ヴェルニー公園は海沿いの公園で、JR横須賀駅を出て左手に進むと海沿いに現れる公園だ。公園から左手に横須賀の自衛隊の基地、海を挟んだ対面に米軍の基地、右手にはショッピングモールが存在している。艦艇公開を見るのならば左の自衛隊の基地に向かえばいいのだけれど、ここはレ級の希望で戦艦三笠と艦艇クルーズを先に見てから、艦艇公開に向かう予定だ。
しかしながら今日はただの艦艇公開ではなく、艦隊これくしょんのコラボイベントと言うだけあって街中の人の多さは尋常じゃない。
「艦娘、深海棲艦、海軍制服の連中、陸軍の制服っぽい連中。面白いもんだな」
「ええ、見るだけでも楽しいってやつです」
「響はやらんでいいのか?その体は本物だぞ?」
「本物がやったらそれはコスプレじゃないですよ」
他愛もない話をしながらヴェルニー公園の中をゆったりと歩き、ベンチへと座る。しかしながらなかなかの光景だと思う。人を見ればコスプレ、それを撮る人々、左右を向けば米海軍と日本のイージス艦に護衛艦、これは世界広しと言えども横須賀だけでしか見れないであろう。
「で、これからどこにいくんだ?」
「まずは三笠です。で、海から艦艇を見れるクルーズに行きまして、護衛艦を見学する予定ですよ」
「ほー。護衛艦が最後か?」
そういうと尻尾でぺしぺしと私の胸を叩く。何かご不満だろうか?
「ええ。何かご不満でも?」
ベンチに腰かけたまま背伸びをしつつ、胸元のレ級へと疑問を投げる。
「いやな、ここから近いから護衛艦から見ないか?って思ってな。せっかく連れてきて貰ってるのに歩かせるのも悪いと思ってな。確か三笠は結構歩くだろう?」
確かに三笠は片道15分ぐらい歩くことになる。
「確かに。じゃあ、クルーズは時間決まってますから、三笠と護衛艦の順番を入れ替えましょうか」
「それで頼むぜ。三笠も気になるが、最新の護衛艦というのも気になるんだ」
レ級の声が弾んでいる。本当に楽しそうだ。
「じゃあそれで行きましょう。ただ、電車で疲れたのでちょっと休憩してからで」
「賛成だ」
「というか本当によくイベント調べましたね。インターネットも使いこなしてますし…」
ふん、とレ級は鼻から息を出した。そして腕を組んで私の顔を見上げる。
「せっかく時間が出来たからな。それに嘆いていても別に状況が変わるわけでも無し」
「変な奴みてたりしませんよね?」
「私の発禁イラストを見つけてからは見てない…」
堂々としてたレ級は顔を覆う。そりゃあ、そうだよね。
「ああ…レ級さん人気ありますからね」
そんなこんなでグダグダとレ級とだべっていると、耳に気になる声が入ってきた。ひそひそと、女性の声だ。
「あの子可愛いね」
「確かに。コスプレ…っぽいけど、私服っぽい?」
「あんな恰好してる艦娘いたっけ?」
「響っぽいけど、オリジナルかな?」
違います。普通の私服です。私が響がこんな格好していたら可愛いよねヤッターと選んだ私服です。コスプレでは断じてないです。
「白髪が似合ってるよねー。目も青いし。気合入ってるね」
「肌も白いし羨ましいー」
「一人みたいだし一緒に回ろうかって誘っちゃう?」
「いいね、いいかも!」
いや、褒めて頂くことはあり難いんですが結構です。中身は男なので女性と歩くなどとてもとても。
「レ級さん」
「おう。絡まれる前にさっさと行くことにしよう」
ということでそそくさとヴェルニー公園を後にしようと、ベンチから腰を上げる。レ級も胸ポケットの中に深く入る。
「あ。彼女いっちゃうよー?どうする?」
静かにしていていただければ結構。抜き足差し足忍び足で緊急退避。
「ねー、ちょっとそこの白い髪の子ー!」
退避失敗だ。声を掛けられたからには無視するわけにもいかないので、会話していた女性集団の方を見る。するとそこには金剛4姉妹のコスプレの女性たちがいた。しかもなかなかの高クオリティである。目には優しいけれども、目の毒だ。
