『自称神(笑)』と『転生者(笑)』を赤屍さんに皆殺しにしてもらうだけの話 作:世紀末ドクター
「ユーノ君…」
呼んだところでどうしようもない名前がなのはの口からこぼれた。
走り去っていったユーノを呆然と見送ったまま、なのははその場で立ち尽くしていた。
(私は…)
自分に『魔法』という力を与えてくれた赤い宝石。
その名に『不屈の心』の意味を持つ魔法のデバイスを見つめながら彼女は思い出していた。
――み、見逃してくれ…!――
――くあぁぁっっ!!!――
記憶に焼き付いた悲鳴と血の匂い。
昨晩の惨劇からまだ一日も経っていない。
(…夢じゃない…)
あのときの全ては現実だ。
先程、ユーノは昨晩の惨劇のことは忘れて元の日常に戻るべきだと言った。
だが、忘れるなんて、とてもそんなこと出来る訳がなかった。さっき、ユーノはたとえ一人でもジュエルシードの捜索を続けると言った。
しかし、一方の自分は立ち向かうという選択どころか、逃げるという選択すらできず、その場に立ち止まったままでいる。
「どう…しよう…」
俯いたまま結論が出せないなのは。
そして、その場で動けないままでいるなのはの元へ美由希が追い付いてきた。
「なのは!」
美由希に後ろから声をかけられ、そこでようやくなのはは我に返る。
「もう!急に病室を飛び出して!心配したじゃない!」
「美由希お姉ちゃん…」
「中庭に何かあったの?」
「うん、さっきまでユーノ君が…」
「ユーノって…、なのはが言ってたフェレットの?」
美由希は周りを見回すが、すでにユーノは立ち去った後でどこにも見当たらない。
ひとまずなのはに病室に戻るように促す美由希。
「なのは、病室に戻ろう」
「うん…」
なのはは美由希に連れられて病室へと戻っていった。
そして、彼女らが病室へ戻った頃、士郎と恭也も話し合いを終えて病室に戻って来ていた。
「二人ともどこに行ってたんだ? しかも、なのはは裸足じゃないか」
「ご、ごめんなさい…」
素直に謝るなのは。
そして、士郎はなのはを座らせると、真剣な面持ちで話を切り出した。
「…なのは、先に言っておく。今回の事件、お前はただの被害者で傍観者だ。
お前が現場に行った時には、すでに犯人はその場に居なくて、バラバラの死体だけが残されていた。誰に何を訊かれても、それ以外は喋らなくて良い。たとえ警察の人にもだ」
士郎の言葉を聞いた美由希となのはの驚いた表情。
たった今、士郎が告げた言葉が意味するところとは、つまり―――
「本気なの…?」
士郎の言わんとすることを察した美由希が思わず困惑の表情で士郎と恭也を見る。美由希となのはから見ても、士郎と恭也は非常に正義感の強い性格だと言える。
だからこそ、そんな二人が揃ってこんなことを言い出すなど、美由希にとっても意外なことだった。
――困っている人がいて、助けてあげられる力が自分にあるなら、そのときは迷っちゃいけない――
なのはも美由希も父親である士郎からそう教えられている。
ある意味、その教えに反するような士郎の決定に、なのはも美由希も少し驚かずにはいられなかった。
確かに「魔法」や「魔導師」なんて、素直に話しても普通の人は簡単には信じてくれないだろうということは分かる。
だが、今回の事件に関していえば、なのは自身は犯人の姿も顔も見ているのだ。それなのに、警察に対しても犯人について一切の証言すらしないというのは……。
「で、でも、それじゃあ…」
案の定、なのはの方が難色を示す。
しかし、これに関しては士郎と恭也が考えた結果の結論だ。
普通に考えて、魔法や魔導師なんてことを素直に警察に話しても信用される訳がない。
最初は、魔法や魔導師のことをぼかして警察へ証言することも考えていたが、それを誤魔化すためのカバーストーリーを仕立てても、下手な証言はどこかで必ずボロが出る。
