神殺しの刃   作:musa

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十二話 まつろわぬクー・フリン

 逢う魔時―――

 古来日本では夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻をそう呼ぶことがある。決して出会う筈のない昼の光と夜の闇が邂逅する妙なる時間。

 古代日本人はこの時間に神秘性を見出した。

 昼を現世―――人間の領域と定め住んだ。夜を常世―――魑魅魍魎の神域と畏れ敬った。

 そのため、夕暮れ時は現世の領域たる昼の時間には『魔』が出難い時間から、いよいよ彼らの本領発揮といった時間となると考えられた。

 だが、これより神無月宗一郎が出逢うのは『魔』に非ず、『神』である。それも並の魔性など腕の一振りで薙ぎ払う恐るべき戦の神。

「―――よう、今度はオレの方が遅れたみてえだな」

 薄橙色に染まった空からひとりの人影が舞い降りてくる。

 ひらりと優雅に着地した人影は、強壮な己の本性を取り戻したクー・フリン。

 宗一郎は背後に控えた佐久耶とリリアナからにわかに緊張を帯びるのを感じる。だが宗一郎は泰然とした態度で目を細めて、クー・フリンの手に真紅の槍がないことに訝しむ。

「クク―――いいぞ、ほんの半日前にオレに一度殺されていながら怯懦の念はないか。そうでなくではな、神殺し! 怯えて腰が引けた敵を殺すのは興ざめというものだ」

 宗一郎の視線に気が付いたのか、クー・フリンはにやにや笑いながら、両手を上げ、ふざけたようにぷらぷら振る。

「……戯言は結構。クー・フリン、どういうつもりですか? あなたの愛槍は何処に置いてきたのですか?」

 二度目の戦いから半日。宗一郎の『聖火』の権能がそうであるように、クー・フリンの『魔槍』の権能もまたすでに恢復している筈である。喚べば一瞬とはいえ、戦場に自らの獲物を携えてこないとは解せない話である。

「まあ、そう急くな。しかし、驚いたぜ。随分と場が整えられているじゃねえか」

 飄げた風で宗一郎の追及を軽く流して、クー・フリンは周囲を見回し、感心するように呟いた。

 クー・フリンの言葉通り、先の戦いで森の広場は、無秩序に掘り返され、荒れ果てた畑のような様相を呈していたが、ここ数時間ばかりの巫女と魔女の奮闘で何の支障もなく、決闘が執り行われる程度には整備されていた。とはいえ、かつての美しい景観を取り戻すまでには至らず、一面黒ずんだ土ばかりであったが。

 もっとも、それ以前に森の広場という形容自体事実に即していなかった。

 つい十二時間前まで辺りに生い茂っていた森は、カラティンの妖女の攻撃の余波を受けて、山裾まで禿げ上がり、かつて探検家の憩いの場であったろうこの場所は、平原と直接繋がることで最早その一部と化していた。

「オレたちの決闘場としては些か風情に欠けるが、まあこんな物だろう。しかし、やり合う前に神殺しよ、テメエに問い質したいことがある」

 そう言って、クー・フリンは静かに宗一郎へ向き直った。

「神無月宗一郎―――貴様に問う。貴様は何のために戦っている?」

 クー・フリンがそんなことを聴いてきた。

「……何ですか? また藪から棒に可笑しなことを聴いてきますね」

 宗一郎はその質問の意図を解しかねて、クー・フリンを訝しげに見やる。

「フム、解りにくかったか。まあ、何だ……あり得ないことだとは思うが、万が一、いや億が一にもオマエがオレを下したなら、かの忌まわしき簒奪の秘儀によりテメエはオレの神力を奪い取ることになるだろう。ならば、その後に、貴様が何を為すつもりなのか、それがチョッと気になっただけで、な」

 語り口は軽くあっさりとしたものだったが、双眸はこの上なく真剣に宗一郎の真意を見極めるかのように、厳粛に見つめていた。

 しかし、宗一郎はそんなクー・フリンの態度などまったく気づいた風もなく、納得いったとばかりに、大きく頷いて、漆黒の瞳を爛々と輝かせる。

「なるほど、つまりそれは―――僕の王道が知りたいというわけですね。ならば答えましょう。我が道は神無月家の家訓を全うすること。即ち、現世と常世に存在するすべての神々を討ち果たすことです!」

 そう高らかにそう放言した。

 これを初めて聴くことになった騎士は唖然と体を硬直させ、何度も聴いたことのある妹は「それは違いますっ」と視線で訴えるものの、宗一郎には届かない。

「はっはははは! ソイツはなかなか剛毅な家訓だな! すべての神々を薙ぎ倒し、己が最強たることを証明せんとする武の求道―――それが貴様の道か!

