僕が響になったから   作:灯火011

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work a talk(3)

 午後2時、ようやくお昼の喧騒がひと段落していた。この時間にもなればホールもそんなには忙しくないので、僕は遅めの昼食を採っていた。マスターが用意してくれたコーヒーとタマゴサンドをもぐもぐと頬張っている。

 

 うん、やっぱりタマゴがボリューミーでおいしい。それに、パンも新しくて昨日の賄いで食べたたまごサンドに比べてふわふわだ。

 

 ただ、この喫茶店はバックヤードと言うものが無いので、奥の席に座って食べることとなっている。そのせいか、お客様が結構こちらを見てくるのが気になるのだけれど、その人たちが皆『たまごサンド一つ』と言っているので、まぁ、お店の営業になっているんだろうなということで良しとする。

 

 あと今日のコーヒーはマスターのオリジナルブレンドではなく、モカだそうだ。確かにいつもとは違う味で、酸味がちょっと強い。でも、マスターの腕のおかげかものすごく美味しいコーヒーに仕上がっている。

 

『マスター、あの子の飲んでるコーヒーは?』

「モカですよ。試されてみますか?」

『ぜひ。いやぁ、美味しそうでなぁ』

 

 …営業、営業だから視線とかは気にしないことにする。

 

 

 昼食を食べた後はゆるやかな午後のひと時だ。皆コーヒーを片手に各々の時間を過ごしている。僕はそんな人々の邪魔にならないように、カウンターの傍らにひっそりと立ち、目を配らせる。

 

 あるご老人は煙草をくゆらせ、あるスーツを着たおじさんは新聞を広げ、あるおばさんはラジオに傾注し、学生は学生で静かにお喋りを続ける。

 

 うん、良い雰囲気だ。ここの喫茶店は本当、アルバイト先として当たりだと思う。ただ、僕には何の身分証がないので、早めにそこらへんを解決しなくちゃいけないなと思っている。ま、今は仕事中だし、方法は追々考えるとしよう。

 

『響ちゃん。コーヒーのおかわりをお願いね』

「はい、かしこまりました」

 

 ラジオを聞いていたおばさんからカップを受け取ると、カウンターのマスターへとコーヒー追加のオーダーを通す。慣れたもので、マスターも頷くだけだ。そして僕はカウンターの洗い場にカップを置くと、コーヒーが出来るまではカウンターの傍らでまたひっそりと店全体を眺めて動く。

 

「お待たせしました」

『ありがとう、響ちゃん』

 

 おばさんはそういうと、またラジオへと没頭する。うん、なんというか、これぞ喫茶店といった雰囲気だ。

 

 そして、この時間ともなれば、休憩目的のお客様も喫茶店のドアを叩いてくる。

 

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

『ええと、3名です…って、あら?』

 

 喫茶店のドアを叩いたのは、数日前に荷物を持ってあげたおばあちゃんと、そのお弟子さんたちだった。お弟子さんは今日も重そうな荷物を2つばかり抱えている。

 

「お久しぶりです。お元気そうでなによりです」

『貴方こそ。ここでアルバイトしているのね。知らなかったわ』

「働き始めたのが昨日からですから。まだ覚えていないこともおおいのですけれど」

『へぇー。頑張ってね!』

「はい。ええと、3名様ですのでテーブル席の方へどうぞ」

 

 おばあちゃんとお弟子さんを席へ通し、水とおしぼりを手渡し、注文をとる。知り合いだろうが初見さんだろうが、この行為に差異があってはいけない。それが接客業だし、知り合いを贔屓にするとどうしても嫉妬心が生まれてしまうからだ。喫茶店を楽しむのに、不快な思いをなるべくさせちゃいけない。とはいっても、場合によりけりではある。

 

『店員さん、そういえばお名前は?』

「漢字一文字で響です」

『響さんね。荷物運んでくれてありがとうねぇ。助かったわ」

「いえいえ、困っていたらお互い様ですから」

 

 こんな感じでの世間話は普通だ。そして、注文はと言えば、オリジナルブレンドのコーヒーにサンドイッチの盛り合わせというオーソドックスな軽食だった。どうやらおばあちゃんはこの店始まって以来の常連さんだそうで、マスターの若い頃も知っているそうだ。

