『自称神(笑)』と『転生者(笑)』を赤屍さんに皆殺しにしてもらうだけの話 作:世紀末ドクター
ついでに「怪人バッタ男」のちょっとした過去話でしょうか。
―――異世界転生。
どこぞの小説投稿サイトにて流行している小説のジャンルである。
現代の日本に生きている平凡な(しばしば社会的・性格的・能力的に平均以下の)主人公が、ある日突然、気がついたら異世界に居た。あるいは一度死んで異世界に転生した、という所から物語が始まる。
そうした神様転生系の作品の主人公は、異世界に行った時点で何らかの特殊能力を身につける。それは主人公だけが使える能力で、その能力のおかげで主人公は異世界人たちより優位な立場に立てる。そして、出会う女を助けて、それらを悉く落としていく。
どこかの小説投稿サイトで『テンプレ』などと言われている展開としては概ねこんなところだろう。
(いっそのことオレもチート能力持って異世界に転生したいなぁ…。そこで適当に活躍してハーレム作って楽しく過ごせるのに…)
会社からの帰宅途中、彼はそんなことを考えていた。
彼が暇つぶしに読んでいたネット上に転がっていたWeb小説の主人公に自分の願望を重ねる。
何のことはない。現実への不満からのちょっとした妄想のはずだった。だが、幸運なことに彼の場合には、その妄想を現実にするチャンスが巡って来た。
会社からの帰宅中、信号無視のトラックにはねられて彼は死んだ。
「転生するなら特典をやろう」
まさに妄想が現実になった瞬間だった。
死んだ後、神様を名乗るヤツからそんなことを言われた。
彼が望んだのは、剣と魔法と冒険のファンタジー世界。その世界で誰よりも優れたスペックを与えられて彼は転生した。
(ヒャッハー!! 強くてニューゲームキタコレ!!)
転生した先は、中世~近世ヨーロッパを思わせる文明レベルの世界。
その世界には、普通の人間だけでなく、エルフやドワーフなどの亜人族。そして、ドラゴンを初めとする魔物と呼ばれる生き物も存在している。
かつて、大いなる存在によって創造されたというこの世界では、科学ではなく魔法が生活の一部として息づいていた。
大陸には5つの大国が群雄割拠し、それらの国の全てが王と貴族によって治められている。
――大樹の国「ウロナ」――
五大国のうちの一国。
神話の時代に『始祖』と呼ばれた大魔術師ナローシュがその地に植えたとされる伝説の大樹を国の中心に据えた国家。
その国の辺境の小さな領地を治める貧乏下級貴族の三男として、彼は生まれた。
(奴隷の生まれとかじゃなくて良かったわー)
容姿的にも明らかに平均以上のイケメン。
さらに下級とはいえ仮にも貴族の生まれである以上、最低限の教育を受けられるだろう。
少なくともこの世界での読み書きが出来ないというのは話にならないし、出来ればこの世界の魔術なども学んでみたかった。
普通に考えれば、長男が家を継ぐし、次男は予備と考えて、三男以降は己で生きる道を模索する必要があるからだ。
そして、ある程度の年齢が進んだ頃、両親に頼み込んで魔術や剣術の鍛錬を始めることが出来た。
「…天稟がある」
剣術と魔術の教育係として付けられた者の誰もが彼の才能を称えた。
この世界最高の魔術スキルに、世界最高の身体スペック。それもこれも、転生の際に神様を名乗っていた奴から与えられた転生特典のお陰だ。魔術を初めとして、剣術や格闘術もそれなりに学んだ。しかし、技術なんて大して無くても、常人離れした身体能力と反射神経に物を言わせるだけで、師範クラスだという剣術家も誰も彼には勝てなくなる。
(やっぱり、世の中、持って生まれた才能と環境だな!!!)
