神殺しの刃   作:musa

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終   獣たちの謝肉祭

 六月下旬、日本―――

 梅雨前線の影響で、とかく天候不順に頭を悩まされる季節であるものの、それでも今夜の東京の天気は異常に過ぎた。

 いま東京都港区は天気予報には一切報道されることがなかった、おそらくは観測史上類を見ない記録的な規模の雷雨に見舞われていた。

 大都市故に交通の流動性を円滑に図る目的で敷設された東京タワー近辺の四車線の道路は、いまや暴風雨のせいでその用途を果たされることなく無人の状態で放置されている。

 ―――否、無人では、ない。

「ハハハハハッ、捜せ、狩り出せ! 今宵はいい夜だ! 我が猟犬どもよ、私の獲物を見つけ出してこい!」

 黒い外套を羽織った銀髪の老人が、哄笑を上げながら、貴人がレッドカーペッドの上を歩むが如く、無人の道路を誰憚ることなく堂々と闊歩していた。

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

 かつて侯爵の地位と領土まで所有していたこの老人を、貴人と称しても何ら不足はあるまい。だが、ヴォバン侯爵という人間の本質を的確に表現するなら、貴人という言葉では不足すぎるであろう。

 なぜならば、かの老人は神を殺してその権能を簒奪した魔王であるが故に。

 ヴォバン侯爵は久方ぶりの狩りの昂奮に魂から吼え猛っていた。

 闘士の中の闘士。王者の中の王者。

 三百年の長きに亘って繰り広げられてきた数多の戦いを、常に勝利で飾り立ててきた真の覇王たるヴォバン侯爵の存在は、『まつろわぬ神』すら畏怖の対象になり得るのか、老王はここ何年も闘争の場から遠ざけられてきた。

 だがしかし―――今宵は違う。

 久しぶりに相まみえる敵の存在に、ヴォバン侯爵は胸が躍り、血が滾っていた。されど、老王は理解していた。この昂奮も泡沫の夢の如く瞬く間に消えてしまうことを。

 ヴォバン侯爵が長く狩りの時間を愉しむには、獲物があまりに弱すぎるからだ。無論、古き王が獲物と見定めた相手である。凡俗であろう筈がない。

 王である。ヴォバン侯爵の同族たる魔王である。

 だが同じ階層に属しながらも、決して同格の存在ではありえない。在位三百年の老王と生まれたての若王との間にはそれだけの力量の差があるのだから。

 とはいえ、僅かな間でも、老王の無聊の慰めとなる程度の器量は有しているのは間違いない。

 そういえば、とヴォバン侯爵はふと思った。獲物の名前は何と言ったか。

 ……確か、草薙護堂だったか。

 まだ一柱の神しか屠っていないにも拘らず、奇妙なことに幾つもの能力を掌握していることは、先の戦いで確認した。そして、まだ切り札を隠し持っているであろうこともヴォバン侯爵は確信していた。

 なぜならば、先の戦いでの獲物の逃亡は、生命を生き長らえさせるためだけの無策の敗走ではなく、次の戦いに向けて勝利を掴み取るための戦略的撤退であっただろうことを、戦に古りている王は見抜いていた。

(この私を相手に勝利だと! 片腹痛いわ、小僧!)

 いまだ姿を見せない敵を嘲笑しながら、獲物が次に何を見せてくれるのか、ヴォバン侯爵は愉しみで仕方がなかった。

 だが、直ぐに思い知ることになるであろう。若王がどれ程足掻いたところで、老王には決して届かないという現実を!