 成る程、一理ある。確かに我らをすべて滅ぼし尽すことが出来たならば、真の最強の名乗りを挙げても不足はあるまい。

 だが、貴様の道には決定的に足りないものがある」

 クー・フリンは轟然と言い切った。

「……クー・フリン、僕の王道に間違いがあると? そう言うのですか?」

 その言葉だけは聞き捨てならぬと厳しい面持ちで憤怒の視線を向ける宗一郎。

「そうじゃねえ。オレは足りない(、、、、)と言ったんだ。神無月宗一郎、よもや知らぬわけではあるまい? 現世には我ら神々に匹敵する存在が闊歩していることを!」

 英雄神の虹色の瞳が一層妖しく輝き、宗一郎を射ぬく。

「むぅ……あなたが言いたいのは、ひょっとして僕の同族の方々の事ですか?」

 さっきまでの剣呑な空気はどこへやら、宗一郎は困惑した風に呟いた。

 それも当然だった。神々を討ち滅ぼすことこそが己の運命だと信じている宗一郎にとって、その言葉はあまりに予想外に過ぎた。

 まるでクー・フリンは宗一郎に他の神殺しと殺し合えと言っているように聴こえるのだが……

 しかし彼らとの戦いに何の意味があるのか。羅刹の君とは神を殺すことに存在意義があるはずではないか。

「そうだ、神殺し。オマエが掲げる王道に、なぜ貴様の同族の首級を捧げない。最強たることを証明せんとするならば、我らの屍だけでは到底足りるまい。

 貴様たち神殺しは人類最強の戦士。ならば、ヤツラも貴様の王道に加える価値は充分にある筈だろう……!」

「!!」

 確かにその通りだ。宗一郎の他に世界に七人いると言う彼の先達たち。彼らもまた神を殺した最強の戦士たちに相違ない。

 神無月宗一郎が真の最強たらんと欲するのなら、決して避けては通れない強敵たち。

 それは神殺しを己の本分と思い定めている宗一郎にとって、想像だに出来なかった発想であった。

 驚愕する宗一郎を尻目に、クー・フリンはくいっと親指を突き出し、北方向に聳え立つ小山を指し示す。

「気づいているか、神殺し? あそこにオマエの同族がいるぞ」

 驚いたように身をよじる佐久耶とリリアナ。宗一郎も昨夜の公園からこちらを盗み見ている気配は感じ取っていたものの、その犯人が自分の同族であるとは思い到らなかった。

「オレは貴様を倒したあと、あそこにいるヤツに戦いを吹っ掛ける。最も、オレたちに断りもなく高みの見物を決め込んでいる野郎なんざ、正直趣味じゃないんだが、それでも神を滅ぼした戦士だ。その武力、その知略を知りたくて血潮が湧きたつのが止められねえ。

 貴様はどうだ神無月宗一郎! これでもまだ食わず嫌いを気取るつもりか!」

 クー・フリンは高らかに一喝した。

「むぅ……ッ」

 宗一郎は目蓋を閉じて、同族と覇を競い合う光景を想像してみる。

 確かに心躍る光景である。成る程、血潮も湧き立つだろう。何しろ相手は神を殺した最強の戦士なのだから。だがしかし―――

 宗一郎はカッと目を見開いて、右手は背に吊るした柄頭を握り、長刀を一気に抜き放つ。

 ―――神と戦うほどではない!

「確かに興味深い提案でした。ですが、その件はあなたを仕留めた後、改めて考えさせてもらいましょう」

 宗一郎は闘気を全身に滾らせて、峻烈な眼差しをクー・フリンに向ける。

「クク―――悪くない返事だ。いいだろう。そろそろ始めるとしようか」

 クー・フリンは殺意を滲ませた声でそう言った瞬間―――額に英雄光が輝き放つ。

「な……ッ!」

 その輝きが何を意味するのか、宗一郎に解らない筈がなかった。それは半日前に彼を死に追いやったクー・フリンの体を赤い巨犬の姿に変態せしめる権能の発露に他ならない!

「クー・フリン、どういうつもりです!? どうしてこんなにも早く……!」 

 宗一郎の疑問は当然だ。

 クー・フリンが今行使しようとしている狂奔の権能の最大の利点は、疲弊した状態でも何の支障もなく行使でき、かつ変身中のみの間だけとはいえ、枯渇した呪力を瞬時に恢復してしまうことにある。

 となれば、当然の戦術として人間体の状態で敵の戦力を可能な限り削り取った上で、狂奔の権能で疲弊の極みにある敵に逃れられぬ死の一撃を叩き落とすことこそが最善手のはずである。

 事実、クー・フリンは前回に戦いの際、そうやって宗一郎を絶体絶命の窮地に追い込んだのだから。

 にも拘らず、クー・フリンは今その最大の利点を自ら進んで放棄しようとしている!

「―――神話の時代においても、オレの槍の舞を、戦車の疾走を、魔槍の魔力を、そしてわが身を駆け巡る熱き猛りを解放して、尚も生きながらえた敵は、皆無、だった。

 そう、貴様以外はな―――神無月宗一郎!

