『自称神(笑)』と『転生者(笑)』を赤屍さんに皆殺しにしてもらうだけの話   作:世紀末ドクター

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第二十二話 『リリカルなのは』の世界で その21

 

 

 ―――その光景を見た瞬間、俺は時間が止まったのかと思った。

 

 

 何者かの封時結界が展開され、佐倉の部屋から飛び出した俺達が、そこで最初に目の当たりにした光景。

 俺も、ユーノも、佐倉も、三人ともがその光景の余りの美しさと迫力に圧倒されて、その場から一歩も動けなくなっていた。

 

 

「信じ、られない…」

 

 

 闇空を彩る億兆の星々。

 本来の都会の空では決して見られない星空がそこにあった。

 魔法によって作られた星空なのだと直感的に理解するが、この魔法の真価はそこではなかった。

 そして、真っ先にそれに気付いたのはユーノだった。

 

 

「ま、まさか…あれが…全部…?」

 

 

 闇空の中で瞬く数え切れないほどの星々の全てが、魔法による『矢』だった。

 遥か上空にセットされているにも関わらず、一つ一つの星がこれだけはっきり見える。

 それはつまり、一つ一つの星がそれだけ大きいということであり、単発だけでも相当な威力を有しているということだった。

 もしかしたら、単発の時点で原作の主人公である高町なのはの得意技『ディバインバスター』を上回る威力を持っているのではないか。

 もしも、あの星々の全てを一度に落としたとしたら、一体どれだけの破壊力になるのか想像するだけで恐ろしすぎる。それ程までに規格外の魔法だった。

 

 

(こんな魔法を使ってる奴は、『原作』には居なかった…)

 

 

 つまり、これは原作には存在しない『誰か』が発動させた魔法だということ。

 ほぼ間違いなく俺や佐倉と同じ転生者だろう。そうでなければ、これほどの魔法は在り得ない。

 

 

(つーか、こんなトンデモない魔法が必要な状況って一体何だよ…!?)

 

 

 はっきり言って、嫌な予感しかしない。

 だが、この魔法を使っている人間も転生者であるのなら、なおさら放置は出来ない。

 俺達としても出来るだけ状況の把握をしておく必要があるし、もしかしたら味方になってくれるかもしれない相手を無駄に失うなんて事態はできるだけ避けたいからだ。

 数秒ほどの逡巡の後、俺は佐倉に指示を出す。

 

 

「…佐倉、戦えるように予め準備しててくれ。その方が絶対いい」

 

「う、うん」

 

 

 戸惑いながらも彼女は指示に従ってくれた。

 俺自身も初めて見るが、彼女が所有している魔導師としてのデバイスは、日本刀を模した片刃の長剣。

 だが、決して日本刀そのものという訳ではなく、柄や鍔などの拵えの部分はメカニカルな意匠が施され、SFチックな仕上がりになっている。

 どこかの古武術系の道場に通っていると言っていただけあって、身に纏うバリアジャケットは、袴と道着をモチーフにしてSF風にデザインし直したような恰好だった。

 ちなみに彼女がバリアジャケットを展開する時、いわゆる魔法少女の変身シーンのように別に全裸になるなんてことはなく、こっちが気付いた時にはすでに変身は終わっている状態だった。

 だが、ポニーテールに纏めた長い黒髪が後ろに流れ、和のイメージを思わせる戦装束に身を包んだ彼女の出で立ちに俺は一瞬、ドキリとする。

 

 

(…って、なに余計なこと考えてんだ)

 

 

 心の中で自分で自分に突っ込みを入れて雑念を追い出す。

 実際、今は煩悩に塗れた余計なことを考えている余裕など全くない。

 俺は緊張した面持ちで佐倉とユーノの二人に声を掛ける。

 

 

「…二人とも、無茶はするなよ」

 

 

 お互いに頷き合い、俺達も現場へと向かう。

 ちなみに、碌に戦う力を持たない自分がそのままついて行くのは、いくら何でも足手纏い過ぎるということで、今の自分はユーノに変身魔法をかけられて彼と同じフェレット状態だ。

