朝目覚めて思ったことは、僕はやっぱり銀髪青目の美少女であるし、かといってここは僕の部屋である。つまり『やはり僕は美少女である』という事は覆らないという事実だった。
流石に3日変化がないということは僕はもうこのまま女の子の体なのだろう。
若干ショックではあるが、仕方ない。昨日決めたように今日はアルバイトの面接に応募しようと思う。既にアタリは付けていて、面接と採用決定は即日と書いてある個人営業の喫茶店を2~3ピックアップ済みだ。今は朝の6時。お店の営業時間が10時ごろスタートということなので、そのぐらいに電話をしてみようと思う。
とりあえずは昨日買った服の中から、そこそこカジュアルでそこそこ清潔感のあるものを選ぶ。上はベージュのフリル入りのシャツに黒のカーディガン、下はカーキのフレアスカートとニーソックスという服を選ぶ。…まぁ、正直僕の好みというだけだ。美少女が自分の好みの服装をするというのは少し楽しい。
髪型については、僕は女性の髪形の知識などないし、長いままでは邪魔という観点からポニーテールにしてある。うん、我ながら似合っていると思う。
あとは化粧はしないけれど、男ほどではないがうっすらと産毛が顔に生えているので軽く剃刀を当てておく。そして洗顔と保湿を行い、それなりの身だしなみを整える。
これらを決めるだけで2時間ほど時間がかかってしまった。なるほど、女性というのは時間がかかる生き物だ。
あとは忘れずに男の体の時の仕事であった土方仲間に、もし男の体に戻れた時の保険という意味もかねて『医者いったら入院って言われた。しばらくは無理だわ。声だせないからラインで申し訳ない』とラインを送っておく。
実際問題、土方なんてのは日雇いの仕事なので一人ぐらい消えたって実は現場は進む。『わかった。元請けにも伝えておく。復帰するときまた連絡くれー!お大事にな!』とラインの返信も来た。
これでしばらくは安泰だ。
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ある程度の身だしなみが出来たところで、朝食の準備をする。幸いにして味覚の変化は特に無かったから、冷蔵庫の物をそのまま調理して食べている。
今日の朝食は白米、みそ汁、めかぶ、納豆といった具合だ。ほっかほかのごはんは凄く美味しい。ただ、この体になってから食べる量が明らかに増えているのが気になる点だ。水の上に立てるという時点で色々勝手が違う体なのだろうか。もしかすると燃料である重油が必要なのだろうか。と色々気になるところはあるものの、どれをとっても不明で解決策が特に無いので、調子が悪くなったり、問題があるまでは放置しようと思う。
うん、ほら、今日もごはん2合をペロリだ。今までの男の体でも朝は1合食えれば御の字だったのに、この変化はなかなかの物だと思う。そういえば艦隊これくしょんのアニメとかでは結構皆食事をたらふく食べていたので、艦娘という存在は食料を大量に必要とするのかもしれない。
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9時30分になったので一度喫茶店に連絡を入れてみたところ、朝のうちはまだ暇だということで、10時すぎから快く面接を行ってくれる運びになった。電話口でのマスターは少し初老の男性というイメージだったが、実際に店舗に足を運んでみるとイメージ通りの老紳士がカウンターに立っていた。
「初めまして、先ほど連絡を入れました工藤響と申します」
「これはこれは、可愛らしい。とりあえずコーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます」
喫茶店のマスターは私をカウンターに座らせると、コーヒーを淹れてくれた。うん、苦みというより深みと香りが立っているコーヒーだ。値段を見ると一杯500円とあるが、これなら十分安いと思う。
「コーヒーはいかがでしたか?」
「すごく美味しかったです」
「それは良かった。もう一杯如何ですか?」
「…頂けるなら」
「ええ、喜んで」
しばらくコーヒーを楽しむ。その際にぽつぽつと世間話をされていた。
「工藤さんは見たところ外国人のようですが」
「よく言われます。ですけど名前の通り日本で生まれて日本育ちです」
「なるほど、それで日本語がお上手なわけですね」
今の世の中、こういう人も珍しくないというカバーストーリーだ。
「それにしてもなぜうちの喫茶店を仕事先として選んだんでしょうか?」
「制服ありというところと賄いありというところに惹かれました」
「はは、正直ですね。アルバイトのご経験は?」