 そんな勇者相手に前と同様の戦術で当たるなど不粋ってモンだろう。それにテメエ、まだ切り札を隠し持っているな?」

 クー・フリンの慧眼には敬服するしかない。

 勿論、宗一郎は切り札を持っている。最後にして必殺の。

 とはいえ、その行使に三つの制限が設けられており、そのひとつたる聖なる火炎―――烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)の権能がどうしても必要だった。

 故に、クー・フリンの『魔槍』の権能を『聖火』の権能を行使せずに、どうやって切り抜けるかが宗一郎の悩みの種だったのだが……

 クー・フリンが『魔槍』を使わずして、『狂奔』の権能を行使するというなら、この問題は自然に解決したことになる。だがそれは―――

「ならごちゃごちゃと余計なことなんざ考えずに遠慮なく使いやがれッ! さあ征くぞ、用意はいいか、神殺し。正真正銘これが最後の戦いだ……!!」

 怒号と共に英雄神の全身が真紅の輝きに呑み込まれる。

「兄さま……!」

 背後から決断を促す妹の声が飛んで来る。

 浄化の神力を消費せずに、しかも万全の状態で狂奔の権能と向かい合えるというならば、不埒な観客がいる直中で神無月家の秘中の秘たる≪刃≫をあえて抜き放つ必要はない。それどころか、今までのように独りで神に挑むことも出来るだろう。

 だが、それではおそらくは勝てない。

 神無月宗一郎が今まで行っていた戦い方ではあの英雄神には勝利できないであろう。なぜかそんな確信が宗一郎の内で揺るぎなく実っていた。

 かの英雄神に勝利するには、秘術という秘術、仲間という仲間、己の内にあるすべてを賭して挑まねばなるまい。

 故に、宗一郎は最後の切り札の行使に踏み切る。

 だがまだだ。まだ完全に準備が整っていない。最後のひとつが……

「佐久耶、リリアナさん、しばらくこの場を任せます」

 そう言って、宗一郎は≪縮地≫を用い、大きく後方へと飛び退く。

「はい!」

「了解しました!」

 佐久耶とリリアナも即座に応じ、それぞれ左右両翼に広がるように疾走を始めた。

 瞬間、赤い光の塊から、咆哮と供に飛び出してきた真紅の獣が宗一郎のいた過去位置に喰らいつく。が、ソコに何もないと解るや、直ちに己の巨躯を解きほぐし、鮮血の霧海が一気に充満、大津波が押し寄せるようにリリアナの背後に収束、実体化する全長三十メートルの大怪獣。

 狂奔の権能を行使したクー・フリンにあの明敏な知性など欠片も残っていない。あれは何の戦術もなくただ好き勝手に暴れ回るケダモノに過ぎない。

 だが、ケダモノ故に実にシンプルに行動する。

 『まつろわぬ神』としての誇りもなく、躊躇なくこの場で最も弱い獲物へと喰らいつく。即ち、リリアナへと。

 だがリリアナにとってはこれで二度目。半日前の再演。それ故に、この事態は容易に予測がついていた。

「ふっ……!」

 軽佻な足運びで頭上から降りかかってくる噛み付きを回避して、そのまま大きく飛び退くリリアナ。空中で『ダヴィデの言霊』を唱えて、左手に長大な弓を召喚する。右手に青く輝く一本の矢を番えて、解き放つ。

 青き彗星となって赤い巨犬へと突き進む、神をも傷つける青い矢。

 だが、これを見た赤い巨犬の瞳に嘲弄の色が宿る。知性が劣化した獣でも解る無駄な攻撃。なぜなら、自らの体を霧化できる真紅の獣にとってあらゆる物理攻撃が無意味であるからだ。霧は斬れない。貫けない。そして、死ぬこともない。

 故に、赤い巨犬は余裕を以って霧化しようとして―――

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 そこに割り込んできた佐久耶の唱えた早九字―――破魔の呪文によって阻まれた。

 雷電化、不可視化がそうであるように霧化もまた術破りに極端に弱い性質を有している。

 それでも赤い巨犬に知性が残っていたなら、青い矢の着弾点のみを見切って部分的に霧化して無効化できただろう。如何に佐久耶といえど、権能を完全に封じることなど出来はしないからだ。