はっきり言って、彼は調子に乗っていた。
だが、王都での武術大会に最年少の13歳で優勝するという実績すら挙げているのだ。これだけ周囲の人間と差があったら、調子に乗ってしまうのも無理はないと言えた。
しかし―――
「…勿体無いのう」
ある時、出会った老齢の剣術家がそう言った。
彼の剣術の師である人物の、さらに師匠筋の人物だそうだが、その剣術家は、少年の剣技を見るなり「勿体無い」と評した。
曰く、見た目の動きだけをそれらしく整えただけで、本当の意味での『術理』や『理合』は伴っていない。単純な身体能力と反射神経に物を言わせただけの、ただの力業の剣術。
しかし、そんな力業の剣術であっても、すでに並みの達人が遥か及ばない強さを有している。『技』や『術理』を使う余地が無いほどの、圧倒的な肉体的な素質。もしも、そこに本当の『理合』や『術理』までもが伴ったとしたら、一体どれほどの境地に―――
「お主なら、誰も到達できない『極み』に至れるかもしれんというのに…」
普通の人間には決して到達できない神の領域。
その領域に至れるだけの才能・素質がありながら、彼はすでに現状に満足してしまっている。剣術だろうが何だろうが、現状に満足してしまえば、そこから先の成長や上達は大きくは望めない。実際、今の時点でさえ、世界最強と言えるだけの強さは十分あるのだ。そこからさらに技を極めようなんてことが出来るのは、よほどの武術マニア・剣術オタクだけだろう。
そして、彼の場合、チート能力を与えられて異世界転生して、楽しく過ごしたいとか考えていたような人間である。そこで満足してしまっている以上、そこから更に己の技を高め・極めるということだけを愚直に突き詰めるなんてことが出来る訳がなかった。
(別にいいじゃねえか!技なんて中途半端だったとしても、どうせ俺の方が強いんだからよ!)
彼にとって、武術や魔法なんてのは、自己を高める手段というより、自分が楽しく過ごすための手段の一つでしかない。武術や魔法を学ぶ理由など、それぞれ違うのだから、それはそれで構わないと言えばそうだろう。だから、その老齢の剣術家も、彼のことを勿体無いと思いこそしても、それ以上は何も言うことはなかった。
そして、この世界で14歳になった頃、冒険者になるという旨を書いた手紙を残し、彼は冒険者になるべく実家を飛び出した。
冒険者になった彼は、僅か3年で大陸でも数人しかいないSランク冒険者にまで上り詰めた。
――曰く、最高の冒険者。
――曰く、最強の魔法剣士。
――曰く、大陸史上最強の英雄。
誰もが彼のことを英雄と讃えた。そして、彼自身もそれを否定しなかった。
実際、彼を脅かすような存在や脅威は、この世界には存在していなかった。
ここまで来ると当然、女性にもモテる。事実、彼の冒険者としてのパーティーは美女、美少女ばかりで構成されている。平凡以下の能力しか持たなかった前世では、劣等感ばかりを感じていたが、今の人生はむしろ劣等感を与える側だ。
(これよこれ! これが勝ち組の人生よ!)
冒険者として完全に成功した勝ち組人生。
彼の冒険者パーティーは超一流として知られ、王国から直々に依頼を受けることさえある。
そして、ある日、クエストを受注するために彼のパーティーが冒険者ギルドの支部に訪れた時のことだった。
「こっちのクエストがいいんじゃない?」
「えー?こっちにしましょうよ」
銀の鎧を身にまとった女騎士に、女エルフの弓術士。ローブを着込んだロリっ子の少女魔術師に、天秤の意匠が施された長杖を携えた女性神官。
彼の所属するパーティーのメンバーの女子たちがキャピキャピ話しながら張り出された依頼を選んでいる。
そして、そんな中、ギルドの受付嬢である女性が、彼のパーティーにお願いがあると言う事で声を掛けてきた。
「ギルドからのお願いなのです。ギルド支部長の執務室に来ていただいても宜しいでしょうか?」
案内されて、ギルド支部長の執務室に向かう。
そして、案内された執務室に入ると、ギルド長が執務机の椅子から椅子から立ち上がり、ソファに腰を掛けた。
「来てくれて有難う。まあ、座ってくれ」
「いえ、まあ」
彼はギルド長の向かいのソファーに座った。