 そのとき、獲物が浮かべるだろう絶望の表情は、おそらくはどんな美酒、美食を口に入れたところで味わえない悦楽を、自分に与えてくれるに違いない。

 それを想像して、老王の魂の飢えが一層強まった。

 すると、今までさして気にならなかった猟犬どもがまだ獲物を探し当てていないという事実に、ヴォバン侯爵は不満げに鼻を鳴らす。

 暴風雨のせいで臭いが嗅ぎ取りにくいことを差し引いても時間が掛かり過ぎている。むしろ不甲斐ない飼い犬を責めるよりも、ここは獲物の逃げ足の速さを称賛するべきか。    

 最高の狩人を自認するヴォバン侯爵としては、追跡術により効率化を図ることで獲物を追い詰めねばなるまい。故に老王は猟犬に加えて、死人を捜索に駆り出そうとした、そのとき―――

 

 

「あなたが婦女子を拐かし、弄ぶという先達の方ですね? まったくお歳を召されたご老人とは思えない悪趣味さですね!」

 

 

 唐突に背後(、、)から聴こえてくる声とともに、ヴォバン侯爵の背に数年ぶりに感じる死を孕んだ戦慄が駆け抜ける!

 ヴォバン侯爵は躊躇うことなく、太陽神アポロンより簒奪した『狼』の神力を解き放つ。老体を二メートル程の銀色の体毛の人狼の姿に変身させ、前方に大きく跳躍した。

 直後―――雨粒を弾き飛ばし、暴風を両断せんとする豪快な風切り音がヴォバン侯爵の耳に届く。

 聞き覚えのある音だ。ヴォバン侯爵自身直接振るう事こそないものの、戦場では慣れ親しんだ音。刃風だ。何者かが自分の背後に忍び寄り、斬りかかってきたのだ。それも獣並に五感が鋭いヴォバン侯爵に直前まで気配を気づかれもせずに!

 獣化したヴォバン侯爵は、文字通り獣の如き俊敏な身体能力で以って、一気に十メートルの距離を跳躍し、すぐさま変身を解き、元の老人の姿に戻る。

 そして、緑柱石(エメラルド)の瞳を憤怒の色に染め上げ、敵を睨み据える。

「貴様、何者だ! この狼藉、私がヴォバンと知っていての所業か!」

 ヴォバン侯爵の大喝が嵐に荒れる夜気を切り裂くように響き渡る。

 騎士の最高位たる聖騎士さえをも震わせる老王の烈気。それをただ一人で浴びた襲撃者―――純白の戦装束に身を固めた黒髪の少年は、だが、何ら怖じる様子もなく涼しげに微笑むだけ。

 手には数々の武具を目にしたことのあるヴォバン侯爵ですら、見慣れない優美に反り返った美しい長剣を携えている。

「さて―――生憎と僕はあなたのお名前は知りません。ただ友人に招かれて来させて頂いたまでの事。何でも今宵、古き王が主催する宴があるとか。よかったらぜひ僕も参加させてもらえませんか」

 にこやかにそう告げて、少年は長剣をヴォバン侯爵に向けて構える。

 剣士正調―――正眼の構え。

「……」

 事此処に至って、ヴォバン侯爵は思い出す。この国には草薙護堂以外に、もうひとりの神殺しがいたことを。

 魔王には同族に会ったとしても一目でそうと解るような直観力は備わっていない。が、世界広しとはいえ、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンの怒気に晒されて平然とできる存在は、地上において『神』と『王』のみである。

 前者はあり得ない以上、後は消去法で後者の同族ということになる!

「ハハハハハッ―――成る程な! 貴様も闘争の気配を嗅ぎ付けてきたというわけか。剣を手にして私の狩場に乱入してきた痴れ者は、貴様で二人目だ! だがサルバトーレめと違い、どうやら貴様は私の獲物を奪い取りに来たわけはないようだな? むしろ、わざわざ私の獲物になりに来た……そうであろう、小僧!」

 ヴォバン侯爵は獰猛に笑う。これでようやく飢えを満たされるのだと知って、歓喜に総身を打ち震わせる。

「私の名はサーシャ・デヤンスタール・ヴォバンだ。小僧、名を名乗るがいい!」

「僕の名は神無月宗一郎。一身上の都合により、あなたに刃を向けさせていただきます」

 最も若き王は、そう言って最も古き王に挑戦状を叩き付けた。

「―――許す。来るがいい!」

 その言葉を皮切りに、神無月宗一郎は疾走を始め、ヴォバン侯爵は己の権能を解き放つ。

 東京タワー前にて本来の形(やくしゃ)を変えて、二人の魔王が激突する!