 だが知性のない獣にそんな複雑な作業など出来る筈もなかった。果たして、青い矢は見事に紅の巨犬の右肩に命中した。

 苦痛に呻く真紅の獣。だが全長三十メートルの大怪獣にとって、その程度の矢傷など傷の内にも入らない。あと千本の矢に射抜かれたとしても致命傷にもなるまい。

 だとしても、リリアナにはそれでも構わない。なせなら先の射撃には、敵に致命打を浴びせる意図などなかったからである。

 地に着地したリリアナは召喚の呪言を唱える。すると、騎士の右手に矢じりに鮮血が付着した青い矢が出現する。それは、彼女が先に射た矢に他ならない。

 それを確認したリリアナは青と黒のケープを翻し、神無月宗一郎の下へと馳せる。透かさず佐久耶が赤い巨犬を足止めすべく術を飛ばす。

「神無月宗一郎、どうかこれをお受け取り下さい」

 何者にも邪魔されずに、宗一郎の下に馳せ参じたリリアナは、恭しく跪き、騎士の両手に置かれた青い矢を差し出した。

 少しばかり躊躇いの仕草を見せた宗一郎であったものの、左手を伸ばして、しっかりと青い矢を握りしめる。

「―――リリアナさん。このたびの助勢、感謝します」

 あくまで独りで戦い続けることに固執していた若き神殺しから、仲間の献身に労いの言葉がかけられる。たとえこの共闘がこの場限りであったとしても、宗一郎は青い騎士のこれまでの献身を忘れることはないだろう。

 対して、リリアナはその言葉だけでこれまでの労苦が報われた気がした。傍若無人、唯我独尊を地でいくカンピオーネからこれ程まで真摯な言葉をかけらたのは、初めてなのだからそれも無理からぬことかもしれないが。

「恐れ入ります、王よ。ではわたしは神無月佐久耶の援護に行って参ります」

「はい。よろしくお願いします」

 宗一郎の言葉に頷いて、リリアナは銀髪をなびかせ、熟練の闘牛士の如く真紅の獣をあしらっている佐久耶の下へと駆け急ぐ。

 彼女にはまだ役目がある。宗一郎が≪刃≫を鍛錬するまでの間、佐久耶と共に真紅の獣を引き付けておかなければならない。それはリリアナにしか出来ないことである。なぜなら、あの赤い巨犬はリリアナを真っ先に仕留めるべき獲物であると認識しているからだ。

 宗一郎が≪刃≫の鍛錬中は無防備に為らざるを得ないことを考えれば、彼女はこの戦いにおいて最高の囮役(じんざい)であるかもしれない。

 そして、騎士はつい先ほど最も重要な役割を果たしてくれた。宗一郎は左手に持つ青い矢に視線をやる。

 その矢じりに付着しているのは、神の血液―――霊血である。これこそが、≪刃≫鍛造のための三つの要素の最後のひとつに他ならない。

 宗一郎は右手の長刀を水平に掲げ、左手の青い矢の鏃に張り付いる霊血を刀身にぽたぽたと垂らしていく。コトを終えると矢は青い霞となって消えた。

 これですべての準備は整った。

 さあ―――始めよう、神を殺す刃を打ち鍛えるのだ!

 宗一郎は切っ先をゆらりと持ち上げて、天突く大上段の構えを執る。それに合わせて、赤い滴が刀身から滑り落ちる。

 ≪刃≫鋳造に不可欠な要素は三つ。そのひとつたる敵対する神の血が。

 そして、次の瞬間―――刀身が蒼い火球に包まれる。

 ≪刃≫鋳造に不可欠な要素は三つ。そのひとつたる烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)の権能により創り出された鋼を精錬する聖なる(ほのお)が。

[――――どこの世界神話にも、神々の時代から英雄の時代に移る狭間がある。英雄は世界が神のものから人間のものになる間を橋渡しする存在です」

 宗一郎は言霊を込めて、燃え盛る刃金に吹き囁く。

 ≪刃≫鋳造に不可欠な要素は三つ。その最後のひとつたる敵対する神の知識を。

 以上を以って、神無月宗一郎は《神殺しの刃》を造り出す鍛錬を開始する。

「しかしながら、古代ケルト人は叙事詩に登場する英雄たちを神の化身、即ち、神のもうひとつの姿として顕すことがありました。クー・フリン、あなたもその一人です」

 これこそが、神無月家が神を倒すために編み出した窮極奥義。

 錬鉄の秘術。数百年に亘る研鑽の、妄執の結晶。

「あなたは太陽神ルーグの息子として語られながら、その神格に『太陽』の属性を見出すことは難しい。それもそのはず、あなたの本質は、『太陽』の神ではなく『戦士』の神だからだ。 

 そして、ケルト神話において戦士としての役割を最も体現している神は一柱のみ。

 ―――それがオグミオス。彼こそがあなたの原型だ!」

 大陸系ケルト神話におけるオグミオスは、島系ケルト神話ではオグマに相当する神格だ。オグマはダーヌ神族の最高神ダグザの弟神にして戦争の神でもある。時代が進むと次第にオグマは、太陽神ルーグの臣下へと下ることになる。

