『自称神(笑)』と『転生者(笑)』を赤屍さんに皆殺しにしてもらうだけの話   作:世紀末ドクター

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第二十四話 『リリカルなのは』の世界で その23

 

 

 結論から言うならば、俺らはこの男のことを舐めていた。

 いや、舐めていたつもりはなかったが、それでも見積もりが甘かったとしか言いようがなかった。

 今、フェイルが先頭に立って対峙している男。これから俺たちが挑むことになる男の絶望的な強さを。

 

 

「クス…、流石です。貴女が、あの程度で死ぬはずが無いと思っていましたよ」

 

「………」

 

 

 割って入ってきたフェイルの攻撃を難なく凌ぎ、悠然と佇む黒い男。

 

 

「ふむ…この場で私の標的となるのは三人…いえ、物陰に隠れている者を含めれば五人ですか」

 

 

 対峙している黒い男が、こちらの方を見て呟いた。

 三人というのは、フェイル、有希、佐倉の転生者のメンバー三人のことだろう。

 だが、物陰に隠れている人間も含めて五人ということは、俺達以外の転生者が来ているということか。

 確かに、これだけ派手な魔法が展開されたなら、原作にかかわるつもりが無かったような転生者だって様子を確認しに来るくらいのことをしに来ても不思議じゃない。

 

 

「これだけ派手な魔法なら、未だに燻っている連中も何らかの動きを見せてくれるかと思ったんですが…」

 

 

 まるで失望したかのような男の表情。

 この街で暮らしているのなら、例の虐殺事件を知らない人間はいない。

 そして、この世界に転生した連中が人並みの思考回路を持っているのなら、この事件が転生者がらみの事件だということは予想がついて当然である。

 男の表情には、この期に及んで自分では何も動こうとしない転生者たちへの失望がありありと浮かんでいた。

 

 

「この期に及んで何も動こうとしない連中は、未だに『他の誰かが何とかしてくれる』のを期待しているんですかね?」

 

「アンタみたいな狂人と関わりたくないってのは至極当然だし、この状況で動かないってのも別に責められることじゃないと思うんだけどね…!」

 

 

 片腕の少女が吐き捨てるかのように言い返す。

 だが、男の方は肩を竦めて見せながら、何でもないことのように言ってのけた。

 

 

「クス…貴女の言う通りですね。ですが、この期に及んで『他の誰かが何とかしてくれる』のを期待して動かない人間など、所詮はたかが知れています。私がこれまでに見てきた本当に強い人間は、自分の足で前に進もうとする者ばかりでしたよ。それこそ―――貴女みたいにね」

 

 

 お互いに面識のあることが察せる会話。

 しかも、男の方は明らかに片腕の少女のことだけは強者として認めるような雰囲気だった。

 

 

「そういえば、貴女の名前を教えていただけませんか? どうせ最終的には貴女も殺すわけですが、尊敬すべき敵手の名を知らないのは寂しいですから」

 

 

 彼女の左腕を奪っておきながら、こいつは一体どの口で言っているのか。

 おそらく彼女からしたら、ほとんど神経を逆撫でされるに等しいセリフだろう。

 しかし、それでも彼女の方は律義に自分の名前を名乗る。

 

 

「…フェイル・テスタロッサ。本当は、アンタみたいな糞野郎に名乗る名前なんて無い…って言いたいところなんだけどね」

 

「なるほど。それではフェイルさんと呼ぶことにしましょう。ああ、他の方は名乗らなくて結構ですよ。私が名前を知るのは、これからの戦いでそれに足るだけの『何か』を見せてくれた人間だけで構いません」

 

 

 たった今、男が口にした言葉。

 そして、その言葉が意味していることと、今から男がやろうとしていること。

 それは言うなれば『選別』とでも言えるものだった。

 

 

「私の眼鏡にかなった人間であるのなら、フェイルさんと同じように殺すのは後ろに回してあげましょう。私にとっては、その方が面白い」

 

 

 ここまで言われれば、彼がここでやろうとしていることを察せるだろう。

 だが、戦闘や殺し合いというのは、普通の人間にとっては完全な非日常だ。

 自分たちを殺そうとする相手がこんな突然に現れたとして、それを簡単に受け入れることが出来る人間は普通はいない。

 