 仕方ないとはいえ、まさか自分が魔法少女のマスコットみたいな真似をすることになるとは思っていなかった。

 そのまま現場へと向かう俺達だったが、どうにも俺は嫌な予感を拭えないでいた。

 

 

 ―――佐倉が変身する時に一瞬だけ見えた魔力光―――

 

 

 その魔力光の色がどうしても頭から離れなかった。

 儚げな光を放つ彼女の魔力光の色は、まるで蛍の光を思わせる緑がかった黄色。

 通常、成虫となった蛍の寿命は一週間程度と非常に短い。彼女が、蛍と同じ色の魔力光を持っていることは、果たしてただの偶然なのか。

 ただの偶然だと信じたいが、そのことがこの先の彼女の運命を暗示しているかのように思えてならないのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 そして、その頃、この星空の中心となるビルの屋上では、この星空を作り出した魔法使いと仮面の魔導師とが未だに睨み合っていた。

 その気になれば、上空から降らせる流星のような魔力砲撃でリーゼ姉妹を問答無用で消し炭に変えることも出来ていたはずだったが、彼女の性格がそれを許さなかった。

 あるいは、ここでの彼女の最適解の行動は、一瞬でリーゼ姉妹を撃墜し、そのまま行方を眩ませることだったかもしれない。そうしていれば、少なくとも、今のこの場に『彼ら』が集うことにはなかったからだ。

 有希とリーゼ姉妹が対峙している現場に最初に現れたのは――…

 

 

「ストップだ!」

 

 

 現れたのは、黒いバリアジャケットに身を包んだ少年の魔導師。

 

 

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。この場の全員、武装解除して話を聞かせてもらおうか」

 

 

 はやてにとっては初対面の相手。

 有希からすると知識としてのみ知っている相手。そして、リーゼ姉妹からすると面識のある相手。

 だが、まさかこのタイミングでクロノとバッティングすることになるとは思っていなかったらしく、リーゼ姉妹の方も動揺している様子だった。

 

 

「クッ、まさか、このタイミングで…」

 

「流石に、ここで捕まるわけには…」

 

 

 万が一、ここで仮面の魔導師に化けている状態のリーゼ姉妹がクロノに捕まれば、グレアム陣営としては相当に面倒なことになる。

 そう判断したリーゼ姉妹は、この場からの一時撤退を選択しようとした。しかし、リーゼ姉妹が撤退をしようとしたところで、別の介入者が現れる。

 そして、ここで現れた者達こそ、海鳴市を恐怖のどん底に陥れた最強最悪の死神たちであり、その二人は夜の闇がそのまま形を変えたかのように、音も無くその場に舞い降りた。

 

 

「クス…パーティー会場はここですかね?」

 

「ふむ…少し早く来過ぎたか。我々の標的となるのは、ひとまず彼女一人だけのようだな」

 

 

 その声が聞こえた方に、その場の全員が一斉に振り向く。

 そこに居たのは、全身黒尽くめの長身の男とウサギの人形を抱いた白い少女の二人組。

 当然、この二人と面識のある人間などこの場には居ない。だが、たとえ知識が無かったとしても、その二人の姿を目にした瞬間、そこに居た全員に鳥肌が立った。

 その二人が持つ余りにも異次元めいた異質な雰囲気と危険さを、彼らの本能が直感的に見抜いていた。

 

 

(コイツらか…!!!)

 

 

 この二人こそが、海鳴市での虐殺事件を起こした犯人たちなのだと。

 海鳴市での事件を知っている者達は、クロノを除いて、全員が同時にそれを確信する。

 しかし、この世界に到着したばかりで、事件のことを知らないクロノは、相手が只者でないことは分かっても、それ以上のことは分からない。

 

 

「い、一体なんだ、キミ達は…?」

 

 

 背中に冷たいものを感じながら、現れた黒と白の二人に問い掛けるクロノ。

 その問いを受けた二人は、口元を残酷な笑みで歪めたまま返答する。

 

 

「私は、間久部。そこの黒い『運び屋』の雇い主だよ」

 

