『自称神(笑)』と『転生者(笑)』を赤屍さんに皆殺しにしてもらうだけの話 作:世紀末ドクター
とある転生者のキャラと八神はやての出会いからを書いています。
―――その日、八神はやてが『その人』に出会ったのは偶々だった。
その日、はやては自分の下半身の麻痺についての定期通院のために病院を訪れていた。
何のことはない。はやてが病院を訪れた日が、たまたま『その人』が主宰しているボランティア活動のイベント日だっただけた。
いつもの診察を終えた後、主治医である石田医師からとても素敵な催し物があるから一緒に参加しようと誘われたのだ。
「はやてちゃん、この後、予定空いてる?」
「…うん? 別に大丈夫やで」
最初、石田先生はどんなイベントなのかも教えてくれなかった。
事前の情報が無い方が絶対に楽しめるからとのことだったが、後になって考えると本当にその通りだったとはやても思う。
石田先生に車椅子を押されて、やがて病院内の多目的ホールに到着する。
到着したホールでは何かの作業を進めている一人の女の人が居た。
(うわ、スッゴイ綺麗な人…)
その人を初めて見た時、はやては素直にそう思った。
もしかするとテレビなんかに出るようなアイドルよりも、この人の方が美人かもしれない。
それくらい際立った美人だとはやては思った。
(大学生くらいかな…)
おそらく年齢的には20歳に行くか行かないかだろう。
高い鼻梁と細い顎。バランスの取れた彫りの深い顔立ちは、凛とした美しさがある。
髪は夜を宿したような紺色だ。髪型は前髪センターわけのショートカットで、髪の内側と顎のラインで、顔の輪郭がちょうど菱形を描くかのようになっている。
まるで月をそのまま閉じ込めたかのような金色の瞳を宿し、そんなお月様を長く豊かな睫毛が縁取っている。
服装もシンプルなデザインのブラウスにフレアスカートと、清楚な彼女の雰囲気に良く合っていた。
少しの間、はやてが見惚れていると、向こうもこちらに気付いた。
「また、今日もよろしくお願いします。石田先生」
「いえ、とんでもない! お願いするのはウチの方です! もう何度も来ていただいて…」
こちらに気付いた相手は、作業の手を止めると石田先生に挨拶した。
どうやら石田先生とは以前から知り合いらしいが、一体どういう人なんだろう。
話の流れから考えると、この女の人が今回の『素敵な催し物』とやらの主宰者だろうということは分かる。
石田先生との挨拶を終えた相手は、はやての方に視線を向けた。
「アナタは今回が初参加だよね? 名前を教えて貰っていいかな?」
「え、あ…、八神はやてです。えっと…お姉さんは?」
「有希だよ。天音有希。聖祥大学の学生だよ」
聖祥大学に通う大学2年生で、大学での天文学サークルの代表だと彼女は名乗った。
もっともサークル自体は、まだ立ち上げたばかりで、所属人数もまだ彼女一人しかいないらしい。
しかし、天文学サークルの人が大学病院に何のイベントをしに来たというのだろうか。普通に考えれば、望遠鏡を持ち込んでの天体観測会のイベントか何かだろうか。
だが、天音有希と名乗った女性が先程から準備を進めているモノは、明らかに望遠鏡などではない。それに、現在の時刻を考えても、とても天体観測が出来るような時間帯ではないのは明らかだ。
「これは一体何やろ…?」
彼女が先程から準備を進めているモノ。
ホールの中心に設置されているものは、直径4メートルほどの黒い巨大なテント。
いわゆるエアドームと呼ばれる空気を送り込んで膨らませるタイプのもので、彼女が準備を進めていたのはそれだった。
はやてが怪訝に思いながら見ていると、はやて以外にも他の何人かの子供たちがホールに集まって来た。
病衣を着ていることからすると、どうやらこの病院に長期入院している子供達のようだった。
「おねーさん、こんにちは!」
「やった!また来てくれたんだ!」
子供達の中でも一部の者は彼女のことを知っているようだ。
随分と彼女に懐いている子供もいるが、そうした子供はこれからどんなイベントが起こるかを知っているみたいだった。
「うん、今日は10人か。ちょっと狭くなるけど、まあ、何とかなるかな」
今日のイベントの参加人数を把握すると、彼女は子供たちを一か所に集める。