「お願いと言うのはだな、Aランク冒険者パーティの『黒の剣』が依頼失敗したと思われる、未踏破ダンジョンの探索だ」
Aランク冒険者の『黒の剣』と言えば、このギルドの中でも指折りの実力派の冒険者パーティーだ。合同で依頼をこなしたこともあるし、お互いにそれなりの顔見知りの間柄だった。
「失敗したと思われる、ってのは…?」
「ああ、あるダンジョンに向かったきり、メンバーが誰も戻ってこない」
おそらく全滅した可能性が高い。
凶悪な何らかのトラップか、強力なモンスターとの遭遇か。
何があるかは分からないが、いずれにしろAランク冒険者の集団でダメだった以上、半端な実力者を送り込む訳にはいかないということだった。
「そんなわけで、ギルドからキミに指名依頼を出すことになった。先行したパーティーの失踪の原因の確認と行方不明者の救出。……生きていれば、だが」
「…知らない相手じゃないですし、微力を尽くしますよ」
「…頼んだぞ」
依頼を引き受ける旨を伝え、ギルド支部長の執務室を退室する。
そして、パーティーメンバーの4人に声をかけ、目的とする現場へと出発した。
―――南方の古代遺跡―――
神紀文明時代の古代遺跡で、すでに廃棄されて八百年の時間が経っている。
そして、その遺跡の地下に巨大な迷宮が発見されたのが、つい2週間前のことだった。
およそ2時間ほどギルドの送迎の馬車に揺られ、一行は目的の遺跡に到着する。ギルドからの情報では、遺跡の一画にある神殿が迷宮への入り口になっているという話だ。
「…ここだな」
神殿の奥にある古めかしい祭壇。
地下迷宮への入り口はその祭壇の後ろに隠されていた。
隠し扉を開けると地下へと続く階段が現れたが―――
「この、魔素の濃さは…」
地下の奥から漂ってくる魔素の濃さに少女魔術師が思わず顔をしかめた。
これだけ不気味な雰囲気を持つ魔力を感じたのは、これまでの冒険の中でも数えるほどしかない。
「中々にヤバそうね…」
「『黒の剣』の方々も、ご無事だと良いんですが…」
メンバーの女神官が行方不明の冒険者たちを心配する言葉を口にする。
明らかにヤバい系の雰囲気だったが、この時点での彼らは自分たちは大丈夫だと疑っていなかった。実際、この世界に本来存在するはずのないイレギュラーが現れさえしなければ、彼らなら問題なく切り抜けていただろう。
「みんな、行こう」
地下の迷宮へと降りて行く一行。
マッピングを行いながら、迷宮の奥深くに進むにつれ、感じられる瘴気も徐々に色濃くなっていく。
彼らの嗅ぎ付けたか、狼のような魔物の群れに早速の歓迎を受ける。
(ま、準備運動は大事だね)
彼にとっては、何てことのない雑魚敵。
異様に犬歯の発達した狼の魔物が3体同時に飛び掛かって来るが、こんなのはただの的みたいなものだ。
速さが違い過ぎて、彼には全ての敵の動きがスローモーションのように見える。すれ違いざまに一瞬で撫で斬りにしてのけた。
「やっぱり、うちのリーダーは凄いわねぇ」
「ええ、流石です」
彼の実力を讃える声に、頬を赤らめた熱の籠った視線。
そうした称賛の言葉や視線を受けて、彼自身も悪い気はしない。
出現するモンスターを倒しながら、ダンジョンの奥に進んでいく一行。
途中、謎解きを必要とするようなトラップもあったが、やがてダンジョンの最深部と思しき場所に辿り着いた。
「ここは…」
そこは玉座の間だった。
玉座の間の奥には短い階段があり、その上には禍々しくも壮麗な大きな玉座が鎮座している。
そして、そこに座るひとつの影が――あった。
「―――…」
玉座に座る人影。
その者が纏っているのは、まるで昆虫の外骨格を思わせるような黒と銀の機械的な全身アーマー。近いものを挙げるなら、前世で見た『仮面ライダー』か、あるいは鉄のラインバレルの『マキナ』を彷彿とさせるようなデザインだった。
そして、おそらくは先行していたはずの冒険者パーティーの失踪の原因なのだが――…
「…ダンジョンの『ボス』でしょうか?」
「…多分、そうでしょうね」
警戒しつつ、いつでも応戦できるように戦闘準備を整えるパーティーの面々。
そのボスらしき人物は、そんな彼らを一瞥すると心底うんざりしたように言った。
