『自称神(笑)』と『転生者(笑)』を赤屍さんに皆殺しにしてもらうだけの話 作:世紀末ドクター
俺と佐倉の二人が、雷の魔獣に殴り飛ばされた。
吹き飛ばされて、宙を舞っている最中に高町なのはの悲鳴が聞こえたが、それもどこか遠くに聞こえた。
バリアジャケットのお陰で致命傷には届いていない。バリアジャケットに付随する防御フィールドの効果の範囲内にいた俺もどうにか生きていた。
吹き飛ばされて地面に転がる佐倉。フェレット姿である俺も彼女の肩から投げ出され、地面に叩きつけられる。
(っ…痛ってぇ…!)
全身が痛むが、どうにか動ける。
佐倉の方もどうやら無事らしく、起き上がろうとしてる彼女の様子が見えた。
もしも、相手にしているのがあの黒い男の方だったら、さっきの一撃を喰らった時点で俺も佐倉も確実に死んでいる。
それを考えれば、まだマシと言える状況ではあるが、それでも状況が悪いことは変わらない。起き上がろうとしている佐倉に対し、すでに魔獣の追撃が迫っていた。
その速さは、ユーノとなのはが割り込む暇すら無い。
「う、お、ああああ!!!」
ほとんどパニック状態だっただろう。
手にしている刀型のデバイスを無我夢中になって振り回しただけだ。
佐倉の振るった刀と、雷を纏った拳とが互い違いになるように交錯する。
形としては拳と刀の相打ちになったが、とても互角とは言えない。同時に当たったはずなのに、一方的に佐倉だけが吹っ飛ばされた。
血飛沫が舞い、吹き飛ばされる佐倉。まるで大砲の砲弾のような勢いで宙を疾走し、背後にあったコンクリートのビルに轟音を響かせながら激突。そのままビルの壁を突き破って吹き飛ばされた。
「佐倉…!?」
普通の人間なら間違いなく死んでいる。
だが、Sランクに迫る魔導師である彼女も、当然ながら常人ではない。
地面を削りながら、どうにか彼女も着地している。だが、そこで終わるわけがない。ほとんど間を置かずに幾つものプラズマ球が佐倉へと襲い掛かっていた。
「――ッ!!!」
悲鳴を上げる暇さえ無いほどの速さだった。
コンマ一秒の単位で進行する高速戦闘であり、もしも瞬きをしていたら、その瞬間に動きを見失っている。
迷っている時間も、考えている時間もない。考えるよりも先に身体が動いているような人間でなければ、この状況の中では動けない。
そして、それが出来るのは、当然、俺ごときの凡人などではない。
(マジか、あの二人…!?)
動けないでいる俺を置き去りにして、ユーノとなのはの二人が動いていた。
あの黒い殺人鬼よりもマシな相手とはいえ、どう考えても今の二人が勝てるような相手ではない。
それにも関わらず、相手へと突っ込んでいくなのはとユーノの二人を俺は信じられない気持ちで見ていた。
「やらせるかぁぁぁぁぁ!!!」
ユーノが発動したチェーンバインドが雷の魔獣へと絡みつく。
はっきり言って、その圧倒的なパワーを完全に縛り付けるには到底足りない。しかし、一瞬だけ動きは止まった。
「お願い、レイジングハート!!!」
動きの止まった一瞬を見逃すことなく、なのはが魔力砲撃を撃ち込んだ。
恐怖を振り払うかのような絶叫と共に放った桜色の魔力砲撃は、確実に雷の魔獣を捉える。
しかし―――
「■■■■■――――!!!」
それは人の声ではなかった。
爆音という言葉では到底表現しきれないような大咆哮。
それは、その咆哮を発した魔獣の周囲に視認できるレベルの空気の断層が出来るほどのものだった。
その音のエネルギーは、発生した音圧だけでユーノのバインドを引き千切り、なのはの撃ち込んだ砲撃さえを掻き消した。
「「ッ!!!」」
その在り得ない光景に愕然とするユーノとなのは。
だが、そんな二人の驚きなど一切関係なく、事態は文字通りの意味で音の速さで進行する。
そして、それが音である以上、それは空気の振動を通して周囲に存在する者に無差別に襲い掛かるのは当然だ。
「「「がッ!?」」」
突如、空気の壁を叩き付ける衝撃が俺達の全員を襲った。
なのはとユーノの魔法を掻き消すような音の衝撃。比較的に距離が離れていたとはいえ、俺などはその場から吹っ飛ばされ、今度こそ本当に意識を失う。
