこの領域の速さの彼女にはついて来れない。

 想定していた範囲内だとはいえ、この速さに平然とついてくる赤屍にフェイルは内心で舌を巻く。

 フェイルには、射撃系の遠距離攻撃魔法の類は殆ど使えない。だが、その代わりに自分の魔法のスキルの大部分を身体能力を強化する類の術に全振りしていた。

 持って生まれた圧倒的な魔力を、自身の武術の技を強化し、高めることだけに殆ど全てを注ぎ込んだ。その果てに練り上げられたのが、原作のフェイトを遥かに凌ぐスピード特化・接近戦特化型の魔導師であり、接近戦で彼女に勝てる人間は『原作』には存在しない。

 それほどまでに彼女の技は冴え渡っていた。しかしそれでもなお、赤屍には到底及んでいないのがフェイル自身にも分かる。

 

 

(――来る!)

 

 

 幾重にも折り重なる攻防の中、また一段、相手のギアが上がったのが分かった。

 さっきまでの数段上の速さで繰り出される脳天を狙っての振り下ろしの斬撃。その斬撃を横にわずかに転身して躱し、さらに錫杖での『仁王受け』で相手の剣を下に叩き落とす。

 相手の剣を下に叩き落し、間髪入れずに錫杖の頭部での直突き。そこから石突側での横打ち、貫突、さらに横斬払いへと繋げる超高速の連反攻。相手の攻撃を下に打ち落とし、武術的に完全に体を崩した状態からのカウンター。

 普通、この状態からの反撃はほぼ確実に命中する。

 

 

(嘘でしょ!?)

 

 

 当たる筈の攻撃のすべてが空を切った。

 今の彼女は、瞬きすら許されない、時間が止まったと錯覚しそうなほどに圧縮された時間の中に居る。

 しかし、銃弾すら文字通り止まって見える彼女であっても、赤屍の動きは殆ど見えなかった。

 

 

 ―――左腕の肘から先が宙を舞った。

 

 

 左腕を切り落とされながらも、咄嗟にその場から飛びずさり距離をとる。

 そのまま追撃されていれば、間違いなく押し切られて殺されていた筈だが、追撃は来なかった。

 

 

「胴体ごと真っ二つにしたと思ったんですが…。予想していたよりもずっと強かったですよ、アナタ」

 

 

 追撃の代わりに賛辞の言葉が送られる。

 実際、これまでに屠ってきた転生者の連中の中では一、二を争うほど彼女は強かった。

 だが、その強さも片腕を失ったことで、まもなく終わる。元々の実力差に加えて、片腕というハンデは最早どうしようもない。

 普通の人間はそう考えるし、普通の人間はこの時点で諦める。実際、これまでに始末してきた転生者の連中は、この状況になれば確実に諦めた。彼女もまたそうだろうと、赤屍も間久部博士もそう思った。

 しかし―――

 

 

「勝手に、終わらせるな…!」

 

 

 今まで以上の気迫で以って、フェイルは吼えた。

 服を破った布で簡易な止血処置を施すと、彼女は錫杖を構えなおした。

 左腕の肘から先はない。だから、左の持ち手の代わりに、左側の脇に挟むようにして錫杖の支えを補っている。

 その全く気迫の衰えを見せない彼女の姿に、赤屍も間久部博士も瞠目していた。

 言葉に出さなくても、彼女の瞳が何より雄弁に語っていた。

 

 

 たとえ、片腕だろうと最後まで戦って見せる、と。

 

 

 実力は赤屍の知る好敵手にも遠く及ばない。

 しかし、片腕を失って、なお戦う意思を捨てない。その気迫と意思の強さだけは、赤屍たちの知る本物の強者たちを彷彿とさせるものだ。

 これまでの半端な連中とは一線を画す意思の強さ。その強さを見た赤屍と間久部博士は思わず同じ言葉を同時に呟いていた。

 

 

「「―――素晴らしい」」

 

 

 赤屍と博士は心の底から感心していた。

 目の前の少女は、紛れもなくかつての無限城世界での好敵手達と同じ輝きを有する者だった。

 ここ最近は久しく見なかった輝きの眩しさに目を細めながら、赤屍は目の前の少女に言った。

 

 

「アナタは紛れもなく、尊敬に値する敵手です。片腕を失ってなお、それだけの気迫を保てる者はそう多くない」

 

 

 本来的に、戦うこと自体は誰にでもできることだ。

 勝ち負けや優劣は知らない。ただ、その意思さえあるならば、戦うことは必ずできる。

 わざわざ口に出すまでもなく、彼女は自らの死など当然のように覚悟していることだろう。

 だからと言って、ただの捨て鉢などでは決してない。生きることを欠片も諦めず、ただ自分の出来る最大限を尽くそうとしている。

 言葉に出すこともなく、ただ彼女の内に秘められた本気の覚悟を読み取った赤屍は満足そうに一つ頷く。

 

 

「本当に、ここで殺すのが惜しいと思ったのは久しぶりですよ。だから、チャンスをあげましょう」

 

 

 チャンスという赤屍の言葉。

 その言葉の意味が分からず、フェイルは視線で訊き返した。

 

 

「私の次の一撃を凌いでみなさい。それが出来れば、この場だけは見逃してあげます。この世界でアナタを殺すのは最後にしてあげますよ」

 

 