「―――いきなりこのセカイに召喚されたかと思ったら、全く、次から次へと…」
言いながらゆっくりと立ち上がる鎧の男。
こちらに対峙するその姿は、こちらの世界で遭遇したどの存在とも違う違和感を感じる。召喚された、という言葉からすると、やはりこの世界の存在ではないのかもしれない。
「―――見逃してやるから、とっとと失せろ。そっちから何かをしない限り、俺の方からは何もしない」
向こう側からすると、こちら側への興味は無いらしい。
しかし、行方不明になった冒険者の捜索という依頼で来ているこちら側としてはそうはいかない。
よく見れば、赤いペンキをぶちまけたような染みが周囲の壁に広がっている。おそらく、それが先行していた冒険者たちの成れの果てだろう。
「…悪いが、それは出来ない相談だな」
言いながら、彼は鞘から剣を引き抜いた。
彼に対して好意を抱いているパーティーメンバーの女性陣の手前、目の前の相手を黙って捨て置くことは出来なかった。
何故なら、彼は彼女達にとっての理想の英雄(ヒーロー)であり、それに相応しい振舞いが求められる。要するに、女性の前でカッコつけたいというだけの見栄に過ぎない。
しかし、結果を言うなら、そうやって普段から周囲の人間に対して、義理人情に厚い完璧超人を演じていることが災いした。
「お前が何者かは知らない。けど、お前に殺された友人達の無念は俺が晴らす」
周囲の壁にぶちまけられた赤い染み。
それに対して、静かな怒りを燃やしている風に装いながら、目の前の『仮面ライダー』モドキの男と対峙した。
そして、そんな彼に対して、女性陣は頬を赤らめた熱の籠った視線で見つめている。
「さっすが、それでこそよね♪」
「やはり、あなたは私の『英雄(ヒーロー)』です」
蝋が溶けるような熱く、蠱惑的な色を帯びた瞳。
己の最強の英雄に対して絶対の信頼を寄せる、恋する乙女たちの言葉。
その言葉の中の一つのキーワードに目の前の鎧の男がピクリと反応する。
「…―――『英雄』だと?」
ギロリとした眼光が彼らを見据える。
「おい。貴様、『英雄』と言ったか?」
今のどこに反応するような要素があったのか。
全く分からずに、少し困惑するパーティーメンバーの面々。
しかし、惚れた欲目はあっても、事実としてリーダーである彼がこの世界で最強の英雄の一人と言われているのは事実だ。
そんな相手が自分たちの仲間・恋人であるのなら、自慢したくなるのもやむを得ないだろう。
――曰く、最高の冒険者。
――曰く、最強の魔法剣士。
――曰く、大陸史上最強の英雄。
彼を称える美辞麗句の数々。
あるいは、これが他の相手であれば、はったりにはなったかもしれない。
だが、それらの言葉は、鎧の男の心の中にあるどす黒い感情に火をつける結果にしかならない。
かつて憧れて、見限った存在。
「もしも、お前がそうだと言うなら―――」
マスクの下に隠れた表情は見えない。
だが、さっきまでと打って変わって、底冷えのするような声だった。
そこに感じられるのは、英雄と呼ばれる存在へと向けれられる憎悪。
「―――『怪人』の俺くらい簡単に倒してみろ!!!」
その言葉と共にその怪人を名乗った男は文字通り爆発した。
全身から魔力を一気に爆発させ、地面すら踏み砕きながらの神速の飛び込み。
そして、その圧倒的な速さは、彼らに反応すら許さない。
「がっ!?」
魔術の発動はおろか、彼が剣を構えるよりも早く、銀色の怪人の右拳が顔面を打ち抜いていた。
彼自身は知らないことだが、彼と同じように銀色の怪人も『アーカイバ』の力を与えられた転生者。さらに、別の世界の違法研究室で生み出された改造人間や強化人間の類であるという出自が重なったことも大きい。単純に『アーカイバ』の力だけでなく、初めから特別に強化された『人間以上』の存在としての身体スペックを持った状態で生まれてきている。
つまりは、この世界に転生して以来、初めて遭遇した対等以上の存在であり、この世界で初めて遭遇する自分と対等以上の速さで動ける相手。
そして、対等以上の速さを持つ相手に対して、見てから反応するというのは困難を極める。現実の格闘技でもボクシングのジャブを本当の意味で見てから避けるのは不可能に近い。
(速過ぎる…!)
