人はいつだって弱者で。
強者である竜を屠るG級ハンターですら、一歩間違えれば命を落とす世界。
そんな世界で、竜も人も生きている。

1 / 1
蒼雷と白き牙

日差しの強い、夏の昼。

 

 

「…ッ…ぅ」

 

 

孤島に足を踏み入れた女は、緊張から震える唇を舌で濡らした。

クエスト用紙をポーチから取り出すと、その文字を頭の中で反芻する。

 

ラギアクルスの狩猟。

 

海竜種の中でも屈指の強さを誇り、海中ともなれば、相手できるハンターも数が限られる。

キャンプへ移動し、防具の留め金の調整、ポーチ内のアイテム数の確認を行った後、愛用武器である双剣、迅竜の素材を用いた夜天連刃【黒翼】の柄に巻かれた革をきつく締め直した。

迅竜の翼刃を加工し、連なるように取り付けたこの双剣は、もう随分と使い続けている。

 

それら全てに異常が無いことを確認し、体を伸ばした。

 

ハンター業を営む中で、ラギアクルスの狩猟回数はもう二十を超えている。

G級個体は一度しか狩った事は無いが、一応討伐は出来た。

今回も油断しなければ討伐できるだろう。

それでも尚収まらない緊張感を誤魔化すように、深呼吸を一つ。

 

 

「…行こ」

 

 

エリア1へと、歩みを進めた。

 

G級ハンターになって、まだ4カ月。

徐々に強い竜達に標的を変えて行けど、今のところ狩った中では海竜が最も強い。

これ以上強いのに行くのは怖く、最も相手したと言っては過言ではない海竜の装備を揃えて更に上へと挑戦しようかと思ったのだが…

 

やはり、指先の震えが止まらない。

 

前回は、必死に戦った。

死ぬかもしれないと思った。事実、死んでもおかしくない状況はいくつもあった。

しかし、結果的には歯を食い縛って何とか生き延びた。

 

思い出すだけでも怖い。

だがどこか、今回は油断しなければ勝てるという自信が微かにあった。

こうして経験を積み、装備を揃えてさらなる上を目指すのだ。

 

エリア2、エリア5、エリア9を抜け、エリア10へ到着。

ここまで来れば、足を濡らす水の違和感にも慣れてくる。

大きく息を吸い、緊張感から早まる鼓動を抑え、海へと飛び込んだ。

 

身に着けたネブラX装備が肌に張り付く不快感も、暫くすれば慣れて来る。

関節部の調整を軽くすると、海面に上がって一度息継ぎ。

耳抜きをすると、武器をいつでも抜ける状態にしてバタ足でエリア11へと向かう。

暫く海中を進んでいれば、岩の天井で覆われたような、そんなエリアに辿り着く。

 

 

「……」

 

 

が、ラギアクルスが見当たらない。

先程のエリアで見当たらなかったという事は、この辺りにいるはずなのだが…

巣にいるなどという事は、この時間帯では考え辛い。

獲物を探して、もっと遠くに行ってしまったのだろうか?

 

チクリ

 

背後方向。

僅かに感じた痛みに、全力で水中を蹴り、腕で大きく水を掻き。

大きく回避行動をとった数瞬後に、先程までいた場所を青白く発光する固形物が通り抜けた。

接触は避けたが、その固形物が纏う電力に体全体へ痺れが走る。

 

振り向けば、やはりいた。

口から青白い電光を漏らす海竜、ラギアクルス。

その蒼い鱗と甲殻は、水中かつ遠目から見ても成熟し、厚くなっているのが見て取れる。

特徴的な背電殻は淡く発光し、海中を照らしていた。

 

ぐい、と体を丸めたかと思えば、勢いをつけるかのように一呼吸を置き、海中をまるで貫通弾かの様に突貫するその巨体。

回避は不可能と判断し、覚悟を決めてしっかりと目を開く。

海中で動きの制限される状況では、いなしや紙一重での回避行動は不可能に近く、非常に難易度が高い。

なので応用し易く、一番役立つのはエリアルスタイルの応用である。

 

 

「…ッ」

 

 

寸前で迫る顔を蹴飛ばし、どうにか直撃を避けた。

水流で体が流されるものの、直撃よりかはまだ大分マシな被害状況である。

 