 だからなのだろう、古代ケルト人たちがオグミオス・オグマの化身であるクー・フリンを太陽神ルーグの息子として、下位者に位置付けたにも納得がいく。

「クー・フリンとオグミオスとの類似点はまだまだある。たとえば、あなたの名前だ。

“クー”はゲール語で犬を意味する。鍛冶屋の番犬を殺して『クランの猛犬』を名乗ったようにあなたは『犬』との関わりが深い」

 古代人たちは犬を冥界に属する生き物と信じていた。ケルト神話でも犬は死者の王国を守る動物として描かれている。

 オグミオスは冥界を司る神としての神格も有しており、ケルト神話で犬を伴った姿で表された。

 また、魔術の神でもあったオグミオスは、宗教的な用途に限って用いられたゲール人固有のアルファべット体系であり、古来より神秘の力が宿っていると信じられたオガム文字の発明者でもある。

 そう、オガム文字とはクー・フリンがアルスターに侵略してきたコノートの女王メイブ率いる軍勢の進行を阻むために浅瀬で使用した魔術文字に他ならない。

「そして、最後にあなたが≪鋼≫であるという事実。だが、あなたが≪鋼≫なのは当然だ。

ケルト神話はインド・ヨーロッパ語族の神話体系が非常に特殊なカタチで進化したものだ。だが、まるで共通項が見出せないわけではない。事実、ギリシア人はオグミオスをヘラクレス、ローマ人はマルスと同一視しました」

 リリアナと佐久耶に引き付けられ、翻弄されていた筈の赤い巨犬がここに来て、ぴたりと動きを止めて、宗一郎に向き直り、憤怒の咆哮を上げる。

 知性を失っても己の神格を暴き立てる言霊に本能が不吉の予感を嗅ぎ取ったのか、もはや彼女たちには見向きもせずに、宗一郎目掛けて突進してくる。真紅の獣が弾け飛ぶ。右前脚を振りかぶりながら飛び掛かってくる!

 それを前にして、宗一郎は怖じることなく、冷静に最後の言霊を紡ぐ。

「―――戦争の神マルス。かの神こそ≪鋼≫の最源流のひとつ。だから、そこから派生したあなたもまた≪鋼≫の系譜に連なる英雄になり得るのです!」

 ついに神殺しの刃が完成した。

 人類最古の呪術のひとつたる感染呪術の秘奥。

 人の業と神の能の融合。

 敵対する神の血液と敵対する神の知識を触媒として、聖なる炉で鍛えた刃金と結合させ鍛え上げた、神の神格を切り裂く呪いの刃。

 それが神無月家の秘中の秘たる神無月宗一郎の真の切り札だった。

 蒼い火球が風に煽られるように弾け、火の粉を散らして消失する。

 そこから顕れたのは、刃渡り七メートルにも及ぼうかという赤黒い超特大の刃。宗一郎はそれを撃ち下ろされてくる巨碗を目掛けて袈裟懸けに斬り下げる!

 斬る! 斬る! 斬る! 斬る!

 まるで紙を切り裂くように容易に切り下ろされる赤い巨犬の右前脚。当然の帰結である。神格を直に切り裂く刃に掛かれば、霧化したところで逃れられる道理がない。

 宗一郎はくるりと手首を返す。逆袈裟懸けに振り上げられる一刀。

 この一剣には宗一郎のすべてが籠められている。

 そう、神への殺意。羅刹の君の呪力。神無月家の秘術。磨き上げてきた剣術。そして、仲間への感謝。神無月宗一郎の人生の軌跡、そのすべてが!

 故にこの一剣は、完全無欠にして一撃必殺。

 赤黒い超特大の刃は真紅の獣の腹を事もなく切り捨てた!

 

 

×         ×

 

 

 何も見えない。何も感じない。何も動かせない。そんな遥か深淵の底に意識を沈殿させながら、クー・フリンは自らの身を切り裂く刃の感触を確かに感じ取っていた。

 たとえ五感を封じられようとも、この感覚、解らぬ道理がない。なぜなら、その斬り付けられた箇所は神話の時代において、彼を死に至らしめた場所に他ならないのだから。

 あの刻、クー・フリンの内にあったのは、屈辱と諦観の念だけだった。だが、彼の今の思いはそれとは真逆。莞爾たる思いで感極まっていた。

 なぜなら、クー・フリンに比肩すると謳われ、義兄弟の契りを交し合った盟友にも、クー・フリンの血を継ぎ、武の才を受け継いだ息子にも超えられなかった『魔槍』を超えてきた偉大な戦士に、ついに巡り合ったからだ。

 思い返せば、二度目の戦いが終わったおり、依然神無月宗一郎が生存していると判明した時点で、自分は敗北を受け入れていた。まだ戦いの趨勢を定まったわけでもないというのに。