 

「ちょっと、まさか…嘘でしょ…!?」

 

 

 思わずその場から一歩後ずさりする佐倉。

 明らかに恐怖からの逃避行動であり、今の佐倉がヤツと平常心で戦えるとは思えない。

 だから、今の彼女にとって、より正しい選択と言えるのは―――

 

 

「佐倉、早く逃げろ!!!」

 

 

 俺は咄嗟に叫んでいた。

 だが、俺の言葉は、単に事態を動かすだけの合図にしかならなかったようだ。

 俺が叫んだことを合図にして黒い男が踏み込んでいた。

 

 

「な…!?」

 

「消え…!?」

 

 

 速すぎて俺には見えない。

 いや、それどころかクロノやユーノ、佐倉にさえ見えていない。

 だが、次の瞬間、星が降るとしか表現できない上空からの魔力砲撃が降り注いでいた。

 

 

「「「…ッ!?」」」

 

 

 見えないなら、辺り一帯を吹き飛ばす。この魔法を撃ち込んだ彼女が本当にそう考えたかどうかは分からない。

 だが、気づいた時には、俺たちは爆発の中に巻き込まれ、巻き上げられた瓦礫と共に空中に投げ出されていた。

 そして、その中で俺は確かに見た。

 

 

(マジかよ、アイツら…!?)

 

 

 それは残酷なほどに美しい光景だった。

 林立するビル群だけでなく、空中に投げ出された瓦礫さえを足場にして、ジグザグに駆け抜ける赤い閃光と黒い影。

 両者が空中で激突する度に赤い燐光が火花のように弾け飛び、舞い散っていた。だが、今の俺達は爆風に吹き飛ばされて空中に放り投げられている状態であり、その光景に見惚れているような余裕はない。

 

 

「くっ!? 冗談じゃッ…!!」

 

 

 そんな中で、佐倉が飛行魔法を発動。

 空中に浮いている瓦礫を避けて、何とか現場から離脱する。

 巻き上げられた瓦礫の被害が届かないところまで距離を取ったと思ったとき、またしても流星が落ちた。

 閃光と爆音。そして、吹き飛ばされそうになるほどの爆風。

 

 

「スゴ過ぎる…」

 

 

 その流星のような魔力砲撃を見たユーノが呆然とした表情で呟いていた。

 常識では考えられない程の美しさと威力の砲撃だったが、それでもあの男は倒せていないし、倒せない。

 

 

「何なのよ!? そこかしこでドッカンドッカンって…!」

 

「佐倉、嘆くのは後だ! 今はとにかくここから…!」

 

 

 その時、気を失ったはやてを連れたクロノが自分たちの傍に降りてきた。

 

 

「よかった!キミ達も無事だったか!」

 

 

 だが、クロノと合流できたとして、これからどうする。

 現在、あの黒い男とメインで戦ってくれているのは、フェイル・テスタロッサと天音有希の二人。

 フェイルが前衛として戦い、それをサポートする後衛として有希が戦っているという形になっている。

 そして、その二人が繰り広げている戦いは、もはや神の領域としか思えないものであり、ユーノやクロノはおろか佐倉でさえとても割り込めるようなレベルじゃなかった。

 正直、レベルに差があり過ぎて足手纏いにしかならないし、今の俺達の現状では逃げる以外の選択肢が無い。

 しかし、その時、俺たちの誰も予想していなかったことが起こった。

 

 

「なッ!?」

 

「桜色の魔力砲撃!?」

 

「まさか、高町なのはか…!?」

 

 

 突然、空に向かって放たれた桜色の砲撃。

 その桜色の砲撃は、どう考えても本来の原作の主人公のものだった。

 つまり、高町なのはもこの戦場の近くに来ているということになるが、原作の主人公の根性を舐めていたと言うしかない。

 正直、ユーノから虐殺事件の詳細を聞いた時点で、虐殺をモロに目撃した高町なのはは完全に機能不全に陥っていると思っていたし、普通なら立ち直れる訳がない。

 あんな虐殺現場を目撃しておきながら、わざわざこの戦場へと出てくるなどと、もはや正気の沙汰ではない。

 

