『自称神(笑)』と『転生者(笑)』を赤屍さんに皆殺しにしてもらうだけの話 作:世紀末ドクター
その時、高町なのはが放った魔力砲撃。
なのはとしては、積極的に傷付けたり、殺したりしたいと思った訳ではなかった。
そもそも、間違いなく非殺傷設定で撃ったはずだ。いくら相手が超凶悪な殺人鬼であろうと、デバイスのAIが独断で非殺傷設定を解除するはずもない。
だから、目の前のこの光景は、きっと何かの間違いのはずだとなのはは思った。デバイスであるレイジングハートにすら何が起こったのか理解できなかった。
「フム…なかなか痛いな」
凄まじく冷静な声。
焼けた肉と焼けた脂肪の臭いが鼻をついた。
なんだ、これは。自分がこれをやったのか。目の前の光景に頭の理解が追い付かない。
「傷口が焼かれているから出血は殆ど無いが…やはり彼女は凄いな。尊敬するよ」
なのはの放った魔法が、白い少女の右腕を吹き飛ばしていた。
肘よりも少し上の部分から吹き飛んだ右腕を見ながら、博士は呟いていた。
右腕が吹き飛んでいる状況でありながら、少女の方は全く動揺すらしていないように見えた。
眉一つ動かさずに淡々とした様子で佇む少女はもはや完全に人間を超えていた。
「ぁ、あ、そん、な…そんな、つもりじゃ…!」
見るからに動揺した様子のなのは。
確かに、非殺傷設定で撃ったはずなのに、相手の右腕が吹っ飛んだ。
何故、そんなことが起こったのか。普通の魔導師ならば、絶対にやらないことをこの少女はやった。
基本的に、非殺傷設定というモードは、それを撃つ方の任意で設定している。殺傷設定で撃たれた魔法を、撃たれた側の術式で非殺傷設定に書き換えることでダメージを軽減するような防御は存在する。
しかし、普通の人間は、その『逆』をしようなどとは考えない。そんな自分からダメージを増やすようなことをする意味など全く無いし、それを自分からやる人間など普通は存在する訳がない。
非殺傷設定で己に撃たれた魔法を、わざわざ殺傷設定へと書き換えた。今の彼女には、たとえ非殺傷設定の魔法を撃ち込んだとしても、殺傷設定の魔法としてダメージが入る。
それをいち早く理解したレイジングハートは思わず叫んでいた。
『Are you crazy !?(気が狂ってるんですか、アナタは!?)』
目の前の少女の常軌を逸した異常性と特別性。
デバイスであるレイジングハートにさえ目の前の白い少女は理解不能な存在だった。
なのはとレイジングハートに対して、間久部博士はこれ以上は無いというほど冷淡な表情で言ってのけた。
「それは違うな…。ジャッカルに言わせるなら、戦場で確認すべきは相手が『正気』かどうかではなく、相手が『本気』かどうかだそうだ。…というか、今さら気付いたのかな? ジャッカルもそうだが、我々は正気のままで狂っている」
中々痛いと口にはしているものの、表面的には痛がる素振りすら見せない。
「…というより、逆にキミ達に訊きたいんだが、我々のような凶悪な殺人鬼を相手にして非殺傷設定なんて温いことをやってる場合なのか? こちらからは殺せるのに、キミ達からは殺せないなんて、キミ達にとって不公平に過ぎるだろう。今の状態なら、キミ達も私を殺すことが出来る。こちらとしては、むしろ不公平を是正して、公平を期してあげたつもりなんだが…」
むしろ、博士は心底不思議そうな顔をして、なのはとレイジングハートに訊ねていた。
非殺傷設定の魔法を撃ち込んだとしても、殺傷設定の魔法としてダメージが入る。つまり、ここで間久部博士と戦うのなら、どう転んでも殺し合いになるということだった。
「キミは私を殺していい。いや、むしろ殺しに来るべきだ。実際、我々は殺されても仕方のない極悪人だからな」
これは、覚悟などではない。
これは、ただの狂気だ。彼女の全身から、むせ返りそうな程に濃密な狂気が漂っている。
「…ところで、私の右腕を吹っ飛ばしてくれたわけだが、移植用にキミの右腕を貰っても構わないかな?」
そこで彼女は残った左手でポケットから一枚のカードを取り出した。
取り出したそのカードは『神の記述』と呼ばれ、無限城世界での魔法使いによって作り出された最高位のアーティファクトの一つだった。
そして、彼女が取り出したカードにタイトルとして刻まれているのは、Dr.ジャッカルと並んで、無限城世界における『最強』の代名詞の一つ。
「――■■■■」
間久部博士が何かのコマンドワードを呟いた。
そして、その言葉が発せられた直後にそれは起こった。
『Summoning magic!?(召喚魔法!?)』
レイジングハートから驚きの声が上がる。
ミッドチルダ式、ベルカ式のどれとも違う術式によって編まれた魔法。
落雷と共にその場に現れたのは―――
「雷の、魔獣…!?」
そうとしか言いようが無かった。