…まぁ、“直撃よりか”だが。

微弱とは言え、雷を纏う体に直接触れたせいで、蹴った右足は痺れで感覚が薄い。

不意を打たれたことによる、心拍数の跳ね上がりもかなり厳しいものだ。

酸素不足を避けるために早くも酸素玉を口に放り込み、暫く肺に空気を送り込む。

 

そんな中、海竜がこちらへ近づいて来ているのを視認すると同時、武器を抜いた。

攻撃をするようには見えない。

さながらこちらを脅威とすら捉えていないような、そんな悠然さでゆったりと泳いでいた。

 

―――その様子に苛立ちは無い。

ただ、じきにその余裕も無くなるだろうと何処か思っていた。

夜天連刃【黒翼】の柄に手をかけ、どんな状況でも抜刀できるようにしっかりと構える。

間合いまで、3、2、1…

 

海水を蹴り、急接近。

抜いた双剣で、まずは中心から外へ裂き開くように一撃二撃。

連なる刃が厚い甲殻へと引っ掛かりながらも刺さり、切り裂いていく。

 

―――しかし、その甲殻が硬い。刃が未だ、肉まで到達できていないのだ。

微かに血は出ているが、皮膚を斬る感覚はせず、岩を叩いているような錯覚にすら陥りそうな程、硬質で、重鈍な手ごたえである。

 

本当にこれは竜の甲殻なのだろうか?

岩壁に斬り付けてはいないだろうか?

 

そんな考えが頭をよぎる。

前回狩猟した海竜とは全然違った。

硬さも、迫力も、そして、こちらが受ける痛みも――――

 

 

「…ゴ…ボ……ッ!?」

 

 

体を回すことによる、尻尾での殴打。

体の半身を強く打ち付けられ、海中を浮かぶ。

頭がチカチカするほどの衝撃だった。

今も上下感覚が麻痺しそうなほど、視界が揺れている。

 

……何か光る物が近づいて…

 

ぼぅ、とした頭で浮かんでいると、突如として顔に激痛が走る。

海竜が吐き出した帯電性のブレスを喰らったと理解するには、あまりにも余裕が無く。

美しかった顔は頬が焼け、その傷に海水が滲みる痛みに、狩人の頭の中がリセットされた。

 

油断していたのはこちらだった。

以前勝てたからと言え、この個体は以前の個体よりずっと強い。

痛みに零れた涙は海に溶け、歪む表情は抑えが効かず。

 

 

――――獣宿し【飢狼】

 

 

意識のスイッチが切り替わるようにして黒い感情が溢れだした。

夜天連刃【黒翼】を握る手に力がこもり、指先が白く変色する。

視界が紅く明滅し、口角が吊り上がり。

 

狩人の誇りなどかなぐり捨て、その代わりに殺意と敵意が溢れ、喉奥から恨み辛みが叫びとなって水中へ零れる。

 

 

「―――ッ!」

 

 

弾けるように水を蹴り、接近すると同時に首へ一撃、関節を駆使して二撃当て。

体の捩りを返すようにし、逆の刃で同様にして三撃四撃。

嫌がるように体を引こうとすれば、鱗に刃を引っ掛けて距離を開けない。

近距離戦闘(インファイト)が自らの最も得意とする戦い方だった。

あらゆる攻撃を未然に防ぎ、異常なほど鋭敏になった感覚で一動作の起点を丁寧に潰し、更に猛攻を加えていく。

吼えようとすれば喉を叩き、腕を動かそうとすれば肩を穿ち、雷を纏おうとすれば脳を揺らして思考を鈍らせ。

故に動くことすら許さない。

 

重い甲殻を断たれ。

 

厚い鱗を薙がれ。

 

硬い皮膚を裂かれ。

 

赤い肉を斬られて血を噴き出し。

 

ただ斬られろと、その命をしっかりと見据えて尚も、上に立ち。

余裕も油断もない。慢心なども、そこにはなく。

刈り取る者が、爛々と目を光らせて、剣を振る。

 

しかしその猛攻の中、ラギアクルスは苦痛に思考を乱されていなかった。

歳と同様に重ねた経験は、けして付け焼刃ではない。

確かな修羅場をくぐり続けて得たそれらは、ラギアクルスの体を自然と動かした。

 

流れた血液の量は少なくないが、動きに支障はない。

僅かに溜めた雷が淡く炸裂し、狩人が予想外の事態に数瞬だが硬直した。

その隙を見逃さず、縦回転による水流で狩人を怯ませると、雷を纏った爪で思い切り弾き飛ばす。

 

