『自称神(笑)』と『転生者(笑)』を赤屍さんに皆殺しにしてもらうだけの話   作:世紀末ドクター

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第二十七話 『リリカルなのは』の世界で その26

 

 

 

 

 流星の雨が降り注ぎ、結界内のすべての破壊が終わった。

 スカートの裾に着いたホコリを払いながら、間久部博士は周囲を見渡して呟く。

 

 

「いや、なかなかの魔法だったな…」

 

 

 破壊された廃墟だらけで、まるで終末世界のような様相。

 海鳴市の全てが破壊されたが、所詮は現実世界と隔絶された封鎖結界の中での出来事に過ぎない。

 封鎖結界が解除された瞬間に世界の全てが切り替わり、破壊されたはずの建物もすべてが元通りになる。

 しかしながら、封鎖結界内に取り込まれていた人間たちの被害は無かったことにはならない。

 高町なのはの砲撃魔法を撃たせて、わざと吹き飛ばさせた右腕。

 

 

「どうしたんですか、その右腕は…?」

 

 

 後ろから話し掛けられた。

 その声に振り返りながら間久部博士は答える。

 

 

「なに、ちょっとした悪ふざけの結果だ。キミが気にする必要はない」

 

 

 封鎖結界が解除された後、然したる苦労もなく合流できた間久部博士と赤屍の二人。

 当然のように無傷の赤屍だが、右腕が消し飛んでいる間久部博士を見て、赤屍は少しだけ驚いたようだった。

 もっとも、右腕を失くした本人は全く気にしている様子はなく、逆に赤屍に聞き返す。

 

 

「それはそうと、先程までの星空が砕け散ったということは、あの『星空の魔法使い』は殺したのかな?」

 

「いえ、気絶はしていますが、生きてますよ。彼女も見込みがありそうだったので、とりあえず今は殺すのは止めておきました」

 

「そうか…。それなら、キミが片腕を切り飛ばした魔導師の少女はどうだった? 彼女の赤い魔力光が煌めく様子はこちらからも見えていたが、彼女とも戦っていたんだろう?」

 

「ええ、彼女もお元気そうでしたよ」

 

 

 つい先程まで戦っていたフェイル・テスタロッサと天音有希の二人のことを評して赤屍は言う。

 

 

「これまで渡り歩いた別のセカイの連中と比べてもあの二人は別格でしたが…それ故に、他の連中がいかに駄目かが分かりますね」

 

「フ、そうだな…。キミからしたら、そう見えるのも無理はないだろうが…」

 

 

 そう言って、間久部博士は先程、自分が出会った小さな英雄たちについて語った。

 いつもは冷徹そのものの目に、決して届かない場所にある星々への憧憬を宿しながら。

 自分だけでなく、自分以外の誰かのため、あるいは、自分が正しいと思うことのために、恐怖を押し殺して立ち向かって来た小さな英雄。

 そして、その小さな英雄たちが確かに見せてくれた魂の光。

 

 

「…ああいう魂の輝きは直接には目に見えない。だが、その人間の行動にこそ現れる」

 

「ええ、全く同意見です」

 

 

 困難に直面した時、どんな行動を取るかはきっと人によって千差万別。

 ましてや、今回の彼らが直面するのは、赤屍蔵人という異次元の絶望だ。

 そんな異次元の絶望を前にした人間が、どんな突拍子もない不合理な行動を取ったところで何の不思議もない。

 パニックを起こしたり、諦めたり、それとも、勇気を振り絞って立ち向かってくるのか――

 

 

「それで――キミの場合は、どうするのかね?」

 

 

 彼女が振り返った先には、銀色のアーマーに身を包んだ『怪人』の姿があった。

 この人物が赤屍と間久部博士が標的としている転生者の一人であることは、彼ら二人には一目でわかる。

 そして、おそらく『怪人』である彼自身も、赤屍たちに己が狙われていることは分かっているはずだ。

 

 

「キミも我々に殺される対象であることは分かっているはずだろう? それなのに、自分から我々に関わり合いになろうとするなんて正気かね?」

 