「クス…、私の方も名乗っておきましょうか。赤屍蔵人、隣の博士(ドクトル)に雇われた『運び屋』です」

 

 

 赤屍と名乗った男は、帽子のツバを少し持ち上げながら挨拶する。

 その立ち振る舞い自体は、一見紳士的に見える。だが、その佇まいの中に感じるこの異質過ぎる気配は一体何なのか。

 まるで自分たちの常識が一切通用しないような異邦に迷い込んだような気持ちを全員が感じていた。

 

 

「『運び屋』だって…?」

 

 

 聞きなれない言葉にクロノは聞き返していた。

 

 

「ええ、その名の通り、クライアントに依頼されたモノを運ぶのが私の仕事です。今回の場合は、ある一定の条件を満たす人間を全員あの世に運んでくれという依頼で動いています」

 

 

 黒い男はクロノ達に己の目的を告げた。

 あの世に運ぶという婉曲的な表現であるが、その意味するところは明白だ。

 つまり、この二人は、最初から『誰か』を殺すこと自体を目的としてやって来たということ。

 そして、そのことを理解した時、クロノも有希もリーゼ姉妹も、自分たちが感じていた気配の正体を完全に理解する。

 

 

 ―――血の匂いと、死の気配―――

 

 

 むせ返りそうな程に濃密な血の匂いと死の気配が目の前の二人から漂っていた。

 この二人は明確に『誰か』を殺すつもりでここに来た。そうであるのなら、この場で一番の問題となるのは――――

 

 

「…つまり、アナタ達が街を騒がしてる事件の犯人ってことでいいのかしら? 今度は一体誰を殺すつもり?」

 

 

 そう訊いたのは有希だ。

 自分の最悪の予想が現実になってしまったことに内心では相当に動揺していたが、どうにか表面上は取り繕って赤屍たちと相対する。

 そんな有希に対して、三日月のように切れ込んだ笑みを浮かべて白い少女が答えた。

 

 

「ふむ、我々が事件の犯人というのは正解だ。そして、我々が誰を殺しに来たのかという問いについてだが――…」

 

 

 見た目には完全に少女の姿でありながら、外見不相応に老成した口調。

 そして、その少女は他の人間には全く目もくれず、ただ有希の方を見つめて、冷酷に告げた。

 

 

「この場において、我々が殺す標的となるのは、キミだよ。…星空の魔術師さん?」

 

 

 有希からすると、半ば予想していた答えだった。

 例の事件の犯人が、原作に存在しない転生者たちを狙っているということは、これまでの報道内容から有希には予想が出来ていた。

 だが、どうしてコイツらが転生者だけを殺し回っているのかの理由が分からない。

 

 

「…どうして私が殺されなきゃならないのかな? 殺されなきゃいけない程の何かをした覚えは無いんだけど?」

 

「別にキミ個人に恨みがある訳じゃない。ただ、キミの魂に刻まれた力の欠片に用がある。その力の欠片を回収することが我々の目的だ。これまでに殺した者も、全員同じ理由で死んで貰った」

 

 

 魂に刻み込まれた力の欠片。

 それはつまり、この世界に転生するときに神を名乗っていた者に与えられた能力のことだろう。

 有希本人としては「貰えるものなら貰っておこう」くらいのつもりで、特別に能力の指定をしたわけでもなかった。

 有希からしたら、自称神が適当に見繕ってくれたものを、そのまま受け取っただけに過ぎない。それがまさか、こんな奴らを呼び寄せることになるとは、予想もしていなかった。

 ただ対峙しているだけで相手から感じる圧迫感。はっきり言って、目の前の相手は、とても有希一人でどうにかなるような相手ではない。今、有希が展開している魔法でさえコイツらに通用するかは怪しいだろう。

 手は震え、首には冷や汗が流れているが、辛うじてその場に踏み止まる。

 

 

(どうする…? はやてだけじゃなくて、クロノまで…!!)

