「退屈だ……」
妊娠が発覚してすぐ、三笠は前線勤務から外され、療養という形をとった。
それに対しては賛否両論があるものの、防衛大臣矢部信介による、
「出産が終われば直ちに軍務に復帰する」
との発表により、次世代の艦娘の誕生、という歓迎ムードになりつつあった。
妊娠中の三笠は特にやることもなく、書類仕事が彼女に回ってくる訳もないので、艦娘寮で一日を過ごしていた為憂鬱になっていた。
そんな彼女は、気分転換の為に散歩に出かけることが多くなっていた。
もちろん、
「退屈だ……」
「妊婦とはそういうものです。お散歩で我慢してください」
警護官の女性少尉が、にこやかに三笠に答える。
ブオーンブオーン
パラリラパラリラー
横須賀の海岸沿いを歩いていると、三笠は喧しいバイクの集団に遭遇した。
「何だあれは?」
女性少尉に問い掛けると、その女性少尉は、
「ああ、暴走族ですね。確か横濱連合とか……こう言ったご時世ですので、若者達は荒れているんですよ」
何かを諦めたその少尉の言葉に、三笠は険しい表情を浮かべた。
「けしからん連中だな。その有り余った元気を、深海棲艦にぶつけられないのか?」
「皆が皆、三笠さんや高梨大佐のようにお強い人ばかりではない、ということです」
「そうか………」
その少尉の言葉を噛み締めるように聞くと、三笠はその暴走族が集まる埠頭をじっと眺めていた。
「三笠さん、そろそろ戻りましょう。潮風がお子に障ります」
「そうだな……戻るとしよう」
その日は、ちらりとその埠頭に視線を向けただけで、少尉と共に艦娘寮に戻って行った。
数日後、再び散歩に出かけた三笠と護衛の少尉は、暴走族の集団と再度遭遇した。
この時の彼等は武器を持ち出しており、剣呑な雰囲気を纏っていたのだ。
「抗争でしょうか……?」
ポツリと、呟くように言った少尉に三笠は、
「それはいけない。止めに行くぞ」
「えっ!?三笠さん、あなた妊婦だという自覚を……!」
慌てて止めようとした少尉が止める間もなく、三笠は走ってバイクの行く先に向かってしまう。
少尉は応援を呼びつつも、三笠を追いかけるが、体力のある艦娘と一護衛官では、どんどん差が開いてしまう。
「三笠さん~~!!!無茶をしないでください~~~!!!私が叱られますぅぅ!!!」
その絶叫を背に受けながら、三笠は走っていた。
三笠が駆けつけた先では、抗争の真っ最中だった。
中でも、熊のような大きな若者が、敵対する暴走族をバッタバッタと薙ぎ倒していた。
横濱連合の名前を背負った血染めの白い特攻服、丸坊主で得物を持っておらず、拳で武器を持った相手を容赦なく殴打する。
やがて、もう片方の暴走族は逃げ散っていく。
「七代目大垣守総長にかかりゃ、てめえら雑魚よ!」
大男の側近にいた特攻服の男が、中指を立てて逃げ散っていく暴走族に啖呵を切っている。
そんな中、逃げられない暴走族に大男は更に殴ろうと拳を振り上げて……
「やめないか!」
三笠はその腕を摑んでいた。
「あ?あんた見慣れねえな」
側近の男がガンを飛ばすも、三笠は耳を貸す気はなく、その大男の腕を摑んだまま睨み付けていた。
大男の方も、振り向き様に三笠を睨み付けている。
「シカトぶっこいてんじゃねえよ!」
側近の男が、腰から特殊警棒を取り出した瞬間、顎に三笠の蹴りがクリーンヒットした。
「ぶぼぁ!!!」
歯が数本折れ、口からおびただしい血が流れてのたうち回るのを大男が目にした瞬間、大男の目がカッと見開いた。
次の瞬間、三笠の顔面に振り向き様の左フックが突き刺さった。
「ぐっ……」
口元から血の味がする……
殴られたのか……
「貴様ぁぁ!!」
次の瞬間、三笠も大男の顔面に拳を振り抜いた。
「ぐぁっ!!!この
ノーガードで、艦娘の渾身のフックを喰らった大男は、数歩よろめくと大男も三笠に全力の拳を放った。
「ぐぁっ!!!」
三笠もノーガードで防御せず、まともに顔面に拳を喰らい数歩よろめいた。
その
「ああっ!!!三笠さん!!!あなた、ご自分の体を何だと思っているんですか!?」
駆けつけた警護官の少尉が、悲鳴のように叫ぶも、
「「うるさい!黙ってろ!」」
息の合った三笠と大男の怒声に、「ひっ」と悲鳴を上げて腰砕けになってしまう。
「うおらぁぁぁぁぁ!!!!」
先に仕掛けたのは、大男の方だった。
「うおおおおおおおおああああ!!!!」
それに立ち向かったのは、三笠の方だった。
「ぐうっ!!!」
身長と腕が長い分、先に三笠の頬に、全力のクロスカウンター気味に入った拳が突き刺さる。
グラっと少し身体が崩れるも、鋭い眼光で睨み付けた。
もう終わりか?と言わんばかりの眼光に射抜かれた大男に、一瞬恐怖心が生まれた。
その隙を見逃すほど、戦艦三笠という艦娘は、甘い女ではなかった。
左の逆突きを、相手の右脇腹に突き刺していた。
「ぐうっ!!!」
ぐらっと、崩れ落ちそうになる大男の両肩をぐっと摑んだ。
「お前には覚悟が足りないんだよ!!」
そしてそのまま、頭を相手の頭頂部に叩き込んだ。
両者の頭からおびただしい血が流れる中、大男は崩れ落ちるように倒れた。
「っつう……」
何度も殴られ、頬は腫れ上がり、額から血をダラダラ流している三笠。
そして、頭頂部から血を流しつつ、崩れ落ちた体勢から立ち上がろうとする大男。
タァン!!!