人間の体に、獣の頭を持った獣人。ルーン文字の刻まれた籠手や肩当といった武装も身に着けているが、そんなものはオマケに過ぎない。狼か何かを思わせる獰猛な顔に、灰色をした筋骨隆々の巨大な体躯はまさしく鋼だった。
金色の長髪に、鋭い牙と爪。そして、その全身を雷が帯電させており、その身体の周囲にはバチバチと音を鳴らす電流が走っている。無論、まともな生物などではない。『神の記述』のカードの力を使って実体化させた疑似精霊とでも表現するべき存在だった。
もっとも、かつての本物の『雷帝』に比べれば遥かに劣った存在であり、おそらくフェイルや有希ならどうにか倒せるくらいの相手でしかない。しかし、それでも、今の高町なのは程度を相手にするには十分過ぎる存在だと言えた。
その身に内包した圧倒的すぎるエネルギー。そして、ビリビリと空気が震えるような殺人的な圧迫感。
間久部博士の傍らに立っていた雷の魔獣が彼女の前に出た。
「…ッ!」
思わず、その場から後退りするなのは。
そんな彼女へ向けて、雷の獣の右腕がまるで銃口のように持ち上がり、その右手に莫大なエネルギーが収束していく。
自分に向けて撃たれようとしているのが明らかなのに、膝が震えるだけで身体が動いてくれない。
その時だった。
「なのはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
凄まじい勢いで駆け付けたユーノのシールド魔法が、放たれた青白い雷光を防いでいた。
「ユーノ君…!?」
「なのは、早く逃げて! はっきり言って、僕じゃ持たない…!」
早く逃げろとユーノは叫んだ。
しかし、彼らが相手にしている雷の魔獣を前にしては、全ての行動が遅すぎる。
撃たれたプラズマ砲を防いだと思ったのも束の間、踏み込んで来た魔獣の拳がユーノのシールド魔法を粉砕していた。
砕かれたシールドの欠片が虚空に溶けて消えるよりも早く、魔獣がさらに踏み込んで来る。
「「―――!!!」」
しかし、そのタイミングで、また別の第三者が上空から割って入って来た。
まるで蛍の光を思わせる緑がかった黄色の魔力光。ポニーテールに纏めた長い黒髪を後ろに流しながら飛び込んできた魔導師。袴と道着をモチーフにした和のイメージを思わせるバリアジャケットに身を包んだ魔導師の女の子。
駆け付けて来てくれたその女の子になのはは見覚えがあった。クラスは違うが同じ学校の同じ学年の女の子だったはずだ。彼女も魔導師だったのかとなのはは少なからず驚いたが、なのはが彼女の名前を思い出すよりも彼女の行動の方が早かった。
なのはが気付いた時には、飛び込んできた魔導師の少女の放った渾身の魔力撃が魔獣に襲い掛かっていたのだった。
◆
高町なのはとユーノを襲おうとしていた絶体絶命のピンチ。
俺と佐倉は、そのピンチにどうにかギリギリで駆け付けることに成功していた。
だが、やはりというか、彼ら二人の置かれていた状況というのは、『原作』のどこにも存在しないものだった。
(なんだよ、あの雷の怪物は…!?)
あの時に出会った不思議の国のアリスを思わせるような少女。そして、その少女の傍らに立つ雷の怪物。
もはやこの時点で心が折れそうだったが、はっきり言ってそんな暇はなかった。以前にも高町なのはを助けたこともあるフェイルは、あの黒い男の方に掛かり切りだ。
放っておいても、あの二人を助けるような人間はきっと誰も来ない。つまり、ここで俺達が止まっていたら、間違いなくあの二人が死ぬことになる。だから、今度ばかりは、俺達が動くしかなかった。
「佐倉、一撃だけでいい! 一撃叩き込んだらあの二人を連れて離脱しろ…!!」
「ああもうっ、何でこんなことに…!!」
タイミング的には、本当にギリギリだった。
ユーノのシールド魔法が砕かれた直後、駆け付けた勢いのままに佐倉は自身の渾身の一撃を叩き込んだ。
魔力ランク的にはSランクに迫る魔導師の全力攻撃だ。一撃でコンクリートの地面を数十メートルに渡って吹き飛ばしていた。
ユーノと高町なのはが驚いた表情でこちらを見ていたが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
「佐倉…!」
「分かってるよ…!?」
撃ち込んだ攻撃によって発生した大規模な土煙。
焦燥に駆られながらも、その隙に乗じて、俺と佐倉はユーノとなのはの二人を連れての離脱を試みる。
なのはとユーノの二人を引っ掴んで、そのまま一目散に逃げようとした。
「―――他はともかく、転生者であるキミは逃がさんよ」
底冷えのするような声が響いた。
それと同時に何かを砕くような音が聞こえた。
雷の魔獣が文字通り地面を蹴り砕いて突進した音なのだと理解する前に、その獣は俺達がいるところまで追い付いていた。
(迅ッ…!?)