 神話の時代において一度たりとも敗北しなかったクー・フリンの不敗の象徴。

 その英雄の証たる―――魔槍ゲイ・ボルグを破られた瞬間に、この戦いの勝敗はすでに決していたのかもしれない。

 故に、己の敗北を認めた筈のクー・フリンが三度目の戦いを臨んだのは、神無月宗一郎に復讐戦を挑むためではなく、その心魂を問い質し、見極めることにあった。

 神無月宗一郎が宣言した「答え」は、クー・フリンを完全に満足させるには些か足りないモノであったが、彼はそれでも良しとした。

 少なくとも、己の神力を受け継ぐだろう戦士は、これからも武勇に彩られた人生を何の躊躇もなく走り抜けられる者であると解ったからである。

 逆にもしあの場でクー・フリンの問い掛けを、神無月宗一郎が心にもない虚言で汚したならば、魔槍の英雄は必ずや全力で以って殲滅したであろう。

 なぜなら、クー・フリンはこの手の二枚舌野郎を何よりも嫌悪していたからである。

 だがそうは為らず、クー・フリンは生涯初めての敗北を喫して、今まさに消えようとしている。にも拘わらず、クー・フリンの胸の内は晴れやかな気持ちのままであった。これまで数多の戦場を駆け抜けて常に勝利し続けたクー・フリンである。

 故に戦場における多くの情動を知っている。

 強敵と競い合う高揚。勝者の権利を行使し女を征服する快感。仲間を失う悲哀。愛する者と争い殺し合わなければならない絶望。

 だが唯一、クー・フリンが経験したことのない情動。それが己自身の敗北であった。

 もとより、不死の身である。ならば生涯に一度くらい敗北する屈辱を味わっておくのも悪くない。とはいえ、屈辱感どころか想像していたより心穏やかな状態で最期を迎えられる自分に、むしろクー・フリンは驚いていた。案外自分は思っていた以上に敗北することを切望していたのかもしれない。

 そんな感慨を抱きつつ、クー・フリンは己が現世から完全に消え去るまで、まだしばらくの猶予が残されていることに気が付いた。

 どうやら、勝者に祝福の言葉を贈る程度の時間はあるらしい。そう思い意識を深淵の底から浮上させようとして―――あるなじみ深い気配を感じ取った。

(そういや、まだアイツもいたな)

 クー・フリンは今思い出したように、呑気にそう内心で呟いた。

 

 

               ×          ×

 

 

「はあ、はあ――ぁつ-――」

 宗一郎は地に片膝をついて荒い呼吸を整える。

烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)の権能の変則使用で脳神経に負荷がかかり、激痛で頭が爆発しそうだ。それでも宗一郎は何とか頭を上げて、前を見据える。

 辺り一面はまるで血飛沫でも盛大に噴出したかのように、赤い飛沫が霧のように漂っていた。おそらくは宗一郎の死の一閃を回避するべく赤い巨犬が霧化したのだろう。

 もちろん、神格を直に切り裂く神殺しの刃をその程度で避けられる筈がない……のであるが、やはり神殺しといえど、人の身で神器たる『智慧の剣』を完全に再現するには無理があったらしい。

 宗一郎は≪刃≫の術式を維持できずに、途中で崩壊させてしまったのである。

 それでも、クー・フリンの神格を半ば以上断ち割っている。故に、消滅は時間の問題だ。本物の霧のように揺蕩っている赤い飛沫もいずれ霧散するに違いない。

「……はあ……はあ……はあ……」

 まだ呼吸が整わない。頭痛も治まる気配を見せない。頭だけではない。神の奇跡を模倣するという身に余る大呪法の行使に体中の悲鳴が凄まじい。

 荒れ狂う呪力に体内を掻き乱され、至る所で内出血を起こしている。正直今度こそ本当に眠ってしまいたい。が、すでに死に体とはいえ、クー・フリンはまだ完全に消滅したわけではない。残心を解くわけにはいかない。加えてまだ何があるか分からない。

 いつでも動けるように体も深くならない程度に休めなければ―――そのときである。

 耳朶を震わせる轟音が決闘のあとの静寂を切り裂いた。轟音は南側の方から聴こえてきた。半日前に佐久耶とリリアナが謎の『まつろわぬ神』――クー・フリンの伝承を知ったいまはあの神がカラティンの妖女だということが宗一郎にも解っていた――と戦った方角である。

 そう言えば、佐久耶たちがどのようにしてカラティンの妖女を撃退したのか、まだ聴いていなかった。非常に気になったものの、宗一郎はその疑問を棚に上げて、立ち上がることもせずに、片膝をついて座ったまま、向き直る。

「グー・ブリィィィィン……ッッ!!」

 すると、なんと土砂が吹き飛び、怒号と共に紫の魔女が地中から飛び出してきたではないか!