 

 一体何の目的と用事があって、赤屍と博士のもとを訪れたのか。

 少なくとも、赤屍と博士の二人と戦いに来た、という訳ではなさそうだ。

 何故なら、赤屍と間久部博士の前に現れた怪人の少年は、ズタボロにされた少女を引き摺っていた。

 そして、乱暴に引き摺られているその少女は、フェイルに良く似ている。

 

 

「確か、その少女は彼女の妹だったか…?」

 

「ええ、初めてフェイルさんに会った時に見た覚えがあります」

 

 

 怪人の少年が引き摺っている少女について、二人は見覚えがあった。

 もしも、本来の『原作』を知っている者がここに居たなら、彼が引き摺っているその少女の姿を見て愕然としていたことだろう。

 

 

 ――フェイト・テスタロッサ――

 

 

 本来の『原作』においてなら、主人公のライバルとなる魔法使い。

 引き摺られているのは、間違いなく原作のフェイトだ。だが、全身がズタズタに傷付けられて、下手をしなくても半殺しで気絶している状態だった。

 状況を考えるならば、この少年が原作のフェイトを瀕死にまでぶちのめしたということだろうが、一体、何でこんなことになっているのか。

 

 

「…アンタが街で起ってるの事件の黒幕か?」

 

「そうだ。そういうキミは転生者の一人のようだが、一体何をしに来たのかな? 我々と戦いに来たのかとも思ったが、どうやら違うようだからな」

 

 

 少しだけ面白そうな顔で、白い少女は聞き返した。

 もしも、赤屍たちと戦いに来たというだけなら、フェイトをズタズタに打ちのめす意味など無い。

 

 

「…確認と取引をしに来た」

 

「…ほう?」

 

 

 白い少女は目を細める。

 取引という言葉に興味を引くものがあったのか、彼女は視線で続きを促す。

 

 

「アンタらの殺す標的には、俺も入ってるんだろう?」

 

「そうだが、まさか、キミが連れてきた少女を身代わりにするから自分だけは見逃してくれ、とでも言うんじゃあるまいな?」

 

「そんな訳あるか。コイツはただの餌だ。コイツの姉…フェイル・テスタロッサを誘き寄せるための囮…人質だよ」

 

「…人質?」

 

 

 赤屍と博士の二人も思わず怪訝な顔を浮かべる。

 フェイルを誘き寄せるための人質と聞こえたが、この期に及んでそんな転生者同士で争うようなことをして一体何の意味がある。

 普通の思考で考えれば、自分たちの命を狙っている殺人鬼が跋扈している状態でやることではない。

 

 

「…俺は、あの女と全力で戦えれば、もう他のことはどうでもいいんだよ。その後でなら、お前らに殺されようがオレは一向に構わない」

 

「ふむ…。ようするに、彼女はキミの獲物だから、彼女に関してだけは我々は手を出すな、ということかな?」

 

 

 一転して、興味深そうな表情を浮かべる間久部博士。

 

 

「確かに、対象の転生者が全員死ぬという結果が果たされるなら、誰が誰を殺してもいいのは事実だ。キミが彼女を殺してくれるというのなら、依頼人である私としては別にそれでも構わんよ。もちろん、その後にはキミにも死んでもらう訳だが、それは分かっているかね?」

 

「…それでいい。あの女と戦って勝てるなら、俺の命はそこで終わって構わない。俺にとって、それだけの価値があの女にはある」

 

 

 もはや狂気すら感じる程の執着だった。

 だが、その狂気を、白い少女は非常に興味深いもののように受け止める。

 

 

「ふむ…。どうやらキミも彼女に相当思い入れがあるらしいが、彼女を見つけたのはジャッカルの方が先だ。キミの『取引』を受けるかどうかはジャッカル次第だよ」

 

 

 そこで彼女は隣に立つ黒い男の意向を窺う。

 そもそも、赤屍達からすれば、ここで怪人の少年を殺しても全く構わない訳だが――…

 

 