 

 

 はっきり言って、置かれている状況としては最悪だった。

 有希本人としてもどう行動すべきか決めかねていると、赤屍と名乗った黒い男が愉快そうな顔をして言った。

 

 

「ふむ…、彼女もそうでしたが、やはり、後ろに守る者を持つ人間は違いますね。彼女ほどではなさそうですが、少しは楽しめそうです」

 

 

 その言葉と共に、黒い男は有希に向かって一歩踏み出す。

 しかし、彼のその歩みを止めるために立ち塞がった少年が居た。

 時空管理局の執務官であるクロノであり、はやてを守る有希を、さらに庇うようにクロノが立ち塞がる。

 

 

「僕の前で、誰かを殺すなんてさせると思っているのか…?」

 

 

 クロノの行動は、管理局の局員としては模範的な行動だっただろう。

 赤屍は歩みを止めると、少し意外そうな顔で立ち塞がった少年のことを見た。

 

 

「おや、キミも私の相手をしてくれるんですか? その職責を果たそうとする気概だけは中々ですが、全くの役不足ですよ。この私には、ね」

 

「何だと!?」

 

 

 赤屍という黒い男の前に立ち塞がったクロノ。

 その状況に慌てたのは、むしろ有希よりもリーゼ姉妹だ。

 このままクロノが突っ掛かって行った場合、クロノまで殺されることになりかねない。

 

 

「そもそもアナタは、我々の標的でも何でもない訳ですが――…」

 

 

 そこで赤屍は言葉を切る。

 そして、愉悦の混じった笑みを浮かべて残酷に告げた。

 

 

「―――私の前に、立ち塞がるのなら誰であろうと斬ります」

 

 

 告げられると同時に黒い男の姿が眼前から掻き消えた。

 常人には予備動作すら見えない速さで、クロノの首筋を狙っての赤い斬撃が繰り出されていた。

 それに咄嗟に反応できたのは、予め事件のことを知っていて警戒の強かったリーゼ姉妹と有希の3人だけだった。

 もしもリーゼ姉妹が居なかったら、クロノもここで死んでいたろう。

 

 

「ッ!!?」

 

 

 突如、鳴り響いた甲高い金属音。

 反応出来ていないクロノの前へと咄嗟に割り込むリーゼ姉妹の二人。

 一人は赤屍の放った斬撃を受け止め、もう一人はクロノを後ろへ押し飛ばしていた。

 庇われたのだとクロノが理解するよりも早く、幾条もの流星が流れ落ち、彼らの立っているビルの屋上が吹き飛んだ。

 

 

 ―――閃光、轟音、衝撃―――

 

 

 周りの数棟のビルも巻き込みながらの大爆発。

 何もかもを吹き飛ばすかのような爆風。爆発によって巻き上げられた瓦礫や土埃。

 有希は、はやてを脇に抱きかかえると同時に、クロノの後ろ襟を引っ掴む。

 

 

「うわっ!?」

 

「有希さん…!?」

 

 

 爆発の混乱に乗じての撤退。

 有希は、クロノとはやての二人を抱えて、そのまま一気に屋上から飛び降りた。

 結果として、リーゼ姉妹を置き去りにする形になるが、今は子供二人の安全を確保する方を優先した。

 時空管理局が始まって以来の史上最強の敵との初遭遇。そして、このときに流れ落ちた星々によっての爆発が、まさにその戦いの始まりを告げる号砲だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 流れ落ちた星々によって引き起こされた爆発。

 おそらくその爆発は、海鳴市のどこにいても確認することができていただろう。

 それくらいの規模の爆発であり、当然、佐倉を含めた俺達にもその爆発は見えていた。

 

 

「ちょっ!?」

 

「何だよ、あれ!?」

 

 

 目的の現場までは、すでに100メートルくらいの距離にまで近づいていた。

 しかし、その目的の現場で突如発生した爆発に驚いて、俺達はその場に足を止めてしまう。

 

 

「…くっ!」

 

 

 ここまで届いた爆風に煽られ、腕で顔を覆う佐倉。

 フェレット姿の俺とユーノは、吹き飛ばされないように佐倉の肩にしがみついている。

 その時だった。

 

 

「「ッ!!?」」

 

 

 さっきの爆風に合わせて飛んできたのか、空から降りて来た『誰か』が居た。

 俺達の目の前に着地したその人が両脇に抱きかかえていた二人を見て、俺と佐倉は言葉を失う。

 茶髪のボブカットの少女と黒いバリアジャケットに身を包んだ少年をその女性は抱きかかえていた。

 

 

(クロノとはやて…!?)

