僕が響になったから   作:灯火011

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シベリアンヒビキー


Bolero (3)//"hello" world(s)

 少女を助けたのち、私とレ級は司令部と思われる建物の、会議室へと通されていた。何やら幕僚長やら何やらに挨拶をされたけれど、まったく覚えられなかった。ただ、大事になっているなとはレ級と話しつつ、改めて担当の職員の方にむかって、自己紹介を行っている。

 

「改めて自己紹介を。私は工藤響と今は名乗ってるよ。バイトで食い繋いでる哀れな艦娘っぽい何かだよ」

 

 軽くお辞儀を行う。そして小さいレ級を指して、改めて口を開く。

 

「で、こっちの小さいのは戦艦レ級」

 

 私の言葉に合わせて、レ級も会釈を行い、声を張る。

 

「どうも。深海棲艦 ソロモン方面軍 第一機動艦隊所属の航空戦艦Mark.02型級特務少佐だ。ご存知かもしれないが、艦娘側からは戦艦レ級と呼ばれている。サイズが小さくなっているから恰好はつかないがな」

 

 初めて聞いた。役職があることに驚いた。

 

「そんなごっつい役職があったんですか」

 

 私の言葉に、レ級は苦笑を浮かべていた。

 

「まーな。でもこっちの世界だと意味ないだろ?ちっこくなって何もできないわけだしな」

「確かに…」

 

 私たちがそう会話していると、固まっていた担当者がようやく動き出した。多分、私が逆の立場でも同じように固まると思う。だって艦娘に深海棲艦が動いて目の前にいるんだもん。

 

「なるほど…よくわかりました。いや、話には聞いていたのですがどうも信じられませんで。改めて如月と申します」

 

 そういうと如月さんは名刺を一枚ずつ私たちに手渡していった。レ級が小さい体で名刺を受け取るさまがちょっとかわいいと思ったのは秘密だ。そして、如月さんは更に言葉を続けた。

 

「ええと、それで一つお聞きしたいのが、先ほども別のものが伺っているとは思うのですが、改めて。今までどのようにこちらで生活をしていたのかな、と」

 

 確かに気になるところだと思う。ただ、レ級と色々口裏を合わせた結果、本来の俺のことは隠し、あくまで深海棲艦と艦娘、というスタンスでいこうという事にしてある。

 

 そのストーリーは、こうだ。

 

「もともとは横須賀にいたのですが…こことは違う横須賀といいますか。朝起きたらアパートの一室におりまして、現在はこの携帯電話の持ち主の代わりにアパートを拠点にしております。食費は近くの喫茶店で働いて稼いでおりました。ただ、もともとの住人はどこにいるかは不明です。調べて頂ければわかると思います。私も正直わけがわからないのです」

 

 ある程度筋は通ってると思う。それに実際、俺の体がどうなったかは判らない。如月さんは私の言葉を聞いて頷き、レ級に視線を向ける。

 

「ふむ…レ級さんも同じですか?そして、この響さんはそちらの知る響さんですか?そして、他に何かこちらに来られた形跡などは?」

 

 レ級は如月さんの顔を見返すと、真剣な顔をしながらこう答えた。

 

「まず、こいつは間違いなく私の知る艦娘だ。それでだ、私もいつ戻れるかとかなんでこうなったかとかはわからんし、他の艦娘や深海棲艦がこちらに来ているかはわからん。まぁ、ただ、向こうから何かが来ていれば、今ごろ騒ぎになっていると思うから、多分来ていないか、私と同じ状況だと思う」

 

「なるほど…ありがとうございます」

 

 如月さんはレ級の言葉をしかりとメモに書き留めていた。そいて、少し天を仰いで、ため息をついていた。うん、気持ちは判る。私も最初この体になったときはそんな気持ちだった。嬉しさが勝ったけど。

 そして如月さんは何処かへと連絡をとっていた。最初は渋い顔で、そして、最後の方は笑顔を浮かべて。

 

「何を話してるんだろうな」

「さぁ…?でも、笑顔になったってことは良い事ですかね?」

 

 レ級とそう相談をしていると、連絡を終えた如月さんが此方へと顔を向け、一言。

 

「さて、それはそうといたしまして、そろそろお腹など減りませんか?」

「お腹、ですか?」

 

 確かにすごく減ってはいる。何せ横須賀に来てから何も食べていない。更に水上移動をしている。この状況で、お腹がすかない方が難しいというもの。

 

「ええ。聞きたい事などは色々ありますが、とりあえずは市民を救っていただいたのです。そのお礼といいますか」

 

 

 如月さんに促されるままに、食堂へとやってきた私たち。他の職員がこちらをちらりちらりと見ているのが気になるけれど、気持ちはものすごく判るので気にしないこととする。

 

「では、お二方。好きな物を食べて頂いて結構です」

 

 その言葉に思わず目を輝かせる。レ級も同じだ。何せ海軍の食事は美味しいと噂なのだ。しかも外向けの食事じゃなくて、内向けの食事。めったに食べられるものじゃない。

 

「いやその、確かに横須賀についてから何も食べていなかったけれど、いいのかい…?」

「いいのか…?海軍の飯は旨いって評判だったから食ってみたかったんだが…本当に?」

 

 そう戸惑いがちに話すと、如月さんは笑顔を以って応えてくれた。

 

「ええ。特に量の指定もなければ、作法についてのお咎めもありません。何せ市民を救っていただいた方ですから。お好きなだけ召し上がってください」

 

 では、遠慮なく。

 

「じゃ、じゃあカレーライス大盛とカツカレーと…」

「私はポテトフライとコロッケに、やはり海軍といったらカレーだな」

 