 

『すごいイケメンで女の子とっかえひっかえだったのよ。響さんも気をつけて下さいね』

『響さんにほらを吹きこまないでください』

 

 思わずマスターがおばあちゃんに突っ込みを入れていた。女性関係云々は判らないけれど、今のナイスミドルな年の取り方から察するに、マスターは本当にイケメンだったのだと思う。

 

『響さん、コーヒーがあがりましたので、持って行ってください』

「解りました」

『あと、あのおばあさんの言葉は話半分に聞いてください』

「ふふ、はい」

 

 マスターが神妙な面持ちで私に話しかけてきているので、思わず吹き出す。そしてマスターの顔をちらりと見れば、少し耳が赤くなっていた。うん、もしかしたら若いころ、マスターは相当手広く遊んでいたのかもしれない。

 

「お待たせしました。オリジナルブレンドになります」

『ありがとう。ふふ、マスターは若い時に相当やんちゃしてたけど、良い人だからね。悩みとかも相談してみてね。彼喜ぶから』

「あはは、ありがとうございます」

 

 おばあちゃんと私は笑顔で笑う。うん、おばあちゃんとマスターの意外な一面が見れた気がする。

 

 

 午後7時。アルバイトの終了時刻、そして閉店まであと1時間となってきていたけれど、この時間は夕飯とコーヒーが面白いように出ていく。一人あたりの滞在時間も、何もしなくても20分~30分ぐらいで、ちょっとした稼ぎ時という奴だ。

 

「いらっしゃいませ。只今満席となっておりまして」

『構いませんよ。何分ぐらいかかりますか?』

「おそらく30分ほどお待ちいただくと思います」

『大丈夫です。待ちますよ』

 

 こんな具合にちょっとした待ちが出るくらいには繁盛している。ただ、マスター曰く『こんなに繁盛したのは久しぶり、響さんのおかげです』とのことなので、少しだけ調子に乗っているのは事実だ。

 

 だから、ちょっとだけ調子に乗る。優しさを意識して笑顔を作ってみたり、おしぼりを手渡すときにちょっとだけ相手の手に触れてみたり。わざとらしくではなくて自然に当たってしまった、という感じを意識して。

 ちなみにだけど、響ボディの指はすごく触り心地が良い。ちょっと冷たいのが難有りだけど、それを込みにしてもすべすべでふわふわといった触り心地だ。

 結果は上々で、男性はえっと言った顔でこちらを見て暫くこちらを見つめ、少し頬を赤らめている。女性は『店員さんの指すべすべね!よく手入れされてますね』などの反応が返ってきていた。調子に乗って行ったことだけど、ちょっとしたボディタッチもコミュニケーションになるのだなと納得する。

 しかもかわいい響ボディに触られているわけで、ちょっと僕と替わってほしい。

 

 そんなこんなで今日もアルバイトが終わる。うん、この体にも完全に馴染んだと言っていいと思う。ただ、まだなぜこの体になったのか、この体は一体何なのかという疑問が残るので、しっかりと考えていきたいと思う。

 

 

『こちらおしぼりでございます』

「ありがっ…」

 

 店員さんの指が俺の指に触れる。その瞬間、味わったことのない感触が手を突き抜けた。すべすべで、そして餅のように吸い付く指。思わず店員さんの顔を見てみると、銀髪青目のツインテールの美少女だ。

 

 うん、なるほど、このお店の口コミがここ2日で一気に増えている理由が分かった。この子のせいだ。

 

 実際に俺がネットで見た口コミは『コーヒーが絶品』『サンドイッチが美味しい』そして、『店員さんの応対が良い』というものだった。なるほど敷居をまたいでみればまさにその通りといったところだ。

 

 実際にコーヒーは美味しいし、サンドイッチはパンと具のバランスが絶妙だ。そして加えてマスターと呼ばれている店長の所作は落ち着いているし、ホールを任されているツインテールの女の子の動きや気配りは見ているこちらが気持ちよくなるものだ。

 

 うん、機会があったらまたこの喫茶店に来ようと思う。

 

 

 

 


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