そうして、一か所に集めた子供たちに彼女は改めて大きな声を掛ける。
「はい! みんな、こんにちはー!」
「「「こんにちはー!!」」」
大きな声で挨拶を返す子供たち。
まるで幼稚園の保母さんやNHKの歌のお姉さんが子供たちとのやり取りみたいな雰囲気だ。
集まった子供たちの年齢はまちまちだが、実際に幼稚園児くらいの子供も居るので、下の年齢に合わせての対応なんだろう。
むしろ今日集まっている子供の中では、はやてが一番年長なくらいだ。
「それじゃあ、みんな、いつもみたいにこの中に入ってくださーい!」
パンと手を叩くと、彼女は集まった子供たちを黒いドームの中へと案内していく。
はやて以外の子供が全員テント状のドームの中へ入っていき、やがてはやてだけが残される。
「ほら、アナタも」
そう言って、彼女は微笑みを浮かべながら手を出した。
差し出されたその手に、はやては遠慮がちに自分の手を重ねる。
そのまま彼女にエスコートされ、はやてもテント状のドームの中へと案内された。
そこで、はやてが見た物。
それは―――
「うわ…」
それを見た瞬間、はやての口から思わず感嘆の声が漏れる。
暗闇のドーム上にに映し出されているのは、満天の星空だった。
投影機から発した光をドーム状の天井の内側をスクリーンにして映し出す装置。
「プラネタリウム…!」
はやても、そういうものがあるというのは知識として知ってはいた。
だが、足が不自由なこともあり、それを実際に見に行ったことは無い。
だから、プラネタリウムを実際に経験したのは、今回が初めてだ。だけど、まさか病院でそれを経験できるなんて思っていなかった。
少しの間、星空に目を奪われたままでいたはやてだったが、ふと話し掛けられて意識を引き戻される。
「はやてちゃん、見惚れるのはいいけど、地面に寝転ぶ形になってくれない? プラネタリウムの大きさとしては小さいし、寝転んだ状態でないと投影機の光が遮られちゃうんだ」
見るとはやて以外の子供はドームの中心の方へ足を向けて、同心円状に並ぶ形で、寝転んでいる。
はやても彼らに倣って仰向けに寝転んだ。考えてみれば、仰向けになって星空を眺めること自体が初めてかもしれない。
仰向けに身を投げ出して寝そべると、視界から余計な物は消え去り、星空だけが全視野を覆う。
遮る物の何もない、その視界全てが星空だった。
「――…」
はやては言葉を発することすら出来ずに星空に見入っていた。
星座の見分けがつかなくとも、古代から人々を魅了してきた星空の魔力ははやての心を掴むのに十分だった。
そんなはやての様子を見た彼女は嬉しそうに微笑んで言った。
「ふふっ…そういう反応を見ると私としても嬉しいよ。でも、プラネタリウムっていうのは、ただ星を眺めるだけじゃないんだ」
本番はここからだと彼女は言った。
そして、彼女は改めて、その場にいる子供たちに静かに語り掛けた。
「…みんな、『星空』の中へようこそ」
とても穏やかで、優しい声の響きだった。
「星空は季節によって変わります。今、みんなが見ているのは夏の星空です。それも、ちょうど今の季節の海鳴市から見上げた星空と同じものです」
季節によって変わる星々の配置。
投影された星空の中で、真っ先にはやての目についたのは、夜空を横切るように存在する雲状の光の帯。
それは、夏の北の夜空から天頂を通り、南の地平線にかけて、薄ぼんやりとした淡い雲のように見えた。
「夏の夜空では、まず大きく流れる『天の川』が目につきます」
昔の人は川や乳が流れていると考えたが、天の川とは星の集まりであり、私たちが住む天の川銀河を内側から眺めた姿なのだと説明してくれた。
そして、天の川についての説明を終えた彼女は、天の川を挟んで存在する夏を代表する星の内の一つを指し示した。
「この明るい星は一等星の『ベガ』。七夕物語の『織り姫星』としても有名な星です」
星座で言うなら、『こと座』を構成する星になる。
彼女の語りに合わせて、『こと座』を構成する星々を結ぶ星座線が映し出される。
ギリシャ神話においては、琴の名人であるオルフェウスの竪琴が天に昇って星座になったと伝えられている。
「『こと座』から少し目線を低くしたところにあるのが『わし座』です」