 

「あ! おい、ユーノ!?」

 

 

 佐倉の肩に乗っていたユーノが飛び出していた。

 だが、俺と佐倉は咄嗟には動けない。高町なのはの元へ向かったであろうユーノを追いかけるか否か。その判断に一瞬迷ったせいで足が止まった。

 

 

「ど、どうしよう…!?」

 

「今さら置いていけるかよ…!? ユーノを追うぞ!」

 

 

 ヤケクソ気味にユーノを追いかけるように指示を出す。

 数瞬の逡巡はあったが、どうにか指示に従ってくれる佐倉。

 

 

「お、おい! 危険だぞ!?」

 

 

 クロノが後ろから声を掛けるのが聞こえた。

 だが、現状で最も危険な状況にあるのは、どう考えても黒い男と戦ってくれているあの二人だ。

 俺達の行動に多少でも無理が利くとしたら、あの二人があの男を引き付けてくれている今しかない。

 

 

「クロノ執務官! アナタはその子…はやてのことを頼みます!」

 

「お、おい!?」

 

 

 とりあえず、気絶しているはやてのことはクロノに押し付ける。

 クロノの方も気絶したはやてを抱えている状態なら安全の確保を優先するだろうし、余計な無茶はしないだろう。

 あの男が原則的に転生者しか狙わないなら、クロノとはやての方は、これでひとまずは安全のはずだ。それよりも現状での問題は、高町なのはの方だ。

 正直、今の高町なのはがどういう状況にあるのかは分からない。そもそも、今の状況がすでに『原作』から完全にかけ離れてしまっている以上、もはや何が起こるかなど予想がつかない。

 

 

(危険なのはとっくに分かってるんだよ…!?)

 

 

 クロノに言われるまでもなく、そんなことは分かっている。

 いや、本来の原作を知っているからこそ、あの男が本来なら絶対にありえない存在だということが分かる。

 どうして、あんな存在がこの世界に現れたのか。そんなことは決まってる。

 それは、つまり―――

 

 

(―――俺や佐倉みたいな転生者の存在こそが、あの男を呼び寄せた…!)

 

 

 薄々感じていたことだったが、おそらく間違いない。

 もはや誰にもどうしようもない状況にまで事態は悪化している。

 原作の流れを狂わせた責任を果たすなんて、大それたことを言うつもりはないし、それが出来るだけの実力も無い。

 もしかしたら、俺達全員が生き残るための選択肢など実は最初から無くて、ただ無駄なことをしようとしているだけなのかもしれない。

 だけど、それでも―――

 

 

(出来ることをやるしかない…!)

 

 

 人は生きる限り様々な選択を迫られる。

 だが、現実はゲームではない。現れた選択肢の中に正解が用意されているとは限らない。

 それでも俺達は、その場面で、出来ること・正しいと思ったことをやるしかない。あるいは、正しいと思っていなくても、選ばなければならないことがあるということを俺は知った。

 自分が選んだ道と選ばなかった道。そのどれが正しくどれが間違っていて、そして、それを誰が間違いだと決めるのか。少なくとも今の俺には分からない。決める事が出来なかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 そして、当然、高町なのはが放った桜色の魔力砲撃は、赤屍と最前線で戦っている者たちにも見えていた。

 林立するビル群の合間を飛び回りながらの激戦の渦中にあるその二人―――フェイルと有希はその桜色の砲撃を見て愕然としていた。

 

 

「桜色の魔力砲撃…!?」

 

「まさか、高町なのはも来てるの!?」

 

 

 気を取られた所為で一瞬だけ動きが止まった。

 だが、それは音よりも速く動けるような人間にとっては致命的な隙だった。

 

 

「…! 後ろぉ!!!」

 

 

 いち早く気付いたフェイルの叫び声が響く。

 その声に反応して反射的に有希は自分の背後に流星を降らせた。

 降り注いだ魔力砲撃の余波だけで近くのいくつかのビルが吹き飛び、大規模な土煙が発生する。

 そして、その土煙を切り裂いて飛び出してくるのは、黒衣の死神。

 

 

「あぐっ…!?」

 

 