実際は、相対的に考えれば、そこまで速くはない。
圧倒的なパワーとスピードは技や術を容易く粉砕するのは事実ではあるが、そこまでの極端な差はない。彼が師から習ったモノが本当の意味で身についていたなら、戦術・技術で十分にカバーできる範囲だ。単に、これまでの彼が余りにも緩い環境に居ただけだ。
「くッ…! この…!?」
鼻血を出しながら、何とか反撃を試みるが、まるで追いつけない。
剣を振るう暇も無く、次々に打ち込まれる打撃。そんな怒涛の連打にさらされて、彼は何もできずに一方的に打ちのめされる。
「遅えよ、英雄!?」
一瞬で距離を詰められ、今度は蹴りが飛んでくる。
咄嵯に防御するが、それも意味がない。ガードごと吹き飛ばされ、壁際まで転がされたところでようやく止まった。
「――どうした? 立てよ? 連れの女も、リーダー様のピンチだってのに支援すらしないのか?」
言われて、ハッとする。
慌てて立ち上がり、剣を構え直す。
そうこうしている間に、先ほどからずっと詠唱を続けていた仲間の一人である魔術師の少女の魔法が完成していたらしい。
杖から放たれたのは、上級の火炎系魔法の業火。
「な…ッ!?」
しかし、相手は避けるどころか火炎に自分から突っ込んで来た。
炎の奔流を突き破り、そのままの勢いで飛びかかって来る。そして、そのまま少女の顔面を鷲掴みにすると、後頭部を地面に叩きつけた。
「……さっき、訊いたな。『英雄』なのかって」
銀色の怪人はゆっくりと立ち上がると、右手で握りつぶしていたものを放り投げた。
言うまでもなく、それは彼らの仲間の魔術師だったものだ。
「「キャアァアッ!!」」
思わず悲鳴を上げる少女たち。
人の死それ自体は初めてではない。だが、このパーティーのメンバーから死人が出たのは初めてだった。自分たちは最強の『英雄』に守られているから、死ぬはずがない、という無意識の甘えが吹き飛んだ。すでに彼女たちにとって、目の前の存在は恐怖の対象でしかなかった。
「もう一度だけ言うぞ。『英雄』なんだろ、お前は。なら、さっさと俺を殺してみせろ」
何の躊躇もなく、自分の仲間を殺した怪物の言葉。
本来なら、激しく怒りを燃やして立ち向かって行かなければいけない場面。
そして、転生して以来、初めて出会った対等以上の強敵。つまりは、間違いなく、彼の100%の力をぶつけられる相手のはずだ。
それなのに、何故―――
(クソッ、何でだよ!? こんな展開――転生した時、神様は何も言ってなかったじゃないか!!)
目の前の男が怖くて仕方ない。
足が震え、まともに立っていられない。剣を構える腕が小刻みに揺れている。
それでも、このままではいけないと、必死になって自分を奮い立たせ、目の前の相手に斬りかかる。
「う、うお、おおおああああ!!」
叫び声と振るわれる斬撃。
その斬撃に対して、怪人の男は一切の躊躇もなく飛び込む。
そして、振り下ろされた刃は、怪人の身体に食い込み、深々と切り裂いた。
(…なっ、えっ!?)