「私ですか?」
「そうそう、貴女!一人で回ってるの?」
そういって来たのは金剛さんのコスプレの女性だ。ぶっちゃけデカい。何がとは言わないが、でかい。
「あ、はい」
「そうなんだ!よかったら私たちと回らない?一人よりもきっと楽しいよ!」
そう続けたのは比叡さんのコスプレの女性。比較的慎ましいが、ラインがえぐい。えぐいったらえぐい。
「ええとですね」
「よし、決まり!これからどこに行くの?」
更に続けたのは榛名さんのコスプレの女性。濡れ鴉とはまさにこの髪と言わんばかり。比較的慎ましい。
「艦艇公開に」
「あ、私たちと同じだ!じゃあ一緒に回ろうよ!」
最後に続いたのは霧島さんのコスプレの女性。金剛さんに違わずデカい。ラインも素晴らしい。
すごいエネルギーだ…。完全に流されている。というか皆綺麗で美人で似合っているコスプレしてるから内心ドキドキだ。しかも顔をぐいぐいと近づけられて逃げられなくなっている。
「…はい。よろしくお願いします」
「やった!じゃあ行こう!」
というか皆私より背がデカい。そして胸がデカい。幸福です。
「ねぇ、それって響のコスプレ?」
そして、霧島さん(仮)から疑問を投げられた。確かに銀髪で青目ってコスプレですよね。うん。でも違うんです。どちらかと言うと入れ替わりと言いますか。
「いえ、私服です。ええと、皆さんは金剛姉妹のコスプレですよね」
「うん。今日のために準備したんだー」
なかなか再現度が高い。それに各服のパーツが統一されていて、見ていて本当に気持ちの良いコスプレだ。
「みなさん合ってますし、可愛いです」
素直な気持ちを伝える。本当にお綺麗です。
「ありがとう!あ、そういえば貴女の名前は?」
「ええと、響と言います」
そう私が言うと、ちょっと怪訝な顔をされた。私も多分、同じこと言われたら怪訝な顔をする。だって見た目響で日本人の髪の色じゃないもん。
「そうなんだ?あれ、やっぱりコスプレ?」
「いいえ、本名なんですが…ただ、こんな髪と目なので艦これの響っぽいなぁとは自分でも…」
「だよね!ねぇねぇ、今度合わせやらない?知り合いの第六駆逐隊のレイヤーさん呼ぶから!絶対可愛いよ!」
「あ。う。ええと…」
霧島さんがぐいぐい来る。第六駆逐隊…悪くは無いというか良い!勢いに負けてはいと言ってしまいそうだ。
「はいはい、霧島ちゃんそこまでそこまで。艦艇公開いくよー!」
「あ、金剛ちゃんごめーん!」
「ね、響ちゃん。私たちはとりあえずコスプレの名前で呼んでいいからね!後で改めて自己紹介するから!」
金剛さん(仮)と霧島さん(仮)に手を掴まれて強烈に引っ張られる。手が良い感じに柔らかいし良い香りがするのでもうされるがままだ。最高です。
「響マジカオメー。艦娘と回るんかよー。よしんば誰かと回ってもせめて深海棲艦だろーそこはー」
ぼそっとレ級に文句を言われたような気がしたが気にしない。男の時ではこんなこと無かったし、役得ということで、楽しもう。
◆
一通りの検査を終えて、海上自衛隊横須賀基地のゲートを通る。自衛隊の基地は独特の、武骨な雰囲気が漂う。私は、僕はこの空気が好きで、何度か他の基地の艦艇公開にも足を運んでいたりする。ただ今日は明らかに雰囲気が違う。人が多くて、アニメグッズも置いてあり、半分アニメのイベントだ。
「うわーデカい!」
「写真撮ろう写真!」
金剛さん達もめちゃくちゃテンションが上がっていて、まさに今日は祭りといった具合だ。あちらこちらにコスプレの人々。なお、今日公開されているのはイージス艦のこんごう、きりしまの2隻だ。
2隻ともにこんごう型で、レイアウトはほぼ同じ。船首の単装砲オート・メラーラ 127 mm、艦橋にへばりついているイージスの要であるSPY-1Dレーダー、艦尾のヘリポート。正直めっちゃくちゃカッコイイ。