だったら、最初から何も知らないことにして黙秘を貫いた方がマシだろうと士郎と恭也は判断した。
「なのは、たとえばの話だが魔法や魔導師のことをぼかして証言して、その結果、事件とは関係ない第三者が冤罪で捕まったらどうする?」
難色を示していたなのはだったが、士郎の指摘に言葉に詰まる。
確かに証言を偽るのであれば、そういう可能性もないとは言えない。
言葉に詰まってしまったなのはに、士郎は酷く苦々しい顔をして話を続ける。
「正直、実際に見たお前が誰より分かっていることだとは思う。今回の事件の犯人は明らかに常軌を逸しているんだ。そして、おそらく…警察では捕まえられん」
実際に見たわけではないが、なのはの話を聞いただけでも分かる。
圧倒的という表現を軽く通り越した絶望的な強さと、狂気をはらんだ精神性。
完成された御神の剣士相手では、銃火器を装備したものが100人ほど居ないと倒せないと言われているが、今回の事件の犯人は間違いなくそれすら上回る。
「俺は以前、『困っている人がいて、助けてあげられる力が自分にあるなら、そのときは迷っちゃいけない』とお前たちに教えた。今でもお前たちにはそうあって欲しいと思う。だが、それはあくまで自分の身の安全が確保されているということが前提だ」
正直、事件についての証言をするだけでも、今回について言えば命がけである可能性すらある。
昨夜の時点で見逃しているなのはに対して今さら犯人が何かを仕掛けてくるとは少し考えにくいが、犯人の気が変わって目撃者・証言者であるなのはを殺しに来ないとは言い切れない。
この事件を起こした犯人の常軌を逸した精神性を考えれば、その可能性はあり得ないとは言えないだろう。
「だから、なのは―――」
そこで士郎は改めてなのはを見据える。
「今は、自分のことを一番に考えるんだ。そのことでお前が責められる謂れは何一つ無い」
士郎ははっきりと言った。
実際、父の言っていることは正論だとなのはも思う。
しかし、頭では分かっていても、心では中々納得できるものではない。
記憶に焼き付いた犠牲者たちの悲鳴と血の匂いが、怨嗟の声となって彼女を苛む。
――なんでお前だけ助かった――
――皆、幸せになりたかったのに、お前だけが裏切った――
――何で助けてくれなかったんだ――
昨夜のことを思い出しただけで、聞こえるはずのない声がなのはには聞こえる。
一般的に『サバイバーズ・ギルト』と呼ばれる心理状態であり、こうした心情を持つ子供のケアというのは実は相当に難しいと言われている。
特に小学生くらいの年代の子供になると、自分に何か責任があったのかも、あるいは何かできたはずなのになどと思い悩むこともあり、そのような悩みを打ち明けられずにいることも多いという。
そして、このような場合、悩みを口にできる機会を作ってあげて、当事者の気持ちを汲み取ってあげることが大切なことになる。しかし、なのは自身が自分の内に抱え込みやすい性格であるため、士郎たちも彼女がそうした心情を抱えていることにこの時点では気付くことはなかった。
(ユーノ君は、自分に出来ることをしようとしてる。だけど、自分は――…)
生来の彼女が持つ正義感と、生き残ってしまったことでの罪悪感。
どこぞの『運命』の名を冠する物語では、その二つが結びついてしまったことで『正義の味方』という強迫観念に突き動かされるロボットのような少年が出来上がってしまった。
もちろん、なのはの人生が彼と同じようなものになると決まった訳ではないが、もしもこの時、士郎たちがなのはのそうした心情を拾い上げることが出来ていたら、また違う未来となっていたのかもしれない。
(私は、どうしたらいいの…?)