先程と同じように星を結ぶ光の線が映し出され、一羽の鷲が勇ましく飛ぶ姿を描いた星座が夜空に浮かび上がった。
この鷲は、ギリシャ神話の最高神ゼウスが変身した姿だと言われる。
「そして、『わし座』の中に見える一際明るい星が一等星の『アルタイル』―――『飛ぶ鷲』という意味です」
アルタイルを鷲の胴体に見立て、両脇の星たちが翼。
古代の人々は星の並びからそのように想像し、真ん中の明るい星を『飛ぶ鷲』『アルタイル』と呼ぶようになった。
「このアルタイルは、日本では『彦星』としても有名ですね」
夏の夜空に見える『織り姫星』と『彦星』。
この星の間を、二人の仲を裂くように『天の川』が流れている。
そして、その天の川の中にも、ベガやアルタイルと同じくらいに明るい星が一つあった。
「天の川の中にあるのが、一等星の『デネブ』」
デネブは『はくちょう座』の星で、尻尾とかお尻という意味になる。名前の通り、白鳥の尻尾の辺りに輝いているからそう呼ばれた。
その星座は天の川の上に翼を広げ、北から南に向けて飛ぶ形をしているが、十字の形に星が並んでいることから、『南十字星』と対比する形で『北十字星』と呼ぶこともある。
そして、ここまで話したところで、彼女は少し語りの間を空ける。
―――『こと座』の『ベガ』―――
―――『わし座』の『アルタイル』―――
―――『はくちょう座』の『デネブ』―――
彼女が語りの間を空けたタイミングで、不意に三つの星を繋ぐ赤い線が映し出される。
これまでに紹介された三つの一等星を線で繋ぐことで大きな三角形が夜空の中に出来上がった。
「この三つの一等星を結んだ三角形が夏の星空のシンボル―――『夏の大三角形』です」
この三つの星はとても明るく、実際の夜空でも見つけやすい。
だから、覚えておくと夏の星座を探す目印としても役に立つと教えてくれた。
「星座の起源は古く、紀元前3000年―――今から5000年以上の大昔です」
通常、それぞれの文化は、神話に基づいた独自の星座を持っている。
古代中国では、太陽の通り道である黄道にそって28の『宿』と呼ばれる星座『二十八宿』が作られていた。
近代の天文学で使われる星座は、国際天文学連合という組織が採択したもので、その多くは古代バビロニア、そして後のギリシアで制定されたものだ。
だから、星にまつわる物語・神話の中では、必然的にギリシャ神話のエピソードが最も広く知られている。
「―――夜空の星や星座には、それぞれに色んな物語があります」
その言葉と同時に、投影された星々を繋ぐ星座線が一斉に映し出された。
浮かび上がった星座の中には、はやてが知っているものもいくつかあった。
そして、夜空に浮かぶそれらの星座を、天の川の流れに沿って、彼女は一つずつ教えてくれる。
―――『ペルセウス座』―――
―――『カシオペヤ座』―――
―――『アンドロメダ座』―――
―――『はくちょう座』―――
―――『こと座』―――
―――『ヘルクルス座』―――
―――『蛇つかい座』――――
―――『さそり座』――――
―――『いて座』――――
星座ごとに語られる神話の物語。
それは古代から連綿と続く人類の歴史の繋がりに他ならなかった。
星と神話を語る彼女の声と話に、その場に集う者たち全てがいつしかグイグイと引き込まれていく。
「これらの星々は常に私たちの歴史と一緒に在り続けて来ました。そう聞くと一見身近な存在に思えるかもしれません。ですが、これらの星々は、実際には途轍もない遠い場所で輝いています」
ふと、はやては語り手である彼女の方を見た。
そう語る彼女の瞳は、スクリーンに投影された星空よりも遙か遠くのどこかを見つめているように見えた。
光の速さですら、数年~数百年の時間がかかる距離。肉眼で確認できる最も遠い銀河と言われる『アンドロメダ銀河』に至っては約250万光年という桁違いの距離で離れている。
「だから、私達が夜空で見る星の光は、実際には何年も前の光で―――場合によっては数百万年もの距離と時間を飛んで来ています。つまり、私達が星を見るとき、何千光年や何万光年もの距離と時間を飛んできた光をメッセージとして受け取っている」
人類の歴史すら遥かに超える過去からのメッセージ。
星の光とは宇宙から送られたメッセージなのだと彼女は言った。