「ほら、響ちゃんもこっちこっち!」
「自衛隊の人が写真とってくれるって!」
「あ、いえ、私は」
「ほら早くー!」
あっという間に金剛さん達に手を引かれて、4人の真ん中にひっぱりこまれる。右手には金剛さんに霧島さん、左手には榛名さんに比叡さんのコスプレのお姉さん方。めちゃくちゃ良い香りとぬくもりが…天国かなここは。
「はい、撮りますよー!」
その声にはっと前を向く。みんなピースしているから、私も真似をしてピースをしてみたけれど、正直不意打ち過ぎて表情とかは気にしている余裕がなかった。
「わ、良く撮れてます!ありがとうございます!」
「いえいえ、今日は一日楽しんでくださいね」
「ありがとうございます!」
金剛さんと自衛官がそんな会話をしているということは、まぁ、そこそこ良い表情が出来ていたのだろうか…?あとで見せてもらおう。
◆
金剛さん達に連れられて数十分。グッズを回り、写真を撮影し…撮影されながら岸壁を歩いていたけれど、ようやく艦艇へと足を踏み入れることが出来た。乗船のためのタラップには「護衛艦 こんごう」の文字が誇らしく掲げてある。否が応でも気持ちが昂ってくる。
「ごめんねー。連れまわしちゃって。楽しくてついつい」
「気にしないでください、金剛さん。気持ちわかりますから」
苦笑いを返しながらタラップを上る。そして、艦艇に足を掛けたその瞬間だ。頭に衝撃が走ったのは。
「フラってしたけど大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫です。ちょっと足がもつれちゃいまして」
実際は足なんてもつれていない。一瞬貧血のようになり、のど元過ぎれば熱さを忘れるが如く、すこぶる調子が良い。それこそさっきまで歩き回っていた疲れが吹き飛ぶぐらいには。
そしてスッキリした頭に、また別の情報が入ってくる。
―燃料は残り12時間分―
―SPYレーダーは待機状態―
―火器管制は実演のためオンライン―
―――艦娘との接続はオフライン
火器管制システムに相互性なし
艦内制御系に一部相互性あり―
「あー…金剛さん、すいません、ちょっと休憩します」
「うん。連れまわしちゃってごめんね。じゃあ近くにいるから回復したら声かけて!」
「ありがとうございます」
頭の中に流れる情報。それは、明らかに可笑しなものだ。システム?一体なんのことだろうか。
「火器管制システムは流石に別個かー。でも制御系はこちら側に似ていると…」
レ級がそんなことを言いながらひょっこりと胸元から顔を出していた。
「ええと…どういうことです?」
「出かける前に言っただろう?お前が、艦娘かどうかのチェックをするって。お前の頭の中にも流れてきただろう?この船の状態というか、さ」
「確かに、火器管制システムに相互性なしとか…艦内制御系に一部相互性ありとか…」
そういうと、レ級は嬉しそうな声を上げた。
「おお、私と同じだな!ということは、お前のその体、間違いなく艦娘の響だ」
「そうなん、ですか」
「おう。ま、これが私たちの世界の艦娘・深海棲艦の船の仕組みさ。本体を、本物の艦艇を作り、艦娘を、深海棲艦を作り、相互性のある奴らがそれらを操り、船同士で戦う。勿論艦娘や深海棲艦単体でも海上移動や戦闘は出来るし、艦船に人が乗って普通の軍艦としても戦うことが出来る。相互性というやつさ。便利だろう?」
そういわれれば便利だ。だが、ということは
「レ級さん、もしかして護衛艦を奪って世界をぶっこわそうとしてます?」
「だーからそういう気はねーって」
言うや否や、顎をしっぽで殴られた。痛い。
「言っただろう?お前が私の知る艦娘かどうかの確認だって」
「確かに言ってましたけれど、一体なんの目的なんですか?」
「だからさ、お前は
つまり、横須賀に来たのは、私の、僕の体のためだったりするのか?