 突撃してきた男の刺突が有希の右眼を貫いた。

 追撃の返す刃が彼女の首を刎ね飛ばす直前で、フェイトの真ソニックを遥かに上回る速さで赤い閃光が駆け抜けていた。

 振るわれた黒い錫杖が赤い剣をはね飛ばし、そのまま赤い剣ごと赤屍を後方に弾き飛ばす。

 

 

「無事ですか!?」

 

 

 焦った様子でフェイルは後ろにいる有希に声を掛ける。

 

 

「ぅぐ…なんとか…!」

 

 

 ギリギリで首を刈り取られるのを防いだ。

 だが、右手で右眼の傷を押さえた場所から、赤い血が流れ出ている。

 傷の深さからして網膜と視神経も確実にダメになっているはずだ。これで彼女の右眼は完全に潰された。

 フェイルからしてみれば、まだ名前も知らない魔導師の女性。現在、彼女が展開している星空の魔法は、フェイルから見ても規格外なものだった。

 攻撃範囲と火力の面で、これ以上の魔法を使える人間は原作キャラと転生者を含めても恐らく存在しない。それだけの支援砲撃をサポートとして受けながら戦っているのに、それでもまるでこの男には届かない。

 

 

「フム…、先ほどの桜色の魔力砲撃を見るに、どうやら博士の方で何かありましたか」

 

 

 突然に放たれた桜色の魔力砲撃。

 そして、その砲撃が放たれた場所は、赤屍が間久部博士を置いてきた場所だった。

 

 

「やれやれ…。折角、気持ちよく戦えていたというのに、水を差される形になりましたね…。どこの誰かは知りませんが、余計なことをしてくれる…」

 

 

 いかにも不機嫌そうに赤屍は吐き捨てた。

 状況を考えるなら、間久部博士の方を『何者か』が襲撃してきたということだろう。

 博士がそこら辺にいるような半端な連中に遅れを取るとは思わないが、一応、『依頼人』である彼女を守ることも赤屍の仕事の中には含まれる。

 それは、つまり、依頼人に危害が及ぶようなことがあれば、そちらを優先する必要があるということだった。

 

 

「さて、貴女達二人とのデートを袖にするのは大変に心苦しいのですが、ひとまずここでお暇させてもらいますよ。一応、依頼人である博士の身の安全は守らねばなりませんのでね」

 

 

 帽子を少しだけ持ち上げ、フェイルと有希の二人に挨拶をする赤屍。

 この化け物が戦闘を切り上げて、引き下がってくれるのなら願ったり叶ったりだろう。

 だが、ここで赤屍を行かせた場合、きっと、高町なのはの方に危害が及ぶ。その可能性を察せない程、この二人の頭の回転は遅くない。ましてや、この男を呼び寄せる原因になったのは、他でもない自分たちの存在だろう。

 もしも、そうであるのなら、高町なのはは巻き込まれただけの被害者だ。今の状況が自分たちの所為であるのなら、可能な限りそうした被害者は減らすべきだし、その責任がある。

 それが分かっているからこそ―――

 

 

「このまま黙って行かせられるかッ!!」

 

 

 まるで血を吐くかのような有希の叫びと共に幾条もの光の矢が落ちる。

 そして、それを目眩ましにして、上空後方に回り込んでいたフェイルが死角から襲い掛かった。

 上空からの突き下ろしの一撃。見えるはずのない攻撃を赤屍は視線すら合わせずに上に掲げた剣の横腹で受け止めた。

 互いの得物がぶつかり合い、発生した衝撃。その衝撃に赤屍の足元の地面がクレーターのように陥没する。

 

 

「――!」

 

 

 赤屍にとっても予想外の一撃の威力。

 その威力を受けた赤屍の表情が微かに変わる。最初に交戦した時からまだ二日しか経っていない。

 二日前の戦いで推し測った実力からは到底考えられない威力の一撃だった。防御に優れた鉄槌の騎士ですら、防御ごと一撃で沈めるであろう威力。これまでにフェイルが回収したジュエルシードの魔力を上乗せしたからこその速さと威力。

 本来ならば切り札として温存しておきたかったが、自分たち以外の人間にまで危害が及ぶかもしれないとあれば、とても出し惜しみなどしていられない。

 

 

 ――ギャリィンッ!