「さて…、どうしたものでしょうか…。断ったとしても別に良いんですが…」

 

 

 苦笑するような表情をして、考える素振りを見せる赤屍。

 はっきり言って、ここで怪人の少年を殺してしまうことは簡単だ。

 しかし、どうせならば、より面白くなりそうな選択肢を選ぶことにしよう。

 だから、赤屍は怪人の少年に対して、次のような『条件』を与えることにした。

 

 

「クス…そうですね。それであれば、キミには他の転生者達の篩い分けをしてもらいましょう。ようするに、この私が殺すまでもない相手は、代わりにキミに殺してもらいます」

 

 

 とんでもなく悪辣な条件だった。

 同じ立場の人間を……転生者を、さらに言えばまだ何もしていない連中を殺せと言っているのだ。

 

 

「――わかった。それでいい」

 

 

 だが、怪人の少年は迷うことなく頷く。

 彼は既に決めたのだ。自分がこの世で最も欲している魂の持ち主との戦いを前にした以上は、それ以外の全ては些細なことに過ぎないのだと。

 

 

「クク…面白いな、キミは」

 

「クス…まさか即答されるとは思いませんでしたねぇ」

 

 

 化け物二人が愉快そうに笑う。

 この少年が逆にフェイルや他の転生者に返り討ちにあうなら、それはそれで良し。

 もしも、この怪人の少年が転生者をフェイルも含めて全員殺せるなら、最後に赤屍がこの少年を殺してそれで終わる。

 結局、どう転んでも赤屍達に損はない。

 

 

「…いいだろう。キミは我々と共に来るといい。味方のはずの人間同士が、鉄火場の土壇場で足を引っ張り合うというのは、よくあることだ。転生者同士で潰し合うという展開になるなら、それはそれで面白い」

 

 

 転生者を殺すための尖兵。

 転生者でありながら、他の転生者を殺す尖兵となることで、殺されるのが後回しになった男。

 そんな『前例』が出来てしまったという事実。そして、その事実は、下手をしたら最悪の発想に繋がることになりかねなかった。

 

 

 ――なんだ。アイツみたいに死神に媚びれば、処刑抽選券から逃れられるのか――

 

 

 そんな風な考えを持つ他の転生者が出てきたって不思議じゃない。

 そして、事実として、ここからの海鳴市での転生者を巡る事件は、さらなる混迷へと向かうことになる。

 間久部博士と赤屍蔵人の二人は、そんな怪人の少年と連れ立って、街の中へと消えて行った。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 一方、アースラの治療室。

 そこでは先程の赤屍達との激戦を戦った者たちが集められていた。

 あの後、時空管理局の執務管であるクロノが現場の巡回をして、あの場に居た関係者の面々を集めて回ったからだ。

 

 

「つーか、佐倉、よく無事だったな…」

 

「無事じゃないよ…。本当に死ぬかと思った…」

 

 

 佐倉とユーノから自分が気絶した後の顛末はざっと聞いたが、本当に、生き残れたのが不思議なくらいだった。

 辺りをざっと見まわすと、自分たち以外でその場に集められているのは、クロノ、ユーノ、高町なのはに、八神はやての原作キャラの面々。

 それだけでなく、原作には居なかったはずの人物――あの黒い男と交戦していたはずの天音有希までもがその場に居た。

 

 

(あの人、右眼が…)

 

 

 彼女の右眼が眼帯で覆われている。

 その怪我が、有希とフェイルの二人が経験した激戦がどれだけのものだったかを物語っていた。

 そして、そんな彼女を心配そうに八神はやてが傍に寄り添っている。

 

 

「…おい、佐倉」

 

「なに?」

 

「フェイルは?」

 

 

 あの時、あの黒い男と最前線で戦っていたのは、天音有希とフェイル・テスタロッサの二人。

 だが、そのうちの一人である天音有希がここに居るのに、もう一人のフェイル・テスタロッサがここに居ないということは、まさか――

 

 

「…あの子も生きてるけど、こっちとは完全に別行動だよ。クロノもあの子に事情聴取のために同行を依頼したんだけど――…」

 