「ま、これでお前の体は良しってな。私と会っていきなり自分の体の事聞く辺りさ、不安だったんじゃねーのか?」
「うん、その通りです。あの…ありがとうございます」
「よせやい。お前が居なくなると私の居場所がなくなるから仕方なくだよ。…おいおい泣くなっておい」
自然と涙が出た。正直不安だった。だっていきなり艦娘だ。寿命やら体の事やら。明日動かなくなるんじゃないかと思ったり、色々不安だった。
「まぁ、ええと、まぁ、そうだなー。私の知る艦娘だったら100年は生きるし、健康面は人間と同じだし、海の上走ったり艦船と同調…まぁ戦闘した後に燃料補給すればまず問題はない。安心しなー」
「本当ですか」
「ああ。戦艦レ級のお墨付きだ。だからさー安心しろって泣くなってー!」
「本当に、ありがとうございます…なんてお礼をしたらいいのか」
「あーもう!わかった、わかった。あとでプリングルス奢ってくれ、それでいい!」
私は小さく「はい」と言うのが精いっぱいだった。その間も尻尾で顎を叩かれているが、その痛みが今は心地が良い。
少し時間が経って気持ちが落ち着いてきたところで、ふと疑問が浮かんだのでレ級に問いかけてみた。
「そういえば『艦内制御系に一部相互性あり』とありますけど…どういうことです?」
「ああー。ま、昔から船の仕組みとして変わっていない部分には相互性があるってことだろ」
正直、疑問だ。昔から変わっていない部分と言われてもイマイチピンとこない。それに、相互性があると一体どうなるのだろうか?
「あー、わかってない顔だな。ま、案ずるより産むが易しだ。オンラインにしてみな」
「どうやるんです?」
「簡単だ。頭の中で制御系オンラインとでも唱えてみろ」
こういう事かな?
―制御系オンライン―
――――…相互性20%―
―同調可能箇所は「護衛艦こんごう」のうち装甲及び操舵関係―
―オンライン接続開始―――――――――
すると、面白い事に、船の構造が頭の中に一気に入ってきた。だけど、不快じゃない。なんというか、『歩くとはこういうこと』といったような、当たり前の事の様だ。
―同調完了―
―「護衛艦こんごう」損壊率は5%―
―一部修復中―
―砲塔下部装甲に一部損傷を認めるものの運用に問題はなし―
―各圧正常範囲内―
―現在甲板上84名、艦内に274名乗船中―
※アラート A2甲板 立入禁止エリアに侵入者有り※
※アラート A2甲板 侵入者有り※
「…ん?侵入者?」
「響、どうしたんだ?」
「いえ、何か…侵入者ありーとアラートが出て居まして」
「そりゃ文字通り、船にとっての侵入者がいるってことだな」
「そうなんですか?」
レ級に疑問を投げかける。何にしても初めての事だ。レ級はまじめな顔をしながら口を開いた。
「ああ。艦娘と深海棲艦は人間サイズで海上移動できるだろ?だから例えばスパイ活動的に侵入されることがある。だから管轄以外の人間が乗ると、同調している艦娘ないし深海棲艦が感知できるようになっているわけだ」
「それは便利ですね。…ということは、護衛艦にとって侵入してはいけないところに誰かが入ったと?」
レ級は怪訝な顔を浮かべつつ、話を続ける。
「そういうことだな。今日なんかだと自衛官は別として、一般人については立入禁止エリアがあるだろう?そこに入ったことを感知したってことだな。どうする?見に行くか?」
「気持ちも悪いので、確認しに行ってみます。誰かいたら自衛官に知らせる方向で」