 

 

 金属が擦れる音を響かせて、互いが互いの武器をはねのける。

 はねのけられた互いの武器は、互いに月を思わせる軌跡を描いた。赤い剣はその軌跡を下弦の月に。そして、黒の錫杖はその軌跡を上弦の月に。

 赤屍の横薙ぎの斬撃をフェイルが縦にした錫杖で受ける。そこから切り返しで逆から襲い掛かる赤い剣を錫杖がはねあげた。次の瞬間には両者の武器は、まるでそれ自体が意思を持っているかのように翻り、視認力の限界を超えた音速の刃となっていた。

 二つの月は触れ合うごとに星を撒き散らし、轟音を鳴らす。その圧倒的な破壊力は、その余波だけで周りに存在するものをズタズタに破壊していく。

 

 

(さっきまでより数段速い…!)

 

 

 有希の目から見ても、明らかにフェイルの速さと威力が上がった。

 ここまで急激なペースの変化であれば、普通は対応できずにそのまま押し切られる。

 しかし、そんな急激なペースの変化だろうと、赤屍は即座に互角以上に対応していた。この男の実力の底が一体どこにあるのかまるで分からない。

 選択を一度でも間違えば即死する。そんな嵐のような攻防と緊張に晒され続けた疲労からか、わずかにフェイルの集中の糸が緩んだ。それは隙と言うには余りにも微細なものだったが、それを見逃すことなく赤屍の横薙ぎの斬撃が繰り出される。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 間一髪、首を守ることに成功した。

 だが、受けた衝撃が全身に走り、踏ん張ることも出来ずに吹き飛ばされた。地面を削り、なんとか制動を掛ける。

 もしも、ここで追撃が来ていたら死んでいたかもしれない。だが、追撃は来ない。距離が開いたその瞬間、逃げ場がないと思えるほどに降り注いだ流星が赤屍の追撃を阻んでいた。

 今さらながら、有希の魔法による支援砲撃が無ければ、フェイルもとっくに殺されていておかしくない。

 

 

  ―――『星の言伝(Astro-Logia)』―――

 

 

 星空そのものを形にした有希の最強の攻撃魔法。

 天球を模した大規模な封時結界を展開し、遥か上空に埋め尽くすほどの魔力弾が待機状態でセットされている。

 単純な「流星」や「流星群」での砲撃は勿論、自分の好きな「天体図」を描き、空一面を魔法陣とすることで大規模儀式魔術さえ望むままに発動できる。

 個人の人間が持ち得る火力と攻撃範囲で言うなら、これを凌ぐ魔法はおそらくこの世に存在しない。だが、決して簡単な術式ではないし、当然、ただ展開を維持するだけでも相当な集中力を必要とする。

 たった今、右眼を潰されたというのに、彼女はその痛みを意思の力で捻じ伏せて、この魔法を展開し続けてくれていた。

 

 

「大丈夫…!?」

 

「ええ、どうにか…!」

 

 

 吹き飛ばされたフェイルの傍に駆け寄る有希に対して、肩で息を切らせながら返す。

 

 

「そっちこそ気をつけてください。分かってると思いますが、アイツはあれくらいで倒せる相手じゃない…!」

 

 

 その場から立ち上がると、二人は前を見据える。

 流星が落ちた爆発によって巻き上げられた土煙がゆっくりと晴れていく。

 

 

「「……ッ」」

 

 

 半ば以上は分かっていたことだが、それでも現実として突き付けられると精神的に来るものがある。

 土煙の中から現れた男は当然のように無傷であり、両陣営は距離をあけて改めて対峙する形になった。

 

 

「―――流石です」

 

 

 お互いに睨み合っていたが、ふと赤屍が口を開いた。

 

 

「貴女達二人は、別格だと私も認めますよ。単純な戦いの強さだけでなく、その心もね」

 

 

 赤屍は、素直な称賛を口にすると同時に過去を思い出していた。

 過去に戦ってきた人間たちのことが脳裏に浮かぶ。赤屍自身も含めて大半はロクデナシだったが、たまに星の光を宿したかのような眼をしているような人間に出会うことがあった。

 

 