 

 

              ×         ×

 

 

「いやーお二方とも、もうノリノリですね。本当に楽しそうだ」

「ホントにね。ヴォバン侯爵も、随分お歳を召した方の筈なのに、若い方にまったく劣らずにはしゃいでおられるわね」

 ビルの物陰に隠れ潜み、カンピオーネ同士の激闘を観戦している同席者たち――正史編纂委員会のエージェント甘粕冬馬と《赤銅黒十字》所属の魔術師エリカ・ブランデッリ――の暢気な感想を尻目に、そのカンピオーネの友人(、、)リリアナ・クラニチャールは頭を抱えていた。

 こんな筈ではなかったのだ。リリアナはただ老王の暴虐からひとりの罪無き少女を守りたかっただけだった。だと言うのに、どうしてこうなってしまったのか。

 リリアナが本拠地であるイタリアを離れて、ここ日本に来訪したのは、祖父にヴォバン侯爵に随行するように命じられたからである。

 かの老王の目的は、神を招来する儀式をもう一度試みるべく、ひとりの優秀な巫女を獲得するためであった。いや、誘拐、略奪と言った方が正解か。ヴォバン侯爵には相手の意思を尊重する気など微塵もなかったのだから。

 リリアナは持ち前の正義感から、そんな暴挙を黙って見過ごすことなど誇りが許さなかった。しかし、相手は在位三百年の大魔王である。騎士が真っ向から歯向かえる相手ではなかった。

 かくしてリリアナは半月以上前に結んだ縁を活用することになった。

 魔王と戦えるのは、宿敵たる『神』か、同族たる『王』以外にあり得ない。それが神無月宗一郎であった。

 だがまさか、その救おうとした少女がこの国いるもう一人のカンピオーネと親しい間柄であり、またその彼が少女を救おうと立ち上がるほど義侠心に厚い人物であるなどとは、完全に想定外であった。

 リリアナの「好意」は結果的に三人のカンピオーネを一同に介するかもしれないという恐るべき「機会」を与える羽目になった。

 いや、まだだ、とリリアナは自分を慰める。まだ草薙護堂が揃っていない。

 草薙護堂がこの場に駆けつけてくる前に、あの二人がどういう形であれ、決着を付けてくれることを祈るしかない。

 そうすれば、カンピオーネ対カンピオーネ対カンピオーネ―――などという恐ろし過ぎる展開になることはないのだから! ここで老王ひとり対若王ふたりという展開を欠片も思い浮かばない当たり、騎士もカンピオーネという存在がどういうものであるか、不幸にも知ってしまていた。

「それにしてもやってくれたわね、リリィ。こういう展開は流石のわたしも想定外だったわ。お蔭で護堂を喚べなくなってしまったじゃない」

 エリカがそう言って鋭く睨んでくる。

 流石は腐れ縁。八人目のカンピオーネの乱入の裏にリリアナが糸を引いていることを瞬時に察したらしい。

「草薙さんを喚ばれるというと、例の『風』の権能ですかね?」

 とそこに甘粕がまるで天気予報を聴くかのような暢気な口調で訊ねてくる。だがその真意は草薙護堂の有する権能を一つでも多く、そして完全に把握することにあるのだろう。

 リリアナですら気付いたことを雌狐たるエリカに見抜けない道理がない。にも拘らず、エリカは、

「ええ、そうよ。王の知己が命の危険を迎えたときのみ発動する飛翔の権能。瞬間移動の能力よ」

 そう、あっさりと言ってのけるのだった。ただし視線は甘粕に向けて悠然と見据える。まるでそのくらいあなたも知っているでしょう、と言わんばかりの態度である。対して甘粕もいやー、どうでしたかね、と曖昧な笑顔をつくって逃げる。