 

 最悪の予想が頭を過ったが、どうやら彼女も生きているとのことだった。

 しかし、クロノが彼女に同行を依頼した所で、使い魔のアルフからの念話が飛んできたらしい。

 曰く、フェイトが行方不明で、念話も繋がらないという。

 

 

「フェイトが行方不明…?」

 

「その報告を聞いたら、あの子、血相を変えて飛び出して行っちゃって…」

 

「引き止めなかったのかよ…!?」

 

「いや、引き止めようとはしたんだよ? けど、止めようとしたクロノも、逆に一撃であの子に沈められたからね…」

 

 

 佐倉が遠い目になる。

 なるほど、さっきからクロノが治療室のベッドに寝かされているのはそれが理由か。

 しかし、フェイトが行方不明というのは、一体何がどうなってる。

 

 

(まさか、あの殺人鬼の二人組が連れ去った…?いや、アイツらがそんなことをする意味なんて――…)

 

 

 と、その時。

 不意に治療室の扉が開いた。入ってきたのはエイミィとリンディ艦長だ。

 

 

「あら、クロノも気がついた?」

 

「母さ…、いや、艦長……。ええ、なんとか」

 

 

 ベッドから起き上がるとクロノもリンディの隣に並ぶ。

 ちょうど目が覚めたタイミングだったらしいが、その顔色はあまり優れないようだった。

 

 

「…さて、いずれにしろ、まずは自己紹介からね」

 

 

 そう言って、彼女は姿勢を正して、敬礼する。

 そして、その敬礼と同じように敬礼で追従するクロノ。

 

 

「…改めまして時空管理局の本局所属、次元航行艦『アースラ』の艦長、リンディ・ハラオウンです。この度は、此方の任意同行に応じてくれたことを、先ずは感謝します」

 

「…時空管理局の執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 

 

 自分たちの所属と立場を名乗るクロノとリンディ。

 そして、彼らは真剣な面持ちで本題に切り込んできた。

 

 

「…それで早速、教えてもらっていいかしら? 貴方達が一体、何者で…この世界、いや、この街で何が起きてるのか」

 

 

 さて、どこから話せばいいのか。

 それに自分たちが転生者であることや、八神はやてや闇の書のことも含めて、一体どこまで話すべきなのか。

 特に、天音有希の方は、八神はやての保護者のような立ち位置みたいだが、彼女の意向も聞かずに『闇の書』のことまで含めてここで話すのは、どう考えても拙い気がする。

 

 

「…分かりました。この中では私が一番年長ですし、私から話します。…と言っても、私だって全部を知ってる訳じゃないでしょうし、キミ達も必要なら補足して」

 

 

 そう俺たちに前置きして、有希は語り出した。

 輸送中の事故でばら撒かれたジュエルシード。そして、それを回収するためにこの世界にやって来たユーノ・スクライア。

 ユーノが助けを求める声に応えて彼の元に向かい、そこで魔法という特別な才能を目覚めさせた高町なのは。

 

 

「…多分だけど、そこであの『化け物』に出会ったんでしょ?」

 

 

 確認するように言う彼女に対して、高町なのはとユーノはこくりと頷く。

 こちら側の事情説明は、主に天音有希が話し、それに対して、他の人達が随時補足するという形で進んでいく。

 そして、彼女が言う『化け物』というのは、言うまでもなく、あの殺人鬼の白黒の二人組のことだ。

 

 

「いま、この街を騒がせてる事件のことね? この世界の新聞とかも見たけど、貴方達二人はそこに遭遇した…、と」

 

 

 報道されている内容では、その場で27人もの人間が殺されたとある。

 その記事の余りにも凄惨な内容に、思わずリンディも眉を顰める。

 

 

「…いや、ちょっと待ってくれ。どうして、キミ達二人は生きてるんだ? それに管理外世界であるこの世界に、そんな多くの魔導師が居るなんて…」

 

 

