僕が響になったから   作:灯火011

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halo worlds

 有言実行とはこのことで、すみれさんの家からまっすぐ自宅に帰ってからすぐに、部屋の掃除と整理を行う。それこそ部屋の角からクローゼットの奥にいたるまでの荷物をひっくり返して、だ。

 

 なお、汚れるといけないので髪の毛はポニーテール、そしてTシャツに短パンというラフな格好だ。うん、まぁ、これはこれでシンプルで可愛い。様々なポーズをとって一通りシンプル響ボディを楽しんだあと、本格的な掃除へと移る。

 

 まず、いたるところに放置されている男物は分別しながらゴミの袋へと叩き込む。何せ使う機会なんてほとんどないからだ。ただ、フリース類は寝具として使うから2着ぐらいは残しておく。あと、防寒着のB-3ジャケットはオーバーサイズなのだけれど、着ると暖かく、なおかつ可愛かったので残しておくこととする。

 趣味のロードバイクと、ロードバイクの工具関係は残しておこう。こいつらは新しいフレームを買った時に使えるからね。だけど、今まで使っていた男性用のサイクルジャージは破棄だ。デザインはともかくとしてサイズが合わない。ま、程度のいいものもあるので、中古ショップにもっていってみるとしよう。

 他にも土方時代の仕事道具があった。安全靴、作業服、ヘルメット、安全帯、腰道具などなど思い出深い品物もあるけれど、廃棄、ないしリサイクルしてしまおう。結局仕事の道具なんていうものは使わなければ邪魔なだけだし、もし男に戻れたら安物でもいいから新しく買い揃えればいい代物だ。

 さて、ほかにはどうするか、と考えていながら手を動かす。とりあえず物量はそこそこ多いので、なかなかどうして時間がかかりそうだ。

 

 そういえば、すみれさんの部屋で、整理整頓以外に何かなかったかなと思い浮かべれば、匂いがあった。女性らしい柔らかな匂いというのか。なんせ、この部屋はやっぱり男臭さというものが染み付いてしまっている。外から帰ってくると、俗にいうと汗臭さというべきか、そんな香りが鼻につく。そこらへんをどうにかしないと服にも(にお)い移りする…というか実際は少ししてしまっているだろう。整理が終わって、部屋の芳香剤を変えたら服をクリーニングに出すとしよう。

 

 それはともかく、手を動かそう。お、これは硫黄島の自衛隊で売ってるTシャツじゃないか。同僚が硫黄島に行ったときに買ってきてもらったものだ。…これはなかなか入手が難しいのでとっておこう。で、他のシャツやパンツといった男物の下着類はすべて捨ててしまおう。うん、クローゼットの中は少しすっきりしてきたね。

 

 あとは、と考えていると、汚い玄関が目に入る。靴は散乱しているし、砂とか外から引っ張ってきたものも結構そのままだ、これはいけない。とりあえず新しく買った女性ものの靴以外は捨ててしまおう。どれもサイズが合わないしね。だけど、外出用にサンダルは残すとしよう。あとはロードバイク用のビンディングシューズもあったけれど、これはあんまり汚れてはいないので中古ショップに持って行ってみよう。うまくいけば1万ぐらいで売れるかもしれない。

 あぁ、あと自転車のヘルメットもあるけれど…エスワークスのヘルメットだからこれは手放したくないな。どれ、被ってみよう。ついでにオークリーのサングラスもかけてみよう。うん、案外サイズはいけそうだ。あとは見てくれなのだけど…。鏡はどこにあったっけな?

