前作第二部最終回でちらっと触れた梶本選手のリング禍のお話
「でぇぃやぁぁぁぁ!!!!!」
結有は、鏡合わせの絶望の世界で一人、大量の深海棲艦を相手に刀で戦っていた。
その額の真っ白な鉢巻を、深海棲艦の血で染めて……
その心の中には、結有の師でもある梶本真太の、
『武とは、戈を止めると書いて武となる。武は無用な争いを防ぐもの、武は避けられぬ戦いでは負けぬこと』
その言葉を胸に、上官となった智紀の所に深海棲艦を行かせぬ為に、戦っていた。
一言で言うなら『闘魂』
―――――
あの日、一人の
試合中の事故だった。
彼の名は梶本真太。真日本プロレスのトップエースで、
彼と安藤龍は、小さい頃から友人だった。
小学校から高校まで同じクラスで、巨漢で気は優しいが力持ちの真太に、その体重の半分以下の、ガリ勉の龍。
一見すれば、水と油だった彼等も、『高菜直樹』という
そして、龍は士官学校に進み、真太は体を鍛えて格闘技にのめり込んでいった。
真太は、アントニーオ馬木のスカウトを受けて、真日本プロレスに入門した。
真太はプロレスの傍ら、海岸に出ては、深海棲艦の撃退にも手を貸していた。
やがては、フルコンタクト系空手の
横須賀支部で、少年少女にも指導をしながら……
その一人が、各務原結有だった。
彼女の、
その父親の名前を聞いた時、彼は、なるほどな。と思ったそうだ。
安藤龍に、『各務原裕二の娘は、武の何たるかを熟知している』と、語っていたそうだ。
そうして成長した結有は、カンフーアクションばりの大暴れを豊橋で行い、スーパーガールと呼ばれるようになった。
その新聞を見た時は、流石に教え方を誤ったか?と思ったが、誇らしさも感じていた。
インタビューで、あまり無茶をしないで欲しい、と一言添えながら、弟子の活躍を喜んでいた。
そんな彼の最期は、唐突なものだった。
―――
安藤龍はその夜、残務を終えて帰ろうとしていた。
「さて、帰るか……」
公務用の携帯を鞄にしまい、スマートフォンを取り出し目を通した時、通知の不知火のメールの内容に、スマートフォンを取り落とした。
内容は、
『プロレスの生中継を結有と見ていたら、梶本さんがバックドロップを受けて動かなくなった。たまたま、義姉さんが義兄さんと会場で見ていたみたいで、応急処置しているようです。私は湊さんの
と言うものだった……
「真太が……バカな……?有り得ん。あの
龍の顔は、顔面蒼白になっていたが、落としてヒビの入ったスマホを取り直して、ポケットに仕舞い、
すぐさま、姉に連絡を取ることにした。
平林虎子は、夫の趣味であるプロレス観戦に付き合って、東京ドームに来ていた。
真太のこともよく知っていて、それで観に来ていたのだ。
その縁で、最前列リングサイドチケットを、送ってもらっていた。
怖い怖い
その、運命のバックドロップを真太が受けた時、虎子は
医者の勘である……
隣で、夫の悠人がポツリと呟いた。
「受け身を取れてない……」
動かなくなった真太を見て、気がついたら柵を飛び越えて、リング下に駆け寄っていた。
駆け寄って、揺すろうとした練習生に、
「動かすな、馬鹿野郎ぉ!あたいは医者だ!お前等、ちょっと退いてろ!」
と怒鳴りつけ、真太の元に駆け寄った。
その、恐ろしい虎のような怒声に、プロレスラー達もたじろいていた。
「すんません……虎姉さん」
申し訳無さそうな真太に、
「動けそう?」
そう問うたが、真太は、
「無理っす…体の感覚が……」
と言い終わる前に、ふっと意識を喪った。
直ぐに脈を測ったが、止まっている……呼吸もなくなっていた。考えられるのは―――
「……頸髄離断………」
目を開けて、ポケットに入れていたライトで照らすと、
漸く上がってきたリングドクターは、虎子のことをよく知っていた。
同じ病院で、研修を受けた間柄である。
そのリングドクターに、首を横に振る。悲痛な顔で……
「20時05分、
虎子は、死亡を確認すること
とはいえ、救急搬送しない訳には行かなかった。
梶本真太は、搬送先の病院で、死亡が確認された。
虎子は搬送先の病院で、
「そうか……真太がか……」
漸く、姉と連絡が取れた龍は、救命不能状態で搬送された、と告げられた。
『垂直に落ちて頚椎が外れたわね。ごめんなさい、医師として何もできなかったわ』
「いや。
『わかったわ。貴方も気をつけて来るのよ?』
