高梨未来と湊が五歳になる頃には、高梨道一は准将を経て少将に昇進していた。
高梨艦隊を引き連れて、関東の防衛を担って連戦の日々だった。
三笠も、そんな夫に付き従い、海で戦い続けていた。
せめて、娘だけは静かなところで暮らしてもらいたい。そう願った彼は、都内の住宅街に一軒家を購入した。
今まで貯めていた家族の分の生命保険金や、今までの給料を頭金にして、ローンを組んで購入した中古邸宅。
元々は資産家の家だったが、一族郎党が深海棲艦によって殺された為、主を失った家は格安で売りに出されていた。
そんな訳で、未来と湊は生まれてからずっと、お手伝いさんの田伏さんによって育てられていた。
だだっ広い廊下を、元気に走る少女。
高梨湊は負けん気が強く、大人の言うことを聞かない元気な子だった。
「湊……待ってよぉ……」
あとから走って来るのは未来。大人しく人見知りの激しい、内気な少女。
「こらこら。廊下は走ってはいけない、と言ったでしょう?」
お手伝いさんの田伏さんが、腰に手を当てて注意するも湊は、
「へへーんだ!」
といって逃げ回る。
「あの…ごめんなさい……」
ペコリと謝って、湊の後を追い掛けていく未来。
そんな様子を、ふうと溜め息を吐きながらも、笑って見守っていた。
そんなある日、久々に帰還した高梨道一を、大村少将が待っていた。
「高梨、大変なことになってしまったぞ」
大村少将は、現在は海軍幕僚監部に入って幕僚の一員となっていた。
「先輩、何が起こったのですか?」
道一は取り敢えずと、自身の執務室に大村少将を通すと、大村が口を開いた。
「『新たな艤装開発の為に高梨未来と湊を被検体にする』ことが閣議決定された。どうも、
まさかと思い、テレビを付けると、ニュースではこぞって矢部大臣の更迭を報じた速報が流れている。
「被験体と言っても、娘達はまだ五つですよ!?」
「私に言うな。私には何も出来なかった。総理直々のご指示なんだ」
苦々しい顔をする大村に、道一も申し訳無さで一杯になる。
「申し訳ありません。先輩に当たるつもりは無かったんですが……」
「いや、その気持は解る。私のところにも、君のところと同い年の娘がいるからな」
その娘とは大村奈緒、後に高梨湊と
「しかし、三笠にどう伝えればいいのか……」
そう嘆いた時、勢いよく扉が開かれた。
「提督!お話があるわ!明石と夕張から聞いたが、未来と湊を被検体にするとはどういうことです!?」
「……聞いているなら話が早い。そういうことで、防衛大臣は反対し罷免された」
苦々しく、吐き捨てるように言った道一と大村少将の表情を見て、三笠は頭を下げた。
「申し訳ない。感情的になり過ぎたわ」
「いや、母親なら当たり前の感情だ。最悪の事態を招かないよう、明石と夕張に頼む他無いよ」
「……すまない、未来……湊」
高梨家には、防衛省の職員が多数押し掛け、未来と湊を連行しようと田伏さんと押し問答になっていた。
「総理大臣の命令である。高梨未来と湊を連行するように言われている」
「お断りします!」
未来と湊は、その田伏さんの後ろに隠れている。
湊は男達を睨み、未来は怯えたように体を震わせている。
「総理大臣の命令なんだぞ、どけ!」
「きゃあっ!?」
男達は乱暴に田伏さんを押し退けると、未来と湊を捕まえる。
田伏さんは、隠し持っていたナイフを抜こうとして……
パスッ
「え……?」
「「たぶせさぁぁぁん!!!!」」」
田伏さんは、自身の白いエプロンが赤く染まっているのに気づいて、胸に手を当てた。
その手のひらを見る…真っ赤に染まっていた。
「ぁ………」
目の前には、消音器のついた銃を持った男……崩れ落ちるように倒れる田伏さん……
「ごめんなさい……だんな……さま……みかさ………さま」
田伏晶は、19歳の生涯を高梨家の庭で閉じた。
そんな、
前線を三笠に任せて、各地を飛び回っていた。
そんな中、艦娘本部工廠部の地下研究所には、二人の
「出して!!お家に帰して!!」
未来は泣き続けて、晶の名前を呼び続ける中、湊は檻をガンガン叩いて叫び続けていた。
そんなある日、檻の扉が開かれた。
初老の男―新井田博士が、明石や軍人と共にやって来たのだ。