自分の刃が相手にダメージを与えた。
予想外な事態に困惑する彼だったが、その次の瞬間、一気に血の気が引いた。
―――肉を切らせて骨を断つ―――
強敵へと立ち向かう者こそが、持たなければならない心構え。
文字通りの意味で、それをやられたことを悟る。
(―――どうして、お前にはこれが出来ない)
一瞬、そんな失望の言葉が聞こえた気がした。
銀色の怪人の男は、刃が食い込んだと同時に彼の剣を素手でつかみ、そのまま強引に引き寄せる。その次の瞬間、右腕に走る激痛。右腕の骨をへし折られ、折れた骨が筋肉と皮膚を突き破り露出した。
「――ッ!!」
声にならない悲鳴を上げながら、痛みのあまりに剣を取り落とした。
もちろん、左腕は残っている。それなのに痛みに蹲ったまま、落した剣を拾うことすら出来ない。もはや、完全に格付けが済んでいた。
「あぐッ…!」
諦めと絶望が彼の心と身体を支配し、もはや完全に心が折れて、抵抗しようとする気力すら沸いて来ないようだった。
そして、そんな彼の様子を冷めた目で見つめる怪人。
「――くだらねえ…。お前もその程度で戦えなくなるのかよ…」
その銀色の鎧をまとった怪人は、吐き捨てるように言った。
銀色の怪人は、動けないままでいる彼に既に一切の興味を失くしていた。
「…やっぱり、お前も『紛い物』だったな」
最後にそう言い残し、その怪人は踵を返した。
転移系の魔法を発動し、銀色の怪人はその世界そのものから去って行った。
「…見逃され、た?」
彼のパーティーの女性メンバーの一人が困惑したかのような声を漏らす。
彼女達にも一体何が起こったのか全く分からない。そして、この世界で最強の英雄であるはずの彼も、銀色の怪人に打ちのめされたまま、動けないままでいた。ただ、見逃されて自分の命が助かったことを安堵する気持ちしか沸いて来ない。
しかし、そんな安堵を塗りつぶすかのように、その『二人』は現れた。
「これは一体どういう状況なんでしょうね?」
「…どうやら我々より先に誰かが来て、戦っていたようだな」
まるで闇に溶けていたものが浮かび上がったかのような、あるいは、闇そのものが形を変えたとしか思えない突然の出現だった。
一人は不思議の国のアリスを思わせるウサギの人形を抱いた白い少女。そして、もう一人、全身を黒い衣服に身を包んだ長身の男。無限城世界においては、『Dr.ジャッカル』の二つ名で知られる超一級の危険人物。最強最悪の『運び屋』と言われ、無限城世界の裏家業の人間ならば、赤屍蔵人の名前を知らない者は存在しない。だが、ここが無限城世界でない以上、この場に赤屍のことを知っている人間は誰もいない。しかし、知識としては知らなくても、誰もが無意識のうちに理解していた。
―――さっきの銀色の怪人など問題にならない正真正銘の化け物―――
その男は、ただ見ているだけで死の危険の感じさせるような異常な気配を纏っており、その場の全員が金縛りにあったように動けなくなっていた。
本来ならすぐにでもこの場から逃げるべきだと頭では分かっているのに、どうしても目が離せない。肉体が己の考えに従ってくれない。そのもどかしさを、その場の誰もが漫然と感じていた。
「お前らは、一体…?」
胸に抱いた恐れを押し殺しながら、彼は赤屍たちに訊ねる。
しかし、当の赤屍は退屈そうな表情を保ったまま、こう答えた。
「赤屍蔵人。―――アナタをあの世に運ぶ者の名です」
目の前の黒い男はそう名乗った。
抵抗しないと殺されて死ぬ。それが分かっているのに何故か身体が動かない。
「…どうしました? これから殺されると分かったのに抵抗はしないんですか?」
たとえ抵抗したとしても間違いなく死ぬ。
それを一瞬で確信してしまう程の絶望的な力量差。
ましてや、先ほどの戦闘で右腕を潰されている。はっきり言って、立ち向かおうという気など全く湧いてこない。初めて直面する本物の絶望を前にして、動ける訳がなかった。
「ふむ…」
周囲を一瞥する赤屍の冷たい視線。
しかし、その一瞥だけで赤屍の表情に明かな失望の色が浮かんだ。
標的である転生者だけでなく、その取り巻きの女性たちも、赤屍の放つ禍々しい気配に当てられただけで全く動けなくなっている。
「やはり、アナタもこれまでの連中と大して変わりませんね…。今回はハズレのようですし、さっさと片付けて次に行きましょう」
そう言ってメスを取り出した赤屍が一歩踏み出した。