 

 

 間違いなく、原作の登場人物のうちの二人だった。

 そして、その二人を抱きかかえている女性は、間違いなく魔導師だ。

 まるで夜を宿したような紺色の髪に、月をそのまま閉じ込めたかのような金色の瞳。

 思わず見惚れそうになるくらいの美人であり、この星空の魔法を使ったのは、この人だと一目で確信できるほどに綺麗な女性だった。

 

 

「キミは……」

 

 

 向こうもこっちに気付いた。

 明らかに魔導師である佐倉を見て、向こうの女性も一瞬、驚いた顔を見せる。

 魔導師でありながら、お互いに原作には存在しなかった相手。つまり、お互いに同じ転生者なのだと直感的に理解する。

 

 

「キミも魔導師なの…?」

 

「え、はい、一応そうです、けど…」

 

「それなら、キミにこの二人を預ける。だから、この二人を連れて今すぐここから離れて」

 

 

 そう言って、彼女は抱きかかえていたクロノとはやてを地面に降ろした。

 はっきり言って、状況について行けない。だが、状況についていけていないのはクロノも同じだったようだ。

 

 

「一体何なんだ、キミ達は!? 何で管理外世界にこれだけの魔導師が…というか、さっきの黒い男は一体何者なんだ…!?」

 

 

 見るからに混乱している様子のクロノ。

 そんな彼に対して、目の前の女性―――天音有希と名乗った女性は簡単に状況を説明する。

 

 

「ほんの数日前に一晩のうちに30人近くの子どもが虐殺される事件が起こった。…多分、さっきのアイツがその犯人だよ」

 

 

 彼女の説明に、クロノだけでなく俺達も絶句する。

 つまり、彼女らは、例の事件の犯人と遭遇し、そこから逃げて来たということか。

 そうだとしたら、状況的には最悪としか言いようが無かった。将来的には戦わなければならないとしても、碌に戦力の整っていない今の状態ではとても無理だ。

 はっきり言って、今の時点で詰んだ可能性さえある。

 何故なら、もう既にそこに―――

 

 

「クス…」

 

 

 いつかの下校中に一度出会った二人組の片割れ。

 フェレットになって佐倉の肩に乗っている俺の目には、その男の姿が映っていた。

 一体いつの間に追い付いたのか、赤い西洋剣を右手に携えたその男は、ここから少し遠くの方に佇んでいた。

 最初に出会ったときと同じ、見ただけで背筋が粟立つような異質な雰囲気を纏う男。

 

 

(ダメだ…! 今は逃げるしかない…!!!)

 

 

 即座にそう結論し、隣の佐倉に声を掛ける。

 

 

「佐倉!」

 

 

 彼女の肩から耳元で叫んだはずのに反応が無い。

 ふと見ると、彼女は前方に視線を固定させたまま全身を固まらせていた。

 

 

「何…あれ…? あんなの…勝てる、わけ…」

 

 

 呼吸が大きく乱れ、体を震わせながら佐倉が呟いた。

 至近距離でチーターに遭遇したカモシカは絶望的状況に全身がすくんで身動きがとれなくなるという。

 絶対に逃れられぬという絶望からパニックに陥るためといわれるが、そういえばアイツらと最初に遭遇したときの俺もそうだった。

 そして、そんな佐倉の様子を見て、当然と言うべきかクロノ達も気付いた。

 

 

「もう追い付いたのか…!?」

 

「クス…、つれないですね。折角ですし、もう少し遊んでいただけますか? どうやら新しいお友達も来てくれたようですしね」

 

 

 クロノの反応を無視して、黒衣の死神は相手の女性――有希の方へと話しかける。

 この中では唯一の大人の女性であり、おそらくはこの星空を作り出した魔導師。

 

 