「少しだけ。力仕事と接客業を経験したことがあります」
「接客業はともかく、力仕事ですか」
「驚かれました?」
「少しばかり。見た目からは想像もつきません。あとここで仕事はホールと洗い物となりますが、問題ありませんか?」
「大丈夫です」
「頼もしいですね」
マスターは終始にこやかだ。僕もつられて笑みを浮かべてしまう。そして更に世間話を続けながら3杯目のコーヒーを頂いた時だ。
「それでは工藤さん、履歴書を見せていただけますか?」
「はい。どうぞ」
ついに本格的な面接が始まる。そう身構えた。マスターは少し目を細めて履歴書を見ていたが、束の間、ふっと笑みを浮かべていた。
「何も問題なさそうですね。良いです。工藤さん、採用いたしましょう」
「…良いのですか?まともに面接もされていないと思うのですが」
「こちらも人手不足ですし、なによりコーヒーを美味しそうに飲んで頂きましたからね。それと、工藤さんの希望のシフトなどはありますか?」
「出来れば開店の10時から閉店の6時までで、平日をと思っていたのですが…」
「それで構いません。土地柄平日の昼食時から夕方5時頃までが混雑しますので、その時間にいていただくとこちらも非常に助かります」
これはなかなかトントン拍子に話が進む。ほぼ僕の理想通りだ。平日限定の8時間労働。これさえ確保できれば最低限の生活費は確保できる。
「では工藤さん。後日、制服の採寸をしますので追って連絡します。制服が出来次第仕事に入ってもらうことになりますので、これからよろしくお願いします」
「判りました。こちらこそよろしくお願い致します」
僕はそう言うと席を立ち、お辞儀を行う。そしてコーヒーの代金を払おうと思ったところ代金を拒否されてしまった。『今回は私のおごりです。これからよろしく頼みます』とのことで、有難い限りだ。
◆
仕事が決まったということは非常に喜ばしい事だと思う。これでしばらくは生活の心配はしなくていいということだ。
ただ、今現在、ハンバーガーショップで一息をついているけれど、これは失敗だったかもしれない。微妙に注目されている。遠くの席では『モデルさんかなぁ』などと呟いている声が聞こえるし、男子学生のグループの席では『声かけてみろよ!』などの会話が聞こえる。確かに僕も銀髪青眼の美少女がいたらそういう会話をすると思う。
そして、そういう人がいたらこういう風に声を掛ける場合もある。
「あの、すいません。どこかでモデルとかやってる人ですか?」
年齢にして20代前半であろう女性が私に声をかけてきたのだ。
「…私ですか?」
「はい!」
「いえ、特には」
「ええっ!?そんなに可愛いのに!あの、ご迷惑じゃなければ一緒に写真、よろしいですか?」
「え、ええ」
ぐいぐい来る。信じられないほどぐいぐい来る。私もそこまできっぱり断れる性格ではないので、ついつい応じてしまっていた。
「ありがとう!」
ご満悦!といった顔で女性は私の席から離れていった。…こういう風景を確かに僕も見たことはある。ただ、当事者となってしまうと話は別で、どうしても慣れないし少し不快だ。女性が立ち去った後に思わず眉間に皴がよってしまうも、とりあえずハンバーガーをほおばって気を紛らわすとする。
うん、美味しい。
◆
今日は一日非常に疲れたと言わざるをえない。面接は成功したものの、そのあとがきつかった。他人の僕への視線がものすごいことになっている。原因は十中八九この体であることは間違いない。特に銀髪青眼という点が目立つ要因だと思う。
染めるかな?とも考えたけれど、大変そうなので却下。なによりこういうものは慣れればなんとかなると思うので、今のままでいこうと思う。
それにしてもやっぱり風呂は最高だ。熱めのお湯につかれば一日の疲れが流れ出る。ただ、本来の僕はぬるめのお湯が好みだったのだけれど、この体になって熱めのお湯が好みになっている。少しずつ前の体との相違点が判ってきているのだけど、だからといってとれる対策はないわけで、お風呂から出たら大人しく寝ようと思う。
明日は特に何も予定がないので、視線になれるためにも街中をプラプラと散策しようと思う。
◇
本日、面接を受けに来た女性は美少女と言って過言ではなかった。外国人のような銀髪青眼、よくとおる声に、凛とした佇まい。年老いた私でも魅力的に感じる女性だ。
履歴を見るに何も問題はないし、会話した感じでも全く仕事に差し支えはないであろうことが想像できる。
「制服ありというところと賄いありというところに惹かれました」
という正直なところもまた飾らずに良い性格だと私は思う。彼女と仕事を行うのが、年甲斐もなく楽しみだ。