スパァン!という、爽快な音が響いた途端、青年は一瞬にしてバラバラに切り裂かれていた。
「全く…、欠片とはいえ仮にも『アーカイバ』の力を与えられておきながらこの程度とは…」
「まあ、力を与えられた時点の素のスペックだけで、この世界では最強クラスだろうからな…。普通の凡人はそこから更に磨き上げようという思考にはなるまいよ」
ましてや片腕も潰されている状態となると、普通の凡人では立ち向かおうという気すら起こらないのも無理はない。
偶然に最強の力を与えられただけの凡人。それが、赤屍と間久部博士の二人が、彼に対して下した評価の全てだった。
あとがき:
突然ですが、なろう小説のスキルという概念が自分には意味不明です。
特に「剣術Lv.3」とかいう風にスキルにレベルがついていた場合、習熟度を表しているつもりなんでしょうが、自分にとっては余計に意味が分かりません。
たとえば、居合の鞘からの抜き打ちの一撃を例に出しましょう。普通、刀を腰を差す時は刃が上向きになるようにしている訳ですが、そこから抜刀して横薙ぎに斬り付けるとなると、どこかのタイミングで刃を横向きに返さなければなりません。刀の柄に手をかけた時点で、最初から刃は横向きに返しておくべきなのか。それとも、刀を抜き終わった時点で初めて刃を返すべきなのか。居合の抜き打ち動作の中の、どこのタイミングで刃の向きを返すのが正解なんでしょうか? 剣術スキルLv.MAXとかいうスキルを持ってるなろう主人公はこういう技術についての質問をされても、ちゃんとまともに答えられるんでしょうかね?
足運び、手の内、目付け、間合いの取り方だとか、武術・格闘術では考えるべきこと・工夫すべきことは山ほどあります。練習や鍛錬、試行錯誤の繰り返しの中で、よりベターな動き、技術・コツを掴んでいくからLvが上がるのであって、本当に習熟した人間に訊くと、ちゃんとその人が習得した技術やコツについて言葉で教えてくれます。剣術Lv.2→3になったからって、急に間合いの取り方が上達するんでしょうか? 粗製乱造型のなろう小説の主人公で、剣術Lv.2→3に上がったヤツに、そういう習得した技術やコツを教えてくれって言われても絶対に答えられないと思います。
別に、自分は武術の細かい技術の説明を書けと言ってる訳ではありません。主人公が強くなったことを示すのなら、それを物語として描くべきだと思っているだけです。何の工夫や何の考えもなく、ただスキルを繰り返し使うだけでポイントが溜まってLvが上がっていくなんて、それこそゲームの世界だけです。ようするに、描写の云々の問題ではなくて、因果関係がそもそもおかしいというのが、自分が粗製乱造型のなろう小説に感じる違和感の一つです。
また、チート能力で周りからチヤホヤされたいというだけの思考の人間に、武術を極めるということが出来る訳がないとも思っています。そういう思考の人間は、もしも大した努力もなしに世界最強の実力を手に入れたとしたら、そこで満足してしまってそこから成長・上達しようとする気は一切無くなるだろうからです。粗製乱造型のなろう小説の主人公を見ていると、実力を手に入れた時点で修行・鍛錬を辞めているような人間ばかりですし、剣術Lv.MAXとかいうカンストスキルとかの表現なんかも良い証拠だと思います。Lv.MAXとかいう表現自体が自分の限界をそこで決めてしまっていて、限界を乗り越えていくという気概が全く無いのがマジで舐めてると思います。
そもそも武術には『完成』というものが存在しないと考えるべきで、生きている限りは鍛錬・修練を続ける必要があります。たとえば、有能な兵士は、自分の武器のメンテナンスくらい当然のこととして行いますが、武術家にとっての武器とは、己の身体と技に他なりません。つまり、武術家にとっての鍛錬・修練とは、己の心身と技のメンテナンスでもあるということです。だから、鍛錬・修練は武術家にとって当然の嗜みのようなものであって、自分のその技を錆び付かせたくないと思う限り、辞めていいものじゃないんですよ。そんな当然のことすら分かってない人間が『極めた』とか、その時点で舐めてるとしか言いようがありません。
参考までに言うと、神懸かりの達人と言われた合気道の植芝盛平も、70歳を越えても早朝稽古・午後の稽古・夜の稽古、それぞれ2時間ずつを欠かさなかったと言われています。