「さっきの仮面の二人は…」

 

「当然斬りましたが、それが何か?」

 

 

 まるで何でもない事のように黒い男が返答した。

 その返答を聞いた彼女の顔に明らかな怒りの色が浮かぶ。

 

 

「…この、外道がッ!!!」

 

 

 罵倒と同時に逃げ場がないほどに降り注いだ星の雨。

 幾条もの星々が流れ落ち、黒い男の立っていた場所を中心に辺り一帯がまとめて吹き飛んでいた。

 直撃したならば灰すら残らないと確信できるような威力。その威力が、避けることはおろか反応さえ許さない速さで撃ち込まれたはずだ。

 つまり、普通ならば今ので死んでなければおかしい。しかし、この程度で死んでくれるような相手なら、最初から苦労はしてない。

 

 

「なッ!?」

「後ろ…!!?」

「はや…!?」

 

 

 一体どういう理屈の速さなのか。

 気付いた時には、その男は俺達全員の後ろに回り込んでいた。

 そして、位置的に男の一番近くに居るのは―――

 

 

(((終わっ…!!?)))

 

 

 その瞬間、俺たち全員がそう思った。

 どうしようもなく死ぬ。時間さえ置き去りにしていくような感覚の中で、俺達は「死」というものを実感した。

 死を感じた事により起こる主観時間の拡張の中で、背後に回り込んだ男が、佐倉を含めた俺達に向けて赤い剣を振りかぶるのが見えた。

 だが、それが見えたところでどうしようもない。クロノもユーノも、この場の誰も反応さえ出来ていない以上、次の瞬間には確実に佐倉の首が飛ぶことになる。

 もはやこの場にいる誰も次に起こる悲劇を覆せない。だから、この悲劇を覆せるとしたらここに居ない他の『誰か』でしかありえなかった。

 

 

「「「―――ッ!!!」」」

 

 

 その瞬間に感じた衝撃と驚愕を、何と表現したらいいのか分からない。

 刹那の閃光、突風と共に轟音――目の前に雷が落ちたかと思ったがそれも違う。

 

 

 ―――その時、見えたのは赤い閃光が舞い散る様子―――

 

 

 その美しさは、脳裏に焼き付いて色褪せる事は決してない。

 余りにも速過ぎて、俺の目に見えたのはきっと極一部でしかないだろう。

 だが、たとえ見えなくても、その赤い光が煌く様子を見ただけで、それが誰なのか俺達には分かった。

 あの日、俺達が見た片腕の英雄。

 

 

(フェイル・テスタロッサ―――!!!)

 

 

 気付いた時には、その少女の振るう錫杖が、赤い剣ごと相手の男を弾き飛ばしていた。

 だが、俺達を助けてくれた少女は、前の方を見据えたまま、こちらの方を振り返りすらしない。

 そして、それは当然だった。この男を前にして、いくら彼女といえど余所見をしているような余裕などある訳が無い。

 事実、弾き飛ばされた男は何のダメージもなく着地しており、楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 

「クス…、流石です。貴女が、あの程度で死ぬはずが無いと思っていましたよ」

 

「………」

 

 

 対峙している彼女は黙ったまま、ただ錫杖を構えたまま佇んでいる。

 おそらく原作の登場人物や佐倉みたいな転生者を含めての中でも、彼女は別格の強さの持ち主だ。

 だが、そんな彼女がこうして助けに駆け付けて来てくれたところで―――

 

 

(―――この状況がどうにか出来るのか!!?)