 

 …おお、サイクリスト響ここに見参だ。あ、うん、良い。しかも銀髪と青目が日本人離れしていて、この体でロードバイクに跨ったら間違いなくかっこいい。これでサイクリングロードでも走ったら、男性からは注目の的であろう。とりあえずヘルメットとサングラスはそのまま使えるというのはありがたい。あと揃えるのはサイクルジャージとフレームか…。

 

 あぁ、いや、片付けだ片付け。とはいっても玄関の男物はすべてゴミ袋に突っ込んだし、あとは掃き掃除と雑巾がけをしておこう。…さて、これであらかたは片付いたかな。改めて見渡せば、乱雑な部屋から一転、シンプルなテーブルに植木がのっかっていて、座椅子が一つ。そしてテレビが置いてあるシンプルな部屋へと様変わりしていた。

 

「いくらなんでも殺風景だね。ま、アルバイトが休みの日に何か買ってくるとしよう」

 

 ぽつりと独り言を吐いて、座椅子へと座り一息をつく。そして、きれいになった部屋を見て一つ。なぁなぁでここまで来たから、誰に、というわけでもないけれど、テーブルの上の鏡に移っている自分を見ながら改めて自己紹介をする。個人的なけじめというやつだ。

 

「『私』は女の子の工藤響だよ。自分でもいろいろ不明な点はあるけれど、これからも頑張って生きていこうと思うよ。…よし、かわいい」

 

 と、締めたところでお風呂に入ろう。響ボディを堪能しながら疲れを抜くこととする。それにしても、男女関係なくいろいろ話せたり、町中を歩くだけで注目されたり、女性というのも悪くないなと思う。

 

 ま、元の体に戻れるかわからないし、今を楽しもう。

 

 

 私の仕事は兵士で、起床時間は朝の4時00分。寝汗を流し、朝食を食べ、仕事の準備をして、寮を出るのは4時30分。そして朝の5時から働き、任務が終了次第寝床に入る。

 趣味は特にない。島風や金剛はロードバイクに夢中だということで誘われるけれど、私はそんなことよりもお酒を飲みたい。

 

 そんな私は、今日もいつもと同じように朝、4時00分に起床した。

 

 寝ぼけ眼で天井を見れば、いつもの白い壁だ。私に被さっている布団は海軍の安い毛布で、ほどよい暖かさを醸し出している。実に2度寝を誘う温かさだけれど、2度寝をしてしまっては出撃に間に合わない。

 

 眠気を切り離すように、むくりと上半身を跳ね上げる。案外2度寝対策というのは気合が大切だ。

 

 といったところで、ふと違和感を感じていた。何かいつもより視線が高い。普段であれば机に置いてある植木よりも視線が高いはずだが、今は植木を見下ろしてしまっている。よくよく見ればベッドのスケールもおかしい。

 

 さらになぜか寝間着のサイズがおかしい。裾が手足ともにだいぶぴちぴちだ。私に合わせて作ったものだから、こんな風に余るわけがないのだけれど。

 

 悩んでいても仕方がないので、とりあえずベッドを降りる。と、ここでさらに異常さが際立ってきた。明らかに目線が高い。そして寝た時よりも明らかに髪が短い。私は姉に見習って髪を長くしていたのだけれどね。だが、髪の毛を触ってみればほとんど短髪になっている。いよいよこれはおかしい。

 

 とりあえず、と、現状を確認するために洗面所へと向かう。ただ寝ぼけて勘違いしているのであれば水で顔を洗えばいいのだし。そう思って洗面所の鏡の前に立ち、電気のスイッチをカチリと入れた。

 

 そして、その鏡に映っていたのは

 

「…提督?じゃないか。うん、これは色々とまずいんじゃないかな」

 

 身長にして180に届くほどの、黒髪の美男子が鏡の前に立っていた。

 

「とりあえずは…提督に助けを求めようか」

 

 私は部屋のドアを開け、そそくさと提督の部屋へと向かう。ま、結果としては私は身分を姉妹と提督以外に隠して事務員として働くこととなるのだけれど、それまでのドタバタはまた別の話だ。

 

 それにしても、提督と腹を割っていろいろ話せたり、同胞からいろいろとスキンシップを受けたり、好きな酒を好きなだけ飲めたりと、男性というのも悪くないなと思う。

 

 ま、元の体に戻れるかわからないし、今を楽しもうか。


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