 とはいえ、エリカも本気で甘粕にその件の事を追及するつもりはなかったのか、ふいに視線を戦場へと向ける。

「でも困ったわね。流石のわたしもあのお二方の決闘の場に乗り込んでも、危機を感じる前に殺されかねないでしょうし。どうしたものかしらね……」

 溜息まじりにそんな言葉を漏らすエリカ。

「ちょ、ちょっと待て、エリカ! 先程から聴いていれば、あなたは草薙護堂をここに一瞬でお呼び立てする手段があったようだが、まだ諦めていないのか!?」

 リリアナは気色ばんだ様子でエリカに詰め寄る。

「ええ、もちろんよ。これほどの大イベントを目にしながら、護堂をのけ者にしようものなら、後でわたしが主からオシオキを受けてしまうわ」

 そう言って、エリカは嫣然と微笑んだ。

 想像力旺盛な青い騎士は「オシオキ」の部分を妄想してしまい、頬を赤らめるも、

「あ、あなたたちが普段からどんな如何わしい行為に耽っているかは知らないが、あなたの王は好色には見えても、好戦的には見えなかったぞ!?」

 そう言って反論する。

「あら、そんなのは見掛けだけよ。本当は戦いたくて仕方がないのよ。何と言ったところで、カンピオーネなんですからね!」

 エリカの説明になるほど、とあっさり納得してしまうリリアナ。しかし、この騎士たちの会話を護堂が聴いていたなら、「そんな話は出鱈目だ! 信じるなよ、リリアナさん!」とくらいは叫んだだろうが。

 それは兎も角、やはり草薙護堂がこちらに合流するには、まだしばらく時間が掛かるらしいと解ってほっと安堵するリリアナ。

 だが―――

 

 

「ふふっ。では、エリカさま。あなたさまが危機をお感じになられたのなら、草薙さまは今すぐにここに駆けつけてこられるのですね? それはいいお話を聴かせて頂きました」

 

 

 運命はそう容易く騎士を楽になどさせてはくれない。

 可憐な声と共にリリアナたちの背後から呪力が吹き荒れ、そこから一体の巨大なモノが顕れ出でる。

 背後を振り向いたエリカの目に映ったのは、

「な、なに、今の声! それにこの()は、まさかヴォバン侯爵の権能っ!?」

 全長十メートルあまりの巨大な黒い獣だった。

 リリアナには直ぐにソレが『狼』ではなく、『狗』だと解ったが、現在進行形で仕える主君が狼王と敵対関係にある赤い騎士にそれを察しろというには無理があり過ぎた。

「くっ……。八人目の方と正面から戦いながら、わたしたち如きにこんな余力を割いてくるなんて、流石はヴォバン侯爵ね!」

 慄きながらも、エリカは目を逸らすことなく勇ましく黒い獣を睨み据える。

 その顔に確かな覚悟を見て取ったリリアナは、嫌な予感がして、反射的に止めようとした。だが、間に合わない!

 

 

「草薙護堂! 御身の騎士が呼び招きます。今こそ来たれり、王の責務を果たしたまえ!」

 

 

 吹き荒れる風に載せ、若き王を呼び招く言霊が紡がれる。

 次の瞬間、まるで赤き乙女の祈りに応えるかのように、光り輝く風が渦を巻く。激烈に迸る呪力の密度に、騎士と忍者が揃って瞠目した直後―――風の渦の中心に、草薙護堂と巫女装束の万里谷裕理が忽然と顕れた。

「―――エリカ、大丈夫なのか……って、何だコイツは!? これもじいさんの権能か!」

 眼前の黒い獣を見て驚く護堂。対して隣に佇む裕理は、

「いいえ、違います。おろらくは狼ではなく狗。侯爵とは何の関係もないものと思われます」

 ときっぱりと言うのだった。「えっ」と驚く主従たちを他所に、

「ああ、その通りだ。―――神無月佐久耶、姿を見せろ! 如何にあなたといえど、王の御前にてそのように振る舞うなど無礼であろう!」

 リリアナだけは、苦々しくそう口にした。

 その言葉と同時に黒い獣はまるで幻であったかのように黒い霞となって消え失せ、変わりにひとりの巫女装束の少女がふっと現れた。

「確かにリリアナさまの仰る通り、些か無礼が過ぎたようです。草薙護堂さま、お初にお目にかかります。わたくしの名前は神無月佐久耶と申します。御身と御身の騎士さまに働いたご無礼、深く謝罪いたします」