「承知した。じゃあ一旦引っ込んでるわ」
新たな決意を胸に足を前に出す。とりあえずとして、金剛さん達と反応があった甲板に向かうとしよう。アラートが出ている場所は丁度艦橋を挟んで逆側の甲板だ。今は主砲の演習ということで人が艦首に集中しているためか、おそらく誰も気づいていないのだろう。
「みなさん。お待たせしました」
「あ、響ちゃん、大丈夫ー?」
「はい。お騒がせしましたが、大丈夫です」
「無理しないでね。じゃあ、いこうか!」
金剛さんに手を引かれて皆に合流する。やっぱり柔らかい手で、良い香りがするのはこう…最高と言うしかない。悪くない、悪くないですよ。
いやいや、そうじゃない。アラートの正体を見極めなきゃいけない。ということで、金剛さん達に声を掛ける。
「金剛さん達、逆側の甲板で見ません?こっち側だと出入り口が近いので人が多いので…」
「そうだね、そうしようか!」
「すいませーん。ちょっと通りまーす!」
流石のパワフルな金剛さんのレイヤーさん達。あっという間に人をかき分け、逆側の甲板へと到着することが出来た。
「お!人少ないね!ここから見ようか!」
「そうだねー!あと1分で実演が見れるっていうから楽しみ!」
「だよねだよね」
「空砲とか撃たないのかなー」
「「「それはないでしょ!」」」
女3人寄ればなんとやらというけれど、見ていて楽しい光景だ。しかも金剛姉妹のコスプレのレイヤーさんが仲良く話しているなんて、福眼、福眼。じゃなくて!
ちらりと目線をアラートが発せられている方向に目を向けた。すると、そこにはおそらく10歳ぐらいの女の子だろうか?が、立入禁止の紐を跨いでいた。更に、あろうことか手すりをよじ登っていた。
「あ。あれ!」
声を上げる。本当なら甲板の上にいる人に聞こえるように叫んだつもりだけれど、主砲の実演が始まってとてもじゃないけれど私の声が通る状況じゃないようで、反応したのは近くにいた金剛さん達だけだ。
「どうしたの?…あ!女の子!手すりに!」
「危ない!ちょっとそこの子―!」
「聞こえてない!」
「ああもう、ちょっと待っててよー!」
そういって比叡さん(仮)が飛び出そうとしたけれど、次の瞬間。
「ああ!落ちた!」
「嘘!?」
バランスを崩して、少女が手すりの外側、つまり海に落ちたのだ。私たちは急いで女の子が落ちた手すりに駆け寄った。この高さから落ちれば、たとえ海面とはいえ下手をすれば死ぬこともあるが、幸運にも即死ではなかったらしい。
「ええと、ええと!いない、沈んだ!?」
「ええっ、嘘!?」
「あ、浮かんできた!」
「でも溺れそうだよ!」
だが、パニックになって今にも溺れそうだ。しかも死角だったからか、演習が始まったからか、自衛官も他の人間も気づいていない。
「どうしよう…!」
「金剛さん、自衛官呼んでこれるかい?」
人を呼んでくるのが得策だろうけども、金剛さんたちもパニックで要領を得ない。
「どうしよう!どうしよう!」
「霧島さん」
「110番?ええと…!」
これは、今は誰も頼りに出来ない。唯一冷静っぽい私が人を呼べばいいのだけれど、人を呼ぶより早い解決手段を一つ見つけていた。と同時に、レ級も胸元からひょっこりと顔を出す。
「なぁ、響よう」
「うん。レ級。確認なんだけれどさ、レ級の知っている艦娘なら、この高さから海に飛び降りても、私浮けるよね?」
当然、といった顔でレ級は言葉を返してくれた。
「艦娘なら余裕だ。でも、目立つぞ?」