分かってはいたことだったが、やはり何の力を持たずにここまで付いてきたのは我ながら無謀だったと言うしかない。だが、全身を叩く衝撃に吹き飛ばされて薄れていく意識の端で、蛍の光を思わせるような色の魔力光が煌めいたのが見えた。
(ああ、なんだ―――)
その魔力光が誰のものかを俺は知っている。
下手をしたらさっきので死んだと思ったが、彼女も何とか生きていたらしい。
はっきり言って、ユーノ、なのはと佐倉の三人だけで、この状況がどうにかできるかは分からない。
ただ、俺は祈るだけだ。これが二度と目覚めない眠りではないことを。そして、次に目が覚めた時、ユーノ、なのはと佐倉も、誰も死んでいないことを。
余りにも速すぎて、そう願うのが精一杯。その思考を最後に、俺は完全に意識を手放したのだった。
◆
雷の魔獣の放った大咆哮。
実際に音の破壊力というのは馬鹿にできない。
もしも、誰も何もしなければ、そのまま全員が死んでいたはずだった。
そんな絶体絶命の状況の中で佐倉が動いた。彼女は、吹き飛ばされて気絶したフェレットをキャッチすると同時に刀型のデバイスを一閃。
その一振りは、音の壁それ自体を斬り裂いて、掻き消していた。
「ハァ、ハァ…!」
デバイスを振り切った姿勢のまま、肩で息をする佐倉。
そんな絶体絶命の状況を土壇場で覆した彼女に対して、間久部博士は率直な感想を漏らす。
「てっきり恐怖に竦んで碌に動けないままで死んでいくと思ったんだが…、どうやらキミのことを少し見くびっていたか…」
そう言いながら、博士は少し意外そうな表情を見せる。
だが、それは彼女の音の壁を斬り裂くという芸当に驚いてのことではない。仮にも『アーカイバ』の力の欠片を与えられている以上、むしろこれくらいの芸当はやって当然だ。
しかしながら、これまでに殺してきた転生者の連中は一度でも恐怖に囚われると、それだけで碌に動けなくなる連中が殆どだった。仲間や肉親が危機に陥っているような時でさえ脚が竦んだまま動けないような連中。
だから、真に見るべきは単純な物理的な強さなどではなく、心の素質だ。完全に心が折れていたはずの状態から、彼女を奮い立たせたもの。恋人、家族や友人などの、自分以外の他者を想うことで発揮できる力と勇気。
(―――実に惜しいな)
今まさに赤屍と戦っている二人の魔導師と比べたら、目の前の少女の実力は劣っている。
そんな弱い人間が健気にも、勇気を振り絞って奮い立つ姿。たとえ、泣きながらでも身体を震わせながらでも、それでも立ち上がった。
少なくとも、その姿は博士と赤屍がこれまでに殺してきた有象無象な連中とは違う。
「…巡り合わせが違えば、或いはキミも今よりもっと強くなれていたのかもしれないな」
フェイルと有希―――赤屍と戦っている最強クラスの魔導師二人にも実力的には遠く及ばないだろう。
だが、天上の星々には及ばなくても、確かな輝きを放つ光。その魂の光に目を細めながら、博士は改めて少女へと向き直る。
しかし、たとえ、どれだけ死ぬのが惜しいと思えるような人間であろうと、最終的には全員を殺す。そこに例外は存在しない。
あの時、赤屍はフェイルのことを殺さずに見逃したが、それにしたって単に殺す順番が後回しになっただけだ。
そして、それは、つまり―――
「…殺す前に、キミの名前を聞いておこうか」
どこまでも真っ直ぐに見据えながら、博士は残酷に告げた。
だが、当然、黙って殺されるなど、到底受け入れられるようなことではない。
「ふざけないで…! こんなところで殺されてたまるか…!」
「…そうだろうな。ならば、死力を尽くして抵抗するといい。個人的には、死ぬまでに名前を名乗ってくれると嬉しいんだがね」
言いながら、博士は魔獣を自分の元に呼び戻した。
博士の傍に侍る雷の魔獣は、野生の猛獣以上の迫力を湛えている。
フェイルや有希のような転生者の中でも別格の実力を有する者ならば、どうにか倒せるかもしれない。
だが、佐倉の実力でこれを相手をするには、余りにも荷が重かった。
「くっ…!」
佐倉にとっても、まさに本当の正念場。
そして、彼女一人だったならば、確実にここで殺されて終わりだったはずだった。
「…! 二人とも…!」
だが、幸か不幸か、この場にいるのは彼女一人だけではなかった。
佐倉に肩を並べるようにして間久部博士の前に立ち塞がった二人の魔導師。