 そう言って、巫女は深々と頭を下げた。

 神無月という言葉に驚きを露わにする甘粕と裕理。エリカも何か思い到ることでもあるのか、目を細めて佐久耶を警戒する。そして草薙護堂はというと、

「あれ、神無月……? ってその名前、何処かで聞いたことがあるような……」

 何かを思い出そうとするかのように、しきりに首をひねっていた。

「馬鹿ね、護堂! 半月前に正史編纂委員会から聴かされた八人目のカンピオーネの家名でしょう」

 すかさずエリカが助け舟を出す。

「ああ! そうだった、確かそんな名前だった。道理で聞き覚えがあるはずだよな……ってまさか、君が八人目のカンピオーネなのか!?」

 とてもそうは見えない、とマジマジと佐久耶を見やる護堂。

「いいえ、まさか。羅刹の君は、あそこで戦っております、わたくしの兄です」

 そう言って佐久耶は腕を上げて、ある方向を指し示す。つられて視線を向ける護堂。

 それはビルとビルの隙間。その奥から繰り広げられている光景は、そろそろ怪事件に見慣れてきた感のある護堂でも息を呑むほど常軌を逸していた。

 襲い掛かる灰色狼と死人の群からなる魁偉なる軍勢たちを前に、ただひとりで真っ向から挑む白装束の少年。

 まさに一騎当千。一振りの長刀が薙ぎ払われるたび、灰色狼の頭はかち割られ、屍は闇に沈み、死人の体は両断されて、灰になって消え失せる。

 怒涛の如く殺到してくる魔王の軍勢を、見も知らぬ少年は刀一本で完全に捌いていた。

 護堂の見る限り、欧州でも若手最高の魔術師であるエリカでも、アレと同じことをすることなど叶うまい。出来るとすればイタリアの剣術馬鹿くらいだろう。

 だとすれば、彼が八人目のカンピオーネなのだろう。なるほど、『剣の王』に劣らない非常識な人間らしい。やはりカンピオーネに常識を期待する方が間違っているのだろう、とうんざりする護堂。

 護堂は日本に新たなカンピオーネが誕生したと聴いて、厄介なことにならなければいいのだが、と頭を抱えつつも内心では期待していた面もあった。

 護堂が神様関連の厄介事に首を突っ込んでいたのは、護堂自身の正義感も勿論あるが、実際は自分以外に解決できる人材がいないからに他ならなかった。だが今はそうではない。厄介事を分かち合えるはずの同国出身のカンピオーネが誕生したのである。

 「和」の精神を大事にする同じ日本人なら協力し合えるに違いないと少しは信じていた。が、その希望はやはり脆くも崩れ去ったと見るしかない。

 護堂はあらためて戦闘を注視する。

 同郷人の剣士が踏み込むだけで路面が罅割れ、一振り二振りと長刀が振るわれるたび、剣風で路面がさらに抉れ、灰色狼が、死人が肉塊となって吹き飛び、車両用防護柵(ガードレール)に、街路樹にぶち当って粉砕する。

 環境保全を重視する護堂にとってその状況は、到底容認できるものではなかった。見る限り同郷のカンピオーネは周囲に配慮する性質ではないのは一目瞭然だ。しかもこの程度の被害などまだまだ序の口に過ぎない。

 同郷人の剣士はいまだ権能事態行使していないし、そんな彼の奮戦を悠然と笑みを浮かべて見守っているヴォバン侯爵もまだ全力を見せていない。このまま二人の魔王がぶつかり合えば、この辺一帯は焦土と化すかもしれない。

 そんな予想を立てつつ、護堂の胸の内からふつふつと怒りが湧き上がってくる。

(ふざけるな!)

 そんなことが許されていい筈がない。何としても阻止しなければ!

 湧き上がる思いに突き動かされ、護堂は一歩前に出る。

「行くのね、護堂」

 それを見て取ったエリカが声を掛けてくる。

「ああ、勿論だ。あんなふざけたこと、今すぐに止めさせないとな!」

 勇ましく己が騎士に応えると、七人目のカンピオーネは戦場へと躍り出る。

 

 

 これが魔術界の後の世まで語り継がれることになる三人のカンピオーネからなるバトルロイヤルの始まりだった。

 


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