150億年前という気の遠くなるような昔に起こった『ビッグバン』と呼ばれる宇宙の始まり。それ以来、宇宙は膨張を続けている。
膨張を続ける本物の宇宙と、スクリーンに投影された作り物の宇宙では、実際の大きさは比べようもない。
だけど―――
(まるで宇宙に浮かんでるみたい…)
はやてはそう思った。
事実、今のはやては視界の全てを覆う星空の中にいる。
たとえ作り物の星空であっても、今、はやてが感じている胸の高鳴りは本物だ。
天球のスクリーンに投影された星空を通して、悠久の宇宙の歴史と神秘をはやて達は確かに感じていた。
「あっ!」
その時、一筋の流れ星が、地上へ向けて尾を引いて流れた。
どうやら、その流れ星が終わりが近いことの合図だったらしく、彼女の語りも佳境に入る。
「…名残惜しいですが、そろそろ終わりの時間が近付いてきました。だけど、終わりにする前に、最後にみんなに一つだけ―――」
静かな星空の下、彼女の声だけが響く。
「…この中にはずっと病院に入院している子もいます。夜眠るとき、親も隣にいない。ベッドからは病室の天井しか見えないかもしれない。だけど―――」
そこで彼女は一度、言葉を切る。
そして、一呼吸ほど置いた後、はっきりと続きの言葉を口にした。
「―――けれど、その天井の向こうには、いつも変わらずに星々がある」
その言葉にハッとするはやて。
一人ぼっちでベッドで眠る時、天井の向こうでは星々が輝いている。
言われてみれば当然のことでも、そのことを明確に意識したことはこれまで無かったからだ。
それと同時に、先程見た彼女の瞳が本当はどこを見つめていたのかをはやては知った。
「たとえ、雲や天井に遮られていても、その向こうから星は私達を見守ってくれています」
どうかそのことを覚えておいて欲しいと、最後に言い添えて今回のはやて達の宇宙への旅は終わった。
やがて投影機の電源も落とされ、集まった子供たちも解散していった。星の届け手は、今は投影機とエアドームの片付けをしており、ホールに残っているのははやてと石田先生だけになる。
「お疲れ様でした。天音さん」
片づけをしている彼女に石田先生が声を掛ける。
彼女は声に振り返ると、少し苦笑するような表情で言った。
「いえ、私は大したことはしてませんよ。本職のプラネタリウムに比べたら、まだまだ粗が目立ちますしね。本当は映像だけでなく、音楽も載せたかったんですけど…」
よくできたプラネタリウムというのは、音楽と星空が融合した総合芸術なのだと彼女は言う。
はやてが聞いた話によると、あの星空の映像と語りは、全てが彼女のオリジナルとのことだった。
本来なら音楽もプラスされているはずだったそうだが、今回は映像の編集作業に時間を取られ過ぎて映像に合わせた音楽を編集する時間が無かったらしい。
「いいえ、そんなことありませんよ! 入院してる子供たちにとっても、とても有意義な息抜きになっているみたいで…」
病院の子供たちのためのプラネタリウムの上映会。
移動式の簡易プラネタリウムを使っての活動で、去年くらいから数ヵ月に一度くらいの頻度で何度かこの病院を訪れているらしい。
もっとも、完全に個人のボランティア活動であり、報酬などは一切出ない。それなのに、病気の子供達のために『ここまで』のことをしてくれる。
(ホンマに…優しい人なんやな)
はやてはそう思った。
これまでボランティア活動といえば、募金活動くらいしかはやては知らなかった。
こんな活動をしている人に出会ったのも初めてだし、少しだけでも話をしてみたかった。
「あの…!」
少しだけ勇気を出して話し掛けるはやて。
「何かな?」
「えっと…あの…良かったです。とっても」
もっと気の利いた感想やお礼を言いたいのに、緊張して碌な言葉が出てこない。
しかし、彼女の方は、そんなことを全く気にした様子もなく、はやての相手をしてくれた。
「クス…ありがとう。そう言ってくれると私も嬉しいよ」
小さく笑って、彼女はそう答える。
その穏やかな微笑みに、この人の優しさだとか人柄が全部詰まっているようにはやては感じた。
この人がとても優しい人だということは、はやてにも分かる。
そんな彼女に対して、はやては訊いてみたいことがあった。
「あの…どうして、こういう活動を始めようと思ったんですか?」