「……ッ」
その言葉に、一瞬絶句した……
彼も、危うく姉に看取らせるところだった事があったのだ。
その記憶を振り払うように、軽く頭を振った。
「分かってる。姉不孝な
『全くよ。貴方だけは生きなさいよ。もう、前線に出る必要はないでしょう?』
その言葉に、少し沈黙を置いた。実際、二度と前線には出られないからだ。
現場階級の最高位が、
「……そうだな」
――――――
それから少し遡る。
居酒屋鳳翔では、カオス組が早々とカラオケに行ってしまった為、
結有と吹雪、そして不知火に智子と湊に電が、
今日は、湊はアルコールは飲まずに、ウーロン茶である。
スポーツ好きの中部警備府の面々の希望で、CSのスポーツチャンネルにも加入している。
もちろん、BISTRO KIYOSIMOにも、最新鋭の4K大型テレビを設置しており、
今日は、結有の希望で真日本プロレスの中継を見ていた。
真日本プロレスは、明るく楽しく力強いプロレスを目指して、総合格闘技とは一線を画していた。
もちろん、総合格闘技にも進出する選手もいたり、総合の選手が挑戦しに来たりもするが……
「梶本選手には、僕も何度か直接手解きを受けてね。この間、僕のことをインタビューで語ってくれたんだよ」
そう、プロレス雑誌を取り出してみせると、湊が読み上げた。
「ふむふむ、『名古屋のスーパーガール?ああ、彼女は強いね。良い素質を持っている。さすがは、陸軍最強の男と言われる各務原さんの娘だけはある。一度、各務原さんとは手合わせしたいと思っていてね、実は今度、四月に道場で手合わせを………いかん、結有の話だったな?結有はもっと強くなる。俺はあまり指導できていないが、結有は俺を師匠と読んでいるらしいな。良い弟子を持てて誇らしい。ただ、
「なのです」
それを読んだ後、ジト目で見る湊に、苦笑いを浮かべる結有。
「全くだよ。駆逐水鬼を単独撃破とか、色々無茶しすぎだよ」
そう、溜め息を吐く吹雪に、結有は苦笑いを浮かべたままだ。
そんな会話をしながら、メインイベント、梶本真太の
そして、試合から十数分経った時だった。
「あっ!?」
結有が、悲鳴に似た声を上げた。
バックドロップが直撃した映像から、結有は、
もちろん、不知火や吹雪も、それに気づいていた。
湊も智子も、その様子に只ならぬ事になっている、と察していた。
すっと、湊が立ち上がった。
「すぐに東京に行きましょう!」
「はい!」
「こっちは、任せておきなさい」
「私も行きます!」
湊に結有が返事を返し、智子は座ったまま湊に頷いてから、慌てて不知火も立ち上がった。
「あれ、平林先生……?」
「あれ、義姉さん!?」
ふと、テレビを見やって、コートにミニスカートの女性が、リングに乱入しているのに気づくと、湊と不知火は声を上げてから、
『えええっ!?』
と驚きの声を上げた。そう、山村医師の直弟子の平林虎子の
―――――
プロレス・空手界葬で営まれた葬儀・告別式は、多数の関係者が参列した。
結有は、その葬儀に安藤龍がいるのに気づいて、声を掛けた。
「安藤中将……」
「ああ、結有くんか……彼は私の同級生でね……」
それだけ応えると、姉の虎子に呼ばれ、その場を立ち去っていった。
結有は出棺時、棺を持つことを許された。
これは、真日本プロレスの社長が、梶本が冗談半分に言った、「もし俺が死んだ時は、彼女にも棺を持ってもらいたいなあ」
と云う言葉を、覚えていたからだった。
結有は、葬儀の時は、気丈に振る舞っていた。
そんな結有を、吹雪は心配そうに見つめていた。
ホテルに帰り着いた、結有と吹雪。
部屋のドアを閉めると、吹雪は優しく、後ろから抱き付いた。
「もう、無理しなくて良いんだよ。私しかいないよ?」
「っ……」
結有は崩れ落ち、激しく泣き始めた。言葉にならない言葉を上げながら………
吹雪も静かに涙しながら、ずっと結有の頭を、撫で続けていた。
――――――
結有は、形見分けで譲ってもらった鉢巻を、ずっと大事に持っていた。
そして、鏡合わせの世界で深海棲艦に立ち向かう時、初めてそれを額に巻いた。
闘魂、その二文字が降りてきた気がして、持っていた『時雨』を構えて、不敵に笑った。
「闘う魂。梶本さん、僕はやるよ!」
今は、負けられぬ戦いなのだ。
今日も結有は、その梶本の言葉を胸に、戦い続けている。
梶本選手のモデルは橋本真也選手と三沢光晴選手です。