「そ、そこまでです!」
女性警護官の少尉が、腰に帯びていた拳銃を上に向けて発砲したのだ。
「少尉………」
「み、三笠さん、あなたという人は、妊婦という立場でありながら、こんな大乱闘を……どういうつもりなんですか!?」
「申し訳ない……」
「すぐ医療部に向かいますよ!」
「分かった…‥」
大男に背を向けた三笠に、よろよろと立ち上がる大男。
周囲の暴走族達が、支えようとするのを振り払って叫んだ。
「待ってくれ、あんた……名前を教えてくれ!」
その言葉に、振り向いた三笠は男を見据えていた。
「人に名前を尋ねるのなら、自分から名乗るのが先だろう」
その言葉に、大男がふっと笑みを零した。
「違ぇねぇ。俺は大垣守。横濱連合七代目の総長だ」
「私は戦艦三笠。艦娘だ」
その言葉に、守の顔は驚きに満ち溢れていた。
「あんたが、あの有名な最初の艦娘……」
「そうだ、お前達。そんなに
「………」
その言葉に、回答を見いだせないでいる守に三笠は、
「お前は男じゃないのか!?日本男児は、この日本には一人しかおられないのか!?」
と言う言葉を浴びせた。
「そこまで言われちゃあ……俺だって男だ、やってやろうじゃねえか。おい、たった今俺は引退だ!士官学校に行く!」
「えっ!!総長!?」
その宣言に、周囲の暴走族達は驚いた顔をしていた。
「では、軍で待っているぞ、大垣守。少尉、行くぞ」
「は、はい……」
颯爽と去っていく後ろ姿を、守はずっと見守っていた。
「無茶をしてはいけない、とあれほど言っておいたのに」
「重ね重ね申し訳ない……」
当然のごとく、妊娠休養中の三笠が暴走族と喧嘩をした、と言う一報は、高梨大佐のもとにも齎されて、呆れるように諭され、三笠は申し訳無さで一杯になる。
「三笠様、お子に障ったらどうなさるおつもりだったのですか!?」
「済まない……」
そして、天城に叱られた。更にシュンと小さくなる。
「ボクも流石に呆れたよ」
「全くだぜ」
「三笠さん、あなたは無茶なところがあると常々思っていましたが、ここまで無茶だとは思っていませんでした」
「返す言葉もない……」
最上と木曾や不知火にも呆れられた。三笠には返す言葉が見つからなかった。
「まあ、子供に悪影響も無かったし、もう堪忍したりぃや」
優しい龍驤は、皆を宥める役に回っている。三笠はそんな龍驤に心の中で感謝した。
「ふふ、これでその彼が軍にやって来たら面白いですね」
「そうあってくれれば、いいがな……」
そう口元を抑えて笑う大和に、同じく笑みを浮かべる三笠。
「ふむ。彼に、ひと目会いに行って来よう」
高梨大佐は、すぐに入院中の大垣守の下に会いに行き、長い間何かを語り合った。
その内容は、高梨大佐と大垣守の心の内に仕舞われ、生涯誰にも語ることはなかったという。
大垣も、その日の語らいは、「二人だけの秘密にしよう」という、高梨大佐との
その春、大垣守は三笠との約束通り暴走族から足を洗い、士官学校の狭き門を潜り抜け、士官候補生となった。
『鉄壁の大垣城』と言う異名と共に、卒業後は軍を上り詰めた彼は、幕僚長を経由して、
最終的には防衛大臣まで上り詰めることになるとは、この時誰にも思いもよらぬことだった。
参考→龍と不知火 Chapter9:終戦始末記