 クロノからのもっともな疑問と指摘。

 ユーノの広域念話に反応して集まった多くの魔導師たち。

 管理外世界である地球にそれだけの数の魔導師が存在することも不自然だし、それらの魔導師が皆殺しにされている状況で、ユーノと高町なのはの二人だけは見逃されて生き残っていることも不自然だった。

 クロノの指摘に対して、今度はユーノが答える。

 

 

「…ヤツらは自分たちのことを、『運び屋』と『雇い主』だと言ってました。そして、『特定の条件』を満たす人間をあの世に運ぶ、という依頼で動いてるって…」

 

 

 奴らが殺す標的となる特定の条件。

 そして、その条件が一体、何なのかが最大の問題だった。

 正直、俺としては確信に近い答えを持っていたが、それを裏付ける情報はこれまでは持ってなかった。

 そして、その答えを確定させる情報は、この時点では誰も持っていないと俺は思っていた。

 しかし――…

 

 

「あ、あの…」

 

 

 そこで高町なのはがおずおずと口を開く。

 

 

「その…、あの、二人組の白い女の子から話なんですけど――…」

 

 

 嫌な予感がした。

 その先を聞いてはいけない。聞いてしまったら、もう後戻りできない気がした。

 そんな俺の胸の内とは裏腹に、高町なのはは語り続ける。そして、そこで語られた内容は、俺たちにとって絶望としか言えないものだった。

 

 

「人造の神様、だと…?」

 

「私達で言うところの『ロストロギア』の一種かしらね…。レベルは桁違いだけど…」

 

 

 クロノとリンディが、その内容に対して、そんな感想を述べる。

 こことは違う世界で作られた人造の神『アーカイバ』。その残骸を手に入れたことで、神に近しい存在となった者達。

 そうした者達によって、力の欠片を与えられた『転生者』という存在。

 

 

「あの女の子が言ってたんです…。魂に刻み込まれた『力の欠片』を回収するために、色んなセカイを渡り歩いて、転生者を殺して回ってるって…」

 

 

 転生者に与えられた『力の欠片』というのは、転生の際に与えられる特典のことだろう。

 そして、あの殺人鬼に命を狙われる条件が、これで確定的に判明する。

 

 

「じゃあ、なに? 『本物の神様』を殺せるような連中が、コッチの命を狙って来てるってこと…!?」

 

 

 話を聞き終えるなり、佐倉が高町なのはの方に食って掛かる。

 彼女は高町なのはの襟元を掴んで引き寄せると、噛みつくような勢いで言葉をぶつける。

 

 

「そんなの! そんな相手、どうしようもないじゃない…!」

 

「……っ」

 

 

 その剣幕に気圧されて、なのはは委縮してしまって、何も言葉を返せない。

 

 

「おい、佐倉!やめろ!」

 

「あわわっ……、さ、佐倉さん! 落ち着いて……」

 

 

 ここで高町なのはを責めた所でどうにもならない。

 思わず声を荒げてしまう佐倉をユーノと俺が宥めようとした。

 だが、そんな俺たちに対して佐倉は更にヒートアップしていく。

 

 

「っ! なによ…!? こんな話聞かされて、落ち着けっての!? …うぐっ!?」

 

 

 急に胸を押さえてその場に倒れこむ佐倉。

 

 

「お、おい!? どうした!?」

 

「う……、くる……し……」

 

 

 尋常じゃない苦しみ方。

 その様子を見て、高町なのはが慌てて彼女を抱き起した。

 

 

「佐倉さん!? 大丈夫!?」

 

「あ……、ぐぅ……」

 

 

 声を掛けても、まともな反応が返ってこない。

 その間にも彼女の呼吸はどんどん荒くなり、顔色が青く染まっていく。

 

 

「…みんな、落ち着け。おそらく、過剰なストレスからの過呼吸だ」

 

 

 オロオロと俺たちが慌てる中、クロノの冷静な声が響いた。

 時空管理局の執務管だけあって、ある程度の医学的な知識も持ち合わせているらしい。

 クロノは慌てたり、騒ぎ立てることなく、テキパキと処置を施していく。

 

 