少し馴れ馴れしい質問だったかもしれない。
しかし、ボランティア活動というだけなら、きっと他にも色々あるはずだ。
それなのに、何故わざわざ個人でこんなことをしているのかを、はやては知りたかった。
「…実は私も、小さい頃にこの病院に長期入院してたことがあってね。理由を遡るなら、そのときの経験が今の活動を始めた切っ掛けかな」
小児急性リンパ性白血病―――それが彼女が子供の頃に罹った病気の名前だと教えてくれた。
いわゆる血液の『がん』の病気であり、数十年前は完全に不治の病だった。ここ数十年の治療法の進歩によって、約70%は治癒が見込めるようになってはいるが、難病であることには変わりはない。
治療のためには長期にわたる抗がん剤の治療が必須であり、どんなに上手く治療が進んだとしても治療期間は約2年にも及ぶ。具体的には入院が必要な治療が8~12か月で、入院治療が終わった後に1年~1年半の飲み薬の治療が続くという。
幸いにして、彼女の場合は治療も上手くいって、今のところは再発も見られていない。
「私の場合は、大体1年くらい病院に入院してたんだけど、やっぱり、入院生活って大変なんだよ」
多くの子供にとって、『入院』という環境を受け入れるのは難しい。
入院生活が長くなると、子供の成長に大切な、出会いや遊びが制限され、笑顔が減って行くことになる。
それでも、病気を治すためには入院を続けないといけない。
「…同じ時期に入院してた子の笑顔が減っていくのを、私は、実際に見て来たんだ」
入院生活が長くなると、子供が子供でいられなくなっていく。
子供にとっての、遊んだり、笑ったりできる時間が、どれだけ大事なのかは考えなくても分かる。
そうした子供たちが、少しでも子供でいられる時間を取り戻せるようにと始めた活動なのだと彼女は言った。
「はやてちゃんは、『クリニクラウン』とか『ホスピタルクラウン』って言葉を聞いたことはある?」
はやても初めて聞く言葉だった。
曰く、クリニクラウンというのは、病院を意味する「クリニック」と道化師を指す「クラウン」を合わせた造語らしい。
日本語では『臨床道化師』と訳され、入院生活を送る子どもの病室を定期的に訪問し、遊びとユーモアを届け、子供たちの笑顔を育む道化師のことだ。
先進地であるオランダなどでは社会的な認知も進んでいるが、まだ日本では全く馴染みがない活動であり、殆ど一般には知られていない。
「勉強不足でごめんなさい…。私も、そんな活動があることを初めて知りました…」
バツが悪そうに言う石田先生。
医師である彼女ですら知らないということは、本当にそれだけ知られていない活動なんだろう。
―――普通の子どもならば、当たり前にあるはずの自由―――
地面に落ちている葉っぱ一枚に目を丸くしたり、道を横切った猫に大興奮したり。
目に映るもの、耳に聞こえること、一つひとつに好奇心を持ち、感情を表現すること。
子どもにとって、遊びや楽しいことや笑顔が大切なのは当然なことなのに、時に医療スタッフですらそのことを忘れがちになっている。
「―――『病気の子ども』じゃなくて、『子どもが病気』なんだよ」
すべてのこどもに、こども時間を。
病気になってしまった子どもが、子どもらしくいられるための時間を守るための活動。
それがクリニクラウンの活動の理念であり、自分のプラネタリウムは、単に彼らの真似をしているだけだと言った。
「だから、本当はプラネタリウムじゃなくても、別に良いんだ。―――病気で苦しんでる子どもが、子どもでいられる時間を少しでも取り戻せるのなら」
そう言って、彼女は小さく笑った。
穏やかな笑みだったが、その下には本物の情熱と熱意。そして、優しさが確かにあった。
確かな優しさに満ちたその笑みに、言葉さえ忘れてはやては見入っていた。
「―――…」
彼女の存在は、はやてにとって色々な意味で衝撃だった。
目の前の相手は、ただ外見が美人なだけの女性では断じてない。
はやてがこれまでに出会ったことが無いタイプの女性で、その魅力にはどうしようもないほど強く惹きつけられていた。
やがて片づけを終えた彼女は石田先生に別れの挨拶をすると、はやてにこう言ってくれた。
「ついでだし、よければ車で送っていくよ」