女の右肩から右胸下にかけて装備が裂け、皮膚に赤い線が走った。

白い柔肌が露出するも、そこに恥じらいは無い。

装備が無ければ深手を負っていたという事実に、ただただ顔を青白く染めただけである。

慌てたように、しかしラギアクルスから目を離さずに回復薬を口に含むと、酸素玉を口に含んで軽く()み、酸素を吸い込むと同時に余剰空気を口の隙間から吐き出した。

 

ラギアクルスがゆったりとした動作で首をもたげ、帯電性のブレスを数度吐き出すのを狩人は見た。

躱す為に身を捩り、追撃に備える。

回避した先でラギアクルスを見れば、背電殻を光らせーーー

 

破裂音が水中を走り、ピリピリと肌が痛む。

身に纏う雷が海中を通って肌を刺激するのだ。

 

悠然と近寄って来るラギアクルスに対し、狩人は武器を構える。

とっくに獣宿しは解除されているが、未だ戦意は衰えていない。

その連刃がラギアクルスの雷をキラキラと反射し、狩人の顔を照らした。

 

傷まみれの顔。

右側の顔は火傷して見るに耐えないほど爛れ、鱗で削られた頬はズタズタに裂けている。

見えない痣は幾つあるのだろうか?

海水の沁みて激痛を発するであろう傷にも関わらず、狩人は尚も刃を向け続ける。

ここで逃げる訳にはいかないと、プライドで腕を向けていた。

 

鬼人化をした狩人が接近し、海中を赤く染めながら右に左に、必死に刃を叩きつけていく。

鬼人乱舞で肉まで断つも、ラギアクルスは一切怯まずに放電を始める。

 

全身を均等に走る激痛。

狩人は口から大きく空気の泡を吐き出し、ガクガクと震えた。

薄れる意識のの中で辛うじて後方へ身を投げ、震える手で回復薬を口に含む。

 

そんな満身創痍の狩人に、ラギアクルスは猛追を加えていく。

距離をあっという間に詰め、体の回転を利用した尻尾の横なぎ払いで、無防備な狩人を吹き飛ばした。

対して辛うじて抜刀してアームガードをした狩人だが、武器を掴む指には深刻なダメージが入る。

 

叩きつけられた鱗に指の皮膚が裂け、柄を掴んでいたからこそ、数本の指が潰されてひしゃげ、折れていた。

 

吹き飛んだ先へ数度ブレスを吐き出し、必死にそれらを防いで躱した狩人を見ながら、ラギアクルスは岩壁を背後に思い切り力を溜めた。

 

体を沈めると背後の岩壁を蹴り、まるで貫通弾のように回転しながら、その巨体が突貫する。

 

そのあまりの速度に回避は間に合わない。

狩人は辛うじて双剣を掴んだ腕を十字に構え、歯を食い縛ってその衝撃に備え。

 

ーーー遥か吹き飛んだ先で、全身を苛む痛みに呻き声を漏らす。

衝撃で肺の中身が全て無理に押し出され、反射で吸い込んでしまった代わりの海水が鼻と口から入り込んで喉奥と鼻頭を痛みに染めた。

パニックに陥りそうな上下も何も分からない三半規管の麻痺と、海水を吸い込んだ体の拒否が思考を鈍らせ。

辛うじてポーチから取り出したモドリ玉を叩き割ろうとすれば、追撃のようにブレスが顔を撃ち抜いた。

激痛に意識が無理やり覚醒し、手足の感覚が麻痺してーーー

そして見えたのは、大きく広がるラギアクルスの口の中。

黒さを孕む、口蓋の赤に白い牙。

躱す事など浮かぶ暇すらないうちに閉じた牙が腹に深く刺さり、痛みに絶叫する。

骨の砕ける音が耳に届き、尚も圧迫される痛みに、ついぞ意識が黒く沈んでいき。

 

ラギアクルスが強引に首を振れば、狩人の頭と足だけが千切れて海中を漂い、咥えた腹を咀嚼するとそのまま飲み込んだ。

次いで血の匂いからサメ型魚類が残った頭と足を攫うようにして咥え、何処かへ姿を消す。

 

海竜が残った雷を軽く発散して巣へ戻ると、海中は静けさを取り戻した。

 

 

人はいつだって弱者で。

竜はいつだって強者で。

 

この世界は残酷だ。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。