(デカいくせに…!?)
重量級の巨体だとは思えないような圧倒的な速さだった。
こちらだって全力で逃げに徹したはずなのに、あっという間に追いつかれた。
切り裂くかのように土煙の中から飛び出してきたと思ったら、すでに横に並ばれている。
追いついた勢いをそのままに雷を纏った拳が撃ち込まれた。
「「「「―――ッッ!!!」」」
その拳は空振りで、俺達の誰にも当たらなかった。
だが、その空振りだった拳はそのまま地面にぶち当たり、尋常でない破壊をもたらしていた。
最初に佐倉が吹き飛ばしたのに比べて2倍近い範囲が、たった一発の衝撃で消し飛んだ。
(速さとパワーの両方で佐倉以上ってことかよ…!?)
速さとパワーの両方でこちらを数段は上回る相手。まともに正面からぶつかっても負ける公算が大きい上に、速さで負けている時点で撤退すら難しい。
もちろん、今もフェイルたちが戦っている黒い奴に比べれば、コイツが遥かにマシな相手だということは直感的に分かる。
だが、それでも、自分たちが相手にしている魔獣の戦闘力を目の当たりした俺の背中に戦慄が走っていた。
「佐k――…」
佐倉の顔を見た瞬間、俺は言葉を失う。
その時の彼女は、怯え切って、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
前世も含めての人生の中で、初めて経験する本物の殺し合い。しかも、こちらを殺しに掛かって来ているのは、明らかに自分たちよりも強い猛獣だ。
戦うための技術や力を持っていることと、本当に危険な存在に立ち向かう勇気とは全く別のものだということを、俺も佐倉も今更になって思い知っていた。仮にライフルを持っていたとしても、自分に迫り来る猛獣を冷静に撃てる人間なんて滅多にいないのと同じだ。
それを思えば、本当の土壇場を前にして動きが止まった彼女を責めることは誰にもできまい。だが、この場においては致命的な隙以外の何物でもない。
「…! 動きを止めちゃダメだ…!!」
ユーノの焦った叫び声が響いた。
あっと思った時には、すでに何もかもが遅かった。
まさにその瞬間、俺と佐倉の二人は、雷の魔獣に殴り飛ばされていたのだった。
あとがき:
以前にも書きましたが、二次創作でオリ主の方々が言っている『殺す覚悟』というのは、本来的に『罪の免除』とは全く別次元の問題だと思います。
だから、この両者を同列に繋げて論じるような言い方をしているオリ主の方々を見ると、自分としては「何を勘違いしてんだ、テメェは」と言いたくなります。
今回のエピソードでは、間久部博士の右腕を吹っ飛ばしたことに対して動揺した高町なのはを描きました。それに対して、殺す覚悟・傷付ける覚悟が無いからだというのは、確かにそうかもしれません。そういう意味では、何の躊躇や動揺もなしに敵を殺傷しまくっている一部のオリ主の方々は、確かに殺す覚悟を持っているのかもしれません。
ただ、そういう何の躊躇や動揺もなしに敵を殺しまくっているようなオリ主様が語る『殺す覚悟』というのが何を指しているのかを分析してみると、せいぜい戦場で相手を殺傷しても、それに対して動揺しないための心構えというくらいの意味しかないように思えます。そして、その心構えに必要なものをさらに細かく分析すると「殺意を高める」「戦う相手に対する共感性の鈍麻」「殺傷することに対する忌避感や罪悪感の軽減」などといった、ようするに『人でなしになる心構え』としか言いようが無いんですよ。
戦いという修羅場においては必要な心構えではあるのかもしれませんが、普通の思考で考えれば『罪の免除』とは完全に逆のベクトルであり、断じて同列に並べられるものではないと思います。リリカルなのはのオリ主の中には「俺はお前らと違って、殺す覚悟を持ってる」とか自慢するように言ってるアホも居ましたが、これは極端な話、「自分は人でなしです」と公言しているも同然で、普通に考えたら他人に誇ったり自慢したりできるようなことではないと思います。
少なくとも、自分が憧れた英雄たちは、そんな『殺す覚悟』や『人でなしになる心構え』を他人に誇ったり、他人に自慢するようなことは殆どしていなかったと記憶しています。戦士としてはともかく、人間としてはむしろ恥ずべき事かもしれないと自覚していて、己の内だけに秘めていたことの方が圧倒的に多かったと思います。基本的に自分の内にだけ秘めておくべきものなのに、オリ主の方々はそこを勘違いして他人に誇ったり、自慢したりしようとするから、妙なことになるんですよ。
Fate/hollow ataraxiaでのランサーなんかは「仲が良くても肉親でも、敵なら殺す」という戦士としての自分の心構えを士郎に語っていたことはありましたが、あれは単に語っただけで、別に自慢したり、押し付けたりしようとしていた訳ではないでしょう。