「やはりこのタイミングで……ッ」

「神無月宗一郎!」

 それを見て取った佐久耶とリリアナも急いで宗一郎の下へ駆け寄ってくる。

 宗一郎は知る由もないが、それは地下迷宮に囚われていたカラティンの妖女が力任せに脱獄を図り、まんまと成功させてみせた威容だった。

 カラティンの妖女は濃紫色のフードを深く被り、面貌を窺うことは出来ないが、宙に浮遊してこちらを凝視していることは間違いない。樹々が消失し平原と繋がったのだから、さぞかし見晴らしはいいだろう。

 故に、宗一郎の間近に漂う赤い霧も、目にすることが出来たに違いない。

 そして、親の仇とクー・フリンに執着し、付け狙うカラティンの妖女が、よもやソレが誰のなれの果てであるの解らない道理がない。

「…………ギ……ギザマ……マザガ……ゾレバ………………ヨ、ヨグモ……ヨグモ、ワダジノ、グー・ブリンヲ殺ジダナァァァッッ…………!!!」

 悲痛に満ちた絶叫が迸る。

 聴く者の魂を凍り付かせるという嘆きの精霊もかくやの哭き声を撒き散らしながら、カラティンの妖女は宗一郎目掛けて殺到してくる。

「くっ」

 まずい。宗一郎の体はまだ動かない。妹たちも急ぎ駆けようとするも、紫の魔女の方が圧倒的に速い。

 ……これは一撃喰らうしかない、と宗一郎は覚悟を決める。

 何とか一撃耐え凌げば、佐久耶とリリアナの援護も間に合うだろうと期待して。一日前なら思い到りもしなかっただろう自分の考えに驚きつつ、宗一郎は敵の攻撃に備えるため体内の呪力を高める。

その直後―――

 

 

「―――オイ、いつオレがテメエのモンになったよ? 気持ちの悪りぃコト言ってんじゃねえぞ、婆さん……!!」

 

 

 怒号と共に真紅の閃光が迸る。

 その正体は禍々しく輝く赤い槍。ソレが宗一郎の脇を雷電の如く駆け抜けて、すでに若き神殺しの目前にまで迫っていたカラティンの妖女の胴体を串刺しにした!

「ギ―――?」

 何が起こったのか理解できないのか、カラティンの妖女はさも不思議そうに己の体を眺める。そして、ゆっくりと顔を上げて、自分を射抜いた犯人を茫然と見詰めた。

「…………グー・ブリン……?」

 赤い霧が立ち込めていた筈のその場所には、もはや霧はなく、ただその代わりに赤い人影がひとり佇んでいた。

 魔槍の英雄クー・フリン。見間違える筈などあり得ない。それは彼女が追い求め続けた仇敵の姿に他らなかった。

「ヨ、ヨガッダ……生ギデイダノガ……ゾウダ、オマエヲ殺ズノバ……ワダジナノダガラ……」

 口と腹から滝のように血を噴出させながら、カラティンの妖女は嬉しそうに囁く。

「―――眠れ、婆さん」

 その言葉が言霊となって真紅の槍に向かって放たれる。

 突き穿てば三十の棘となって破裂する―――かつて不敗を誇った英雄の持つ魔槍の能力が再度この場にて再現された。

 カラティンの妖女の全身から鮮血が噴き出す。三十に及ぶ魔の棘が紫の魔女の体を内側から喰い破ったのだ。

 あれ程まで執着し、追い続けたクー・フリンについに指一本たりとも触れることも叶わず、カラティンの妖女は静かに消滅した。

 宗一郎に駆け寄ろうと走っていた佐久耶とリリアナが足を止めて唖然とその光景を声もなく見入っていた。

 彼女たちは自らが戦ったカラティンの妖女の強大さを誰よりも識っていた。故に一刺だけであっさりとカラティンの妖女が斃されるのが信じられない。

 まさに鎧袖一色。佐久耶とリリアナは改めて先程まで対峙していた『まつろわぬ神』の絶大な力にただただ戦慄するしか他にない。

 対して、宗一郎はそれこそ視線で人を呪い殺せるほど強くクー・フリンを睨み据える。

「……何故ですか、クー・フリン!? どうして僕を助けるような真似を……!」

 あらためて見れば、クー・フリンは瀕死だ。いや、半ば以上死んでいる。

 体のあちこちから現界が解れ、赤い輝きを発していまにも消えようとしている。おそらくは、最後の力を振り絞り、実体化し、魔槍を放ったのだろう。

 ならば、どうして相討ちを狙わず、宗一郎を助けたのか? いま命を狙われたなら、宗一郎は一溜りもなかっただろうに……

 つまり、自分は情けをかけられたのだ。

 何たる屈辱か! 宗一郎は敵に対する憎悪と己に対する憤怒で全身を戦慄かせた。

「―――ハ。詰まんねえコト聴いてくるんじゃねえよ。貴様はオレを下した初めての神殺しなんだぞ。だからこそ、こんなところで下らない死に方をして欲しくなかっただけのコト。テメエの都合なんざハナっから知ったことかよ」

 そう嘯いてクー・フリンは宗一郎を見下ろし嗤う。

 なんだこの構図は? 宗一郎は現在の状況に強い違和感を覚えた。

 どうして、勝者である自分が跪き、敗者を見上げて、敗者であるクー・フリンが、立って勝者である宗一郎を見下ろしているのか? 普通は逆のはずではないのか? 