自分のするべきことが分からないなのは。
何をするべきかも分からず、その場に立ち止まったままでいる自分が酷く情けなく感じられる。
なのははユーノから手渡された赤い宝石を無意識に握りしめていた。彼女の中の不屈の心は決して燃え尽きた訳ではない。
けれど、今の彼女は自分を見失ったまま、その場から動き出す勇気すら持てないままでいた。少なくとも、今はまだ―――
◆
なのはが答えを出せずに立ち止まっているその頃。
海鳴市を恐怖のどん底に突き落とした二人の死神はあるビルの屋上から街の様子を見下ろしていた。
頬をなでる風を感じながら、間久部博士と赤屍は、昨晩の現場で見逃した少女とフェレットの姿をした少年について話していた。
「立ち直れるかな、あの二人は?」
「さあ? 私としては別にどちらでも関係ありませんね」
いかにも興味なさげな赤屍な対応。興味の無いことには徹底して無関心。
そんな如何にも赤屍らしいセメントな対応に博士は思わず苦笑してしまう。
「ククッ、実にキミらしいな」
赤屍にとって最も重要なことは、強いかどうかの一点のみ。
相手がどんな想いや信念を持っていようと、相手が弱ければ何の躊躇もなく殺してのけるのが赤屍である。
そして、それはなのはやユーノが相手であっても変わらないだろう。
「確かに、純粋な戦闘力で言えば、彼らはキミの足元にすら及ばないだろうがね…。だが、だからこそ私はあの少女と少年にも期待しているんだよ」
昨夜、あの少年と少女は赤屍蔵人という最強最悪の死神の強さと残酷さを目の当たりにした。
普通の人間ならばトラウマ確定の恐怖体験であり、精神的には二度と立ち直れなくなっても全く不思議はない。
しかしながら、そうした絶望から立ち上がろうとする気概や勇気こそ、人間の持てる最大の輝きだとも言える。
妖しげな笑みを浮かべながら博士は語る。
「前にも少し話したが、恐怖や絶望を乗り越えて進もうとする人間の姿は美しい。敵であれ、味方であれ、私はそれを見たいのさ」
彼女のこういうところは、赤屍がほとんど相手の強さにしか興味はないのと対照的な点だと言える。
しかし、一方の赤屍はそんな彼女の言葉も全く意に介さない様子だった。
「もし仮に立ち直れたとしても、私の前に敵として立つなら容赦なく殺しますけどね?」
「フッ、それは分かっているさ。だが、そもそもあの二人のジュエルシード集めという目的と、我々の転生者を始末するという目的は本来的には競合しない」
博士の言う通り、赤屍達の目的となのは達の目的は本来的には全くの別問題だ。
だから、本来ならばあの二人がジュエルシード集めを続けるのだとしても、それはイコールで赤屍たちの敵となるという訳ではない。
「もしかしたら二度と会うことも無いのかもしれん。だが、もしも彼ら二人が昨夜のような現場に出くわしたとしたら、彼らがどうするのかは少し興味がある」
殺される被害者のことなど見捨てて逃げるのか。
それとも、殺される被害者を助けるために赤屍たちと戦うのか。
「もしもあの二人が敵として我々の前に立つなら、死ぬことは確実だ。何しろキミが居るからな。しかし、それを分かった上で、それでもなお我々の前に敵として立てるなら、そうした死への恐怖を乗り越えて来たということに他ならない」
彼女の語る言葉にわずかだが熱が帯びる。
「だから、ジャッカル―――」
白い少女は改めて赤屍の名を呼んだ。
「万が一、あの少年と少女が挑んでくることがあるなら、敬意を払って相手をしてやってくれ」
敵として前に立つなら誰であろうと容赦はしない。
しかし、それでも戦って楽しい相手と、そうでない相手はいる。
それと同じように、尊敬すべき敵手と、そうでない敵手も―――
「欲を言えば、戦闘力もそれに見合ったモノであれば言うことはないんですけどね」
博士の言葉を聞いた赤屍はやれやれという風にため息を吐いた。
彼女もフッと皮肉気に笑って赤屍に返答する。
「私とて『勇気があれば弱くてもいい』とは一言も言っていないさ。結局、戦場という修羅場でモノを言うのは冷徹な殺意の刃であることは事実だ。ゆえに―――」
そこで白い少女は言葉を切る。
そして、彼女は後ろを振り返って、残酷に告げた。
「ゆえに、ここでキミが無様に転がっているのは、単にキミの実力不足だ」
彼女が声を掛けた先には、過去に人間だったものがバラバラになった状態で転がっていた。
バラバラに解体されたパーツはどれも恐ろしく鋭利な切り口をしており、赤屍が殺したものであることは明らかだった。
「切断された首だけになっても短時間であれば意識は残っている可能性がある。キミにこの言葉がまだ聞こえているかは分からんが、最後に伝えておこう」
首だけになった相手は何も答えない。そもそも答えられる訳がない。
「確かに実力不足ではあったが、まあまあだったよ、キミは。そこらの欲望塗れの転生者の連中と違って、キミは純粋に正義の心で立ち向かってきた」
聞こえているかは分からない。
もはや聞こえていない可能性の方が高いだろう。
だが、それでも彼女は首だけになった相手へ賛辞の言葉を贈った。
「惜しむらくは、その心に実力が伴っていれば更に良かったんだが…中々にままならんな」
「…ですねえ」
博士の言葉に赤屍も溜め息まじりに同意の言葉を返す。
二人は最後にバラバラになった死体を一瞥すると、その場から立ち去るべく踵を返したのだった。
あとがき:
この作品だと割とまともな転生者も容赦なく死にます。