「いいかい? まずはゆっくりと息を吐き出して……、ゆっくりとだ」

 

 

 そんな彼の言葉に従って、佐倉は言われたとおりに呼吸する。

 それに伴って、徐々に彼女の顔色も戻りつつあった。だが、ようやく過呼吸が収まっても、彼女はそのままぐったりとしてしまった。

 そんな様子を見てリンディが目を細める。

 

 

「酷い衰弱ね……。もう少し詳しい話を聞きたいのだけど……、今日はここまでかしら」

 

「……そうですね」

 

 

 少なくとも、佐倉に関しては、これ以上の話をするのも、話を聞くのも難しそうだ。

 だが、現状で確認・共有できた情報の内容としては十分だろう。

 

 

「…ひとまず、あなた達の身柄はアースラで保護します」

 

 

 そう言って、リンディは有希とはやての方へと視線を向ける。

 

 

「多分だけど、八神さんもただ巻き込まれただけの一般人…、という訳じゃないんでしょう?」 

 

「…はい」

 

 

 リンディからの問いに有希はこくりと頷く。

 今代の『闇の書』の主である八神はやて。ある意味、リンディやクロノにも因縁のある相手だ。

 事ここに至っては、八神はやての事情のことも彼らに説明する必要があるのは確かだ。

 

 

「…分かりました。詳しい事情は後で聞きます。今日はもう終わりにしましょう」

 

 

 その場から立ち上がると、リンディはクロノに目配せする。

 

 

「クロノ執務管、貴方が彼らの護衛についてあげなさい」

 

「了解です、艦長」

 

 

 どうやらクロノが俺達の護衛についてくれるらしい。

 だが、誰が護衛についていたとしても、あの黒い男が襲って来たなら、護衛など無いも同然だろう。

 神に近しい存在すら殺してのける相手。そんなレベルの相手が、佐倉たちを殺すために襲ってくる。その事実が余りにも重くのしかかっていた。

 

 

「ごめん…。もう少しだけ…、こうさせて…」

 

 

 そんな中、佐倉は弱々しく呟き、俺の手首を掴む。

 俺は彼女に対して碌な言葉を掛けることも出来ずに、ただ、彼女の手を握り返すことしか出来ない。

 

 

(これから、どうしたらいい?)

 

 

 正直、すでに最悪の状態だと思っていた。

 実際に『原作』の事件を遥かに超える絶望的な状況に置かれているのだから。

 だが、まだ最悪ではなかった。多くの場合、最悪の事態というのは想像を超えて来るということを俺は知った。

 

 

 

 ――怪人『バッタ男』――

 

 

 

 同じ転生者でありながら、奴らの尖兵として転生者を殺す役割を果たすことで、殺されるのが後回しになった『怪人』の男。

 まだ、この時点では俺達はその存在すら一切知らない。そして、その男の所為で、事態はさらに混迷へと向かうことになることを俺達はまだ知らなかった。

 

 

 




あとがき:


 クソゲーの難易度がさらに上がります。ただでさえ絶望的な敵が最後に控えてるのに、怪人『バッタ男』という中ボスまで出て来ます。ついでに、他の転生者を殺す尖兵となることで、殺されるのが後回しになったという『前例』のお陰で、転生者同士の仲間割れが誘発される可能性すらあります。


ワイ「うん、これはどう考えても無理やな!」


 自分がこの作品の特典持ちの転生者の立場に置かれたら、間違いなく絶望して諦めます。ですが、この絶望を何とか乗り越えようと出来るなら、精神的には間違いなく『英雄』だと思います。
 しかし、毎度毎度、疑問なのですが、転生特典とかで規格外の力を外から持ち込んだら、それを巡ってのトラブルなんかが起こっても不思議じゃないと思うんですが、転生者の多くはそんなことを全く考えません。
 転生者である自分が『原作キャラの事情』に巻き込まれることは警戒するのに、自分の『転生者の事情』に原作キャラを巻き込んでしまう可能性を全くと言っていい程に警戒しないのは何故なんだぜ?

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