 本来勝者が悠然と立ち上がり、屈辱に身を震わしながら跪く敗者を見下ろすのだ。故にその逆など断じてあってはならない!

(ふざけるな、勝ったのは僕だ!)

クー・フリンに対しての激しい敵対心が宗一郎の体に僅かばかりの活力を蘇らせる。

 宗一郎は両脚に力を込めて起き上がる。すると、足の筋肉やら血管やらが、ぶちぶちと異音を発する。血塊が喉元へ迫上がり、強引に飲み下す。

 それでも構わず宗一郎は何とか立ち上がると、クー・フリンに憤怒の視線を向ける。

「ク―――自分が殺したと思っていた死に損ないに命を救われるのは、さぞ悔しかろう。なら、同じ屈辱を味わいたくなければ、オレの力を喰らい、強敵たちと覇を競い合うことで戦士として更なる高みへと昇るがいい! そして、久遠の果てにて、もう一度やり合うとしようぜ、神無月宗一郎!」

 クー・フリンは宗一郎の返事を聴くこともなく、赤い粒子と化して消滅した。

 直後、宗一郎の背中にずしりと重みが加わる。新たな権能を獲得したようだ。その重さを確かに噛み締めつつ、宗一郎は天に向かって宣誓する。

「―――いいでしょう、クー・フリン。必ずやもう一度戦いましょう。そして、今度こそあなたを完膚なきまでに討ち果たして見せます!」

 神無月宗一郎はクー・フリンとの四度目の再戦の誓いを受諾した。

 

 

               ×          ×

 

 

「一時はどうなることかと思いましたけれど、八人目の方はどうやら無事に新たな神殺しを成し遂げられたようですね。……それにしても、アレクサンドル、あなたは相変わらずデリカシーに欠ける人ですね。そんなのだから、女性の扱いが今も下手くそなままなのですよ」

 小山の頂上で決闘の一部始終を観戦していたプリンセス・アリスは、そう言って相席の男―――アレクサンドル・ガスコインを冷たくなじった。

「やかましい、余計なお世話だ!」

 おそらくアリスの非難は、良い感じにクー・フリンと八人目の決闘が終わりかけていたところで、迷宮の権能で虜囚にしてあった筈のカラティンの妖女が、突如解き放たれてしまったことで、決闘をぶち壊しに仕掛けたことを言いたいのだろう。

「それにアレは俺がやったわけではない! あの魔女が勝手に出ていっただけだ!」

 無理やり虜囚にしておきながら、無茶苦茶な言い草であったが、アレクの言葉に偽りはない。

 流石は魔術を司る神というべきか、しかも僅か半日足らずで迷宮の権能を突破してしまうなどとは、アレクを以ってしても見切れなかった。

これもあの魔女の狂気の為せる業であろう。

「あなたが女の情念や妄執を読み切れずに、トラブル尽くしで計画が頓挫することは珍しくないですけれど、その逆はなかったはずです……」

 アリスは疑わしげにアレクを見やる。

 アレクの心臓が一鼓動余計に跳ねる。が、努めて平静を装う。こういう時は自分の出鱈目な体が心底ありがたい。如何に白き巫女姫であったとしても、カンピオーネの精神までは、見通すことが出来ないのだから

 実のところ、アレクは当初の戦略に一部修正を加えていた。

 もし八人目が勝利したなら、カラティンの妖女を解き放たずに、そのまま可能な限り封印してしまうつもりであったのである。アレクとてたまには空気を読むこともあるのだ。結局その目論見は偶然(、、)頓挫してしまったわけだが。

 しばらくアレクから真実を引き出そうと、躍起になっていたアリスであったが、それが無駄であると悟ると、しぶしぶ諦めた。

 ほっと安堵する黒王子。これ以上、この姫に冗談のネタを提供するのは御免である。魔女のネットワークを通じて、どこまで流れていくか想像もつかないのだから。

「それでアレクサンドル、あなたはこの後どうするおつもりですか? わたしは八人目の方にご挨拶させて頂く所存ですが……」

「フン、決まっているだろう。このまま帰らせてもらう」

 過去の経験則から文明人である自分と、それ以外の野蛮人でしかない連中と顔合わせしたところで、厄介事しか生まないのは解りきっている。

「まあ、あなたならそうおっしゃるでしょうね。では、ご機嫌よう、アレクサンドル」

 優雅に微笑み、プリンセス・アリスは虚空に溶けるように消えた。言葉通り八人目のところに幽体で向かったのだろう。

 それを見届けたアレクも雷電と化してこの場から消えた。

 ―――かくして、神無月宗一郎とクー・フリンを中心にして巻き起こった一連の闘争は、こうして終わりを迎えたのである。

 


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