 この少女はきっと強くなる。

 たとえ片腕であろうと、時間さえ与えられたのなら、彼女は今よりも強くなるだろう。

 どうせ最終的に殺すのが変わらないのなら、より強い相手の方が面白い。

 

 

「これで生き残れる者なら、片腕であろうと必ず強くなれます。どうせ殺すのならば、今より強くなったアナタを殺したい」

 

 

 そう言って、赤屍は赤い剣を下段に構えた。

 対するフェイルは『一字構え』という防御主体の構えをとっている。

 赤い剣から感じる瘴気のようなオーラの禍々しさが、さらに強くなっていくのを感じる。

 今から来るのが生半可な一撃でないことが分かる。おそらくフェイルにも反応できるかどうかすら怪しいレベルの一撃だろう。

 前世を含めての人生の中でも、間違いなく最大の修羅場だ。かつてない程に「死」の気配を近くに感じることで、フェイル自身の神経も極限を超えて研ぎ澄まされている。

 

 

(結果は考えなくて良い。今はただ、自分のできることを―――)

 

 

 最後に頼れるのは、鍛え上げた技と心身。

 ジリジリと、二人の間の空気が張り詰めていく。

 

 

「…来い」

 

「ええ、行きます」

 

 

 ―――両者の激突の瞬間、閃光が走った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 その後、フェイルとの戦いを終えた赤屍と博士は街の路地を歩いていた。

 しばらくお互いに無言で通りを歩いていたが、信号待ちで立ち止まった時、ふと間久部博士が呟くように言った。

 

 

「しかし、少し意外だったな…」

 

「何がです?」

 

 

 赤屍は視線で白い少女へと訊き返した。

 そして、赤屍からの視線を受けた彼女は一つ頷くと、言葉を返した。

 

 

「彼女が尊敬すべき敵手であることは私も認めるがね。キミにとっては、彼女すら実力不足であることには変わりないだろう。片腕を失った相手に、あそこまでの期待を寄せるとは思わなかったものでね」

 

「いいえ、片腕であろうと彼女は間違いなく強くなりますよ。どうせ殺すのなら、より強くなった彼女を殺したい。たとえ、それが短時間であったとしても、時間さえ与えられたなら彼女は今よりも強くなっているはずですから」

 

 

 事実、彼女は赤屍の一撃を凌いで生き残った。

 しかし、それは殺される順番が後回しになっただけであって、最終的に赤屍に殺されることには変わりはない。

 最終的な結果は変らないだろう。だが片腕を失って、なお戦う意思を捨てない。そんな意思の強さを持てる者はそうは居ない。

 そういう意味では、彼女は紛れもなく敬意を払うべき『英雄』だった。

 

 

「そういえば彼女の名前を聞くのを忘れていたな…」

 

「そういえば、そうでしたね…。次に会ったときにでも聞くとしましょう」

 

 

 赤屍がそう言ったとき、ちょうど信号が青に変わった。

 信号が青に変わり、再び歩きだした赤屍に白い少女は後ろから声をかける。

 

 

「しかし、あの傷だ。もしかしたら、もう死んでいるかもしれないが?」

 

「いえ、彼女は死にませんよ。死ぬはずがありません。―――最後に、私が殺すまではね」

 

 

 ある程度の手加減をしたとは言え、己の一撃を凌いで生き残った『英雄』がそう簡単に死ぬ訳がない。赤屍は振り返りすらせず、そう答えたのだった。

 

 

 




あとがき:


「片腕を失っても最後まで戦えますか?」


 変にテンションが高くて、単に与えられた力を振り回すだけのチート転生者どもに自分が叩き付けてみたい台詞の一つ。
 ピンチや逆境にこそ、その人の本当の強さが試されます。たとえば、片腕を失うような事態に見舞われて、それでも戦う意思を捨てずにいられるかどうか。
 最近だと『スマホ太郎』なんかが話題でしたが、仮に彼が勝つのが困難な強敵に出会って片腕を切り飛ばされたら、彼がどういう反応をするのか割と本気で興味があります。
 …というか、極論に近いのは自分でも分かってますが、チート転生者の連中が本当の英雄なのかどうかを見分ける簡単な方法として、とりあえず強敵にぶつけて片腕を切り落としてみたら良いんじゃないですかね?
 バキの愚地克巳や烈海王もそうですが、自分が本物の英雄だと信仰する者たちは、片腕や片足を失くした程度では絶対に止まりません。自分が某『光の亡者』的なことを言っていることは重々承知していますが、チート転生者が逆境にも負けない本物の英雄だというのなら、せめてこれくらいの不屈さを見せて欲しいと自分は心の底から思います。
 そして、その不屈さを体現できる存在として描いたのが今回のフェイル・テスタロッサというキャラクターになる訳ですが、実は彼女の『片腕の英雄』というモチーフには実在のモデルがあります。自分が修練している少林寺拳法には『錫杖伝』という技術があり、この錫杖伝においては『片腕の達人』こと上田先生という伝説的な人物が知られていて、この人の少林寺拳法への入門の経緯は感動的です。
 自分の場合、現実にそういう人間がいたという実例を知っているからこそ、不屈の心と全く無縁そうなチート転生者が薄っぺらく見えて仕方ないんですよねぇ…。ちなみにYouTubeには上田先生の錫杖の演武もいくつか見つかりますので、興味のある方は是非見て欲しいです。片腕が無いにも関わらず、実に力強い演武をなさっています。


→上田先生の錫杖演武: https://www.youtube.com/watch?v=F1kYIZVErug
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