 そう次々と注文をした私たちの前に、まってましたとばかりに置かれていく料理たち。腹ペコボディは自重を忘れさせて、次々と皿を開け、レ級も小さな体にどう入るんだ?といった具合でコロッケやらカレーやらを流し込んでいく。

 

-…可愛い-

-量すげぇ-

-私もカレーを頂くかな-

 

 何やらこちらを見て微笑ましい顔を向けている人たちがいるような気もするけれど、それよりも目の前のカレーが大切だ。

 

「食べながら聞いていただければ構いませんが、処遇については特殊過ぎますので、幕僚長、その上まで報告を上げます。そののち対処など決めたいと思いますので」

 

「むぐ、むぐぐ。むぐ」

「もぐ。もぐぐ。もぐ」

 

「事実関係を確認したのちに、出来るだけ穏便に素早くは済ませるように対応してまいりますが、ひとまずは横須賀でお過ごしください。今現在の家や職場についてはこちらから連絡させて頂きますので。あ、響殿、福神漬けどうぞ」

 

「むぐぐぐ」

「もぐ!もぐぐぐ!?」

 

「ああ…レ級殿には…じゃあこちらのアメリカンドッグなどを…」

 

「もぐぐぐぐ!」

 

「最後に、今回は目撃者が多く、既にインターネットなどに画像や動画が出回っています。これについては対応は既に出来ないほど拡散されていますので、早いうちに会見を開き、ひとまずの幕引きを図る方針で動いています」

 

「むぐ?」

「もぐぐ?」

 

「貴女方の身柄を守る為でもあります。なお正体については謎として、レ級さんも会見をしていただきます。ただ、見る人が見れば艦娘と深海棲艦、とすぐに判るように」

 

「むぐ」

「もぐ」

 

「ということで、暫くはおくつろぎ下さい。何かあれば職員に声を掛けて頂ければ対応するよう周知しておきます」

 

 如月さんはそういうと席を立った。あれ、いけない。ご飯に夢中でほっとんど聞いてなかった!でも、何かあったら職員に聞いてと言う事だったし、とりあえずは目の前のご飯を心行くまで楽しむとしよう。

 

 

 

で、その数日後。『おくつろぎ下さい』という言葉が実は『数日間こちらで体を休めてください』という意味だったことが判り、今は横須賀の自衛隊の中でお世話になっている。どうしてこうなった。

 

 そして、ご飯の後に改めて如月さんに話を聞いてみたら、この後会見を開く関係で、衣装合わせを行うということで早速別室に案内された。案内されたところまでは、よかったんだけれど。

 

「あっははははは!こりゃあいい、こりゃあいい!」

「用意された服がよりによって…」

 

 用意されていた衣装がまさかの第六駆逐隊の制服だった。しかも安物じゃなく、本当の制服のような厚手の生地のセーラー服。それを職員の方々の手を借りて、あれよあれよと着付けされていく様をみて、レ級は大爆笑をあげていた。

 

「本物だ本物!あははははは!横須賀の響だなぁこりゃあ!」

 

 黒い靴下、紺色のスカート、白を基調としたセーラー、旧海軍デザインの帽子。正しく、どう見ても、艦娘響だ。笑うレ級を尻目に、ついつい見入ってしまう。

 

「笑いすぎだよレ級。うん、ええと。…可愛いからいいかな」

「まじかお前。順応早いな」

「何言っているんだい。可愛い娘には可愛い恰好でしょ。しかも自衛隊お墨付き。最高じゃないか」

 

 そして、目を通してくださいと用意された原稿も原稿だ。

 

 まさしくアレじゃないか。でも、確かにこれは良いかもしれない。腹に力を入れ、大きめの声で言霊を吐き出した。

 

「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ。

 

どうぞ、世界の皆様。これからよろしくね("H e l l o , w o r l d")

 

「クククク!完全に響じゃねぇか!面白れぇな!…んじゃあ私も練習しておくかー」

 

「私は航空戦艦Mark.02型。おそらくご存知の方もいると思うが、通称は戦艦レ級だ。なんの因果かこちらの世界に来てしまった。原因は私もこいつもわからん。ただ安心してほしい。この小ささだし、特に何も起こさんし、他の仲間はこちらに来てはいない。私だけのイレギュラーだ。

 

ということで、よろしく。こちらの世界("H e l l o , W o r l d s")

 

 そうお互いに言ったと同時に、我慢できなくてお互いに吹いてしまった。片や実は中身が土方の響、片や深海棲艦だけど全く力の無い戦艦レ級。凸凹コンビといったところだろうか。そんな奴らが、真面目に、こんなことをしてしまっている。

 

「あはは。その、女の子を助けた後どうなるかと思いましたけど」

「クハハ。いやぁ、なんとかなるもんだ!面白い、面白いなぁ!」

 

 これを笑わないで、何を笑えというものか。

 

 

 後に食堂に同席していた彼らは語る。

 

「飯食ってた彼女たちさぁ…なんか餌付けされている犬みたいだったな」

「犬っぽいよね」

「犬ですね」

「忠犬だよね」

「福神漬け貰ってた時めちゃくちゃ尻尾の幻影が見えたぞ」

「シベリアンヒビキー…」

「レ級って小さいんだ」

「響ちゃん、もぐもぐ可愛く食べる割に量がすごかったなぁ」

「いっぱい食べる君が好きってやつだな」




某所:【速報】艦娘響さん近所でバイトしていた疑惑【マジ天使】
   【本物】響さんについて語れ【別府】
   【艦娘】シ ベ リ ア ン ヒ ビ キ ー【響】
   【悪夢】戦艦レ級【小悪魔?】
   【本物?】戦艦レ級【喋れんの??】

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