「殺させるもんか、もう誰も…!」
「佐倉さん、僕らも全力でサポートする…!!」
バリアバケットを着込んでいただけあって、ユーノとなのはの怪我は浅い。
だが、この状況で佐倉を助けるために間久部博士に立ち向かえるのは、明らかに怪我の軽さ云々ではない。
「…言っておくが、逃げるなら転生者でないキミら二人は無理には追わん。キミらが戦っても死ぬだけだぞ?」
実力差は歴然。
さらに言うならば、本来的になのはとユーノは巻き込まれただけの第三者。
この状況ならば、ユーノとなのはの二人が逃げたところで誰も非難するようなことはないだろう。
それにも関わらず、ユーノとなのはの二人は逃げる気配が無い。
「…前に、アナタは僕に訊きましたよね。次にアナタ達に殺されそうな人がいたら、僕らがどうするのかって…」
「ああ…、確かに質問したな」
殺されそうになっている者を見殺しにして逃げるのか。
それとも、自分の命を掛けてまで、殺されそうになっている者に手を差し伸べるのか。
そして、今の時点で、なのはとユーノの二人が真久部博士に対峙しているということは、そういうことだった。
「本来的に、転生者たちはこのセカイにとっては『異物』だ。その『異物』を助けることにキミらが命を掛けるだけの意味と価値があると、キミらは信じるのだね?」
白い少女はユーノとなのはに問いかける。
確かに、佐倉のような転生者が、本来のこのセカイにとっては『異物』というのは、ある意味で正しいのかもしれない。
セカイそのものを管理している神様のような俯瞰した視点で見れば、正しいのはむしろ博士と赤屍の方なのかもしれない。
だが、なのはとユーノの心の中にある『何か』は、白い少女の言葉を否定していた。なのはとユーノはそれに従う。人間として、正しいと信じて。
「たとえ、アナタ達が神様以上の存在でも…!」
神様以上の存在だろうと関係ない。
たとえ、本来のセカイにとっては『異物』だったとしても、今のこのセカイでは、間違いなく生きている。
その今を生きている命を奪う権利は、誰にも無いはずだ。迷い無く、理屈や常識を超えて、なのはは己の心を叫ぶ。
「新たに授かったこの命は…、この時間は…! 今手放していいものじゃない!! アナタ達は、絶対に間違ってる!!!」
今の自分に出せるだけの想いを吐き出して、なのははぶつけた。
迷い、悲しみ、怒り――全ての人間的感情を一つの意志に束ねて、それを決意としてなのははレイジングハートの切っ先と共に突き付ける。
物語の主人公たる人間が持つ心の素質。その決死の覚悟に、白い少女さえも心からの称賛で応えた。
「…心の底から敬意を払うよ。キミらの心の在り方の高潔さと、その心に従って、我々に立ち向かえる勇気にね」
まるで眩しいモノを見るように目を細めながら、博士は残った左腕を指揮者のように持ち上げる。
持ち上げられた左腕を合図にして、傍に控えていた雷の魔獣が一歩前に出た。
「だが、私とて、勇気があれば弱くても良いとは言っていない。次は、その心に見合うだけの力を見せてくれ」
事ここに至っては逃げることは不可能。
いや、逃げるにしても、戦いの中で何とか隙を作るしかない。
「佐倉さん…!」
「分かってる…!!!」
ユーノの呼びかけに刀型のデバイスを強く握り直す佐倉。
そして、まさに一触即発の状況で対峙する中、最悪なタイミングで『それ』は起こった。
「「「―――ッ!!?」」」
突然に『星空』が砕けた。
その意味することを察した佐倉達の背筋に戦慄が走る。
それは、つまり、現在、赤屍と戦っていた者のうちの一人―――天音有希が展開していた魔法が解除されたということ。
「どうやら、ジャッカルの方も一段落は着いたようだな…。いや、これは――…」
砕けた星空を見つめていた博士が何かに気付く。
そして、それに遅れてユーノが気付いた。
「ま、まさか…!?」
海鳴市の全域を覆うほどの封鎖結界と、その上空を埋め尽くすほどの魔力弾。
結界を展開している術者が倒されたことで、術者のコントロールから離れたそれらがどうなるか。
「まさか、あの全部が落ちて…!?」
ユーノの最悪の予測は、直感を超えて即座に確信へと変わる。
もう間もなく結界内に存在する全てを無差別に襲う流星が降ってくる。