試すような目で此方を見ている。そのぐらいならさ。
「別に、私が目立ったくらいで一人助かるなら、安いもんでしょ。問題ないよ」
「間違いねぇな」
そして、偶然にも私と同じ意見の様だ。
「じゃ、いくよ。しっかり捕まっててよ、レ級」
「合点承知」
「と、その前に一応…金剛さん!人を、自衛隊の人を呼べるかい!」
「え、あ、そうだね!呼んでくる!」
「頼んだよ!」
金剛さんが走りだした姿を確認して、私は手すりに手をかける。
「え、響ちゃん!?まさか飛び込む気!?」
「まさか!まって!人呼んでくるから!」
霧島さん達は焦っているけれど大丈夫。だって私はね。
「大丈夫。安心してみていると良いよ」
艦娘の響なのだから。
◆
少女を無事救出し、救急隊に引き渡した後で当然のように自衛官から声を掛けられた。
「申し訳ないのですが、先の件で諸々お聞きしたいことがありまして。少し、お時間を頂戴しても?」
まぁ、そうなるよね。でも、チャンスかもしれない。今の僕は、私は、響は身分も何も後ろ盾が無い状態だ。バイトで収入はあるけれど、それもいつまで持つかはわからない。
自衛隊に話を聞いてもらえれば、この状況がどうにかなるかもしれない。正直私は不安なんだ。
でも…なるようになれだ。そして僕は響を意識して、彼らにこう言い放った。
「そうだな…少しなら、いいよ」
「カッコつけてんじゃねーよ響」
「黙るんだよレ級…あ」
私の胸元から出てきたレ級の姿に固まる彼ら。ええと、そうだな。締まらないとはこういうことだよね。
□
「金剛さん!人を、自衛隊の人を呼べるかい!」
「え、あ、呼んでくる!」
「頼んだよ!」
慌ててパニックになっていた私に響ちゃんは喝を入れてくれた。急いで人を呼ばなければ!
「すいません!あそこで女の子が海に落ちて!」
「な、本当ですか!」
自衛官に現状を伝えると、無線で救援をすぐさま頼んでいた。
「どこですか!」
「こっちです!」
自衛官と2人で女の子が落ちたところに向かう。すると信じられないことが起きていた。
「こわがったよー!」
「大丈夫。お姉さんが来たからにはもう大丈夫だよ」
本物、本物だ。艦娘だ。水の上に浮いた彼女を見てそう思った。自衛官もそう思ったのか、仲間も、近くにいて騒ぎを聞きつけた人も、皆響にくぎ付けになっている。当然だ。だって、色白で、小さくて、白髪で、青目で、水に浮いて、更に人間を軽々と腕に抱えて移動する。そんなことが出来るのは、人間じゃない。
「うわあああん!」
「よしよし。怖かったね。でも大丈夫だからね」
でも、目の前ではそれが起こっている。アレを、あの人を艦娘と言わずしてどうするんだ。呆気に取られて彼女を見ていると、自衛官に気づいたのか水上を移動する彼女から声を掛けられた。
「自衛隊の人!救援はどのくらいで来るんだい!」
一瞬自衛官は戸惑っていたけれど、すぐに声を張っていた。
「…5分で救援のボートが到着します!それまで持ちますか!」
「大丈夫だよ!金剛さんもありがとう!」
よかった、と内心思うと同時に、少し冷静になった頭で考える。水上を移動するなんて、やっぱり彼女は本物の艦娘なんだなと納得する。本物がいたんだ、艦娘って。
そう思いながら、私はカメラを構え、水上を移動する彼女にシャッターを切る。
輝く水面を背景に、少女を抱きかかえた、誰よりも美しい、艦娘の響がそこには写っていた。
某所:【速報】横須賀に艦娘が現れたと話題に【2.5次元】