「フェイルさんの名前はすでに聞かせてもらいましたが、貴女の方も名前を聞かせてくれませんか?―――星空の魔術師さん」

 

「…有希。天音有希」

 

 

 尊敬すべき敵手の名前を聞いた赤屍は満足そうに頷く。

 誰かが被らなければならない危険―――そうした危険を敢えて自ら引き受けるのは、無謀ではなく勇気と呼ぶべきものだ。

 自分以外の「誰か」のために戦うことが出来て、その力を出せる。そして、この二人は実際に、さっきまで以上の力を出してきた。その在り方は、かつての好敵手たちのことを思い出させるのに十分なものだった。

 

 

「フェイルさんに対しては元々そのつもりでしたが、貴女もここで殺すのは止めておきましょう。どうせ殺すのであれば、時間をおいて、より強くなった貴女達を殺す方が面白い」

 

 

 赤屍としては、今の時点ではフェイルと有希を殺すつもりは無くなっていた。

 ただ、この二人は、このまま赤屍が素直に引き下がろうとしても、それを黙って見過ごすことはしない。

 なぜなら、間久部博士の方の様子を確認しに行くために引き下がろうとした赤屍をわざわざ自分たちの元に引き留めるために、この二人は戦っている。

 博士の方に居るであろう「誰か」に危害が及ばないようにするために、この二人は身体が動く限りは立ち向かってくる。そういう確信が赤屍にはある。

 そんな二人に対してニッコリと微笑みかけながら、赤屍は言った。

 

 

「―――そういう訳ですので、貴女達は少し寝ていて下さい」

 

 

 その瞬間、明らかに赤屍の纏う雰囲気の禍々しさが増した。

 ゾクリと背中が震え上がるのをフェイルと有希は同時に感じた。

 

 

(ヤバ…!?)

 

 

 そう思った次の瞬間、赤屍の姿が眼前から掻き消えた。

 有希はおろか、フェイルにさえ全く見えない。

 

 

「……かッ!?」

 

 

 突如、フェイルの後ろの首筋に衝撃。

 本気ならばフェイルさえ一瞬で殺せる実力を有しているのが赤屍だ。

 なす術もなくフェイルが昏倒し、さらに有希も同じ一撃を喰らわされて意識を失った。

 

 

 ―――バリン、と。

 

 

 有希が意識を失ったことで、展開されている結界魔法も解除される。

 周りの空間にヒビが入り、まるで鏡のように世界が砕け、夜空を貼り付けたガラスの欠片が舞い落ちていく。

 そんな幻想的にも思える光景の中、赤屍は崩れ落ちたフェイルと有希の二人を『安全』な場所に横に寝かせた。

 

 

「次に会うときは、今よりもさらに強くなっていることを期待していますよ。二人とも」

 

 

 意識を失っている以上、聞こえてはいない。

 それが分かっていても赤屍は二人に対して言葉を送った。

 

 

「さてさて、博士の方は一体何をやっているのやら…」

 

 

 赤屍は踵を返すと、先ほどの桜色の魔力砲撃の場所へと向かった。

 彼の向かう先には、本来の『原作』の主人公である高町なのはが居る。だが、最も実力の高いフェイルと有希の二人がすでに行動不能にされている状態だ。

 そんな絶望としか言えない状況で、残された人間たちに何が出来るのか。まさに正念場を迎えようとしていた。

 

 

 

 






あとがき:

勇気→わずかな可能性や根拠があり、それに賭けて大胆に行動すること
無謀→策も何も無しにただ闇雲に行動すること

 勇気と無謀は違うとはよく言われるセリフですが、それは概ね上記のようなことを言っていると思います。ただ、本編の転生者と赤屍とでは戦力差があり過ぎて基本的に勝ち目はゼロです。ただ、そうした絶望的な状況こそ、ヒーローとしての本質が問われる場面だと思います。

「相手が勝てそうにない絶望的な敵だからって、アンパンマンや仮面ライダーが、それを理由に戦わないなんてことがあり得るか?」

 この問いに対する答えが『彼ら』の本質だと自分は思っています。もっとも、これはあくまで自分の考えですから当然違う考えもあるでしょう。『彼ら』の本質がどこにあるのか、一度考えてみてもいいのではないでしょうか?


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