 

 

 絶望的な状況であることは、依然として変わらない。

 そして、俺達がここから体験することになったのは、文字通りの地獄だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ―――フェイルと赤屍が対峙しているちょうどその頃。

 

 

 最初に有希が落とした流星によって崩壊したビルの跡地。

 すでに赤屍は獲物を追ってここから出て行ってしまったが、間久部博士だけはマイペースにその場所に留まっていた。

 赤屍が出て行った以上、博士からすれば別に急ぐ必要はない。ウサギの人形を抱いた少女の足元には、赤屍が斬り捨てた仮面の魔導師―――リーゼ姉妹だった残骸が転がっている。

 その血の海を踏みつけながらその少女は、星空を眺めていた。

 

 

「…ジャッカルの言う通り、生きていたみたいだな」

 

 

 たった今、少し遠くの場所で流れ落ちた幾条もの流星。

 そして、その流星が落ちた直後―――星空の中を駆け抜けた赤い閃光。

 その赤い輝きを放つ魔力光の持ち主のことを間久部博士は覚えている。左腕を切り飛ばされてなお赤屍に立ち向かって来た魔導師の少女。

 

 

「最初に出会ったときにも思ったことだが、彼女の魔力光は本当に美しいな…。このセカイに来る前に見た『蠍の火』とそっくりだよ」

 

 

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の中で書かれた『蠍の火』のエピソード。

 その火の光は、ルビーよりも赤く透き通り、リチウムよりも美しく酔ったように燃えていると表現されている。そして、このセカイに来る前に実際に見た火の輝きは、まさにその表現そのものの輝きを放っていた。

 

 

 ―――蠍座のアンタレス―――

 

 

 天上にある星達の中で、一際強く輝く一等星の一つ。

 その星が、人の姿を借りて空から舞い降りてきたのかと思えるほどに彼女だけは別格だった。

 戦闘能力の高さも勿論だが、何よりその心の在り方が、見た者の心を掴んで離さない。

 

 

「彼女の魔力光があれほど美しく輝くのは、あの心の在り方の象徴だからなのかもしれんな…」

 

 

 まるで自分には辿り着けない場所を夢見るような声で。

 恍惚と憧憬が入り混じった表情で、博士は呟いていた。

 

 

「キミもそう思わないか? ―――小さな魔法使いさん」

 

 

 そこで間久部博士は、後ろの方を振り返ると、そこに立っていた『誰か』に話し掛けた。

 博士からすると名前も知らない相手ではあるが、それでもつい数日前に一度会ったことは覚えている。

 振り返った先には、栗色の髪の毛を両サイドに纏め、白いバリアジャケットに身を包んだ魔導師の少女―――高町なのはが立っていた。

 

 

 

 

 




あとがき:

 この作品における特典持ちの転生者たちの強さは、設定的には、だいたい佐倉さんくらいで標準的なレベルです。
 フェイルや有希は転生者の中でも別格の強さを持っていますが、標準レベルである佐倉さんですらAAA~Sランクと原作キャラとの比較で考えれば、十分に高いスペックとチート級のスキルを持っていると言えます。
 神様転生系の作品では「平凡な主人公が、異世界に転生して云々~」というのが基本パターンですが、転生する際に特典を貰うこと自体は別に構わないと思います。ただ、自分で望んでその特典を貰ってしまったのなら、もう『言い訳』はできなくなると思うんですよ。
 前世では、自分の才能の無さを言い訳にして、色々なことから逃げて来た。だけど、今度は、転生した際に明らかに高いスペックとチート級のスキルを貰っている。他と比べて、明らかに高いスペックとチート級のスキルを持っているのに―――


「―――それでも上手くやれなかったら、お前はどうするんだ?」


 自分がチート転生者の連中(特に引きニートみたいな前世で色んなことから逃げまくってた底辺タイプ)に叩き付けてみたい言葉は多々ありますが、これもその一つですね。
 今作においては、赤屍蔵人という最悪の敵を転生者の方々に叩き付けたので、普通にやればどうやっても「上手くやれない」状況になります。
 しかし、転生した際に明らかに高いスペックとチート級のスキルを貰っている以上、自分の才能の無さを『言い訳』にする資格はないでしょう。そして、こうした「上手くやれない」状況になったとき、その人の知恵や工夫、努力で、それを乗り越えようと出来るかどうか。それが出来る人間なら自分としては肯定できる…というか絶賛したいんですが、そもそもそれが出来る人間は、粗製濫造型のなろう小説の主人公みたいな前世・人生は送らないんですよねぇー…。
 結局のところ、持っている才能や素質の大きさに関わらず、持っているモノで勝負するしかないんだと思います。
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