「これより同調実験を行う」
「絶対に嫌だ!」
その頃には、涙も枯れ果てた未来は大人しく連れられる中、湊は大暴れをした。
噛み付く、引っ掻くを繰り返し、激怒した軍人に殴られ蹴られる。
「痛い!!この!!人殺し!!」
「うるさくてかなわん。
新井田博士の冷徹な言葉に、スタンガンが取り出され、電撃の後、
「うぐっ」
というくぐもった声と共に、湊は気を失った。
同調実験は、先に湊に施された。
気を失っている湊にコード類が多数着けられ、その先の建造装置と言われる部分には、睦月が眠っている。
「それでは、同調試験を開始する」
ウィィィィンと、電流が流れる音がして、意識のない湊の身体が、何度も大きく痙攣している。
そして、建造装置の睦月の姿が薄れて行き、湊の姿が
「みなと……っ」
未来は、恐怖に戦いた顔でそれを見ていた。
未来には、ふわりと何か
機械の音が止まると、湊が目を覚ます。
「……」
ボーッとした表情で、生気のない瞳。
「成功だな、明石。記憶操作と刷り込みをやり給え」
「……はい」
明石に拒否権はなかった。自身が、
夕張は、新井田の命令により艤装を開発させられている。
一度、そのまま艤装を取り付けたが、両者艤装を展開できなかった為に、同調実験が行われることになったのだ。
「次は未来、お前だ」
「い……いや……」
ウィィィィンと、電流が流れる音がして、未来は大きく身体を痙攣させた。
「ぐぎゃぎゃぎゃ!!!!あぎゃやああああ!!!!」
未来は絶叫した。身体の至るところから液体を撒き散らし、目からは血の涙を流し、頭が焼き切れるのと身体が変質する感覚を覚えて……
ぶつっと、糸が切れたかのように意識を失って、動かなくなった。
こちらも、姿が初雪に近い容姿に変わっていた。
「明石、こちらにも記憶操作と刷り込みだ。……これならいけるかもしれんな。夕張に伝えろ。潜水艦
「はい………」
涙も枯れ果てた明石は、それに従う他無かった。
変わり果てた娘達に面会できたのは、それからひと月後だった。
道一も三笠も、その娘達の姿を見て愕然とした。
「提督……私達はこんな奴等の為に戦わねばならないの?」
「……三笠、悔しいのは私も一緒だ。だが、
結局、実験は失敗に終わった。
湊は、艤装を現出させることが出来なかった。
失敗作だの、出来損ないだの罵られながら、最終的には被験者から外され、実家に戻された。
未来は、成功したが耐久力が皆無で、同じく失敗作の烙印を押された。
新井田博士は、その責任を問われて解任され、ここに第三世代艤装計画は、トップシークレットとなった。
未来は、軍の管理下に置かれ続けた。
金剛という、お世話役の艦娘と共に、佐世保に新設された鎮守府で暮らすことが決定された。
「母さん、父さん、行ってくるわね」
「ミライの事はミーに任せるネー!」
「金剛、未来のことを頼むわね」
「未来、元気でやるんだぞ」
少し大人びた未来と金剛は、そう両親に告げると旅立って行った。
その頃には、道一も三笠も疲弊し切っていた。
元防衛相の矢部信介は、この国に嫌気が差して政界を引退し、息子の晋太郎が地盤を引き継いだ。
それでも戦い続けたのは、今ここで闘うのをやめたら、高菜直樹一佐やその他犠牲になった人達の死が無駄になる。
そして、娘達の悲劇も無駄になる。その一心で戦い続けていた。
国からは、それぞれ数億円にも上る
三笠は、
金剛からは、正気か?と諌められるも、それが贖罪だ、と告げると、
「オゥ……ミーが管理するね」
とだけ言って、折れてくれた。
直接渡された湊は、差し当り、家の管理をしてくれるお手伝いさんを、それで雇った。
五歳で大金を受け取った率直な感想は、ただただ
失敗作、出来損ないと罵倒された記憶が根強い彼女は、人付き合いなんてしなかったし、したとしても
唯独りの友達は、
それでも、父道一の知人が訪ねて来ると
そうやって、人脈やパソコン通信やインターネットでの情報を貪欲に集め、出会った戦略ゲームで、「人を出し抜く」ことに興味を持ち始めていた。
そのゲームとの出会いが、後に「不敗の女神」として花開くことになろうとは、今の彼女には思いもよらぬことだった。