そうして、車で自宅まで送ってもらう途中で、はやては彼女と色んな話をした。
好きな音楽のこと、学校での勉強のこと、趣味のこと。そして、夜空に輝く星々のこと――…
(できるなら、もっと仲良くなりたいな…)
話しながら、はやてはそう思った。
やがて、はやての自宅のマンションにまで到着しての別れ際―――
「あの…今日は、本当にありがとうございました。えっと…天音さん」
相手の名前を名字で呼ぶはやて。
そんなはやてに対して、彼女はこう答える。
「有希」
「え?」
「有希でいいよ」
下の名前で呼んでいいと言われ、はやては一瞬困惑する。
何しろ10歳も年上の目上の相手だし、少し馴れ馴れしすぎやしないだろうか。
「あ、やっぱり、急すぎるかな?」
「そ、そんなことあらへん!」
慌てて否定するはやてに苦笑いしつつ、彼女は言った。
「クス…はやてちゃんの好きに呼んだらいいよ」
「それじゃあ、えっと、その…ありがとう。…有希、さん」
照れくさそう有希の名前を呼ぶはやて。
そして、名前を呼ばれた有希は満足そうに頷くと、何かが書かれた一枚のメモ用紙をはやてに手渡した。
「これは…?」
「私の連絡先。何か相談したいことがあれば連絡してくれていいよ。別に用事がなくても連絡してくれていいけどね」
友人同士の付き合いに年齢の差は関係ない。
はやてと有希の付き合いが始まったのは、この日の出会いからだった。
この頃のはやてにとって、有希はまさに「憧れ」の対象だったと言っていい。
―――星空を操る魔法使い―――
プラネタリウムという星空の下で初めて出会った時、はやては有希のことをそう思った。
そして、その時に思ったことは、紛れもない真実であることをはやては後に知ることになるのだが、それはもう少し先のことだった。
あとがき:
キャラの個性というものは、本質的には転生特典で与えられた能力とは無関係だと自分は思っています。
だから、このキャラは「転生特典でこういう最強の能力を与えられました」とか、自分としては全く以って、どうでもいいことでしかありません。
今回登場させた天音有希というキャラクターが作中でやっているボランティア活動も、別に転生特典が無くても出来ることですし、世界で最強の力が無かったとしても、その人のアイデアとやる気次第で十分に特別なことは出来るはずだと思います。
しかしながら、粗製乱造型のなろう小説に代表されるようなチート転生者の活躍は、あくまでも能力を与えられたからこその活躍であって、その能力が無ければ何も出来ないのが丸分かりなんですよ。
エックス「俺のアーマーは俺が傷を乗り越えた証!俺はアーマーで強くなったんではない!俺が強くなれたからアーマーを授かったんだ!強さは俺の心の中にあるんだ!」
これは岩本版『ロックマンX2』において「強化アーマー無しで俺に勝てるのか?」という悪堕ちゼロに対するエックスの台詞です。
物語の主人公や英雄たちは確かに多様な能力を持っていることが多いですが、それはあくまで強くなった証・心の強さの証として能力を与えられているのだと思います。
本当の英雄は、力を与えられたから強くなったのではなく、強くなったから力を手に入れることが出来たんです。この順番を勘違いしているから、なろう小説のイキリ主人公は馬鹿にされるのではないでしょうか?
そこを勘違いして、格下相手にイキってばかりの主人公のどこが良いのか自分は理解に苦しみますし、そういう格下相手の弱い者いじめをしているような奴が、その能力を与えられるに相応しい人間であると皆から納得されないのは当然だと思います。
ちなみに、今回登場させた転生者サイドの新キャラの天音有希さんですが、今回のエピソード中において彼女が活動している『病院がプラネタリウム』という活動は実在のモデルがあります。似たような活動はいくつかあるようですが、山梨の高橋真理子さんという方が主宰しているものが全国的には一番有名ではないかと思います。
ただ、あくまで狭い範囲で有名なだけで、そもそもこういう活動があること自体を知らない人が殆どですね。自分は実際に見たことがありますが、もっと多くの人に知って欲しいと思ってしまうほどに素晴らしい内容・活動でした。もしも機会があれば是非参加してみることをおススメしますよ!!!