海鳴市の全域を覆う封鎖結界が完全に消え去る前に、上空に待機させていた魔力弾の全てを一度に降らして、結界内の全てを滅ぼす。
おそらく、たとえ術者である自分が斃れても、最低限、相討ちに持っていくための一種の安全装置という意味もあるのだろう。
「ふむ…落ちてくるまで、あと十数秒といったところかな?」
星の海が崩れ出した。そうとしか表現できない。
砕けた硝子と輝く星の雨が、万雷すらも掻き消すような荘厳な轟音を鳴らして、大地に向かって迸る。
「に、逃げないと…!」
「逃げるって、どこへ…!?」
崩壊しかけた結界内を無差別に襲う流星の雨。
はっきり言って、この結界内である限り、逃げ場など無いだろう。
(ジャッカルならともかく、私では、防御と回避に徹しないとマズイか…)
あるいは、赤屍ならば最初から流星が落ちて来ない場所を見極められるのかもしれない。
だが、赤屍に及ばない間久部博士の実力ではそれは到底無理。少なくとも、今のこの状況は、目の前の小さな勇者たちに構っている場合ではなくなった。
「…キミらは、運が良かったな」
佐倉たちに向けて、白い少女は呟くように言った。
「この流星の雨から生き残れたのならまた会おう。仲間、努力、知恵、勇気…、キミ達の持てる全てを注ぎ込んで挑んでくると良い。ジャッカルではないが、次に会うときは今よりも強くなっていることを期待しているよ」
そう言い残すと、間久部博士はその場から立ち去ろうと踵を返す。
そして、逃げ場が無いほどの流星が地上に降り注いだのは、そのわずか数秒後のことだった。
あとがき:
本編での転生者の方々が生き残る戦略を真面目に考えた場合、赤屍と間久部博士を分断して、誰かが赤屍を引き付けている間に、別の人間が依頼人である間久部博士を始末する、というのが最も実現性の高い戦略だと思います。
それを考えると今回の状況というのは、実はメタ視点的にはチャンスでもあったと言えます。フェイルと有希の二人が赤屍を引き付けている状態で、なのは、ユーノ、佐倉の三人が、間久部博士の方を相手にしている状態だったわけですから、まさに理想的な戦略が実現した状況だったわけですね。だから、もしも佐倉にフェイル並みの実力があったなら、この時点でこの物語は終わっていたかもしれません。あるいは、佐倉以外にも他の転生者が高町なのはを助けようと駆け付けることが出来ていたなら、この時点でも十分に見込みはあったかなと思います。
物語の英雄たちは、普通ならあり得ないとしか思えないような小さなチャンスを掴み取り、勝利や成功を手にします。しかし、せっかくチャンスが巡ってきても、それを掴み取るだけの実力が無ければ何にもなりません。どうして『彼ら』にそれが出来るのかと言えば、いざ目の前にチャンスが巡ってきたとき、そのチャンスを掴むため・掴めるようにするための努力を続けてきて、それに足るだけのモノを持っているからだと思います。
だから、異世界転生というのは、考えようによっては、チャンスを掴むための努力から最も遠い位置にあるジャンルであるようにも思えます。
「この主人公は、異世界転生というチャンスを掴むための努力をしてたのか? いや、そもそも異世界転生のチャンスを掴むための努力って何だよ…。努力もクソもない純粋な『運』でしかないじゃねえか…」
ようするに、大部分のチート転生者って、所詮メッキでしかないんだろうと自分は思います。表面のメッキの綺麗さが無意味とまでは言いませんが、少なくとも自分が尊敬している『彼ら』にとって、その表面のメッキの綺麗さは本質などではありません。与えられたチート能力だけではどうにもならない強い敵が現れたら、それだけで英雄面してイキってる大部分のチート転生者のメッキは剥がれて、地金を晒すことでしょう。
はっきり言うなら、転生の際にチート能力を貰うこと自体は「どうでもいい」と自分は思っています。ただ、与えられるチート能力がメッキだとしたら、そのメッキの下の地金こそが本人の本当の資質として問われるべきで、それこそを物語として描くべきだと思うんですがねぇー…。
表面のメッキだけで満足できるような人には良いのかもしれませんが、自分の場合、粗製乱造型のなろう小説みたいな表面のメッキだけの物語はマジで溜め息しか出ませんわ。